紅蓮の牙

二次創作中心。仮面ライダーキバと灼眼のシャナのクロスを連載中。

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第十四話・再演/天才の贈り物.後篇

――ギィィィッ!


ワーカービーファンガイアは、右腕の針をイクサに突き出す。
三体の攻撃を回避するイクサには、余裕が見受けられた。


(よし、避けられないほどじゃない!)


シャナとの鍛練の成果が、少なからず出ている上、零時迷子の感応力もある。
三対一というアドバンテージはあるが、勝ち目は十分にあるだろう。


「ふっ!」


突き出された腕を掴み、自分の身体を支点にすると、ワーカービーファンガイアを背負い上げ、地面に叩き付ける。


「だぁっ!」


大きく引かれたイクサの拳が、仰向けになったワーカービーファンガイアに叩き込まれた。
ワーカービーファンガイアは断末魔の悲鳴を挙げ、ステンドグラスとなって砕け散る。


「よしっ!」


やはり、分身態というだけあって、戦闘能力はヘルホーネットファンガイアほどではない。


「さぁ、かかってこないのか?」


イクサの挑発に、ワーカービーファンガイアは威圧され、後退りするが、またすぐに攻撃を再開する。


(やっぱり、びびってはくれないか……)


悠二は、自分を強いとは思っていない。
だからあの挑発には、ワーカービーファンガイアを怖じけ付かせ、冷静な判断力を削ぐ目的もあったのだが……。


逆に悠二への油断が消え、残る二体の動きにキレが出てきている。


(殴るだけじゃキツいかな……。だけど僕は名護さんみたいに、剣も銃も使えないし)


それならまだ、自分の一部である拳の方がマシだろう。


「……あ」


――ふと、思い付く。なんだ、武器ならまだたくさんあるじゃないか。
イクサは身を翻し、ワーカービーファンガイアに背を向けて駆け出す。


――ギィイイ!


ワーカービーファンガイアは急に逃げを打った標的に虚を突かれたが、すぐに我に返り、イクサを追いかけていく。


(喰らいついた!)


仮面の下でしたり顔を作ったイクサは、足に力を込め、アスファルトの地面を蹴る。
目の前には石柱。そこまでの距離を一気に詰め、空中で身体を反転。
垂直な壁に足をつけた。


「だあっ!!」


再び石柱を蹴り、今度はワーカービーファンガイアの方へ、まるで弾丸のように飛んでいくイクサ。
空中で右足を伸ばし、キックの体勢を取る。
ワーカービーファンガイアは慌てて防御か回避をしようとするが、もう遅い。


「はあぁぁぁ―ッ!!」


勢いのついたライダーキックが炸裂し、ワーカービーファンガイアの身体を砕く。


「あと一体!」


着地し、残りラストのワーカービーファンガイアと向き合うイクサ。


――ギ、ギィガァァァ!
二体の仲間を瞬殺され自棄になったのか、ワーカービーファンガイアの動きにもはや精密さは無かった。
ただ目の前の敵を排除せよ。脳内にそれ以外の情報伝達がされていないかのように、嵐のような攻めを見せている。


「くっ!」


ヤバいかも。
さりげなくイクサは冷や汗を流した。


――ここまでの悠二イクサは、かなりの余裕を持って、二体のワーカービーファンガイアを倒したように見える。
だが、実際はそうではない。


(三体を相手になんて、実戦経験ほぼゼロの僕が出来るわけないのになぁ)


自嘲気味なその考えは間違っていない。ミステスだなんだと言われようが、悠二は一介の高校だ。
戦闘テクニックの拙さは言わずもがな。
基本スペックも、いくらイクサがあるとはいえ、悠二は名護のように、それ専用のトレーニングプログラムをしてはいない。


なら、ここまでの快進撃はなんだったのか?
それは、さっきの挑発と同じである。


悠二が“余裕があるように”見せかけていたのだ。
キバーラによれば、ワーカービーファンガイアは知能が弱い。
つまりそれは、獣とさして変わらないということ。


生物は強者に対し、本能的な恐怖を抱く。
その恐怖は判断力を鈍らせ、戦闘能力の低下に直結する。
すべては、ワーカービーファンガイアと戦い易くするための、悠二の作戦だったのだ。


(けど、ここからは騙し騙しは効かないな)


最後の一体になったことで、相手に余裕がなくなり、攻撃ががむしゃらになっていた。
だが、自暴自棄というのは、恐怖心を強引に振り払うものでもある。
つまり今こそ、ワーカービーファンガイアの全力状態なのだ。


(つまり、僕自身の力で、コイツを倒さなきゃならない!)


それもまた――一つの覚悟である。


「せいっ!」


悠二に喧嘩の経験はあまり無い。それでも不器用なりに、拳を振るう。


――ギィィィッ!


だが、ワーカービーファンガイアも必死なのか、多少の攻撃には怯みもしない。
防御をほぼ捨て、針をイクサに突き刺そうとしてくる。
悠二にとっては、やりづらいことこの上ない。


「くっ……!!」


段々と、悠二が押され出していた。
腕を交差し、防御体勢主体になり、攻撃を食らわないようにするのが手一杯という様子だ。


――ギッ!


「っ!?」


下半身から伝わる衝撃。
ワーカービーファンガイアが、ノーマークだったイクサの足を払ったのだ。


「うっ!」


無様に転び、イクサは仰向けのまま倒れる。
無論、ワーカービーファンガイアはその好機を見逃さない。
イクサに立ち上がる暇すら与えず、右腕を引く。




毒の針が煌めき、仰向けのまま身動きの取れないイクサに突き刺さる――、




だが、そうはならなかった。
突き出されたワーカービーファンガイアの右腕を、すんでのタイミングでイクサが掴んだのだ。


シャナとの鍛練で身に付いた反射神経が、この土壇場で生きた。


――ギィッ!?
驚きの声を挙げるワーカービーファンガイア。
チャンスがピンチに変わったのを理解し、右腕を引っ張るも、拘束は緩まない。


イクサは、仮面の下で笑う。


「逃がさないよ」


仰向けのまま、イクサはベルトのサイドケースから、フエッスルを取り出し、イクサベルトのフエッスルリーダーにスロットする。


『イ・ク・サ・ナ・ッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』


電子音が流れると同時に、イクサはイクサナックルを握り締め、ワーカービーファンガイアに至近距離での『ブロウクンファング』をキメた。
イクサナックルから放出されたエネルギー波が直撃し、ワーカービーファンガイアは身体を粉々に砕け散る。


舞い落ちるステンドグラスをぼんやりと見つめ、イクサは変身を解除した。


アーマーが消え、イクサは悠二の姿に戻るが、悠二は仰向けのまま動こうとはしない。


(し、死ぬかと思った! 本当に死ぬかと思った!!)


緊張の糸が切れたのか、さっきまでは露ほども感じなかった恐怖心が、悠二の精神に戻ってくる。


(シャレになんないって! 最後の針とかはもう完全にラッキーだったし!)


改めて、シャナや名護がどれだけ恐ろしい戦いをしているのか実感した。


だが、まぁ。


(なんとか、なった)


悠二は生き延びたという事実を噛み締めた。


「悠二くん!」
『坂井悠二』


頭上から軽い声と重い声が同時にかかる。
いつの間にか、シャナとキバーラが物陰から出てきていた。
シャナは無表情のまま無言で悠二を睨み、代わりにキバーラと、彼女の首にかかるアラストールが、声を発す。


『本当に貴様は……。今回はいくらなんでも綱渡りが過ぎるぞ』
「もうっ、悠二くん無茶苦茶よ! イクサなんか持ち出して! 死ぬ一歩手前だったかも知れないのに!」
「酷いなぁ、ああするしかなかったんだし、多目に見てくれよ。それに持ち出したのは僕じゃないって痛い! キバーラ、額にタックルは止めてくれ、地味に痛い!」


「ふぇ、う、うわぁぁぁぁぁぁん!」


相当心配だったのか、とうとうキバーラは泣き出してしまった。


「キ、キバーラ?」
「えぐっ、無茶しないでよぅ……。わたしにとっては、シャナちゃんも、悠二くんも、いなくなって欲しくないんだからぁ……」
「……うん、ごめん」


非常にいたたまれなくなり、悠二は片手で泣きじゃくるキバーラをよしよしと宥めた。


「ゆう、じ」


新たにかかった声は、シャナのものだった。
だが、名前を呼ばれただけで、シャナは喋ろうとしない。


「………」
「……えっと」
「………」
「取り敢えず……勝ったよ」


シャナは溜め息をつき、毒のせいか力無く、悠二の頬をぺちっ、と叩き、呟くように言う。


「……ばか」


続けて、


「……あり、がとう」


シャナのぎこちない感謝の言葉。
だが悠二はそれだけで、この戦いでの疲労が帳消しになるような気がした。


「あはは……。いつも助けて貰ってるからね」


たまには、カッコいいとこ見せないと。冗談っぽく言って、悠二はようやく立ち上がる。
今ので、本当に緊張が取れたらしい。
つくづく都合のいい精神だなと、悠二は自嘲する。


「さ、そろそろ行こう。出口探さなきゃ」


言って、悠二はまたシャナを背負おうとする。


「……っ、あ、あとで…覚えてなさい、よ」
「はいはい」


顔を赤らめながら、悠二の背中に身を預ける。
悠二はその体勢をさして気にするでもなく(このあたり、彼はやはり鈍感である)、この空間からの脱出口を目指し歩き始め、泣き止んだキバーラも後に続く。


自分にとってはあまりに恥ずかしい状況下に、シャナは悶々とする羽目になっていたが、


(……あったかい)


同時に、悠二の背中から伝わる熱――近距離での触れあいを、心地よく感じる自分もいた。


もう何がなんだか。
奏夜がおかしくなったり、ファンガイアと戦うことになったり、自分のミスで拐われたり。




――悠二が、助けに来てくれたり。




「………」


イクサの力が無ければ、悠二はあの三体のファンガイアを倒すには至らなかった。
これは事実。
だが、イクサの力だけであの三体のファンガイアを倒したのではないのも、また確か。


人間は力を手に入れても、それをすぐに使いこなせるわけではない。
力を使うに足る、覚悟が要求されるのだ。


悠二の場合、覚悟で経験不足を完璧に埋めていた。
場違いだとわかっていながら、シャナは思う。


(――悠二は、ちゃんと強くなってる)


それだけでも、頬が緩んでしまうのに、


『キミがいなくなったら、守れなかったのと変わらないじゃないか!』


彼の覚悟が、少なくとも今は、自分に向けられている。


それは、何だか凄く――、


(嬉しい)


温かな気持ちが、心を満たしていく。
悠二がシャナのお礼で立ち上がったように、彼女もその気持ちだけで、毒の痛みが和らいでいくような気がした。


◆◆◆


「はっ!」


名護は当て身で、自分に襲いかかってきた男性を気絶させる。


「意外だな。操作されているのだから、気絶させても当人の身体を省みず、またすぐ立ち上がらせる、くらいのことはしそうだと思っていたのだが」
『そりゃそうさ。操る人数と操作有効範囲をここまで広くしちまうと、どうやっても操作パターンが単純になるんだよ。自在法も魔術も、そこはかわらねぇ』

マルコシアスの説明によれば、相手は多少パワーが上がってるだけで、普通の人間。
変身せずとも、足止めは十分に可能である、とのことだった。


「アンタも意外とドジねー、自分の武器無くすなんて」


マージョリーが半ば呆れ、半ば同情するように言って、また一人操られた人間を気絶させる。


「無くしたんじゃない。これはどう考えても盗まれたんだ」
「盗まれたって、あんなもん誰が盗むのよ」
「一つ心当たりがある」


盗まれる機会があったとすれば、あの時だ。




『どうだ? お前なりの『遊び心』は見つかったか?』




(まったく、私としたことが……)


奏夜が“あの男”の口調で話し出したことに驚き、油断してしまった。
以前、自分がイクサを盗もうとしたことへの仕返しのつもりだろうか?


(……一言貸せと言えば、貸しても良かったものを)


癪な話だが、あの男には大きな借りがある。
――自分が変わり出したのは、あの男との出会いが始まりだったのだから。
名護は溜め息をつきながら、ぽつりと呟く。


「あの男……、奏夜くんの身体で、何か他に悪さをしてなければいいが」


◆◆◆


「……本来、されなくてもいい心配をされた気がするな」


奏夜は、いきなりそんなことを言う。
操られた人々を撒いて、奏夜とキバットは、状況把握のため、一時この廃屋に隠れていた。
あちこちに家具や木材が打ち捨てられているが、それらも隠れるにはもってこいのオブジェクトである。


そんな場所で、奏夜は何をするでもなく、ただ虚空を見上げていた。


◆◆◆


「俺の、せいだ」


――一連の話の流れをキバットから聞いた時、奏夜の口から出たのは、罪悪感だった。


「また――関係ない人を巻き込んだ」
「な、何言ってんだよ奏夜」


キバットが慌てて止めようとするが、奏夜は止まらない。


「だってそうだろ? 相手はキバを――俺を狙ってこんなことを仕出かした。巻き込んだも同然だよ」
「おい! んなネガティブスパイラルに入ってる場合じゃねぇぞ! 事情が分かったなら、さっさと電波塔に行かねぇと!」
「……俺が行って、また誰かを傷つけるんじゃないのか」


ソラトやティリエルみたいに。
奏夜はそれきり黙って、顔を俯かせる。


(……はぁ、せっかく悠二たちのお蔭で、立ち直れかけてたのに)


タイミングが悪すぎる。
本当なら引っ張ってでも連れて行きたいところだが、こんな後ろ向きなまま戦っても、負けるだけだ。
キバットは取り敢えず「俺様は見回りに行ってくるぞ」と言い残し、飛び去っていく。


後に残された奏夜は俯いたまま、身動き一つしない。
代わりに意識も朧気な頭で、思考する。


そうすることでしか、冷静さを保てないかのように。


(俺は、周りに不幸を呼び寄せてばっかりだな)


自嘲気味に、奏夜は笑った。
いつもの快活なものではなく、それには寂寥が込められている。


(……迷っても仕方がない。起こってしまったことは、もう取り返しがつかない。人は前を向いて生きるしかない)


わかっている。そんなことは――もうわかっている。


けれど、


(……割り切れねぇんだよ)


あの兄妹のことを思い出す。


知り合いでなければ、まだ良かった。
だが奏夜は、あの兄妹が殺戮を楽しむでない、温かな一面を持っていることを知ってしまった。


(知った上で、その温かさを破壊した)


大切なものを守るために、他者の大切なものを破壊した。


四年分のフィードバックが、一気に押し寄せてきたのだ。戦うことに迷いが無かったと言えば嘘になる。
それでも、折り合はつけていた筈だった。


けれどあの兄妹のことは、奏夜に“自分”を思い出させるには十分だった。


自分、ファンガイアの王、キバ。
――その強さは決して、救いを与えるだけではないということを。


自分が愛したものさえも、破壊するということを。


「……」


重く淀んだ何かが、心の奥底に沈殿していく。


今動かなければシャナも、恐らくは悠二も危険になる。
二人だけではない。街の住人全員が。
それでも――奏夜は動かなかった。動けなかった。


また、何かを壊す。
それが堪らなく怖かった。


服の袖を握り締め、絞り出すように奏夜は唇を動かす。


「俺はどうすればいいんだよ……」


何をするのが、正しいんだ。






「――そういうトコは相変わらずだな、我が息子よ」





◆◆◆


「えっ?」


奏夜が顔を上げると、そこは廃屋では無かった。


端的に言えば、大都会にありそうな噴水広場だ。周りには高層ビルが建ち並び、煉瓦敷の地面である。
そこまでなら普通であるが、問題は上だ。


まだ真昼だと言うのに、いつの間にか辺りは薄暗い夜。
しかも、本来真っ黒な夜空があるはずの上空には、まるで鏡合わせの如く、道路が走り、建物が逆さに建っている。


「な――」


なんだこの場所は。
奏夜がそう言いかけた時、噴水の前に人影があるのに気が付く。
暗くて顔はよく見えないが、身長はさして変わらないから、奏夜と同年代だろう。


人影も奏夜に気が付いたのか、こちらを振り向き、歩いてくる。


「やれやれ、お前とは会わないって決めてたんだがなぁ……」
「お、おい。アンタ、この世界は――」




言って、奏夜は心臓が止まりかけた。




光に照らし出されていく人影の姿。
やや古いデザインな水色の背広に、オレンジのネクタイ。
爽やかな印象を与えるセミロングの髪に、端正な顔立ち。
片手には――バイオリンケース。


(まさ、か)


枯れそうな声で、奏夜はその人の――自分が最も尊敬する人の名を呼んだ。


「……父、さん?」
「よぉ、久しぶりだな。奏夜」


この有り得ない現象を前にして、男――紅音也は普段通り、人を食ったような笑顔を見せた。



「何で、どうして父さんが……」
「おいおい、どうでもいいだろ、そんなこと。それよりも今は、オレ達の再会を喜ぼうじゃないか」


驚く奏夜への説明を「どうでもいい」で一蹴する音也。


(夢? けど……)


夢にしては、リアル過ぎる。
今、目の前にいる音也は、容姿も態度も、最後――26年前で別れた時と寸分違わず同じだった。


ならば、


「……本当に、父さん?」
「ああ、勿論だとも。何だよ、この希代の天才にしてえら~い人、紅音也の姿を忘れたか?」


くっくっく、と音也は喉を鳴らす。
夢じゃ、ない。


「っ、父さん!」


歓喜が沸き上がり、奏夜は音也に駆け寄る。


「父さんっ、父さん……!」
「ははは、でかくなったなぁ奏夜」


音也も嬉しそうに、奏夜を抱き寄せ、背中を軽く叩く。
奏夜の中には、様々な感情が込み上げてくる。


会いたかった、どうしてここにいるの、あれから色々なことあったんだよ、話したいことが山ほどあった。
だがそれより早く、音也が口を開いた。


「が、でかくなったなりに、悩みもあるみたいだな」
「………」


無言で、奏夜は音也から手を離す。


「話してみろよ」
「……でも」


いいのだろうか。


――この人はあれだけ、俺に道を示してくれたのに。


また迷ってるなんて、知られたくなかった。
音也は奏夜の心境を知ってか知らずか、噴水の縁に座る。


「ほら、父親に遠慮なんかするもんじゃないぞ。積もる話もあるだろ?」


促され、奏夜は少し迷ったものの、


「……うん」


小さく頷いて、音也の隣に腰を下ろす。
そして、ぽつぽつと、今までのことを話し出した。
――フレイムヘイズのこと、“徒”のこと、、新たにできた守りたい人達のこと、自分が殺した兄妹のこと。


すべてを聞き、音也は「そうか」とだけ返した。
頬を軽く掻いて、音也は口を開く。



「なぁ奏夜、正義って何だと思う?」
「えっ?」


唐突な質問に、奏夜は戸惑いながらも答える。


「えっと、『正しいこと』?」
「そう。『正しいこと』だ。だが『正しいこと』ったって色々ある。それこそ、人やファンガイアの数だけな。こっちでは正しいってことが、あっちでは正しくないなんてことは、世の中ザラにある話だろう? そうでなきゃ、善や悪なんて言葉は広辞苑に載らない」


はぁ、と奏夜は適当な相槌を打つ。
正しさは形を変える。それは確かに当たり前のことで、奏夜にもわかっていることだ。
音也は、何を言いたいのだろうか。


「要はそれと同じなんじゃないのか?」
「同じって、言われても」
「その兄妹とやらの正義は『願いのためになら、人間の命を省みない』こと。お前の正義は『人間とファンガイアの命』を守ること。相容れない正義がぶつかるのは必然。歴史はそういう争いの繰り返しだ。そしてお前は勝ち、相手の正義を打ち砕いた。自分自身の正義を貫くためにな」


それも、わかっている。


だが、理解出来ても、許容することが出来るとは限らない。
だから――こんな気分になるのだ。


「お前の性格上、落ち込んじまうのはわかる。だが、それで落ち込むのは相手に失礼じゃないか?」
「えっ……?」


予想しなかった言葉についていけず、奏夜は虚を突かれたように声を漏らす。
構わず、音也は続ける。


「正義と正義のぶつかり合い、これは最早回避不能な世界の真理だ。どうにも出来ようがない。なら、自らの正義を貫き、相手の正義を打ち砕いた以上、お前はお前の正義を貫き続けなきゃならない。でなきゃ、相手に失礼じゃないか」
「――失礼」
「お前が迷ったら、何のためにその兄妹は死んじまったんだよ。
お前が自分の正義を放り出したら、その兄妹の正義は何のために打ち砕かれたんだよ。そうなったら、兄妹の死にも――意味がなくなっちまうだろうが」
「……ぅ」


畳み掛けられる音也の言葉。
奏夜は、ある種の不快感に苛まれた。
見方がひっくり返り、価値観がぐちゃぐちゃになる。


だが同時に、自分の中の何かが組み変わっていく上で、奏夜は自分を縛り付けていた枷が、ゆっくりと外れていくのを感じていた。


その様子を良い傾向と取ったのか、音也は薄く笑う。


「正義を語るなら、砕いた相手の正義の重さを、背負う覚悟を持たなきゃならない。それを放棄するのは、優しさじゃなくて甘さだぜ?」


優しさではなく甘さ。慈悲ではなく偽善。
厳しくも優しい言葉を、音也は悩める息子に掛ける。




「小難しい話や禅問答じゃねーんだ。――問題は、自分の正義を貫くことが出来るか、出来ないかだろう。もう一度よぉく考えてみろよ奏夜、答えはもっと単純だ。それに、“俺はもう答えを教えてある”」





お前の正義は――お前が戦う理由は何だ?





「……俺は」


躊躇いがちに、だがはっきりした声音で、奏夜は口を開く。
かつてと同じ覚悟を。
歩むと決めた道を、再び選ぶ。





「俺は誰かの心に流れる音楽を守りたい」





「わかってるじゃないか」


心底嬉しそうに、音也は奏夜の頭をがしがしと撫でる。


「父さん――ありがとう」
「いいさ、このくらい安いもんだ。――お前は、俺の友達が残したものを守ってくれたしな」


最後に付け加えられた言葉に、奏夜は首を傾げた。


「何のこと?」
「ああ何でもない。ただの独り言だ。さ、そろそろオレも行かなきゃな」


何処に行く、とは聞けなかった。


「……父さん」


だから奏夜は、悲しみを笑顔の下に隠す。
せめて最後くらい、安心させたかった。


自分の強さを、見せたかった。


「いつか、また」


言って、奏夜が手を伸ばす。


「――ああ、またいつか」


音也もまた笑顔で、伸ばされた手を握り返す。
二人の手が触れ合った瞬間、周囲の風景を光が包んだ――。


◆◆◆


目を開けると、そこは元の廃屋だった。


「……おおう」


意味不明な呟きを漏らし、奏夜は立ち上がる。
あの噴水広場は無く、道路の浮かんでいた空は、ただの老朽化した天井だ。


――勿論、音也の姿もない。


「……っはは、そっか。そりゃそうだよな」


少しだけ落胆し、握手したはずの右手を見る。
何故か、温かみを感じたような気がする手を。


「……」


ぎゅっと、奏夜は右手を握り締める。


「――うん」


強く頷いた奏夜の目から、迷いは消えていた。


「奏夜、敵の姿は無かったぜ……奏夜?」


見回りから戻ってきたキバットが、右手を見たまま微動だにしない奏夜を、いぶかし気に見る。


「奏夜、どうした?」
「……何を悩んでるんだ俺は」
「は?」


驚くキバットをよそに、奏夜は笑う。
いつも通りの、人を食ったようで、だが力強い笑顔を。


「キバット。そのファンガイアの居場所は電波塔だったな」
「へ? あ、ああ」
「よっしゃ、じゃあぼちぼち、反撃するとしようか」


床に置いてあったブラッディローズを拾い上げ、奏夜は立ち上がる。


「……急に、前向きになったな」
「何を言う、俺はいつだって前向きさ」


数分前のお前を見せてやりたいよ。
キバットはやれやれと首を振った。


(何があったか知らねぇけど……)


キバットの口角が、嬉しさにつり上がった。


(立ち直ったみたいだな)


キバットはテンション高く、周囲を飛び回る。


「わはは、いいねいいね! いつもの奏夜らしくなってきたじゃねぇか!」
「おおともよ、ついでに、このラクーンシティ状態を打破する妙案も浮かんだ。チェックメイトはもう目の前さ」


一言一言に、説得力がある。
まるで、奏夜が願うことが全て現実になるかのように。


(そうだそうだ、この奏夜だよ!)


キバットは興奮に打ち震える。


(落ち込みから立ち直った奏夜は――)


ハンパなく強いのだ。


「よっしゃあ! そうと決まれば、俺様もキバッちゃうぜ、親友!」
「ああ、期待してるぜ相棒!」




――こうして、ファンガイアの王は、再び戦場に足を踏み入れる。




自らの正義を、貫くために。


◆◆◆


「キバーラ、何か見つかりそう?」
「ううん。出口はおろか窓も見つかんないわ」
「そっか……参ったな」


シャナを背負ったまま、悠二は唸る。


あれから30分は歩き詰めだが、未だにこの階層から抜け出せない。


『わざわざ逃げ道を用意するとも思えぬ。キバか白騎士か、『弔詞の詠み手』があのファンガイアを討滅するのを待つしかあるまい』
「結局、八方塞がりか……」


いや、八方塞がりなのはまだいい。
問題はシャナの病状だ。


「シャナ、大丈夫?」
「っはぁ……うん、まだ、だいじょうぶ」


気丈にも笑うシャナだが、その息づかいが更に荒くなっており、熱も上がっている気がする。
仮に誰かがあのファンガイアを倒せても、それまでシャナが保つかどうか。


「――せめて、安全なとこで休ませてあげたいんだけどな」


悠二がそう呟いた時だった。





「――まさか、人間如きがここまでやるとはな」





「なっ!?」




いつの間にか、景色が変わっていた。
のっぺりとしたタイル状の床に、空と送信用のパラポラアンテナが見えるのを見ると、ここは建物の屋上なのだろう。


そして、アンテナの傍らには、蜂を模した異形、ヘルホーネットファンガイア。


「ミステスと言えど、ただの子供だと思っていたが……我が分身を退ける力を持っていようとはな。舐めていたわ」


ヘルホーネットファンガイアは、悠二に敵意ある視線を向ける。
眼光だけで人を射殺せるなら、こういう目を言うのだろうと、悠二は思った。
その危険信号は、シャナ、アラストール、キバーラにも広がっていく。


(ねぇ、これってかーなーりまずい状況じゃないかしら?)
(やむをえんな……坂井悠二、まだ戦えるか?)
(わかんない。でも、できるだけやってみる)


せめて、キバか誰かが来るまで持ちこたえなければ。
シャナを床に下ろし、悠二はイクサナックルを構える。


「遅い!」


悠二が変身するよりも早く、ヘルホーネットファンガイアのエネルギー弾が、三人を吹き飛ばす。


「う、わあぁぁ!」
「っぐ!?」
「きゃー!」


床が爆発し、悠二、シャナ、キバーラは地面を滑る。
その拍子に、悠二の手から零れ落ちたイクサナックルを、ヘルホーネットファンガイアが踏みつける。


「成る程、イクサの力を持っていたというわけか。なかなか楽しませてくれる……だが、それもこれまで」
「う、ぐっ……」


痛みに呻く悠二に、ヘルホーネットファンガイアが手を翳す。
魔皇力が収束され、人間を消し去るには十分な威力が、ヘルホーネットファンガイアの右手に集まっていく。


「おとなしく捕らわれていれば良かったものを。もういい、人質にならず、私の邪魔をするのなら、貴様らにもう利用価値はない」
「うっ……」



まずい。
身体が言うことを聞かない。
イクサナックルもない。


――間違いなく、やられる。


「悠二ぃ!」


シャナが悲鳴にも近い叫びを上げる。
だが、攻撃の手が止まることは無かった。





「さらばだ。奇怪なミステスよ」





(シャナ……みんな、ごめん)





最後の最後まで、彼は自分の大切な人達のことを想っていた。
全てを奪い去る紫色の弾丸が、悠二に向けて放たれる――。


◆◆◆


……。
…………あれ?
悠二は、いつまで経っても痛みが来ないことを不思議に思った。


恐る恐る、目を開ける。辺りには硝煙が立ちこめているが、身体は五体満足だ。


(生き、てる?)


どうして、と考えるよりも早く、頭上から声がかかる。





「おいおい、主役の登場を盛り上げ過ぎだろ」





気が付けば、自分の目の前に、見覚えのある後ろ姿があった。
セミロングの茶髪に、着崩した黒いスーツ姿。
右手には――ヘルホーネットファンガイアの攻撃を防いだであろう、黄金の魔剣、ザンバットソード。


「ま、その心遣いには感謝する限りだがな。ここまでデッドオアアライブを争わなくてもいいだろうがよ」


人影はザンバットソードを肩に担ぎ上げ、シャナと悠二を振り返った。





「そうだろ? 平井、坂井」





『――っ!?』


二人に笑いかけるその顔は誰であろう、紅奏夜その人だった。


「――せ、先生!?」
「奏夜!?」


二人の驚愕をよそに、奏夜は普段通りに気さくさをもって接する。


「あはは。変な顔だなー、お前ら。何か良いことでもあったのかい?」


言いながら、奏夜はシャナの頭を撫でる。


「悪かったな、平井。少し遅くなっちまった。見たところ、毒か何かみたいだが、まぁ安心しろ。俺が何とかしてやる」
「え、あ……」


普段との変わらなさに、シャナの頭から疑問が吹き飛んでしまう。
なんでここにいるのか、なんて質問が馬鹿馬鹿しく思うくらいに、自分の頭を撫でる手からは、温かな安心感が伝わってくる。


次に奏夜は、悠二にそっと触れた。
奏夜の手が輝き、光が悠二へと移動する。


「あ。傷が……」
「応急処置だが、歩くくらいは出来るだろう。 シャナとキバーラ連れて下がってろ」
「先生……先生は」
「おっと」


言いかけた悠二の口に人差し指を当てる奏夜。


「質問はあると思うが、今は全部あと回しで、な?」


言いつつ、奏夜は悠二の頭にも手を乗せる。


「頑張ったな坂井。まさか平井をお前だけで助け出しちまうとは思わなかった。あとは俺に任せて、ゆっくり休んでろ」
「は、はい……」


安堵感を与える笑顔に、悠二もまた何も言えなくなってしまう。


「さあて、と。随分暴れてくれちゃったみたいだなぁ?」


立ち上がった奏夜は 、ヘルホーネットファンガイアにザンバットソードの切っ先を向ける。
混乱から抜け出したヘルホーネットファンガイアは、不敵な笑みを浮かべる。


「ようやくお出ましか」


「この街で暴れる以上、覚悟は出来てるよな」
「ふん、この街がどうなろうと知ったことではない」


ヘルホーネットファンガイアの右手から毒針がせり出してくる。


「貴様を殺せさえすればな」
「そうか。……なら遠慮はいらない、なッ!」


踏み込みから、奏夜は一気に距離を詰める。
ザンバットソードが振りかぶられ、刃の軌跡がヘルホーネットファンガイアを捉えた。


「あっ、先生、ダメだ!」


悠二が叫ぶが、もう遅い。
ヘルホーネットファンガイアはザンバットソードの射程圏から消え、奏夜の後ろに回り込んでいた。


シャナと戦った時と同じ、超高速だ。


「貰ったぞ!」


毒針が煌めき、奏夜の背中に突き立てられる。



「ふーん、成る程。そういう能力か」


奏夜は後ろ向きのまま、毒針は避けた。


「なっ!?」


驚くヘルホーネットファンガイアの隙を突き、回り込んで後ろを取る奏夜。
だが、その標的はヘルホーネットファンガイアではなかった。


ルホーネットファンガイアの後方――“何もない虚空”に向かって剣を振り下ろしたのだ。


「ぐあっ!?」


何もないはずの場所から呻き声が発せられた。
虚空が歪み、そこから何と、“ニ体目のヘルホーネットファンガイア”が現れた。


「バ、バカな! 貴様、何故私がここにいると……」


斬りつけられた箇所を抑え、ヘルホーネットファンガイアが吠える。
同時に、さっきまで戦っていた一体目のヘルホーネットファンガイアが霞のように景色へ溶けていった。


「テンプレートなセリフをありがとう。だが俺に、そんな子供騙しは通用しない」
「! い、今の一瞬で、私の『破壊の音楽』を、見切ったと言うのか!?」
「ああ、見切るほどのもんでもないさ。坂井も気づいてたみたいだしな」


すっ、と奏夜はヘルホーネットファンガイアの透明な羽根を指差す。


「お前の能力は超高速じゃない。 その羽根を摺り合わせることで発生する音波とリズムで、相手の脳に暗示をかけ、方向感覚や距離感、果ては視覚情報を支配することだ。さっきの超高速も、その応用テクニックに過ぎない」


つまり、今まで見えていたヘルホーネットファンガイアは、シャナや悠二の認識を惑わせて、あたかも『そこにヘルホーネットファンガイアがいる』と認識させることで生まれた幻覚。
本物もまた、『そこにヘルホーネットファンガイアはいない』という暗示をかけて姿を消し、背後等から攻撃。


幻覚が、本当に攻撃しているように見せていたのだ。


「この電波塔に呼び出した理由も説明がつく。このデカいパラポラアンテナは、認識操作用の音波を拡大するにはもってこいだ。魔皇力を広範囲に伝達させ、街中の人間を操作することも出来る。
――ま、直接操るわけじゃないから、単純な命令しか下せなかったみたいだけどな」
「し、しかし、タネが分かったとしても説明がつかぬ! 貴様は何故、私の暗示が効かんのだ!?」
「いや? バッチリ効いてるぜ? さっきのさっきまで、俺にはお前が超高速したように見えていた」
「ならば……」
「だから言ったろ。“俺”には効かないってな。例え認識をズラしても、お前が奏でる醜い『心の音楽』だけは明確にお前の位置を教えてくれる。いくらなんでも、第六感までは騙せねぇだろ?」
「そ、そんな感情論如きで私の『破壊の音楽』が破られたと言うのか!」
「信じないのは勝手だが、俺がお前の能力を破っているのは事実だ。何なら、もう一度試してみるか?」


ぐっ、とヘルホーネットファンガイアは押し黙る。
片や奏夜は、ヘルホーネットファンガイアに向けて、指を三本立てる。


「お前の罪状は三つだ。一つ、王の代行者への反逆。二つ、何の罪もない街の人々を戦いに巻き込んだこと。そして三つ――」


奏夜は一気に声の調子低くする。


「この俺の前で、人を幸せにするためにある音楽を――不幸せにするために使ったことだ」


ヘルホーネットファンガイアを鋭い眼光が貫いた。





「許せないな。てめぇ、音楽を何だと思ってやがる?」





奏夜の瞳は、燃えるような激情に満ちていた。
反抗心を食い尽くすような威圧感は、その場にいる者全てを畏縮させる。
刺すような圧力に、大気が震えているような錯覚さえ覚える。




それは紛れもない――シャナと悠二も初めて見る、奏夜の“怒り”だった。




「き、貴様――!」


ヘルホーネットファンガイアもまた、奏夜の気迫に呑まれていた。


(なんだ、こんな、こんな完全なファンガイアでもない紛い物の王に、何故私が恐怖しなければならない!?)


