紅蓮の牙

二次創作中心。仮面ライダーキバと灼眼のシャナのクロスを連載中。

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第五話・暗転/弔詞の詠み手.後篇

――バシッ!
閑静な庭園に、鈍い音が鳴る。


「っ…てて」
「三十二回目」


片膝をつく悠二を、シャナが不機嫌そうに見下ろす。


「今朝だけで三十と二回。昨日は二十八回。一昨日は三十回。……どういうつもり?」
「……ごめん」
『このところ、打たれる数が初日よりも増えているではないか。たるむにも程がある』


アラストールの重々しい声が追い討ちをかける。


『この鍛練を提案したのは貴様なのだぞ』
「そりゃそう、だけど……」


煮え切らない態度の悠二に、シャナは眉をつり上げて、木の枝を構え直す。


「もう一度! 今度こそ目をそらさないでちゃんと見て……」
「ごめん」


謝って、悠二はシャナに背を向けた。


「今日は……もう」
「え!?」


それをシャナが慌てて止めようとする。


「まっ…待ちなさいよ! 悠二!!」
「……ごめん」


しかし覚束ない足取りのまま、悠二は玄関まで歩き去ってしまった。
一度も振り向かぬまま。
呆然と立ち尽くすシャナに、その様子を静観していたキバーラが飛んでくる。


「シャナちゃん。あの様子じゃ何言っても聞く耳持たずよ」
「……う」
『本人に意欲が無いのであれば、付き合ってやる必要もあるまい。これ以上鍛練を続ける義理もなかろう』
「で……でも!」


二人の正論、しかしシャナは自分でも驚くくらいの勢いで反論する。


「“徒”がまた現れた時のために、備えておく必要があるの!」


言ったあと、必要以上に怒鳴り口調になっていたことに気付いた。


「……ごめん。アラストール、キバーラ」
『構わん』
「気にしてないわ」


アラストールはいつもの声音で、キバーラはやや素っ気なく答える。
シャナは、自分の中にある重くて嫌な何かを感じていた。
行き場を失った感情が渦巻き、思わず拳を握り締める。


(最初は、ちゃんとやってたのに)


少なくとも最初の頃の悠二は、がむしゃらで、結果に結び付かなくとも、意気込みと熱意に満ちていた。
けれど、今はあの体たらくだ。


力を抜いているくせに、毎朝の特訓自体はサボらない。
ただ、覇気が消え失せていた。


(どうして……?)


シャナの思いに明確な答えを出してくれる者は、誰もいなかった。


◆◆◆


「悠二。お前どうしちまったんだ?」


家に上がり、部屋のベッドへ倒れ込むように身を預けた悠二は、寝転がりながら、キバットの小言を聞いていた。


「そりゃあ、進歩が微妙だったのは確かだ。けど手を抜くにはまだ早すぎんだろ」
「わかってるよ、そんなこと」
「わかってんなら……」
「けど」


悠二は体制を仰向けにかえ、虚ろに天上を見上げながら、ぽつぽつと語り出す。
おかしくなったのは多分、数日前の“燐子”との戦いから。
いや、戦いと呼ぶにも烏滸がましい。あの騒動で、結局自分は何も出来なかったのだから。


無様に逃げ惑って。
追い詰められて。
あの白い騎士と会って、シャナが来てくれて――。


あの後からずっと、心の中に澱んだ気持ちが沈殿し続けていた。
あれから何もかも、後ろ向きに考えがちになる。


キバットが言うまでもなく、自分がおかしいのは、悠二自身が一番よくわかっていた。――わかっていて、鍛練でもあの態度を取っていた。


悠二の話を聞き終わったキバットはしばらく沈黙していたが、


「アホウ」


完全に呆れた声でそう言って、キバットは目を細めた。


「悠二、お前本ッ当に鈍感だな」
「……は?」
「少しは嬢ちゃん側の身にもなってみろってんだ」
「シャナの身って、別に何も変わらないだろ」
「……はぁ」


本気でそう返してきた悠二に、キバットの瞳には呆れを通り越して憐れみが浮かんでいた。


(まったく、同情するぜ嬢ちゃん)


