紅蓮の牙

二次創作中心。仮面ライダーキバと灼眼のシャナのクロスを連載中。

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第二話・ビート/炎髪灼眼の討ち手.後篇

「……や、奏夜! 起きなさい!」


うるさいなぁ……俺はまだ寝たいんだよ……。


……ってあれ? 前にも似たようなことなかったか?
うっすらと奏夜が目を開けると、そこには見知った女の子。


「……静香? なにしてるんだよ。今日は平日だから、大学も」


あるだろ、と続けようとして、黒光りするフライパンが、奏夜の頭に振り下ろされる。デジャヴを感じながらも、奏夜の意識は覚醒した。


「痛ってぇ!」
「まだ目が覚めない? 私が大学に行く日は、奏夜も出勤でしょ!」


少女――野村静香は頬を膨らませて、奏夜を睨む。


「い、いや、俺は今日……」
「言い訳は後! 早く着替えて! そこに朝御飯も作ってあるから、私が出た後にちゃんと食べなさい、わかったわね!」


言い捨てて、静香はばたばたと寝室から出ていった。
朝から呆然とする奏夜に、近くを飛ぶキバットがニヤニヤした笑みを向けてくる。


「何年経っても、お前は静香に頭が上がらねぇなぁ」
「……お前の差し金かよ、キバット」
「最近お前、俺様が起こすのにも慣れてきちまったみたいだからな。ここらで一発、刺激を与えとかねーと」
「……ああ、十分刺激になりましたよ」


――野村静香は、奏夜の家にバイオリンを習いに来ている近所の大学生だ。


そのつながりで四年前は、生活能力が著しく欠如していた奏夜の面倒をよく見てくれていた(今の奏夜に生活能力があるかと問われれば、微妙な話だが)。
現在でも来る頻度こそ減ったものの、未だに縁の切れぬ仲であり、四年前の名残からか、奏夜もいまいち静香には大きな態度に出れない傾向があるのだ。


「知る人ぞ知る、奏夜の数少ない弱点である」
「勝手なモノローグを入れんじゃねぇ」


きっちりとキバットに突っ込みを入れ、奏夜は着替え始める。


「キバット、お前は念のため、学校に張り込んどいてくれ。何かあれば、フエッスルで次狼達も呼べるしな」
「わかった。昨日言ってた、平井ゆかりと坂井悠二って二人を見張るんだな。
で、お前はどうすんだよ?」
「静香には悪いけど、今日の授業は休むことになるな。もう学校にも伝えてある」
「……ああ、なるほど」


即座にその意味を察し、キバットは言う。


「真夜に会いにいくんだな」
「ご名答」


◆◆◆


御崎市郊外。
住宅地から離れると、繁雑に並び立つ森林や、川のせせらぎも聞こえてくる。


「もっと、住みやすい場所もあるだろうにな」


ここまでの足であるオートバイ『マシンキバー』を近くに止め、奏夜が向かった先は、森林地帯の奥深くにある洞穴。
傍目では見逃してしまいそうな規模の場所だが、人を寄せ付けぬ異様な空気が漂う。
奏夜がそこへ一歩足を踏み入れると、


「いらっしゃい、奏夜。来る頃だと思っていたわ」


か細い女性の声が洞穴を反響しながら聞こえてきた。
奏夜が洞穴の奥を見つめると、黒いローブに身を包んだ女性。
右目には痛々しい眼帯つけ、何処と無く儚げな雰囲気を漂わせているが、その姿はむしろ神秘的でさえある。


ファンガイアの元クイーン、真夜。
奏夜の母親だ。


「……久しぶり、母さん」


奏夜は真夜の隣に腰かける。


「少し背が伸びたかしら?」
「そうかな、自分じゃよくわからないけど」
「ええ、それに雰囲気も。段々音也に似てきたわ」
「……それって、誉め言葉なのかどうか、微妙だと思う」
「ふふ、そうね」


父、紅音也の顔を思い浮かべた二人は柔らかい笑みを浮かべる。


「それで、母さん。本題なんだけどさ」
「わかってるわ。今御崎市に来ている“紅世の王”についてでしょう?」
「え? 母さん、何で知って……」


真夜は先代キングにより、ファンガイアの力を抜き取られ、人間に限り無く近い存在となっている。
紅世の徒の力を感じとれはしないはずだ。


しかし、その疑問は直ぐに氷解した。


「俺様が真夜に教えたのさ」


二人の前に、一匹のコウモリが降り立った。
キバットと瓜二つだが、こちらは身体が赤く、目付きも若干鋭い。
キバットの父親――キバットバット二世だ。


「久しいな、奏夜。我が息子と娘は息災か?」
「ああ、キバットとキバーラなら元気だぞ。
て言うか二世、兄さんに着いてったのかと思ってたけど」
「あいつにはサガークがついている。何より、あいつからの頼みで日本に残っているんだ。真夜を守ってくれとな」
「ああ、そういうこと」


二世の事情に納得する一方で、何故真夜がフリアグネの存在を認知していたのかもわかった。
キバット以上に、ライフエナジーや魔皇力に通ずる二世ならば、確かにフリアグネや燐子のことも看破できるだろう。


「知ってるなら話は早い。
母さん、何を知ってるんだ?」
「……キバットを通じての情報だから、私の推測も入るけれど、それでもいいかしら?」
「構わない。今は少しでも多く、状況を把握したいんだ」


奏夜の返答に、真夜は一呼吸置き、口を開いた。




「その王の狙いは、『都喰らい』」




◆◆◆


「当時……と言っても、500年近く前の話なのだけれどね。神聖ローマ帝国が栄えていた頃の話よ」
「……のっけから途方もない話なんだけど」


まぁ、ファンガイアは元来長命であるし、ストラディバリの弟子だったこともある母だから、それくらいのスケールは当然と言えば当然だが。


「“棺の織り手”と呼ばれる“紅世の王”が、喰らったトーチにある仕掛けをして、とんでもない世界の歪みを生んだの」
「トーチに仕掛け?」
「トーチが、喰われた人間の存在を代替し、その人間が消えた分の歪みを和らげる存在だということは知っているな」


奏夜が頷き、二世が続ける。


「“棺の織り手”は“鍵の糸”なる仕掛けをトーチに編み込んでいた。簡単に言えば、“棺の織り手”の指示で、トーチを即座に分解し、消失させる自在法だな。
そして、奴は都市の人口の一割を喰らったと同時に、仕掛けを発動させた」


結果、偽装されていた繋がりを突然失ったその街には、人はおろか物質さえも飲み込む膨大な歪みが発生した。
それに連鎖し、分解された都市に存在する全ての人や物質からは、莫大な存在の力が生成される。


「それが『都喰らい』か……。
その棺の織り手ってヤツは、討滅されたんだよな?」
「ええ。あの頃私は欧州にいたから、成り行きでその戦いに巻き込まれてね。だから大体の事情は知ってるわ。――今、御崎市にフレイムヘイズがいるでしょう?」
「うん、“炎髪灼眼の討ち手”だろ」
「その一世代前の“炎髪灼眼の討ち手”が、“棺の織り手”を討滅したのよ。
まぁ、正確には“天壌の劫火”が討滅したと言えなくもないけれど」
「母さんは、“炎髪灼眼の討ち手”と知り合いなのか」
「現代の“炎髪灼眼の討ち手”には会ったことはないわ。“天壌の劫火”との面識はあるけどね。
そもそもフレイムヘイズの知り合いは少ないのよ。あとは“万条の仕手”くらい」


昔を懐かしむように、目を伏せる真夜。
自分の知らない母の旅路を知るのは新鮮だったが、話の主旨を思いだした奏夜は、二世に問いかける。


「えっとつまり……、“棺の織り手”が仕掛けた“鍵の糸”って自在法と同じものが、この街のトーチには編み込まれているってわけか」
「うむ。俺様の見立てでの話だがな」


真夜と二世の予測に、奏夜は戦慄する。


都喰らい。
まだ確証があるわけではないが、もしそれが真実なら――


絶対に、止めなければ。
奏夜は両拳を固く握り締める。


「……わかった。ありがとう母さん、二世。助かったよ」
「気にしないで。私が役に立てることなんて、これくらいしかないんだもの」
「また何かわかれば、俺様が伝えに行こう」


