紅蓮の牙

二次創作中心。仮面ライダーキバと灼眼のシャナのクロスを連載中。

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第二話・ビート/炎髪灼眼の討ち手.前篇

少女の戦意が刃に煌めく。


「っ!」


間一髪それをかわすも、二撃、三撃と剣閃がキバを襲う。


(おいおい、早過ぎんだろ……っ!)


キバに変身している状態を踏まえても、瞠目せざるを得ない身体能力だった。
こんな小柄な体躯で、元来かなりの重量がある太刀を振り回せる時点で、この少女が普通でないことは自明の理。
しかも、よく見れば両手持ちと片手持ちを使い分けている。
ますます有り得ない光景だ。


「っだぁ!」


太刀が横薙ぎに走る。
防戦一方だ。
間合いの差の時点で、素手と太刀では雲泥の差である。


(かといって、次狼たちを呼ぼうにも、フエッスルを取り出して吹かせるとなると……)


間に合いそうにない。
その間に身体が二つのパーツに別れる。


(面倒くせぇ、なっ!)


剣撃が来たタイミングを見計らい、キバは少女に背を向ける。
何をするのかと、少女は攻撃の合間に、数瞬思考を挟む。


それがいけなかった。
キバはそのまま両足に力を籠め、バック転で空中に飛び上がり、少女の太刀を回避。
着地したキバが立つのは、少女の背後だ。


(しまっ……!)


少女が身構えるが少し遅い。
刀のガードこそ間に合ったものの、相殺仕切れなかった重い蹴りの衝撃が、刀を通じて伝わる。
しばらく手は使用不可だろう。


それも数秒間だろうが、


(それで十分だ)


キバは戻した足を再び後ろに引く。
このまま太刀を蹴り上げれば、お互いに素手。
格闘戦なら、こちらに分がある上、フエッスルを使う余裕もできる。


キバの目論見は、的確なものだっただろう。しかし、キバはこの少女を甘く見ていた。
キバが太刀を蹴り上げるよりも早く、少女は太刀を手放したのだ。


(何っ!?)


計算外な行動に、今度はキバの判断が遅れた。
空振りに終わったキックは、逆転どころか致命的なウィークポイントになる。


「っはぁ!」


少女は、未だに痺れる手の代わりに、キバの振り上げられた足に右足をかけ、残った左足で、鮮やかなムーンサルトをキバの頭部にヒットさせた。


「がっ……!」


当たったのは丁度顎の部分。
キバの仮面で威力が緩和されても、脳までも揺らすダメージは、先ほどの少女の比ではない。
ガードさえも不可能な状態。それを少女が見逃すはずがなかった。


「――っだぁ!」


痺れの抜けた両手で、地面に落ちた太刀を握り締め、踏み込みからの鋭い斬撃をくり出した。
神速の閃きが、キバの胴体を切り裂く、




―――はずだった。


「へっへっへ〜〜」
「!」


少女が聞いたのは、優越感を含む声。
見ると、自分の太刀をキバの胴体部分――つまりベルトに止まったキバットが、歯で受け止めていたのだ。


「じゃんにぇん(残念)でした!」


頭の揺れから抜け出したキバは、キバットが止めている太刀を掴むと、そのまま両手で力一杯振り回した。
少女の身体は遠心力に負け、受け身も取れないまま地面をざりざりと滑る。


「このお嬢ちゃん強ぇぞ。出し惜しみをしてたらこっちがやられるぜ!」


キバットが警戒を促す中、少女は立ち上がり、太刀を構え直す。


「アラストール、本当にこいつのこと知らないの?」
『ああ、少なくとも我が知識にはない姿だ。これ程の力を持っていながら、『紅世』に名が広まっていないのは、奇妙だな』


ペンダントから聞こえる声に、少女は同意する。
この赤い戦士は強い。
目立った『自在法』も使用せず、格闘術だけで自分と互角に渡り合っている。


(まさか、私と同じで炎を使わずに戦うつもり?)


少女の懸念をよそに、キバもまた、少女の尋常ではない実力を前に、身を引き締めていた。
チェックメイトフォーと肩を並べる戦闘能力とは恐れ入る。


(一体何者なんだ…?)


疑問は山積みだが、今は気にしてはいられない。
意を決して、キバは再びベルトのサイドケースから『ウェイクアップフエッスル』を取り出す。


「キバッていくぜぇ〜! WAKE.UP!」


本日二度目のウェイクアップコール。
キバットの吹き鳴らすフエッスルが夜を呼び、キバの右足のヘルズゲートを解放する。


「夜……!?」
「馬鹿な……、世の理をねじ曲げたというのか?」


どれだけの力を使えば、この世の法則を破壊出来るというのだ。
少女はますます、今相対する存在の底知れない力を痛感する。
片やキバは三日月を背景に飛び、キックの体勢を取った。


(何か、来る)


直感で少女は、驚愕を圧し殺し、太刀に力を籠める。
太刀に纏われた炎は更に激しさを増し、夜の帳を明々と照らし出す。
――そして、少女が浮遊するキバ目掛けて、大地を蹴ったのと、キバが自分に刃を向ける少女目掛けて、キックを決めようとしたのが、ほぼ同時だった。


「――はぁっ!」
「ハァァ――ッ!」




一瞬の交錯。
少女の紅蓮の刃と、キバの『ダークネスムーンブレイク』が正面から激突した。




「うあっ!」
「ぐっ!」


魔皇力と紅蓮の炎が錯綜し、その反動はキバと少女、双方を吹き飛ばす。
両者ともにダメージはあるが、まだ軽いものだ。
空中でのリカバリングから、直ぐに体制を整え、目の前の相手に向かい合う。


(まさか……『ダークネスムーンブレイク』を弾き返すとはな)


実力はほとんど拮抗しているらしい。
――このままで戦っていても、ジリ貧か。
キバはベルトに収納されている青色のフエッスルに手をかけた。


「お前……本当になんなの?」


そこへ、少女の疑問が割って入る。


「『さっき倒した』燐子の主じゃないのは、力の雰囲気からわかる。
けど、ならお前の目的は何? 封絶も使わずに存在の力を食うなんて、私達に見つけてくれと言ってるような――」
「――何?」


少女の話の中に、聞き逃せない単語を聞き取る。


「お、おい! ちょっと待て!」


キバットが慌てた様子でベルトから外れる。


「今、燐子を倒したって言ったな。
あんた、あの燐子って連中の仲間じゃないのか?」
「……何言ってるの? あんな『徒』の下僕と一緒にしないで」


奇妙な食い違いをキバとキバットは感じ取った。
少女もそれは同じらしく、首を傾げる。


「不愉快だから、訳の分からない嘘をつかないでくれる? フレイムヘイズを知らない『紅世の徒』なんて、物知らずで済まされる問題じゃないわ」
「だ〜か〜ら〜! 何なんだよその『紅世の徒』とか、『フレイムヘイズ』とかってのは!」


焦れたキバットの叫びに、少女が顔をしかめると、また何処からともなく、あの男の声が聞こえてくる。


『どうも様子が違う。此奴ら『徒』ではないのも知れぬな』
「でも、『封絶』の中で動いてるじゃない。燐子だとしても、ここまで性能のいい燐子を作り出せる『徒』なんていないと思うけど」
『ふむ。貴公ら、自らを『紅世の徒』でないと言うのなら、何者だ』


男の声はどうやら、如何なる仕組みなのか、ペンダントから聞こえてくるようだ。
答えようかどうか迷ったが、結局仮面の下で、自らの名を口にする。


「……キバ」
『キバ?』


謎の声が、その固有名詞に反応する。


「まさか、ファンガイアの王か?」
「いや、俺様達は代行者だ」


キバを知っているのだろうか?
だが知っているなら、初めにそう言っているはずだ。
そう深く関わっているわけではないらしい。


「アラストール。ファンガイアって……」
『うむ。『紅世の徒』と同じく、存在の力を食らう一族。
そしてキバとは、ファンガイアの王のみがその身に纏うことを許される、魔装具の名だ』
「じゃあお前も、さっき人を食ってたってこと?」
「食っちゃいねぇよ。お嬢ちゃん達が感じ取ったのは多分、俺様達が倒したファンガイアのライフエナジーだ」


キバットが補足する。


「俺様達は、『人を食わない』という掟を破り、尚もそれを止めようとしないファンガイアだけを倒してる。あんまりいいセリフじゃねぇが、人間を守る大義のためだよ」
『何? ファンガイアはもう人を食らってはいないのか』


ペンダントから、驚きの声が上がる。


「ああ。まだ掟を破るファンガイアはちょくちょくいるが、もう大規模に人間を襲う連中はいねぇ」
『そうか……。久しくファンガイアの情勢には疎かったが、まさかそのような変革があったとはな』
「それじゃそろそろ、あんたらは何なのか教えてくれねぇか?」


キバットの問いかけに、少女はそうあることが当たり前のように、何の感慨もなく、自らの名乗りを上げる。



「私はフレイムヘイズ。存在の乱獲者を滅す使命を持った者よ。
そして“天壌の劫火”アラストールの契約者、『炎髪灼眼の討ち手』」




(炎髪灼眼の、討ち手?)