有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!
こんな脆弱な肉体のどこに、こんな力があるのか、理解できなかった。


「貴様、何者だ!」


そんな意味のない質問に、奏夜はシニカルな笑みを作る。


「では、改めて名乗らせてもらおうか」


奏夜はザンバットソードを消し、声を張り上げる。


どこか誇るように。
そうある自分自身に、何の後悔もないように。



「俺は紅奏夜」


ゆっくりと、奏夜は右手を掲げる。





「またの名を、ファンガイアの王、キバ!」





金色のコウモリ、キバットバット三世が飛来し、奏夜の右手に収まる。


「行くぜキバット!」
「ああ、キバッて行くぜ! ――ガブッ!」


キバットが左手に強く噛み付く。


キバットの牙を介し、奏夜の体内にアクティブフォースが流れ込み、顔にはステンドグラスの紋様が浮かび上がる。
腰に鎖が巻き付き、赤い止まり木『キバットベルト』に変わった。


キバットを前に突き出し、奏夜は叫ぶ。





「変身!」





キバットがベルトに止まり、奏夜の身体を光の鎖が包む。
鎖が弾け飛んだ時、そこに奏夜の姿はなかった。
赤いカラーリングのボディに、ルシファーメタルに封印の銀『トライシルバニア』を加工した甲冑『キングシングレット』。
身体を血脈の如く流れる魔皇力供給器官、『ブラッドベッセル』。
身体中に巻き付く封印の鎖『カテナ』。
右足に装着された地獄の門の名を冠す拘束具『ヘルズゲート』。
コウモリを模した仮面『キバ・ペルソナ』が輝き、変身完了。






人間とファンガイアを守る戦士、仮面ライダーキバの姿が、そこにはあった。





シャナと悠二は、驚愕に息を飲んだ。


「……うそ」
「先生が……」





『キバ!?』





キバは一瞬だけ二人を振り返り、すぐにヘルホーネットファンガイアに向き直る。
今までそうしてきたように、王の判決を告げた。


「断罪の牙の下、転生の輪廻に沈め!」


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  1. 2012/03/30(金) 22:11:51|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第十四話・再演/天才の贈り物.前篇


「紅、音也だ」


名乗りを上げ、奏夜――否、音也はヘルホーネットファンガイアと睨み合う。


「……ふん。まぁいい、魂は違えど、貴様を始末することに変わりはない」


ヘルホーネットファンガイアは、意識を失ったシャナの右腕を掴み上げる。


「御崎市の電波塔まで来い、私はそこで待つ」


そう言い残し、ヘルホーネットファンガイアの姿は、シャナごと金色の光となって消えていった。


「……ハァ、面倒なことになってんなぁ」


ファンガイアが消えた虚空を見ながら、奏夜はダルそうに頬を掻く。


『紅音也』
「あん?」


足元から声がした。


「おやおや、遂にオレの名はコンクリートにまで轟いちまったか」
『……その軽口も、久方ぶりに聞くと勘に触るな』
「はっはっは、ジョークだジョーク」


言いつつ音也は、シャナが――恐らくは掠れる意識の中――外したであろう、コキュートスを拾い上げ、目の前にぶら下げる。


「久しぶりだな、堅物魔神。またお前の辛気臭い声を聞くとは思わなかったぜ」
『ああ、我も貴様の腹ただしい軽口を、再び聞くことになろうとは思いもよらなかったぞ、紅音也』


――紅世の魔神と希代の天才。
再会の文句は、二人とも毒からだった。


◆◆◆


「――う」


悠二が目を覚ますと、薬品の匂いが鼻をついた。


(――保健室?)


背中にベッドの感覚もある。
眩しい照明の光を右手で遮りつつ、状況把握のため、悠二は頭を整理していく。


(えと、授業抜け出して、ファンガイアが来て、攻撃に巻き込まれて、シャナが……)


直ぐ様、ベッドから飛び起きる。


「そうだ、シャナは!?」


慌ててベッドから這い出る悠二を、くぐもった声が呼び止める。


『坂井悠二』
「え、あ、アラストール? あれ、どこから話してるんだ?」


『枕の下だ』


今まで頭を乗せていた枕の下を探すと、見慣れたペンダントが出てきた。



『あ奴め、話し終わった矢先、枕の下に隠していきおって……』
「? 何が?」
『いや、こちらの話だ。坂井悠二、どこまで状況を覚えている?』
「ええと、あいつに吹っ飛ばされたあたりまで」
『うむ。あの後の話だがな、シャナがあのファンガイアに捉えられた』
「えっ、ど、どういうことだよ!?」
『そのままの意味だ。キバをおびき寄せるため、あの子を使う気だろう。電波塔で待つと言っていたが……』


淡々と告げるアラストールに対し、悠二の思考は焦燥に塗り潰されていく。


「……まずい、早く行かなきゃ!!」


次の瞬間には、悠二はコキュートスをひっ掴み、保健室を飛び出していた。
アラストールが何か言っていたが、悠二の耳には入らない。


(シャナ……シャナ!)


シャナの安否、それだけを思い、悠二は冷静さを欠いていた。
校門前まで来たところで、ようやくアラストールが制止が届く。


『落ち着け。あの子にも言われただろう、貴様が行って何になる』
「っ……でも!」
『とにかく頭を冷やせ。何もするなとは言っておらん。先ずは、『弔詞の詠み手』とあの白騎士に会うべきだ』
「名護さん達に?」
『うむ。『弔詞の詠み手』は怪しいが、あの白騎士ならば、協力も望めよう』


こちら側に戦力が無い以上、助けを求める。至極妥当な案だ。


けれど、


「……それしか、僕に出来ないのか?」
『………』


アラストールの提案に、悠二は悔しさに拳を握り締めた。


「助けを呼びにしか、行けないのか?」


無力さを嘆くように、悠二は気持ちを吐き出していく。


出来るなら、今すぐにでもシャナの元へ向かいたいのだろう。
アラストールもそれはわかっていた。


(だが、現実にそれは通じぬ)


ここで悠二を止めなければ、シャナを助け出すことはより困難になる。
だからこそアラストールは“悠二”のためにも、厳しい言葉をかけた。


『――ああ、そうだ』
「そうそう、やめとけ。お前の力じゃ勝負にもならん」


だが、かかった声は一つでは無かった。
悠二が振り替えると、いつの間にか校門脇の壁に、一人の男性が寄り掛かっていた。


「……先生」
「いや違う。オレ様は通りすがりの愛の天使だ。そう言わなかったか、少年?」
「そうですか。なら、僕は忙しいので失礼させて貰います」


今、悠二にこの奇妙な状態の奏夜を相手にする余裕は無かった。


「くっくっく、つれないねぇ」


歩き去ろうとする悠二を見ながら、奏夜は心底楽しそうに相好を崩した。


「まぁ確かに、忙しいのは当たり前だな。呼び止めて悪かったよ」




自分じゃ何一つ出来ない、無力な少年くん。




ぴたり、と悠二は足を止めた。


「ほらほら、さっさと行けよ。あのイクサ泥棒のガキなら、このくらいどうにかしちまうだろうさ。お前みたいなただの坊やは、裏方役がお似合いだ」
「……何が言いたいんです?」
「別にぃ? ただ、情けないと思うだけさ。惚れた女一人助けようとしないなんてな」


思わず、悠二は奏夜の胸倉を掴んでいた。


以前にも、こんなことはあった。
ただ、以前は確実に自分の落ち度だったが、今回は違う。


「何の真似だ? オレは当然のことを言ったまでだぞ。あの化け物のトコに行くなんざ、愚の骨頂だ。お前は助けを呼んだら、どっか安全なとこでじっとしてろ」
「……っ、じっとしてるなんて、出来るわけないだろ!?」
「じゃあ聞くが、オレから離れて何処に行こうとしてたんだ?」


奏夜の質問に、悠二は押し黙る。
燻る思いこそあれど、あのまま奏夜が呼び止めなかったら……。
自分は、名護やマージョリーの元へ、足を動かしていた。


「そうだろ? 認めろよ、そいつがお前の本心だ。戦略だの、力の無さだの、もっともらしい理由をつけて、お前は結局あの娘を助けにいく自信が無いんだ」
「そんな、こと……」


ない。
そう言い切れるだけの正しさも強さも、悠二の中には無かった。
奏夜は悠二の腕を払い、伝える。


「お前は、あのイクサ泥棒のガキと違って、遊び心を持つだけの余裕がある。
力も、まぁ、その歳にしちゃなかなかだ。けど、強くなるにはまだ足りない」


奏夜は、悠二の目先に指を突き出す。


「覚悟だ」
「かく、ご?」
「そうだ。大切な人のためになら、何でも投げ出せる覚悟。投げ出した結果、誰かを傷付けたとしても、その傷すら背負う覚悟だ」


悠二は、呑まれていた。
普段から、奏夜の言うことには含蓄がある。
だが、今の奏夜の言葉には特に、まるで吸い込まれるような力があった。


「人間、覚悟さえあれば大抵のことはできる。吸血鬼の王をブッ飛ばすことだって夢じゃない。オレがその生き証人……いや、この場合死に証人か。どっちでもいいけどな」


さて




「お前にはあるのか? それだけの覚悟が」




「………」


悠二は即答できなかった。


彼女のために強くなろう。そう誓ったことはある。
でも、それは果たして、本当に心からの決意だったのだろうか。


(もし、僕にそれだけの覚悟が無かったら……)


そう考えると、自分がとても恐ろしいものに思えてきてしまう。


――この質問に、軽々しく返事をしてはいけない。故に悠二は、口を開けなかった。


「……ま、お前さんにはちょっと難しい話かもな」


奏夜が頭を軽く掻き上げた。


「誰かを頼るのを否定するわけじゃない。だがもし、お前が自分の力であの娘を救いたいなら――」


言いつつ、奏夜は悠二に“ある物”を押し付けた。


「!! これって……!」


「オレ様からのプレゼントだ。コイツを上手く使えば、お前さんでもあの娘を助けられる、かも知れん。あとは、お前の覚悟次第だ」


最後に、軽く悠二の肩を叩き、奏夜は立ち去っていった。
悠二はその後ろ姿を呆然と見送り、次に奏夜から手渡されたものに目を落とした。


「――何なんだよ。僕に、一体どうしろっていうんだ」


誰にともなく、悠二は問う。
だが、答えは無い。
そんな悠二を見て、アラストールは、


(まったく、余計なことをしていきおって……)


心の中だけで、こっそりと不満を漏らした。


◆◆◆


「さて、もうそろそろ、こちらに向かっている頃か……」


御崎市内の電波塔。
市の中央付近に位置し、高層ビルの少ない御崎市では五指に入る高さという、それなりに大規模なもの。
それに隣接する、コントロール用施設の屋上に立ち、ヘルホーネットファンガイアは、御崎市を一望していた。


「では、始めるとしよう。最高のショーをなぁ」


口角を吊り上げ、ヘルホーネットファンガイアは透明な羽を広げた。
羽は残像を見せるほどに振動し、高く耳障りな音を生み出す。
空気の震えに乗って、その怪音波は御崎市全域に伝達されていく。


「人間どもよ聞くがいい……我が『破壊の音楽』を!」


◆◆◆


「ぐっ!?」


名護啓介はその日、『マル・ダムール』にいた。


バウンティ・ハンターとしての仕事を滞りなく終え、いつものようにコーヒーを啜り、至福の一時を過ごしている……はずだった。


「な、にを……する!! マスター!」


マスター、木戸はその質問には答えず、ただ名護を押さえつけ、彼の首を絞めようとする。


――突然のことだった。
普通に皿洗いをしていたマスターが、いきなり目の色を変えたかと思うと、名護に襲い掛かってきたのだ。
マスター以外にいた他の客も、力のないふらふらした足取りで、名護に向かってくる。


(ファンガイアか、それとも“徒”の仕業か……っ!? どちらにせよ、マスターも他の客も、普通の状態じゃない!)


早く、状況を把握しなければ。


「マスター、すまない!」


マウント体勢のマスターを蹴飛ばし、無理やり引き剥がす。
マスターは机に激突したが、軽い打ち身程度だろう。他の客を振り切り、名護はマル・ダムールの外へ。
だが店外にも、大勢の人が待ち伏せしていた。


「くっ、戦うしかないか……?」
「ケイスケ!」


と、戦う覚悟を決めようとしていた名護にかかる声。
声の主は、握りられかけた名護の拳を一瞬で掴み、そのまま空中に舞い上がる。


「グッドタイミーング!」
『ヒャーハハッ! 無事だったかい? 白騎士の兄ちゃんよ!』
「――ああ、助かったよ、『弔詞の詠み手』」
「あら、えらく素直な礼じゃない」
『よく言うぜ、礼言わなかったら言わなかったでふてくされブッ!』
「お黙り」


グリモアで浮かぶマージョリーとマルコシアスのやり取りを、名護はぶら下がりながら聞いていた。
眼下には、獲物を探すかのように蠢く人の影。


「それより、状況を説明してくれ。一体何がどうなっているんだ?」
「どーもこーも、こいつは相手方の魔術でしょうね」
「魔術……ということは、ファンガイアか」
『そーゆーこった。俺達みたいに耐性があるヤツは大丈夫みてーだが、大抵のヤツは操られちまってる』
「ならば、御崎市の人間全員が操られているとみた方がいいな。手の込んだ真似を」
「手が込まなきゃ、こんなもの作れないわよ。……この分じゃ、ケーサクもエータも同じ状態か」


苦々しく、マージョリーが舌打ちした。


「『弔詞の詠み手』。何かこの魔術の解除法は無いのか?」
「魔術は専門外よ。見たとこ『操られていない人間を攻撃しろ』って命令をインプットしてるみたいだけどね……。時間かけりゃ理解はできるだろうけど、それまで相手が待ってくれる保証はないわ」
『こりゃ解除するよりも、これを仕掛けたクソッタレを潰した方が早そうだぜ』
「場所は分かるのか?」
「さっき気配探知で調べたわ。あの電波塔よ」


何故か同じ場所に、もう一人のフレイムヘイズの気配もしたのだが、それをマージョリーは口にしなかった。


「少しかっ飛ばすけど、勢いに負けて、手放さないようにね」
「ふん、誰に言っている」
『揺れますので、シートベルトをお付けくださぁい!! なんてな、ヒーッヒヒ!』


軽口を叩き合い、マージョリーの乗るグリモアは、空に軌跡を描いて宙を滑っていった。


◆◆◆


場所は移って、紅邸二階。
奏夜はバイオリン工房を見渡し、机の上に置きっぱなしだったバイオリンの原型に目をつけた。


手近にあったノミを使い、型を丁寧に削っていく。


――と、そんな奏夜を窓から覗く影があった。
キバットである。
手がないため、歯で「ちくしょう、開けこんにゃろ!」とぼやきながら、ようやく窓を開け、中に入る。


「おい、奏夜!」
「ん? おお、二世の息子。元気にしてたか?」
「……俺様をそう呼ぶってことは、やっぱりお前音也なんだな?」
「む。つまらんリアクションだな。もっと驚けよ」
「お前にゃ前科があるからな。……ってんなことはどうでもいいんだよ!
外がえらいことになってるんだ! 街のみんなが誰かに操られちまってる!」
「……ほう、ヤツも動いてるってわけか」


音也はノミを置いた。


「二世の息子、よく聞け。お前らも知ってるフレイムヘイズのガキが拐われた」
「んなっ!?」
「敵はハチみたいなファンガイアだ。御崎市の電波塔にいる。理由は分からんが、キバを狙っているらしい。オレが身体から離れたら、奏夜にそう伝えろ」
「ちょ、ちょっと待て!! お前が何でシャナちゃんのことを……」
「悪いが、説明してる時間はない。じゃ、頼んだぜ」


キバットが止める暇もなく、奏夜は膝から崩れた。
次に目を開けた奏夜の雰囲気は、いつものものだった。


「え? あ、あれ? 俺、何で家に戻って来てるんだ?」
「奏夜、大丈夫か?」
「キバット? 俺、一体何を……」


奏夜が言いかけたところで、一階から物音が聞こえてきた。
二階から見てみれば、子供から大人十数人が、紅邸に押し寄せていた。


「うぉっ、何だありゃ!? 目がヤバイ人達が怒涛のように家宅侵入してきてるんだが!?」
「話はあとだ! 今はとにかくキバッて逃げるぞ!」
「何故に!? 話の脈絡がまるで見えないんですけど!」
「いいから早く!!」
「……あー、畜生っ!」


舌打ちし、奏夜は窓から飛び出しかけるが、


「……っと、これだけは置いていけないな」


ケースに入っていたバイオリン、ブラッディローズを掴む。
人々が二階まで上がってきた。
その様子を横目に捉え、間一髪、奏夜は窓から飛び降り、紅邸を脱出した。


「わけわかんねー! いつから御崎市はラクーンシティになったんだよ!」


◆◆◆


「いつから御崎市はラクーンシティになったんだー!」


同時刻、悠二は追ってくる人々から逃げながら、奏夜と同じツッコミをしていた。


『恐らくは魔術の一種だろうな。キバ以外の敵を効率良く始末するためだろう』


悠二の首にかけられたコキュートスから、アラストールの声がする。
奏夜と別れ、これからどうするかを決めていた矢先、悠二は操られている人々の襲撃を受けた。


以後、ほとんどノーインターバルで走り詰めだった。


「キバは、もう電波塔に着いたかな?」
『どうだろうな。ただ、存在の力の大きな衝突は、今のところ無い。ところで坂井悠二、お前は今、何処に向かっているのだ?』


悠二は少し黙って、


「電波塔だよ」


と答えた。


『……坂井悠二』


呆れるように溜め息をつくアラストール。
当然だろう。あれだけ、助けを求めにいけと言ったのに。


(ああそうさ。僕はただの分からず屋で、身の程知らずなガキだ)


悠二自身も、そう思っていた。でも、


「操られた人がこんなにいるなら、もうマル・ダムールにはたどり着けないよ。
ここまで大きな騒ぎになったら、いくらなんでも、名護さんやマージョリーさんは動いてるはずさ。だったら、向こうで合流できるかも知れないだろ?」
『……む』


確かにそれはそうだ。
マル・ダムールに行くよりは、電波塔の方が近い。
もし名護やマージョリーがいるなら、むしろ危険は減るだろう。


「それだけじゃ、ないけどさ」


小さな声で悠二は付け加えた。
アラストールはまた呆れかけたが、声には出さず、代わりに深い溜め息をついた。


『わかった。もう何も言うまい。状況を見ても、それが最善だろうからな』
「ありがと」


悠二が礼を言ったのを最後に、二人はしばらく互いに話さなかった。
襲い掛かってくる人をやり過ごしつつ、悠二はようやく電波塔前に辿り着いた。


悠二は目を閉じ、シャナの気配を探る。


(よし、ここまで来れば、気配は分かる)


シャナの位置を把握した悠二、だが直ぐ、唸るような声が背後から聞こえてきた。
操られたたくさんの人々が、悠二を取り囲み始めたのだ。


「くそっ、あと少しなのに……!」
「悠二君!」


と、悠二の頭上から声が聞こえてきた。


上空を見上げると、グリモアに乗ったマージョリーと名護が、悠二の眼前に降り立ったのである。


「名護さん! マージョリーさん!」
「無事だったようだね、良かった」
「まーたアンタはチョロチョロしてたのねぇ」
『ま、何にもしねーよりかはマシだがな、ヒッヒ』


言って、名護とマージョリーは周囲を取り囲む人々を見る。


「ほらほら、事情はなんとなくわかってるから、アンタはさっさとチビジャリ助けてらっしゃい」
「えっ、でも……」
『ヒヒ、俺達の都合だから気にすんなよ兄ちゃん。どっちにせよ、こいつらを黙らせねーと、目一杯暴れられねぇんだ。間違って殺したりすると、それだけで存在の歪みが出来ちまうからな』
「それに、彼らを人質にされたりするのも厄介だ。ここで食い止めよう。
悠二君、我々に構わず早く行きなさい」


悠二にはまだ葛藤があったようだが、躊躇いがちに頷いた。


「――分かりました。気をつけて下さいね」
「ああ、任せなさい」
「誰に言ってんのよ」


頼もしい言葉を聞き、悠二は電波塔へと入っていった。


「さあて、と。手加減はあんまし得意じゃないんだけどね」
『ヒャーッハハ! つい最近まで絶不調だったヤツの発言たぁ思えブッ!』


間髪入れず、グリモアをブッ叩くマージョリー。


「お黙りバカマルコ。それはそうとケイスケ、アンタあの白騎士になっときなさい。
あいつら、操られてる分動きにキレは無いけど、力はちょっと強くなってるから」
「――人間にイクサの力を使わないのが私のポリシーなのだが、まぁ、仕方ないか」


気が進まなそうに、名護は懐に手を入れる。


「……?」


怪訝そうに名護は顔をしかめ、彼にしては酷く慌てた様子で、服のポケットに手を突っ込みまくっていく。


「ケイスケ?」
『どうしたんでぇ?』


名護は呆然としたように、唇を動かした。


「……………無い」
『は?』




「イクサナックルが、無い……」




◆◆◆


施設内に、階段を駆け上がる音が反響する。


「この階のはずなんだけど……」


やたらに広い分、探すのが大変だ。薄暗く、石柱の多さに比例して物陰も多くなるため、見落としも起こる。
敵がいる可能性もあるから、早く探さなきゃならないのに。


「あのファンガイアもいるのかな」
『いや、屋上から動く気配は無い。当分は大丈夫だろう』
「ってことは、キバも来てないんだな。何やってるんだろ。……やっぱりこの前のこと、まだ引き摺ってるのかな?」
『さてな。だが、いない者のことを気にしてもいられまい』
「そりゃそうかも知れないけどさ……っ!?」


会話を途中で切り、悠二は柱の後ろに隠れた。


(シャナ!)


見つけた。張り巡らされたパイプの先、発電用の機械の傍らに、ぐったりと横たわっている。


『やはり、あのファンガイアの毒が効いているらしいな。あの子の力が弱まっている』
「だ、大丈夫なのか?」
「そこまではわからん。今は無事としか言えぬな。それよりもまず、“あれ”を見ろ」


アラストールの示す“あれ”とは、先ほどからシャナの周囲を巡回する三体のファンガイア、ワーカービーファンガイアだ。
ヘルホーネットファンガイアと似ているが、体色も違うし、若干小柄である。


『ヤツの分身態、といったところか』
「これじゃ近付けないな……よし」


奏夜から貰ったものを取り出しかけた悠二を、アラストールが止める。


『待て。確かにそれを使えば、あのファンガイア三体には勝てるかも知れんが、同時に親玉に感付かれるぞ。シャナが勝てなかった相手に、貴様が立ち向かっても結果は同じだ』
「じゃあどうするのさ!」


このまま待ち続けても、ヤツらが警戒を怠るとは思えないし、モタモタしていると、自分が見つかってしまうだろう。


「悠二く~ん」


踏み込めないでいる悠二に、後ろから小さな声がかかった。


「こっちこっち」


そこにいたのは、小さな白いコウモリだった。


「キ、キバーラ? 何でここに?」
「いきなり街の皆がおかしくなっちゃったから、シャナちゃんか悠二くんなら何か知ってるかなと思って探してたのよ。けど、それよりよっぽど厄介なことになってるみたいね」


キバーラはワーカービーファンガイアを横目で見る。


「わたしがあいつらの注意を引くわ。その隙にシャナちゃんを助けてあげて」
「――大丈夫?」
「余裕よ。あいつらは分身態だから、知能は高くないから」


本当なら、キバーラを危険な目に合わせたくない。
だが、明確な作成もない。


「……じゃあ、頼むよキバーラ。でも危なくなったらすぐ逃げてくれ」
「まかせて、トモダチのためだもん♪」


ウインクし、キバーラはワーカービーファンガイアの方に飛んでいく。


「鬼さんこ~ちらー♪」


――ギィィィッ!
反射的に反応したワーカービーファンガイアは、逃げ惑うキバーラを追いかけていく。


警備は手薄になった。


「今だ!」


キバーラに感謝しつつ、物陰から飛び出した。


「シャナ、大丈夫!?」


力無く横たわるシャナのもとに駆け寄る悠二。
軽く揺さぶると、シャナは目をゆっくり開けた。


「ゆう……じ?」


息は荒く、顔もやや紅潮しているが、それでもシャナは反応を示す。


「なん、で……悠二が、ここに?」
「助けに来たに決まってるだろ! さ、早く逃げなきゃ。キバーラが時間稼ぎをしてくれてるから」


悠二は手早く、シャナを後ろに背負った。
シャナが、毒とはまた別の意味で顔を赤くした。


「ば、ばか悠二、な、に……すんのよ……!」
「文句なら後でいくらでも聞くから!」


シャナはまだ何か言いたげだったが、毒がつらいのか、大人しく悠二の背中に身を預けた。


「悠二くん! シャナちゃん助けたなら急いで! あいつらが来るわよ!」
「うん!」


舞い戻ってきたキバーラと一緒に、悠二はその場から逃げ出した。


シャナは体躯通り、とても軽く、走る上で苦にはならない。ワーカービーファンガイアの鳴き声を振り払うように、悠二は走り続ける。
だが、


「……あれ?」


おかしい。
もう階段が見えてきても、おかしくはないはずなのに。
一向に周囲の景色が変わらない。


『気付いたか、坂井悠二』
「アラストール、これってまさか……!」
『ああ、不味いな。また魔術だ。同じ場所を何度も巡らされているぞ』
「えぇ!? ど、どうするのよ!」
『ひとまず隠れろ。物陰なら山ほどある』


アラストールの提案で、四人は柱が密集しているエリアに隠れた。


「どう? 悠二くん」
「無理みたい、ここから全然動く気配がないよ」


隠れてからも、ワーカービーファンガイアの鳴き声は止まず、この近辺を探し回っている。


「アラストール、そっちは?」
『ダメだ。清めの炎でも毒は消えぬ』


再びシャナの首にかけられたコキュートスから、アラストールが言う。
シャナの顔色は一向に良くならず、息づかいも荒くなる一方だ。


『解毒の術は、あのファンガイアしか分からぬだろうな』
「マズイわ、見つかるのも時間の問題よ」


キバーラの緊張は、三人にも伝染していく。
掴まれば、シャナが戦闘不能な以上、このままでは確実にやられてしまうだろう。


「……だい、じょうぶ」


か細い声に悠二が振り替えると、夜傘から取り出した『贄殿遮那』を杖代わりに、シャナが立ち上がるところだった。
だが、足は覚束なく、酷く頼りない。


「シャナ!?」
「はぁっ、わ、私、なら……戦える、から……」
「ダメだよ、君はもうふらふらじゃないか!」
「そうよシャナちゃん! その毒だってどんな特性を持ってるかわからないのよ!? いくらフレイムヘイズだからって、死んじゃうかも知れないわ!」
『勇気と無謀は違う。シャナ、お前も分かっているはずだろう』


満身創痍にも関わらず戦おうとするシャナを、三人が阻む。


「……じゃあ、他に、手が、あるの……?」


シャナの瞳は、どんなことがあっても退かないと語っていた。
気圧される三人を見て、シャナは安心させるように言う。


「……だい、じょうぶだよ、悠二、キバーラ、アラストール。わたしは、フレイムヘイズ、だから……。あんな奴らに、負けないから……」


果敢にもそう宣言し、シャナは紅蓮に染まりつつある目で、悠二を見つめ、微笑む。
それは――触れれば砕け散ってしまいそうな、今にも消えてしまいそうな、儚い笑顔だった。毒が回りつつあり、意識も朦朧としている筈。


だがそれでも、シャナは笑っていた。




「安心、して……。悠二も、皆も……私が、絶対に守るから」




「……っ!」


衝撃が、悠二の身体を貫く。


以前、悠二はシャナに頼んだ。
『皆を、守ってくれるかい?』と。
そう。シャナに皆を守ってくれるように頼んだのは、悠二だ。


彼女をこうあるように変えたのは、悠二だ。


シャナはその約束を果たすため、こうしてボロボロの身体を引き摺ってまで、戦おうとしている。
――だが、悠二の心の中に沸き上がったのは、喜びではなかった。


「――けるな」
「?」


小さくつむがれた言葉を、三人が認識するより早く、悠二は、





「ふざけるな!」





反響するのも構わず、シャナを怒鳴り付けていた。


キバーラは目を丸くし、アラストールも何も言わないでいるが、驚愕はしているらしい。
シャナもまた、自分が慕う少年が、どうしてこんなにも怒っているのかわからず、茫然自失とするばかりだった。


「僕は……僕はそんなつもりで、キミに『皆を守ってくれ』なんて言ったわけじゃない!!」


立ち上がろうとしていたシャナを、強引にまた座らせる。


「キミだって、自分の身体のことくらい分かってるだろ!? だったら何で戦おうとするんだよ! 何で死ににいくような真似をするんだよ!」
「だ、だって……」
「だってじゃない!」


溜め込んでいたものを吐き出すように、悠二は叫ぶ。


「キミも、大切なんだよ」
「……?」
「キミだって、僕にとっては皆と同じ、守りたい人なんだよ!」


普段滅多に聞かない、悠二の怒り。
それはまさに心の咆哮だった。
そこに気恥ずかしさなどは微塵も見られず、その剣幕には、シャナでさえ威圧するほどの、力強さがあった。


「なのに何でキミは、自分を守らないんだよ! 自分を大切にしないで皆を守ってもらっても、僕は全然うれしくない! たとえそれで、敵を倒せても、僕や皆が助かったとしても――」





そのせいでキミがいなくなったら、守れなかったのと変わらないじゃないか!





「………」


シャナは唖然とし、同時に、胸の奥から何か熱いものが込み上げてくるのを感じていた。
毒の痛みすら忘れるほどの熱を持ったその感情は、シャナの中に広がり、心を満たされていく。


(……なに、これ)


悠二を想う心とは違う、名前のつけられない感情に戸惑うシャナ。
片や、悠二は立ち上がり、物陰からゆっくりと出ていく。


「キバーラ、シャナをお願い」
「えっ、ゆ、悠二くん! ダメよ、キミが行っても……」


キバーラの静止も聞かず、自分の声に寄ってきたファンガイアと向かい合う悠二。


眼光は鋭く、迷いもない。
普段とは比べ物にならない雰囲気だ。


悠二の態度の裏には、あの奇妙な状態の奏夜が発した問い掛けがあった。


『お前にはあるのか? それだけの覚悟が』


そんなの、今更だろう。


(最初は覚悟なんて何も無く、僕はこの非日常に放り出された)


そしてシャナと出会い、彼女を助けたいと願った。もうとっくに、覚悟はしていたじゃないか。


(そうだ。だったら、力があるとかないとか、そんなもの関係ない)


結果なんか気にしても仕方ない。


(今はとにかく動けばいいんだ、理屈も何もなく、大切な人のために)


大切な人のためなら、何でも出来る。
それで、大切な人を守れるなら。


「――ああ。覚悟なんか、いくらでもしてやるさ」


深い決意が刻まれた悠二の目に、三体のワーカービーファンガイアは、怯えていた。
今までは確実に『狩る』側だった自分達が、いつの間にか『狩られる』側に回った、そんな悪寒に苛まれていた。


――力に頼るものは、それ以上の力を持つものに、逆らう術を持たない。


悠二は無言のまま、懐から、奏夜から貰ったものを取り出した。
悠二の手に握られているのは、白と金色の装飾がされた手甲型の機械――イクサナックルだった。





「シャナに、僕の大切な人達に、手出しはさせない!」






悠二は腰にイクサベルトを巻き、イクサナックルに、左手を押し当てる。


『レ・デ・ィー』


待機音が流れ出し、悠二はまるで何処かのヒーローの如く、右から左へイクサナックルをスライドさせる。


――図らずもそれは、26年前、このイクサを最も使った男と同じポーズだった。


そして悠二もまた叫ぶ。


無力な自分を捨て去る、魔法の言葉を。





「変身!」





『フィ・ス・ト・オ・ン』


電子音と共に、足下から、イクサナックル内に圧縮されていたアーマーの映像が現れ、悠二の身体と重なった。
――純白の鎧を身に纏い、悠二は仮面ライダーイクサへと変身を遂げる。
名護の変身時とは異なり、イクサメットの防護装甲『クロスシールド』は展開されておらず、セーブモードでの変身だった。


「着心地は、悪くないな」


イクサはワーカービーファンガイアに手を突き出す。伸ばした指を自分の方へ曲げる姿は、完全に相手を挑発していた。


「さぁ、かかってこい!」


自分を鼓舞するように、イクサは宣戦布告する。
三体のワーカービーファンガイアは雄叫びを上げ、イクサへ襲い掛かっていく――
  1. 2012/03/30(金) 22:11:16|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第十三話・英雄/天才再臨.後篇

翌日。御崎高校への通学路。


昨日の奇妙な状態から回復した奏夜は、来る途中で会ったシャナ、悠二と共に、通い慣れた道を歩いていた。


「先生、あれから体調はどうですか?」


隣を歩く悠二も、奏夜を気遣っていた。


「ああ、絶好調だよ。お陰様でな」
「いや、僕が言ってるのは違うことなんですけど」
「……うーん、本当に俺がそんなことしたのか?」
「私は軽く胸触られかけたけど」
「……スミマセン」


未だに根に持っていらっしゃる。
こんな事実が証拠なんて、相当にイヤな話だが、事実は事実なので素直に謝罪。


「恵さんから聞きましたけど、前にも似たようなことがあったんですよね」
「ああ。四年前にな、数日で元に戻ったけどさ」


――そう言えばあの時は、ずっと悩んでたヴァイオリンの型が作れてたりしてたな。
アレを誰がやったのかはわからないが、今の奏夜からしても相当な腕だった。


「あんまり無理しないで下さいね。気分悪かったら早退もしなきゃいけないし」
「ん。合点承知」


言いながら、三人は通学途中のガード下に差し掛かる。
――と、前からガラの悪そうな三人組の青年が歩いてきた。


「!! テメェ!」


三人のリーダー格と思わしき青年が、奏夜に食って掛かる。


「あん?」


奏夜はダルそうに青年を見る。


「テメェ、あん時はよくもやってくれたな!!」
「……どちらさんで?」
「なっ、テメェ、忘れたとは言わせねーぞ!」


言いつつ、顔の青アザを指す青年。
――奏夜は記憶の彼方だが、彼らは以前、奏夜が迷子のソラトを救った際、叩き潰した不良グループである。
ソラトやティリエルのことは、奏夜もあまり良い思い出ではないので、無理からぬことかも知れなかった。


なので、こう答える。


「すみませんね。たった一話かそこらで、しかも原作じゃ退場してそうな駄キャラなど、いちいち覚えていられないもので」


ブチリと青年の血管が切れた音がした。


「ちょ、先生!」
「奏夜。手がいるなら貸すわよ」
「下がっとれ坂井。平井も、お前が出るまでもないさ」


慌てる坂井と、青年を不快そうに見るシャナを制し、奏夜は前に出る。


「今日は授業がある上、朝方でテンションが低いんだ。来るならさっさと来い」
「な、なめんじゃねぇぞコラァ!!」


青年の拳が、奏夜を捉える。
不調とはいえ、奏夜からすれば止まっているに等しいパンチ。
そのはずだった。


「!!」


――突如、自らの身体の支配権が奪われる。


(がっ――ま、またかよっ!?)