奏夜は二人の厚意に感謝し、腰を上げた。


「じゃあ俺、そろそろ行くよ」
「ふふ、先生は大変ね。ちゃんと頑張りなさい」
「うん。……あ、そうだ母さん。もう一つだけ」


洞穴から出かけた奏夜は、思い出したように言う。


「封絶の中でも動けるトーチって、いる?」
「封絶の中でも動けるトーチ……いえ、基本的にトーチも封絶の効果からは逃れられないはずよ。……そんなトーチがいたの?」
「あー、うん」


自分の生徒、坂井悠二とは言わない。
真夜は記憶を掘り起こすように、唇に手を当てる。


「確かに、“戒禁”の力次第で動けるトーチはいる。でもそれなら確実にミステスね……あっ!」


何か思い付いたらしく、真夜は奏夜はに聞く。


「奏夜。そのトーチが作られたのはいつ?」
「えっと、一昨日の夕方かな。多分だけど」


奏夜の答えを聞いた真夜と二世は、互いに顔を見合わせる。


「二世、あなたから聞いた“壊刃”が『約束の二人』の片割れを仕留めたのも……」
「ああ。転移したとすれば、時期は一致するな」


話が纏まり、真夜は完全に置いてきぼりだった奏夜に向き直る。


「奏夜。都喰らいのこともそうだけど、そのトーチ、いえ、ミステスを渡してはダメよ」
「ミステス?」


ミステス――紅世の宝具をその身に内包したトーチの総称。
ならば、悠二が封絶内で動けるのも、それが原因なのか。


「その通り。しかも数多ある宝具の中でもまた異質――“紅世の徒”秘宝中の秘宝」


真夜はいつものフラットな口調で、しかし些かの緊張を混ぜて、その名を紡ぐ。




「『零時迷子』」



◆◆◆


「都喰らいねぇ……随分と大事になってきたな」
「ああ。そっちはどうだった? キバット」
「なんも。襲撃は無かったし、あの二人も、お前に報告するような行動は取らなかったぜ」
「そうか。向こうもフリアグネについて、わかってないことも多いみたいだな」
「だな。ところで奏夜、俺様はいつまでここにいればいいんだ?」


奏夜とキバットが小声で会話する場所は、市内某所のスーパー。
真夜の隠れ家から往復する頃には(時間帯的に帰り道が混むのだ)、もう空はうっすら赤みがかかっていた。
キバットと合流したあと、奏夜はそのまま夕食の買い出しに来ていた。


ちなみにキバットは、奏夜の持参した買い物袋に、様々な食材と一緒に放り込まれている。


「無論、買い物が終わるまで、更に言えば家に帰るまで」
「じゃあせめてこの食品を、スーパー備え付けのカゴに移してくれよ。ぎゅうぎゅうづめだ」
「やだよ面倒くさい。お前は黙ってぬいぐるみのふりしてろ。成人男性がぬいぐるみを買い物に持ってきてるという設定の時点で、かなり恥ずかしいんだぞ」


身も蓋も無い、しかし間違ってもいない奏夜の反論に、キバットは閉口した。
買い物を進め、レジ近くのパン製品のコーナーにさしかかった。


「おっ」
「あ」


そこにいた人物――坂井悠二と、必然的に目が合う。
傍らには、何故かパンの袋を取り、それを真剣な顔で吟味する平井ゆかりの姿もあった。


「よう坂井。最近は学校外でよく会うな」
「先生。今日はお休みじゃなかったんですか?」
「あーいや、別に病気ってわけじゃねぇからな。一身上の都合ってヤツだよ。
お前らこそ、二人してどうした。デートって雰囲気でもないが」


――真夜との会話から、フレイムヘイズたる少女が何故、悠二を連れ回しているのかはわかっていたが、それでも奏夜は、からかいを混ぜて問いただす。


「ただ平井さんの買い物に付き合わされてるだけですよ、さして深い意味は無いです」


デートという単語に関して、悠二は照れるでもなく、苦笑いを持って返す。


(確かに、あの小娘の性格からして、カモフラージュでもデートとかはしないだろうな)


それよりもまず、多分こいつは『デート』という単語すら知らない気がする、と奏夜はさりげに失礼な分析をする。
まぁそれも、あながち間違ってはいないのだが。


「んで、その平井さんはなんでパンコーナーから微動だにしないんだ。デコキャラシールのサーチでもしてるのか?」
「まだ生産されてるんですか? あのオマケシール。平井さんなら、メロンパンを選んでるそうですけど」
「メロンパン?」


また随分と世俗的な……。
キバとも渡り合う力を奮うあの姿と、網目のついた甘い菓子パンがまるで結び付かない。
長時間の吟味に焦れたのか、坂井が袋の一つを指差した。


「これは? 本物のメロン果汁入りとか書いてるぞ」
「駄目よ」
「なんでさ。ちょっと高めだし、美味いかもしれないだろ」
「全然わかってないわね……」


その時、少女の瞳に鋭い光が走った……気がした。


「メロンパンは網目の焼型が付いてるからメロンなの! メロン味なんてナンセンスである以上に邪道だわ!」


威風堂々と、しかしメロンパンかなりのこだわりが伺い知れる宣言だった。


さすがの奏夜も、坂井と一緒に
「……はぁ」と同意するしかなかった。


――どうやら今しばらく、この少女のキャラはつかめなさそうである。



◆◆◆


買い物を終えて、向かう方向が同じこともあってか、三人は人々でごった返す道を並んで歩いていた。


「俺がいない間、何かあったか?」
「……えっと」


悠二は少女をちらりと見てから、


「いえ何も。“いつも通り”でした」


含みを持った口調から、奏夜は悠二の心情を的確に読み取る。


(また教師と何かやらかしたな)


学校側との衝突は止む気配を見せるどころか、激化の一途を辿っているらしい。
そしてその渦中にいる少女は、悠二の隣で買った菓子を食べている。


「やれやれ、今日も大変だったみたいだな。お前達」
「あ、でも、今日はそんなに悪い話でも無かったんですよ」
「? どういう意味だ?」


悠二の話によると、それは四限目の体育。
本来の基準を外れた無茶苦茶な授業を行う教師を、彼女が文字通り蹴り飛ばしたのだという。
クラスでの彼女の立場も、多少なり良い方向に改善されたそうだ。


「ほう、そりゃ良いことしたな。平井」
「別に。私の邪魔になったから片付けた。ただそれだけよ」


彼女はようやく反応を見せたが、言葉には剣呑さがある。


(……ふむ)


心中で奏夜は唸る。


(この態度が原因で、いつか余計な敵を作りそうだよなぁ、こいつ)


人間ならまだいいが、それが味方のフレイムヘイズだったりするなら、それは問題だろう。
――破格教師だなんだと言われようが、奏夜は間違いなく教育者なのである。


「………」


奏夜は無言のまま、買い物袋から(キバットは食品の上で寝息を立てていた)、衝動買いし、後で由利にでもあげようかと思っていた“それ”を取り出し、


「平井」


と声をかける。
特に警戒もせず、少女は奏夜に目線を向けた。


――パァンッ!


