紅蓮の牙

二次創作中心。仮面ライダーキバと灼眼のシャナのクロスを連載中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

第十七話・歪曲/非常なる現実.後篇

◆◆◆


「うし、本日の授業オシマイ。ミサゴ祭りに行く連中は、トラブル云々にゃ気を付けろよ」
『はーい!』


きっちりとかみ合った返事を最後に、教室内の生徒はばらばらと解散していく。


中には残って「今日どうするー?」だの「一緒に行こー」だの、祭りに関する最終確認をする生徒もいる。
無論、それは奏夜の身近にいる生徒も例外ではない。


シャナは授業が終わった後、これ以上ないほどウキウキしていた。
それとなく、奏夜が理由を聞いてみると、


「今日、悠二を誘ってみる!」


だそうだ。


「へぇ。これから誘うのか?」
「うん、千草が浴衣用意してくれてるから、悠二が帰って来た時にびっくりさせるんだ!」


稀にみるご機嫌状態だった。
感情がここまで顔に出るのは、シャナの純粋さ故だろう。


「そっか、良かったな!」


微笑ましさからか、奏夜も表情を緩める。


「お前の浴衣姿見たら、悠二のヤツ絶対驚くだろうから、そこで一気に祭りまで引っ張ってけ!」
「分かってる!」


期待に胸を膨らませる少女を見送り、奏夜は一言。


「青春だねぇ」


まぁ、かく言う奏夜にも予定が入っていたりするのだが。


腕時計を見ると、静香との約束にはまだ余裕がある。 家に帰って、着替える時間をふまえても十分だ。


「なつき先生の手伝いでもするかな」


結局、祭りの見回りについては、同僚の机なつきに替わって貰った。
教員としては付き合いが長い為、奏夜が事情を話すと、快く引き受けてくれたのだ。


……引き受けた後の「紅くんも、ようやくそういう子が出来たのね」というセリフはともかくとして、貸しがあるのには違いない。


「オケ部の楽器のチェックとかなら手伝えるしな……。取り敢えず音楽室で時間潰して、4時くらいに帰りゃ間に合うか」


予定を纏めつつ、奏夜は階段の踊場にさしかかる。


「あ、先生!」


後ろからの声に振り返ると、小柄な女子生徒が近づいてきた。


「良かった。まだ帰ってなくて……」
「おう吉田、どうかしたか?」


こいつが自発的に話し掛けてくるなんて珍しい。
理由を想像しつつ、奏夜の目線は、彼女が持つ紙袋に向く。


と、吉田はおもむろに、紙袋を手渡してきた。


「これを先生に渡したかったんです」
「あん? 俺に?」


中を見ると、果物の詰め合わせだった。
だが奏夜には、受け取る理由が思い浮かばない。


「えっと、正確には先生じゃなくて……」


吉田は言いづらそうに、唇を動かす。


「先生、お兄さんいますよね?」
「!」


予想外の言葉に、奏夜は目を剥いた。


「えっ、なんでお前知ってんの?」


兄、太牙のことは、学校内の誰にも話していないはずだ。


「昨日偶然お会いして、色々お世話になったんです」


吉田は何故か気恥ずかしそうに、経緯を説明する。


「だから、そのお礼がしたかったんです。先生なら連絡先を知ってるかなと思って」
「成る程ね。ったく、本当に世間は狭いなぁ……兄さん、何か言ってた?」
「先生のこと、嫌わないでって言ってましたよ。太牙さん、素敵なお兄さんですね」
「くあっ」


メチャクチャ恥ずかしい。
兄からの心配を、それも自分の生徒に伝えられるのは、自分の頼りなさを露呈させてしまった気分だ。


頬を掻き、奏夜は平静を装う。


「まぁ、分かった。この果物を兄さんに渡せばいいんだな」
「はい。よろしくお願いします」


最後にぺこりと頭を下げ、吉田はやや急いだ様子で、奏夜の脇をすり抜けていく。


(……そう言えば)


奏夜は、吉田の後ろ姿に声を投げかける。


「誘うつもりなのか?」


誰を、とは言わなかった。
吉田は振り返り、


「はい」


力強く頷いた。 緊張はあるようだが、普段のオドオドした態度は欠片も見られない。


「坂井くんと、一緒に行きたいですから」
「……そっか」


今までの彼女には無かった、確かな覚悟がそこにあった。


先の少女のことを思うと複雑だったが、それでも奏夜は、シャナに掛けたのと同じ言葉を送る。


「頑張れよ」


奏夜の激励に笑顔で応え、吉田は階段を降りていった。
悠二の帰宅ルートは、池あたりから聞いているだろうから、舞台セットは問題なし。
シャナは浴衣の準備で一旦先に帰っている。
トドメに――あの吹っ切れたような表情。


あの様子なら、臆さずに告げることが出来るだろう。




――坂井くん、今日のミサゴ祭り、一緒に行きませんか、と。




(……ありゃ兄さんか誰かが、何かアドバイスしたな)


皮肉めいた笑みを浮かべる奏夜。
悠二と吉田が祭りに行くことについて、奏夜はなんら不満はない。
むしろ祝福すべきことだ。


しかし、シャナの――戦いしか知らなかった彼女の、祭りに対する期待に満ちた様子を目の当たりにしているため、素直に喜べる気にもなれない。




あちらを立てればこちらが立たず。それは――奏夜のみならず、太牙も嫌というほど味わっているのだから。




「兄さんも、タイミングが良いんだか悪いんだか」


フルーツの入った紙袋に目をやり、溜め息をつく。


(まぁ、悠二がシャナを選ぶにしろ、吉田を選ぶにしろ、俺が口出しできることじゃねーけどさ)


教員である以上、奏夜は生徒の問題には、積極的に関わるべきだ。
しかし、こと恋愛に置いては、個人個人の問題。
アドバイスはしても、深く関わり過ぎるのはNG。
どちらの味方もせず、中立であらねばならない。