自分を襲う奇妙な感覚に負け、奏夜の顔に青年のパンチが叩き込まれた。


「先生!!」
「奏夜!!」


悠二とシャナが飛び出しかける。
青年が爽快感にニヤリと笑う。
――だがすぐに、その表情は驚愕に変わる。


奏夜が拳の入ったまま、青年の腕を思い切り掴んだのだ。


「っが!?」


凄まじい力で圧迫された腕を押さえ、青年は仰け反る。
顔を苦痛に歪ませた青年を見て、奏夜は挑発的な目線を作った。




「世の中に、嫌いなものが二つある。
糸こんにゃくと、ア・ホ・な・ガ・キ・だ」




奏夜は青年を指差しながらそう言った。
口調の変わった奏夜に、その場にいた者は呆気に取られる。


「よくそんなバカ面下げて、拳を振るおうなんて思えるもんだ。これ以上何かするなら、その残念な顔が更にブサイクになるぞ」
「っ、この野郎がぁぁ!!」


再び拳を突き出す青年。
奏夜は難なくそれを避け、続けざまに青年の脛を蹴った。


「いぎっ!!」


足を抱え踞る青年の背後から、残りの二人が襲い掛かってきた。
だが奏夜は、意地の悪そうな笑みを崩さず、今度は攻撃が決まるよりも早く、二人の頭を掴んで勢いを止め、そのまま互いの頭を打ち付けさせる。


「どうした、もう終わりか?」


ゆっくり近付いてくる奏夜。


「うがー!!」
「う、うわあぁぁぁ!」


脅すように奏夜が手を上げると、不良グループは情けない悲鳴を挙げながら逃げていった。


「ふん、可愛げも張り合いも無いガキだ」


奏夜は余裕の表情のまま、シャナと悠二を振り返った。


「大丈夫か、若人達よ」


二度目の奏夜の変貌に、悠二とシャナはただ頷くしかなかった。


「よろしい。んじゃ、オレはこれにてお役御免だな」
「は? ちょ、ちょっと待って下さい先生! 学校どうすんですか!」
「学校? オレ様の可能性は、狭い学舎に収まるようなものじゃあない」


悠二の制止も聞かず、奏夜は学校とは逆方向に歩き去ろうとする。


「待って」


張りのある声と共に、シャナが奏夜を睨む。
その瞳は警戒心に彩られていた。


「何だ嬢ちゃん。残念だが、お前さんの歳で逆ナンはまだ……」
「お前、誰?」


シャナの一方的な、だが強い物言いに、奏夜は言葉を切った。


「お前、奏夜じゃない。全然違う」
「……ほう」


奏夜は心の中で、密かに感嘆する。


(恐らく根拠は感覚からだろうが、フレイムヘイズとしては合格点だな)


知らず知らずに、表情が緩む。
――マティルダの約束は、果たされたわけだ。


「そうだな。強いて言うなら、通りすがりの愛の天使ってトコだ。別に覚えなくてもいい」
「っ、ふざけないで! 早く奏夜を返しなさい!」
「はっはっは、そうカッカしなさんな。何せ、せっかく“未来”に来たんだ。この身体を使うのは気が引けるが、もう少しゆっくりさせて貰ってもらうさ」


今度は振り返らず、奏夜はシャナと悠二を置いて歩き去ってしまった。


「シャナ、先生が先生じゃないって、どういうこと?」
「……そう言うってことは、悠二は何も感じなかったのね」


とは言え、悠二は力の流れを感じられるようになって間もないから、仕方ないのかも知れない。


「“存在の力”の質が違うの。似てるけど、奏夜のものとは違う。……まるで身体は同じで、心が違うみたい」
「心が違うって……じゃあ、あの変な状態の先生は、先生と違う人格なのか?」
「あくまで例え話よ。それこそ昨日の幽霊話じゃあるまいし」
『……幽霊、か』
「アラストール?」


コキュートスから聞こえてきた物憂げな声に、シャナは違和感を覚える。


『シャナ、坂井悠二。あの紅奏夜は、しばし保留としておけ』
『えっ?』


シャナと悠二は、驚きに目を見合わせた。
アラストールが、“徒”と関わりそうな事象を見逃すなど、信じられなかったのだ。


『すまんが、まだ理由は言えぬ。だが、この状況を見過しても、紅奏夜に害が及ぶことはない。それだけは我が断言しよう』
「……アラストールがそう言うなら、いいけど」


悠二が言って、シャナは納得仕切れていなさそうだったが、一応は「わかった」と同意する。


(――それにしても)


アラストールは心中、疲れたように嘆息する。


(我の契約者が変わろうが、貴様は変わらず、自分の道を行くのだな)


そう考えて、彼は苦笑のような呟きを漏らした。


「変わらず――貴様は気に食わぬわ」


アラストールの小さな笑い声は、僅かな嬉しさを帯びていた。


◆◆◆


「へぇ。奏夜のヤツ、教師なんてやってるのか」


シャナと悠二の前から立ち去った奏夜は、自分のバックの中身にあった資料をめくっていた。
口元には、嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


「元気かどうか不安だったが、あいつも立派にやってるみたいだな。感心感心」


資料をしまって、奏夜は座っていたベンチから立ち上がる。


「しかし、よりによってマティルダの次世代と一緒とはなぁ……。くっくっく、これだから世の中は面白い」


さて、これからどうするか。一先ず思案顔になる奏夜。


(あの堅物魔神と、昔話に花を咲かせるのも悪くないが、奏夜とあいつらの関係もよくわからないしな……)


余計な真似をして、奏夜に迷惑をかけてしまうのもつまらない。
となれば――、


「やれやれ、気は進まんが、あいつらにも礼は言っておかないと寝覚めが悪いな」


行き先を決め、奏夜は歩き出した。


◆◆◆


御崎高校一年二組。
明け透けに退屈そうにする少女が一人。


(……暇)


授業は三時間目、今さら学ぶものの無いシャナは、面倒くさそうに目を擦った。
隣の悠二はノート取りに必死なため、余計に億劫だ。


――そんな必死にならなくても、一言言えば教え……、


(っ! な、何を馬鹿なことを……)


自分が何を考えようとしていたかに気付き、シャナは染めた頬を隠そうと、窓の方に視線を反らした。


「!!」


突如、シャナが跳ね上がるように、席から立った。
教師の授業内容しかなかった教室に、椅子の足と床が擦れる音は、いやに響く。


「ひ、平井?」


一体どうした、と教師が聞くより早く、シャナは悠二の首をひっ掴み、教師から飛び出した。


「ぐえっ、シャ、シャナ! 首、首が絞まる! なんか西部劇みたいになってる!」


しばらく廊下をずるずると引き摺られ、悠二はようやく解放された。


「悠二、気付いてる?」
「げほっ、げほっ、あ、ああ。屋上に現れた気配だろ?」


引き摺られる必要性はわからなかったが、連れ出された理由はわかっていた。


御崎高校屋上。
身体を駆け抜けた感覚が、“敵”の来訪を告げていた。


「“徒”かな?」


走りながら、悠二が聞く。


「わからない。ファンガイアかも」
『いずれにせよ、気を抜いてはならん。屋上から場所を変えぬ理由はわからんが、何か狙いがあるはずだ』
「うん」


シャナは階段を駆け上がり、屋上のドアを蹴破った(ちなみにラミーの時と合わせ、これが二回目である)。


風が吹き抜ける爽やかな空が広がる。
しかし、その風景のただ一点、ステンドグラスのような皮膚をした異形が、せっかくの情緒を塗り潰していた。
背中から透き通るような羽根を生やし、人間でいう目の位置には黒い複眼。
右手首から延びている銀色に輝く針は、見る者を戦慄させるには十分な凶器。


まるで蜂のような姿の異形――ヘルホーネットファンガイアは、自らのテリトリーに踏み込んできたシャナと悠二を、目で捉えた。


「……ほう。キングがかかると思っていたが、フレイムヘイズと“零時迷子”の方か」


シャナと悠二は警戒心を強めた。


(僕のことも、シャナのことも知ってる……)


思わず、胸の灯火に目を落とす悠二。
彼の傍らで、シャナが口を開いた。


「お前、ファンガイアね。わざわざこんな不恰好に姿を見せて……狙いは何?」
「貴様らフレイムヘイズに構っている暇などない。我が目的はただ一つ、キバの抹殺だ」
「!!」


キバの名に反応したシャナと悠二に、ヘルホーネットファンガイアは、口角を吊り上げた。


「やはり、キバを知っているらしいな。ここに来たのも、まんざら無駄足でも無かったようだ」
「どういう意味?」
「意味だと? ……ああ、そうか。貴様らは知らないのだな。良いだろう、ならば教えてやる」


滑稽だとでも言うように、ヘルホーネットファンガイアはその事実を告げた。


「キバは、この御崎高校の中にいるのだよ」
「!?」
「な――!」


予想だにしなかった言葉に、二人の身体を衝撃が駆け抜けた。


あのキバが、こんな身近にいる。信じがたいが、ここでヘルホーネットファンガイアが嘘をつく理由もわからない。


「だからこそ、この学校にいる人間には利用価値がある。何せ、キバが見知った人間ばかりだからな。一人二人だけでも、十分効果が望めるだろう」
「っ!! お前、みんなをどうするつもりだ!?」


言葉の意味を本能的に察知し、悠二は思わず叫んだ。


「知れたこと。キバをおびき寄せるも良し、人質に使うも良し、目の前でライフエナジーを喰らうというのも悪くないな」


その宣言には何の感慨もなく、ましてや情などというものは皆無だった。


(――最悪だ)


ここでこいつを逃すわけにはいかない。
結論付け、シャナが手を掲げると、指先に灯りが点った。


「封絶」


赤いドーム状の光『封絶』が、屋上一帯を覆い、世界の因果から切り離す。
シャナの瞳と髪が紅蓮色に染まり、煌々と燃える火の粉が弾けた。
続けて、黒衣『夜傘』から大太刀『贄殿遮那』を取り出し、構える。


「お前は――ここで討滅する!」
「血気盛んだな、『炎髪灼眼の討ち手』。まぁ良かろう、前座には丁度いい。
――ドラグ様への、勝手な行動の詫びにもなるだろうからな」


片腕の針を構え、ヘルホーネットファンガイアの目にも戦意が宿った。


「悠二、下がってて」
「えっ? でも……」
「悠二。悠二が出来ることを、悠二自身が考えて」


シャナが言ったのは、愛染兄妹の時と同じことだった。
悠二がはっとしたような表情になり、頷いた。


「――わかった。気をつけて」
「うん」


悠二は一歩下がったのち、シャナはヘルホーネットファンガイアに切っ先を向け直す。


――再び、非日常が始まろうとしていた。


◆◆◆


――時間は少々遡り、キャッスルドラン内、ドランプリズン。


「あ、娘が生まれるだって。力、子供のピン取って」
「次はオレだな、『宇宙人と友達に、20000円貰う』。……最近の人生ゲームは、随分突拍子のないマスがあるな」
「……おれ、いえが、たいふうに」
『御愁傷様』


嘆く力に、次狼とラモンが合唱する。
いつものように、三人はお茶とお菓子をつまみながら、ゲームに興じていた。


「ねぇねぇ、そう言えばさ、お兄ちゃん、まだ立ち直れてないのかな?」


ゲームの最中、ラモンが思い出したように言う。


「結構堪えてたみたいじゃなかった? この前の“徒”のこと」
「しょう、しん」
「そう騒ぎ立ててやるな。あいつもいい加減ガキじゃないんだ。自分のことは自分で決められるだろう」


そこまで言って、次狼はふと、虚空を睨んだ。


「――噂をすれば、か」


回廊の方からコツ、コツと足音が響き、三人のいる部屋の前に人影が現れた。


「よう奏夜、今日は平日だぞ、学校はよかったのか?」
「………」
「……? 奏夜?」
「お兄ちゃん?」
「どう、した」


何も答えない奏夜を、三人は怪訝そうに見つめる。
奏夜は次狼、ラモン、力を順々に眺めていたが、やがて意地悪そうな笑みを浮かべ、




「随分と楽しくやってるみたいだな。意外と退屈してなさそうで何よりだ。オレ様の可愛いペット達よ」




『……!!』


三人は驚きにカッ、と目を見開く。
間違うはずがない。見た目が違えど、あのからかい文句を聞き間違えはしない。


「お前、まさか……」


いち早く混乱から抜け出した次狼が、絞り出すように声を発する。
対して、奏夜は笑みを崩さないままだ。


「皆まで言うなよ。――久しぶりだな、次狼、ラモン、力」


フランクに言い放ち、奏夜は手近にあった椅子に座る。


「……一体何がどうなっている」
「どうしてお兄ちゃんの身体で……」
「びっ、くり」
「ああ、お前らの言い分はわかる、オレも未だに信じられないからな。が、起こったものはしょうがないだろ? きっと、カミサマのプレゼントってヤツさ」
「地獄の沙汰も気分次第、か。……お前らしい」


あまりな事態に次狼が苦笑し、奏夜もつられて頬を緩ませた。
そして奏夜は、今日ここに来た用向きを伝える。


「――約束、守ってくれてるみたいだな。礼を言うぞ、三人とも」
「よせ。お前から礼など、気味が悪い」
「あはは、言えてる♪」


茶化すラモンの隣で、力もうんうんと頷いている。


「はっはっは、そうだな。素直に礼など、オレ様らしくない」
「それはそれで問題だがな。で、どうだ。この時代は?」
「悪くない。奏夜のヤツが、こんな良い時代を生きていると思うと、さすがに嫉妬しちまうね」
「当たり前だ。奏夜だけでなく、“お前”が守った未来でもあるんだからな」
「………」


初めて、奏夜は笑みを消した。
次狼の言葉がこそばゆくなり、頭をがりがりと掻く。


「気持ち悪いこと言うなよ。それこそお前のキャラじゃねぇだろ、次狼」
「そう言うな。何せ26年振りの再会だ。お前には言ってやりたいことが山程ある」
「あ、僕も僕も」
「おれ、も」


次狼を皮切りに、ラモン、力も、会話に加わった。
奏夜はうんざりしたように溜め息をついたが、まんざらでもなさそうに、三人と他愛ない話を楽しんだ。


――親友と呼ぶには、この関係性は複雑だ。
いがみ合い、果てには殺し合ったことさえある。
だがいつの間にか、こうして気軽に話す仲にはなっていた。
ケンカ仲間、というのが一番近いかも知れない。親友でもないし、だが犬猿の仲というほどでもない、そんな奇妙な縁。


――だからこそ、なのだろうか。


あんな約束を26年守ってくれた三人。
王に喧嘩を売ってまで、自分達を救い出してくれた男。


言葉になど出来たものではないが――四人は同じことを思っていた。





また会えてよかった。





◆◆◆


会話の中で、ふとラモンがこんなことを聞いてきた。


「ねぇねぇ、もうクイーンには会ったの?」


クイーン、その名を聞いた途端、奏夜はばつが悪そうに顔を反らした。


「……いや、会ってない。会う気もない」
「へ? 何でさ」


奏夜は軽い口調ながらも、何処か寂しそうに告げる。


「真夜とオレの間には、もうやり残したことはない。オレはもうこの世にはいないし、まして奏夜の身体を借りていくなんてマナー違反もいいとこだ。
第一、ここに来るのだって、正直かなり迷ったぞ。だが、一応お前らに礼は言わなきゃならなかったからな」
「じゃあ、奏夜にも会わない気か? お前の魂がその身体に入っているなら、奏夜の魂に呼び掛けることも出来るだろう。
――それに今は、あいつもお前に会いたいと思ってるかも知れんぞ」
「奏夜がそうだとしても、オレが会いたくない」


キッパリと言い切った。
奏夜の事情については、彼もさっき、次狼から聞いている。
その上で、会いたくないと言ったのだ。


「あいつにも、もう教えるべきことは教えてある。それに、ここでオレが手を貸せば、またあいつはオレに甘えちまう」


ある意味、真夜より会いづらい。


「それに」と奏夜は続ける。


「奏夜なら心配いらないさ。何せ、オレ様の究極の遺伝子を継いだ息子だからな」
「――フッ、そうだったな」


一頻り三人と話し終え「さてと」と奏夜は席から立つ。


「オレはそろそろ行くぞ。もう一人、会わなきゃならんヤツがいるんでな」
「もう一人?」
「ああ、500年くらい前からの知り合いだ」


また訳のわからないことを。
次狼達は心中呆れたが、奏夜の言葉を理解することはしなかった。


理解出来ない言動や行動ばかり。このバカは、そういう男だ。


「それじゃあな、次狼、ラモン、力。茶菓子は美味かったぞ」
「はいはい、以後、気軽にあの世から戻ってこないよーに」
「ぐっど、らっく」


ラモンと力が冗談めかしく別れを告げ、次狼は何も言わなかった。
が、奏夜が部屋から出ていく直前になって、次狼は「おい」と彼の背中に呼び掛けた。


振り返らず、奏夜は立ち止まる。


「何だ次狼?」


次狼は感情を隠すように、ぶっきらぼうな口調でただ一言、


「――“またな”。音也」


意外な別れの挨拶に少し驚いて、奏夜は振り返らないまま、だが笑って別れを告げた。


「ああ、“またな”。次狼」


――奏夜が去った後、ラモンは物悲しそうにコーヒーを啜り、力は大声で泣き出し、次狼は顔を伏せ、こっそり目から零れたものを拭った。


◆◆◆


「だあっ!!」


シャナの大太刀から放たれた紅蓮の奔流が、ヘルホーネットファンガイアを捉える。


「ぬるいわ!!」


透明な羽を使い、ヘルホーネットファンガイアは空中へ退避。
左腕に付いた発射口から、右腕の針より一回り小さな針を発射する。


「くっ!」


夜傘を防御に回し、針の雨を振り払う。
シャナは昇降口の壁を蹴り、空中のヘルホーネットファンガイアの頭上を捉えた。


「ぬっ!」


右腕に付いた針で、『贄殿遮那』の斬撃を阻む。
ガキィン、と金属音が鳴り、互いの武器の間に火花が散る。


「さすがは魔神の契約者、というところか……。だが!」
「!?」


シャナは目を見開く。


「甘い!」


“背後に回った”ヘルホーネットファンガイアが、右腕の針を振り被った。
自身に向けられた殺意の塊を、どうにか大太刀で弾き、屋上の床に着地する。


「どういうこと? あいつ、確かに私の正面にいたはずなのに」
「ふむ。高速移動、というよりは、急に姿が消えたように見えたが」


嘲笑うように、ヘルホーネットファンガイアが言う。


「所詮はこの程度か。崇高な存在たるファンガイアに歯向かおうなど、身の程を知るべきだったな!」


殺那、またヘルホーネットファンガイアは消える。
シャナの動体視力をもってしても、捉えられない超高速。


「う、ぐっ!」


紙一重で攻撃を回避、ヘルホーネットファンガイアはまた消え、針を突き出して来る。
そのループは、シャナの攻撃の手を鈍らせ、着実に体力を削り取っていく。


一方、昇降口の側から、戦いの一部始終を見守る悠二はと言うと、


(ダメだ……全然わからない)


シャナを助けられない歯痒さに苛まれながらも、必死に戦いから情報を読み取ろうとしていた。


戦いには参加出来ない。シャナの足手まといになるだけだ。
ならせめて、あの超加速のタネだけでも見破らなければならない。


――以前取り込んだ“千変”の右腕の気味悪さはあるが、“零時迷子”の直感力はまだ健在なのだから。


(あいつが僕に気を払っていない内に、どうにかしないと)


考えろ、与えられた情報を組み直せ。


加速、否、シャナにも捉えられないなら、あれはもはや瞬間移動だ。
端から見ても、確かヤツは一瞬消えている。


(本当にそういう能力なのか? くそっ、だとしたら、手の打ちようがないぞ)


自在法か何かなら、まだ破りようはあるが、純粋な身体能力だったりしたらお手上げだ。
すぐに針を突き立てられて……。


………。


(待てよ、なら何であいつは、最初からアレを使わなかったんだ?)


屋上に上がった直後、あの加速を使われていたなら、勝負にすらならず、やられていた。
なのにヤツは、わざわざ二人と会話をしていた。キバの情報まで与えて、だ。


(おしゃべりを楽しむような性格には見えないし、僕達をキバへの人質にする気でもなかったはずだ)


だったら、フレイムヘイズであるシャナや、その庇護下にある自分を相手になどせず、この学校にいる、誰か普通の人間を拐ってしまえばいい。


(そうだ。キバが狙いなら、尚更僕らと戦う利益はない。あの加速なら、僕らを撒くのも簡単なはずなのに)


何故、それをしなかった。


無意味な会話。
加速の不使用。


この2つの矛盾に、悠二は辿り着く。


(何かあるんだ。あの加速を使えないわけが)


――ふと、悠二を奇妙な感覚が襲った。


(何だ? 耳が、少し痛い……)


よく耳を澄ませば、キィィン、という壊れたテレビが発するような音がした。
かといって、電子機器などこの近くにはない。
零時迷子の感覚が、発信源をその告げる。


(あいつの、羽?)


ヘルホーネットファンガイアの背にある両翼。
よく見ると、飛んでいない時以外でも、小刻みに震えている。




(――あっ!)




悠二の脳内で、一つの仮説が生まれた。確証は無いが、これならすべてに説明がつく。


「シャナ!」


悠二は、大声で彼女に呼び掛ける。
敵の注意も引いてしまうが、それは相応のリスクだ。


「騙されるな! そいつは瞬間移動なんかしてない!」
「!!」


シャナは戦いながらも、悠二の言葉に耳を傾ける。




――それは、致命的な油断となった。




「はぁッ!!」


轟音。
ヘルホーネットファンガイアが射出した魔皇力の弾丸が、悠二ごと屋上の床を吹き飛ばしたのだ。


「う、わぁっ!?」


悠二の悲鳴が挙がり、周囲は硝煙に包まれた。


「っ、悠二!!」


シャナは青ざめ、一瞬全ての注意を削がれていた。


『シャナ、後ろだ!!』


アラストールの警鐘にも、反応出来なかった。
硝煙に紛れ、近づいたヘルホーネットファンガイアの針が、シャナの肩を刺し貫いた。


「っぐ、あ!?」


焼けつくような痛みが走り、シャナは身体をよろけさせる。
振り向く先には、ヘルホーネットファンガイアの勝ち誇った顔。


(あ、れ? 見え、ない……目が、霞ん――)


目だけではない。傷口から、どんどん身体が麻痺していく。


アラストールが呼び掛けているが、聞き取れない。
悠二の安否を確かめることも出来ず、意識は闇に飲まれた。


◆◆◆


「脆弱なものだ」


自らの針に宿る“毒”により、意識を失ったシャナを見下し、ヘルホーネットファンガイアは呟く。


「やはり我々こそ、世を支配するに相応しいのだな」


次にヘルホーネットファンガイアは、屋上に出来たクレーターの上で気絶した悠二を見る。


「生きていたか。中々にしぶといな、人間というやつは。……まぁいい。少々予定は狂ったが、こいつらを人質とさせてもらうとするか」


言って、ヘルホーネットファンガイアは悠二に近付いていく。


――その時だった。




「ふぅ、やれやれ」




昇降口の鉄扉が開き、一人の男が屋上に姿を表した。


「この時代になってもまだ、人を襲うファンガイアがいるとはなぁ?」
「……ようやくお出ましか。キング」


聞き知っていた容姿を確認し、ヘルホーネットファンガイアは言う。


しかし、直ぐ様その表情は、怪訝そうな顔つきに変わる。


「いや……“違う”。身体はキングだが、中身が違う。……貴様、何者だ」


その質問に、乱入してきた青年――奏夜は、不敵に微笑み、自らの名を告げた。




「紅、音也だ」


  1. 2012/03/30(金) 22:10:41|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第十三話・英雄/天才再臨.前篇


御崎高校一年二組。
四時間目、科目は現国。
いつもの授業風景。


「あ、先生」


そんな中、クラスのメガネマン、池速人が右手を挙げた。


「何だ?」
「和歌の作者名が、小野小町じゃなくて小野妹子になってます」
「……おお、すまん」


ベタな間違いをした奏夜は、黒板消しを手に取るが、


「……あの、先生」


池に続いたのは、田中栄太だ。


「それ黒板消しじゃないっすよ。はんぺんです。何処にあったんですかその加工食品」
「……悪い、間違えた」


どこをどう間違えたら、はんぺんと黒板消しを取り間違えるのだろう。
躊躇なく、手にしたはんぺんをゴミ箱に捨てる奏夜。


食べ物は大切に。


「あと先生。俺からもいいですか?」


ようやく誤記を訂正した奏夜に、佐藤啓作がまたまた手を挙げた。


「最初、授業始まった辺りからツッコミたかったんですが……」
「……んだよ」
「片手に広げてる教科書、DSライトです」


確かに、奏夜の片手にあるのは、銀色に輝く携帯ゲーム機である。


「……内容は同じだからいいだろ。文部科学省推薦ソフトだし」
「いやそれ、問題は出してくれますけど、教科書見るシステム無いでしょ。てか、今までよく板書出来ましたね」


逆に凄い。


「あの、先生……体調が良くないなら、無理しない方が……」


吉田一美が奏夜を気にかけ、おずおずと提案する。


「……何を言うか。俺は絶好調だよ。さ、下らないこと言ってないで授業の続きガッ!?」


言いつつ、奏夜は誤って、DSを取り落としてしまった。
DS落下箇所の爪先から、全身駆け抜けた痛みに、身悶えする奏夜。
クラス中が、疲れたような溜め息に包まれた。


◆◆◆


――紅奏夜の元気がない。


そんな噂が流れ出したのは、愛染兄妹が討滅されて、一週間後のことだった。


他愛ない噂話――そう捉えられるだろう、普通なら。
だがこれは、御崎高校内の人間にとって、かなりハイランクに位置するビックリイベントだったりする。


天上天下唯我独尊。
世間体など路傍の石。
常に幸せ満開状態。
こんなレッテルを貼られた男が落ち込むなど、紅奏夜を少しでも知る人間なら思うだろう。


だが、その噂は確かなものだと、奏夜自身が証明していた。


まず、さっきの授業のようにらしくない、というか、神がかかったドジが目立つ。
遅刻をしない。
勝手な行動を取らない。
言動が常識的。


――ほとんどが人として当たり前の項目だが、軽く社会人失格状態の奏夜が、今までそれを実践してみせたことは無かったのである。
生徒と教師が、そのギャップ戸惑いつつも、奏夜の不調は治る気配を見せていなかった。


――此度の騒動は、そんなある日の昼休み、一年二組在席の女子、緒方真竹の一言から始まった。


◆◆◆


「これは由々しき事態よ!」


ぐっ、と握り拳を作り、緒方は熱の籠った口調で、一年二組の直面している問題を提示する。
昼食を終えた現在、一年二組にて、数人の生徒が各々の机をくっ付け合い、まるで会議でもするかのような雰囲気を醸し出していた。


ちなみにメンバーは緒方の他に、シャナ、悠二、吉田、池、佐藤、田中といういつもの面々だ。


「知っての通り、ここ数日の先生はあまりにもおかしいわ!」
「確かに、オガちゃんの言う通り、最近の先生、輪をかけて奇行が目立つよなぁ」


田中が腕を組みながら唸り、佐藤も頷く。


「そうそう。なんつーか、冗談やらギャグやらにキレが無いって感じ? 池はどう思う?」
「うーん、冗談やらキレはさておき、元気が無さそうなのは確かだよな」
「奏夜先生、どうしちゃったのかな……」


吉田も本気で心配しているらしく、顔を附せがちに呟く。


「気にし過ぎじゃないかな。先生だって、落ち込むことくらいあるよ」
「あれ? 意外だな坂井。お前が一番、先生を心配しそうだと思ったんだけど」
「……いや、別に、今までの奏夜先生からして、そこまで大事に捉えなくてもいいんじゃないかなって」


いぶかしむ池に対し、悠二はそう答えた。
だが緒方は「甘い!」と一蹴する。


「先生がテンション下がってる理由はこの際どうでもいいの! 問題は、それに比例してクラスの雰囲気まで、暗くなってるってことよ!」


指先をビシッ、と立てる緒方の指摘には、他の六人も反論は出来なかった。
奏夜は、明るいキャラ立てもあってか、教師でありながら、クラスのムードメーカーの役割を担っていた。


そのためかここ数日、一年二組の持ち前の明るさが、やや損なわれ気味なのである。


「だからここは一つ、ズバッと先生の憂いを晴らすのよ、このメンバーで!」
「どうやって?」


シャナがストレートに聞いた。
シャナもなんやかんやで彼には世話になっている。
だから彼女自身、協力するのはやぶさかでは無い。


問題は、どう彼の元気を取り戻すかだ。


「えっと、ほら、先生の喜びそうなこととかで!」
「奏夜の喜びそうなことって?」


またしても直球。
だが、シャナの質問に、緒方含む六人は一先ずシンキングタイムに入った。


言われてみれば、いつも一緒にいる割に、意外と彼のプロフィールは謎だらけである。
急に喜びそうなことと言われても、なかなか思いつかない。


が、


『……あ』


悠二、吉田、佐藤、田中、そして質問者であるシャナ、五人の頭に一つの案が浮かんだ。


「あるな。先生の喜びそうなこと」
「うん、やっぱアレだろ」
「あれ、佐藤と田中も知ってるのか?」
「私も知ってるわよ。実際奏夜に聞かせて貰ったし」
「わ、私も」


思い付いた案について、五人は話を進めていく。


「ちょっとちょっと、五人だけで話進めないでよー!」
「みんな、何か知ってるのか? 先生の喜びそうなこと」


置いてきぼりの池と緒方がストップをかける。
五人は顔を見合せ、口を揃えて言った。


◆◆◆


「よし、今日の授業終わり。半日授業だからって、ハメ外し過ぎんなよ」


それから数日後。
諸連絡を終えて、奏夜は教室を出た。


(……ツマンネ)


ここ最近、本当に絶不調だ。


自分をぶん殴りたい。いつまで引き摺っているつもりだ、と。


気持ちの折り合いはついた。
だが、どうしても嫌なわだかまりは残り続けている。


(情けないよな……、あれだけキバットが叱咤してくれても、このザマだ)


あの気のいいコウモリには、本当に感謝している。
だからこそ、逆に申し訳なかった。
何がキバだ、何が破壊の魔帝だ。



(自分さえ、どうこう出来ない癖に)


ふと――昔読んだ本に、こんな架空のヒーローがいたのを思い出した。
悲しみを仮面に隠し、人類のため、人知れず戦うヒーロー。


名を『仮面ライダー』。


(確か本のタイトルは、『仮面ライダーという名の仮面』だったか)


ベストセラーにもなった本で、話の種に読んだ記憶がある。
当時は「まるでキバそっくりだな」と思ったものだが、今にして思えば随分と滑稽だ。




――俺が仮面に隠しているのは悲しみじゃなく、どうしようもない弱さじゃないか。




「……はぁ」


止めよう。気持ちのベクトルが後ろ向きにしかならない。


「今日は早いとこ帰って、コーヒー飲んで風呂入って寝……どわっ!?」


ネガティブ状態の奏夜を、背後から衝撃が襲った。


「……おい。佐藤、田中、いきなり腕掴んで何のマネだ?」
「先生っ!! 今日、このあと暇っすよね?」
「俺達と一緒にちょっと出掛けませんか?」
「は?」
「ふふふ、先生に拒否権はありません! 佐藤、田中! そのまま先生をポイントAに!」
『イエッサー!』


いつの間にか後ろにいた緒方の指示に従い、佐藤&田中は奏夜を引き摺っていく。


「おい、ちょっと待てコラ! 何勝手にストーリー進行させようとしてやがんだ! せめて理由を……」
「あーもう、じれったいわね! ゆかりちゃん、GO!」
「分かった」


短く答え、シャナは助走をつけ飛び上がり、


「えいっ!」
「あべしっ!!」


暴れる奏夜に当て身をキメた。
糸が切れた人形のように、がくりと頭を垂れた奏夜が運ばれていく。


一部始終を見ていた吉田は、つい言葉を漏らす。


「あの……これ、何か間違ってませんか?」
「さ、さぁ……?」
「……僕はもうツッコミたくない」


悠二が苦笑いし、池が額に手を当て、溜め息をついた。


◆◆◆


「………うおう」


目を覚ますと、そこは何処かのコンサートホールだった。
人が集まっていて、開演丁度なのか、辺りが暗くなってきている。


覚えがあるホールだ。
御崎高校が合唱コンクール等で世話になったことがある。


「あ、先生起きました?」
「いいタイミングっすね」


ひょいと、後ろの席から緒方と田中が顔を覗かせる。
悠二、シャナ、吉田、池、佐藤も一緒だ。


「……俺を拉致したことに関しちゃ不問にしてやる。だからいい加減、お前らが何をしたいのか吐け」
「すぐにわかりますって」


佐藤が笑いながら、ステージを指差した。


首を傾げ、奏夜は佐藤の指先を目で追った。


ややあって。一人の少年が入ってきた。
ぎこちなくお辞儀をして、手に携えたバイオリンを弾き始める。
音がホールに反響し、聴き手の耳を揺さぶった。


「――おお」


奏夜は目を閉じ、演奏に聞き入る。


(荒削り……だがそれ故に、熟達した者には無いひたむきさがある音色だ)


心地好い。


さっきまでの憂いを忘れ、奏夜は素直に、バイオリンの世界へと入り込んでいた。
――そんな奏夜の様子を、七人はほっとしたように見つめていた。


◆◆◆


「このコンサートのためだったのか? こんな手の込んだ演出までして」


ホールから出るなり、奏夜はそんなことを言う。


「あはは、まぁ、そういうことっすね。ちなみに、立案も企画もオガちゃんです」
「えへへ♪ やっぱりこういうサプライズの方が、先生は喜ぶと思って」


田中に言われ、緒方は悪戯っぽく舌を出す。


「あの男の子――芸名がワタルくんって言うんですけど、最近、巷で有名な天才少年なんですよ」


池の説明に、佐藤が更に説明を加える。


「そうそう。チケットも超人気でなかなか手に入らないし」
「……大変じゃなかったか?」
「坂井くんが、色々準備してくれたんです」
「い、いや、僕は大したことしてないよ。なつき先生に頼んで、チケットとかが手に入り安いようにしてもらっただけだし」


吉田に褒められ、焦ったように顔を赤くする悠二。
隣でシャナが「むっ」と顔をしかめた。


「さあさ、まだ時間は余りまくってますし、次行きましょ次! ゆかりちゃん、どうせまた先生は抵抗するだろうから、また当て身よろしく!!」


一瞬、不穏になりかけた空気を、緒方は手を叩いて払拭する。


「次!? まだ俺色々振り回されるのか!? ……っておいちょっと待て平井、坂井が吉田に照れて不機嫌なのはわかるが眉間に怒りマークつけつつこっちくんなさっきのは地味に痛かったのですが――!!」