「ひゃあっ!」


警戒心ゼロの状態での暴音には、さすがのフレイムヘイズも驚いたらしく、肩を震わせて飛び上がる。
髪に絡まったカラフルな紐を払うと、目の前にはにやにや笑いながら、クラッカーを片手に構える奏夜の姿が。


「な、何すんのよ!」
「はは。お前も吃驚するんだな」


まさに滑稽と言わんばかりに、奏夜は抱腹絶倒している。
悠二は悠二で、奏夜の悪戯に(正確には、奏夜に振りかかるであろう彼女の制裁に)冷や汗を流していた。


「ま、悪戯の方はともかくとして、人が褒めてるんだ。そこでつっけんどんになると、いらん敵を作るぜ。人は厚意を無下にされると、腹を立てるもんだからな」
「そんなこと、私の知ったことじゃない。敵だったら、片付けるだけよ」
「敵だったらな。でもお前のやり方だと、味方になってくれる人まで敵になる」
「……味方なんて、そんなの」
「いらないってか? ま、お前の性格ならそうだろうけどな」


だがそれは、性格のせいで処理してはいけない話だ。


「けど平井、人間は一人じゃ生きていけないんだぜ?」


自分はかつて、それを身を持って知った。
この世の全てを拒絶して、誰かと関わることに臆病だった自分。
――もし自分があのままだとして、名護、恵、健吾、太牙、今まで出会ってきた全ての人に出会えなかったらと思うと……。


本当にぞっとする。
昔の自分を彼女に重ね合わせたわけではないが、それでも奏夜は放って置けなかった。
存在が置き換えられていても、彼女が自分の教え子であることは事実なのである。


「一人でいられる強さも確かに大切だ。だが、それじゃあどうしたって限界がある。人間は本来、集団で生きるもの。この真理からは、何人たりとも逃れることは出来ない。それが例え――」




人間で無かったとしても。




意味ありげに表情を消す奏夜。
少女は眼に警戒の色を宿らせ、悠二は顔を強張らせる。


「……なーんて、な」


しかし二人の緊張状態は、冗談めかしく舌を出す奏夜の態度により砕かれた。


「偉そうなこと言っちまったけど、要するに、ロンリーウルフ姿勢を貫いてても、あまり良いことねーって意味だよ」


奏夜は気さくな笑みを浮かべ、彼女の髪をやや滅茶苦茶気味に撫でる。


「わ、わ」


突然のことに慌て、反射的にその手を振り払おうとするが、それよりも早く、奏夜は手を引っ込めた。


「お前はもっと、誰かと触れ合うべきだよ。そうすれば、お前の『心の音楽』は更に輝く」
「心の、音楽?」
「そう。人はみんな、心の音楽を奏でている。
これらは人の数だけあり、一つ一つ違う旋律を生み出している。そして、旋律は時として重なり、また新たな音楽を作り出していく。それが、人と触れ合うということだよ。――ただ、お前の場合」


ここで奏夜は、悠二を指差した。


「変わるきっかけは、もう得てるかも知れないがな」


少女はよくわからなそうに、隣を歩く悠二を見る。


「だから先生、僕と平井さんはそんなに仲が良いわけじゃなくて……」
「否定する割には、ここのところ随分とべったりだった気がするけどなぁ?」
「……今日池達にも似たようなこと言われましたけど、完全に誤解です」
「青春とは、誤解と和解の繰り返しだよ、少年」


軽く頭を抱える悠二に、意地の悪い冷やかしをし、奏夜は大通りの別れ道で立ち止まる。


「んじゃ、平井も坂井も、また明日学校でな」


そう言い残し、奏夜は悠二達とは反対の道に消えていった。


◆◆◆


「全く……なんなのよあいつ」


荒々しく撫でられたせいで滅茶苦茶になった髪を整えながら、シャナは不機嫌そうにぼやく。
シャナはフレイムヘイズの性質上、人間との付き合いは基本的に短い。
だがその短い付き合いの中でも、様々な人間を見てきた。


大抵が理解出来ない(理解する意味がない)行動ばかりする者ばかりだったが、その中でもあの男、紅奏夜は、


「あいつ、お前と同じくらい変」


自分の隣に立つ奇妙なミステスと同じくらいに、あの男は異質だった。


「……僕はあそこまで自由に生きてるつもりはないんだけど」


悠二は取り敢えず自己弁護を試みる。
彼は決して奏夜が嫌いなわけではない。
むしろあの快活な振舞いには好感を覚えていた。


だが『紅奏夜と似ている』と言われるのには、さすがに抵抗がある。
彼に似ているというのは、もはや皮肉や悪口ではなく、『凄い』の領域なのだ。
あそこまで極まった人間に似ていると思うほど、悠二は自分を過大評価していない。


「奏夜先生は僕なんかとは違って、なんていうか、特別な人なんだよ」
「特別?」
「うん。他の人とは違う次元で生きてるっていうのかな。
物事の考え方が、根本的に違うんだ」
「……よくわからない」
「うーん、悪い人じゃ絶対にないんだけど……。でも奏夜先生は、あの性格を自覚してるみたいだから、シャナの言う通り、変わり者ってことなんだと思うよ」
「じゃあやっぱり、お前と同じじゃない」
「結局そこに立ち戻るんだ……」


この数分間の弁論はいったい何だったのか。
悠二が苦笑したところで、シャナはこの話題を打ち切る。
そこでふと、二人の会話に入るでもなく、ひたすら沈黙する“紅世の魔神”に気が付く。


「……アラストール?」

『……』




『人間はみんなそれぞれ音楽を奏でているんだ。知らず知らずの内に、心の中でな。
堅物魔神。俺はお前が気に食わない、が、お前とお前の契約者が互いに奏でる音楽は気に入った――俺様がお前達に手を貸す理由は、それで十分だ』





過去の、しかし鮮明に刻まれた思い出。
その中の一欠片を、アラストールは回顧していた。


「ねぇアラストール、どうかしたの?」


少し心配そうに話しかける自らの契約者の声で、アラストールは記憶の海から引き戻された。


『……いや、気にするな。取るに足らんことだ』


直ぐ様思考を振り払い、彼はそう答えた。


◆◆◆


「心の音楽、ね。お前も言うようになったじゃねーか」


人だかりの少ない道に入ったところで、ようやく買い物袋から解放されたキバットが、奏夜の頭に止まりながら言う。


「こういう時に、お前が導かれる側じゃなくて、導く側になったってことを実感するぜ」
「おいおい、今日はどうしたんだキバット。おだてても何も出ないぜ」


軽口を叩き合いながら、二人は帰路を歩く。


そして二人は、更に人の少ない裏道へ。


「ん?」


奏夜が立ち止まる。
彼の目線の先には、暗がりに道を塞ぐ人影があった。


「……キバを、受け継ぐ、者、だな」


淡々と、恐らくは男性と思わしき言葉を生み出す口元。
それ以外の表情は、黒いフードに隠れていた。


「誰だ、お前」


その質問には答えず、黒フードの男は、奏夜との距離を一気に縮め、鋭い拳を叩き込む。それを受け止め、奏夜は黒フードを睨む。


「いきなり何しやがんだ」
「キバの、力、見せてみろ」


黒フードは一旦奏夜から離れ、その身を一瞬震わせたかと思うと、龍を想起させる異形の姿――ドラゴンファンガイアへと変身した。


「やっぱりファンガイアか。ったく、最近は客が多いな!」


買い物袋を下に置き、奏夜は「キバット!」と叫ぶ。


「待ってましたぁ! キバッちゃうぜ〜!」


奏夜が差し出す左手を勢いよく噛むキバット。


「ガブッ!」


奏夜の顔にステンドグラスの模様が浮かび、そのままキバットは、奏夜の腰に巻かれたキバットベルトに止まる。


「変身!」


光の鎖が弾け飛び、奏夜の姿はキバへと変わる。


「断罪の牙の下、転生の輪廻に沈め!」


キバの鎧の召喚を終え、キバはドラゴンファンガイアへと拳を突き出す。


「ハァッ!」


負けじとドラゴンファンガイアも、手に生えた鋭い爪で迎え撃つ。
拳をフェイントに、キバは甲冑の重みが追加された右足の蹴りを、ドラゴンファンガイアに叩き込む。


「甘、いな」
「何ッ!?」


ドラゴンファンガイアは伸びた尻尾で、キバの足を絡めとり、動きを封じたのだ。
抜け出そうともがくキバに、ドラゴンファンガイアはすかさず口を開き、キバの右腕に噛みついた。