「もどかしいよな、こういうのも」


見てられない、という方が正確かも知れない。




かつて――あの三人と同じ関係性を持った人間として。




「……俺と兄さんみたいにならないでくれよ。シャナ、吉田」


奏夜は願わずにはいられなかった。
その願いが、決して実現しないと分かっていても。


◆◆◆


御崎市郊外のとある山奥。
岩肌の濃い洞穴に、四人分の声が反響する。


「久しぶり、母さん」
「ええ、お帰りなさい、太牙」
「サガークも息災のようだな。安心したぞ」
『◆〆〇¥!』


太牙は今日、帰国したことを伝えようと、母親である真夜に 会いに来ていた。
長らく留守にしていたため、母の元気な姿を見たかった、というのもあるが。


「二世にも世話をかけたな」
「気にするな。俺とお前の仲だ」


キバットの父、キバットバット二世は、羽音を鳴らしながら答える。


「奏夜にはもう会ったの?」
「いや、予定がつかなくてまだ会ってないんだ」
「あら、じゃあ会いがてら、二人でミサゴ祭りに行ってきたら? 確か今日だったでしょう」
「あー、それも考えたんだけれど……」


真夜の提案に対し、太牙はやんわりと言葉を濁す。


「ここに来る途中、名護達から連絡が来てね。一緒に花火大会を見ないかと誘われたんだ」


正確には、嶋のコネで特別席が確保出来ているらしく、そこで待ち合わせないか? という誘いである。
真夜は訝し気に、首を傾げた。


「嶋さんがみんなの為に、花火を出すのは聞いてたけど……それにしたって、随分急なお誘いね」
「ああ、僕もそう思って、詳しく聞いてみたんだ。そしたら、名護達の都合じゃなくて、奏夜の都合みたいでね」
「? どういう意味?」
「今日、奏夜は静香ちゃんと行くみたいなんだ」


太牙の説明に真夜と二世は『ああ、そういうことね(か)』ようやく合点がいったようだった。


「ふふっ、奏夜も隅に置けないわね」
「だろう?」


要するに名護達は、奏夜と静香の邪魔をしないようにしたいのだ。


静香と並ぶ息子(弟)の姿を想像し、どちらからともなく、太牙と真夜は笑い合う。
四年前、あんなことがあっただけに、奏夜と静香のことは、二人にとって喜ばしい出来事だ。
ならば協力は惜しまない、と太牙も、名護の提案に乗ったのである。


「それで、せっかくだから母さん達も誘おうと思ったんだけど、どうかな?」
「ありがとう。でも、遠慮しておくわ。人が多いところは苦手だし」


ここから静かに眺めるだけで満足よ、と真夜。
二世も「俺が行くのはマズいだろう」と妥当な見解を見せた。


「分かった。名護達にも説明しておくよ」
「ごめんなさないね。みんなにも謝っておいて頂戴」


目尻が少し下がった真夜は、本当に申し訳ない気持ちで一杯らしかった。


『タイガ、ボクモココニノコルヨ』


と、そこへサガークも加わる。


「えっ? でもいいのか? お前がいいなら、バックの中にでも入れば……」
『ソレジャア、タイガガタイヘンデショ。ダイジョウブ、キバットクンタチモサソウカラ、サミシクナイヨ』


確かに、キバットやキバーラも、サガークや二世と同じ理由で、留守番をしている可能性は高い。
あの面子なら、寂しくなるということはないだろう。


「分かった。悪いな、サガーク」
『キニシナイデ。アッ、デモオミヤゲニ、ワタアメヲカッテキテクレルトウレシイナ』
「ああ、任せろ。それと、祭りの後にはマル・ダムールで小さな花火をやるらしいんだが、そこなら来ても大丈夫だからな」
『ウン、ワカッタ』


互いの気遣いに感謝する。
二人もまた、奏夜とキバットのように、小さな頃から苦楽を共にしてきた親友なのだ。


「それじゃあ母さん、また来るから。今後は奏夜も連れてね」


太牙が手を差し出し、真夜がそれを握り返す。


「ええ。楽しみにしてるわ」


屈託のない笑顔を最後に、太牙は洞穴から去った。
その姿を最後まで見送っていた真夜は、 握手をした方の手を見る。


「また来るから、か」


自然と、顔が綻んだ。


四年前は考えられなかった、息子からの暖かな愛情。久しぶりに感じたそれは、真夜にとって何物にも勝る幸福だった。


「誘ってくれただけで十分よ。太牙」


手から伝わった太牙の優しい“音楽”に、真夜はそっと目を閉じた。


『◆*▽?』
「そっとしておいてやれ」


真夜の様子を伺うサガークを、二世がたしなめる。


――空は、茜色に染まりつつあった。


◆◆◆


同時刻、紅邸。


「キバット、キバーラ、やっぱこれっておかしくないか?」
「何を言う。俺様とキバーラが着付けしたんだぜ。パーフェクトさ」
「やっぱり奏夜は元がいいから、何でも似合うわね♪」


二匹のコウモリの評価に対し、奏夜は落ち着かなそうに、鏡に映る自分を見る。
奏夜が纏った黒一色の浴衣は、シンプルながら、日本の和を意識した装いとなっていた。


「つーか、祭りだからってここまで気合い入れるか? 私服でいいだろうがよ」
「あら、冷たいわね。静香ちゃんとのデートなんだから、これくらいはしなきゃ♪」
「だからデートじゃねぇっての……。大体、こういう江戸っ子みたいな服装は、俺よりもキバットがするべきだろ。中の人的に」
「奏夜。お前はいい加減、メタ発言の限度を覚えろ」


俺様じゃ浴衣なんざ着れねーし。
キバットが至極もっともな意見を述べたところで、下のインターホンが鳴った。


「む、お相手のご到着だな」
「ちゃ~んと、エスコートしてあげなさい♪」
「お前ら今回、妙にテンション高ぇな……」


自分との温度差にやや戸惑いつつ、奏夜は下に降り、ドアを開ける。


庭に出ると、見慣れた少女の姿が――。





(……あれ?)