不調なりに必死の抵抗を試みるも、そんな状態で、イライラモードなシャナに敵うはずもなく、


「うる、さいっ!!」
「ぐがっ!」


完全に八つ当たりなシャナの一撃を喰らい、奏夜、本日二度目の昇天。


◆◆◆


その後、奏夜含む八人は、プランナー緒方の予定に従い、様々な場所を回ることになった。
色んな、と言ってもカラオケやゲームセンター等の娯楽施設がほとんどで、奏夜が楽しめるかどうかが問題ではあった。


が、奏夜は何だかんだ言いながら、生徒達に付き合っている。……決して、シャナの当て身が怖いだけではないと信じたい。


「………」


と、前方で佐藤、田中、緒方と話す奏夜を、複雑そうに見る少年がいた。


――坂井悠二である。


「………」
「坂井くん?」
「悠二?」


黙りっぱなしの悠二の両脇から、シャナと吉田が話しかける。


「え? ああ、ごめん。何か話してた?」
「い、いえ。そういうわけじゃ、ないですけど……」
「坂井、先生もそうだけど、お前も最近変だぞ?」


池が心配そうに聞き、シャナも頷く。


「悠二、この間からぼーっとしてる」
「……そうかな。僕は全然、そんなつもりじゃないんだけど」


はぐらかして、悠二はシャナの首にかかったペンダント『コキュートス』を見る。
アラストールの声が、聞こえてくるようだった。


(余計なことは言わずともよい)
(……わかってるよ)


目線だけで会話し、悠二は溜め息をついた。


――話は、数日前に遡る。


◆◆◆


――数日前、坂井家二階、悠二の部屋。


『紅奏夜が封絶内で動いていた?』


愛染兄妹の襲撃後。
悠二は直ぐ様、アラストールにこの事実を報告した。


ちなみにこの時、下でシャナは千草と話しており不在。
アラストールもついさっきまで、千草と話していたらしく、携帯電話に収納されたままである。


自室で、繋がっていない携帯電話と話す男子高校生。……見た目だけなら、かなり痛々しいシチュエーションだ。さすがの千草も卒倒するだろう。


閑話休題。


『確かか?』
「うん。“封絶”が張られた時と解除された時で、先生のいる場所が変わってた。間違いないよ」
『………やはり、そうなのか』
「やはり?」


思わせ振りに唸るアラストールに、悠二は詰め寄る。


「アラストール、何か知ってるの? 先生はやっぱり“紅世”に関係あるのか?」
『……』


さて、どうしたものか。
紅奏夜が何者なのか……一応、アラストールに仮説はある。
だが、あまりに突拍子のない話なため、証拠はなかった。


下手に話して、悠二を動揺させてもつまらない。


『坂井悠二』


しばらくし、アラストールは口を開いた。


「な、何?」
『お前はキバをどう思う?』


アラストールは遠回しに、自分の答えを述べる。
だが、悠二は、


「えっ? 何でここでキバの話なんかするんだよ。先生とキバは“全然関係ない”じゃないか」
(……こ奴は)


本当に、頭がキレるのかキレないのか。


『……話しにくいな、どうも』


アラストールの嘆息に、悠二は首を傾げた。


◆◆◆


「坂井?」


はっと気が付けば、考えにふけってしまっていたらしい。
メンバーのほとんどが、自分の前を歩いており、目の前では奏夜が、自分の顔を覗き込んでいた。


「どうした? 体調悪いわけじゃなさそうだが」
「い、いえ。何でもないです」
「そうか? ならいいが……」


再び、奏夜と悠二は肩を並べ、歩き出す。
悠二は横目で、奏夜をちらりと見た。


(……やっぱり、“徒”みたいな気配は感じないけど)


彼が封絶内で動いていたのは、事実。
“徒”か、フレイムヘイズか、自分のような特殊なミステス、という考え方も出来る。


(フレイムヘイズとかならまだいいけど、もし先生が“徒”だったりしたら……)


嫌な予感が、悠二の心を締め付けた。




――嫌だ。今まで、自分やシャナに向けられた笑顔が偽物だなんて、思いたくない。




「……お前らにも、心配かけちまったみたいだな」
「えっ?」



急に、奏夜がそんなことを言ってきた。


「なんか……悪かったな。俺がしっかりしてねぇから、お前らに変な気を使わせたみたいなもんだし」


頭を軽く掻いて、奏夜はぎこちなく、悠二に笑いかけた。


「ありがとよ。すぐ立ち直るのは無理かも知れねーけど、なるだけ早く、いつもの調子に戻るようにするからさ」
「……いつもの調子だと、それはそれで困るんですけどね」
「あははは」


いつもより少し元気は無さそうだけれど、それでも奏夜は笑う。
笑顔を見て、悠二はまた思った。


(やっぱり、信じたくない)


――だから、証明しよう。
奏夜が、人を喰う化け物なんかじゃないと。


「結構色んなとこ回ったなぁ、そろそろどこかで一休みするか?」
「ああ、いいな。コーヒーとか飲めたりするとなお良しだ」


佐藤と田中の何気ない提案に、奏夜が食らいついた。


「コーヒーか……、いいな。それなら俺、良い店知ってるぞ」


奏夜に案内されるがまま、一同が辿り着いたのは、白い外壁に囲まれた古い店。


「わぁ……可愛い店」
「中身は80年代の世界だけどな」


吉田の評価に苦笑し、奏夜が扉を開け、中に入っていく。
ふと、悠二は店の名前に目を止めた。


「『カフェ・マル・ダムール』?」


はて、何処かで、聞いたことがあるような……。


悠二が首を傾げる中、奏夜に連れられ、店内へ。
一世代前の店内BGMが、一同を迎えた。


「マスター。コーヒー八人分ね、今日は俺のおごりで」
「やあ、奏夜くん。今日は大人数だねぇ、みんな生徒さんかい?」
「はい。お前ら、こちら、マスターの木戸明さんだ」
「よろしく、少年少女たち♪」


カウンターにいた50代くらいの男性が、陽気に挨拶する。
全員が、ぎこちなく挨拶を返した。


「そう言えばマスター、名護さんと恵さん、いますか?」
『!!』


奏夜の口から意外な名前が出たことに、悠二、シャナ、佐藤、田中が反応した。


「ああ、恵ちゃんと一緒に厨房だよ。名護くーん、恵ちゃーん!」


マスターの呼び掛けに、カウンターの奥から、スタッフ用のエプロンを着た男女二人組が現れた。


「名護さん、恵さん、こんちはー」
「あら、奏夜くんじゃない! そちらは制服着てるの見ると、生徒さんかしら?」
「そんなとこです。……なんか、名護さんがキッチンスタッフって似合いませんねぇ」
「少々人手不足でな。手伝いに回っていたんだ」


と、そこで名護と恵は、呆けたように三人のやり取りを見ていた、シャナ、悠二、佐藤、田中の顔を見つけた。


『……あ!!』


すっとんきょうな声が、マル・ダムールに響いた。



◆◆◆


その後、全員が全員の立場(もちろん、“紅世”やファンガイア関連のことは伏せて)を理解し、名護や恵も、一年二組の生徒達と打ち解けつつあった。
特に恵は、シャナと吉田が気に入ったらしく、「ゆかりちゃんに一美ちゃん可愛いわねー♪」と抱き着いて頬擦りする始末。


「はーなーれーろー!」
「は、恥ずかしいです……」
「ああ、抵抗する様子がますます可愛いわ!!」


頬を染め、ジタバタ暴れるシャナと吉田の様子に、店内の雰囲気が花が咲いたようにほわんとした。


「わ、私も……」
「オガちゃん、気持ちはわかるが悪ノリは止めとけ」


シャナと吉田の可愛さに、セーフティが外れかかった緒方を、田中が抑える。


「先生、止めなくていいんですか?」
「止められるヤツがいたら、そいつは勇者にクラスチェンジ出来るな」


池と奏夜も、あの女の園に入っていく勇気は無かった。
佐藤もまた、我関せずを貫きつつ、奏夜に聞く。


「恵さん、いつもあんな感じなんですか?」
「ああ……良くも悪くもノリがいい人だから。バンド始めるって言った矢先、ギター用意してきたし」


恵のあの性格は好きだ……が、あのノリの良さは、たまに迷惑にもなる。


――ちなみに、悠二はというと。


「……どうもキミは、度胸があるのかないのかわからないな」
「返す言葉もありません……けど、今度は逃げて正解だと思いますっ!」


名護のいる奥の席に避難していた。


(ごめん。シャナ、吉田さん)


あの状態を直視し続けていたら、確実に理性がぶっ壊れる。
――屋上での一件以来、悠二はあの二人をそういう目で見るのは避けたかった。
なので、気を紛らわすべく、名護にひそひそ声で話を振る。


「名護さん、少し聞きたいことがあるんですけど」
「聞きたいこと? いいぞ、なんでも聞きなさい」
「名護さんって、先生と長い付き合いなんですよね」
「ああ、もうかれこれ四年になるかな」
「先生って、どういう人なんですか?」


――ごく普通の質問に、名護はすぐに答えなかった。
直感的に、この質問の重さを感じ取ったのである。


紅奏夜――仮面ライダーキバ。悠二の質問の答えを、名護は持っている。


(だが、答えれば彼の危険も増える)


考え、名護はこう言うに留めた。


「悠二君、キミはキバをどう思う?」
「だから! なんで名護さんまでキバのことを聞くんですか! キバと先生は“全然関係ない”でしょ?」
「………」


名護は半ば呆れるように、額に手を当てて、一言。


「言いにくいな……どうも」


◆◆◆


「あらら? 空が曇ってきたねぇ」


マスターがカップを拭きつつ、窓の外を見る。
全員がつられて外を見たが、次の瞬間、


――ピシャッ!


雲の切れ間に光が走り、轟音が鳴り響いた。


「ひゃうっ!」


吉田が肩を震わせた。


「雷か……。梅雨の時期だから、らしいっちゃらしいけど」


吉田を宥めつつ、恵が言葉を漏らす。言う間に、外は雨が降りだした。


「うわっ、雨降ってきた!」
「ニュースでは通り雨と言っていた。今3時だから、4時には止むだろう。
それまでここにいなさい」


佐藤の危惧に、名護が冷静なまま答える。


「4時か……、結構暇になるな」
「仕方ないだろ田中、濡れて帰るよりはマシだ」


田中がぼやき、池が正論を述べる。


「それならいい暇潰しがあるよぉ……」


妙に間延びした声を出すマスター。
全員が、皆に背を向けたマスターを見て、尋ねる。


『な……、何を?』
「何って、決まってるでしょ。そろそろ、夏のミサゴ祭りも始まる時期だし……」


くるり、とマスターが振り返った。




「か・い・だ・ん♪」




『わっ!!』
『ひゃっ!!』


全員(シャナ以外)が驚きに仰け反った。
――いつの間にか手にしていた蝋燭が照らすマスターの顔は、ただただ不気味だった。


◆◆◆


こうして、脈絡のない怪談は始まった。
薄暗いカフェで、テーブルを片付け、床に円を組むように座る。


(何故私がこんな非科学的な真似を……)
(俺達はもっとオカルトチックなもの見てますしねぇ)
(まぁまぁ、ここは二人とも空気を読んで!)


小声で文句を言う奏夜と名護を、恵が諌めたところで、怪談話スタート。
じゃんけんで負けた人間から、それぞれが持つ怪談話をしていこうという運びにより、最初に負けたのは――、




「私負けた」


シャナだった。
一年二組の面々の心中に、同じ思いが走った。


(最も怪談話と縁遠そうな人が……)


絶対、怪談話のストックなど持ち合わせてはいまい。
仕方なく、悠二が助け船を出した。


「あの……シャナは飛ばしても」
「じゃあ、私から話すわね」
『ええっ!?』


一年二組+奏夜の叫び声に、シャナはきょとんとした顔になった。


「どうしたの?」
「いやいやいや! どうしたのじゃなくて!」


本気で驚いた悠二は、シャナに詰め寄る。


「シャナ、本当に怪談わかってる!? というか、怪談なんて語れるの!?」
「知ってるし語れるわよ、それくらい」


あっさりと言い切るシャナ。
だが、悠二の心境はそんな生易しいものではなかった。


(シャナが怪談話ぃ!?)


シュール過ぎる!
色んな意味で怖いが、逆に気にもなる。
他の一年二組勢も、そう思っているらしかった。


「じゃ、じゃあ、話してくれる? シャナ」
「? 変な悠二」


怪訝そうにしつつ、シャナはこの怪談を教えてくれた『教育係』のことを思い出す。


(そう言えばヴィルヘルミナ、怪談の前はこう宣言するといいって言ってたっけ)


蝋燭を手に取り、シャナは妖しく笑った。


「十字架背負わせたげるわ」


そのセリフにぞくり、と全員の背筋が凍った。


◆◆◆


「昔、あるところに大きな古い屋敷があった。
そこは昔、高名なバイオリニストが、スランプを理由に自殺した場所で、近くに住む人間は気味悪がって誰も近づかなかった」


(平井、俺へのあてつけか?)


バイオリニスト、という単語に奏夜が反応しつつ、話は続く。


「でもある時、四人の子供が、興味本意でその屋敷を探検しにいったの。
そして、寂れた屋内で、一器のバイオリンを見つけた。
傷んでて、しかも弦が張られてなかったのだけれど、年代物だったから珍しい品だとでも思ったんでしょうね。四人はそれを持ち帰った。
でも、次の日から“それ”は始まった。
――四人の内の一人が、翌朝冷たくなって見つかったの」


外が更に暗くなった……気がした。
全員がごくりと息を飲む。


「その死に方がおかしくてね……。
耳の神経が、細長い糸みたいになってるのは知ってると思うけど、それが意図的に“抜き取られた”上で、天井から吊るされていたの。
……そう、まるでバイオリンの弦のように細い糸でね」


なかなか恐怖心を煽られる語り口だった(吉田なんかは、もう涙まで浮かべている)。
しかもシャナが、彼女は性格上、かなりフラットな声音で語るため、恐怖も倍増する。




「ここまでなら、ただの不幸な話で終わっていた。
けど、次の日また、四人の内の一人が死んでいた。
一人目とまったく同じ死に方で。
さすがにおかしいと思った四人の内の一人――現在、例のバイオリンを持っている人間なのだけれど――が、ふと持ち帰ったバイオリンを見たの。
そしたら――」




無かったはずの弦が増えていたの。


死んだ人間の数――つまり二本分。




「『あの屋敷に住んでいた音楽家の霊が、足りない弦を探しているんじゃないのか』。
『殺した人間の数だけ、弦を増やしているのではないか』。
そう思った矢先、三人目が死んだ。
やはりまた一本、弦が増えていた。最後に残ったのは自分だけ――いよいよ次の晩は、自分が死ぬ。
そしてやってきた、真夜中」


遠くで、雷が鳴った。


「当然、恐怖で眠れなかった。
震えながら布団に隠れてた。
――そして聞こえてきたのは、バイオリンの音色。
何処から聞こえてくるのかもわからない、奇妙な音色……。
それに伴い、ひた、ひたと響く足音……」


シャナの語り口に熱が入っていく。


「――けれど、突如音が全て止んだ。
おかしく思い、布団を上げて、辺りを見回してみても、何もない。――助かった。
安堵し、布団に戻ろうとすると、」





首が奇妙に曲がった男が、そこに立っていた。


音が聞こえなくなったのは、男が既に耳の神経を取り出していたから。


白い糸のようなそれを手に持って、男はにやりと笑った。





「ああ、やっとバイオリンが弾ける……」





――ピシャッ!


近くで落ちた雷が、シャナを背後から照らす。オチの恐怖を煽る効果としては、最適だった。


『わあぁっ!!』
『ひゃあぁぁ!!』


悠二、池、田中、佐藤が大声を挙げ、吉田、緒方、恵は目に涙を浮かべ、身体を震わせている。
名護やマスターはさすがに大声こそ挙げなかったが、どちらかといえば雷に驚いたようだった。


「……そんなに怖い? この話」


自分がヴィルヘルミナから聞いた時は、そこまででもなかったのだが。


「い、いや、確かに話自体はありきたりだったけど……」
「平井さんが語ると、怖くなるというか……」


悠二と池が、鳴り止まぬ心臓を落ち着けながら言う。


そう、話自体はそれほどでもないが、シャナの語り口が怖いのだ。
怪談のコツは内容よりも、相手を引き込むこと。
シャナはそれが群を抜いて上手かったのだ。


「こ、怖かったぁ~。一美なんか、途中で気絶しかけてたもの」
「……わ、私、しばらく、バ、バイオリン、見られない、かも……」
「それは奏夜くんが可哀想ね……ってアレ? 奏夜くんは?」


わんわん泣いている吉田を落ち着かせつつ、恵は奏夜がいた方を見る。


――奏夜は、床に倒れて気絶していた。


「そ、奏夜くん!?」
「奏夜くん? どうした、しっかりしなさい!」


名護の呼び掛け、だが、奏夜は目を覚まさなかった。
――空は、さっきまでの雨が嘘のように、晴れ渡っていた。


◆◆◆


もちろん、奏夜は怪談の恐怖に気絶したわけではなかった。


(あ、あれ……? 頭がぼーっと……)


シャナの話が始まった辺りから、奏夜は意識が朦朧としていた。
眠気ではない、不思議な感覚が、精神を揺さぶっているような、そんな感覚。


「ああ、やっとバイオリンが弾ける……」


そして、オチと同時に雷が轟いた時、とうとう奏夜は微睡みに負け、倒れてしまった。


(ダメだ、思考が、ぼんやり……なんか、もう眠りたい……)


頭を必死に働かせるが、思うようにいかない。
身体が、自分の制御下を離れようとしているようだった。





(まるで、誰かが、俺の中に……入っ、て…く……)





その思考を最後に、奏夜は意識を手放した。




◆◆◆


がばっ!


眠っていた奏夜が、ベッドから跳ね起きた。


『わっ!』


周りにいた全員が身を引く。
――あの後、「安静にできる場所に移した方がいい」という名護の提案から、奏夜は紅邸へと運ばれていたのである。


「そ、奏夜……?」
『先生……?』
「奏夜くん?」
「大丈夫か?」


一年二組勢、恵、名護が起き上がった奏夜を覗き込む。


「………」


ギギギギギ……。


奏夜の首が、奇妙な形で回ったように見えた。
不気味さに全員が驚く。そんな全員の様子に、奏夜は沈黙したままだった。


――が、急に顔をしかめたかと思うと、突然奏夜は口を開いた。





「何だ貴様ら!! ひとん家に勝手に上がり込みやがって! ……こそ泥か?」





『は?』


いきなりな言動に驚く一同。
奏夜はというと、恵に視線を合わせ、にやっと意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「ほぅ……こそ泥にしちゃいい女だな」
「え? えっ?」


慌てる恵の手を取り立ち上がる奏夜。


「何だ? オレのハートを盗みに来たのか? いいだろう、存分に盗んでいくがいい! オレのハートに続く扉は、全ての女性に対して常に解き開かれている!」
(先生が壊れたーっ!?)


両手を広げる大胆なアピールまで披露する奏夜。
いくら自由奔放がウリの奏夜とはいえ、ここまでの奇行はしない。


「せ、先生、どこか頭でも打ちましたか?」


悠二が皆を代表して聞く。


しかし、


「先生? おいおい、残念ながら、オレはお前のような坊やを弟子にした覚えはない。大人の恋愛を教えるのに、お前はまだ若すぎる。後ろの坊や達も、あと10年したらまた来るがいい。
オレの華麗なテクニックをたっぷり伝授してやろう!」


これである。


(ダメだこの人……早くなんとかしないと……)


僅か数秒で、今の奏夜のダメさを全員が理解した。




怪談のショックで、頭のネジが外れでもしたのだろうか。
世間的に色々と問題がありそうな奏夜は、次にシャナ、緒方、二人の間に隠れる吉田に目をつける。


「おやおや、よく見れば、ダイヤの原石ばかりじゃないか。安心しろ仔猫ちゃん達。今にお前達も、目も眩まんばかりに輝く宝石となる! このオレが保障しよう!」
「ひう」
「あそこまで言うと逆に天晴れね……」
「?」


吉田が怯え、緒方が呆れ、シャナが首を傾げた。


「いい加減にしなさい! キミはいつからそんなだらしない人間になった!?」


さすがにこれ以上、今の奏夜を放置するのはまずいと思ったのか、名護が止めに入った。


――だが、奏夜の口から飛び出したのは、名護にとって思いもがけないことだった。


「ああ、お前どっかで見たことあると思ったら、前に『未来から来た』とか言って、オレからイクサを盗ろうとしたガキか」
「っ!?」


名護が驚愕に目を見開いた。
奏夜は恵と名護を見比べ「……なるほどな」と、口の端を吊り上げる。


「惚れた女は出来たみたいだな。どうだ? お前なりの『遊び心』は見つかったか?」
「……キミは、いや、“お前”は……?」
「まさか、あなたもう一人の奏夜くん!?」


恵の発した名前に、ぴくり、と奏夜が反応した。


「奏夜? お前、奏夜を知って……」


言い掛けて、奏夜は自分の手をじっと見る。
次に、慌てた様子で、部屋に飾られていた鏡を見た。


「……どういうことだ、これは。何故オレが“奏夜”の姿をしている……?」


鏡に映る事実が信じられない、とでも言うように、奏夜は何度も自分の顔を触る。


「――あー、もう! さっきから何言ってるのよ奏夜! いい加減目を醒ましなさい!」


焦れたシャナが、奏夜を蹴っ飛ばす。


「痛って!? おいコラ、いきなり何すん……!」


奏夜は額に青筋を浮かばせ、自分を蹴飛ばしたシャナを見た。


正面から――はっきりと。


「っ、お前……?」


まじまじと、奏夜はシャナを穴が開くほど見つめる。


「な、何よ……?」


シャナが身動くと同時に、奏夜は言った。





「お前……、ひょっとしてマティルダか?」





(なっ!?)


驚いたのはシャナではなく、アラストールだった。


何故、その名を知っている。
この現代に生きる奏夜が、どう転んでも知り得ないはずの情報だ。


(まさか……いや、さっきまでの言動や行動、まさに“奴”そのものだ……!!)


疑念が核心に変わりかけた時、奏夜の手が、アラストールの蔵されたコキュートスに伸びた。


「……っ! やっ!!」
「うぉっ!?」


――まぁ、女性の胸元にかけられたペンダントを取ろうとする行為は、はたから見れば軽くセクハラなわけで。


反射的に、頬を染めたシャナは、奏夜に見事な一本背負いをキメた。
結果、奏夜は落下の際、床に頭を打ち付ける。


「がっ!!」


鈍い音――同時に、奏夜は憑き物が落ちたように、呆けた表情になる。


「あ、あの、平井サン? 何故オレは寝起き早々、背負い投げをキメられているのでショウカ?」


そう言った奏夜の口調は、普段のものだった。


「先生? 大丈夫ですか、僕らのこと分かりますか?」
「何故、重症患者に呼び掛けるみたいなフレーズを……」


顔をぺちぺちと叩く悠二の手を払う奏夜。
どうにか、元には戻ったらしい。


――だが、部屋の二階から、一部始終を見ていたキバットは、気が気ではなかった。


「おいおいおい、まさか、また奏夜に“あいつ”が乗り移っちまったのか……?」





キバット、名護、恵、アラストール。


四人の危惧をよそに――また一つ、紅蓮と牙の物語は繋がった。


――過去の願いを、未来へ繋いだ男によって。





  1. 2012/03/30(金) 22:10:04|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第十二話・威風堂々/滲むパープルアイ.後篇


『ペニィ! ペニィ! ペニィ! ペニィ積もればお金持ち、っと!!』
『ヒャーッ、ハーッ、ターマヤー!!』


炎弾の流星群が、水中のシュドナイを容赦なく撃ち抜いていく。


「ぐはおおおお!!」



屠殺の即興詩は次々と浮かんでくる。
憂いはもはやどこにも無かった。


「絶好調だな、『弔詞の詠み手』」
「ええ、何か気分良いわ。なんだ、憎しみ以外でも結構、戦えるじゃない」
「みてぇだな、ッヒヒ!」


二人の様子にイクサは笑って、トーガの肩から腕に移る。


「思い切り頼むぞ!」
「りょーかい、いっくわよーーッ!」


ブオンッ、という風切り音と共に、弾丸よろしく、イクサは飛んでいく。
その先には、炎弾により、水面に海蛇の身体を出しているシュドナイ。


「ハァーーーッ!」


スピードにより貫通力が追加されたイクサカリバーが、シュドナイに迫る。


「ぬっ!! 舐めるなぁ!」


間一髪、身を反らしたシュドナイ。
イクサの斬撃は、彼の身体を掠めるだけに終わった。瞬時に、顕現した虎の剛腕が、イクサに襲い掛かる。


「ちぃっ!!」


空中で身動きの取れないイクサは、両腕をせめてものガードに回す。


――キュルオオーーッ!!
と、そこへシュードランが猛スピードで突進してきた。
シュードランはイクサを間一髪のところで救出し、シュドナイの腕は空を切る。


「す、すまない。助かった」


――キュルルル。
ぶら下がるイクサが礼を言うと、シュードランは嬉しそうに喉を鳴らす。


「人間風情が、俺を退けようなどと、身の程を知らんのか!」
「身の程を知らない、か。ふん、舐めているのはどっちかな、“千変”」
「……何だと?」


不敵な態度をいぶかしむシュドナイをよそに、イクサはシュードランの背中に乗る。


「言ったはずだ。人間の力を、イクサを甘くみるなと。人間は確かに弱い」


だが。とイクサは言葉を継いだ。




「その分、諦めが悪い。勝つまで、いくらでも食らい付くぞ」




仮面の下で、名護は余裕のまま、ニヤリと笑った。


「見なさい、イクサの本当の姿を!!」


叫び、イクサは右手を口元に翳す。
すると、マスク部分が外れ、携帯端末『イクサライザー』へと変わった。
慣れた手付きで、イクサはボタンをタッチしていく。


【1・9・3】
『ラ・イ・ジ・ン・グ』


起動の電子音が鳴り、最後にイクサは【ENTER】キーを押した。
胸部のイクサエンジンが完全開放され、白いアーマーが弾け飛ぶ。


剥き出しのボディは、新たに青空を思わせる装甲、『ガーディアンコバルト』に覆われ、ソルミラーがあった中央には、血脈を思わせる赤いエンジン『コロナコア』が覗く。
クロスフィールドがイクサメット上で組み変わり、雄々しき黄金の衝撃防御装置、『ライジングホーン』に変化した。
最後に、イクサライザーへグリップ部分となるフエッスルをセットし、ブラスターモードに移行させれば、完了。




――ライジングイクサ。


22年のパワーアップの末にロールアウトされた、通常形態で抑制されているイクサの力を、最大限発揮出来る強化形態だ。




「行くぞッ!!」


甲高いリズミカルな発砲音と共に、イクサライザーから、オレンジ色のエネルギー弾が発射される。


「はっ、今さらこんなものを使って何になる!!」


イクサカリバーの弾丸と同じように、シュドナイはそれらを腕で薙ぎ払おうとする。
だが――、


「がふっ!?」


押し負けたのはシュドナイだった。
海蛇の身体が仰け反り、弾痕が浮き上がる。


「私に同じことを二回言わせてくれるなよ、“千変”。『人間の力を、イクサの力を舐めるな』」
「くっ……!」


ライジングイクサの嘲りに、シュドナイは屈辱余り、サングラスの奥の瞳を怒りに血走らせている。
イクサライザーの火力は半端なものではなく、当初はライジングイクサ自身も持て余していたレベル。


ましてや、油断していて防御出来る代物ではない。


『ヒューウ、やるじゃねぇの兄ちゃん! ヒッヒッヒ!』
「んなかくし球があるなら、もっと早く使いなさいよ」
「奥の手は、取っておくからこその奥の手だ――おっと」


シュドナイの反撃を、トーガとシュードランは危うくかわす。


「畳み掛けるぞ」
「言われなくてもッ!」
『そのつもりだぜ、ヒャー、ハー!!』


一匹の竜と、一匹の獣は縦横無尽に水面を飛び回り、敵の攻撃を軽々回避していく。


勿論、反撃も忘れない。イクサは【2】を押し、トリガーを引く。


『ブ・リ・ザ・ー・ド』


すると、イクサライザーから霧のような氷結ガスが噴射される。


「なっ!?」


シュドナイの周囲の水が一瞬で凍り付き、その動きを奪う。


『薔薇の花輪を作ろうよ、っは!』
『ポッケにゃ花が一杯さ、っと!』


分裂したトーガがシュドナイを囲み、一斉に弾けた。
爆発の衝撃に悶えながら、シュドナイは悔しさに歯噛みする。


(おのれ、こうも一方的に……!)


こんなことをしている場合ではないというのに。
ようやく『零時迷子』を見つけたというのに。


だがマージョリーも、イクサも、シュドナイをして異常だと思い足らしめる強さだった。


それに、愛染兄妹も、もう保たない。
微かに感じる気配を辿ってみれば、あの兄妹が劣勢なのは明らかだった。


(しかし、だとすると、あの兄妹と独力で渡り合っているフレイムヘイズも、相当な使い手ということになるが……何者……)


思考に挟み込まれる形で、イクサとマージョリーのエネルギー弾と炎弾が、二方向から浴びせられる。


「――うぉッ!?」


蝙蝠の翼を使い、上空へと退避する。
シュドナイの視界が一気に開けた。


――もちろん、もう一つの戦いも目に入る。


「!」


始めに、煌々と燃え上がる炎。
次に、空に刻まれた赤きコウモリの紋章。


(紅蓮の炎!! しかも、あのマークはまさか……!!)


忘れるはずもない。




紅蓮色を宿す、唯一人のフレイムヘイズ。
世界の闇を支配する、破壊の魔帝。




「――『炎髪灼眼』に『ファンガイアの王』だと!?」
「ごめーとー!!」
『あ、た、り、だ!!』
「イクサ……、爆現!!」


らしくもない隙を作ったシュドナイに、トーガの両腕と、ライジングイクサのイクサカリバーが叩き込まれた。


「ぐわあっ!!」


真南川に叩き落とされながらも、シュドナイの頭に浮かぶのは、後悔と危惧だけだった。


(最悪だ! “天壤の劫火”が!! 『破壊の魔帝』キバが!! 『零時迷子』と一緒に!!)


最高と最悪の状況が同時に来たことを知り、シュドナイは何も出来ないもどかしさに、握り拳を作る。


(過干渉は出来ない!! 我々との関わりを気取られたら終わりだ!! くそっ、この場に『弔詞の詠み手』と、あの白騎士さえいなければ、すべてが上手くいくものを……)


後ろ髪引かれる思いで、だが冷静に、彼は行動を選ぶ。


「ん!?」
『なぬっ?』
「何?」


三人の追っていた水面の影は薄まり、すぐ見えなくなる。


マージョリーが目を見開いた。


「“千変”が……逃げる?」


戦いの痕を感じさせない、いつも通りの真南川が、そこにはあった。




『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー&『仮面ライダーイクサ』名護啓介vs“千変”シュドナイ。
リターンマッチ。
“千変”シュドナイ逃走につき、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー&『仮面ライダーイクサ』名護啓介、判定勝利。


◆◆◆


「――はあっ!!」
「ヴアァ!!」


シャナは紅蓮の大太刀が射出し、ガルルフォームとなったキバは、俊敏さを生かし、上空からソラトに斬りかかる。
片や、ソラトはシャナの炎を真っ正面から突き破り、そのままガルルセイバーを受け止めた。


「ちっ!!」


『吸血鬼』とは斬り結べない。
直ぐ様キバは跳躍し、ソラトと距離を取る。


「防がれた」
『さっき宝具に打ち込んだのは、火除けの自在式か』


シャナとアラストールの分析は、キバの耳に入らない。
――自在式は、確かに“ソラト”を守った。


だが、もう一人は適応範囲外だ。


「私の――お兄様」


紅蓮に飲まれる時さえも、ティリエルは最愛の兄のことを想っていた。




「なんでも――なさって――私が、許し――」




真名の通り、愛の為に生きた少女は、霞となって消え果てた。


「………」


キバはガルルセイバーを握り締め、顔を上げる。


「『炎髪灼眼』」


キバの声に、シャナは耳を傾ける。


「最後は、俺にやらせてくれないか」


沈黙したシャナに、キバは告げる。


「落とし前は、自分でつけたいんだ」
「――わかった、任せる」


刀を収めた彼女に頷き、キバはガルルフォームを解除し、新たなフエッスルを取り出す。


「こいつなら負けないぜ! 力には力だ!」


キバットが紫のフエッスルを吹き鳴らした。


『ドッガハンマー!』


重厚な音色に誘われ、ドッガの彫像が飛来し、魔鉄槌『ドッガハンマー』に変形。
それを掴んだ両腕から鎖が巻き付き、腕をライトニングシールド、肩をハンマーショルダー、胸部をアイアンラングと呼ばれる紫の重装甲が覆う。


キバとキバットの瞳も同じ色に染まり、キバ・ドッガフォームへの変身が完了した。


「ハァァァ……フン!!」


肩を回し、ドッガハンマーを引き摺りながら、倦怠感溢れる動きで、キバはゆっくりと前に進む。


「もう! じゃましないでっていってるじゃないか!!」


妹の消滅も意に返さず、ソラトはキバに斬りかかる。


「ハッ!!」


その腕を片手で弾き、流れるようなモーションで、ドッガハンマーを振り被る。


「フン!!」


拳の形をした本体が、強烈なインパクトをもって、対象物を破壊する。


「ごぶっ!?」


腹への衝撃に身を折りながら、ソラトは主塔の床をざりざりと滑る。


「一気にキメるぜ!! キバ!」


キバットの掛け声に応じ、キバはドッガハンマーの柄を、彼にくわえさせる。


『ドッガ・バイト!』


コールと共に、キバの魔皇力が周囲を支配する。
作り出された夜空には、ドッガのパワーを最大まで引き出す朧月が浮かんでいる。


――ピシャアアッ!


「っ!!」
「うわぁ!」


突然起こった紫の落雷に、近くにいたシャナと悠二は目を覆った。
キバがその身に雷の力を呼び込むと、紫の仮面、キバ・ペルソナが妖しく輝く。


「うああぁぁ!」



動かないキバを好機と見たのか、ソラトが突っ込んで来る。
キバからすれば、愚作でしかない。
ドッガハンマーを地面に立てたキバは、後部のレバーを外した。


――ガチャン!