「ぐあっ!」
「な! 噛み付きは反則だぞ!」


この場合、キバットが言えた義理ではないのだが、そこに突っ込む余裕はキバには無かった。
噛む顎の力がかなり強い。
キバの鎧に火花が散り始めている。


「こんのっ……放しやがれっ!」


キバは右腕を振り上げ、その勢いのまま、ドラゴンファンガイアを地面に叩き付けた。


「グッ!」


顎の力が弱まるのを見逃さずに右腕を解放。
繋げてキバは、倒れたドラゴンファンガイアを蹴り飛ばす。
その巨体が空中を滑る。最中、ドラゴンファンガイアは、再び異形の口をキバに向ける。


「カッ!」


煌々と燃える火球が発射され、寸分違わずそれはキバへと襲いかかる。


「危ねっ!」


身体を思い切り反らし、どうにか回避。
肩が少し焦げたが、それくらいで済んで御の字だろう。
その隙に、ドラゴンファンガイアはキックの衝撃から立ち上がり、キバに刃のような目線を向ける。


「なる、ほど、これ、が、キバ、の、力か。予想、以上、だな」
「ふん、舌っ足らずな野郎だな。――なぁお前、何故俺と戦う?」



キングである兄に挑むなら解る。
未だに、彼からキングの座を奪おうと画策するファンガイアは多い。


だが、何故自分なのだ。
戦ったところで何のメリットもないはずなのに。


「貴様の、力を、確かめ、たかった、だけだ。現代の、キバの、な」
「現代?」


その単語に引っ掛かりを覚えるも、更なる質問をすることは敵わなかった。


「!」


ドラゴンファンガイアが何かに気付いたように、あらぬ方向を見て歯噛みした。


「ちっ、邪魔、が、入ったか。まぁ、いい。また、会おう。キバの、継承者よ」
「あっ、待……熱ッ!」


逃亡を図るドラゴンファンガイアを追うキバに、四連弾の火球が放たれた。
狙い澄ましたものではなかったらしく、地面を破壊しただけに終わったが、逃げるには十分だったらしい。


キバが思わず伏せた目を開けると、そこにドラゴンファンガイアの姿はもう無かった。


「何だったんだ、あのファンガイア」
「キバの力を確かめに来たって言ってたな。一体全体どういうこった?」


キバとキバットが首を傾げるのと、裏道のあちらこちらに、自在式が刻まれるのがほぼ同時だった。
だが、驚くのも一瞬で、二人は冷静に状況を理解する。


「封絶か」


色が紅蓮、ということは――


「キバ!」


背後からした呼び声。
聞き覚えがある。


(邪魔が入ったってのは、こいつらのことか)


面倒くさそうにキバが振り向くと、そこには炎髪灼眼に刀を構えるフレイムヘイズの少女に、全速力で彼女を追い掛けたのか、完全に息を切らす少年の姿があった。


◆◆◆


「邪魔はしないようにって、忠告はしたはずよ」


紅蓮の瞳が、キバを射抜く。


(別に邪魔してるつもりはねーんだがな)


向こうには向こうのやり方や理念があるわけだから、意見の衝突は必然なのだろうが。


「お前が何を考えて動いているのかは知らないし、興味もない。けどこれは“紅世”の問題で、私達フレイムヘイズの使命よ。ファンガイアに手を出される謂れはないわ」
「かーッ! ムカつく言い回しだな、嬢ちゃんよぉ!」


我慢仕切れなくなったキバットがベルトから外れる。


「喋る、コウモリ?」


少女の後ろに隠れる悠二が目をしばたいた。


「シャナ、あれは……」
「説明してる余裕はない」


仁辺もなく説明を拒否され、悠二はやや不服そうに口を閉じる。


(ふーん。シャナ、ね)


悠二が口にした一人称を、キバは聞き取る。
それがあの長ったらしい称号や、平井ゆかりではない、彼女の名前らしい。
キバが妙な納得をする一方で、キバットはまだ額の青筋を消さない。


「何でいきなり地上げみたいな立ち退き勧告されなきゃならねぇんだ! こっちはなぁ、お前達がくるず〜っと前からモガッ!」


いい加減うるさくなってきたキバは、キバットの口を塞ぎ、そのまま再びベルトに止まらせた。


(な、なにすんだよ奏夜!)
(怒らせるような真似してどうする。フリアグネを追うには、こいつら専門家の力がどうしても必要なんだ。お前もわかってるだろ)


向こうに聞こえぬくらいの小声で、キバットと会話する。


(……でもよぉ、あの姉ちゃん、素直に『協力して下さい』なんて言われても協力しそうにないぜ)
(ふむ、それにゃあ同意だな)


この場合、敵か味方かということを示すよりも、自分がいかに有益な存在かを理解してもらうべきだ。


そのためには――


(……キバット、俺が指示するまで、余計なことするなよ)


そう釘を刺して、キバはキバットに、ベルトのケースから取り出した青色のフエッスルを吹かせた。


『ガルル・セイバー!』


昨日と同じように、飛来した狼の彫像がキバの手に収まり、魔獣剣・ガルルセイバーに変化。
キバにガルルの力が憑依し、その姿を青く染め上げ、キバ・ガルルフォームへの変身を完了させる。


「姿が変わった?」
『ふむ、自在法の類――またはファンガイアの魔術か』


無言のまま剣を構えるキバに対して、少女――シャナは険しい表情で大太刀を握り直し、悠二を見る。


「巻き込まれたくないなら下がって。斬られたいなら別に止めないけど」
「わ、わかった」


悠二がシャナから一歩下がったのを見て、シャナはキバに灼熱の瞳を向ける。
その緊張が臨界点に達した瞬間、


「はっ!」
「グルァ!」


二人は弾かれたように走り出し、互いの剣を交える。


――ガキィィン!
火花が散り、金属が擦れる独特な音が鳴り響く。
かくも鋭きその音が幾重にも連なる様は、キバとシャナの剣が乱舞し、何度も何度もぶつかり合っていることを示していた。


剣閃が煌めく中、シャナは冷静にキバの力を推し測る。


(こいつ、前戦った時には徒手空拳で戦ってたのに……)


剣と剣との勝負で、自分と互角以上に渡り合っている。
荒削りなように見えて、その野獣のような猛攻には全く隙が無い。
戦いが平行線を辿るのも無理からぬこと。


加えて言うなら、あの狼を模した剣も相当な業物だ。
彼女の持つ大太刀『贄殿遮那』とのぶつかり合いで破損しない頑強さを持っている時点で、それは恐るべき精度を誇っている。
――条件は互角、あとは二人のどちらが上手く攻撃を加えられるか。


「ガァッ!」


キバがガルルセイバーへ更に力を込める。
彼のガルルシールドに覆われた左腕は、ガルルセイバーを使うに足る筋力を備えている。
いかに人知を越えた存在であるシャナであっても、歴然とした筋力の差は存在するのだ。


「くっ!」


じりじりと、少しずつ贄殿遮那から伝わる力がシャナを押し始める。
このまま行けば、体勢が崩れた瞬間に斬りつけられて終わりだ。


「こっの!」


シャナが僅かに、大太刀の起動を傾ける。


「なめるなぁっ!」
「っ!」


刀のつばぜり合いを終えた、否、わざと終わらせたシャナは、力の行き場を無くしたガルルガルルセイバーの刀身を伝うように、贄殿遮那の刃を滑らせる。
狙うはキバの手元。
しかし、端で戦いを見守る悠二を妙な感覚が襲う。


(あの剣、動いてる?)


ほぼ一瞬だったが、確かに見えた。キバの意思とは関係なく、自らが自立した動きをしている。
狼の頭の形をした装飾が、シャナの方に向けられ、その瞳が青く輝いた時、悠二は直感的に叫んでいた。


「シャナ、左に避けろ!」
『!!』


突然の悠二の声に、その場にいた全員が驚愕する――キバとキバットもだ。
半ば反射的に刀を引き、悠二の言う通りに回避するシャナ。


――アォォォン!