突如、身体が硬直する。
冷静な判断力を失った思考は、目に映るものを受け入れられなくなった。


「あ。奏夜」


こちらの様子に気付かないまま、その少女は普段と変わらない態度で接してくる。
濃い藍色染めの布地に、薄いピンクの紫陽花が映えた浴衣。
母親にでも着付けて貰ったのか、着こなしは完璧だ。


「30分くらいの遅刻は想定してたから、早めに来ちゃったけど、奏夜にしては珍しく、ちゃんと準備してたみたいだね」


感心感心、という皮肉も、ろくに耳に入らなかった。
普段の幼さが残る顔立ちは、凛とした優雅さに変わり、口調でさえも大人びたものに聞こえてくる。


だがそれでも、間違いなくこの少女は、野村静香だ。
いつもバイオリンを教えている、奏夜の一番身近にいる女の子。


「………」
「? 奏夜、どうかした?」


言葉を失い、立ち尽くす奏夜の頬に触れる静香。


「……っ!」


静香の手から伝わる体温は冷たかった。
つまり、自分の体温が上がっているということ。


「なんか奏夜、ちょっと熱くない? 顔も少し赤いし」
「い、いやいやいや、なんでもない!」


わたわたと、狼狽えながら、静香の手を引き剥がす。
だがその後も、静香を直視することは出来なかった。


(なんでだ? そりゃ吃驚はしたけど、何も目を合わせられないなんてことは……)


奏夜自信も、自分が動揺している理由が分からなかった。
混乱する奏夜に、静香がからかい半分に告げる。


「あ♪ ひょっとして、私の浴衣姿に見とれちゃったかなー奏夜くん?」


袖を持ってくるりと回る静香。


「っ!」


無論、その可愛らしい仕草は、奏夜を更に追い詰めるには十分で。


(やばい。上手く言えないが、今日の静香は本当にやばい)


しかし、いくら心の中で警鐘を鳴らそうが、静香のご機嫌にはまるで変わりがない。


「ほらほら、可愛いなら可愛いと素直に言いなさいな♪」


顔を紅潮させる奏夜が珍しく、静香はつい、普段なら言えない大胆なことを聞く。
だが最後の最後で、静香は墓穴を掘ってしまった。


「……ああ、可愛いよ」
「えっ?」
「だから、可愛いって」
「……」


いやいやいや。
有り得ない。聞き間違いだ。
可愛い? あの朴念仁の奏夜が? そんなの、天地がひっくり返っても、言わないセリフじゃないか。


恐る恐る、静香は聞き返す。


「か、可愛いって、誰が……」
「……お前以外誰がいるんだよ」


奏夜が未だに顔を赤らめながらも、呆れたように告げる。


「浴衣も似合ってるし、その……うん、とにかく、今日の静香、凄ぇ可愛い」
「………」


奏夜の比にならないほど、静香の顔が赤く染まっていく。
漫画表現なら、煙が上がっているだろう。


「あ、ありがとう……。奏夜の浴衣も似合ってるよ」
「お、おう。ありがとな」
「……」
「……」


二人が、赤面しながら黙り込む。


(ど、ど、どうしよう?)


軽い冗談のつもりが、こんな羞恥を味わうことになるなんて。
可愛いと言わせるよう強いたのは静香自身なため、完全なる自爆だった。


(や、やばい。ワケ分かんなくなって、とんでもない台詞言っちまった……)


奏夜は奏夜で、どうしたらいいのか分からなかった。
静香と、ここまで気まずい雰囲気になるのも久しぶりだし、昔とはその理由も違う。
ただ――静香が可愛いと再認識しただけなのに。


「と、取り敢えず、時間だし、行くか!」
「う、うん。そうだね! 行こう行こう!」


不自然な早口は、緊張か、照れ隠しか。
そんな微妙な空気のまま、二人のミサゴ祭りは始まった。


◆◆◆


「行ったな」
「行ったわね♪」


二階から二人の様子を観察していたキバットとキバーラ。
その口元には、ニヤニヤ笑いが浮かんでいる。


「ひょっとしたら脈ナシなのかなって心配もしてたけど……余計なお世話だったかしら」
「ああ。奏夜も静香に対して、異性としての意識が無いわけじゃないみたいだな。安心したぜ」


鈍感な奏夜には、あれくらい静香が『女の子』の雰囲気を出すくらいで丁度いい。
わざわざキバーラが「せっかくの祭りなんだし、浴衣着ていったら?」と静香に進言しておいた甲斐があった。


「さ、俺様達のお膳立てはここまでだ。あとは静香に任せよう」
「そうね。私達はキャッスルドランから、ゆっくり花火でも……あら?」


キバーラが目を向けた窓の外に、白い円盤のような影が見える。
影はしきりに、鍵のかかった窓ガラスを叩いていた。


「お、サッちゃんじゃねぇか!」
『◆*▽〆!』


キバットがロックを外すと、工房にサガークが飛び込んできた。


「サッちゃ~ん、久しぶりだなぁ!」
『ヒサシブリ!』
「元気そうで何よりだわ♪ で、何かご用かしら?」
『ウン。コレカラマヤノトコロデ、イッショニハナビヲミルツモリナンダケド、フタリモコナイ?』
「おお、いいねぇ! キバーラと二人じゃ寂しいと思ってたとこだし、ご一緒させて貰うかな!」
「ええ、クイーンのとこならお父さんにも会えるし、みんなで盛り上がっちゃいましょう!」


キバット達は宴の準備(主に食品類)に飛び回る。
不思議生物三匹も、なんやかんやで祭りを楽しんでいた。


◆◆◆


「……」
「……」


祭りの客でごった返す大通りを歩く、奏夜と静香。
だが二人の間に、会話はない。 ただ気まずそうに、目を逸らし合っているだけ。
互いに居心地の悪さを感じながらも、二人は口を開けないでいた。


――今、顔を見合わせでもしたら、確実にまた赤面してしまう。


(ってか、今でも多分、顔赤いよなぁ……)


伝わる火照りを感じながら、奏夜は小さく嘆息する。
まったく、あそこでからかいの一つや二つ口にすれば、こんな面倒なことにはならなかったものを。


かと言って、あの時静香を『可愛い』と思った気持ちに嘘はなく、冷静さを欠いていたあの時では、どう転んでも軽口は叩けなかっただろうが。


「……あー、静香」


このまま黙っているわけにもいかない。取り敢えずこちらから、会話のボールを投げる。


「にゃ、にゃにかな?」


静香は静香で緊張しているのか、セリフをものの見事に噛んでいた。


「いや、まだお礼言ってなかったなーって思ってさ」
「お礼?」
「うん。今日のことだけど、誘ってくれてありがとな」
「あ、ああ、そのこと。そんなお礼言われるほどのことじゃないよ」