ドッガハンマーの拳が開き、中に内臓された巨大な眼『トゥルーアイ』が、ソラトを睨む。
刹那、『トゥルーアイ』から放出された魔皇力が、ソラトの身体機能を麻痺させる。ソラトはまるでビデオの一時停止のように、走る姿のまま、動きを止めた。


「ハァァ……ッ!」


キバがドッガハンマーを天高く持ち上げ、横に振り回していく。
放出されたオーラが象るのは、巨大な拳の幻影『ファントムハンド』。





――ドッガハンマーを振り被る瞬間、キバは微かな声で、ただ一言だけを、送る。





「……すまない」





真上から振り下ろされたドッガフォームの必殺技、『ドッガサンダースラップ』が炸裂し、ソラトを圧倒的な力をもって粉砕した。





持ち主を失った『吸血鬼』が、墓碑のように突き刺さる。
キバは無言のまま、取り残された剣を目に収めた。


「キバ?」


いつもと様子の違うキバに、悠二が駆け寄ろうとする。


「どうかし……」
「今は」


だがキバは、悠二にも、同じように走り出していたシャナにも、振り返らなかった。


「話し掛けないでくれると、嬉しい」


有無を言わせぬ口調に、シャナと悠二はもう何も言えずに口を閉ざす。





――寂寥が刻まれたキバの背中は、まるで泣いているようだったという。




『炎髪灼眼の討ち手』シャナ&『仮面ライダーキバ』紅奏夜vs“愛染自”ソラト&“愛染他”ティリエル。
深くつらい傷を残して、勝者、『炎髪灼眼の討ち手』シャナ&『仮面ライダーキバ』紅奏夜。


◆◆◆


「………」


しばらくして、キバは振り返らぬまま、主塔から去ろうとする。


「あ……」


悠二は思わず声を上げる。
どうしてはわからない。ただ、このままキバを行かせてはいけない。


何故か、そう思った。


「キバ!!」


話し掛けるな、という禁を破り、大声を上げた悠二を、キバは振り返りこそしなかったが、動く足を止めた。
シャナも驚いて、悠二を見ている。


「……えっと」


引き止めこそしたものの、何を言えばいいのか。
迷った挙げ句、悠二は口を開く。


「――キバは、守ってくれたよ」
「……?」
「キバが、何でそんな悲しそうなのかわからないよ。……でも、キバはシャナと一緒に、この街を守ってくれた。そのことだけは、間違ってないと思う。だから、その……」


何を持って、励ませばいいのかわからないままに、悠二はがむしゃらに言葉を選ぶ。
シャナもまた、悠二と同じ気持ちのまま話す。


「私も、助けて貰ってる。お前が自分を認められなくても、私達はお前を認めてるわ」
「………」


不器用で、わかりづらい言い方。
だが、キバには、二人が言いたいことは、伝わっていた。


「――ありがとう」



キバの礼にも、やはり力は無かった。
結局キバは、二人を見ることなく、主塔から降り、姿を消す。


――下から聞こえてきた、静かに響くエンジン音が、キバの空虚さを表しているように、悠二は思った。


◆◆◆


シャナ達よりも早く、キバは御崎学校に戻り、奏夜の姿に戻る。
だが奏夜は、元いた屋上に戻ることなく、校舎裏の木に腰掛けていた。


いつものふざけた調子は無く、彼にしては珍しい、物憂げな表情だ。


「なぁ、奏夜」
「ねぇねぇ、元気出してよ~」


隣に座るキバットとキバーラが声をかけるが、何の反応も無かった。
無理もない。そうキバットは思う。


(また、あんな辛い選択をしちまったんだもんな……)
(お兄ちゃん、私は先に戻るわね。お兄ちゃんと二人だけの方が、奏夜も話しやすいだろうから)
(ああ。悪いな、キバーラ)


気を利かせたキバーラが去った後も、奏夜はだんまりを貫いていた。


「奏夜。その、さ」


堪らず、キバットは話し掛け続ける。


「ここにゃ今、俺しかいないし、泣いてもいいんじゃねぇかな」
「……泣き方なんか、とっくの昔に忘れたよ」


いや、泣く資格すら無い。


「俺はまた、人の音楽を守るために、人の音楽を奪ったんだからな」
「そりゃ、仕方ないだろ。……そうしなきゃ、こっちがやられちまうんだから」
「でも、罪は罪だよ」


何の迷いもなく、奏夜は言い切る。


「俺は、ソラトとティリエルを良いヤツらだって知ってた。けど、最後にはあいつらを殺しちまった。
――俺は結局、掟破りのファンガイアと何も変わっちゃいない」


ガブッ!


キバットが奏夜の腕に本気で噛み付いた。
キバに変身するわけではないため、傷口からは赤い血が流れる。


「オイ!! 最後のセリフ、俺様の前で二度と言うんじゃねぇぞ!」


奏夜は僅かに、表情に驚きを混ぜる。
温厚なキバットが、本気で怒っていた。


「俺様を見くびんじゃねぇ!! てめぇは俺様が、罪もねぇ人間を喰う連中と、親友になるとでも思ってんのか!!」


耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!!
前置きし、キバットは奏夜を怒鳴りつけた。


「お前は紅奏夜で、人とファンガイアを守る戦士で、バカがつくほどのお人好しな、俺様の親友だ!! そんなヤツが、掟破りのファンガイアと同じなわけあるか!!」


息を切らせ、尚もキバットは止まらない。


「俺様はお前が優しいってことも、そのせいで苦しんでることも知ってる! だから俺様も次狼達も、お前を見捨てねぇ! 誰が否定しようが、お前の味方でいてやる!」
「……何で?」
「親友だからに決まってんだろ、バカたれ」


最後にもう一度だけ、軽く奏夜の頭を翼で叩き、キバットは彼の肩に止まった。
急に、奏夜は目頭が熱くなるのを感じた。


そんな自分自身に驚き、慌てて顔を附せる。
こんな情けない顔、もう誰にも見られたくなかった。


精一杯の強がりの中、奏夜は震える声で、呟いた。


「――なら、他力本願で悪いけどさ」
「何だよ」


奏夜は顔を附せたまま、キバットに言う。


――小さな声だったが、それは確かに、奏夜の弱さだった。





「俺の手を、離さないでくれ。相棒」
「ああ。ドンと任しとけよ、親友」





前触れなく、街を囲っていた封絶が消えていく。


創り手を示すように、咲き乱れる山吹色の火の粉。まるで花園だ。


『あ……』


刹那の芸術に、顔を上げた奏夜とキバットは目を奪われた。
戦火から生まれた美しさは、傷ついた心に染み渡っていく。


「……ああ、綺麗だなぁ」


抑え切れなかった感情が、感嘆の声となって零れる。


(ソラト、ティリエル。お前らが、見せてくれてるのか?)


馬鹿な幻想とわかっていながら、そう思わずにはいられなかった。
手のひらに舞い込んだ火の粉を見て、奏夜は僅かに、顔を綻ばせる。





――唯一つ、大きなミスを犯していたことも知らずに。




【断章】

「――とまぁ、そういうわけだ」
「……本当に、とても良い知らせと悪い知らせですね」


冷然と、だが僅かに狼狽したように、少女は答える。筍よろしく立つ柱、先の見えないほど広がる床、天井は満天の星空。
そんな場所で、“千変”シュドナイは、とある少女と話していた。


小柄な体躯に、大きな帽子とマント纏い、冷ややかな表情が特徴的な少女――“頂の座”ヘカテーである。


「ままならないものですね。最大の目的と最大の敵が一つ所にあるとは」
「あの場には『弔詞の詠み手』もいた。恐らく〔仮装舞踏会〕絡み、というくらいは知られてしまっただろう。どう思うね、俺の可愛い“頂の座”ヘカテー」
「私はあなたのものではありません。確かに思いもよらない事態ですが、誤差の範囲内でしょう。私からベルペオルにも話しておきます」
「ふん、腕を、落として、拾ってきた情報が、その程度、か。落ちたものだな、“千変”」


会話に割り込んできた声に、二人は反応する。
フードに身を包んだ長身の姿が、そこにはあった。


「――ドラゴンファンガイア。盗み聞きとは、ずいぶんと無粋な真似をするな」


シュドナイは不愉快そうに、顔をひきつらせた。


「ふん。だとしたら、ずいぶんと、無意味な、盗み聞きだ。今さら、『キバ』や、『零時迷子』の、事とは」
「何だと? どういう……」


言いかけて、シュドナイは気が付く。
ヘカテーも同じだった。


「知っていたのですね。『キバ』のことも、『炎髪灼眼の討ち手』のことも、そして『零時迷子』のことも』」
「知らいでか。キバは、我々にとって、最も、警戒すべき存在。そこに、『炎髪灼眼』や、『零時迷子』が、転がっていて、気付かぬわけが、あるまい」
「ならば何故、それを黙っていた?」


鬼気迫る口調で、シュドナイは問う。


「忘れたか? 我々の、契約は、『我々が、お前達の命に、従う限り、お前達は我々を、保護すること』。命令外で、何が起ころうが、知ったことでは、ない」
「貴様……!」


ドラゴンファンガイアに詰め寄りかけたシュドナイを、ヘカテーが手で制す。


「落ち着いて下さいシュドナイ。――“逆鱗に触れし者への断罪”よ、確かに我々の契約は、あなたが申し上げた通り。
ですが、我々に話すべきことの区別がつかないほど、貴公は愚かではないでしょう。次はこのようなことが無きように」
「ふむ。命令とあらば、仕方がない。次から、そうするとしよう」


慇懃無礼な態度で、ドラゴンファンガイアは再び、暗闇へと消えていった。
苦虫を噛み潰したような表情で、シュドナイは煙草に火を点けた。


「なぁ、ヘカテーよ。長らく留守にしていた身で言うのもなんだが、いつまであの連中を置いておく気だ?」
「確かに信用は出来ません。ですが、我々と違い、彼らは表立った行動が出来る分、扱いやすいのもまた確か。一先ずは、利用出来るだけ利用させてもらいましょう」
「ふむ、それはごもっともだがな」


取り敢えずは気を落ち着かせ、シュドナイは煙草の煙を吐いた。
……。


「…………」
「…………煙草は止めて下さいね」


ヘカテーが彼女にしては珍しく、心底嫌そうに、シュドナイを睨んでいた。



◆◆◆


「よーう、ドラグ!」
「……ゼブ、か」


広い回廊を進んでいたドラゴンファンガイアに、後ろから肩を回す男がいた。
黒い仮面に、ブラックコートをつけた青年、ベルゼブブファンガイアだ。


「お使いは終わったぜい? これで俺の仕事はしばらくナッシングってことでいいんだよな?」
「ふん。ここに、来るまでに、あちこち寄り道をしておいて、よく、言えたものだな」
「うげ、お見通しか」


ゼブは、大袈裟に仰け反る。


「それだけ、道楽を尽くしたなら、貴様には、新しい仕事を、やってもらおうか」
「しかもやぶ蛇かよ……。仕方ねーじゃん、ここの生活、窮屈でたまらねーんだからよ。なぁ、いつまであんな奴らといるつもりだ?」
「利用出来るまで、つまり、“我が主”が、お戻りに、なられるまで」
「やっぱし」


決まりきったドラグの答えに、ゼブは益々落ち込んだ。


「だが、そう遠い話でも、あるまい。“我が主”が戻られれば、貴様もまた、存分に羽を伸ばせると、いうものだろう」
「ま、そりゃそーだな。うっし、一丁頑張りますかね!」
「ああ、それで、いい。……私も、そろそろ、考えておかねばなるまい」


ドラグのフード下の笑顔は、狂喜に満ちていた。




「新たな、タイムプレーをな」




◆◆◆


「あれ? なぁ、池」


御崎高校屋上、池との話を取り敢えず済ませた悠二は、池に聞く。


「先生、何処行ったんだ?」
「先生?」
「奏夜先生だよ。さっきまで一緒にいたじゃないか」
「……? 何言ってんだよ坂井。屋上に来たのは僕とお前の他には、吉田さんと平井さんだけだったろ」
「いや、だから吉田さんが飛び出した後すぐに……」


尋ねかけた途中で、悠二の声が小さくなっていく。


何だ? 何か、とんでもない事実に行き着いてしまう気がする。
悠二の脳裏に、ここへ来る前、アラストールと交わした会話が蘇ってくる。


『もし封絶が解けた時に僕らがいなかったら、どうなるんだ?』
『トーチ消滅の場合と、原理的には同じだ。不自然さを無理矢理に納得させるために、意識と記憶の変化が起こる』
『元からいなかったように思わされる、ってこと?』
『そうだ』


(……そんな、まさか)


答えを導き出したる思考が、感情によってフリーズした。
あるはずがないと、悠二は否定したかった。
だが、一つに繋がった情報の欠片は、提示された信じられない事実を肯定する。






(先生が、封絶の中で動いていた……!?)






世界は優しくない。
だが、それ以上に気まぐれである。
制約の鎖に縛られた者のことなど、気にも止めない。
ただ、雲のような気儘さで揺れ動くだけだ。



  1. 2012/03/30(金) 22:08:43|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第十二話・威風堂々/滲むパープルアイ.前篇


「……っ」


瓦礫をどうにか退かし、イクサの変身を強制解除された名護が出てくる。
浅い場所に埋まっていたのは幸いだった。


だが、助かったところで状況は変わらない。


「まさかイクサ・ジャッジメントを完璧に防ぐとはな……“千変”、恐るべき相手だ」


名護は頭を直ぐ戦いに切り替えた。ことによれば、相手はチェックメイトフォー以上の力量。
となれば、対抗手段は“あれ”しかない。


「やはり、出し惜しみはするものではないな。それに、一人で戦うのにも限界が……」


そこで名護は初めて、あのフレイムヘイズのことを思い出す。


「そうだ。『弔詞の詠み手』の安否も確認しなければ」
『その心配はいらねーぜ、白騎士の兄ちゃん。、こっちだこっち』


マルコシアスの声に導かれ、名護は崩れた立体駐車場に辿り着く。
中の惨状に顔を曇らせつつ、その一角、瓦礫に埋もれ、気絶したマージョリーを見つけた。


「無事で何よりだ、“蹂躙の爪牙”」


グリモアから群青の火が漏れ、軽い調子の笑い声が響いた。


『ヒャハハ、お前さんもな。白騎士の鎧が消えたまま瓦礫に埋まって、よく生きてられたもんだ』
「運はいい方だ。それに、人間は元々、頑丈な生き物だからな。私まで鍛えれば、片足で車も止められる」
『今さらりと凄ぇこと言わなかったか? ――おっと、我が怠惰なる戦人が起きるな』


マージョリーがうめいたのを見て、マルコシアスは言う。


『なぁ、白騎士の兄ちゃんよ。これから俺様がマージョリーに言うことは、全部“嘘”だと思ってくれや』
「嘘?」
『ああ。いい加減、この絶不調な眠り姫も、目を覚まして貰わなきゃならねぇからな』


名護がイマイチ理解出来ないまま、マージョリーが目を覚ました。


「………生きてた……」


ぼんやりした表情のまま、マージョリーは立ち上がり、服の汚れを落とした。


『ヒッヒッヒ! 全く、おめえの往生際の悪さにゃあ感動すらするぜ、我が頑強なる生命、マージョリー・ドー』
「……本当に、死んだと思ったんだけどね」
「まるで死にたかったような口振りだな」


名護が非難がましい視線を、マージョリーに向けた。


「やるべきこともやらずに、まるで脱け殻だぞ『弔詞の詠み手』」
「脱け殻……ふん、そうかもね」


言い返すこともなく、マージョリーに相変わらず気力は無い。


「後悔もなにもない。ただの脱け殻よ、だって、もう、本当にやることはないんだし……」
「……」


本気で怒鳴ってしまおうか。名護は割と真剣にそんなことを思った。
たださっき、マルコシアスが言ったことも引っ掛かっているため、ここは自制する。


「さって、と。いつまでもこんな所に埋もれてらんないわね。外はどうなってんのかしら……。ケーサク、エータ、自在式は今、どんな感じ?」


答えはない。


『……』


マルコシアスもまた、無言だった。


「……なによ、今は戦闘中じゃないから、喋ってもいいのよ」



やはり答えはない。


「どうしたの、ケーサク、エータ、なんとか言いなさい! マルコシアス、どうしたの、通信の自在法は途切れてないわよ!?」


ただマージョリーの声だけが、虚ろに反響する。
やがてマルコシアスが、ぽつりと言った。


『さっきから、ずっと出ねえ。物音も、ねぇ』
「なっ!?」


名護が思わず声を上げる。だが、


「…………」


直ぐに感情を潜め、瓦礫に腰かけた。


「ど、どういうことよ、なに言ってんのよ!? ケーサク!! エータ!!」


脳内で処理仕切れない現実が、マージョリーを襲う。
そんな事実、認められない。とでも言うかのように、マージョリーは怒鳴り続ける。


「まさか勘付かれて、“千変”に? あの兄妹が? なんで、待ってよ! マルコシアス、ケイスケ、なんで起こさなかったのよ!!」
「私が合流したのはついさっきだ。――今、初めて知った」


名護は素っ気なく言い放つ。
それきり、暗闇と沈黙が続く。


「――っ、マルコシアス!!」


耐えきれず、マージョリーはわけもわからず、無言なままの相棒を呼んだ。


『おめえの望んだ結果だよ、我が怠惰なる愚者、マージョリー・ドー』
「な――!?」


マルコシアスの口調に、いつもの陽気さは無い。明瞭な侮蔑が込められていた。


『後悔もしねえ脱け殻だぁ? そう嘯いている間に、このザマだ。おめえなんとかすることができた。なのにしなかった。白騎士の兄ちゃんや、あの姉ちゃんが、わざわざ忠告してくれたにも関わらずな。
だからこうなった……どの口で、誰に文句を言うよ?』


マルコシアスの叱責を、雷にでも打たれたかのように、マージョリーは呆然となった。
名護はそんな彼女に構わず、マルコシアスに聞く。


「“そんなこと”よりも“蹂躙の爪牙”。“千変”は今何処にいる?」
「!!」


名護の言い種に、マージョリーは思わず言葉を失った。


「私達が負けたとあっては、悠二君が危険かも知れん」
『ん? ああ、ちょっと待てよ……』
「あ、アンタ!!」


凄まじい勢いで、マージョリーは名護の襟首を掴む。


「アンタわかってんの!? ケーサクとエータがやられたなら、あのメグミって女だって……!!」
「……ああ、だろうな」


名護の冷ややかな目に、マージョリーはたじろいた。


「だから何だ? 腑抜けて何もせず、大切な弟分二人すら守れなかったキミに、とやかく言われる筋合いはない」
「……っ!!」


怒りが飽和状態に達しかけるマージョリーに、名護は更に現実を突きつける。


「恵はいつも、覚悟を持って戦場にいた。もちろん私もだ。こんな仕事だからな。どちらが死んでもおかしくはない。分かるか? 私達は、死など、とうの昔に覚悟している」


揺らぎない口調で、名護は続ける。


「だから恵が死んだとしても、私は歩みを止めはしない。私が歩みを止めれば、それは恵に対する最大の侮辱だろう。死んでいった者の命を受け取り、繋ぐ。それが、生きる者の責任だからだ」


自分を掴み上げている手を払い、名護は逆に言い返す。


「それに引き換え、キミは何をした? 佐藤君と田中君は、まだ高校生だ。死ぬ覚悟が出来ていたとは思えない。ならばそれこそ、力のあるキミが、守ってやらなければならなかったのではないか?」
「………」


マージョリーの手が震え出していた。


「“蹂躙の爪牙”の言う通り、キミは結局、何もしなかった。戦う理由が見つからない――そんな下らない理由で、戦いから逃げ、佐藤君と田中君が、キミに抱く憧れに甘えていただけだ」
「――だって!」


顔を附せ、マージョリーはすがるように、感情を爆発させた。


「もう少し休ませてくれても、甘えさせてくれてもいいじゃない!! 何百年私がやってきて、いきなり全部、それを奪われて、そんな、急に自分を帰るなんてことなんて出来ないわよ!」
「――いい加減にしなさい!!」


今度は名護が、マージョリーを瓦礫の壁に押し付けた。
その顔には、本気の怒りが刻まれている。


「戦いでそんな甘えが通用すると思っているのか!? 自分を変えることなんて出来ない!? 変えようともしなかった分際で、よくそんな口が叩けるものだな!」


いつもの冷静さは何処へか、名護はマージョリーを怒鳴り付ける。
やがて、語調は落ち着いたが、瞳だけはマージョリーを強く睨み付けていた。


「――私もかつては、キミと同じだった。自分の本質を変えられず、幼稚な正義を否定されれば、自暴自棄になるだけの弱い人間だった」


今ならわかる。
あの時、他人が自分をどういう風に思っていたのか。
自分が、どれだけ愚かだったのか。


けれど、あの頃の自分は、あまりに頑固で、自分勝手過ぎた。
それを言い訳にするつもりは無いが、とにかく、本当の自分を認められなかったのだ。


――そんな時だ。


彼に会ったのは。


「彼は、強大な力を持て余していた。だが、それに負けない心の強さがあった。何度傷付こうが、何度自分の信じたものに裏切られようが、その度に成長し、変わり続けてきた」


彼には、言葉で言い尽くせないほど感謝している。
彼がいなければ、今の自分はいない。


「だがキミは、彼の足元にも及ばない。たった一度の挫折で挫け、そのたった一度の挫折すら、受け入れられないでいる。
――やらなかったことを、言い訳にするのは、もう止めなさい」


名護が手を放すと、マージョリーは糸の切れた人形よろしく、足から崩れ落ちた。


身体がずしりと重い。広がる虚脱感は、涙すら流させてくれなかった。


――それからはしばらく、三人共言葉を交わさなかった。
沈黙が続き、ようやくマージョリーが重い口を開く。


「……やらなかったことは、罪なの……?」
『おめえがそう感じるのならな。それも、勝手さ』
「大切なのは、罪に向き合った時、どうするかだ」


マルコシアスと名護が答える。


「…………今度のは、壊したいものじゃない、守りたいものだったのに」


言って、マージョリーの周りに群青の火の粉が集まり出す。


「またこうやって、なにもかも無くしてから、瓦礫の中、罪に塗れて、這いつくばって、やり直すのね」
『そーいうこった。おめえは、とっくに選んでんだぜ? なにもかも無くして、それまでもこれからもどうしようもねえ場所で、まだ立ち上がる……そんな道をよ』
「まだ、立ち上がる、か……でも、案外、結構、凄く……堪えるわ」


ふと、マージョリーは名護に尋ねた。


「ねぇケイスケ。アンタは何で、立ち上がれるの?」
「決まっている」


名護の答えは簡潔だった。


「この身体の細胞一つ一つが、正義の心に燃えているからだ」


決してそれは、幼稚な理想ではない。
戦う理由。名護を支える、確固たる信念だ。


「ふうん……そりゃ大層な理由ね」


少しだけ笑い、マージョリーはよろよろと立ち上がった。
群青の炎が、更に輝きを増す。


『ここまで聞いてまだ、ここにほとぼりが冷めるまで潜んでるかい?』
「まさか。“可愛い子分”を殺されたのよ。こっちの手落ちだとしても、ただじゃ済まさないわ」
『ヒヒ……じゃあ、行くか』


ずんぐりした群青色の獣――炎の衣『トーガ』を纏い、ギザギザした歯を光らせて、マージョリーは瓦礫の山に立った。




――と、その時である。




「ん、えっ!?」
「どわあっ!」
「きゃっ!!」


驚く声が、三人分。


「――え?」


『トーガ』の中から、呆然とその光景を見下ろす。


「……ケ、ケーサク、エータ……?」


そこには、瓦礫を堀出そうとしていたらしい佐藤、田中、恵の三人が――いなくなったと思っていた三人がいた。


「………ちょっ、と、どう、いう、こと……?」


傍らを見れば、名護とマルコシアスが、笑いを必死に噛み殺していた。


『ヒッ、ヒヒ、ヒ、まあ、この世もたまにゃ、甘えツラを見せることがあるってえわけだ』
「ふ、ふふ……本当に、迂濶だぞ『弔詞の詠み手』。少し考えれば違和感に気付いたろうに」
「か、担、いだ、わ、ね……バカ、マルコ。ケイ、スケまで、グルに、なって……!!」


怒りのあまり、トーガから火花が弾ける。


『あーん? 俺ぁ、『さっきから誰も出ねえ、物音もしねえ』とは言ったが、ご両人が死んだなんて、一言も言っちゃーいねえぜ? ご両人も、“俺が”『ここに埋まってる』って言ったから、姉ちゃんを護衛に頼んで来てもらっただけだしよ。ミナミナ、おめえの早とちりだろ』
「私も恵が死んだ“場合”の話はしたが、はっきり彼女が死んだとは言っていないぞ。ただ、“蹂躙の爪牙”に『これから俺が言うことは全て嘘』と言われただけでな」
『おいおい、俺様に全部責任転化かぁ?』
「提案者はキミだろう?」
『そーだったかぁ? ヒャッヒャッヒャ!』
「はははは」
「あん、た、たち、ねぇ……!!」


爽やかにドッキリ成功の余韻を楽しむ二人を、恨みがましい目線で見る。


「マ、マージョリーさん!」
「姐さーん!」
「名護くーん、ちゃんと生きてるー?」


三人が瓦礫の下から声を張り上げる。
隣で名護が「ああ、ちゃんと生きてるぞー」と返す傍ら、マージョリーは佐藤と田中を見た。


二人が、生きてた。


(――――ぅ、うわ、ちょ、待っ!?)


その実感が急に込み上げてきて、マージョリーはさっきまで出せなかったものが、瞳からポタポタ流れてくるのがわかった。


「? マージョリーさんどうかしたの?」


瓦礫を登ってきた恵が、青い獣が肩を震わせているのを見て首を傾げる。


「気にしてやるな恵。佐藤君と田中君も、ここはもう大丈夫だから、もう戻りなさい」
「え、でも怪我とかは?」


佐藤が気遣わしげに言うと、


『ヒッヒッヒ、この程度で我が不死身の猛者、マージョリー・ドーが傷付くもんかい。むしろ戦いに向かいたくてうずうずしてるところよ』
「この程度って……もうえらい惨事ですけど」


田中は、世紀末世界のように荒廃した周囲を見渡す。


『早く『玻璃壇』に戻れとさ、今ヒス状態だからよ、下手に絡んだら、このドでけえ手で思いっ切りぶったたかれるぜ?』


マルコシアスの言葉に取り敢えず納得したのか、佐藤が頷いて、


「そうですか。じゃあ、俺達、戻ります」


瓦礫を降りる途中で田中が、


「“徒”なんか、ぶっ飛ばしてやってくださいよ!」


二人の声を聞いて、無言のままマージョリーは頷く。
名護もまた、恵に声を掛けた。


「恵、二人を頼んだぞ」
「まっかせなさい! 名護くんこそ、怪我して約束すっぽかしたら許さないからねー!」


笑顔で言い返し、恵も下に降りていく。


ややあって、マージョリーが、名護とマルコシアスにだけ通じる声で聞いた。


(……お礼、言うべきなわけ、コレ)
(ヒヒヒ、さっきのとコレでチャラ、ってことでどうでえ)
(全部自分で撒いた種でしょうが……なんなのよ、もう……私、馬鹿みたいじゃない)
(馬鹿を見ただけで済んだ、と思ったらどうだ? 世の中、それくらい余裕を持った方が面白いぞ)
(そ。んじゃ、その勢いに乗ったまま、余裕でカタをつけちゃいましょうか)
(ああ)
(そーこなくっちゃな)


――迷いなく、新たに生まれた強い決意を胸に、二人の戦士は再び走り出す。


非情なる戦場を目指して。


◆◆◆


同時刻、御崎大橋。
依然として、悠二の危機的状況は継続中だった。


名護の危惧通り、彼ら二人が負けたことにより、“千変”シュドナイは、あっさり御崎大橋まで辿り着き、悠二と対峙している。
どうにか――さっきまでは自分のミステスという立場を利用し、以前シャナから聞き知っていた、史上最悪のミステス“天目一個”と信じ込ませることが出来た。


だが、それも限界である。


(……ど、ど、どうし、よう)


力の流れを手繰れば、シャナとキバが、ここへ近付いて来ていることはわかっている。


だが、シュドナイもまた力の波動を感じ取り、戦意をみなぎらせてしまっていた。
絶対的強者の殺意にあてられ、若干普通でないとはいえ、ほとんどただの高校生である悠二が、それに耐えられるはずもない。


カチカチカチ、と恐怖は歯の震えとなって表れる。
無論、シュドナイがそれに気付かぬはずもない。


「! ――貴様!!」
「っ!!」


疑念が怒りに染まり、シュドナイは一瞬の内に腕を伸ばして、悠二の胸を突き刺した。


「この俺をペテンにかけたな?」
「あ……」


ミステスである悠二は、核たる宝具を取り出されれば、その存在は消える。
既知の、だが残酷な事実を、悠二は恐れと共に実感していた。


「ちっ、なんてことだ。せめて中身くらいは当たりであってくれよ」


あまり期待していないような口調のまま、シュドナイは悠二の中から、目当ての宝具を探り当てる。


(あった)
(っ、シャナ、ごめん!!)


悠二はぎゅっ、と目を瞑った。
にやりと笑ったシュドナイが、“それ”に触れる――、




――ピシ。




何かが軋んだような音。


「? っが」


だんだんと、思考力が戻ってくる。


「ぐ、お」


消えていない。
悠二がそう認識するのに数秒。


「おおお」


そしてシュドナイが、自分の腕――悠二の中に潜り込んでいた部分が、根刮ぎ失われたのを認識するのに、更に数秒を要した。


「ぐ、があああああーーーっ!?」


濁った炎を弾けさせる傷口を掴み、シュドナイはこの世のものとは思えないような、絶叫を上げた。


「……か、『戒禁』!? 馬鹿な、俺を、この“千変”を退けるほどの『戒禁』だと!?」
「う、う――」


シュドナイの叫びに、悠二は大した反応を取らなかった。
取り込まれたシュドナイの腕の実在感、異物感、不快感。
それと自分の中とのズレに苦しんでいたからだ。


「一体、何を蔵している。貴様……いや、“封絶”の中で動く…………?」


何かに気付いたように、シュドナイの動きが止まる。
さっきまでの苦悶は消え、代わりに壮絶な歓喜が沸き上がる。


「まさか、貴様――“そうなのか”」
「う、あ――」
「やはり、そうか……。クク、まさか、これほど早く見つかるとは……ク、クク、クククク……」


見た者を凍りつかせるような笑みのまま、シュドナイは再び、悠二に手を伸ばす。


だが、


「ちょっと待ったーーーー!」


ちょうどそのタイミングで、シュドナイの顔面に、白い影が、凄まじい勢いで衝突した。


「がっ!?」


スコーン! といういい音がして、シュドナイはよろめく。
悠二の眼前には、真っ白なコウモリ。


「大丈夫!? 悠二くん!」
「キバーラ、何でここに……」
「悠二くんの気配と、“徒”の気配がかち合ってたから、急いで助けに来たのよ! シューちゃん、お願い!」


――キュルオオオッ!!
幼げな鳴き声と共に、御崎大橋の下の川から、赤いドラゴン――シュードランが飛び出してきた。


「キバット族にドラン族だと……!? ちぃっ、こんな時に!」


一先ずは、シュードランを始末するべく、紫の炎弾を撃つシュドナイ。
だが、小回りの聞くシュードランに、それは当たらない。


「さ、悠二くんは早く逃げなきゃ!」
「け、けど……」
「大丈夫よ、“千変”のお相手はもう来てるわ!」


キバーラが言い終わるか言い終わらないうちに、


「ドカー―ン!!」
「ぬっ!?」


上空のシュドナイを、炎の塊が横様に蹴っ飛ばした。


「うーん、ちょいとタイミングは遅れちゃったかしら?」
『が、戦期は熟して、程好い食い頃だぜ、ヒー、ハー!』


そこにはトーガの獣が、不敵な笑みで立っていた。
やや遅れて、イクサリオンに乗った名護も到着する。


「悠二君、無事だったか?」
「名護さん! 良かった、二人とも無事で……」
「ヒハハッ、色々紆余曲折はあったがな!」
「お黙り」
「あっ、そ、そうだ、『オルゴール』!! この上に!!」


悠二が指差す先、御崎大橋の主塔を、名護とマージョリーは振り仰ぐ。


「なるほど、よく見つけてくれたな。だが……」
「あれはチビジャリとキバに任せましょ。こっちはあのグニャグニャ野郎の邪魔をしないと」
「え? でもさっき……ううっ!!」


力の膨張を感じ、悠二がうめく。


「あいつがあの程度で死ぬようなら、誰も苦労しないっての」
「キバと嬢ちゃんに教えてやんな。白騎士の兄ちゃん、乗っかんな」
「ああ!!」


肩に名護が乗ったのを見て、トーガは真南川をすっ飛んでいく。
やがて、水中に浮かぶ影――海蛇のような姿のシュドナイが表れる。


「くっ、邪魔をするな、『弔詞の詠み手』!」
「なーに? つれないこと言ってくれるじゃない“千変”」
「そう言われると邪魔したくなるのが、世の常ってもんだぜい、ヒャーッハハハ!!」
「悠二君に手出しはさせん! この街にもだ!」


名護はイクサベルトを巻き、イクサナックルを手に押し当てる。


『レ・デ・ィ・ー』
「イクサ、爆現!!」
『フ・ィ・ス・ト・オ・ン』


アーマーの映像が重なり、頭部のクロスシールドが展開。
光子力を放出させ、名護は再びイクサへと変身する。


「その命、神に返しなさい!!」
「さあて、さっきは歌えなかったからね……。今度は聞かせたげるわよ、とびっきり酷いのをね!」
「ヒーッヒヒヒ!! いいねぇ、いいねぇ! 一丁、派手にブチかますとすっかぁ!!」


『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー&『仮面ライダーイクサ』名護啓介vs“千変”シュドナイ。


リターンマッチ、スタート。


◆◆◆


「……来た!」
「シャナちゃ~ん!」


悠二とキバーラは、ほぼ同時に、シャナの姿を視認する。
二人は指(キバーラは翼)で、主塔の上を指す。宝具の位置を教えるためだ。


(――あの馬鹿!)