そのすぐ左を、ガルルセイバーから発せられた青い円環状のハウリングが突き抜けて行き、その先にあったコンテナを破壊する。
もしあのまま刀を走らせていたら、確実にあの衝撃波の餌食になっていた。


戦慄するシャナに対し、彼女から距離を取るキバもまた、驚きを隠せなかった。


(読まれていた? いや、ガルルの力をこいつらの前で使ったことはない。しかもこの攻撃を読んだのは)


フレイムヘイズではない。
つい最近まで、非日常の世界のことなど、何一つ知らなかった高校生、坂井悠二だ。


(――これも『零時迷子』の力ってヤツか。軽くカルチャーショックを受けるね。“紅世”の文化ってヤツは)


心中でそうぼやいて、キバは新たに、緑色のフエッスル――バッシャーフエッスルを取り出す。


「おっ! 次はアイツだな!」


意気揚々と、キバットは高調な音色のフエッスルを吹き鳴らす。


『バッシャーマグナム!』



◆◆◆


「あっ!」
「および、かかった」


声を上げるラモンに、力が同意する。


御崎市のとある河川敷。そこに一件の焼き芋屋が止まっていた。
春とはいえ、まだまだ冷える日もある。
焼き芋の需要はまだあると踏んで、ラモンと力は奏夜からの命令の傍ら、焼き芋屋のバイトに勤しんでいた。そんな中でのラモンに対するコールだ。


「次狼じゃ相性が悪い相手なのかな? ――まぁいっか。力、屋台お願いね」
「いって、らっしゃ〜い!」


何故か宣伝用のメガホンで見送りをする力。
騒音に耳を塞ぎながらも、一応彼の激励を受け、ラモンはその場でくるりとターンした。


すると、グリーンのオーラがラモンの正体――半魚人『マーマン族』の戦士・バッシャーを型取る。
ガルルと同じように、彫像となった彼は、河川敷から主の元へと飛び去っていった。


◆◆◆


飛来した彫像をキバがキャッチすると、それは魔海銃『バッシャーマグナム』に変型。


キャッチした右手を起点に、キバの右腕がヒレのついた魚類のようなスケイルアームに、胸部が鮮やかなグリーンの装甲、スケイルラングにそれぞれ変化する。
キバットの眼とキバの仮面もまた、緑色に染まり、最後にキバへとバッシャーの幻影が憑依した。


バッシャーの力を取り込んだ『キバ・バッシャーフォーム』。
感覚面の能力に優れる形態である。


「また色が変わった」
「なんか、魚みたいだな」
『今度は銃器か。遠方よりの攻撃は、太刀での対応が難しくなる。用心しろ』


アラストールの言葉に頷き、シャナは再び鋭い眼光を宿す。


武器が変わろうと関係ない。
ただ勝つのみだ。


(へぇ〜、あの子がフレイムヘイズなんだ。見たとこ、僕とほとんど変わんない歳に見えるね)
(よく言うぜ、実年齢131歳が)


ラモンの食えない発言に、キバは半ば呆れ調だ。


(で? あの子を大人しくさせればいいの?)
(ま、ほどほどにな)
(うん、了解了解♪)


バッシャーマグナムから聞こえる気合い十分なラモンの声を後ろ風に、キバはマグナムの銃口をシャナに向け、


「フン!」


二、三発、続けざまにトリガーを引く。
銃身に取り付けられた安定翼・トルネードフィンが回転し、銃口からは大気中の水分から生成された水の弾丸・アクアバレットが射出される。


「はっ!」


瞬時に反応し、その弾丸を斬り落とすシャナ。
弾丸に圧縮されていた水が弾け、地を濡らす。


「水の弾丸、しかも早い」


斬った水を滴らせる刀を見て、シャナは呟く。
その間にも、キバはただバッシャーマグナムのトリガーを引き続ける。


――バァン! バァン!


銃声が連なり、弾数無限のアクアバレットがシャナ目掛けて飛んでいく。
片や、動きに一点の淀みもなく、弾丸を大太刀で防いでいく。


『やるね、あのお姉ちゃん。さすがはフレイムヘイズってとこか』


何処か余裕を含んだ様子で、ラモンはシャナを評価する。
確かに、弾幕がある限り、シャナは防戦を強いられるため、今のところはキバが有利だ。


(で、どうするの? このままあのお姉ちゃんがバテるまで、弾丸を撃ちまくればいいのかな)
(それはちっと面倒だ。一気に決めるぞ)


連射を一旦止め、キバの仮面が輝く。
すると、何もなかったはずの地面が急に水で満たされた。


バッシャーフォームの能力。
アクアバレットと同じように、大気中の水分を凝縮して作り出したバッシャーフォームのテリトリー、『アクアフィールド』だ。


キバがバッシャーマグナムを掲げると、トルネードフィンが高速回転。周囲の水を巻き上げていく。
その姿はまるで、海面に発生した竜巻だ。


「こ、今度は竜巻?」
「ファンガイアの王は伊達じゃないってことね」


フレイムヘイズから見ても、常識を越えた光景を目の当たりにする中、キバはその水流の中に身を隠す。


「成る程、死角からの攻撃が狙いか」


アラストールの言葉通り、周囲を渦巻く竜巻の中に、影が揺らめいているのがわかる。
バッシャーフォームのホームグラウンドである以上、その動きは早い。


(でも、捉えきれる)


驕りも何もなく、自身の力を理解した上で導き出した結論。
神経を研ぎ澄ませ、相手の戦意の残滓を探る。
水音に感覚を阻害される中、シャナは眼を閉じる。




――バシャン!





「そこっ!」


微かに聞こえた水の弾かれる音。
刃が走る先には、バッシャーマグナムを構えるキバの姿。


(とった!)


シャナの大太刀が、キバを一刀両断する。




『残念、ハズレ!』
「後ろだ! シャナ!」




「っ!?」


ラモンの軽い口調と、悠二の戦慄を孕んだ警告がほぼ同時に聞こえた。


贄殿遮那が斬り裂いた『渦巻く水流に映り込んだキバ』が揺らめき消えた。
そしてシャナの背後には、バッシャーマグナムを構える本物のキバが。


シャナが慌てて反応するがもう遅い。
二発放たれた弾丸のうち、一発はシャナの手から贄殿遮那を撃ち落とし、二発目は、シャナの小柄な体躯に真正面からヒットした。


「――く、あっ!」


アクアバレットの勢いはシャナを軽々と吹っ飛ばし、その先の壁に叩きつける。


「くっ!」


ダメージに軋んだ身体を瞬時に立ち上がらせるシャナに、ひやりとした鋭気と、グリーンの銃口が向けられる。
キバが、シャナの取り落とした贄殿遮那とバッシャーマグナムを、突き付けていた。



「チェックメイト」



キバットの声が、虚空に反響した。



◆◆◆


張り詰めた空気。


シャナはこんな状況下においても、焔のような戦意を絶やさずにキバを睨み、悠二もいつの間にやら、キバとシャナの近くにまで走ってきている。
贄殿遮那かバッシャーマグナム。


どちらを動かしたとしても、悠二は自分の身を盾にしてでも、シャナへの攻撃を庇うだろう。


(そのシチュエーションも面白そうだが、それはまた今度だな)


と、サディスティックな考えを浮かべながら、キバはバッシャーマグナムを下ろし、贄殿遮那をシャナの首筋から引くと、そのまま床に放り投げる。


「……?」


怪訝そうな視線をキバに送るシャナと悠二。


『何の真似だ』


二人の心情を代弁するように、アラストールが言う。


(キバット)
(ほい来た!)