更に問いただそうとするキバだったが、少女は刀を収め、ペンダントに向けて話しかける。


「全く無駄足だったわね。周りにもあまり被害は出てないし、直さなくても大丈夫かな」
『うむ。この程度なら、存在の歪みは起こるまい』
「うん。じゃあ、封絶解くね」


少女が指を掲げると、陽炎の壁は消え、地面に描かれた陣も消え失せた。
そのまま少女は、くるりと背を向ける。


「あ! おいコラ待て!」


呼び止めるキバットの声に対し、少女は鋭い眼光を向け、


「とにかく、私達の迷惑になるような事はしないで頂戴。フレイムヘイズでもないヤツが関わるなんて、鬱陶しいから」


と、極端と言えば極端過ぎるセリフを残して、少女は夕暮れの空に飛び、姿を消した。
呆然と立ち尽くすキバだったが、しばらくして、変身を解き、奏夜の姿へ戻る。


「何なんだアイツら! 人に聞くだけ聞いておいて、挙げ句の果てに邪魔すんなだと? こちとらず〜っと、ここを拠点に戦い続けてたってのに!」
「まぁまぁ、落ち着けよキバット」


怒りのあまり滅茶苦茶な方向に飛び回るキバットを宥め、奏夜は言う。


「情報が増えただけでも一歩前進だ。そうだろ?」
「むぅ。『フレイムヘイズ』に『紅世の徒』か。あのお嬢ちゃんの話を聞く限り、その『徒』だか『王』ってやつが、燐子を操ってる黒幕なのかね」
「何にせよ、もう一度情報を整理してみる必要があるな――それにあの赤髪のガキも、探りをいれなきゃならん」




――燃えるような夕暮れの空。その下で繰り広げられた戦い。
この戦いこそ、運命を解放せし牙と、灼熱の瞳を持つ少女の出会い。




それは、新たなる運命の旋律。


◆◆◆


「ねぇねぇ次狼。なんでキャッスルドランに戻ろうなんて言い出したの?」


洋風な広間。
巨大なガラスからの木漏れ日と、シャンデリアの明かりが薄暗さをかき消している。
キバの居住たるキャッスルドランの体内。
その一室である『ドランプリズン』のテーブルを挟み、ポーカーに興じる三人組がいた。


「まだ俺達は『闇の盟約』に縛られている。戻るもなにも無いと思うが?」


次狼はカードを見る手を止め、目の前に座った少年――ラモンを見る。
少し古いデザインのセーラー服に身を包み、十代前半くらいに見えるこの少年。
しかし実際は、百を優に越える次狼の友人だ。


「でも四年前の戦いの後、お兄ちゃんからかなりの自由は貰ったじゃないか。
そりゃ、音也との約束はまだ生きてるよ?
でも人を食べちゃダメって制約も、人工のライフエナジーで事足りるし。
お兄ちゃんの手助けをするのだって、もうほとんど必要ないよ。
お兄ちゃんは強くなったし、歯向かうファンガイアだってかなり減ったじゃん」
「おれたち、自由」


ラモンに片言の発音で同意する、二人よりも一回り大柄な男は力(リキ)。
次狼と同じタキシードに身を包み、オールバックの髪が特徴的だ。


次狼、ラモン、力(リキ)。
三人は四年前の戦いでキバに協力し、共にファンガイアと戦っていた人外の存在――アームズモンスターだ。
しかしその役目は既に終わり、今では牢獄同然だったキャッスルドランからも、普通に出入りできるまでの自由を獲得している。


にも関わらず、三人は未だここにいた。
正確には、次狼が二人に召集をかけ、呼び戻したのだが。


「……少々厄介なことになりそうなんでな。このまま行けば、奏夜だけでは荷が重くなるかもしれん」
「『紅世』の連中のこと? でもあいつらなら、フレイムヘイズ達に任せるべきだよ」
「もちは、もち屋」


説明を加える次狼に、尚も二人は食い下がる。


「大体、次狼最初からぜ〜んぶ知ってたじゃん。紅世の徒や、フレイムヘイズのこと。
だったらお兄ちゃんに『燐子や紅世の徒は、フレイムヘイズに任せておけばいい』って言えばよかったのに」
「ふん。俺が黙っていようがいまいが、奏夜は『紅世』の連中にたどり着いていたし、俺が止めようが止めるまいが、あいつは動いていただろうさ。
――ま。奏夜が『紅世』に関わらないなら、それに越したことはなかったがな」
「おっ、次狼ってば優し〜い♪」
「茶化すな。……とにかく、『闇の盟約』が緩和されても、未だに俺達の主は奏夜だ。なら、協力してやるしかないだろう」
「ふ〜ん。……ま、いいけどね。今さら自由貰ったところで、やることないってのが現状だし。キャッスルドランの生活に不自由があるわけでもないしね」
「退屈、しのぎ」


そんな軽い調子でラモンと力は協力の意を示し、ポーカーを続行する。


「それで、当のお兄ちゃん達は?」
「キャッスルドランの書庫にいる。紅世について調べるそうだ」
「そう、お兄ちゃんもキバットも大変だね。……あ、コール」


ラモンが見せる手札には、フルハウスが揃っていた。
次狼と力、二人分の唸り声が、ドランプリズンに響く。


◆◆◆


場所は変わって、キャッスルドラン書庫。
ここには歴代のキャッスルドラン城主が集めた様々な書物が保管されている。
もちろん、ファンガイアが集めた書物であるからして、中には表の世界には出回らない貴重なものも多い。


そんな場所で、奏夜とキバットは、うず高く積まれた本の傍ら、机に突っ伏していた。


「なぁ奏夜……やっぱりここには無いんじゃねぇか? 『燐子』の単語を知った時も、ここは調べただろ……?」
「結論を急ぐな……。次狼達が口を割らない今、手掛かりはここにしかないんだ……」


疲労困憊しているのか、二人の会話には力がない。


「あのバカ狼達、本当に何か知ってるのか?」
「ああ、多分な。何で俺に話さないのかは知らんが」
「だったら、城主権限で聞き出しちまえばいいだろ。そうでなくても、力あたりなら、うっかり口を滑らせそうだが」
「昔こそすれ、俺のあいつらに対する権限って、かなり弱まってるからな……。
力に関しては、もう聞き出そうとしたよ。けどダメだった」


あいつ、いっちょまえに知恵つけやがったよ。と呟く奏夜。
因みに、力のつけた『知恵』とは以前『地獄のババ抜き』の騒動で身につけた、無表情な怪人態に変身し、黙秘し続けること。


力本人曰く、「おれのポーカーフェイス」なんだそうだ。


「とにかく、俺達で探すしかないんだよ」
「じゃあせめて、あの『探偵コンビ』に依頼するとかしろよ……。あいつらなら一発じゃんか」
「……俺があいつらを頼りたくないの、知ってんだろ」


今頃、風とエコの町を駆け巡っているであろう『半分こ怪人』を一瞬思い浮かべ、奏夜は手元の本を再びめくった。


「奏夜〜〜♪ お兄ちゃ〜〜ん♪」


書庫の入り口から、幼い女の子のような声が聞こえてきた。
奏夜とキバットがそちらに目線をやると、キバットより一回り小さい白いコウモリが、パタパタと羽音を鳴らして飛んできた。