こんな鈍いヤツを好きになっちまうなんてよ。

◆◆◆


「ってなことが今朝あったわけよ」
「……やれやれ、鍛練してるって聞いた時からなんか不安だったけど、やっぱりそうなったか」


坂井家から紅家に戻ったキバットは、今朝あったことを包み隠さず奏夜に報告していた。
奏夜側もキバットとほぼ同意見で、シャナと悠二に、それぞれ違う意味の憐れみの意を捧げていた。


「悠二も鈍過ぎだぜ。嬢ちゃんがどれだけ自分に期待してるのかわかっちゃいねぇ」
「恋愛感情においてもな。――吉田もそういう意味じゃ大変だ」
「ん? 何か言ったか」
「いや、何も」


そこまで言って、奏夜が頬杖をつくテーブルに、皿に盛り付けられたオムライスが置かれる。


「ほら、出来たわよ。奏夜もキバットも、早く食べちゃいましょう」


制服にエプロン姿の静香が、フライ返しを片手に言う。


「ん、ゴメンゴメン」
「はぁー、奏夜の抜けてるとこはいつまで経っても変わらないわね」
「手厳しい」


苦笑する奏夜の隣の席に自分の分を置き、静香は手を合わせ、奏夜とキバットもそれに倣う(キバットの場合は羽を合わせる形だが)。


『いただきます』


三人一緒にオムライスを口に運ぶ。


「ん~、グレイト! 静香、また腕を上げたな」
「もう、キバットったら。褒めても何も出ないわよ」
「でも、本当に美味いよ。いつもありがとな、静香。お前も高校で忙しいのに」
「!! べ、別に、そんなのは、いいけど……」


いつも浮かべる皮肉めいた笑みとは違う、優雅な微笑を浮かべた奏夜を見て、静香はもの凄い勢いで顔を反らした。
後ろ姿から見ると、耳のあたりがやや赤い。


「……お前も大概鈍感だ」
「?」


首を傾げる相棒に、キバットは軽い疲労を覚えた。


「あ、そうだ。静香、ちょっと聞きたいんだけど」
「な、何?」


ぎこちない動きで顔をこちらに戻し、だが奏夜の顔は見ないままの静香に、奏夜は尋ねる。


「自信とか、情熱を無くしたヤツを立ち直らせるには、どうすれば一番いいと思う?」


突飛な質問に虚を突かれ、静香はようやく奏夜に目線を戻した。


「えっと、それって自信を取り戻させたいってことよね。生徒さんからの相談?」
「似たようなもんだ」
「うーん、自信を無くした人を立ち直らせる方法か……。でも奏夜って、その手の相談得意そうじゃない。あの頃なんて何回しょげかえってたことか」
「少なくとも、一ヶ月に二回のペースで自信無くしてたもんなぁ」
「昔のことを……」


だがそれは揺るぎない事実なので否定は出来なかった。


「ま、まぁ、そりゃあね。その手の話において、俺はかなりピッタリ当てはまっちゃうヤツだったわけだし? しかもそれをかなりの回数サイクルしてたわけだし? 周りの方々にもかなり迷惑をかけて、た、わけだし……」


認めていくにつれて、奏夜のテンションが下がっていく。
普段の姿からすれば予想も出来ないコンディションだが、こればかりは彼の中で完全なる黒歴史であって、同時に、永遠に残り続ける傷なのだ。


「静香の言う通り、だいたいの相談方針は決まってる。そのための意見の一つとして、立ち直る側じゃなくて、立ち上がらせる側だった方の意見を聞きたいわけなのですよ」


我ながら勝手な話だなと思いながらも、様々な意見を集めておくに越したことはない。教師として、彼は意外なところで実力を発揮出来る。こういう心の問題においては特に。


……逆に言うと、一般的な教師の仕事においては、常識を完全に逸脱している問題教師なのだが。


「うーん、そうだなぁ。私だったら、その人が今持てる力で出来ることをやらせてみるかな」


静香は口元に指先を当て、考える仕草をする。


「あとは、やっぱり話を聞くことだよ」
「だよなぁ……。それはわかるんだけどさ」


キバットの話を聞く限り、今回は一筋縄でいかなそうな雰囲気だ。


「まぁ、自信とか熱意とかって、乱暴な言い方になるけど本人の気の持ち方次第だからね。だから今回の場合、それとなくアドバイスをして、あとは放っておくっていうのがいいんじゃないかな――と私は思います」
「……そっか、そうだよな。大変参考になりました」
「いえいえ、恭悦至極」