キバが小声で合図すると、キバットがベルトから外れた。


「これでわかってもらえたかい? 俺様達が十分戦力になることがさ」


羽音をはためかせ、キバットが言った。


『……今の戦いは、自らの力を示していたということか』
「ああ。こうでもしなきゃ、協力することのメリットが分かって貰えないだろう?」
『協力だと?』


アラストールが唸り、更に悠二が聞き返す。


「えっと、それってあんた達も、フリアグネを倒そうとしてるってことか?」
「ああ、その通りだ兄ちゃん。あと灼眼の姉ちゃんよ。今回のことは俺達ファンガイアに関係がないって言ってたが、実際のところそうでもないんだぜ。
あいつ――フリアグネの狙いは知ってるか?」
「……都喰らい」


シャナの返答にキバットは頷く。


「その通り。それがもし実現して、この街が消えちまうとなれば、ファンガイアにとっても都合が悪いんだよ」
「どういう意味?」
「ここはな。ファンガイアにとっての中枢都市なのさ」


これにはさすがにシャナとアラストールも驚く。
『ファンガイア』の単語を知らない悠二は、首を傾げるだけだったが。


「ここは四年前、ファンガイアと人間の戦う舞台となった場所なんだ。そして、ファンガイアと人間の共存が始まったのもこの御崎市。故に、ここにはファンガイアに関わる様々な重要施設がある。
もしここが消えたとなれば、ファンガイア達は恐慌状態。あわよくば、人間との共存も撤廃されかねない。――だからこそ、俺様達はここを守らなくちゃならないんだ」

『成る程、それがお前達ファンガイアが戦う理由か。ならば、お前達が我らに協力を求めるのは、相手が“紅世の王”であるが故か』
「そういうことさ。俺様達の専門はあくまでファンガイア。いくら知識があっても、経験が無いんじゃ、いくらキバッたって意味がないんだ」


説明を終え、再度キバットは促す。


「戦いで俺様達が邪魔だと思うなら、切り捨てて貰ってもいい。ただ、フリアグネを倒すまで協力して欲しいだけなんだよ。だから頼む」


力を貸して貰いたい。『炎髪灼眼の討ち手』。


◆◆◆


翌日。御崎高校音楽室。
涼やかな音色が、閑静な空間に伝わっていく。


「で、大丈夫なのかよ」
「んー、なにが?」


キバットの質問に、バイオリンを奏でる奏夜が気の抜けた返事を返す。


「何がって……フレイムヘイズの姉ちゃんだよ。本当に協力してくれんのかよ」
「んー、五分五分ってとこ。協力内容は『互いの情報を教え合う』と『共同戦闘』だからな。ま、なるようになるさ」
「考えナシだな」
「なんとでも」


あの後、シャナと悠二には、キバーラをつけさせたため、二人が動く時にはキバーラが知らせてくれる手筈になっている。
あとはシャナと悠二か、フリアグネのアクション次第。


奏夜が呑気にバイオリンを弾いていられるのも、そのためである。


『――ポロン♪』


最後に弦を一本弾いて、奏夜は演奏を終える。


「むぅ。オケ部の奴ら、バイオリンのチューニングサボったな。全く……、やらなきゃいけないことはちゃんとやれっての」
「……お前、自分の教師としての生活振り返ってみろ。そんなこと言えなくなるから」


嘆息したキバットが、ふとトビラの前を見る。


「おっと、誰か来たな。じゃあ奏夜、何かあったら呼べよ」


そう言い残して、キバットは開け放たれた窓から飛び去っていく。
ややあって、スライド式のドアが開けられた。
いたのは、一人の女生徒。


「よう、吉田。おはようさん」
「お、おはようございます」


ややオドオドとした挨拶。


吉田一美。
奏夜の受け持つ一年二組の生徒だ。 性格は大人しく、内気で引っ込み思案。
奏夜の彼女に対する見識はそんなものだが、先の挨拶からしても、それは実に的確なものだろう。


――以前、封絶が張られた教室での戦いで負傷していたが、それはシャナによってちゃんと治されているようで、気になっていた奏夜は内心ほっとする。


「昨日、先生がいない時に出てた課題です。早い内に……渡しておこうと思って」
「おっ、ご苦労さん」


礼を言って、吉田から課題プリントの束を受け取る。


「そう言えば先生。さっき聞こえたバイオリンって……先生が弾いてたんですか?」


吉田が机に置かれたバイオリンを指差しながら言う。


「……あー」


どう答えようか。
学校の人間には全く話していないことだから、今さら話すのも少々憚られる。
だが、よくよく考えてみれば、隠して何か不利益があるものでもなかった。


「まぁ、な」
「えっと……さっきの曲、凄く綺麗な音色でした」


決して大きな声とは言えないが、吉田はストレートな称賛を奏夜に送る。


「あはは、そりゃ光栄だ。でも俺の本業は弾くことじゃなくて、作る方なんだよ。弾くことも大好きだけどな」
「作るって……」
「バイオリン作り。ちなみに修理も請け負ってる」


箍が外れたのか、次々と自分のプライベートを明かしていく奏夜。
片や、吉田は本気でびっくりしたようだった。


「……初めて、知りました」
「初めて話したからな。ちなみに学校の人間でお前以外に話してなかったりする」
「えぇ!? な、なんでですか?」
「何でって……、お前が知った第一号になったからだけど?」


別に隠していたつもりもなかったし。


「そこまでオーバーリアクションとるほどでもないだろうよ。たかだか教師の副業くらいで」
「す、すみません……」
「いや、謝ることでもないんですが」


動揺のあまり敬語。
消え入るような声で意味のない謝罪をする吉田の姿は、何もしていなくとも、奏夜の内に言い知れぬ罪悪感を生み出している。


お前は小動物か。と心でツッコミを入れて、奏夜は思い出したように聞く。


「そう言えば吉田。お前昨日の体育の時間、貧血でぶっ倒れたらしいが、大丈夫だったか?」
「あ、はい。そんなに酷いものじゃありませんでしたから。それに、ゆかりちゃんと坂井君も助けてくれて……」
「ふーん? まぁ大した事ないなら別にいいんだがな」


何故か奏夜は、怪訝そうに首を捻る。
吉田の言葉、最後の『坂井君』のあたりに力が込められていたことに気が付いたのだ。
――その時、ふと頭に浮かんだ想像を、奏夜は吉田へ率直に問う。


「好きなのか?」
「えっ?」
「好きなのか? 坂井が」
「………っ!」


硬直。赤面。動揺と見事な百面相を披露する吉田。
実に分かりやすい。
さっきとは比べものにならないくらいにオタオタする吉田に対し、奏夜は可笑しそうに口元へ手を当てる。


「え、あっ、えっと」
「そうかそうか。坂井も罪なヤツだな」
「せ、先生。そ、それは、そのことは、その……」
「言わんよ。俺は他人の恋愛をいじくりまわすことだけはしないようにしてるんでね」


赤面しっぱなしの吉田に向けて、奏夜は言う。


(しかし坂井にね……)


また難儀な。悠二の立場を考えると、意外にハードルの高い話だ。
『日常』を生きている彼女がどうしたところで――『非日常』の壁がその感情を阻害する。


奏夜は頬を掻いて、音楽室から出た。
後から吉田もそれに続く。一緒に行くわけではなく、教室と職員室が同じ方向というだけだ。


「俺は恋愛に口出せるような人間じゃねぇけどさ」
「……?」


やや後ろを歩く吉田が首を傾げた。
教室に行く道と職員室に行く道を隔てる階段で、奏夜は立ち止まる。


「誰かを好きになったなら、悔いだけは残すなよ」


普段とは違う、真剣な眼差しに、吉田は僅かに気圧される。


「悔いが残らないように、ただその相手を『好き』でいろ。その結果がハッピーエンドだという保証はない――だが、ハッピーエンドを迎えた人間は、すべからく相手を『好き』であり続けた奴らだ」


言って、奏夜は表情を崩し、吉田に柔らかな笑みを向ける。


「ま、頑張ってみろよ。吉田」


吉田は呆けたように立ち尽くしていたが、


「……はい!」


吉田は、自然と浮かんだ笑顔を奏夜に向けて、力強く頷いた。


「そう、その意気だ」


奏夜は晴れ晴れとした気分で吉田と別れ、階段を下りて職員室へと向かう。
そんな中、ポケットでケータイの着信音が鳴る。
開いてみれば、着信メール一件。
以下内容。


【『都喰らい』の件、検索完了。このメールを確認し次第、連絡してくれたまえ】


本文を確認し、奏夜はケータイを閉じる。


(さて、俺も頑張りますか)