「ようキバーラ。どうかしたか?」


キバットが疲れながらも、陽気に話しかける。


このコウモリの名はキバーラ。
キバットと同じ『キバット族』の末裔であり、キバットの実の妹だ。


「奏夜とお兄ちゃんが探してそうな本、私ちょっと心当たりあるんだけど」
「えっ?」


二人の声が重なった。


「気になるならついてきて。私一人じゃ持ってこられないのよ」


そう言うキバーラに案内され、辿り着いたのは、


「ここって、先代キングの書斎か?」


先代キングとは色々あったため、確かにここはあまり力を入れて調べなかったが。


「ホラ、こっちこっち」


キバーラは、キングが使っていたと思わしき、高級な装飾の成された机に止まり、引き出しの一つを開けた。
そこは二重底になっており、中敷きの下には、黒い手帳のようなものが入っていた。
奏夜がそれを手に取り、パラパラとめくる。


「これ、ファンガイア以外に存在した種族の資料だな」


ファンガイアは公にこそ知られていないが、事実上、生態系の頂点に立つ存在である。
だが何も、最初からそうだったわけではない。
ファンガイアと人間を含む13種族のモンスター達と戦い、時に滅ぼし、時に配下に置き、勝ち取った地位なのだ。
まぁ滅ぼしたとは言っても、次狼のウルフェン族、ラモンのマーマン族、力のフランケン族のように、少数ながらも生き延びている種族はいるのだが。


「ファンガイア以外の種族を調べてるんでしょ? だったらソレに何か乗ってるんじゃないかしら」
「おお、すげーなキバーラ! さすがは俺様の妹だ! こんなのよく見つけたもんだな」
「この書斎、私の宝物の隠し場所だったの。その時偶然見つけたのよ」


見れば机の上には『キバーラの』と書かれた小箱が。
完全にこの部屋は、子供の遊び場と化しているらしい。


「……取り敢えず見てみるか」


先代キングにほんの少し同情して、ページを見ていく。


ウルフェン、マーマン、フランケン、キバット、ドラン、レジェンドルガ、ギガント、マーメイド、ゴブリン、ゴースト、ホビット、ファンガイア、人間。


そして――


「あった。『紅世の徒』とフレイムヘイズ」


◆◆◆


「んじゃ、資料からわかった話を纏めるか」


キバットが口に加えたマジックで、ホワイトボードに書き込みを入れていく。


「この世界には、この世とは違う『紅世』って別世界があり、そこからやってきた存在が、燐子達のボスである『紅世の徒』。
こいつらはそれぞれの目的から、人間が持つ根源的なライフエナジーである『存在の力』を奪い、この世のバランスを乱し、歪みを作り出す。その歪みが『紅世』にまで及ぶことを恐れた『紅世の王』は、この世の人間と契約し、自らの力を与え、『紅世の徒』を滅する存在『フレイムヘイズ』を作り出した――と、こんなところか」


キバットがボードに書いた図式を見直し、奏夜は考えを巡らす。


「つまりあの赤ガキは、あのペンダント越しに話してた『アラストール』って『紅世の王』の契約者っつーわけだな」
「人間を守ってるんじゃなくて、世界のバランスを保ってるのね」
「ああ。だから先代キングも、無理に滅ぼそうとしたりはしなかったみたいだな」
「自分たちの餌である人間を襲うのを邪魔しないなら、戦う意味はないって考えてたんでしょうね」


利益にならない戦いはしない。実に懸命だ。
とはいえ、フレイムヘイズ側としても、ファンガイアは人間の存在まで食うわけじゃないから、半分黙認状態だったろうけれど。


「でも、妙だな」


奏夜は首を傾げる。


「この紅世の徒って奴ら、ずっと昔から人を食ってたんだろ? ならもっと早く、俺達が気付いてもよかったと思うんだが」


ファンガイア、ウルフェン、マーマン、フランケン等、異形の存在は封絶の影響を受けない。
この本によると、人間でない時点で、それらは『世界から外れた存在』と見なされるかららしいが、それならば、もっと早く『紅世』の存在を認知出来たはずだ。


しかしそこへ、キバーラが補足を入れる。


「単なる偶然、かも知れないわよ。今まではこの御崎市に紅世の徒が現れなかっただけかも知れないし。それにホラ、ここみて」


キバーラがあるページを示す。


「『トーチ』っていう食われた人間の残り滓を配置して、『その人間が食われたという違和感を緩和する』って書いてある。
知り合いが食われでもしない限り、違和感には気が付かないわよ」
「……なるほど。よく出来てやがる」


溜め息混じりに、奏夜は資料を閉じる。


「ま、なんにせよ、敵の正体は分かったんだ。これから動きやすくなるんじゃねぇか?」
「さて、それはどうかな」


キバットが嬉々とする一方で、奏夜はうかない顔だ。


「逆に言えば、他の手掛かりはもうあの赤ガキしかいなくなっちまった。
それに、今この町を襲ってる『紅世の王』の目的もまだわからないまましな」


集めた存在の力を何に使うのか。
それもかなり重要度のある情報だ。


「……っていうか」


悶々と唸る奏夜とキバットに、キバーラが軽い調子で提案する。


「先代キングがこれだけ知ってるんだから、クイーンにでも聞けば何かわかるんじゃない?」


「………………」


長い沈黙。
そして二人は同時に呟く。


「その手があったか!」
「……はぁ」


自分の主と自分の兄の、おとぼけな一面を知ったキバーラだった。



◆◆◆


翌日。


夜に嶋とマル・ダムールで会う約束をし、奏夜は普段通り、学校へと来ていた。
奏夜としては、自分はこんなことをしていていいのか、という面持ちだったが、キバットに焚き付けられ、結局はこうして学び舎に足を運んでいる。


奏夜の赴任する御崎高校は平凡を絵に描いたような公立高校である。
そんな中で、奏夜のような破格教師は少し、いやかなり浮いている。
奏夜本人としては「刺激が足りんよ刺激が」と評価を下しているが、非日常的な世界に生きている奏夜を満足させられるだけの刺激を、ごくごく一般の教育機関に求めるのはあまりに酷だ。


――だが、意外や意外。


その刺激は、突然奏夜の元へ飛び込んできた。


「平井ゆかりが素行不良?」


三時間目が終わり、昼休みがようやく視野に入り出した頃、奏夜の元へ何人かの同僚が相談に来た。
何故か半泣きで。


「えっと、ウチのクラスの平井ゆかりが、ですか?」
「その平井ゆかりです!」


三人同時のシャウト。
奏夜としては、鬱陶しいことこの上ない。


「取り敢えず、あらましを話して頂けませんかね?」


早急に話を終わらせよう。
そう決意する奏夜の耳元で、三人の教師のさえずりは響く。


聞き終えて、奏夜は頭を掻きながら「つまり、こういうことっすか」と口を開く。


「とある一年二組にノートも取らず、自分たちの話を聞こうとしなかった平井ゆかりという生徒がおりました。
当然先生は注意しました。
しかしその生徒は目を吊り上げながら立ち上がり、授業の問題点を的確に上げ、止めと言わんばかりに『私に教えるつもりがあるなら、ちゃんと勉強してから出直しなさい』と辛辣なセリフをのたまい、先生達を無惨なまでに叩き潰してしまいましたとさ――ってわけですか」


三人――つまり平井ゆかりを指導しようとした教師がこくこくと呟く。
奏夜はそんな同僚は慰め、理不尽なスタイルを取り、教育の場を荒らす生徒に怒りを燃やす――なんてことはまるっきりこれっぽっちもなく、


「いいことじゃないですか」


一片の温かみも無く、同僚に言い放った。


「自分たちの授業の問題点を指摘してもらったんでしょう? ならこれを機会に、更なる高みへと羽ばたこうという前向きな姿勢を示しましょうよ」


予想もしなかったカウンターに、教師陣はたじろく。


「し、しかしですな紅先生。学び舎という場において、目上の人間にあそこまで不遜な態度を取るのは……」
「別に間違ったこと言ってるわけじゃねーでしょうが。第一、お三方も平井の指摘を否定出来ないから、言い負かされちゃったんでしょう」


奏夜のあんまりな、しかし否定仕切れない意見に、教師陣はぐっと押し黙る。
それを気にした様子もなく、奏夜は「大体ですね」と続ける。


「昨今の生徒達には気概がありません。子供は大人に反抗するくらいで丁度いいんです。それもその生徒の個性なわけですし、数多あるパーソナリティーの一つとしてカウントすべきですよ」


この話はもう終わり、と言わんばかりに、奏夜はデスクに目線を戻した。


「と、とにかく! 担任として、一度適切な指導をお願いしますよ!」


そう言い捨てて去っていく同僚に、べーっと舌を出し、奏夜は手元の作業に戻る。


(しかし、平井ゆかりね……)