茶目っ気を混ぜた言い方をする静香。


……なんやかんやで、この少女には頼りっきりだ。今も昔も。


その事実にどこか可笑しさを覚えながら、奏夜はオムライスを平らげた。


◆◆◆


そんなこんなで、その日の御崎高校。
普段通り、奏夜は三時間目の授業に向かうため一年二組、つまりは自分の受け持つクラスへ向かっていた。


しかし軽やかな足取りとは裏腹に、奏夜の心境は気だるさに満ちていた。


(本当にあいつらは期待を裏切らないよなぁ)


と言うのも、奏夜は一時間目、二時間目の終了後、職員室で再び同僚の泣き言を聞かされていたのだ。


平井ゆかりをなんとかしてくれ、と。


大体のあらましはこうだ。
今朝方から、平井と悠二の雰囲気があまりにも険悪であり、授業をするこちらが一触即発の空気に耐えられない、とのこと。


(俺が知ったこっちゃねぇよそんな覚悟で教師が勤まるかヘタレ共が)


奏夜の心の中での反応はざっとこんなものだったが、確かに放っておけない事態になったのは事実だろう。


教師が気詰まりするほどの険悪ムードなのだから、クラスメート達は更に狭苦しい思いをしているはずだ。


(ま、一番辛いのは二人なんだろうけどな)


やれやれ、仕方がない。
いずれにせよ、今朝のキバットの話を聞いてから、シャナか悠二のどちらかとは話をしようと思っていたのだから、いい機会が出来たと思おう。


10分間の休み時間でありながら、移動教室やらで廊下はそれなりの賑わいを見せている。
道行く生徒に軽く挨拶を振り撒きながら、奏夜は階段を上がり、教室の扉が延々と連なる渡り廊下を曲がりかけて、




「なに気の抜けたこと言ってんのよ!」




「おおっと?」


聞き知った声が通路に反響したため、奏夜はちょうど曲がり角の死角に隠れた。


見れば、廊下のど真ん中でシャナが悠二を怒鳴り散らしていた。
奇異の眼差しを向ける周囲などそっちのけで、シャナは怒りと困惑が入り混じった表情で、悠二を睨みつける。


「……そんなに怒鳴るなよ」


あまりの感情の入りように、息切れさえ起こしているシャナに対し、それでも悠二は何処か力無い態度を崩さない。


当然、シャナの苛立ちは加速する。


「っ…!! “徒”が来てるのよ!? どこかで人を喰ってるかも知れないのよ!?」


紅世の用語までも口走っている。
感情の爆発に、自分が何を叫んでいるのかも理解が追い付かないようだ。


(これに関しては軽い電波系って理由で誤魔化せるだろうが……)


それにしたって、だ。
判断力を見失うくらい、悠二に怒りを覚えいるということか。


「何で、何でそんなにだらけていられるのよ!!」


シャナの剣幕に悠二はしばらく押し黙り、そして口にする。


――不安定だった絆を完全に破壊する、禁断の言葉を。





「僕なんかいなくても、別に困らないだろ」





「――――!!」


ぴしり。と、シャナが凍りついたように動かなくなる。


表情がかき消え、いつも鋭気を研ぎ澄ましている彼女に似合わない、虚脱感に満ちた様子でその場に立ち尽くしていた。


「あっちゃー……」


思わず奏夜は、頭痛を抑えるかの如く、額に手を当てる。
いかんぜ坂井。それは禁句だ。
しばらくしてシャナは、悠二の脇を早足で通り過ぎ、奏夜のすぐ隣を神がかかったスピードで走り去り、階段の踊り場を曲がって姿を消した。


――今にも泣き出しそうな顔をしながら。


「……ったく」


物の道理が全般的にわからないシャナにも、問題が無いわけではない。
だがこの場合――


(完全に坂井が悪い)