自分が狙われていることも知らないで!
シャナは呑気な態度に呆れ、だが同時に嬉しくもあった。


(やっぱり、一緒にいてくれた)


気持ちを弾ませ、更に速度を上げる。
だが、先を行く“愛染兄妹”までの距離は、まだ遠い。


「――さぁ――ぃきます、わよ――彼に、ごぁぃ拶を――!」


ティリエルが生み出した火の粉は、一瞬で炎弾まで膨らみ、悠二目掛けて飛んでいく。


「ちいっ!」


腕を振り、紅蓮の炎を発生させるが、力の消耗のせいか大分サイズが小さく、いくつかの炎弾を取り零してしまった。
直ぐ様滑空し、残りを防ぎにいくが、間に合うかどうかはギリギリだ。


――と、シャナの視界、御崎大橋の端から、轟音を響かせる紅のバイクが走ってくる。


シャナとは違い、陸路を追ってきたキバだ。


『キバ!』
「坂井悠二、キバーラ、上手く避けろ!」
『えっ?』


悠二とキバーラの声が重なった。
キバはブレーキをかけるどころか、更にアクセルを入れて突進してくる。


「うわぁ!」
「キャー!」


悠二とキバーラはほとんど転がるように、マシンキバーを回避。


「ハッ!」


マシンキバーをウィリー走行させ、反転。
車体のターンを利用し、“愛染兄妹”の炎弾を弾き返した。


「無事だったか」
「無事だったか、じゃないわよっ!!」


キバーラが頬を膨らませ、悠二も、


「危うく轢き殺されかけたじゃないか!」


いや、もう死んでいるけれど。


「悠二!」


追い付いたシャナが、呼びながら悠二の手を掴んだ。


「来て」
「――うん」


頷いて、悠二はシャナの手を、しっかりと握り返す。


紅蓮の軌跡を描きながら、
二人は主塔へと舞い上がっていく。


「キバーラ、お前はここにいろ」
「わかったわ」


言い残し、キバも柱を蹴り移りながら、シャナ達を追い掛ける。


「ぐえっ!」


主塔の屋上に悠二が乱暴に放り捨てられ、続いてキバとシャナが降り立つ。


屋上の中心部に、小箱に入った宝具――オルゴールがポツンと置かれていた。規則正しく、涼やかな音楽を奏でている。


「やっととまった! ねえ、はやくわたしなよ、ボクの『にえとののしゃな』!!」
「――さぁ……ぉ兄様――に、渡し、て――」


キバ達とは反対側に降り立った愛染兄妹は、相も変わらず、シャナの宝具を欲していた。


「な、な……!?」」


悠二が、顔半分の輪郭以外を保っていないティリエルを見て後ずさる。
片やシャナとキバは冷静に、状況を把握していく。


「――その『オルゴール』とやら、自在法を音色に変えて奏でているのか」
「ぁら――よく、気付き――ましたわね」
「ああ、音楽は好きなんでな」


素っ気ない口調でキバは答える。


「ボクらの『オルゴール』はすごいんだぞ! むずかしいじざいほーを、まとめてたくさんつかえるんだ!!」
「――ええ、その通りですわ、お兄様。複雑な『ピニオン』稼動のための自在式も、一度これに込めれば、あとは自動的に行ってくれる」


言いながら、ティリエルはまた新たに、自在式を打ち込んだ。


『オルゴール』の音色が、また変わる。


(力の消費が、更に加速した)


ティリエルの姿が、更に霞んでいく。
シャナは、彼女にしては珍しい、別れを惜しむような口調で言う。


「なんて、馬鹿なの」


ティリエルは笑みを崩すことなく、消滅に一抹の恐怖も抱かず、返す。


「うふふ――“ありがとう”――でも私は、私のお兄様以外から、賞賛を受けようとは思っていませんのよ――――いえ――そう、“誰からも”――」
「――貪り愛し、他に染まる。“愛染他”か。キミに相応しい名だよ、ティリエル」


キバはぽつりと呟く。


「ぇえ、そぅ――それが、私――ですわ」


当たり前のように答えたティリエル。


「……そうか」


キバにもはや、贈れる言葉は無かった。
口を閉ざし、シャナと並び立つ。


「行くぞ、『炎髪灼眼』」
「――大丈夫なの?」


シャナは短く問う。


――戦えるのか。裏打ちされた思いが、キバの頭に響いてくる。


「………」


キバは沈黙したまま、腕を空に翳す。
赤い魔皇力が雲を切り裂き、上空に紅の紋章を描いた。




――コウモリの如きそれは、キバの紋章。
キバを受け継ぐ者、人間とファンガイアを守る戦士の証。




「戦うさ」


今度は優しさではなく、弱さを仮面に封じ込め、キバは答える。


「何もかも、俺が決めて選んだ旅路だ。すべてを背負う覚悟は、もう出来ている」
「――そう」


『贄殿遮那』を構え直し、


「なら、いいわ」


再び満ちた二人分の戦意は、空気をピリピリと震わせる。
シャナは一度だけ、後ろの悠二に宣言した。


「大丈夫」
「うん」


ただそれだけのやり取り。


一緒にいるんだ。それだけを、シャナと悠二は感じる。


「さあ、参りましょう――お兄様――」
「うん、ティリエル! ボクの『にえとののしゃな』!!」


バックミュージックは、ソラトの我欲、ティリエルの献身。
『オルゴール』の、何処か悲し気な音色がそれらを彩り、決着の時は訪れた。




『炎髪灼眼の討ち手』シャナ&アームズモンスターズvs“愛染自”ソラト&“愛染他”ティリエル。
延長戦。
『炎髪灼眼の討ち手』シャナ&『仮面ライダーキバ』紅奏夜vs“愛染自”ソラト&“愛染他”ティリエル。


スタート。
  1. 2012/03/30(金) 22:07:17|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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【感想】特命戦隊ゴーバスターズ Mission5.キケンな熱暴走!

・メガゾードの説明乙です。
そしてその人形はソフビ販促の伏線ですねわかります(ry

・ニック=兄貴
ウサダ=弟
ゴリサキ=オカン

の構図が組み上がりつつある今日この頃。

・「止まれー!俺は止まらないが止まれー!」
出オチ感がヒデェな今回のメタロイドww

・ヨーコ「変なのキター!?」
これで井坂先生思い出した人挙手ノ

・「なんで?俺が方向音痴だからか?」
自覚はあったんだなニック。

・「悪いなァ……力入れ過ぎちまった……」

……!?(言葉失った)

・「次はこっちの番だ……!!」
「うるせぇ邪魔だ!!」
リュウさんマジバーサーカー……熱暴走っていうから、しばらく動けなくなるくらいかと思いきや……しかし俳優さんの演技力凄いな。
ドスの利かせ方や目つきとかもう別人やん……。

……うん、ファン的には好感度が更に上がったけどね!

・「そうよ待って!!」
だから今回のメタロイドキャラ濃すぎだってww

・「地獄へ落ちろ!!」
このセリフで某総司令官を思い出し(ry←ゴリサキの中の人ネタ

・ゴリサキどっから出てきたwwそして冷やし方が雑ww

・もう正直ヨーコちゃんと同じ心境なんスけど……あれはショック受けるよ……普段のリュウさんがほのぼのキャラなだけに。
いや、泣いてるヨーコちゃんは可愛かったですが(おい待て

・「フォローしてあげて!!」
「食べなよ」
ウサダの株価急上昇な件。
一話からヨーコからかってばっかだったけど、ちゃんと気を使ってあげてるのがわかって良かったです。

・ニックのミラーに地味に吹いたw

・ヒロムがフォローした……だと……!?(驚愕

・ニwワwトwリw

・RH-03はトリッキーな戦い方ですね。地面潜ったりフィニッシャーが後ろ足キックだったり……。
今回までで個別ロボの活躍は一段落かなぁ。

そして次回は合体形態が来るようですな。今のところゴーバスターエースが俺の中では至高なんですが……果たしてどうなることやら。

  1. 2012/03/27(火) 18:00:42|
  2. 【感想】特命戦隊ゴーバスターズ
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【感想】仮面ライダーフォーゼ 第28話.星・嵐・再・起



・「返してくれよぉ……俺のメテオドライバー……返してくれよぉ!」
流星マジ影山。
……ごめん。こういう風にしか脳内変換されませんでしたw

・理事長笑いのわかる男。

・「校長のようにマジメな人から、超新星になった人がいましたか?」
もっとバカになれということですねわかります(橘さんネタやめろ

・いろいろ板挟みになってんなぁ、流星……次郎は奇特だし、魂を賭けてくれた仮面ライダー部のみんなもほっとけないだろうし、メテオには変身できないし……孤独に戦い続けることも、そうしたしがらみを背負わない為なんでしょうけど。

・「一人だけ逃げんのはもっとイヤなんで」
このJKのセリフが地味にいいですね。
そういえば今の仮面ライダー部じゃ、JKのプロフィールが一番謎な気がする…彼がなんで初期のような性格になったのかとか、掘り下げてくれるのだろうか。

・「なんだいなんだい、この集団走れメロスは!!」
クソ吹いたwwカニの言い回しには毎度惚れ惚れします。

・地獄大喜利の緊張感がカケラもねぇww
ライダー部のギャグはスピンオフに取っておくべきだと思うのは俺だけだろうか。

・「変顔で勝負だ!!」→「やだ」
けwんwごw

・「今笑ったな……?」
地獄兄弟がアップを始めたようです。

・「この秘密だらけの男を信じてくれたライダー部の奴らに、借りを返したいんだ!!」
流星の本音が垣間見えたセリフでしたな……俳優さんの全力のシャウトがまた。

・タチバナさん、なんという師匠ポジション。
「○○を見捨てろと言ったけど、本当の正解は○○を見捨てないことだよ」的な展開をタチバナさんがするとは……しかしどんどん謎が増していくなこの人。

・「メテオストーム!!」
何故ネイティブ発音じゃない……

・メテオストーム、なかなかカッコいいです。棒術なのは三節混をイメージしてるんですかね。

・え、これなんてベイブレ(ry

・「我々ホロスコープスに失敗は許されない」
校長、今までのアンタの活躍を言ってみな。

・「小さい……校長の人間性が、実に小さい……」
あーあ、カニさん遂に退場か……面白いキャラだったんで再登場希望です(園ちゃんは?
てかこれ、また同じ刑事来たらバレるんじゃねーの?

・「“まだ”その時ではない…」
まだ、というあたりに流星が少し心を開いたことが伺えますね。
弦ちゃんと流星の同時変身シーン、早く見たい。

・なんでガンバラのCM田中なんだよwwwww余韻が全部持ってかれたわwwwww

次回は始業式か……新しいレギュラーキャラなんかも来るのかね。
  1. 2012/03/27(火) 17:51:52|
  2. 【感想】仮面ライダーフォーゼ
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第十一話・メトロノーム/その想いは誰が為に.後篇

「あんた、封絶の中で動けるくらいしか能ないんでしょう。なんで隠れてないわけ?」


フラットな口調のまま、グリモアに乗って低空飛行するマージョリー。


「うぐ、ちょ、うげ、苦、ぐ」


その手がズルズル引き摺り、軽く呼吸困難となっている少年。


『玻璃壇』によって見つけられ、先ほどマージョリー&イクサと合流した坂井悠二である。
さすがに気の毒になったのか、マルコシアスが、


『よお、マージョリー、首だ』
「……ん? ああ」
「私の方に乗りなさい、悠二君」
「げほっ、げほっ、は、はい……お願いします、名護さん」


マージョリーの手から、悠二はイクサの駆るイクサリオンの後部へと移る。


ちなみにこのイクサリオン。
マージョリーによって自在式が組み込まれ、封絶内でも活動が可能となっていた。


「名護さん、市街地の方で戦ってるって、キバットから聞きましたけど、無事だったんですね」
「ああ、大事ない。それはそうと悠二君、あまり無茶をするな。君はあくまで、普通の高校生なんだ」
「う……」


イクサにたしなめられ、悠二は少し肩を落とした。


「『弔詩の詠み手』、恵達から、何か報告はあるか?」
「あー、ちょっと待ちなさい」


マージョリーは『玻璃壇』と通話を始める。が、悠二からすれば、ただの独り言だ。


「なにをしてるんですか?」
「別の場所にいる協力者と、連絡を取っているんだ」
『紹介は勘弁な。今後の活動に支障が出るといけねぇんでよ、ヒッヒ』


――その協力者の中に、自分のクラスメートである田中と佐藤がいることを、悠二はまだ知らない。


「子分二人が言うには、式がぐちゃぐちゃで何が何だか、だそうよ。あの女――メグミだっけ? メグミからも似たような報告が来たわ」
『つまるとこ、なーんの手掛かりもナシだな』
「そうか」


イクサはさほど落胆した様子もなく、辺りの観察に戻る。
マージョリーは取り敢えず、イクサリオンの後ろに乗る、この頼り無さそうな少年に話を聞いた。


「そういや、なんであんた、あんな所にいたわけ?」
「え、ああ、あそこにあった“存在の力”を集める仕掛けを、なんとか壊そうと思って、急いで走って……まぁ、“燐子”だったことは知らなかったし、あんなのが相手じゃ、実際何ができたとも思えないけど……」
『!! おめえ、あの仕掛けがあることを、発動する前から察知してたってえのか!? 自在法の心得もねえのに!?』
「え? ……と、特別なことなのか?」


悠二が、マルコシアスの予想外な反応に戸惑う。


この町は現在、偽装や撹乱の自在式が張り巡らされている。
そんな中で的確に、“燐子”ビニオンの位置を特定するのは、かなりの神業らしい。


(『零時迷子』の力、なのかな)


つい悠二は、自分の中に見える炎に目を落とした。


「なるほど、チビジャリも案外良い子分を持ってるじゃない。――あんた、私の嫌がらせに協力しなさい。チビジャリの方は、あの陰険変態兄妹との戦いで忙しいし。結果的に、チビジャリを助けられるわよ」
「待ちなさい、『弔詩の詠み手』」


ここで異議を唱えたねはイクサだ。


「彼は少し普通と違うだけで、ただの人間だ。我々が連れ回して、彼を危険に晒すわけにはいかない」
「じゃあどうすんのよ。はっきり言って、私でもコイツほど的確に、花モドキの場所は探知出来ないわ。第一、ここから『玻璃壇』まで連れてく道中の方が危険じゃない?」
『だったら、俺様達と一緒の方がアンゼンってもんだろうよ』
「だが……」
「名護さん」


尚も渋るイクサを制したのは、悠二本人だった。


「名護さんが、僕を心配してくれてるのは、凄く分かります。けど――もう、決めたんです。この戦いで、少しでもいいから、僕にできることをするって」


みんなを守ると言ってくれた、そして今も頑張ってくれている、あの子のために。


「だから、僕に出来ることがあるなら、頑張らなきゃいけないんです。お願いします、やらせて下さい」
「……」


自分を見つめる真摯な眼差しに、イクサはしばらく口を閉ざす。
やがて、仮面の下から聞こえてきたのは、満足そうな笑い声だった。


「“彼”が君を気に入った理由がわかった気がするよ」
「えっ?」


首を傾げる悠二に、イクサは、かつての“彼”――紅奏夜を重ね合わせていた。


(まるで、四年前の彼を見ているようだ)


例え自分に力が無くとも、決して諦めず、立ち上がれる信念。
それを、この少年は持っている。


「――わかった。だが、勝手な行動は取らないようにしなさい。危なくなったら、逃げることを第一に考えるんだ。逃げるのは決して恥ではないからな。わかったね?」
「はいっ!」


勢いのある声でそう言って、悠二はマージョリーとマルコシアスに向き直る。


「じゃあえっと、取り敢えずその、変態? 兄妹……とか、事情を説明してくれよ」


◆◆◆


この世は決して優しくない。


どんなに頑張っても、叶えられないことはある。
楽園がいきなり地獄に変わることもある。
人はゴミのような死を迎える。
勧善懲悪など、戯れ言もいいとこだ。


「こんな汚れた世界の空気を吸って平気なら、俺も汚れた人間ってことなんじゃないか?」


――かつて、世の中を拒絶してきた青年はこう言っていた。


やがて彼は、この世のリアルを、その身を持って知ることになるのだが――、




知っていることと、それに耐えられることは、別の話だ。




◆◆◆


「お前らが……“紅世の、徒?」


キバを震えさせているものが何なのか。
それは、キバとキバットしか知り得ない。


愛染兄妹も、アームズモンスターも、アラストールも、そしてシャナも。


恐怖をもって戦いに臨んだキバを、奇異の眼差しで見つめていた。


(何で……、何でこの二人が、平井や次狼たちと戦ってるんだ!?)


感情は、事実を否定する。
しかし理性は、この現実を、直ぐ様受け入れていく。


気付く機会はあった。この兄妹に会った時、キバットは何かに気が付いたような素振りを見せている。
今にして思えば、油断していたとしか言いようがない。
キバットが気付けていたなら、奏夜にも気付けたはずだ。


ただ――あの時は、


(……ああ、そういうことか)


混乱していた頭が、急速に冷えていく。仮面の下で、奏夜は唇を噛み締めた。




――ただ嬉しかったから、気が付けなかったんだ。




二人の仲の良さと、笑顔を見て、いい奴らだと思った。
自分の力は、この兄妹のように、儚く、だが素晴らしい存在を守るためにあるのだと。


――だが、違った。
兄妹は守るべき存在ではなく、むしろ、倒さなければならない存在。




人の音楽を喰う、“紅世の徒”だ。




「……この街は、人間とファンガイア。両者の架け橋となる場所だ」


威圧的な口調に、キバへの警戒を続けていた兄妹が身動く。


「お前達は、人間やファンガイアを喰ったのか?」
「……?」


シャナは、さらに不信感を抱く。


(なんで、あんなことを)


兄妹に聞くまでもない。人を喰った痕跡を嗅ぎとったからこそ、自分達は動いた。
キバが知らないわけがない。


ティリエルも同じようなことを思ったらしく、


「……高貴な身分の割に、おかしなことを聞きますのね。キバ――ファンガイアの王」


やや落ち着きを取り戻したのか、ティリエルは再びソラトへ寄り添う。


「そんな解りきった質問など無意味でしょう。なんなら、もう一度同じことをして差し上げましょうか?」
「……」
「私達は早く、そちらのフレイムヘイズの持つ刀を戴きたいのです。邪魔をするのなら、貴方も贄となって貰いますわよ」
「……そうか」


これで、兄妹を見逃してやることは出来なくなった。
一縷の望みに掛けてみても、結果は同じ。


(――情けない)


やっぱり、俺はバカだ。
こんなになってもまだ、戦いたくないと思っている。


だが、もうそれは通用しない。


「ならば――俺も容赦はしない」


残された選択は一つだけ。
――キバとしての責任を果たさなければならない。
全ての感情を仮面に封じ込め、キバはゆっくりと、兄妹に人差し指を突き出す。




「――お前達に、夜が来る」




宣告と共に、キバはベルトのケースから、三本のフエッスルを引き抜いた。


「キバット、五分でカタをつける。やれるな?」
「……いいのかよ?」


キバットの言葉。だがキバの答えは、


「それに答える意味は無い」
「――わかった、んじゃ、出血大サービスといくか」


冷ややかな返事に、キバットは、いつものハイテンションさを消していた。


(……どうして、こいつばっかり)


いいヤツなのに。
俺様の無二の親友なのに。
どうしていつも、こんな重みを背負わなきゃならないんだ。


「……カミサマ、恨ませてもらうぜ」


ぽつりと言った呟きを最後に、キバットは押し黙った。


「次狼、ラモン、力。来い!」
「……ああ」
「みんなで行っくよー!」
「てんこ、もり」


そしてキバットは、青、緑、紫、三本のフエッスルを吹き鳴らした。


『ガルルセイバー!』


ガルルが青い彫像に。


『更に、バッシャーマグナム!』


バッシャーが緑の彫像に。


『そして、ドッガハンマー!』


ドッガが紫の彫像に。


三つの彫像は光球となり、それぞれ右腕、左腕、胴体と重なり、その部位に鎖が巻き付き、その姿を変えていく。


――ドガバキフォーム。
キバフォームをベースに、左腕はガルルフォーム。右腕はバッシャーフォーム。胴体は、ドッガフォーム。
アームズモンスター全ての力を取り込んだ、まさに四位一体のフォームチェンジ。
キバットの魔皇力コントロールの関係から、五分以上変身を続ければ、キバの鎧が大破するばかりか、五人の命も危険に晒されるという、リスキーな姿。


だが反面、その力は絶大だ。


「――行くぞ」


ゆっくりと歩いてくるキバに、


「もう! ボクのじゃましないでよ!」


飛び出したソラトが『吸血鬼』を振り被る。


「無駄だ」


剣筋を見切ったキバは、剣を難なく受け止める。


「つかんだな!」


ソラトが存在の力を『吸血鬼』に込める。
『吸血鬼』の能力、触れた相手を切り刻む見えない斬撃が、キバを襲う。
だが、


「……今、何かしたのか?」
「えっ?」


ソラトが間の抜けた声を挙げる。


存在の力が込められたにも関わらず、キバは無傷だった。
それもそのはず。ドガバキフォームは、全てのフォームの力を取り込んだ形態。
ドッガの鉄壁の防御力が、キバを守ったのだ。


「この距離なら、鎧も意味が無いな」


『吸血鬼』を掴んでソラトを固定したまま、キバは右手に構えたバッシャーマグナムを向ける。


――バァン!
連なった音が合計七発。0距離でソラトに命中した。


「っ、うわあぁ!」
「お兄様!」


ティリエルが蔓を伸ばし、兄をキバから引き剥がす。


「ティリエル。あいつ、なかにいっぱい、かいぶつをとりこんでるよ!」


ソラトの身体は『揺りかごの園』により、すぐ回復する。


「ええ、お兄様。……さすがはファンガイアの王、というところですわね」


言いつつ、ティリエルの声にはまだ余裕があった。


(でも、あれだけの力をそう長く維持は出来ないはず……。それに『揺りかごの園』は依然起動中。上手く逃げ切れば、向こうが勝手に自滅してくれるわ)


ティリエルの読みは、的確なものだっただろう。
しかし、兄妹は見くびっていた。


キバの力を。


「戦いの最中にお喋りとは、随分余裕じゃないか」
「っ!?」


いつの間にか、キバが後ろに回り込んでいた。
見れば、足元がバッシャーの能力により、水が張られたアクアフィールドと化している。
キバはその上を高速で滑り、二人の背後に回り込んだのだ


「ッハァ!!」


アクアフィールドを使い超加速。


「うぎっ!!」
「う、あぁぁぁ!!」


目にも止まらぬスピードで、左腕に持つガルルセイバーを振るい、二人を斬りつけていく。
兄妹の悲鳴が、キバの耳を貫く。


「……っ」


赤い血が舞うのを、キバはガルルセイバーを、きつく握り締めることで耐える。


(――いかんな)


ガルルセイバーとなっている次狼は思う。


(完全に戦いのことしか考えていない)


奏夜が“こう”なると、ロクなことにならない。だが、今の自分に止める術は無かった。
あくまで次狼は――彼の臣下の身なのだ。


「ヴァァ!!」


最後の一太刀で、ソラトは数メートル先まで斬り飛ばされる。


「ぐ、あぅ……」


回復よりも、痛みが先に立つようになったのか、ソラトがうめいた。
キバは無言で、ドッガハンマーを引き摺りながら、ソラトに近づく。


「無駄、ですわ……」


回復を急ぐティリエルが、キバの背中に語る。


「『揺りかごの園』の中なら、私達は無敵。何度でも、再生が出来ます……」
「そうか。それは大層な力だ」


だが。とキバは言葉を繋ぐ。


「回復に使う力が無限でも、一度に供給出来る力には限界があるんじゃないか?」


キバが淡々と言い放つ。


「見たところ、お前の蔓から存在の力は供給されている。だが、お前の兄の再生は正確には一瞬じゃない。ダメージに比例するが、大体2、3秒のラグがあった。
――つまり、ダメージ量が供給量を越えれば、再生は無意味だ。回復が追い付かないからな」
「!!」


さぁっと、ティリエルの顔が青ざめた。
わかったからだ。
ドッガハンマーを構えたキバが――何をするつもりなのか。





「力の供給が追い付かなくなるまで、叩き潰してやる」





――ッガァン!!


倒れたソラトへ叩き込まれたドッガハンマー。
ソラトの呻きが聞こえるが、キバは手を緩めない。ただ一心不乱に、ドッガハンマーを振り下ろし、叩く。


叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く叩く。


「あ、ぁぁ……!!」


圧倒的力による蹂躙。
ティリエルが涙まで浮かべながら、愛する兄に向けられる、殺意の嵐に呑み込まれていた。


「い、いや……! 止めて、止めてぇ!!」


それでも懸命に蔓を伸ばし、キバの動きを封じようとする。
だが、ドッガのパワーの前では無意味だ。
ティリエルの悲痛な叫びにすら、耳を貸さず、キバはまるで機械のように、一つの動作を繰り返す。



◆◆◆


「………」


磔にされたシャナもまた、その非情なまでに凶悪な力へ、畏れを抱いた。
その一方で、シャナの中に、それとは違う感情が沸き上がってもいた。


(どうして……?)


“愛染兄妹”に同情するわけではない。
けれどシャナは確かに、キバの戦いを見るのを、嫌だ。と思っていた。


(今のキバを見てると、凄く悲しくなる)


シャナの知るキバの力は、あんな狂った強さじゃない。
自分や悠二を導いてくれたような、聡明さがあったからこそ、シャナは彼の強さを信じていたのだ。


だが、今のキバは違う。


(力に身を任せて、感情を圧し殺してる)


感情を押さえ付けるのが、どれほど大変なのか、シャナはマージョリーとの戦いで、よく知っていた。


――キバは今、それをやっている。内に眠る力を、暴走させてまで。


(どうして、そうまでして戦うの?)


自分は、まだいい。
それが使命だから。そうあるように生まれたから。
ただ“徒”を討ち滅ぼす存在として、割りきれる。


でも、キバは違うはずだ。


最初から、守るために戦っていた。守る強さが、キバの強さなのに。


(どうして)


シャナは、悠二の時とは違う胸の痛みを感じた。


(どうしてそんな、今にも泣きそうになってまで戦うの?)


シャナの問いに答える者は、いなかった。


◆◆◆


「……」


キバは静かに、ドッガハンマーを地面に降ろす。
ソラトはもはや、声を挙げることも出来ず、形容するのも惨たらしい状態だった。
再生こそしているが、シャナの時ほどの速度はない。


「――ザンバット」


ドガバキフォームを解除すると、三体の彫像がキバから飛び出してくる。
三体の彫像が一つに集まると、光の中から、幻影モンスター『ザンバットバット』が現れた。
キバは何処からともなく、魔剣ザンバットソードを呼び出し、ザンバットバットが刀身部分を噛むように取り付く。


「キバット、行くぞ」


ザンバット頭部の仮面に付いていたフエッスルを外し、キバットに吹かせる。


『WAKE.UP!!』


ザンバットバットを刀身の上まで引き上げるにつれ、ザンバットソードが紅の魔皇力に染まっていく。
ザンバットソード使用時の必殺技『ファイナルザンバット斬』が発動する。


「……」


キバに――紅奏夜としての優しさは無かった。
感情を殺し、ただ目の前の敵を滅する。キングの代行者――キバの頭にあるのは、それだけだった。





「断罪の牙の下……転生の輪廻に沈め」





ソラトを一瞬だけ見下ろし、キバが低く言い放った。
ザンバットソードが、紅の軌跡と共に牙を剥く――、





「!!」


突如、キバの刃が止まった。
彼とソラトの間。


そこへティリエルが、髪を振り乱し、割って入ってきたからだ。
目には涙の痕があり、息を切らせ、シャナへ見せていた余裕の態度もない。
ただ両手を広げ、キバの行く手を阻む。


意味が無いのは、分かっている。しかしそれでも、ティリエルは必死だった。


――兄が死ぬ。
それは自分にとって、世界が閉じるのと同じことだった。
兄を助けたい。その一心で、ティリエルは叫ぶ。




『「やめて!!」』
「っ!!」




◆◆◆


『どうして……どうしてこんなことを!!』
『人間など価値のない存在だ。何も悲しむことはない』
『許さない……、絶対に!!』


対峙する『黄金の戦士』と『蒼の戦士』。


『WAKE.UP.フィーバー!!』
『やめて!!』


一つの影に、守るはずだった人に、自らの力が牙を剥く――。


◆◆◆


「……ぁ」


仮面の下に封印した感情が戻ってくる。
僅かな畏れは、水面に落ちた雫の如く、心に波紋を広げていく。


(……俺は今、何をしようとした?)


右手が震え、取り落としたザンバットソードが、乾いた音を立てた。


――最もやってはいけないことを。
二度としてはならない過ちを、再び犯そうとしていたのではないか?


「あ、あ……!!」


自分へのおぞましさに、後退りするキバ。
そこに、一瞬の隙が生まれた。


「っだぁぁあ!!」


ようやく回復が追い付いたソラトが、ティリエルを飛び越え、キバへ『吸血鬼』で斬りかかったのだ。


「っ!!」


反応が遅れ、ザンバットソードを拾おうとする。
しかしそれより早く、ソラトはキバに、『吸血鬼』の刃を合わせ、存在の力を注ぎ込んだ。


「っぐ、あああ!?」


ドッガフォームほどの防御力が無いキバフォームに、『吸血鬼』の斬撃は防げない。
キバは血の雫を撒き散らせ、大剣のスイングに吹き飛ばされた。
その勢いのまま、戦いで崩れたビルに、キバは叩き付けられる。


『キバ!!』


シャナと次狼達の声を最後に、キバの意識は闇に呑まれた。


◆◆◆


「……ッハァ、ハァッ」


ティリエルが息を切らし、緊張の糸が切れたのか、その場へ座り込みながら、気絶したキバを見る。


(生きて、いる……?)


ティリエルが、自分の生存に疑問を持つのも、無理からぬことである。


(あの時、キバが刃を止めなければ、確実に討滅されていた……)


何故刃を止めたのか、それはわからない。
だが今は、その幸運に感謝するしかないだろう。


(……けれど、いつキバが目覚めるかわからりませんわね)


立ち上がったティリエルに、先程とは打って変わった無邪気さを、ソラトは見せる。


「ねぇティリエル! あいつやっつけたよ! はやく、『にえとののしゃな』をもらおうよ!」
「ええ、もちろんですわお兄様」


一部始終を静観していたシャナへ、ティリエルは僅かな焦燥を込めた瞳を向ける。


「あまり、モタモタはしていられなくなりましたわ。早く『贄殿遮那』を、渡していただけます?」


◆◆◆


「背理、回帰順配列!」


マージョリーが掛け声と共に、光る指先を動かす。


現在、マージョリー達は『ビニオン』の削除に動いていた。
悠二が偽装された『ビニオン』を見つけ、マージョリーが分解し、再構成。イクサはその間、二人の護衛だ。


「あと何個だ、悠二君」
「ええと、多分二・三個くらいです」
「そうね。でも残念」


マージョリーがグリモアを宙に止めた。
イクサと悠二も、気が付く。


「……来たか、“千変”。悠二君、手筈通りに行くぞ」
「けど名護さん、マージョリーさんも本当に大丈夫なんですか? その、囮役なんて」
「なーにを今更言ってんのよ」
『提案したのはお前さんだろがい、ヒッヒヒ』


――かつてのフリアグネが使った“都喰らい”のように、自在式の核となる“何か”は効果範囲の中心にあることが通例である。
だが無論、敵はそこに気を配っているはず。
そこで、悠二は二人にある作戦を持ち掛けた。


早い話が囮作戦。
“愛染兄妹”はシャナが押さえている。ここで“千変”をマージョリーとイクサが押さえれば、ノーマークの悠二は、核探しに集中できる、というものだ。


「私は別に反対しないわよ。それに、こっちで百年も過ごしてない、ちょいと物隠すのが上手いからって調子に乗ってるガキ共に舐められっ放しで黙っていられるほど、私は人間が出来てないの」
『んーなもん、見れば分かるってブッ!』
「お黙り、バカマルコ」
「悠二君、キミが私達を本当に心配してくれるのなら、必ず核を見つけてくれ。――危険な役になる。だから、私との約束を忘れないようにしなさい」
「――はい! 二人も、気を付けて!」


悠二が走り去るのを見て、マージョリーとイクサは気配の方を睨む。


「戦えるのか?」
「さあね」


イクサの問いに素っ気なく答えると、


《マージョリーさん》
《姐さん》


佐藤と田中の声が、頭に響いた。


「お黙り。集中したいのよ。粘れるだけ粘ってみるつもりだけど、結果はわかんないしね」
《最初からそんな弱気なんて、マージョリーさんらしくないですよ!》
《以前の、あの強くてかっこいい姐さんは、どこにいったんですか!》


怒鳴りたくなる気持ちを、マージョリーはぐっと押さえた。


(私は、お前たちが思ってるほど、強くも格好よくもない! 間違えるときは間違えるし、負ける時は負けるし、逃げるときは逃げるし、落ち込む時は落ち込むのよ!!)