どの道、奏夜と行きたかったし。とは言わなかった。


「いや、それでも嬉しかったよ。てっきり静香は、学校の友達と一緒だと思ってたから」


ここ四年は、高校、大学とあって、奏夜も静香と中学生の頃ほど頻繁には会えなかった。
静香も学校生活が楽しいのだろう、と納得してはいたが、若干気兼ねしていたのは間違いない。


それもあってか、誘いがあった時には本当に驚いたのだ。


「だから、今年はちょっと新鮮だよ。二人で歩くのも良いもんだな」
「――そうだね」


静香は奏夜と目を合わせた。


「私も新鮮だよ。奏夜と一緒に歩くの、凄く楽しい」
「そりゃどうも、お嬢さん」


やっと普段の調子が戻ってきた。
まだ気恥ずかしさはあるが、さっきに比べれば大分マシだ。


「さて、花火は名護さん達と見るとして、その間はどうする?」
「そうだね……奏夜は行きたい出店とかある?」
「いや、特に無い。今日は静香に付き合うよ」
「そう? じゃあやっぱり定番で、かき氷が食べたいかな」
「お、いいな。確か次狼たちが、かき氷の店出してたから、先ずはそこに行くか」
「やっぱりミサゴ祭りでも働いてるんだ……。あの三人は逞しいよねぇ」
「あいつらは下手な人間より人間らしいからな」
「漫画で例えるなら怪物くんだよね。で、奏夜がドラキュラさん」
「怪物くんじゃないんだ! そしてそれだとラモンが仲間外れ!」


と、楽しくも恐らくは本編とは関係ない話をしながら、二人は祭りの会場へ足を進める。
照れも抜け、普段通りの関係性が戻ってきた。


(うん。やっぱり俺と静香はこうでなくちゃな)


居心地が良く、一番気楽に話せる間柄でなければ。


「……」


ただ少し、本当に少しだけ、さっきの空気が惜しいとも思ってしまうのだけれど。


(あの空気の何処に惜しむ要素があるんだかな……)


思考を巡らすも、答えは出ない。
しかも、考えれば考えるほど、何故か羞恥心が嵩んでいく。


(ま、いっか。別に)


奏夜はあっさり結論算出を放棄し、通りの角を曲がった。





――どんっ!





「わっ!」
「きゃっ!」


衝撃。


よろめいた身体を反射的に立て直し、二人は自分達にぶつかってきた何かを、視界から導き出す。
目の端に捉えた影は二人を横切るような形で、ミサゴ祭りが開かれる河川敷とは、逆方向に走っていく。


後ろ姿から得られた情報は、長い黒髪と小柄な体躯。


「……シャナ?」


奏夜は適当な判断から、さっきの影と知り合いの少女を重ねる。


「奏夜、知り合いの子?」


静香が、少女の走り去った方を見ながら尋ねる。


「ああ、多分俺の生徒だ」
「どうしたのかな。なんか急いでたっていうより、無我夢中で走ってるみたいだったね」
「……無我夢中、か」


その言葉だけを復唱する奏夜。直感的に、嫌な予感がした。
シャナが我を忘れるほどに走る、という状況もそうだが、もっと直感的な不安である。


(……どうすっかな)


奏夜は踏み切れずにいた。


本音を言うと、今ここでシャナの後を追いかけたい。だが、静香を一人にしてしまうというのも問題だ。
彼女の気持ちを考えれば、礼儀を仕損じるようなことは、静香を幻滅させるようなことは、奏夜もしたくない。


「奏夜」


頭の中を読んだように、静香が奏夜の浴衣の袖を引っ張る。


「行ってあげた方がいいよ」
「えっ? でも、それじゃ静香が……」
「ばか」


ぺちっ、と軽く頭を叩かれる。


「多少のロスくらいは大目にみてあげるから、早くさっきの子を追いかけなさい」


静香は人差し指を、奏夜の眼前に突き出した。


「生徒が困ってたら助ける、それが先生でしょ?」
「……」


本当――この子には適わない。
感情と謝罪の気持ちで一杯になりながら、奏夜は頷く。


「ごめん。すぐ戻るから、出店の入り口辺りで待っててくれるか?」
「うん。着いたらケータイで連絡してね」
「わかった。本当にごめんな、静香」


去り際、もう一度頭を下げて、奏夜は踵を返し、シャナのあとを追いかけていった。
残された静香は軽く溜め息をつき、


「本っ当に、奏夜は誰にでも優しいなぁ」


人の気も知らないで、奏夜は誰も彼も助ける。
彼の優しさは、自分にだけ向けられるものではない。
それは、ほんの少し悔しい。


でも――そんな奏夜だからこそ、私は好きになった。


「惚れた弱みだよね」


皮肉っぽく笑いながら、静香は歩き出す。


――戻ってきた時のために、りんご飴でも買っておいてあげようかな、と思いながら。


◆◆◆


程なくして、シャナは見つかった。
団地に囲われた小さな公園だが、今日がミサゴ祭りなのと、大通りから外れているのとで、人影はない。


奏夜と、シャナを除いて。


「シャナ」


ベンチに座る小柄な姿に声をかける。
肩が僅かに揺れ、俯いていたシャナが顔を上げた。


「!!」


奏夜は絶句した。


「……そう、や?」


普段よりずっと小さな声は、僅かに震えていた。
潤み、赤くなった目からは、一筋の涙の跡。




泣いていた。
あのシャナが、フレイムヘイズ『炎髪灼眼の討ち手』が。




「……隣、いいか」


かろうじて言えたのはそれだけだった。
シャナが小さく頷いたのを確認し、奏夜はベンチに腰掛ける。


重い沈黙。
さっきの静香とは、また違う種類の気まずさだった。


「話したくないなら、話さなくていい」


彼女のことを重んじ、慎重に言葉を選ぶ。


「けど、話すことでお前が楽になるなら話してくれ。俺でよければ聞き手になろう」


それだけ言って、奏夜は口を閉ざした。
あくまでも、そこにいるだけ。 だがシャナが望むなら、いくらでも助けを出す。


――奏夜なりの気遣いが、今はとても嬉しかった。


「私……言え、なかったの」


安心感と共に、こらえていたものが溢れ出す。


「吉田、一美に、先に言われちゃった……私、行きたかった、のに、悠二、取られ……」


「……そっか」


全てを察し、奏夜は嗚咽する少女の背中を撫でた。


「ごめんな、シャナ。俺が、祭りに誘ってみろなんて言ったから……」
「ち、違うの、奏夜は悪くないの……私が……嫌だって言え、なかった……一緒に行って、って……私が言えなかった」