深々と溜め息をついた奏夜は物陰から出る。


「知ってるか坂井。男にはやってはならないことが二つある。女の子を泣かせることと、食べ物を粗末にすることだ」
「――先生」


覚束無い足取りで教室に戻ろうとする悠二。
そんな彼に、奏夜は規則正しい足音を鳴らしながら、ゆっくり近づいていく。


「今の態度は、感心しないな」
「――感心しないもなにもないですよ」


悠二はいつもと違う、何処か投げやりな雰囲気で答える。
――奏夜はこの問題の深刻さを再認識し、呟く。


「坂井。昼放課の一時十分に、音楽準備室まで来い」
「えっ?」


突然の提案に、悠二は戸惑う。


「言っとくがお前に拒否権はない。もしも来なかった場合、現国のお前の評定を1にする」
「職権乱用です」
「フッ、愚かだな坂井。俺が停職や免職を省みる人間だと思うのか?」
「………」


思わない。
というか思えない。


「僕に、何のご用ですか」
「なぁに。大した話じゃないさ、すぐ終わる」


含みのある笑顔をして、奏夜は教室に入っていき、悠二もそれに続いて席についた。


「ありゃ? 池、田中と佐藤来てないのか」


教壇に立つ奏夜は主無き場所、田中栄太と佐藤啓作の机を見つけ、目の前に座っていた池速人に尋ねる。


「はい。先生の方に連絡来てないんですか?」
「うんにゃ、佐藤は家の都合もあるから仕方ないとして、田中の方からも連絡が無いのはおかしいな……。まぁ、いいか。授業始めんぞー」


いいのかそれで。


クラス全員の意見が一致する中で、悠二だけが、奏夜の呼び出しのことを考えていた。


(――やっぱりシャナ絡みのこと、だよな)


心の中で、苦々しいものが染み渡っていくのがわかった。
今朝から何度もされた質問。
平井――シャナと何かあったのか、と。


……いい加減うんざりだ。


(僕とシャナが喧嘩? ――っはは、ありえないよ。シャナと僕は、そもそもステージが違うんだ)


喧嘩とか、そういう次元の話じゃない。


(そうだよ。僕とシャナは――違うんだ)


自分に言い聞かせるように、悠二は拳を握り締める。




――それが、自らを縛る運命(さだめ)の鎖だと気付かぬまま。




◆◆◆


「失礼します」
「よぉ、来たな。坂井」


約束通りの時間に、悠二は音楽準備室を訪ねた。
様々な楽器が所狭しと保管され、楽譜が積まれたテーブルに奏夜は腰掛けていた。


「コーヒーでいいよな。ミルクはいるか?」
「はい。けど先生、いいんですか? 一応オーケストラ部の機材でしょう?」


奏夜は、部屋に何故かあったコーヒーサーバーを我が物顔で使っていた。


「機材っていうか、これはオケ部顧問の私物だよ。あの人と俺は高校時代の同期なんでな。知ってるだろ? 机なつき先生」


知っている。


確か母が高名なバイオリニストだったとかで、校内でも話題になっている人だ。
先生もバイオリン奏者だから、その繋がりもあるのかな。と悠二は何となく予想を立てる。


「ほれ、冷めないうちに」
「いただきます」


そう言いながらも悠二はコーヒーに口をつけず、奏夜を見つめた。


「それで、僕に何を……」
「まぁ慌てるなよ、坂井。コーヒーを飲む時間は、この世で最も神聖な時間だ。――いや、これは知り合いの受け売りだけどな」


あくまで自分のペースで、奏夜はコーヒーを啜った。
その優雅な佇まいからは、儚さにも似た美しさがあり、一つの美術品のような印象を受ける。


「今朝から随分と険悪だったみたいだな。平井と」


案の定、奏夜の用件というのはシャナのことのようだ。


「……他の先生から頼まれたんですか。平井さんをなんとかしてくれって。だったら僕に頼むのは筋違いです。僕は彼女のお守りじゃありません」
「つっかかるねぇ。お前、そういう態度だと案外威圧感あるのな」


心底楽しそうな調子で、奏夜はカップをテーブルの上に置いた。


「ヘタレな同僚の頼みなんざ聞く気はないよ。第一、これはお前と平井の問題なわけだからな。お前らが何とかするべきだ。
――ただまぁ、ちょっとくらいなら手助けしてやろうかなと思うくらいでな」