苛立つマージョリーに、また違う声がかかる。


《あの、マージョリーさん》


恵だった。


「……何よ」
《私も前に、マージョリーさんと同じことで迷ったことがあります》
「……?」
《戦士として戦うか、戦わないかを》


名護と同じファンガイアハンターだった恵。
母、ゆりの意志を受け継ぎ戦う。それに迷いは無いはずだった。
――しかし一度だけ、戦うことに、恐れを抱いてしまったことがあったのである。


《でも、ある人に言われたんです。『自分の弱さを受け入れろ』って》
「……弱さを、受け入れる?」
《あなたは、戦う理由を見失ってる。だから、戦えない。それはあなたの弱さです。けど、弱さは悪いことじゃない。強くなるためには、弱さが必要なの。
――憎しみ以外で戦う理由が見つからないなら、他に理由を探せばいいじゃないですか》
「……今まで好き勝手やってきたからね。今更新しい理由なんか湧かないわよ」
《そう……なら、啓作くんと栄太くん達を守るっていうのはどうかしら?》


恵の案に、マージョリーは唖然とする。


《会ってすぐの私でも分かるくらい、啓作くんも栄太くんも、あなたが凄く好きなの》
《!! め、め、恵さん!?》
《な、何をイ、イキナリ!?》


後ろで二人の慌てる声が聞こえるが、恵は構わず続ける。


《自分を好きでいてくれる人と、その周りにいる人達を守るくらいできるでしょ? 名護くんと一緒に戦えるあなたなら、それだけの強さがあるはずだわ》
「……あまり、買い被らないでくれる?」


恵の必死な言葉から逃れるように、マージョリーはそう呟く。
言う間に、タイムリミットが来てしまった。


『お三方、戦闘中は話し掛けんじゃねぇぞ』
「――また、後でね」


マルコシアスとマージョリーの声を最後に、通話が終わった。


と同時に、周囲を包む紫色の爆炎が、相手の到着を告げた。


「さて、本当どうしましょ」
『てめえで考えろい』
「ここまで来たんだ。腹をくくりなさい」


三者三様の言い合いをする間に、近くのビルを突進で破壊し、それは到着した。


「どうやら今度こそ本気、最後の最後までやり合えそうだな」


口角を吊り上げるシュドナイの姿は、虎、鷲、蝙蝠、蛇、様々な姿が合わさった奇妙な生き物へと変貌を遂げていた。
“千変”とはよく言ったものである。


「存分に、狂宴を楽しもう。殺戮の美姫、異形を狩る白騎士よ」
「ふん……あんまり、その気にさせてくれない格好ね」
「悪趣味もこれ極まりだな。見てくれに少しでも気を配るなら、さっきの人間の姿をお勧めする」
「やれやれ、せっかくの誘いだというのに、つれないことを言ってくれる……が、まぁ先程よりは、幾分かマシな力が期待出来そうだな」


虎の口を苦笑に歪め、シュドナイを力の奔流が覆う。


「ではそろそろ、幕を引くとしようか」


◆◆◆


「……う」


ビルの瓦礫が蠢き、意識を取り戻したキバが、中から出てくる。


「あ、やっと起きた!!」
「だい、じょぶ、か?」
「ラモン、力……」


身体を起こすも、まだ少しフラついた。
あれだけの存分の力が直撃したのだから、これくらいで済んで御の字だろう。


「お目覚めか、我が王よ」
「奏夜、何処か悪いトコはあるか?」
「……ああ、何とかな」


次狼とキバットの気遣いも、あまり耳に入らない。


全身を襲う疲労感に、キバは膝をついた。


――戦いの場からは、そう離れてはいないらしい。
建物の隙間から、紅蓮の劫火がちらほら見える。


「あれから、どうなった?」
「『炎髪灼眼』がまた戦っている。お前が奴らの相手をしている間に、“存分の力”を溜めて、拘束の自在式から脱出したらしいな。
『贄殿遮那』は“愛染自”に奪われたようだが……まぁ、さしたる問題はあるまい。奴らの『揺りかごの園』とやらも、ミステスのガキ達が壊しているようだから、ご自慢の高速再生も使えないだろうさ」
「……坂井達も、動いてたのか」
「そうだ。だからお前が戦わずとも、カタがつく」


最後の言葉には、遠回しな非難が込められているような気がした。
畳み掛けるように、次狼が問う。


「何故、止めをささなかった?」
「……ごめん」
「何か理由があるのか?」
「……ごめん」
「……最近、マスターが新しいコーヒーメニューを作っていたな」
「……ごめん」


重症だこれは。
次狼は溜め息をつき、頭を掻く。


――古い友人の息子は変わった。
具体的には、親父に似てきている。
だが次狼に言わせれば、根っこの部分はまだまだヒヨッコ。


どうしようもない、お人好しのままだ。


「謝るな奏夜。別に怒っているわけじゃない。俺達の主はお前で、俺達はお前に従うだけだ」


それに。と次狼は言葉を次ぐ。


「――“あそこで刃を止められる”からこそ、俺達はお前を主と認めたんだ」


次狼の言葉にキバが顔を上げると、ラモンと力もまた、キバに詰め寄る。


「お兄ちゃんがふらふらしてどうするの。もっとしっかりしてよね、僕達もついてるんだからさ」
「おれたち、なまか」
「お前がその優しさを失わない限り、俺達はお前を裏切らない。お前が新たな罪を犯すなら、俺達が少しずつ背負ってやることも出来る。お前が苦悩する時、助けてやるのが、音也との約束だからな」


次狼が手を伸ばす。
キバが躊躇いがちに、その手を掴み、立ち上がった。


「……次狼、ラモン、力。俺は……どうすれば」
―お前の心に従え。音也はいつもそうやって、先に進んできた」


また何かあれば呼べ。
次狼達が彫像となり、キャッスルドランに帰っていく。


「……」
「奏夜、ツラいなら、行かなくてもいいんだぜ」


天に昇る紅蓮の炎を見つめるキバに、キバットは言う。


――答えは、分かりきっているけれど。
それでもキバットは、奏夜に傷付いて欲しくなかったのだ。


「……ありがとな、キバット」


いつも一緒にいてくれる相棒に礼を言って――キバはまた選ぶ。


己の道を。


「でも、行かなきゃならない」


拳を握り締め、迷いを振り払う。


「選んだ責任は、自分で取るさ」


◆◆◆


「っはあ!!」


シャナ自身が持つ炎により、形成された一対の紅蓮の刃が、地面に振り降ろされた。
大爆発が起こり、ソラトとティリエルを熱波が襲う。


「な、なんてこと――」


ティリエルの焦りも、爆音に掠れていく。
片やシャナは冷静に、二人を観察する。


『やはり、先程までの再生スピードはないな』
「うん」


アラストールの声に頷き、


(悠二が、やってくれたんだ)


そのことに、嬉しさが込み上げてきた。


(私達は、こいつらとは違う)


こんな、お互いにすがり合うようなことはしない。


(共に在ってすがらず、ただ互いを強く感じ、力を得る)


そうあるように、私が自身が選んだ。


(悠二と、一緒にいたい)


心の声は、そう叫んでいた。


――本当にやりたいことをやるんだ、心の声に耳を済ませろ。


キバが、教えてくれたことだった。


(キバなら、きっと大丈夫)


どうして、あんなにも彼が取り乱したのかはわからない。
だが、シャナは心配していなかった。


(キバはいつもこの街を――人間を守るために戦ってる)


人は誰かを守るためなら、何でも出来る。いくらでも強くなれる。
これは、あの奇妙な教師の教えだった。


(だから、キバも大丈夫)


――本当のキバはもっと、ずっとずっと強い戦士だから。
戦いに集中し直して、シャナは両翼で空を滑空し、兄妹の距離を積める。


「っ! お兄様!!」
「うん、ほのおのけん――」


奪った『贄殿遮那』に、ソラトは力を込めるが、無駄なことだ。
大太刀に広がっていた紅蓮の炎は、あくまでシャナの『炎髪灼眼の討ち手』としての力。
ソラトでは、火の粉一つ起こせはしない。


隙を逃さず、シャナは頭上からの斬撃をキメる。


ソラトは反射的に『贄殿遮那』でそれを受け止める。


「!」


ティリエルが眼を見開いた。
シャナの手にはいつの間にか、『贄殿遮那』を奪った際、ソラトが捨てた『吸血鬼』があったからだ。


「お兄さ――」


ティリエルが兄に警鐘を鳴らそうとするが、もう遅い。


「っだあああっ――!!」


力の供給に反応し、『吸血鬼』の波紋が広がり、ソラトの身体を切り刻んだ。


「あっ?」


呆けた声を漏らし、ソラトの身体から血渋きが上がる。
ソラトの手からこぼれ落ちた『贄殿遮那』を、キャッチし、


「返す」


流れるような動作で放られた『吸血鬼』が、ティリエルの胸に突き刺さった。


二人は悲鳴すら挙げることなく、
ティリエルの鍔広帽子だけが、儚くふわりと舞う。


インターバルを置かずに、飛翔するシャナの瞳と髪が、輝きを増した。


(悠二)


ちゃんと私を助けてくれた。
近くにいなくても、離れていても、ちゃんと繋がっている。


(――そう)


燃え上がるような熱さで、心が満たされていく。
フルボリュームで奏でられた、強くも激しい心の音楽が、更なる紅蓮の力をシャナに与える。




(これが、一緒にいるってことよ!!)




煌めく紅蓮の奔流が、火柱となって、二人の“徒”を覆い尽くした。





◆◆◆


「はーっはっはっは! 弱い! 炎と言うなら、これくらいはやって欲しいものだ!」


マージョリーが放った群青の炎弾を、涼風の如く掻き消し、シュドナイの口内から、紫色の火炎が吐き出された。


「っち!」


爆砕した道路を見て、マージョリーは舌打ちしつつ、折れた道路標識を拾い上げた。


「せえ、の!」


群青の炎を纏わせ、投擲した。
だが、この勢いでさえも、シュドナイは片手で受け止める。


「込める“存在の力”が足りないな。これでは、簡単に自在の干渉を受けてしまうぞ」


余裕のシュドナイの背後から、白い影が斬りかかる。


『イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー、ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』
「はぁァァァー―ッ!!」


フエッスルを装填したイクサの、光粒子を纏った刃『イクサ・ジャッジメント』が炸裂する。


「ぬぅっ!?」


すんでのところで、シュドナイはイクサカリバーを白刃取りで止める。
尚もイクサは踏み込んで来るが、イクサカリバーはシュドナイに届かない。


「その命、神に返せ“千変”!!」
「フッ……、人間が、よくここまでの力を発揮出来るものだな……だがッ!!」


横から、シュドナイが虎の剛腕を振り被った。


「!! しまっ――」


反応が遅れたイクサは、そのまま勢いに乗り、近隣のホテルの一階まで激突した。


「ケイスケ!!」
「余所見とは舐めてくれるな!!」


マージョリーが気を取られた一瞬の内に、シュドナイは両の掌で、マージョリーを押し包む。


「無様だな。再戦も、所詮無謀の産物だったか」
「――くぅっ!!」


声すら挙げられず、万力の如きパワーからは抜け出せなかった。


「別れは常に寂しいな」


言いつつ、シュドナイに悲しみは見られない。
マージョリーを掴んだ腕を伸ばし、思い切り振り回し始める。


「せめて安らかに逝けるよう、激しく抱き締めていよう。――腕だけで、な」


シュドナイの両腕が、ブツンと切れ、遠心力に従い、マージョリーは立体駐車場に激突し、
中にある機材や車を粉々にする。
止めに、彼は最大級の炎弾を、マージョリーが作った穴目掛けて撃ち出した。


紫色の爆炎が上がり、全てを焼き尽くしていく。


生死など、確認するまでもあるまい。


――暫くの間、マルコシアスの顕現を警戒したが、群青の残滓には何の変化もない。
イクサが叩きつけられたホテルの方にも、動きは見られなかった。


(……特異な存在とはいえ、人間は人間か)


僅かな落胆を滲ませて、シュドナイは人間の姿に戻り、せめてもの手向けに、短く呟いた。


「せめて、よき地獄を、マージョリー・ドー。異形を狩る白騎士」


『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー&『仮面ライダーイクサ』名護啓介vs“千変”シュドナイ。
不調を押しての戦いも虚しく、勝者“千変”シュドナイ。


◆◆◆


キバがそこへ着くと、丁度シャナの炎が、兄妹を呑み込んだところだった。


「……」


心に、重く淀んだ何かが沈殿していくのがわかる。


「キバ」


彼に気が付いたシャナが、眼前に舞い降りてきた。


「無事だったのね」
「……ああ。すまない。助けに来たつもりが、逆に助けられた」
「いつも、お前の助けが必要なわけじゃない。困った時はお互い様って言ったのは、お前だったでしょ?」
「……はは、そうだったな」


乾いた笑い声を漏らすキバだが、そこにいつもの覇気は皆無だった。
シャナは躊躇いがちに、口を開いた。


「……ねぇ、キバ、さっきどうして――」


シャナの問いは、最後まで続かなかった。


『!!』


キバとシャナが、同時に身構える。


瓦礫の山が、蔓の柱によって巻き上げられ、山吹色の光球が飛び出してきたからだ。
光球の中から出てきたのは、やはり『吸血鬼』を携えたソラトと、兄の首に腕を絡める形で寄り添う、ティリエル。


「あれだけの攻撃を喰らって――」


驚きつつ、シャナは『贄殿遮那』を向け直した。


「ボクのだ! ボクの『にえとののしゃな』を返せ!」
「……まだそんなことを」
「――渡して、ぃた――だきま、す――わよ」


紡がれたティリエルの声には、遠くから聞こえてくるような違和感があった。
不審に思ったキバとシャナは、彼女に目を向ける。




「――!!」




二人とも、言葉を失った。
ティリエルの身体の輪郭は、半分ほどもソラトと重なり、まるで陽炎のように、儚い姿となっていたからだ。


「おまえ……まさか、その周りの力は……!」
「“自分を構成する”存在の力……!?」


霞がかかった声で、ティリエルは答えた。


「『揺りかごの園』が――崩れたぃま――ぁの――とんでも、なぃ、一撃――防ぐこと――私のぉ兄様――治す――と、両方行ぅに――、“存、在の力”――足りな、か――たんですもの――」


二人は呆然と、彼女の言葉の意味を理解させられた。


堪らず、キバが問う。


「本質を構成する領域の力は、削ればもう戻らないんだぞ?」
「知って――ぃます」
「もう、元の姿には戻れないんだぞ?」
「知って――ぃます」
「君は――死ぬんだぞ?」
「知って――ぃます」


ティリエルはただ、優雅に笑うだけ。


いつの間にか、キバは彼女に魅せられていた。
容姿にではない。彼女の奏でる――心の音楽にだ。


「……なぜ、そこまでするの? 私なら、自分たちを守るための自在式が破綻したら、敵なんか捨てて、迷わず逃げる」


シャナの真っ当な疑問にも、ティリエルの音楽は動じなかった。
ただ純粋に“一つの想い”だけを弾き続ける。


「何度も――ぃって、差し上――たはずです――けれど?私は、ぉ兄様――望み――叶える――守る、それが私――全て。私の――ぉ兄様――望み――まだ、叶って、ぃなぃ――だか、ら――私――叶える――邪魔を、す――者から、ぉ兄様――守る」




理由は、ただそれだけ。


兄のために、自らをも差し出す。
誰に何と言われようと、その“想い”だけは否定させない。


(そうだ。この子が奏でる想いは――)


キバは思い出した。
彼女のあまりに悲しくて儚く――だが、この世の何よりも純粋で、美しい音楽の名前を。
シャナがキバの心を代弁するかのように、確かめる。


「それが、お前の……?」


ティリエルは、シャナに初めて、嘲りや侮蔑ではない、本当の笑顔を向けた。





「そう、愛」





迷い無き想い。ティリエルの音楽を聞き終えたキバは、言い知れぬ切なさを感じていた。


「ソラト、ティリエル」


もう二人には届かないと知りながら、それでもキバは呼び掛けた。


「違う形で、会いたかったよ」
「……?」
「――『お前達が仲良くしてる姿が、羨ましかったんだけどな』」


覚えのある言葉に、霞んだティリエルがハッとした表情を浮かべる。


「……そぅ、でしたの。“ぁなた”が――キバ、だった――ですね」


納得して、ティリエルの微笑に悲しみが混じった。


「申し訳、ござぃませんでした――剣を止めて――くださった、のに」
「謝るなよ。君が大切に思うのはソラトで、俺が大切に思うのは、君達の糧である人間達だ。決して相容れず――戦うことでしか、俺と君達は分かり合えない」


キバが、突き放すような口調で言った。




「――終わらせよう、“愛染兄妹”。あってはならない出逢いだったんだ」
「――ぇえ」




二人の間で交わされたそれは紛れもない、決別だった。


「ティリエル、はやくほしいよ!」
「ぇえ、ぇえ、――分か、って――すわ、ぉ兄様」


妹の様子を気遣うでもなく、ソラトはただ自らの欲望を満たそうとする。
シャナは我慢出来ず、馬鹿な質問だとわかっていながら、


「なんで、そんなやつに」
「理屈じゃないんだよ。“どうしようもない”んだ」


ティリエルの代わりに、キバが答える。


「ぁなたにも――この、どぅしよぅもなぃ――気持ち、感じ、させてぁげ――しょうか?」
「――えっ」


微笑を崩さず、ティリエルは告げる。


「ぁの橋に、ぃま――しょぅ年が、一人――ぃますの」
「!!」


ティリエルは、顔を青くしたシャナを満足そうに見て、


「――やっぱり、ぉ兄様――橋、に――」
「うん!!」


二人を再び山吹色の光が包み、舞い上がった。


「待っ――!!」


シャナは紅蓮の両翼を羽ばたかせ追う。


「……」


シャナが飛び去って、キバは無言のまま指をパチンと鳴らす。
轟音を唸らせて、マシンキバーが自動走行してくる。座席に跨がり、アクセルを入れた。


兄妹とシャナを追い掛けながら、キバは思う。


(俺はまた、こうやって誰かの音楽を奪う)


自分が大切に思う人の、音楽のために。


(四年経った今でも、俺にはまだ分からない。何が正しいのか)


あるいは、正しさなど何処にもないのかも知れない。
――世の中はいつだって、“どうしようもない”から。
なにもかもが、理不尽に奪われ、消えていく。




(だけど、それでも俺は――)




グリップを握る手に、力を込める。




「――ああそうさ。命ある限り、戦ってやるよ」




それが俺――キバなのだから。



  1. 2012/03/26(月) 10:36:24|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第十一話・メトロノーム/その想いは誰が為に.前篇

◆◆◆

「そこっ!」
「喰らえッ!」


マージョリーの火弾が、寸分違わずターゲットに叩き込まれ、イクサのイクサカリバーが、シュドナイの伸ばした虎の腕を切り捨てる。
だが直ぐ様、シュドナイの放った紫色の爆発が、二人を吹き飛ばす。


『ちぃっ』


「“全く本気を出せず”にこの戦闘力……さすがはフレイムヘイズ屈指の殺し屋だ。そこの白騎士も、人間とは思えん力を持っている。――だが、この“千変”シュドナイを倒すには弱すぎる」


イクサが切断した腕は紫色の火の粉になって弾け、また新たに、今度は右肩から、シュドナイの腕が生えてくる。


「趣味の悪い虚仮脅しね、“千変”」
「あれが、あの“王”の力なのか」
『ああ、フツー“徒”の連中は定めた姿を変えねーもんなんだがな。コイツはその場その場で姿をコロコロ変えやがるんだよ』
「文字通り、『変わりもの』というわけか。だがしかし、悪趣味なことには私も賛同するところだ」
「素の自分を常に晒している、と言って欲しいな」


煙草を吸う余裕さえ見せ、シュドナイは片腕をみるみる肥大させる。
瞬く間にそれはスーツを突き破り、中から虎の剛腕が現れた。


(……よう、マージョリー。それと白騎士の兄ちゃん)


マルコシアスがグリモアから、マージョリーとイクサにのみ聞こえる声で話し掛ける。


(なによ)
(どうした、“蹂躙の爪牙”)
(ここは一旦退こうぜ)
(何?)


イクサが怪訝そうな声音になる。


(まだ闘いはこれからだろう)
(言い分はわかるがな、“千変”が只モンじゃねぇのはもうわかったろ? “愛染”の張った妙な自在法もあることだしよ、ちぃと体勢の立て直しってやつさ)
(――む、確かに一理あるが……お前たちはそれでいいのか?)


逆にイクサが聞き返す。しかし、返事は余りにもあっさりしたものだった。


(……そうね)
(……?)


それにイクサは違和感を覚えた。
二人の付き合いはほぼ皆無に等しい。
だが、自分が戦った時のマージョリー・ドーは、こんなに気軽さで闘いから身を退くような人格ではなかった。


むしろ、誰が止めようと闘いを求める戦闘狂……というイメージである。


――何か、理由があるのだろうか?
イクサが勘繰る間に、マルコシアスが話を進める。


(つーわけよ。付き合わせちまうが……悪ぃな、白騎士の兄ちゃんよ)
(いや、私は構わない。敵を倒すのも重要だろうが、状況の把握が必要なのも確かだ)
(決まりね。注意を引いたら、地下に逃げるわよ)


言うが早いか、群青の炎がマージョリーを中心に回りだし、刹那、まばゆい閃光が通りを包む。


「ぬっ!?」
『イ・ク・サ・ナ・ッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』


目眩ましから、火弾とイクサの必殺技『ブロウクンファング』の衝撃波がシュドナイを捉えた。


「くっ!!」


背中から生やした蝙蝠の翼を防御にまわし、マージョリーとイクサの攻撃を凪ぎ払う。
――が、注意を外した僅かの隙に、マージョリーとイクサは砕いたマンホールの下へと逃げ去っていた。


「――まさか『弔詞の詠み手』が逃げを打つとは」


手際の良さと、僅かの呆れを込めて、シュドナイは異形の翼を引っ込めた。


「それにあの白騎士も中々やる。舐めてはかかれんな」


――しかし。
ふと、シュドナイは顎に手を当てる。


(――異形を討つ白騎士、か)


はて、何処かで聞き覚えがある噂だ。


(ババアに聞いたのは確かなんだが……いつだったかな)


確か『大戦』の頃だった筈だ。
フレイムヘイズ側に与し、同胞を幾人も討滅したとされる『白い騎士』の話。


「……考え過ぎか。あの騎士は人間で、あれは四百年も前の話だ」


意味のない考察を止め、シュドナイは、ぽっかりと口を空けた地下への穴を見下ろした。


◆◆◆


「っせい!!」
「甘いわっ!!」


キバが拳を振るうと、ムースファンガイアは剣の腹でそれを防ぐ。


「ぬうんっ!!」


直ぐ様剣が、キバの鎧を切り裂く。


「がっ!」


鎧から火花が散る度に、キバが仰け反っていく。


「どうした! その程度か!」
「うるせぇよっ!」


キバは右足のヘルズゲートで、剣の連撃を受け止め、そのまま腕ごと剣を蹴り上げた。


「だりゃあっ!!」


機を逃さず、渾身のパンチを叩き込む。


「ぐっ……、ふん。腐っても王の兄弟か」


殴られた部位を見下げ、ムースファンガイアは呟く。


「しかし解せんな。何故『黄金のキバ』にならない?」
「……」
「私の力が分からぬ馬鹿でもあるまい。何より、私を滅した力は、『黄金のキバ』のものだったはずだ。その力を持った貴様を倒さなければ、私の復讐の意味は薄れてしまう」
「……うっせぇな。こっちにも事情があんだよ」


出来ることなら、とっくの昔にそうしている。
いや、『黄金のキバ』どころか、通常のフォームチェンジすら儘ならないのだ。


(タツロットはあのヤローに“盗まれたまま”だし、次狼達は平井のとこだし……畜生、意外にピンチだな)


――まぁ。


(やるしかないんだけど、なっ!!)


再びキバが駆け出したのを見て、ムースファンガイアは、


「……まぁいい。出し惜しみをするなら、それも構わん。その判断を後悔して死ぬがいい!!」


落とした剣の代わりに、右手から紫の波動を撃つ。
近くの地面が爆発したが、怯まずキバは突き進む。


――しかし、キバの狙いは攻撃では無かった。


「ハッ!」


キバはムースファンガイアを、タイミングよく飛び越える。


「何っ!?」


キバはムースファンガイアの後方に乗り捨ててあったバイク、マシンキバーに乗り込んだ。


「ド凄いのが来るぜぇ~?」


ニヤリと笑うキバットに、キバはベルトのケースから黄色のフエッスルを引き抜き、口にくわえさせる。


『ブロンブースター!!』


キバットは軽快な音色を吹き鳴らした。


◆◆◆


現在無人のキャッスルドラン。
廊下の明かりに次々と火が灯り、その奥にある影を照らし出す。
黄金の彫像はドランポッドに包まれ、キャッスルドランから飛び出していった。


◆◆◆


空の彼方から飛来した黄金の彫像『ブロン』はキバの頭上で二つに分かれ、マシンキバーのフロントと後方のエンジン部分にジョイントした。


――『ブロン』。
その昔、著名な魔術師が製造したとされるゴーレムという名の人造モンスターだ。
内部に巨大な魔皇力を宿し、融合したもののポテンシャルを拡大に上げる力を持っている。


――ブォン、ブォン!
威嚇するかのようなアクセルを鳴らし、後方のマオーブーストエンジンが爆炎を吐き出す。
それを推進力に、マシンキバーはムースファンガイアに特攻をかけた。


「! くっ!!」


横っ飛びにそれを回避する。


「逃がすかっ!!」


即座にマシンキバーを反転させるキバ。
車体をウィリーさせ、反転した勢いのまま、先端のブレイカーホーンでムースファンガイアを跳ね飛ばす。


「ぐおっ!!」
「よし!」


地に転がるムースファンガイアへ、だめ押しの突進を加える。


「くっ、舐めるなよキバ!!」


だが、ムースファンガイアは直ぐにダメージから復活する。
猛スピードで迫り来るマシンキバー。


「っはぁ!!」


ムースファンガイアはギリギリのタイミングでマシンキバーを再び回避。
更には、紫色のエネルギー弾を、乗り手であるキバの左肩に喰らわせた。


「うぁっ!」


危ない。
ダメージは浅いが、バランスを崩されかけた。


(やるな。ブロンブースターのスピードにまでついてくるか)


やはり、一筋縄ではいかない。


(――ヤツの言う通り、出し惜しみは無意味だな)


キバは再び、マシンキバーのアクセルを入れる。


「バカめ! 同じ手が何度も通用すると思うか!」


今度は完璧にタイミングを合わせ、ムースファンガイアはエネルギー弾を乱射した。
耳を貫く轟音と共に、マシンキバーを駆るキバへ、弾丸は寸分違わず命中する。


――乗り手を失ったマシンキバーが、虚しく横転した。


「――ッ、ククッ、ハハハハ! 最後は無様な散り様だったなぁ、キバ!」


やった。ついに、黄泉の淵から這い戻ってまで、果たすべき復讐を完遂した。
達成感に、口から狂笑とも言える声だけが飛び出してくる。


(クックッ、手土産はこれで十分だろう、何せキバの首だ。これで“我が主”の元での私の地位は磐石なものにな――)


急に、ムースファンガイアの笑い声が小さくなっていく。


目の先は、横転したマシンキバー。
その座席には――。


(キバがいない!?)





「同じ手なんて使うかよ、ばーか」





――ザンッ!!


ムースファンガイアがその声に気付いた時には、もう彼の身体は叩き斬られていた。


「がふッ……!」


斬られた箇所を抑え、よろめくムースファンガイア。


(私の攻撃の粉塵を目眩ましに、バイクを足場に飛び上がっていたのかッ……!)


つまり、マシンキバーは囮。
注意を散漫にさせるための策。


「だ、だが、有り得ぬ! 私の肉体を、素手で砕くなど……」
「素手じゃあな」


キバの手には、いつの間にか一本の剣があった。だが、ガルルセイバーではない。
封絶の中にあろうとも、高貴な輝きを失わない、美しき黄金の魔剣。





「ザンバット……ソードだと!?」





魔皇剣、ザンバットソード。
ファンガイアのキングに脈々と受け継がれてきた宝具であり、キバフォームでも扱うことが出来る。
――無論、ファンガイアの外皮と言えど、この剣の前では紙切れ同然。


「馬鹿な!? その魔剣は、貴様のような出来損ないが扱える代物ではない!」
「四年前まではな。あれから俺が、コイツを扱う努力を怠ったとでも思ったか?」


そう、四年前の奏夜は、ザンバットソードを使用すると、剣に宿る邪悪な意思に操られてしまっていた。制御するには、ガルル、バッシャー、ドッガが融合した幻影モンスター『ザンバットバット』が必要不可欠。
だが、奏夜はこの四年で、魔皇力の扱いにも慣れ、この剣をザンバットバット無しでも使えるようになっていたのである。


「――急所は外してある。お前には聞きたいことがあるからな」


キバはムースファンガイアを見下ろす。


「お前を蘇らせたのは誰だ?」
「……」
「再生態が意思を持ったまま蘇るなんて聞いたことがない。今伝わる魔術にも、そんなものは存在しない」


あのビショップでさえも、再生態に意思を持たせることは不可能だった。


「――誰が、こんな真似をした?」


ザンバットソードをムースファンガイアの首筋に当てる。
ムースファンガイアはしばらく沈黙し、やがて唸るような声を絞り出す。


「……貴様らに、勝ち目はない」
「?」
「黄金のキバも、サガも、青空の会の戦士も、闇のキバも、全てが無に帰る」
「何を言っている。俺の質問に答えろ」
「ハハハッ! 何もかも終わりだ! 人間は駆逐され、再びファンガイアが全ての頂点に立つ!」


ムースファンガイアは狂ったような笑いを止めようとはしない。
まるで、それが自分に残された唯一の感情であるかのように。


そうだ。勝てずともよい。
ただ、キバに絶望を与えられれば。
感情に支配され――彼は憎むべき敵に、その事実を告げる。





「貴様らが勝てるものか……我が“新たな主”に……!」





「おいおいダメだぜ。勝手なことして貰っちゃァ」


◆◆◆


一瞬の出来事だった。
ムースファンガイアの身体を、何処からともなく投擲された、ステンドグラスの剣が刺し貫いたのである。


「ぎっ、グガアァァァァ!?」


聞くに絶えない断末魔の悲鳴を上げるムースファンガイア。


「なっ!?」


どういうことだ。
キバは勿論、ザンバットソードを突き立ててはいない。
だが、全く攻撃が認知出来なかった。


「ったくよ―、せっかく蘇らせてやればコレだもんな」


戦場にはあまりに似つかわしくない声。
発生源は、空から。


「っ!?」


キバが咄嗟に上空を見上げると、そこには黒い翼をはためかせる一匹のファンガイア。


「いやはや、ドラグの読みは大正解か。『雑魚ファンガイアは感情に任せて、余計な事を口走る』か。どんだけ先を読んでんだっつーハナシだよ」
「蝿の姿……。そうか、お前が名護さんと戦ったっていうファンガイアか」
「おー。アンタがキバの継承者か。戦い見させて貰ったぜ。中々やるじゃん


フレンドリーに手まで上げて――ベルゼブブファンガイアは着地する。


「がっ、あ……ゼ、ゼブ様。な、何を!?」
「あん? 決まってんだろ、制裁だよせーさい。ただの捨て駒の癖して、俺達のことバラそうとしたヤツへのな」
「す、捨て駒?」
「え、何? まさかお前、本気でキバに勝てると思ってたワケ? あはははは!! いい歳こいて何言ってんだよ!」


腹を抱えながら、ベルゼブブファンガイアは、ムースファンガイアに刺さった剣に手をかける。


「あー、笑った笑った。んじゃ取り敢えず、ご苦労さん♪」
「ま、待ってくれ! も、もう一度――」


――ドシュッ。


嫌な音を立てて、剣が引き抜かれた。
続けざまに、ムースファンガイアの身体はガラスとなって砕け散る。


「はーい、お仕事おしまーいっと」
「……」


何の感慨もなく、同胞を殺したベルゼブブファンガイアに、キバは戦慄する。


(ヤバい、あの龍のファンガイアの時も思ったが、こいつも絶対ヤバい)


本能的に、キバはそれを理解した。


「……」
「ん? キバ、何かずいぶん口数少なくなったな」
「目の前で他人が消えて、気分良くなるヤツがいるか?」
「はぁ? 何を今更。お前今まで、何人ファンガイアを殺してきたんだよ」
「――っ、一緒にすんな! 俺は好きでファンガイアを殺してるんじゃない!」


それが――自身の背負った責任だからだ。


「もういい、話していても苛々するだけみたいだな」


ザンバットソードの切っ先を、ベルゼブブファンガイアに向ける。


「単刀直入に聞くぞ。お前の目的は何だ? 今みたく、俺を消しにでもきたのか」
「……なーんかイクサといいお前といい、この街には血の気が多いやつばっかだなぁオイ。たださっきのファンガイアの始末に来ただけって言ったっしょ」


ベルゼブブファンガイアはおどけるように肩をすくめる。


「ドラグ――お前が会った龍のファンガイアの事な。あいつも言ってたんじゃないか? 俺達は“まだ”お前らと闘う気はねぇんだよ」
「それを信じろってか?」
「それはご自由に。――ってか、アンタはこんなことしてるヒマないんじゃないの? あのフレイムヘイズのガキとかさ」
「……」


確かに、そうだ。
次狼達三人を向かわせてはあるが、不安は拭えない。出来れば、すぐにでも加勢に行きたいところだ。
――何より、チェックメイトフォークラスの敵と戦うのに、『黄金のキバ』が無いのはキツい。


「……行け。だが、次は容赦しねぇぞ」
「ではお言葉に甘えて」


ベルゼブフファンガイアはわざとらしく頭を下げ、背を向ける。


――が、


「あ、そうそう。一ついいか?」


思い出したように振り向く。




「アンタさぁ、何でザンバットソード使えんの?」




――急に、キバが閉口した。


「ザンバットソードは、修行したからってどうこうなるモンじゃねぇ。何せキングに伝わる魔剣だ。アームズモンスター無しとなりゃ、問題になるのは技術じゃなく、血筋のハズだろ?」


ややあって――キバは口を開く。


「……別に。使えたから使えた。それだけだ」
「ふーん。ま、シラを切るならそれもいいけどさ」


んじゃな。
それを最後に、ベルゼブブファンガイアは光となって消えた。


「……」
「……おい奏夜、大丈夫か?」


立ち尽くすキバに、キバットが気遣わしげに声をかける。


「……ああ、問題ねぇよ」
「本当か?」
「しつこい。さっさと平井のトコ行くぞ」


淡々と答えて、キバもまたマシンキバーに跨がり、新たな戦場へと向かう。




『仮面ライダーキバ』紅奏夜vsムースファンガイア。



ハンディキャップを背負いつつも、勝者、『仮面ライダーキバ』紅奏夜。


◆◆◆

『はぁ……』


とある廃ビル、宝具『玻璃壇』を前にして、三人の人間が深い溜め息をついた。


「マージョリーさん、大丈夫かな……」
「名護くん、大丈夫かな……」
「佐藤、恵さん、そのセリフもう五度目」


佐藤、田中、恵、三人の待機組である。


「繰り返したくもなるわよ。いきなり御崎市を変な霧が覆っちゃって、名護くんとあの女の人が戦いに行って、避難した先には怪しいビルで、もうワケわかんないわ」


恵は何だか心配のあまり、苛々し始めているようだった。
ぎすぎすした雰囲気になるのはゴメンなので、佐藤と田中は話の矛先を反らすことにした。


「あの、恵さん。旦那さんはどうして、マージョリーさんについてったんですか?」
「?」


質問の意図が分からず、恵は首を傾げる。


「えっと、つまり旦那さんが、どうしてマージョリーさんと一緒に戦えるのかってことです」
「そうそう。それに恵が“紅世”のことを知ってるのも不思議ですし」
「……ん―」


果たしてどう答えたものか。
恵は思考を巡らせ、当たり障りの無い答えを返す。


「私が“紅世”のことを知ってるのは、ある人に教えられたからよ。提供者は企業秘密。名護くんが戦いに行けるのは……」


恵はそこで、悪戯っぽく笑う。


「彼がヒーローだから、かな?」
『ヒーロー?』


今度は佐藤と田中が首を傾げた。


「啓作くんと栄太くんは知らないだろうけれど――四年前のこの街にはね、三人のヒーローがいたの。人知れず、仮面で正体を隠して戦うヒーローがね」
「四年前っていうと……失踪事件が流行ってたころですよね?」
「あら啓作くん、よく覚えてるわね。そう、その失踪事件のことよ。で、一連の事件の犯人である怪物達を倒してたのが、三人の仮面のヒーロー」
「……?」


佐藤と田中の頭に、どんどん疑問符が浮かんでいくのを見て、恵は苦笑しつつ、


「今はそんなに深く考えなくていいわ。名護くんが帰ってくればすぐわかるわよ」


――まぁ、あなた達の近くにも、そのヒーローの一人がいるんだけどね。
恵が彼らの担任の顔を思い浮かべたところで、フロアの入り口からダルそうな声が響いた。


「ふーん、私のいない間に随分仲良くなってるのね」
「あ、マージョリーさん!」
「姐さん、お怪我は?」
「あるわけないでしょ、誰に言ってるつもり?」
『かーなり、ヤバかったがな、ヒッヒ。白騎士の兄ちゃんがいなけりゃどうなってたかね』
「お黙り、バカマルコ」
「白騎士? 姐さん、誰の……こ、と」


田中の声がどんどん小さくなる。佐藤も絶句していた。


マージョリーとマルコシアスが言い合う後ろには、二人にとっては見慣れぬ白い姿、イクサが立っていたからだ。


「ちょ、ちょっとマージョリーさん、なんか知らない人が立ってるんですが……!」
「名護くん!」


佐藤の言葉を遮り、恵がイクサに駆け寄る。


「大丈夫だった?」
「ああ、問題ない。恵も大事ないようだな」


イクサは佐藤と田中に軽く頭を下げる。


「佐藤君に田中君、ありがとう。妻が世話になった」
「――あっ、その声! それに、名護さんって……!」
「ちょっ、何なんですか、その白い鎧!」
「すまないが、質問はまた後にしてくれ。今は“徒”への対策を練らなければならない」


名護の変身に驚く佐藤と田中をイクサが制している間、マージョリーは調査の準備を始めていた。


「『玻璃壇』起動。んで、トーチのみの表示っと」


部屋中央に置かれた、御崎市の精巧なミニチュアに、不気味な灯りが点った。


「どうだ、『弔詞の詠み手』。あの三人以外に敵は?」
「今んとこ、それらしい気配はないわね」
「……その三人って、この前の“屍拾い”ってやつよりも強いんですか」


佐藤が心配そうに聞く。


「そーね。実害では比べ物にならないくらい厄介よ。だから状況把握のために一回逃げて来たんだけど……」


佐藤と田中は、その言葉に微妙な違和感を感じ取った。


(“逃げて来た”?)