◆◆◆


そんな奏夜と吉田のやり取りとほぼ同時刻。
空き教室のベランダにて。


「ちょっと、聞いてんの?」


シャナが不機嫌そうに、何故か能天を撫で付けている悠二へ声をかける。


「ん? ああ、うん」
「頭の栓がどっか緩んでんじゃない?」
「ぶっ叩いた奴が言う台詞じゃ……いえ、なんでもありません」


射殺さんばかりの眼光に、反論は火に油と悟る。
昨日の完敗を記したキバとの戦いへの悔しさや陰りは、シャナの中で一先ずは整理がついたらしい。


(いや、整理がついたというよりも……)
「それ以上に怒るべきことがあったもんねぇ♪」


悠二が結論を出すより早く、冷やかすような声を二人(正確には三人)は聞き取る。
昨日連絡要員として、キバから遣わされた白いコウモリ――キバーラだ。


「朝起きたら、隣に下着姿の女の子、なーんてシチュエーション、マンガ以外で初めて見たわ」
「……」


封印しようとしていた事実をあっぴろげに触れ回るキバーラに、シャナは無言で贄殿遮那を取り出そうとする。


「キャー、こわ~い♪」
『落ち着け』


アラストールに静止され、シャナはしばらくキバーラを睨んでいたが、半ば諦めたように眼光を弱める。
シャナが平静を取り戻したのを見計らい、悠二は話を進める。


「……で、なんだっけ?」
「はあ……こんなのの言うことを信用するの、アラストール?」
『当面はな。それにキバも同じ予想を立てていた以上、もう無視はできん』
「そのキバだって信用出来たものじゃないと思うんだけど」
「あら、心外ね」


キバーラは頬を膨らませる。


「都市一つの存亡がかかってる時に、嘘をつくようなことしないわよ。あたしにしろ、キバにしろね」


言外に、キバーラがキバを信頼していることが聞き取れた。
――ファンガイアに関して、既に悠二は、シャナとアラストールのレクチャーを受けている。


古来より“徒”とは違う形で、人の存在を奪ってきた魔の一族。
そして、現在は人間と共存を成しているそれらを束ね、統制しているのが『キバ』(もっとも、キバーラからによると、あのキバは代行人らしいが)。


悠二は何処と無く聞いてみる。


「なぁキバーラ。キバって、一体どういうヤツなんだ?」
「ん~、悠二くんが言ってるのは、キバの正体? それとも人物像?」
「どっちもかな。答えられないなら、それでもいいんだけど」
「ふーん」


キバーラは、怪訝そうに顔をしかめ、悠二の質問に答える。


「悪いけど、それはキバが自分から明かさない限り、あたしの口からは言えないわね。盟約とか、色々あるのよ。ただ、シャナちゃん達が誰かを傷つけないのなら、キバは味方でいる。それだけは信用して頂戴」
『あ奴がファンガイアと人間の共存の立役者だというのは聞いたが、何か人間に思い入れがあるのか?』
「ちょっとした事情で、人間と接することが多かったからね。『ファンガイアと人間が笑って暮らせるための、架け橋になりたい』って言ってたわ」
「へぇ……」


最初見た時には、シャナをも打ち倒す恐怖の対象でしかなかったキバ。
だが今のキバーラの話を聞く限り、なんだか凄い人なんだな、と悠二は理解する。


(キバもこの街にいるだよな……、案外僕の身近にいたりして)


――悠二はかなり真実に近いところをかすったが、悠二自身も半ば冗談めいた考えだったためか、その予想は即座に廃棄された。


「それで、シャナちゃんはこれからどう動くつもりなのかしら。フリアグネ側の目的がわかっても、向こうの居場所がわからないから、動きようがないかも知れないけど」
「一応は、こいつって餌を連れてうろうろするつもり」


キバーラの問いに、シャナは悠二を指差して言う。


「こうやって睨み合ってる内に、トーチはどんどん消えてくから、その内、連中も焦れて出てくるでしょ」
「いや、それじゃ駄目だ」


意外な反論が、悠二の口から飛び出す。


「なんですって?」
「どういう意味よ、悠二くん?」


シャナとキバーラが聞き返す。
悠二は頭に浮かんだ自分たちのやるべきことを、淡々と言葉に変えていく。


「こっちが待つってのはつまり、相手に何か準備させたり、次に行動を起こすのを受け止めて動くってことだろ。それじゃ、罠の中に自分から飛び込むようなもんだ」
「じゃあ、どうしようっての?」
「向こうが動かないから、こっちは行動出来ずにいるのよ。どうやっても後手になるわ」
「呼び寄せる方法はあるよ。連中が『都喰らい』を企んでいてもいなくても、多分噛み付いてくる」
『どういうことだ』
「連中の企みの要は分かってるんだ。だから、その邪魔をしてやればいい」
『……貴様、まさか』


シャナとアラストールは、悠二の提案を理解したらしかった。
キバーラは未だに疑問符を浮かべていたが。


「もう、手段を選んでる余裕はなくなってると思う。待ってれば、こっちが不利になるだけだ。まだ無事な連中から、きっちり守っていかないと」
「ふうん…」


シャナが何処か楽しげに笑う。


「ぶったたいてスイッチでも入ったのかな」
『かもしれん。突飛ではあるが、確かに効果的だ』
「え、え!? 何なに!? 説明してよ三人とも~!」


その後、一人仲間外れなキバーラに、悠二が説明をし、その話は纏まった。


ここから、反撃の狼煙は上がったのである。


◆◆◆


『やあ、随分と連絡が遅かったね、奏夜』


あの後授業が重なり、奏夜がメールの送り主に連絡が取れたのは、昼休みになってからだった。
――出来ることなら頼りたくない人物だったのだが、自分の知りたい事実を調べることが出来るのは、電話向こうにいる人間のみだ。


『実に興味深い内容だった。“フレイムヘイズ”に“紅の徒”……、久しぶりにゾクゾクさせてもらったよ。僕の力を持ってしても、全てを閲覧するのは膨大な時間が掛かる。僕が途中で検索を中断したのはこれが初めてだ』
「与太話に花咲かす気はねーよ。早く本題に入ってくれ」
『ああ、キミの依頼は“棺の織手”が、都喰らいで集めた存在の力を、何に使おうとしたのか、だったね』


向こうには見えないと知りつつも、奏夜は頷く。


――『都喰らい』をする動機。
これがフリアグネの動向を探れるかも知れないと、奏夜は考えていた。


ただ存在を貪るだけならば、普通に人を喰らうのが一番手っ取り早いはず。
わざわざフレイムヘイズに見つかりやすい、というリスクを犯してまで、『都喰らい』をする意味はない。何か――都市一つ分の存在の力を使わなければならない理由がある。


『行動の理由』、手掛かりになるには十分。
それらを推測するため、奏夜は依頼を出した。
『都喰らい』の前例である棺の織手、その『行動の理由』を調べてくれと。


『端的に言うと、彼の契約者の望みを果たすためだね』
「契約者? 棺の織手が、フレイムヘイズと契約した“王”だったってことか?」
『ああ、そもそも“棺の織手”とは、彼がフレイムヘイズだった時に得た称号でね。
本来の真名を“冥奥の環”。世に轟くフレイムヘイズの英雄だったそうだ』
「そんなヤツが、なんだって『都喰らい』なんかを……」
『彼が“徒”に堕ちたのは、彼の契約者が死んでしまったことに原因があるようだね。“冥奥の環”と、彼の契約者である“棺の織手”は、互いを愛していた』