背もたれに身を預け、身体を反り返らせながら天井を見上げる奏夜。
……言葉のキャッチボールをする上で、間違いなく最悪の部類に入る仕草だ。


「先生が関わるほど、重要な問題じゃありませんよ……」
「どーだかな。――そういや坂井。話は変わるが、数日前、お前が河川敷で言ってた『特訓』。あれって捗ってるか?」


自分の表情が強張るのがわかる。
そのことに気が付き、悠二は慌てて表情を消そうとするも、時既に遅しだ。


奏夜に目線を戻すと、彼は後ろを向いていたが、肩が震えていた。
確実に笑っている。


――先生、絶対にわかってて聞いたな。


そう悠二は確信した。


「わかりやすい反応をどうもありがとう。
――大方、あの時言ってた『誰かに守られっぱなしはいやだから』ってヤツ。あれ平井のことだろ? 何か平井に助けられるようなことがあって、平井の足手纏いになりたくないと思い出したから、特訓を始めた。
だがしかし、最近それが上手くいかず、お前の進歩の無さに苛々し始めた平井とも不仲気味……っていうのが妥当かね」
「……なん、で」
「はっ、お前らのガキっぽい悩みなんざいくらでも予想できるわ」


自分を取り巻く状況を、次々と言い当てる奏夜に、悠二は驚きを露にする。


「お前さぁ、自分に見切りつけんの速すぎ。そりゃ目標点が高いのは認めよう。なにせあの平井だからな。学業においてもアレは天才って言って良いし、運動能力に至ってはそれ以上だ。この前30分の持久走で息一つ切らさなかったしな」


高校レベルの話じゃねぇよ。
そう冗談めかしく語る奏夜に、何故か悠二は僅かな蟠りを覚える。


違う。
シャナの凄いところはそんなことじゃない。


「けどさ。何も追い付けないってステージじゃないだろ。人間頑張れば大抵のことは出来る。追い付けないにしても、足手纏いにならないくらいなら――」


違う。
この人は知らないだけだ。
あの少女がどれだけ圧倒的で、絶対的な存在なのかを。


彼女――シャナのフレイムヘイズとしての姿を、悠二は思い浮かべる。
煌々と燃え上がる炎髪を靡かせ、大太刀『贄殿遮那』を振るう姿を。
あのシャナを見れば、この人も『追い付ける』などと言うようなことはしないだろう。


そう。本人の自覚していないところで、悠二は苛ついていたのだ。
何も知らないまま、仮の姿としてのシャナを見て――ちっぽけな存在に過ぎない自分が、彼女に追い付けるなどと語る――紅奏夜に。


「だいたいな、根本的なことを言わせてもらうけど、平井はそこまで……」
「―――ですか」
「ん?」




「先生に、何がわかるんですか」




自分でも驚くほどに、口から低い声が溢れ出していた。
けれど、歯止めを無くした気持ちの奔流は、もう止まらなかった。
頭では、八つ当たりに過ぎないとわかっているのに。


「先生は、何にも知らないからそんなことが言えるんです。
先生が、シャナの何を知ってるんですか? 僕の何を知ってるんですか? 先生の物差しで、勝手なこと言わないで下さい」


醜い怒りが声に投影され、思考を支配する。
平井ゆかりではなく、『シャナ』という呼び方をしてしまっていることにも気が付かないくらいに、悠二は余裕が無くなっていた。向かいで話を聞いている奏夜の顔は、見えない。


「シャナは、どんな意味でも凄く強いんです。多分、先生が想像もつかないくらいに」


だから、自分がいなくても、全然困らない。
一人で、何でも出来るから。


「さっき、僕でもシャナに追い付けるって言いましたよね。確かに先生なら、そう思うのはわかります」


紅奏夜とは、そういう男だ。


自分の指先一つで運命さえも変えられる。
そんなことが出来るわけがないのに、不思議と納得させられてしまうような、底知れない器を持つこの人ならば。


「っ、でも、僕は違うんです! 僕は結局、ただの高校生で……強いわけでも、何が特別なわけでもありません!」


自分の心を自分で斬りつけることさえも躊躇せずに、悠二は心に溜まった疲れ、諦め、悲しさ、怒り、苦しさを全て吐き出す。


「……それでも、あの子の役に立てるって思ってました。けど、違う。
僕なんかがシャナの側にいたって、シャナに余計な負担をかけるだけなんです!
みんながみんな――」




先生みたいに強くなれるわけじゃないんです!!