奏夜の手から伝わる優しさを感じながら、シャナは泣き続ける。


「それで私、悠二、連れてどこかに行こう、とか思って、ひどい、でも、私」
「うん」
「取られるの、やだから、取っちゃやだ、って思って」
「うん、うん」
「そんな、こと、私、でも……」


まともな声はそこまでだった。
慟哭するシャナの心が奏でたのは、深い悲しみの音楽。
悲哀に満ちた旋律は、奏夜の心にも伝播し、シャナの辛さを否応無しに響かせてくる。


――何も出来ない無力感を噛みしめながら、奏夜は静かに、シャナの感情を受け止め続けた。


◆◆◆


「落ち着いたか?」
「……ごめん。迷惑かけて」
「いいさ。泣ける時に泣けるのは、悪いことじゃない」


ひとしきり泣いて、多少落ち着いたシャナに、奏夜は言う。


「シャナ、やっぱりお前は変わったよ。今までのお前じゃ、絶対に泣かなかっただろうからな」
「……私、やっぱり、弱くなったのかな」


拳を弱々しく握る。


こんな情けなくなって、フレイムヘイズとしての使命さえ果たせなくなる。
それはシャナに取って、もっとも恐怖することだった。


だが奏夜は、


「違う違う。むしろ強くなったと俺は思ってる」
「えっ?」


予想しなかった答えに、シャナは首を傾げる。


「いつだったか言ったよな。『持たざる者の強さには限界がある。だが持つ者の強さに限界はない』って」


覚えている。
悠二と一緒なら、何でもできる。そう思えたのも、奏夜の助言がきっかけだった。


「そしてお前は、もう大切なものを手に入れてる。今流した涙――感情もその一つだ」


どこが嬉しそうに笑いながら、奏夜は言葉を紡ぐ。


「お前、吉田が悠二を誘った時、悠二を連れて行きたいって思ったんだよな」
「……うん。でも」
「できなかった。正確には踏みとどまった、って感じかな?
でもさ、悠二と出会う前のお前なら踏みとどまりもしないし、そもそも悲しんだりしなかったんじゃないか?」


強引に、相手の気持ちを配慮に入れず、理性的に行動する。
完全なフレイムヘイズであった頃のシャナなら、そうしていただろう。


「お前は悠二を連れて行かなかった。だから苦しんでる。
でも、苦しみはイコール悪いことじゃない。苦しいってことは、お前の中に感情が芽生えてるってことなんだ」
「感、情?」
「そう、感情。歓喜、憎悪、悲哀、快楽。誰かへの好意も、感情の一つだ。
お前は悠二を好きだと想えるようになった、それって凄く素敵なことだろ?」


感情が無ければ、こんなに苦しまなかった。


――でも同時に、悠二を好きだと想うことも無かった。


(……そんなの)


いやだ、シャナは強く思った。


悠二を好きでいたい。苦しくても、この想いは無くしたくない。
理屈も何もなく、シャナはそう考えることが出来た。



「だから、泣きたい時には思いっきり泣けばいいんだ。
人は時に、本能のままに動いた方がいい時もある。一人で泣くのが辛いなら、遠慮なく誰かを頼れ。 俺でも、千草さんでも、それこそ悠二にでもいい。
感情だけじゃなく、お前は大切な人も持ってるんだからな」


笑顔のまま、くしゃりとシャナの髪を撫でる。


(……温かい)


無条件の心地よさが、痛くて仕方なかった心に染み渡っていく。
奏夜の心の音楽は、それほどまでに優しい音色を奏でていた。


「悠二と吉田のことは、まだいくらでも何とかなるさ。お前がちゃんと、悠二を好きでいるならな」
「……そう、かな」


「そうだよ」と奏夜は撫でる手を止める。





「――お前らは、俺達とは違うんだからな」





「っ!」


さっきとは違う、暗がりから聞こえてくるような声。
シャナの心に、再び悲しみが去来する。
だが、それはシャナ自身の悲哀ではない。


(これって、奏夜の……?)


奏夜から伝わる旋律は変わっていた。


果てしない絶望と悲痛。
奏夜に目立った変化は無いが、真っ黒な瞳が、底の見えない奈落を連想させた。


(なんで、どうして奏夜が、こんな悲しい音楽を……?)


戸惑うシャナを余所に、奏夜は唇を動かす。




「シャナ。一つ、昔話をしてやろう。二人の男と一人の女の、ひどい昔話をな」




奏夜は語り出す。
四年前を境に、誰にも言わなかった――ただの単純な、バッドエンドに繋がる物語を。


◆◆◆

「昔々、あるところに一人の男がいました。
彼は他人に興味を持てず、自分に近付く人間を全て拒絶し、狭い箱庭のような世界から出ようとしません。
彼だけにあった特別な力も、ただ頭に聞こえる『ファンガイアと戦え』という声に従った時しか使えない。
どうしようもなく情けない男でした」

「しかし、ある出会いを境に、彼は変わり出しました。
他人と触れ合い、時に笑い、時に泣き、様々な人の中に宿る『心の音楽』を知りました。 彼は自分だけの世界から飛び出し、人の中に流れる『心の音楽』を、悪いファンガイアから守りたいと、強く願うようになりました」

「そんな折、彼はある女性と出会いました。
その女性は、彼と同じく引っ込み思案ながらも、綺麗な音楽を持つ女性でした。
二人は互いに惹かれ合い、やがて恋に落ちました」

「しかしその幸せは、彼の父親違いの兄が現れた頃から崩れ出しました。
その女性はファンガイアの女王。つまり彼の敵だったのです。
そして、彼の兄もまた、ファンガイアの王であり、女王は彼の兄と結ばれる運命にありました。
二人の兄弟の絆は、同じ女性を好きになったことで、醜く歪んでいきました」

「やがて兄弟は互いにぶつかり合いました。
人間を守る者と、人間を搾取する者として。
同じ女性を好きになった恋敵同士として。宿命の鎖は二人を引き寄せ、戦いはもはや避けられませんでした。
戦いでしか、人間の未来と女性への愛を勝ち取れないまでに、二人の男と一人の女の関係性は狂っていたのです」