――最後の言葉を聞いた時、傍目からみれば、奏夜はいつも通りだっただろう。
だが内面に至っては、大きく動揺していた。


ケータイを握る手へ、無意識に力が籠る。
そんな奏夜の様子など気にも止めず、説明は続いていく。


『彼は“棺の織手”の望みであった、自分と契約者の子を作り出そうとした。しかし、初めから存在していないものを作り出すともなれば、膨大な存在の力が必要となる』
「そのための『都喰らい』、か」
『ご名答』


素っ気ない言葉が返ってくる。


『まったく僕には理解出来ないよ。いくら強く望んだ願いだとしても、全てのフレイムヘイズを敵に回すなんて、あまりに非合理的だ』


非合理的。
確かにそうだろう。
――しかし奏夜には少しだけ、そうする理由が分かる気がした。


「……フリアグネが『都喰らい』をするのも、誰かに存在を与えるため、なのかね」
『さあ? そう断ずることは出来ないけどね。ただ『都喰らい』で得る膨大なエネルギーの使い道は、おのずと限られてくる。
些細な願いなら、普通に人を喰えばいいからね。新たな『存在』を生み出す気なのは、ほぼ間違いないだろう』
「成る程――ありがとな、中々有力な情報だ」
『構わないさ。僕としては実に有意義な調査だったからね。また何かあれば教えてあげるよ。興味深い検索対象を提供してくれた礼だ』
「ああ。それじゃあな、フィリップ。翔太郎にもよろしく」


通話を終え、奏夜は憂いを帯びた溜め息をついた。


「“愛”ね」


まったく、面倒だ。
いつだって、これは人を、ファンガイアを、あまつさえフレイムヘイズを惑わせる。
非合理的と言われようとも、それらはどうしようもない。誰にも止めることは出来ず、自分でさえも止められない。


この世で最も脆く、しかし強い感情。


「……」


もしフリアグネの目的が、棺の織手と同じだとしたら――自分は、戦えるのだろうか。


「……クソッ、調べなきゃよかった」


悪態をついて、奏夜は校舎へと歩き出す(万が一、誰かに聞かれるのを防ぐためだ)。


戦うしかない。
自分の信念と誰かの信念がぶつかる時、そこにあるのは戦いだけ。
どちらが正しいか、論ずる暇すらない。


それはわかっている。
キバとしての戦いの中、何度もあったこと。だが、我慢出来るのと、気にならなくなるのは別の話だ。
相手の『正しさ』を力で砕く。それだけは、永遠に慣れることはない。


「――いけないな。どうにも弱気になってやがる」


“愛”なんて単語を聞いたせいか。


気付かぬ内に、トラウマを抉られているようだ。






『許せない……絶対に!』


『人間など価値の無い存在だ。何も悲しむことはない』


『やめて!』






「……ちっ」


気分が後ろ向きだからか、嫌な記憶ばかり蘇る。
不愉快極まりない。


「こういう時に限って、キバットもキバーラもタツロットも次狼たちもいないんだよな……」


取り敢えず、昼飯でも食べよう。
病は気から、食べるという字は人が良くなると書く。
そう決め、階段を上がっていく奏夜。


途中、階段の踊り場に差し掛かると、上の階――自分の受け持つ一年二組の教室から、鋭い声が聞こえてきた。


「うるさいうるさいうるさい。予定通りの行動よ」
「そりゃそうだけど……っわ!? 何すんだよ!」
「なにユルんでんのよ。これから絶対に一戦やらかすんだから、しゃきっとしなさいよ!」
「だからって蹴っ飛ばすか、普通!?」
「蹴っ飛ばすの! 普通は!」


エコーがかかっているため聞き取りづらいが、坂井とシャナの声だ。
勢いある足音が凄いスピードで近づき、あっという間にシャナは階段を挟み、奏夜の目線の上へ。
シャナは奏夜を一瞥し、階段を駆け降りてくる。
奏夜はその様子を見て、何か言い知れぬ違和感を覚えた。


「音楽が乱れてるぞ、平井」


すれ違いざまに、奏夜はシャナに言う。




「お前、何を戸惑ってる?」




シャナはびくりと肩を震わせた。
瞳には、前に戦った時と違う、不安定な光がちらついていた。


「……っ、うるさいっ!」


激情を吐き出すように叫び、シャナは階段の下へ走り去っていく。
その際紡がれたシャナの小さな声を、奏夜の耳がとらえた。


「こんなの、戦えば全部吹き飛ぶ」


シャナの足音が消えた後すぐに、入れ違いで悠二が現れる。
その悠二も、奏夜に軽く会釈しただけで、シャナの後を追いかけていく。


「奏夜~!」


ぽつん、と取り残された奏夜に、聞き慣れた声が話し掛けてきた。
キバーラである。


「もう、随分探したのよ! 午前中の授業が終わった途端にどっか行っちゃって! シャナちゃんと悠二くんが動いたから、報告しようと思ったのに!」
「ああ、あの二人ならもう見たよ。で、どういう作戦なんだ?」
「うん。フリアグネの計画が『都喰らい』でもそうでなくても、トーチが必要なのは間違いないから、そのトーチをわざと消していくことで、フリアグネをおびき寄せるつもりなんだって」
「ふ―ん、なるほど。良い手かも知れないな。坂井もよく考えたもんだ」
「あら、なんで坂井くんが考えたってわかるの?」
「いや、何となく。――で、キバーラ。もう一つ聞きたいんだけど。お前の言うシャナちゃん、何かあったのか?」


語調を少し真面目なものにして、自分の肩に止まるキバーラに問う。


「鋭いわね奏夜」


キバーラが意味ありげに笑う。


「ちょっとシャナちゃん、ヤキモチ妬いちゃったみたいなのよ」
「ヤキモチぃ?」


なんだそのいきなりなラブコメ展開は。


「窓からこっそり見てたんだけど、クラスの女の子が悠二くんに話し掛けて、悠二くんが嬉しそうにしてたのが気に入らなかった……みたいなんだけどね。
シャナちゃん自身、それがヤキモチだって気付いてないみたいだったわ」
「……つかぬことを聞くが、坂井に話し掛けてた女の子って誰?」
「吉田一美さん、だったかしら」


……図らずも、奏夜自身が原因を作っていた。
今朝方の音楽室にて、内気な吉田が坂井に話し掛けるのを後押ししたのは、紛れもなく自分だった。


(うーん、タイミングが悪かったか)


自分としては、十割の善意でやったことだったのだが。
奇妙な三角関係が出来つつある。
しかも、フリアグネての戦いの間際で。


(他人に感情を向けなかったヤツが、急に他人を気にしだしたら……)


ロクなことにならない。そのことを奏夜は、我が身をもって知っていた。
不安を募らせる奏夜、片やキバーラは、何だか楽しそうだ。


「いいわねいいわね~♪ 甘酸っぱい学園生活の中で芽生える三角関係! 一人の男の子を巡るラブバトル!」
「キバーラ、ノリが中学生だぞ……。前から聞きたかったんだが、お前何歳なんブッ!」


言い終わるか言い終わらない内に、キバーラは奏夜の顔面にタックルを決める。


「奏夜、覚えておきなさい。女性に年齢を訊くのはこの世で最も失礼な行為なのよ」


キバーラは何故か威圧感のある笑みを浮かべながら、低い声音で奏夜を諭す。
有無を言わさぬ気迫に奏夜も「は、はい。スンマセン……」と答える他なかった。


「わかればよろしい。さ、早く二人を追わないと」
「あ、ああ、そうだな」


残りの授業が気にはなったが、今はこちらの方が重要だ。
いざとなれば、嶋の後ろ楯もある。
キバーラと一旦別れ、二人を追い掛ける奏夜。


(しかし……、本当に大丈夫なのか。平井のやつ)


心に生まれた一つの不安要素を、奏夜は捨てきれずにいた。


(もしあいつの感情が坂井に向かっているのだとすれば――)


非常にマズい。




「あいつの未完成な心じゃ、まだその感情は操れない」




奏夜の懸念は当然、勝敗を大きく左右することになる。
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  1. 2012/03/16(金) 09:37:11|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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