印象は薄いが、大人しく、優しい子だったはずだ。
今朝方は例のごとく遅刻して、HR不参加なため、奏夜はまだ平井の姿を見ていない。
反骨精神に関しては、奏夜側からすれば大いに歓迎すべきことだし、同僚の相談もどうだっていいが、もし何か事情があるなら、それは放っておけないだろう。


時間制を見ると、狙いすましたかのように、次は一年二組での授業だ。


(少し、様子は見ておくか)


こういうおせっかいな辺りが、紅奏夜と紅音也の相違点である。


◆◆◆


「うーい、お前ら席つけー」


気だるそうな声から教室に現れた奏夜に従い、生徒達が席へついていく。


「池。号令」
「あ、はい。きりーつ」


クラス委員、池速人の号令から、授業はスタートする。


「んじゃ、教科書開け。今日は――」


奏夜は極めて普段通りに、やる気があるのかないのか微妙なテンションで黒板に文字を書いていく。


――奏夜は預り知らぬことだが、実はこの場において、生徒一同から多大な期待を抱かれていたりする。
これまでの三時間。平井ゆかりの餌食となった三人の教師。
もはや救いは無いかに見えたこの状況で、紅奏夜はやってきた。


このフリーダム教師なら、あるいは平井ゆかりに打ち砕かれないかも知れない。


そんな期待を知ってか知らずか(いや、知らないのだろうが)、授業開始五分にして、奏夜が動く。


「んじゃ、ここの登場人物が何故こう思ったか――平井、説明してみろ」


来た。


クラス全員の気持ちが一つになる。張り詰めた弦のような緊張が走った。
奏夜としては、これに深い意味はなく、取り敢えず平井がどんな対応をするかの様子見だった。


数秒経過。


(……シカトか)


ならば、様子見その2。
次の奏夜の行動は迅速だった。
振り向きもしないまま、ポケットのマイチョークを取り出し、指先で一回転。
そのまま教室真ん中辺り――正確に言えば、坂井悠二の隣目掛けてぶん投げた。


周囲の生徒に一切危害を加えることなく、赤いチョークは真っ直ぐ平井へ――


――パシッ!


よく通る音が、教室内に響く。
クラスの人間が、奏夜がチョークを投げたと認識するのに三秒。
そのチョークを平井ゆかりが二本の指で受け止めたと認識するのに、更に三秒を要した。


「……こんなもの投げて、何の真似?」


沈黙の果てに、そう言いながら、ようやく平井が席から立ち上がる。
その時奏夜は、改めて平井ゆかりの姿を見る。


奏夜は驚愕した。
チョークを受け止めたことに、ではない。


「お前……?」


そこには昨日、キバとなった自分と戦い、『炎髪灼眼の討ち手』を名乗った少女がいた。


◆◆◆


「………」
「……あの、先生」
「ああ、気にするな気にするな。そのままコンビニおにぎりを頬張るがいい」


いえ、気にします。
悠二の切なる心情を、奏夜は鮮やかに無視する。
現在教室には、奏夜、平井ゆかり(少なくとも周囲にはそう見えるらしい)、坂井悠二の三人のみ。
他の生徒は、この四時間の疲れを癒すためか、授業が終わった途端に、教室から姿を消していった。


(一体どうなってやがる……)


担当した四時間目の授業。
いきなり素行が悪くなったと噂された平井ゆかり。
その姿が昨日のフレイムヘイズだと知った時の驚愕は計り知れなかった。
よく動揺を抑え込み、授業を続けられたと思う。


――クラスの反応を見る限り、『この少女が平井ゆかりである』ということに、何の違和感も感じていないようだった。


(なんかの魔術……いや、資料にあった『自在法』ってやつか?)


いずれにせよ、元々非日常の中に身を置く身である奏夜の驚きは、冷静に回る思考の中へ、既に沈んでいる。
だからこそ、こうして昼休みの時間を削り、探りを入れようとしているのだ。


(幸いにも、こいつは俺がキバだってことに気付いてないみたいだからな)


声から判断しようにも、昨日奏夜はほとんど喋らず、会話はキバットに任せきりだったのだから、無理もない話だが。


「おい平井。お前、急に随分と雰囲気変わったな。何かあったのか?」


軽い質問。
しかし、少女は反応することなく、甘味物を幸せそうに頬張っている。
今までの態度を総合して、返事を期待していなかったからか、奏夜は構わず続ける。
あくまで、『奏夜の知る』平井ゆかりに話すものとして、揺さぶりをかける。


「俺はな。基本的に生徒の自主性を重んじている。
だから、煌めく青春をスポーツに打ち込もうが、勉学に打ち込もうが、教育の場に自らの意見を叩き付けようが、盗んだバイクで暗い夜道の中を走り出そうが、そんなことはどうでもいい」
「先生、途中から教師の発言じゃありません」
「シャラップ坂井。――だがな、平井。もし周りにお前のことを心配する人間がいるのなら――せめて変わった理由くらいは話せ。お前にとっちゃ何でもことでも、周りにとっちゃ心配になる時もある」
「お前には関係ない」


会話が成立しねぇ。


奏夜の敏腕刑事の如き揺さぶりに対する少女の返答は、あまりに素っ気ないものだった。
しかも何事も無かったかのように、メロンパンにかじり付いている。


「……やれやれ。ま、話したくなったら言え。坂井も、邪魔して悪かったな」
「あ、いえ。僕は大丈夫ですけど」


椅子から立ち上がり、奏夜は扉に手をかける。
だが、そこで奏夜は少し気になったことを思い出し、「あ、そうそう」と、悠二の方を振り向く。


「そういや坂井。さっきからどーも気になってたんだが」
「? 何ですか?」




「お前今日、いやに存在感が希薄な気がするんだが……俺の気のせいか?」




◆◆◆


奏夜の何気ない言葉に、悠二は内震える。
彼のそれは、今の自分にとって、あまりにも正鵠を射すぎていたからだ。


が、どうにか平静を装い「教え子に向かって、それはないですよ」と苦笑混じりに返す。
奏夜が立ち去った後、シャナから『紅世』についての説明を受ける傍ら、悠二は問う。


「……なぁ。さっき先生が言ってたのって」
「偶然よ」


仁辺もなく、シャナはきっぱりと否定した。


「いちいち反応しない。『存在感が希薄』なんて人間を評価する上で、そう珍しい表現じゃないでしょ」
「それは、そうかも知れないけど」


いや、本当にそうだろうか?


言い知れぬ違和感に悠二は襲われる。


『極稀に『存在の力』を感じとれる人間はいるが、そのほとんどがフレイムヘイズや紅世の徒に近づいた人間のみだ。だがあの男からは、いずれの気配も感じ取られなかった。警戒する必要は無かろう』


アラストールの補足。しかしそれさえも、この疑念を消し去るには至らなかった。


――悠二がこの疑念を消化するのはもう少し先。


紅奏夜の立つ世界を知った時だ。


◆◆◆


「っ!」


それは、突然やってきた。
六限目、三年生での授業が終わり、嬉々として授業終了の号令を出した奏夜を、覚えのある感覚が襲う。


(封絶か!)