「そして運命は、二人の男に相応しい罰を与えました」




「二人を止めようとした女性は、兄弟の戦いに巻き込まれ、命を落としたのです」




「弟の絶望は計り知れませんでした。 直線的でないにしろ、女性が死ぬ発端となったのは間違いなく彼でした。
女性と出会いさえしなければ、女性は兄との未来を歩めていたのですから」

「彼は自らの力で過去へ渡り、自分の存在を消し去ろうとしました。
しかし彼は、そこで物心つく前に死んだ、偉大な父親と、大切な友人の母に出会います。
大切な友人の母は言いました。『彼女はきっと、あんたと出会ったことを後悔していない』と。
偉大な父は言いました。『彼女を生かすためには、お前が強く生きるしかない』と」

「彼は再び立ち上がりました。彼女を心の中で生かすために、彼女のような人を、もう二度と生み出さないために」

「そして遂に、運命の鎖を解き放った彼は、兄との関係に決着をつけ、兄弟はファンガイアと人間の共存を成し遂げました。自分の世界に閉じこもっていた頃とは違う、大切な仲間と共に」

「――ただ、彼は今でも思うことがあります。
彼女が自分と関わらなければ、自分と出会っていなければ、彼女は幸せになれたのではないか、と。どうしても――考えずにはいられないのです」

「そうして、彼は今も、罰を受け続けています。
正しさと過ちの狭間で、一生答えを探し続けるという罰を――」


◆◆◆


「そういう、昔話だ」


顔を上げ、“どうしようもなく情けなかった男”は夕日を仰ぐ。
シャナはただ呆然と、奏夜の話を聞いていた。


「今の話……って」
「多分、お前のご想像の通りだ」


奏夜の浮かべた微笑は、今までのどれよりも儚く、寂しい笑みだった。


「お前らは、俺達とは違う」


それは、“そうであって欲しい”という願いにも似ていた。


「だからまだ、いくらでもやり直せる。 シャナ。お前も悔いだけは残すな。最後の最後まで、悠二を好きでいろ」


強く言い切り、奏夜はシャナに背を向け、公園から出ようとする。


(……ダメだ)


このまま、奏夜を行かせてはいけない。
シャナは、直感的に思った。


「奏夜」


小さく、シャナが呟く。


「……ありがと」
「ん、気にすんな」
「それから……ごめんね」


あんな話を、させてしまって。


「……それも、気にすんな。あれは俺の問題だ」


感情の読めない口調を最後に、奏夜は公園から姿を消した。


◆◆◆


「……なーんであの話しちまったかなぁ」


誰に問うでもなく、奏夜はぼやく。


意図的に避けてきた話題、だったのは間違いない。名護達でさえも、滅多に口にしない奏夜の傷。


だが今日、奏夜は何故か、自らあの話を語った。
恋愛でどんなことがあっても、俺よりマシだと告げたかったからだろうか?


「……無いな」


そこまで被害妄想は激しくない。
では結局……。


「あ、紅先生!」


考えを巡らせていた奏夜を呼び止める声。 見ると、前方から見知った人が走ってきた。


「千草さん?」


息を切らしながら、悠二の母、坂井千草は、彼女にしては珍しく、何か焦っているようだった。


「すみません、この辺りでシャナちゃんを見かけませんでしたか!?」


その剣幕に驚きつつも、奏夜は千草の目的を大体理解した。


「ああ、そこの公園にいましたよ」
「本当ですか!」


千草の表情に安堵が混じった。
もしかして、歩きでずっとシャナを探していたのか。


本当に大した人だ。と感心する。


「一応俺がいくらか言っておきましたけど、千草さんからも何か慰めてあげてください。男の俺じゃ、伝わらないこともありますから」
「はい。わざわざありがとうございます」


丁寧な礼をして、千草は足早に公園へと走っていく。


あの人がいれば、シャナも大丈夫だろう。俺の滑稽な昔話より、ずっと温かい言葉を掛けてくれるはずだ。


「――俺は、シャナになんて声をかけたら良かったのかな」


もう一度、沈みかけた夕日を仰ぐ。





「深央――キミならどう思う?」





どこからも、答えは返ってこなかった。


◆◆◆



投げられた輪が、くまのぬいぐるみに嵌る。


「はい当たりぃ~!」


輪投げ屋のオヤジが挑戦者――名護にくまのぬいぐるみを手渡す。


「わぁー、おとうさんありがとう!」
「おー、さすがっすね、名護さん」
「俺らじゃどうやっても出来ませんよ」
「ポイントは手首のひねり具合だ。慣れれば、田中君と佐藤君も出来るようになる」


ゲットした景品を由利に渡しつつ、名護は田中と佐藤に、輪投げのコツを伝授していた。


「マージョリーさんは、お祭りとかって行ったことあるの?」
「メグミの言う祭りの定義によるけど、外国のパレードみたいなヤツは見たことあるわ」
『お前さんの場合、酒さえありゃどこでもパレードだがな、ヒャハハハ!』


恵の隣、マージョリーが「お黙り」とマルコシアスをぶっ叩くというお馴染みのやり取りを繰り広げていた。


「でもラッキーだったなぁ。偶然名護さん達に会えて、しかも特等席で花火を見れるなんてさ」


思わぬ幸運に歓喜する田中、佐藤も同じく嬉しそうだが、一応礼儀として、名護に尋ねる。


「でも良かったんですか? せっかくの家族水入らずだったのに」
「ああ、気にすることはない。せっかくの祭りなんだ。人数が多い方が楽しいだろう」
「栄太おにいちゃんも、啓作おにいちゃんも、マージョリーおねえちゃんも、みんなで花火見ようよ!」


由利の無邪気に楽しむ様は、5人の空気を和ませる。
佐藤と田中とじゃれあう由利を見ながら、マージョリーは感心しているのか呆れているのか、微妙な口調で、


「ガキはいつも一直線ね」
「ふふ、でもいいことじゃないかしら」
「……そーかもね」


私と違って。とは付け加えなかった。


「ねぇメグミ」
「なに?」
「ソウヤやケイスケは、この街を守ってるのよね」
「そうよ。もう何年もね」
「私達が出てった後も?」
「えっ?」


虚を突かれた恵に、マージョリーは簡単に伝えた。


以前から、調律師を生業とするフレイムヘイズが来た時、この街を出ると決めていたこと。
その調律師『儀装の駆り手』カムシンが、数日前に到着したこと。
佐藤と田中に付き合い、ミサゴ祭りに来たのも、最後の思い出作りのつもりだということ。