息を切らすまでに、声を張り上げたところで、真っ白になった頭に思考能力が戻ってくる。
最初に感じたのは、やってしまった、という後悔。


(何をやってるんだ僕は!!)


こんなこと、奏夜に言って何になるというのだろうか。


彼は『非日常』の世界にいない。
奏夜が少し『日常』から外れた場所にいるがために、悠二はそれを失念していた。
……いや、それさえも言い訳だろう。


(最悪だ、僕……。こんなの、ただ怒鳴り散らしてるだけじゃないか)


奏夜に何と罵られても、文句は言えなかった。ずしりと重くなった頭を持ち上げて、悠二は恐る恐る奏夜の顔を見ようとした――




「…………っくく」




聞こえたのは、何かを圧し殺すような音。
罵声ではないそれを奇妙に思った悠二が、奏夜と眼を合わせた瞬間、




「――っ、あはははははははははははははははは!!」




怒るでもなく、悲しむでもなく、奏夜は高らかに笑い出した。
悠二が呆然とする中、奏夜は腹まで抱えて、大爆笑を続けている。
防音完備の部屋でなければ、学校中に聞こえるのではないかと思うくらいのボリュームで。


「っくく、『強い』? この俺が?」


奏夜の笑い声は一応止まったものの、皮肉めいた笑みだけは崩さない。


「そいつぁ、人類史上例を見ない壮大なギャグだな。坂井、今度どっかの大会に出てみたらどうだ? 観客みーんな抱腹絶倒だぜ。っはは、俺が『強い』か」


本当に笑える冗談だ。
まさか紅奏夜という存在を、『強い』などというカテゴリーに分類しようとは。


「坂井、随分と素敵な勘違いをしてくれたところすまないが――俺は強くなんかないよ」


収まりかけていた動揺が蘇る。


強くない?
いつも絶対の自信に満ち溢れている奏夜が、こんなことを口走るなど、誰が予想出来るだろうか。


「で、でも先生は……」
「同じことを何度も言わせるな。俺は強くなんかない。いつだって誰かの足手纏いになって、誰かに助けられ、支えられ、どうにか一人前になれる情けないヤツさ。
ちょうど今のお前みたいにな」


投げやりで自虐的な口調のまま、奏夜は言葉を繋げていく。


「でもだからと言って、お前の気持ちがわかるわけじゃない。『僕の何がわかるんですか』か、なるほど、そりゃ確かにそうだ。
自分のことを一番わかってるのは、どんな講釈を並べても、結局は自分だからな」


「けど」と、奏夜は言葉を切って、


「平井に関しては別だ。平井の気持ちを100%知るのは平井だけだが、99%知る人間ならいる。
――ハッキリ言っておくか。今の平井の気持ちなら、俺はお前よりも知ってる」


何の躊躇もなく、奏夜は言い放つ。
挑発ともとれる発言に、悠二は何故か気圧された。


「――な、何を」
「言ってるのかって? じゃあお前、さっき平井が何で怒ったのかわかるのか?」


悠二は、鋭い刃が自分を斬りつけてくるのを感じていた。
奏夜は的確に、悠二の傷をついていく。


「わからねぇだろ? いい加減自覚しろよ、坂井悠二。
つまりお前と平井の関係性は現在、教師と生徒というドライな関係性にすら負けるほど、弱くなってるってことだよ。
お前はなーんにもわかっちゃいない。せいぜいのアドバンテージは、シャナっていう渾名くらいかね」


くっくっく、と奏夜はシニカルな笑顔を作る。
いつもならただ安心するだけの笑顔が、今日は何故かとても怖かった。


「下らないことで落ち込み過ぎなんだよ。お前がウジウジしたら、周りにどれだけ影響が出るのかわかっちゃいない」




――いやだ。ファンガイアはイクサが倒す。俺が行っても、また痛い思いをするだけだ。




(本当――お前見てると思い出すよ)