あの平井ゆかり――フレイムヘイズの少女が張ったものではないことは、気配でわかった(幾度か肌で封絶を感じ、ある程度の区別はつけられるようになっている)。


とすればこれは、今この町に巣食う『王』のものか。
奏夜は教室を飛び出し、早急かつ慎重に気配を辿る。
なにぶん、ライフエナジーと『存在の力』は似通ってこそいるが、微妙に勝手が違うのだ。
その差異に苦戦させられながらも、奏夜は一分ほどかけて、封絶の発生源を突き止める。


(――ちっ、予想はしちゃいたが)


舌打ち三寸、奏夜は自らが担任を務める一年二組へと足を進ませる。
授業終了直後だからか、帰りの会などで、廊下に出ている生徒はほとんどいなかった。


「キバット! ……は、やっぱり直ぐには来られないか」


がらんとした階段をかけ上がりながら、頼れる相棒の不在を嘆く。


――ブラッディローズは燐子には反応しない。既に確認済みだ。


かといって、自分よりライフエナジーに精通するキバットが、存在の力の出現に気が付かないことは無いだろうが、それでもファンガイア出現時と比べれば、対応は遅れる。


「小手先の魔術で勝てる相手ならいいんだが……」


しかし、そんな一抹の不安は容易く打ち砕かれる。
教室から感じられる平井と対峙する『存在の力』。
それがあまりにも巨大だったからだ。


「くそっ、キバットが間に合わなきゃ、『エンペラーバット』にならなきゃいけねぇかもな……」


荒々しい雰囲気(多分平井)の方と、もう一つ見知らぬ巨大な力の塊(こちらが『紅世の王』か)が威風堂々と睨み合う混沌としたフィールド。
――そして、唐突に一方が消えた。


「あれ?」


間の抜けた声を挙げ、つい足のスピードを緩める奏夜。
感じたところ、残ったのは平井の存在の力で、消えたのは『紅世の王』の方だ。
もう相手を倒してしまったのだろうか。


(いや、さっきのあれは倒されたっていうより、急にふっと消えたような印象だな)


『紅世の王』に逃げられた、というのが妥当な見解か。
怪訝そうに顔をしかめながらも、奏夜は事態把握のため、教室へと向かう。
案の定、教室の周囲は廊下を含め、寂寥の赤がその全てを包み込んでいた。
封絶の中に入りながらも、一応の警戒心からか、入り口の窓からこっそりと中の様子を伺う。


教室内は、惨劇と呼ぶに相応しい状態だった。


机や椅子、窓ガラスはもちろんのこと、床や壁が凄惨なまでに破壊されている。
その近隣には戦いの余波に巻き込まれたであろう、自分が受け持つ生徒達が、封絶で時の止まったまま人形の如く倒れている。


(……はっはっは、人がゴ)


一瞬、有名アニメ作品の某大佐の名セリフが浮かんだが、この状況でそれを言うには、人でなしが過ぎるため、脳内で削除する。
封絶内の怪我や破壊はフレイムヘイズが直してくれるらしいが……。
果たしてこれだけの破壊が為された場所を、ノーリスクで再生できるものなのだろうか。


「ま…まさか吉田さんをトーチにして、昨日みたいに教室を直すのか!」


そのフレイムヘイズ……というか平井ゆかりは、教室の中央で誰かと言い合っている。


(……坂井?)


少女に憤然と抗議しているのは、血にまみれたクラスメイト――吉田一美を抱える坂井悠二だった。
何故だろう?
封絶内では、人外の者しか動けないはずだ。
もし悠二が人間でないのなら、自分が気付くはず。


奏夜の疑念をよそに、少女と悠二の会話は続く。


「そうよ。ここには昨日みたいに連中の喰い残しのトーチがない。だから、その死にかけを使うの。トーチになる前の人間なら、死にかけ一人分で全部直せるわ。ついでに他の人間の傷も治すし、そいつの残り滓もトーチにして配置する。なんの問題もないでしょ」


いや、大問題だ。


(チッ、やっぱり何のコストも無しってわけじゃないのか)


一人の犠牲で、大勢の命を救う。
それは効率的なだけで、決して正しいわけではない。


ただの感情論? 知るかそんなもの。
それが自分の思う正しさ、それだけだ。
気の合うことに、悠二も奏夜と同じ気持ちらしかった。


「おおありだよ! 吉田さんが僕みたいに死ぬって事だろ!」
「当たり前じゃない。薪がなければ火は燃えないでしょ。元になる力が無いと、物は直せない、人も治せない」
「……くっ……」


だが少女は、自分の正しさで悠二の正しさを打ち砕いた。
それは、奏夜側も同じ……、


(……?)


――僕みたいに死ぬ?


悠二が会話の端に含んだ言葉。
奏夜が考えるまでもなく、その意味は判明する。


「それじゃあ、おまえ自身でも使う?」


誰彼も犠牲にしたくない。
首を縦にも横にも振らない悠二の態度を見て、少女は小馬鹿にするような笑みを浮かべ、別の打開案を提示する。


「なんだって?」
「おまえの残り灯をいくらか削れば、物も人も直せるわ。もちろん、その分おまえの“存在の力”……『燃え尽きるまでの残り時間』は目減りするけど」


燃え尽きるまでの時間。
記憶した知識と、キーワードが繋がる。


(なるほど……坂井はトーチか)


少なくない衝撃を受ける。
キバーラが、よほどのことがない限り気が付かないと言っていたが、確かにわからないものだ。
時系列的には、昨日自分と別れた後か。


そして少女が何を言いたいかもわかった。


悠二に与えられた、あまりに少ない仮初めの命。
誰も犠牲にしたくないなら、自分の責任でどうにかしろ。そう通告しているのだ。
悠二は、その言葉の重さを受け止め、思案した。


――ほんの一瞬だけ。


「わかった。それでいい」


即時の決断に、少女も、奏夜も驚く。


「駄々こねてた割には、やけに簡単に決めるのね」
「簡単なもんか」


淡々と、しかし力強く呟く悠二。
奏夜は首を傾げ、少女は何故か怒りを込めた。


「……っ、じゃあ! なんで残された存在と時間を、みすみす捨てたりするのよ!」
「こうなったのは僕の責任なんだ。それに」


捨てるんじゃない。生かすんだ。


「……はぁ」


感心したとも、呆れたともとれない溜め息をつき、奏夜は一旦、封絶の範囲外へ出る。
人がいないのを確認し、心の中にあるスイッチを切り替える。
奏夜の顔にキバへ変身する時と同じ――ステンドグラスの紋様が浮かび上がった。


「我がライフエナジーよ。枯れし彼の地を、その身で満たせ」


ドーム状の封絶へ、朧気に輝く奏夜の手を伝い、赤色の光が注ぎ込まれていく。


――奏夜に流れるクイーンの血に由来する常人を遥かに越える膨大なライフエナジー。自らの内に眠る、有り余るエネルギーが封絶内に流れ込んでいるのだ。


(存在の力とライフエナジーの定義が同じなら、代わりにはなるだろ)


元来、このライフエナジーを与える魔術は、死んだファンガイアの骸に自らの力を染み込ませ、生ける屍(リビングデッド)として操るためのもの。
しかしそれは、屍に限った話ではない。
ライフエナジーを分け与えるという意味なら、何に与えようが構わないのだ。
これで、悠二が支払う力も少しは減るだろう。






『奏夜……っ、一人じゃ無理だ……! ……コウモリもどき。もう一度力を貸せぇ!!』


『父さん、ダメだ!』





「……坂井。若い身の上で、命を削るもんじゃない」


苦い思い出。
それを悠二に投影させただけかも知れない。
はたまた、昨日悠二についていてやれなかった罪悪感かも知れない。


全員が助かるか否か。
それも当然ある。
だがそれよりもまず、奏夜は悠二を、非情な選択を選び取る覚悟を見せた少年を、助けたくなったのだ。



「――お前の命を生かす時は、まだここじゃないよ」


そう言った時には、奏夜の姿はそこから消えていた。


◆◆◆


「っ!」


怒りを滲ませた表情を驚愕に変え、シャナは教室内を世話しなく見渡し始めた。


「お、おい……、どうしたんだ?」


その変化についていけない悠二が、シャナに尋ねる。


「存在の力が、満たされた……?」


何故? 有り得ない。
トーチすらいなかったこの空間に、それもここまで急激に、存在の力が出現するなんて。
だが、シャナ自身が感じる力の奔流が、それを否定している。


「えっと、何がどうなってるんだ?」


未だに事態を把握仕切れていない悠二に、シャナは再び不機嫌そうな表情を作る。


「お前から削らなきゃいけない存在の力が減った……。そういうことよ」


さすがに教室全てを賄えるほどではないが、それでも悠二が払わなければならない量はかなり減るだろう。


「えっと、よくわからないけど……とにかくみんな助かるんだよな? みんな、死ななくて済むんだよな?」
「……ええ」


ぶっきらぼうにそう答えると、悠二は心底安心したように、胸を撫で下ろす。


(……一言くらい、自分勝手なことを言えばよかったのに)


シャナは口には出さず、代わりに目を更につり上げる。


このミステスが『自分の存在する時間が減らずにすんだ』ことを喜べば、『偽善者』という理由で、素直に嫌うことが出来た。
けれど、このミステスは『他人が犠牲にならなくて済んだ』ことに喜んだ。
それが心からのものだということは、不愉快にもよくわかった。