「そんな……まだもう少しくらいは」
「私達は、あんまり一所に止まらない方がいいのよ」
『俺達の周りにゃ、否応無しに面倒事が飛び込んでくっからなぁ』
「――そっか」


全てを聞いた恵は、残念そうに顔を伏せる。


「でも、何でその話を私にしたの?」
「……あー」


一転して言いづらそうに、マージョリーは頬を掻いた。
その様子から、恵は適当な当たりをつける。


「啓作くんと栄太くんのこと?」
「……」


沈黙。つまり肯定だ。


自分達がいなくなっても、“徒”はいる。
通常、一度襲った街を、もう一度“徒”が襲うことは滅多にない。


だがこの街は、無害だったラミーを含め、三回の襲撃を受けている。
もう一度が起こらない、という保障は無かった。


「あいつらは私に着いて行きたい、なんて言ってたんだけどね」


そればかりは、どうやっても無理だ。マージョリーは苦笑混じりに、恵を見る。


「だから、今のうちに、頼んでおこうかなって思ったの」


自分がいなくなった後も、二人を守ってほしいと。
マージョリーの想いを汲み取り、恵は強く頷く。


「――うん、わかった。名護くんにも言っておくし、私も、出来る限りのことはする。約束するわ」
「ありがと」


短い礼には、彼女の最大限の感謝が込められていた。


「姐さーん、置いてっちゃいますよー!」
「恵さんも早く早く!」
「ほら、呼んでるわよ。行きましょ」
「ったく、あいつらはもっと落ち着いて回れないのかしらね」
『ヒッヒヒ! お前さんの口から“落ち着き”なんて言葉が出るとは思わなかブッ!!』
「お黙り」


普段より気合いの入った拳をマルコシアスに叩き込み、マージョリーと恵は、先を行く四人と共に、雑踏へと紛れていった。



◆◆◆


川沿いに並ぶ出店の一角。
怪物二人が経営するかき氷屋にて。


「おっす、ラモン、力。儲かってるか~?」
「お。来たね、お兄ちゃん! ありゃ? 珍しいね、静香お姉ちゃんも一緒か」
「ひさし、ぶり」
「うん、久しぶり。ラモンくん、力くん」


注文受け付けのラモンと、奥で氷を削る力が、奏夜と静香を出迎えた。


「お前らは気付けば店出してるよなぁ」
「うん。嶋さんの知り合いが、人手が足りなくて困ってたみたいでね。半分は手伝いみたいなもんかな」
「お祭りは回らなくていいの? これからみんなで、花火見るつもりなんだけど」
「あはは、ありがと。でも、僕らは取り敢えず、祭りの雰囲気だけ楽しめればいいから」
「おかねで、かえないたのしみ」


なかなか情緒深い楽しみ方をする二人だった。
まぁ、よくよく考えれば100年近く生きてる連中だ。 祭りの楽しみは味わい尽くしてるのかも知れない。


「ま、そんなことより、せっかくだからかき氷買ってってよ。サービスするからさ」
「んじゃ俺は、ブルーハワイ」
「私はレモンかな」
「はいはーい。力、ブルーハワイとレモンを一つずつ!」
「いえす、さー」


力の怪力により、氷がどんどん削られていくのを見ながら、ラモンは「それにしても」とニヤついた笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんも隅に置けないね~。祭りの日に女の子とデートなんてさ♪」


奏夜は額に手を当てる。
キバットやキバーラに続きお前もか。


「だからよぉ、そういうんじゃないって」
「うんうん、恋仲を誤魔化す時は、みんなそう言うよね」
「もう一回彫像に封印してやろうかコラ。静香からも何か言ってやれ」
「ふえっ!? あ、えっと……」


急に話を振られ、慌てた様子で赤面した顔を隠そうとする静香。


「御馳走様」
「おしあわせに」
「だから違うって」


笑いをこらえるラモンと、変わらず無表情な力から、かき氷を受け取る。
そこで奏夜は、ふと尋ねる。


「あれ? そういや次狼は?」
「ああ、次狼は別行動だよ。太鼓叩きの手伝い」
「太鼓? あいつの場合、使える楽器はギターだろ」
「お兄ちゃん、祭りの日くらい、ギリギリなネタは控えようね。祭りの企画で、太鼓体験みたいなこともやってたみたいだから、今頃、誰かに太鼓教えてるんじゃないかな」



四人の声は、祭り囃子と人々のざわめきに溶けていく。



◆◆◆


「おい、そこの坊主」
「はい?」


呼び止められ、悠二とその隣りを歩く吉田は足を止めた。
見ると、黒い甚平羽織と袴を纏う男――次狼が、祭りの大太鼓の前に立っていた。
鋭い風貌に、木製のばちを持った姿は、『粋』の文字が良く似合う。


「一度叩いてみないか? 今なら空いてるぞ」
「えーっと……」


どうしたものか。 せっかくの祭りなのだから、勢いに乗ってみるのもやぶさかではない。
だが、今は一人ではなく、吉田もいるのだ。自分だけが楽しんでも意味はない。


確認のつもりで、吉田を横目で見ると、彼女は笑って、


「私のことなら、気にしないでください」
「でも……いいの?」
「ほら、せっかくのお祭りなんですから」


吉田に促され、結局悠二は太鼓の前に立つ。


「ん? お前、どっかで見たと思ったら、奏夜と一緒にいた小僧か」
「えっ?」


思わぬ名前が飛び出し、次狼を見上げる悠二。


「先生を知ってるんですか?」
「……ああ、そうか。お前さんと、この姿で会うのは初めてだったな」


吉田に聞こえていないことを確認しつつ、次狼は声を落とす。


「俺の名は次狼。蒼い狼の剣……って言ってわかるか?」
「蒼い狼……あっ!」


奏夜――キバの使っていた剣、ガルルセイバーが脳裏をよぎる。


「……普段は、そういう姿にもなれるんですね」
「ああ。まぁ、これも本当の姿じゃないんだがな。そっちは彼女か何かか?」
「そ、そういうわけじゃ、ないんですけど」


わたわたと焦る悠二に苦笑いしながら、次狼はばちを手渡す。


「よし、もう少し腰を落として、ばちを大きく振り上げろ!」
「? な、なんか一気に気合い入りましたね……」
「ダメだダメだ、もっと世界中の憂いを全て晴らす気で叩け!」
「縁日にしちゃレベル高くないですか!?」
「音撃欧・一撃怒涛!!」
「必殺技!?」