昔何処かにいた、屋敷に引きこもってばっかりの臆病者を。


「『僕なんかがシャナの側にいたって、シャナに余計な負担をかけるだけなんです』。……こんな風に考えてるなら、平井が怒って当然だな」
「……でも、実際そうなんですよ」
「卑屈だなぁ。お前、ひょっとして平井を『天下無敵のヒーロー』だとか思ってんじゃねぇの?」


手持ちぶさたなのに任せ、奏夜は空になったコーヒーカップを玩ぶ。


――思っているも何も、そうだろう。


ただ無敵で、美しいまでの強さで“徒”を倒すフレイムヘイズ。
それが、シャナだ。


「この世に完全無欠の存在なんていやしねぇよ。そんなものがあるとすれば、本物の化け物だ」


しかし奏夜は、悠二の幻想を粉々に打ち砕く。


「あいつは、確かに強いと思うぜ。けど、あれは『最強』と呼ぶにしてはあまりにも不安定過ぎる。平井は、あれだけの才能を持ちながら、それを使いこなせるだけの心が、まだ育っていない」
「心……」
「そう、心。あいつの強さって、その一点でかなり左右されるんだよな。アップダウンの幅が激し過ぎるんだ」


――そのアップダウンを生み出したのは、お前なんだけどさ。
奏夜は敢えて、重要な事実を伏せた。


「例えて言うなら、レベル1にして大魔王って感じだよ。
あいつがどんな生き方をしてきたのか知らないが、あの力は決して最強じゃない。使い方を間違ってる以上は、な」


使い方を誤った強大な力は――悲劇しか生まない。


「でも、恥じる必要はないんだよ。『最強』なんてつまらないもの、目指さない方が正解なのさ」
「えっ?」
「『最強』ってのはさ、文字通り『最も強い』。言いかえるなら『それより先はない』ってことだろ?
どんだけつまんねぇんだろうなぁ、それ。人間は越えられる壁があるからこそ、それを越えようと切磋琢磨するからこそ、オモシロイのによ」


だからこそ『最強』はつまらない。
『先がないもの』はつまらない。
奏夜の一言一句全てが、悠二の中で反芻される。


「『最強』はありえないし、あってはならない。『強さ』を得たいなら、『最強』を目標点にはしないことだ。
――『何故強くなりたいのか』。それさえあればいい」
「強くなる、理由?」
「お前、足手まといになるのは嫌だ、とか言ってたよな。なら質問しよう。お前は何故、それだけの強さが欲しいんだ?」
「………」


強くなりたい理由。
それは――シャナの足手まといになりたくないから。


いや、本当にそうなのだろうか?
鍛練を始めた時に抱いていた熱意は、こんなまだるっこしいものから生まれていたのか?


(違う。これは“僕”の都合だ。理由はこんなのじゃない。もっと、簡単だった)


心に絡み付く感情を処理出来ず、悠二は黙り込む。


「わからないなら、それもいいさ。提出期限ナシの宿題だ。
放課後、池と吉田と出掛けるんだろ? リフレッシュしながらゆっくり考えてみな。俺が言えるのは、ここまでだ」


あとは、悠二とシャナ次第。


『理由』に気が付けさえすれば、他のことも理解出来るだろう。
シャナが怒る理由も。
自らの熱意が何故消えてしまったのかも。




(お前と平井が――人間とフレイムヘイズが、何も変わらないってことにもな)




その後は長らく沈黙が続き、奏夜も暇をもてあましだしたのか、机にあった楽譜をぼんやりと見つめていた。
予鈴が鳴り、悠二も教室に戻っていく。


「また、話しにきてもいいですか?」
「勿論。それが俺の仕事だ」


そんなやり取りを交わして部屋から出た二人は、反対方向に歩き去る。


――悠二に出されたコーヒーは、結局飲まれることなく冷めていた。
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  1. 2012/03/17(土) 17:53:56|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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<<聞くところによると、色々と混乱が起きているらしいね | ホーム | 第五話・暗転/弔詞の詠み手.前篇>>

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