もし存在の力が満たされなくとも、結果は変わらない。
そうなったならなったで、このミステスは、教室と生徒を直すに相当する力を、全て我が身から払うだけだっただろう。
自ら選び取った、選択として。
――それがわかってしまうことが、堪らなく激情を掻き立てられる。


シャナ自身もわからないぐちゃぐちゃした感情が渦を巻くなか、修復は行われた。


――あるいはここで、シャナが少しでも、冷静であったのなら、立ち去る奏夜の気配に気付いていたのだろうが……。
これから続く怒涛のような運命の螺旋を考えれば、それは後悔しても、しなくても、同じことだった。


◆◆◆


『なるほど、また新たな敵が現れたということか』
「はい」
『太牙は多忙だろうから仕方がないとして、健吾の方はどうだ?』
「それが、まだ掟破りのファンガイアに手を焼いてるみたいです」
『そうか、わかった。私もこちらの案件を片付け次第、直ぐ日本に戻ろう。嶋さんにもそう伝えてくれ』
「お願いします。俺も出来る限り、頑張ってみます」
『だが奏夜くん。そう言う割に、声にあまり力強さが無いぞ』
「……ちょっと、教え子に不幸がありまして」
『――何があったか詳しくは聞かない。が、もっと自信を持ちなさい。何度落ち込んでも、立ち直れるのがキミのいいところだ』
「……あはは、ありがとうございます」
『では、そろそろ切らせて貰うよ。私が帰るまで、恵と由利(ゆり)を頼む』
「任せて下さい。名護さん」


がちゃり。
マスターに借りた電話の受話器を置き、再びテーブルにつく。


「名護くんはなんと言っていた?」
「案件が終わり次第、こちらに戻ると言っていました」
「やれやれ、本ッ当に名護くんは仕事の人ね」


授業終了後の『カフェ・マル・ダムール』。
奏夜に相席しているのは嶋と、もう一人。


髪を一纏めにし、はきはきとした印象を受ける女性。
彼女は名護恵。旧姓麻生。
かつて、奏夜と共に戦ったファンガイアハンターであるが、今は一戦から退き、青空の会のバックアップ――つまりは技術者として活動中。
モデル体型と若々しい容姿からは想像も出来ないが、一児の母でもある。


「仕方があるまい。未だに名護くんは現役の『イクサ』資格者だからな」
「にしたって、もうちょっと帰って来てくれてもいいのに。ねー、由利」


恵は、自分が抱き抱えるまだ三、四歳くらいの小さな女の子――自分の娘、由利を見る。


「ううん、ゆりさみしくないよ。お父さんはいつもおしごとがんばってるんだもん」
「……本当にいい娘さんですね、由利ちゃんは」
「うふふー。わかってるわね奏夜くん。でもそれは当然よ、私たちの自慢の娘だからね!」


可愛い娘に頬擦りしながら、恵は笑顔で答える。
……四年前の恵、そしてその夫である名護啓介を知る奏夜としては、どんな突然変異が起これば、こんな出来た娘が生まれるのかと思わなくもなかったが、もちろん口には出さない。


「さて。ではそろそろ始めようか」


嶋が軽く咳払いをし、テーブルに奏夜が持ってきた先代キングの資料を広げる。


「一通り目を通させて貰ったよ」
「本当に、こんな奴等がいるの? 奏夜くん」
「はい。信じられないのも無理はありませんが、全て事実です」
「……ま、よくよく考えれば、ファンガイアも似たようなもんよね……」
「私たち青空の会も、独自に調査を進めてきたが、これだけの情報は得られなかった。太牙も、この『紅世』の連中に関しては詳しく知らなかったようだしな」


ただ、と嶋は言葉を切る。


「真夜――キミのお母さんから、断片的な話を聞いたことがあると言っていた」
「そうですか……」


昨日キバーラが言っていた通り、新しい情報を手に入れるためには、母に会わなければならないようだ。


「わかりました。俺、明日にでも会ってきます」
「ああ、そちらの方はキミに任せよう。そして、もう一つ」


嶋が取り出したのは、一枚の紙切れ。
そこには、あのフレイムヘイズの少女が描かれている(作画・キバット画伯)。


「キミが送ってくれたこの絵を元に調査した結果――この少女は確かにキミの生徒『平井ゆかり』であることが判明した」
「……プロフィールやら戸籍も?」
「ああ、全て調べた」


奇妙だが、不思議にはもう慣れた。
つまりは『世間一般に、自分を平井ゆかりだと思わせている』だけでなく、『平井ゆかりの存在自体を自分に摩り替えている』というわけか。


「何だか、凄い連中に狙われたもんね。この街も。この女の子も、戦う相手が同じなだけで、味方とは限らないわけだし」
「しかし、こちらにも情報が出揃ってきた。これに奏夜くんのキバの力があれば、敵わない相手ではないと、私は見ている。あわよくば、名護くんが帰ってくる前に、片がつくかも知れんな」
「さて、それはどうですかね」


奏夜の発言に、二人の目線が彼に集まる。


「どういうこと?  キバの力でも敵わないっていうの?」
「そうじゃありません。ただ、仮に今回の首謀者を倒したとして、それで全て終わるとは限りません」
「何?」


嶋は眉間にしわを寄せた。


「四年前のファンガイアの一件。あの時期、ファンガイアは世界中に点在していた筈です。
そんな中で、この御崎市には、イクサを保有する素晴らしき青空の会。チェックメイトフォー。二人、26年前を含めれば三人のキバが集まりました。
そして、此度の『紅世』からの訪問者。
これらの騒動は果たして“偶然”なんでしょうか?」


奏夜の提示した見逃せない仮説に、嶋と恵は顔を強張らせる。


「ここまで大きな戦いが連なる――まるで『闘争の渦』のようだとは思いませんか?」
「まさか、いままでの事件は……起こるべくして起こったって言うの?」
「仮説ですよ、あくまでもね。ただ俺は、これが何かの前触れのような気がしてなりません」
「では奏夜くん、つまりキミは、こう言いたいのかね」






――この戦いを皮切りに、新たな戦いが始まると。




奏夜が頷き、テーブルに重い沈黙が落ちる。
果たして、何が起ころうとしているのか。
先の見えない不安感が、恐怖と混乱を煽る。


「むー」


気の抜けるような声。
三人が我に帰ると、恵の腕の中で、由利が不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「お母さんも、嶋おじちゃんも、奏夜おにいちゃんも、むずかしいお話ばっかりでつまんないよう」


あまりに場違いで、しかし子供にとっては至極妥当な不満。
三人は呆けたように目を見開いて、


「ぷっ」


可笑しさに吹き出した。
重々しさが一瞬で消し飛んでいく。


「ごめんね由利。退屈させちゃったね」
「ふむ。ではせっかくだから、ここにいるみんなで夕食にしようか。
マスター、厨房を貸してくれ」
「りょーかい。僕も手伝うよ」


嶋とマスターが厨房に消え、奏夜は立て掛けてあったバイオリンを手に取る。


「じゃあ由利ちゃんには、ご飯が出来るまで、俺のバイオリンを聞かせてあげよう」
「ほんと!?」
「ああ、本当だ。俺の演奏は10億ドルだが、由利ちゃんならいつでもタダだ」
「わーい! 奏夜おにいちゃんの『ばいおりん』大好き―!」


瞳を爛々と輝かせる由利。
その様子を見て、奏夜と恵は互いに笑う。


――奏夜の奏でるバイオリンの音色が、店内を満たしていく。
恵、由利。厨房にいる嶋とマスターも、それに耳を傾ける中、奏夜は決意を新たにする。


(そうだ。何度戦いがあろうと関係ない)


俺は何があろうとも、みんなの心の音楽を守るんだ。


◆◆◆


その後、賑やかな夕食を終えた奏夜は、ヤボ用でキャッスルドランへ来ていた。
現在、奏夜がいるのは王の間。
赤いバラに包まれた玉座の周りには、様々な模様を型取ったステンドグラスがあった。
蝙蝠、蛇、獅子、揚羽蝶。