余計なスイッチが入ったらしい次狼に振り回されながらも、悠二の叩く太鼓の音は、吉田の耳にも届いた。
悠二の様子が何処かおかしく、つい吉田は笑ってしまう。


一緒にいるという充実感、それが与えてくれる笑顔。
紛れもなく、それは吉田の望んだ、幸せな日常の証明だった。


(これが、“あんな世界”だなんて……信じられない)


袂にある片眼鏡『ジェタトゥーラ』を握りしめる。


(早く会って、これを返そう)


動くきっかけをくれた感謝と、別れの言葉を添えて。


◆◆◆


その片眼鏡の持ち主、カムシンは花火の見物人に紛れ、堤防の土手に座っていた。


「ああ、これを見ながらの調律実行というのも、また乙なものですね」
「この辺りじゃ大きい花火大会だからな。僕の知り合いも花火を出している」


その傍らには――何故か太牙が座っていた。
彼のキャラに似合わない綿アメ(ちなみに二つ。甘党なのだろう)を持ち、カムシンと同じく河川敷を眺めている。


「ああ。そろそろ始まるようですが、待ち合わせている方々のところへ行かなくても?」
「予想以上に混雑していてな。花火が始まれば、人も多少はけるだろうから、しばらくはここで待つよ。1つどうだ?」
「ああ。どうも」


薦められた綿アメを受け取り、一口かじるカムシン。
その様子は、年相応の少年だ。


「そう言えば、一美ちゃんとの約束は大丈夫なのか?」
「先に調律を済ませるつもりです。まだ時間はありますからね」


カムシンの左腕津の飾り紐から、ベヘモットの声が聞こえてきた。


『ふむ、おじょうちゃんは、選んだことで、幸せを得られたじゃろうか』
「ああ、そうですね。そうであってほしい。彼女がどんな選択をしたにせよ、結果的に、幸せであって欲しい……」
「……?」


カムシンの言葉を、太牙は意外に思った。
今の口調からは、使命や常識ではなく、心からそう願っているのが感じ取れたからだ。


(感性が全て、枯れ果てたわけではないんだな)


そんな皮肉を、太牙が心の中で思ったところで、スピーカーから花火開始の一報が入る。


「ああ、では我々も、始めますか」
『ふむ、そうじゃのう。さぞかし綺麗な、輝きの元に、調和が戻るじゃろうて』


カムシンは立ってフードを下ろし、太牙に綿アメを預ける。


「ここでやるのか? 人目につくぞ」
「ご安心を。周りには、大道芸か何かにしか見えませんよ」


野晒しにしてあった鉄棒を振り上げ、左手を胸の前に出す。


「起動」


カムシンの掌に、先日吉田から写し取った、調和の風景が、炎となって灯る。


『自在式、カデシュの血脈を形成』


ベヘモットの声に合わせ、御崎市に付けられたマーキングに、複雑な文字列が刻まれた光が灯った。


「展開」


調和の炎が、鉄棒に絡みつき、紋様が移り込んでいく。


「おお……」


高ランクの技術に、周囲の人間のみならず、魔術の心得を持つ太牙も、感嘆の声を挙げる。


「自在式、カデシュの血流に同調」


この街の“本来あるべき姿”のイメージが、歪んだ箇所を矯正していく。
失われ、途切れたものを、温かな力が癒やしていった。


「調律、完了」
『自在式、自己崩壊させる』


歪みは正され、ここに調律が成される。





はずだった。





夜空を照らし、煌々と輝いた花火が、歪んだ。


◆◆◆


「えっ……?」


千草と共に、祭りに来ていたシャナは、有り得ない方向に光を放ち、ねじ曲がる花火を見た。


「調律の、失敗?」


◆◆◆


「なにが……?」
「起こって……ない、のか?」


歪んだ花火を人々は気にも止めない。
その異様な状況に、佐藤と田中は息を呑む。


「あんたたち、まだ、一仕事あるみたいよ!!」
『ヒャーッ、ハーッ!! ったく、なんてえトコだ、この世ってのはよぉ!?』


「“徒”め……また、この街を荒らそうというのか!!」


マージョリーとマルコシアスの狂喜と、名護の怒声がかみ合った。


◆◆◆


「『儀装の駆り手』、あの花火は一体どういうことだ!?」
「奴、ですね……外界宿で何度となく警告を受けておきながら、迂闊でした」
『気配を全く感じなかったしのう。この歪みも、いったい何を狙っておるのか……』


カムシンとベヘモットの苦々しい後悔。
そこから太牙は、事態がいかに切迫しているのかを知らされた。


◆◆◆


「どうやら、無粋な連中がいるようだな……」
「なになに!? 一体何がどうなってるの!?」
「はなび、ぐにゃぐにゃ」


合流した次狼を含むアームズモンスターズの中から、祭りの余韻が霧散していく。


「こんな、こんなことって……」
「……上等じゃねぇか」


言葉を失う静香の横で、奏夜は口元を怒りで吊り上げる。


「おばあちゃんが言っていた……祭りの邪魔をするヤツは万死に値するってな!!」



◆◆◆


「くそっ! そんな……また、またなのか!?」


周りとは明らかに違う悠二の反応に、吉田は違和感を覚えた。


(“またなのか”)


この異常な景色を見て、何故そんな言葉が出る?
そんなまるで、この異常を“知っている”かのように……。


チャリン。
袂の中で、片眼鏡が揺れた。
日常を塗り潰す混沌の中、震えながら、吉田は片眼鏡を手に取る。


『良かれ』と思って。
自分が大好きな少年が、確かな存在だと、信じられるように。
今までの楽しかった時間が、儚いユメでないと証明する為に。





――そして、彼女は見た。





非常なる、現実を。


スポンサーサイト
  1. 2012/04/03(火) 21:53:00|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<第十八話・トラジコメディー/絶望を振り切れ.前篇 | ホーム | 第十七話・歪曲/非常なる現実.前篇>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://syanakiva.blog.fc2.com/tb.php/41-00949278
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。