そして――、


「………」


奏夜はその一つ、貝殻を描いたステンドグラスを、虚ろな眼で見ていた。


「お〜い、探したぜ奏夜」


そこへキバットが羽音を響かせながら飛んでくる。


「ここで何やってんだ? 教室の修復に使った分のライフエナジーは、キャッスルドランに貯めてある人工のエナジーで補給したし、もうそろそろ帰ろうぜ」
「ん」


空返事を返す奏夜。
怪訝そうに顔をしかめたキバットだが、奏夜の目線の先――貝殻の描かれたステンドグラスを見て、


「……ああ、なるほどな」


と納得する。


「……吹っ切れてないわけじゃないんだが、ここに来ると、どうもな」
「いいんじゃねーの? むしろアレは忘れちゃダメなことだろ」


やれやれと頭を振り、キバットが奏夜の肩に止まった。


「仕方ねーな。もう少し待っててやるよ」
「悪いな」


苦笑いをキバットに返し、奏夜は再びステンドグラスに視線を戻そうとする。




――バチッ。




「……奏夜」
「わかってる」


目も合わせぬまま、互いの意思を疎通する二人。
そして奏夜の足元で、紋章や奇怪な文字が展開する。


封絶だ。


「わざわざこんなことしなくても、キャッスルドランの擬態は誰にも認知されないのにな」


裏を返せば、あのフレイムヘイズの少女も気付けない絶対空間。
もちろん、紅世の王も例外ではないが、何故ここがバレたかは問題ではない。


――重要なのは、王の不在に、玉座を荒らす狼藉者が現れたということだ。
奏夜が背後に一瞥をくれると、霞のような陽炎から、ゆらりと、ドレスを着た美女――燐子が現れる。


「私のご主人様の為、お前の存在を、喰わせてもらうわよ……」
「ふん。生憎と俺は、今滅茶苦茶モチベーションが上がってるんでな。まして侵入者とあっちゃ、容赦はしないぜ。――キバット!」
「おう、出番だな! キバッちゃうぜぇ!」


肩に止まるキバットが、奏夜の掌中へ収まる。


「ガブッ!」


キバットが手に噛み付き、奏夜の顔にはステンドグラスの紋章。
腰にはキバットベルトが巻かれる。


「変身!」


ベルトにキバットが装着され、駆け巡るアクティブフォースが、奏夜の身体を『キバ』へと変える。


「断罪の牙の下、転生の輪廻に沈め!」
「それが、『キバ』ね……。うふふ、素晴らしい力だわ。あなたが消えるだけで、どれだけの『歪み』が起こるのかしら?」
「残念だが、消える予定はないな。こっちはお前らとお前らのご主人様のせいで、物凄く迷惑してるんだ。――人の『心の音楽』を奪った罪は重いぞ」


どちらからともなく、キバと燐子は同時に駆け出し、互いの拳が錯綜する。
キバは遮蔽物の無い中、存分に力を奮う。
燐子はゆらりゆらりと攻撃を受け流しながら、隙を見つけてはキバに打撃を加えていた。


「ほらほら、どうしたの?」
「くそっ、のらりくらりしやがって!」


攻撃を全て受け流され、キバは仮面の下で舌打ちする。
冷静さを欠く奏夜をよそに、美女は何処からともなく、レイピア型の刀剣を出現させた。


「ハッ!」


軌道の読めない撹乱から、燐子は刀剣をキバに向けて刺突する。


「がっ!」


胸部の鎧に火花が散り、キバは木造の床を転がる。


「まったく、何やってんだ!」
「悪い、少し油断してた。――ふん、剣には剣か!」


キバットの叱責に、奏夜はサイドケースから、青色のフエッスルを取り出す。


『ガルル・セイバー!』


キバットが吹き鳴らす音が、キャッスルドラン内に反響した。


◆◆◆


「かくめ〜い」
「何!? クソッ、三もジョーカーも序盤で使い切っ……」


大富豪に興じる三人の耳に、主からの呼び出しが掛かる。


「あ、久々だね」
「この音、次狼」
「……ったく、城内にいるなら口で呼べばいいものを」


次狼が手札を置いて立ち上がる。


「ラモン、力。手札見るなよ」


そう念押しして、次狼は床を爪で引っ掻く。


「ハアァァ……!」


バチバチと青白い火花が起こり、次狼の背後に、彼の正体――ウルフェン族最強の戦士、ガルルの姿が浮かび上がる。


「アオォォォォン!」


二人が見守る中、次狼は禍々しい雰囲気の彫像に変わり、ドランプリズンから飛び出していく。


◆◆◆


「さすがに城内だと早いな」


キバが彫像を掴み取ると、彫像は瞬く間に魔獣剣『ガルルセイバー』へと変化。
更に左腕と胸部に鎖、『カテナ』が巻き付く。
左腕は狼を模した、目も覚めるようなブルーの装甲『ガルルシールド』に覆われる。
胸部もまた同じく、フォームチェンジに耐えられ得る形状、『ウルフェンラング』へと強化された。
キバットの瞳も同様に青く染まり、最後にガルルの幻影が仮面に移り込み、キバ・ペルソナもブルーに変わる。


『キバ・ガルルフォーム』。


運動能力に優れた魔獣形態だ。


「か、変わった……?」
「ヴゥ……ヴァァァァァァ!」


天蓋を貫く魔狼の咆哮。


『おい、奏夜。契約している身で言えたことじゃないが、呼ぶ時はもう少し空気を読め。俺も暇じゃない』
「はっ、年がら年中娯楽かコーヒー飲むかのお前がそれを言うなよ。少しは運動しねーと、メタボ犬になる、ぜっ!」


ガルルセイバーから聞こえる次狼の声と、軽口を叩き合い、キバは駆け出す。
強化された加速力は、スタンディングスタートからでも驚異的な数値を誇る。


「ヴルァッ!」


タテガミの刀身が、一瞬で燐子のレイピアを叩き折り、持ち主を切り裂く。


「ぐあっ……!」


怯んだその隙にも、キバは攻撃の手を全く緩めない。


獣の如きワイルドな剣術。キバが動く度に、次々と傷が作られていく。
燐子は今でこそ避けきれているが、追い詰められるのも時間の問題。


しかし突如、キバの動きが止まった。


「?」


いや、キバが止まったのではない。
いつの間にやら、ガルルセイバーに金の鎖が巻き付き、攻撃の嵐を封じているのだ。
その金の鎖の出所は、燐子の両手。いくらか力を込めるも、鎖は一向に切れない。


『何かの宝具だな』
「うふふ、ご名答」


そのまま鎖を引っ張る燐子。
有利な攻撃範囲にまで誘導するつもりか。だが手放せば、相手に武器が渡るし、かといって持ち主を斬ろうにも、その間を迎撃される。


「無駄よ。ご主人様の『バブルルート』の前では、その剣もただのなまくらにしかならないわ」
「……ふん。そいつは」
『どうかな?』


奏夜と次狼がそう言うと、キバはあらんかぎりの力で、ガルルセイバーを自分の前で構える。
燐子がそれを見た時にはもう遅かった。


――アォォォォン!
剣の鍔――狼の頭部の装飾から発せられる、青い円環状の衝撃波が燐子を襲ったのだ。


「ぐ、ぎゃっ!」


全くノーマークだった攻撃に、燐子は対応仕切れぬまま、部屋の壁際に打ち付けられる。
ヒビが壁に入り、燐子の手からバブルルートが滑り落ち、床で乾いた音を立てた。


「今だ! キバ!」


叫ぶキバットに、呪縛から解き放たれたガルルセイバーの刀身を噛ませる。


『ガルル・バイト!』


キバットの魔皇力がガルルセイバーに流れ込み、刀身の切れ味が最大限に強化される。
キバの力は屋内でも変わらない。
部屋全体を伝う赤い霧が、この空間を現実から切り離し、夜を呼び寄せる。


『ダークネスムーンブレイク』と同じ現象だが、違うのは三日月ではなく、ガルルフォームの力をフルパワーまで引き上げる満月が浮かんでいることだ。


キバの仮面が一瞬輝き、口元のクラッシャーが割れ、キバはガルルセイバーの柄をくわえる。
身体全体を使って、円を描くような構えを取り、キバは未だに動けぬ燐子を睨んだ。


「ヴルァァ――!」


そのままフルムーンを背景に飛び上がり、キバは身体を軸に回転しながら、相手を斬り付ける必殺技――『ガルルハウリングスラッシュ』を燐子に叩き込んだ。


「うぁぁぁ――!」


青きオーラを乗せた刃は、華奢な女性の身体を真っ二つに切り裂き、一瞬だけガルルの紋章が浮かぶ。
その文様の中――正確には、女性の残骸から、何かが這い出して来た。


「なんだありゃ?」
「ぬいぐるみみたいだな」
『恐らくアレが本体だ』


何処にでもありそうな、女の子をデフォルメしたぬいぐるみは、奇妙な火花を発しながらボロボロの状態で、床を這っている。


『どうする? このままにしといてもいずれ消えるが』
「こんな人形に、兄さんの玉座を汚されるのは不愉快だな」


ガルルセイバーを再び構え、ぬいぐるみに突きつける。


「う、ぐ……」
「人の大切な音楽を奪った罪、お前の存在で購え。お前みたいに、センスの欠片もない燐子を生み出すご主人様とやらも、後から速達で送りつけてやる」




「うふふ、王族とは思えぬ無骨な物言いだね」




奇妙に韻を浮かせた声。


キバが声のした方を見ると、周りを囲むステンドグラスの正面に、長身の男が敢然と浮遊していた。
純白のスーツに、悠然とした笑みは、何処か紳士的な印象を与えるが、ゆらゆらと漂う真っ白な長衣が、得体の知れない不気味さを漂わせている。


「初めまして。『キバ』……KING.OF.VAMPIREの称号を受け継ぐ者。
深い夜の帳――キミとの出会いに相応しい」


その男と対峙し、キバは直感する。


「お前が、『紅世の王』だな」
「そう、“フリアグネ”、それが私の名だ」


◆◆◆


キャッスルドラン王の間。
キバはガルルセイバーを構え、フリアグネは何処か余裕な佇まいを崩さず、膠着状態が続いている。


『“フリアグネ”……、聞いたことがある真名だな。フレイムヘイズ殺しの狩人』
「おやおや、随分と博識な剣だね。
だが、殺しの方で、そう呼ばれるのは好きじゃないな。本来は、この世に散る“紅世の徒”の宝を集める、それゆえの“狩人”の真名なのだけれど」
「次狼……やっぱりてめぇら、今回のこと全部知ってやがったな……」
『さて、何のことだ?』


白々しい態度にキバは仮面の下で青筋を立て、ガルルセイバーを床へ放り投げた。
ガルルフォームが解除され、キバは基本形態のキバフォームに戻り、放られたガルルセイバーも、床につくより早く、次狼の姿に戻った。


その奇異な様子にフリアグネが感嘆する中、騒ぎを聞き付けたのか、ラモンと力が現れ、キバの隣に並ぶ。


「ちょっと、お兄ちゃんも次狼も、屋内で騒ぎ過ぎ。共同生活ってこと忘れないでよね」
「騒音は、公害」
「お前ら何で最近、目に見えて世俗的なんだよ」


仮にもモンスターだろう、とキバが軽く呆れた。


「うふふ、成る程。実に面白い従者を飼っているじゃないか。
武器化能力を持ち、更には根絶された筈の希少種、『ウルフェン』『マーマン』『フランケン』の生き残りとはね。しかし、ファンガイアに滅ぼされた筈のモンスターが、ファンガイアの王たるキバに仕えるとは……絶滅を免れるための苦肉の策というところかな」
「フン、勘違いをするな。俺達がキバに仕えているのは、こいつが俺達を率いるに足る器を持っていること。そして何より、ある男との約束のためだ。貴様の使う、信念もプライドもない燐子と違う」
「随分と失礼なことを言うね、狼くん。そうは思わないかい? マリアンヌ」


いつの間にか、キバが打ち負かし、傷だらけにした筈の人形が、フリアグネの手にあった。


「申し、訳あ、り、ません、ご主人、様」
「ああ、謝らないでくれ、マリアンヌ。
このドラゴンの結界に耐えられる燐子が君しかいなかったとはいえ、無茶をさせてしまった」


フリアグネはさっきまでのクールさとは打って変わった口調のまま、マリアンヌと呼ばれた燐子に息を吹き掛ける。
白く輝いた炎がマリアンヌを包むと、ボロボロで綿まで見えていた姿は、あっという間に再生された。


これが、存在の力による再生か。


「さあこれで元通り! ごめんよ、日に何度も戦いに出向かせて」


満面の笑顔と猫なで声で、フリアグネは修復を終えた人形に頬擦りする。


「……うわー」
「うげ」
「……こいつ、本当に“王”?」
「ドン、引き」


上からキバ、キバット、ラモン、力。
散々な言い回しをする中、次狼だけは冷静に言い放つ。


「惑わされるな。こいつはあらゆるフレイムヘイズを退け、葬ってきた強力な“王”だ」
「ふふ、随分と警戒されてしまったね。もう少し友好な歓迎はないものかな」
「人の城に、勝手に上がりこむようなヤツに、振る舞う親切心なんざ、この世の中に存在するかよ」
「ふむ。しかし自分の城と言うけれど、それは正しいのかな?」


フリアグネは先ほどまでの甘い声を引っ込めて言う。
首を傾げるキバを、フリアグネは指差した。


「ここ数日、君は私の燐子を倒していたようだけど……、その状況と本人を見て確信したよ。君は私の知るキバではないね」


予想外の受け答えに、キバは身を強ばらせた。


「ファンガイアの王が、その証として纏っていた鎧――確か『闇のキバ』と呼ばれていたね。
私も一度だけ、御目にかかったことがあるのだけれど――あの強大な力に比べれば、君から感じる力は随分と惰弱だ。――つまり君が纏うキバは、噂に聞く『黄金のキバ』という紛い物。そして君は、真のキングから王座を預かる存在。違うかな?』
「……紛い物かどうか、お前の身で試してみるか?」


キバは剣呑な眼差しを向ける。
その様子に、フリアグネは大袈裟に溜め息をつく。


「曲がりなりにも王族と繋がりを持つ者が、随分と不躾な態度だね。……さしもの私でも、ここで君と戦う気はないさ。
四対ニな上、この竜の中は君の庭。勝てたとしても、無事で済まないことは確かだしね。そんな真似をして、手負いの状態を、あの炎髪のおちびちゃんに狙われてもつまらない」


私は不利な戦いも、利益皆無の戦いもしない主義でね。
そう微笑むフリアグネの態度に、キバットが唸る。


「そうか、お前さんがそこのぬいぐるみをここに寄越したのは、俺達の力を見るためか。慎重なこったな」
「いやいや、そこまで意味がないとは予想してはいたさ。あわよくば、この城に貯蔵されている存在の力を頂ければとも思っていたけれど、それはついでだしね。それに――君達には、私と相対する力があっても、私を見つけ出す力は無いだろう?
君達の専門は、所詮ファンガイアであって、我々“紅世”の存在じゃない」


痛い所をつかれ、キバは押し黙る。
その姿をフリアグネは満足げに見据えた。


「だから、ここにお邪魔したのは本人に念のためさ。
――私の、いや私達の悲願に、君達が介入してきては厄介だ」
「悲願?」


心底馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、キバはせせら笑う。


「ほざきやがれ。誰かの心の音楽を喰ってまで果たすべき願いなんざ、この世にありはしない」
「どうやら君は、随分と人間に御執心だね。君達ファンガイアも、私達“紅世の徒”と同じく、人間を糧とする存在だろう?」
「……一緒にするな!」


込み上げた怒りのままに、浮遊するフリアグネ目掛けての飛び蹴りを繰り出す。
しかし、そのキックが当たるよりも早く、フリアグネの身体は長衣に包まれ、霞のように消え失せた。
床に着地するキバの耳に、エコーのかかった声が届く。


「うふふ、せっかちさんだね。逸らずとも、君との相手はいずれしてあげよう。
もっとも、それまでに君が存在していられたらの話だけどね……」


それを最後に、フリアグネの気配はキャッスルドランから消え、周囲を覆う封絶もいつの間やら見えなくなっていた。
奏夜は無言でキバの変身を解除したが、やがて深く肩を落とした。


「……はぁ、俺もまだまだ甘いな」


一瞬、怒りにかまけてしまった自分を反省し、後ろに控えるアームズモンスター三人へ目線を移す。


「次狼、ラモン、力、あまり意味はないかも知れないが、キャッスルドランの位置を動かしておけ。以後はキャッスルドランに必ず一人は待機していること。
残り二人は街を散策。燐子達を始末しつつ、情報を拾ってくれ」
「それは、キングとしての命令か?」
「キングの代行者としての、だ」


奏夜の言葉に、三人はしばらく黙したが、やがて恭しく膝を折った。


『キングの仰せのままに』


その様子に頷き、奏夜は呟く。


「さて、と。面倒くさくなってきやがった」

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  1. 2012/03/16(金) 09:17:40|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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