覇気――憎悪――燃え盛るような闘争心、圧倒的なまでの力を持つ、自分たちの憧れが、急に霞んでしまったような気がしたのだ。


二人の危惧をよそに、話は続く。


「御崎市全体を覆っている、この奇妙な模様は何だ?」
『このデケー封絶を維持するためのモンだろーよ。やたら配列が装飾だらけだけどな』
「たぶん、式の本体を隠す偽装がほとんどね。式の効果やら、連中の目的を探すなら、直接目でみるしかなさそうだわ」
「地道に潰していくしかないということか……」
「? 名護くん、ここで動いてる点はなにかしら?」


恵が指差す先には、確かに御崎市を猛スピードで移動する点がある。


「ホントだ。姐さん、これってトーチと人間しか映さないんですよね?」
「そうよ。――たぶんキバでしょうね、これは」
『キバ?』
「この前のいざこざで、屋上で戦ったヤツのことよ。チビジャリをぶっ飛ばした後、変な影が出たの見てたでしょ」


マージョリーは軽く溜め息をついて説明を加えた。


「キバ……そうか、彼はハーフファンガイアだから、これにも映るのか」
『キバの兄ちゃんに関しちゃ、放っといてもいいだろ。あの兄ちゃんは、勝手に動く方が性に合うタイプだろうしな』
『確かに』


キバ――紅奏夜を知る、イクサ、マージョリー、恵の答えがシンクロする。


「それで、マージョリーさん、その“徒”たちが今どこにいるか、この前の気配を探るジザイホーとかで探ったりはしないんですか?」
「馬鹿。こっちが気配察知なんか使ったら、逆に相手に場所を報せることになるでしょうが。今はこっちが狩られてる立場なのよ? せいぜい隠れて、この封絶もどきをぶち破る算段をしないと」


狩られてる。
隠れる。


それらの単語はあまりに、マージョリーとは縁遠いものだ。
田中が、おそらく佐藤も思っただろう、不安な気持ちを声に出す。


「……なんか、弱気ですね、姐さん」
「弱気? ……誰に、言ってんのよ」


僅かに声を揺らすマージョリー。


「……」


イクサは一連のやり取りを、冷静に見つめていた。


――率いる者は、率いられている者のために、決して揺らいではならない。


(それをわかっているのか? それをわかって、彼らを選んだのではないのか? 『弔詞の詠み手』)


イクサは、やるせなさに苛まれる佐藤と田中に心の底から同情した。
そして、彼ら二人のために、イクサは彼女に問いかける。


「『弔詞の詠み手』」
「何よ」
「私は戦うつもりだ。さっきも、逃げずに戦い、あの“千変”に勝つ気だった」
「だから何を……」




「戦う気があるのか? 君に」




「――っ」


マージョリーが顔を歪め、閉口する。


「力を持つ者には、様々な責任が伴う。力を高めること。力を正しく使うこと。力を持たない者を全力で守ることも、またしかりだ。――だが今のキミは、力の使い方を見失っている」


イクサは的確に、マージョリーの不調の原因を見抜いていた。


「……っ」


思わずマージョリーは、握り拳を作る。


(わかってんのよ、そんなことは)


燃えたぎらせるものが、ない。
あれだけ渦巻いていた“徒”への殺意も、今は消えている。
『トーガ』も纏えず、即興詞さえも作れない。


なんと――無様な話か。


「……回りくどいわね。何が言いたいのよ。アンタは」
「足手まといになるなら、戦いに出るのは止めなさい」


シンプル、それ故にイクサの言葉は、マージョリーの心に深く突き刺さった。
怒りが生まれ、だが一瞬で消える。


こんな――言い返すことさえも、出来ないのか。


佐藤、田中が一触即発の雰囲気に冷や汗を流し、恵とマルコシアスは無言で、事態を静観する。


――ふと、佐藤が二人の険悪さを直視出来ず、『玻璃壇』に目線を移した。


「マ、マージョリーさん?」
「……なに」


不機嫌そうではあったが、彼女は一応受け答えはした。


「『玻璃壇』のここ……トーチが動いてます」
『あん?』
「なんですって?」


その場にいた全員の目が、『玻璃壇』に向かった。


◆◆◆


キバが戦った場所とは、別の大通り。
こちらでも白熱した戦いが繰り広げられていた。


「っだあ!」
「ヴルァァ!」


ビルを平行に駆け上がる、シャナの炎剣とガルルの爪が、ソラトへ牙を剥く。


「ひらーり……」


だがソラトは、二人の攻撃を難なく『吸血鬼』で阻み、圧倒的なエネルギーの波をもって押し返す。


「くっ!」
「ちぃっ!」


シャナとガルルが別のビルに飛び移ると、
さっきまでいたビルが、力の奔流を受け止め切れず、倒壊する。


「なんて滅茶苦茶な奴!」
「パワーだけなら力にも劣らないな……」
「っふふ、余所見をする暇は無いのではなくて!?」


ビルに貼り付く二人に、ティリエルの操る蔓が襲いかかる。


「ラモン、頼む!」
「了解っ! ――ぷぅっ!」


地上にいたバッシャーの口から、しゃぼん玉のような水球が発射される。
勢いのついた水球達が、蔓を引き裂いていく。


「くっ、これならどう!?」


ティリエルは蔓の標的をバッシャーに変える。


「むだ、だ。――っふん!!」


ドッガがバッシャーを庇うように立ち、拳で地面をブチ砕く。
隆起した瓦礫の盾は、蔓の攻撃をすべてを弾く。


「――すごい」
「蔓は無視しろ、ラモンがなんとかする。俺達はあのガキを仕留めるぞ」
『うむ。手の内が分からぬ以上、一撃で決めるべきだろうな』
「わかった」


頷いて、シャナは足の裏を爆発させる。
ガルルも自らの跳躍力を用い、シャナに負けず劣らずのパワーで飛び出す。


「させませんわ!」


蔓が再び、行く手を阻む。


「無駄だよ、――ぷぅっ!」
「フンガッ!」


バッシャーの水球と、ドッガが投げた岩石弾が、壁を蹴散らす。
二人の作った勝利への道に、シャナとガルルは勢いを殺すことなく飛び込む。




赤と青の影が、ソラトに飛び掛かった。


「あ―― 」


ソラトの声が、中途に途切れる。
――刀と爪が煌めき、真正面の目標を一閃した。




「キャアアアア――――!!」


ティリエルの叫びが虚空を貫く。
だが、シャナとガルルは止まらなかった。


(次で終わりだ!!)


二人は既に目標をティリエルへと移していた。


ソラトの残骸を飛び越えて、次なる敵を滅すべく飛ぶ。
だが、


「すごい!!」
『っ!?』


来るはずのない方向からの声に、シャナとガルルは驚愕する。


そこには、シャナの炎剣により黒炭と化したはずのソラトがいた。
ただ――山吹色の蔓が間に合わせの身体を作っているという、間に合わせの姿ではあったが。


「炎髪灼眼、離れろ!!」
「っく!?」


ガルルの警告に、ほぼ反射的に身体を動かすシャナ。
爆発による加速で距離を取ると、ガルルもそれに追い付き、バッシャーとドッガもそれに続く。


「それが『にえとののしゃな』のちから? ほのおのけんだ!」


無邪気にはしゃぐソラトの身体は、急速なスピードで回復しつつあった。


「再生……?」
『馬鹿な、早すぎる』
「何かの、自在法」
「確かにおかしいね。あそこまで深手を負ったら、いくらなんでも再生なんて……」
「いや、僅かだが、存在の力の流れを感じる」


ガルルの指摘に、シャナもそれに気付く。


「そうか……!」
『この巨大な結界はそのためのもの、ということか』
「そうだ」


無意味に巨大な異界の力は、封絶のみではない。彼らに存在の力を供給する能力も兼ね備えているのだ。


「なら、この結界を破らなきゃ、再生は続くね」
「だが破ろうにも、自在法の構造まではわからんな。“天壌の劫火”、何か策は?」
『いや、看破しようにも、我らにその類いの自在法は使えぬ。与えられた情報を分析するしかあるまい』
「……やれやれ。努力不足だな。『炎髪灼眼』」


あからさまに、ガルルは落胆の溜め息をつく。


「魔神の契約者なら、それくらいの自在法は会得しておけ」
「う、うるさいわね! ……その手の自在法は、得意じゃないのよ」
「すききらい、よくない」


と、微妙に緊張感の抜けた会話の間に、ソラトは破けた鎧の代わりに、ティリエルが用意した新しい鎧を身に纏っていた。


「新しいお洋服に、新しい鎧……はい、出来ましたわよ」


最後に彼女は、ビルに突き刺さった『吸血鬼』を蔓で絡め取り、兄に差し出す。


「剣は、もう少しの間、これで我慢してくださいね。――あの剣を、すぐに、いただきますから」
「うん!」


ソラトが剣を無造作に取り上げ、片やティリエルはシャナ達に、負の感情をすべて叩き込んだような声で、


「許せない……私のお兄様に傷をつけた報い、その命で償って貰いますわよ」
「ふん、今のうちに言ってなさい」


シャナが、二人のやり取りへの不快感を口にし、再び大太刀を構える。
と、そこでガルルが、何か気が付いたように耳打ちする。


「炎髪灼眼。あの蔓を見ろ」
「蔓? あの女が操ってるヤツ?」
「ああ。さっきの戦いを思い返して気付いたんだが、あの蔓は一定の巨体に固まり、“愛染他”の意思に応じて起動している。しかし、そのリモートコントロールの中で、さりげなく、常にある一方向を塞ぐよう動いているんだ」
「……その方向に、あの自在法の種がある?」
「確証は無いがな。状況の打開策にはなるかもしれん」


シャナはもう一度、愛染兄妹の身の回りを、具に観察する。
――確かに、ソラトへのエネルギー供給は、蔓を媒体に行われ、ケーブルの如く一つの方向へ向かっている。


「――わかったわ。他にヒントも無いし、お前の案に乗る。私が飛び込むから、あいつら抑えるのは任せていい?」
「僕はいいよー♪」
「おれも」
「小回りが効くのはお前だろうからな。やむを得まい」


ガルル、バッシャー、ドッガもそれに同意する。


「それともう一つ、お前、使える武器は刀だけか?」
「? ううん。武器なら大抵のものは使えるけど」


元々、フレイムヘイズのための修行では、様々な武器の扱い方を学んできていた。
今では刀が一番扱い易いが、あくまで最初に手に入れた武器が『贄殿遮那』だったというだけのことで、他の形態の武器も、使おうと思えば使える。


「そうか。ならば、少しは突破の確率が上がるな」
「お話は済んだかしら?」


ティリエルが挑発的に笑う。
闘争心をたぎらせた眼光でそれに応じ、四人は再び――今度は一丸となって駆け出した。
浮き上がる二人の脇を走り抜け、そこで四人は散り散りに走る。


「あら、不恰好ですこと。数が多ければいいとでも思ったのかしら?」


ティリエルが指を走らせ、四人を追う形で蔓を操る。
狙いは、一番機動力に優れたシャナ。


「っはぁ!!」


一喝、炎で蔓を凪ぎ払う。


「にがさないぞ、『にえとののしゃな』!!」


ソラトがさっきのように蔓を滑りながら、シャナに迫る。


「あぶ、ない!」


近くを走っていたドッガの身体が、紫に輝く。
紫のオーラはドッガを包み、光球となってシャナの手元へと飛んでいく。


「わ! な、何!?」


見れば、シャナの手には魔鉄槌『ドッガハンマー』が握られていた。


『つかえ。おれ、がんじょう』
「っ!」


一旦『贄殿遮那』を夜傘にしまい、シャナはドッガハンマーを両手に持った。


「っだあ!」


スイングされたドッガハンマーは、ソラトの腹部に重厚な衝撃をブチ込んだ。


「うぎゃっ!」
「お兄様!」


吹っ飛ばされたソラトにティリエルが駆け寄る。


「うっ、重たっ、キバはこんなの振り回してたのね……」
『いいから、おれをおいて、はやくいけ』


ドッガの言葉に、シャナは直ぐ様、ドッガハンマーを放り、走り出す。
足止めにはなったか。シャナはそれに期待するが、その見積りは甘かった。


「逃がしませんわ!」


シャナの行く手を、四方八方からの蔓が覆っていく。


「いかん、完全に道が塞がれるぞ」
「お姉ちゃん、僕を使って!」


見れば、今度はバッシャーが光球となって飛んでくる。
新たに来た武器は、魔海銃『バッシャーマグナム』。


「銃の扱いはそんなに上手くないけ、どっ!」


――バァンッ! バァンッ!


そう言いつつも、シャナは肉眼でバッシャーマグナムの照準を合わせ、蔓を的確に撃ち落とした。


『なんだ。お姉ちゃん、結構上手いじゃん♪』
「ありがとっ!」


役目を終えたバッシャーにそう答え、シャナは足の裏を爆発させて、スピードを維持しつつ、ゴール目掛けて走る。


やがて――、


(あった!)


少し先に見える、コの字のマンションの中庭に、奇妙な山吹色の花が咲いていた。
あれが、自在法の仕掛けを担う、存在の力を集める燐子か何かだろう。


だが、もう少しというところで、ソラトとティリエルが追い付いてきた。


「き――ん……」


ソラトはティリエルに支えられながら、


「――がぁん!」


気の抜けるような口調で、『吸血鬼』を降り下ろす。


「っく!」


即座に『贄殿遮那』を取り出し、攻撃を受け止める。
ダメージは無いが、道は二人によって封鎖された。


(あと少しなのに)


舌打ちするシャナの手に、再び青い光球が飛んできた。
その光は剣の姿を型取り、魔獣剣『ガルルセイバー』へ姿を変える。


『二刀流は使えるな』
「勿論」


ガルルの言葉に短く答え、二本の剣を掲げる。
相変わらず、兄と身体を絡めながら、ティリエルが声を放る。


「ああ、退屈ですわ、あなた。お仲間さんとばかり話して、全然お喋りしてくれないんですもの。トモガラガニクイー、とか、ワタシノフクシュウノリユウハー、てか、なにか場を盛り上げるようなことを仰る気はありませんの?」
「……」
「もしかして、その余裕もないと?」
「……」


しばらく黙って、シャナはより一層不機嫌そうに、『贄殿遮那』とガルルセイバーを持つ手を、左右に広げて構える。



「教えたげるわ」
「?」
「おまえたちと話をしないのは、おまえたちが」


ぐっ、と踏み込む足に力を込める。


「ベタベタして不愉快だからよ!」


蹴った地面が砕けるレベルの力で、生み出された瞬発力は、シャナを難なく標的へと運ぶ。


「だぁーーっ!!」


『贄殿遮那』とガルルセイバー。二刀の猛追が、ソラトの『吸血鬼』と火花を散らす。


――ガンッ、ガンッ!!


凄まじい力で叩き付けられる剣圧は、ソラトの剛腕でさえも、やすやすとは捌き切れない。


「わっ!」


とうとうソラトの手から、『吸血鬼』が弾かれる。


「っく――!」


ティリエルが蔓を伸ばして、剣の柄を掴もうとするが――、


「いくわよ!」
『ああ、思い切りやれ!』


合図もそこそこに、シャナはガルルセイバーを、蔓目掛けて投げた。
ガルルセイバーは回転しながら、丸ノコのように蔓を切断する。


(これで、武器はしばらく使えない)


同時に、自分への対応も遅れる。
シャナは、兄妹が動きを止めた隙に、紅蓮の両翼を顕現させ、二人を上空から抜き去った。
遮蔽物がなくなった今、残るはあの花のみ。


「ふ――」


『贄殿遮那』が、彼女のイメージする魔神の炎を纏い、煌々と輝いた。




「――っ燃えろぉ!!」




大気を震わす轟音と共に、全てを灰塵へと変える火柱が、シャナを起点に燃え上がる。
怒濤の勢いで膨れ上がった豪炎は、巨大花をあっという間に飲み込み、焼き尽くした。


(これで、状況に何かの変化があるはず――)


突破口を開いた。――少なくとも、シャナはそう思っていた。




『いや、まだだ!!』
「うふ、かかった」




アラストールの鋭い声と、ティリエルの嘲りはほぼ同時だった。
しかし、気付いたところでもう遅い。


シャナが破壊した花の焼け跡へ、御崎市全体から、急速に力が供給される。
それは幾重にも重なった円形の文字列――“愛染兄妹”が仕掛けた、自在法の罠を起動させた。


「しまっ――!!」


◆◆◆


「しまった、罠か!!」
「お姉ちゃん!」
「これ、は!?」


驚くアームズモンスター達の前で、シャナは山吹色の光る自在式により、磔にされ、四肢の自由を奪われていた。


「わあ、すごいよティリエル! こんどもつかまえたね!」
「ええ、当然ですわ、お兄様。フレイムヘイズってみんな、頭が悪いんですもの」
「くっ……!」


兄妹の罵りに歯噛みし、シャナはどうにか枷を外そうとするが、彼女の力をもってしても、ビクともしない。


「着眼点は悪くなかったのですけれどね。そこの狼さんが言った通り、その花は『ビニオン』という“燐子”の一種で、存在の力の供給、放出を担うものですわ」


互いに抱き合う“愛染兄妹”が、ゆったりとシャナの眼前に降りてくる。


「ただ、あなた方の誤算はその数と仕組み。『ビニオン』は『揺りかごの園』全体で……そう、二、三十は設置してありますの。無論、壊そうとすれば、今の貴女のように、よりどりみどりの罠が発動するようになっていますわ。
一つで足りないというのなら、どうぞいくらでも壊してくださいな。……ああ!」


わざとらしく、気付いたような仕草をするティリエル。


「そういえば、最初の一つ目で、もう動けにくくなっているのでしたわね、ふふ」


歪んだ笑みを浮かべ、ティリエルは巨大な蔓を操り、シャナの腹を打った。
何度も何度も、どんどん痛々しい音が連なっていく。


「――っかは!」
「やっぱり動けないようですわね、ふふ」


悪びれなど欠片も見せないティリエル。


「では、そろそろ『贄殿遮那』を、渡していただけます?」
「ボクにちょうだい! はやく!」


しかし再び、シャナを打つ蔓が切り裂かれた。
ガルル、バッシャー、ドッガが、シャナを庇うように“愛染兄妹”と対峙する。


「おい、俺達を忘れて、もう勝利を確信か?」
「まだまだこれからだよ!!」
「俺達、たたか、える」




「あら、まだ歯向かいますの? 『ビニオン』からの供給は止められず、かといって『ビニオン』そのものを破壊することも出来ない。
それとも『揺りかごの園』内の存在の力が切れるまで、攻撃し続けてみますか?
何年かかるか、わかったものじゃありませんけれどね、ふふ」
「……」


ティリエルの言う通りだった。


(俺達に“愛染兄妹”は倒せない……ならば)


できることは、せいぜい時間稼ぎだ。
損な役回りだな、とガルルは俄に苦笑した。


その時である。




――バイクのエンジン音が、周囲の静寂に轟いた。




「な、何っ!?」
「……来たか」


“愛染兄妹”とシャナは驚愕を、アームズモンスターは歓喜を込め、戦いへの乱入者を見る。


紅のバイク、マシンキバーが、山吹色の霧から現れた。
その乗り手は、ただ一人しか有り得ない。


「――キバ!!」


最初に声を上げたのは、シャナだった。


「キバ……ですって!?」


ティリエルの声に、僅かな畏怖が混じる。
バイクを急停車させたキバに、アームズモンスターが駆け寄る。


「悪い。遅くなったな、次狼、ラモン、力」
「まったくだ。一体どこで油を売っていたんだ」
「お兄ちゃんおそーい!」
「たいへん、だった」


緊迫した状況を鑑みないやり取りに、シャナは僅かながらに安心する。


――キバなら、負けるはずがない。
そんな無条件の信頼感が、シャナの中にあったからだろう。


(私も早く、この枷を外さないと)


少なくとも、自分がこの枷を解除出来るくらいの時間は作ってくれるはずだ。


――頼りっぱなしなんて、イヤだ。
そう考え、シャナはゆっくりと、だが着実に存在の力を溜め――、




(――あれ?)




シャナが“それ”に気が付いたのは、それからすぐだった。


「………」


バイクから降りたキバが、まるで世にも恐ろしい存在を見るような様子で、“愛染兄妹”と向き合っていたからだ。


「――そん、な」


キバの声は、震えていた。
シャナは目を剥いた。こんな弱々しい声をキバが挙げるなんて、信じられなかった。


(キバが……怖がってる?)


どうしてだ。と思考を巡らせる間もなく、キバは、呆然と言葉を絞り出す。




――この世の、どうしようもなく残酷な巡り合わせに。




「お前らが……、“紅世の、徒”?」




  1. 2012/03/26(月) 10:35:42|
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第十話・トライアングル/つがいの愛染兄妹.後篇

「ど、どういうことよ!?」


その違和感に気が付いたマージョリーは、人目も憚らず叫ぶ。


「ど、どうしたんです、マージョリーさん?」
「姐さん?」
「あんたたち、今すぐ『玻璃壇』に向かいなさい」


その言葉が意味するところに気が付き、二人は飛び上がらんばかりに驚く。


「う、嘘でしょ!?」
「“徒”ですか!?」
「何だと!!」


恵に締め上げられていた名護もまた、事態への緊張を露にする。


「本当か、『弔詞の詠み手』」
「こんなつまらない嘘、つくわけないでしょうが!」
「で、でも姐さん。前に『これだけの騒動が起こったこの町には、もう“徒”は来ない』って……」
「私だって間違うときは間違うわよ! さあ、いいから早く!」


二人を怒鳴り付けるマージョリーの傍らで、恵だけが状況を把握出来ずにいた。


「名護くん、“徒”って奏夜くんの言ってた……」
「ああ、新しい敵だ。――『弔詞の詠み手』。佐藤くんと田中くんが行く場所は、安全な場所なのか?」
「? まぁ、他にいるよりかはね」
「恵もそこに避難させてくれないか。彼女は事情を知っている」
「……いいわ。邪魔しないならね」


名護は頷き、恵に緑と黄色のラインが入ったカードを手渡す。
奏夜から預かっていた、二枚目のゼロノスカードだ。


「恵。これを持って行け。“封絶”の中でも動けるはずだ」


ちなみに由利は嶋やマスターと一緒に、御崎市外のテーマパークへ遊びにいっている筈なので、心配はいらない。


「名護くんはどうするの?」
「無論、戦いだ。私はイクサの資格者だからな」
「……うん。わかったわ」


恵は多くを問うことなく頷く。
――私がいても、名護くんの足手まといになるだけ。それは即座に理解していた。恵の心中を察してか、名護は笑いながら彼女の肩を叩く。


「また、時間を作るよ。今度は由利と一緒に出掛けよう」
「――絶対よ。忘れたらひどいんだから」
「ああ、楽しみにしていなさい」


恵が笑い返したのを見て、名護は佐藤と田中に言う。


「恵を頼む」
『は、はい!』


イマイチ状況は飲み込めなかったが、とにかく「二人は事情を知っている」と佐藤と田中は理解した。


「ほら、さっさと行きなさい。グズは嫌いよ」
「りょ、了解! 頑張ってくださいね!」
「それじゃ行きます、お気をつけて、姐さん!」


二人が駆け出し、恵もそれを追っていく。


(……頑張ってください? お気をつけて?)


マージョリーが愉快さに思わず表情を崩したのを、名護は見逃さなかった。


「いい協力者だな」
「ただの子分よ」


慌てて表情を引き締める。



「さて、と。今の私はどこまでやれるのかしら」


以前奏夜に言った戦う理由、それはまだ取り戻せていなかった。


「何を悩んでいるのかは知らないが、戦いに雑念は枷だ。気を引き締めなさい」
「ヒッヒ、キバの兄ちゃんに続いての叱責だあな」
「お黙り」


マルコシアスを軽く叩いて、存在の乱れを探り当てる。


「近くのデパートね。火の手が上がってるみたいだし、ナビが無くてもいけるでしょ」
「わかった。向こうで合流するとしよう。恐らく君の方が早く着く」
「ふん、そっちが来るころには終わってるわ」


先行くわよ、と告げ、グリモアに乗って飛び去っていく。高飛車な物言いに名護は溜め息をついた。


「さて、先ずはイクサリオンを取りに行った方がいいな」


◆◆◆


「!!」


悠二と奏夜は同時に、その違和感を感じ取る。


(自在法!?)


山吹色の霧が、周囲を覆っていく。これが意味するのは、戦い。
…………。


(ヤバい!)


そう思ったのは奏夜だった。
隣で池が停止したのを見たところ、これは“封絶”と似たタイプの自在法。
つまり――“悠二からすれば”一般人である奏夜も、停止しなければならないわけで。


「先生、池!!」
「………」

つ、つらい! 地味につらい!
某忍者マンガで「人間は動かないことが一番難しい」とか言ってたけど確かにそうだ!
すいません今までの戦いで封絶の中にいた人!
ずっと「気楽そうでいいよな~」とか思ってましたけど、これかなり苦行です!


そうこうしているうちに、シャナまでも屋上まで駆け上がってきた。
更にクリア難易度アップ。


「シャナ、と、“徒”は裏庭かい!?」
「えっ?」
「さっき、負けないとか怒鳴ってただろ?」
「あ――」


しまった。という風な顔をするシャナ。
さっきの吉田への宣言が聞こえていたことへの焦りと、それを悠二が誤解して捉えている安堵が半々だ。


「いいの」
「え、だって」
「いいの! ……そっちじゃない。“徒”じゃないの、大丈夫」
「……? わ、わかったよ」


曖昧に納得する二人の前に、「お~い」という気の抜ける声が割り込んでくる。


「悠二~!」
「シャナちゃ~ん!」
「キバーラ!」
「キバット!」


シャナと悠二は、二匹のコウモリを出迎える。


「よかったぜい、近くに二人ともいて」
「町が凄いことになっちゃってるわよ」


確かにキバーラの言う通り、ここから見える、山吹色の霧が御崎市全てを覆う光景は、中々に不気味だった。


「じゃあ、この気持ち悪い封絶みたいな感じは……」
「近付いてくる方の“徒”の仕業ね」
「それだけじゃない。市街の辺りにも凄く大きな奴がいて……戦ってる」
「相手は『弔詞の詠み手』と……名護も一緒か」
「名護さんも?」


悠二がキバットに聞き返す。


「ああ。だか敵もバカ強いぜ。近付いてくる方も、名護達が戦ってるほどじゃあないが、かなり強い」
「相手は最低二人……私は近付いてくる方を片付ければいいわけね。アラストール」
「うむ。戦場の環境を操る自在師のようだ。敵本体だけでなく、周囲にも気を配るのだぞ」
「うん」


その後の話し合いで、シャナが“徒”の相手、悠二はこの自在法の核となる宝具探し(最初シャナは渋っていたが)、ということになった。


「俺様達はキバを呼んでくるぜ。……幸い近くにいるみたいだしな」


キバットは止まったフリをしている奏夜を見て「お前も大変だな」みたいな笑みを浮かべた。
ほっとけや、と奏夜が心中で毒づいたのは言うまでもない。


「坂井悠二、断っておくが、お前の行為は危険も付きまとう。この自在法がどのような力を持っているか、それも現状では判断できぬ。あるいは“燐子”の現れる可能性さえある」
「……僕が言い出したことだ。その責任もとるよ」
「うむ」
「きゃ~、悠二くんカッコいい~♪」


悠二の返答に、アラストールは珍しく満足げな声で答えた。
キバーラのはやし立てには苦笑いするばかりだが。


「じゃあ、もう行くわ。出来る限り離れて戦うから、その間に学校から出て」
「うん」
「頑張ってね、シャナちゃん!」
「ありがと」


キバーラに笑いかけ、飛び出しかけたシャナを悠二が「シャナ!」と呼び止める。


「なに」
「学校……皆を、守ってくれるかい?」


シャナは数秒間を置いて、


「できる範囲での最善を尽くすことだけは、約束するわ」
「――ありがとう。僕もやるよ」
「分かってるわよ」


ふと、悠二は思い立ったことを言った。


「なんか役に立ったら、ご褒美でもくれよな」
「――っ」


悠二のそんな言葉に、シャナの頭にここしばらくの出来事がフラッシュバックした。


「ば、馬鹿!!」
「っ!?」


顔を真っ赤にしたシャナが唐突に叫ぶ。


「ば、馬鹿はないだろ」
「うるさいうるさいうるさい! やってもないことで、見返りを期待するんじゃないわよ!」
「分かった分かった! そんなに怒らなくても……」
「いや~、青春だ(ね)」


そんな二人を見ながら、キバットとキバーラはニヤニヤ笑いを押さえられなかった。
ようやく気持ちを落ち着かせて、


「じゃあ、あとで」
「うん」

それを最後に、シャナは戦場に向けて跳んでいく。
シャナの後ろ姿を見送って、悠二は「よし」と意気込む。


「僕も行くよ」
「ああ、頑張れよ」
「シャナちゃんに良いとこ見せなきゃだしね♪」
「あはは。うん、やるだけやってみるよ。キバにもよろしく」



悠二が階段を降りていくのを確認して、


「奏夜、もう大丈夫だぜ」
「……っぷはぁ!」


奏夜は大袈裟に息を吐く。
が、二十分はフリーズしていたのだから、それも宜なるかな、という話だ。


「あーぶーねー!」
「感謝しろよ。トークでシャナちゃんと悠二の気を逸らしてやったんだからな」
「ああ、後で飴ちゃんくれてやるよ。――ちっ、身体固まっちまった。多分俺、今なら仙術チャクラ練れるぞ」
「ファンガイアの魔術に蛙組手は無かったと思うけど」


キバーラが冷たく突っ込む。


「で、どうすんでぇ。シャナちゃんの方を助けにいくのか? それとも名護と『弔詞の詠み手』の方か?」
「いや、俺の相手は別だな」


奏夜が「聞こえないか?」と言うと、キバットとキバーラも気が付く。


―――~~~♪


警告音。
ファンガイア出現を表す、ブラッディローズの音色だ。


「な? 街全体が封絶に覆われている。これに乗じて動くファンガイアがいても不思議じゃない。そっちを先に終わらせよう」
「けどよぉ、今回の相手は複数だぜ? シャナちゃん達だけで足りるのかよ」
「そっちも心配いらねぇさ。キバーラ、今すぐキャッスルドランに向かってくれ」
「えっ、何でよ?」


首を傾げるキバーラに、奏夜はニヤリと口の端を吊り上げた。


「ゲームばっかりで運動不足なあいつらにも、活躍の場をやるんだよ」


◆◆◆

場所と時間は移って、とある広い大通り。
山吹色の爆炎を挨拶に、マージョリーの前に現れたのは、三人の人影だった。
紅世の徒“愛染兄妹”――ソラトとティリエル。
その護衛である紅世の王“千変”シュドナイ。


互いの挨拶もそこそこに、両陣営は三対一の闘いを始めようとしていた。


「さあ、およろしいわよ、お兄様」
「うん!」


最愛の妹、“愛染他”ティリエルの許可で、鎧と大剣『吸血鬼』を携えた“愛染自”ソラトは、獲物へと飛び掛かる。

「っ舐めるな!」


大剣を避け、群青の炎を走らせる。
しかし、ソラトの剣閃はそれを瞬時にかき消す。


「舐めているのはどっちかな」


シュドナイの声に次いで、再び大剣の殺気がマージョリーを襲おうとする。
だが次の瞬間、ソラトの身体は吹っ飛ばされていた。

「うわぁっ!?」
「お兄様!?」


ソラトの叫びとティリエルの悲鳴が重なった。
残るマージョリーとシュドナイは、ソラトを吹き飛ばした衝撃波の出所を目で追う。


「危なかったな」
「はっ、あの程度、ちゃんと防げたわよ」


マージョリーの後方には、イクサナックルを構えた名護が立っていた。


「――人間だと?」


シュドナイは少なからず驚きを示す。


「ミステス、では無いな。かといって同業者でもない――貴様、何者だ」
「何者でも構わないわ!」


ティリエルが怒りを露にする。


「ゴミ虫風情が、お兄様を傷つけたことを後悔させてあげますわ!」
「ふん、ゴミ虫とは随分だな。正義の味方と呼びなさい」


名護はイクサベルトを巻き、イクサナックルを掌に押し当てる。


『レ・ディ・ー』
「変身!」
『フ・ィ・ス・ト・オ・ン』


真横に構えたイクサナックルをベルトにジョイント。
圧縮されていたアーマーの映像が名護に重なり、クロスシールドが展開。
仮面ライダーイクサへと姿を変える。


「その命、神に返しなさい!」


名乗りを挙げるイクサ。三人という数に臆ないのは、歴戦の経験の賜物だった。


「姿が変わっただと?」
「……あなた、一体何なの」
「誰でもない。ただの人間だ。――行くぞッ!」


イクサカリバーを構え、トリガーを引く。
銃口が火を吹き、銀の弾丸が躍り出る。


「っせい!!」


マージョリーもまた、群青の炎弾を放つ。


「フンッ!」


シュドナイは腕を虎の頭部に変化させ、炎弾と弾丸を全て薙ぎ払った。
だが、イクサの弾丸の幾つかは、シュドナイの腕に食い込んでいる。


「ただの弾丸ではないな」
「対ファンガイア用の特注品だ。貴様達“徒”も無事では済むまい」


言いつつ、イクサは銃撃を続ける。


「ファンガイアだと? ――成る程、そういうことか」
「シュドナイ、どういうこと?」


攻撃を防ぎながら、ティリエルが尋ねる。


「少し前、噂で人間とファンガイアが和解したという話を聞いたことがないか?」
「ファンガイア――ああ、あの節操なく存分の力を喰うケダモノ共」
「そうだ。恐らくあの騎士は、ファンガイアに相対する人間の一派という所だろう。
――抜け目がないな、『弔詞の詠み手』。協力する人間を選ぶ時も、能力の高さを買うわけか」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。そいつとは獲物が同じなだけよッ!」


イクサとマージョリーの嵐のごとき攻撃。
だが、決定打にはならず、闘いは平行線を辿っていた。
と突然、後ろに下がるソラトが、


「ちがうよ! こいつらじゃない、こいつら、持ってないよ!」
「なんですって、お兄様?」


兄の緊張感のない一声に、ティリエルが目を剥く。


「持っていない? どういうことだ」
「あいつらの狙いは、炎髪の嬢ちゃんが持ってる『贄殿遮那』って刀なんだよ」


イクサの疑問に、マルコシアスが小声で答える。


「刀だと?」
「ああ。“天目一個”っつー化け物ミステスが持ってた刀でな。
こいつらはそこの坊っちゃんの我が儘で、その刀をいただきに来たってわけさ」
「――そんなことのために、これだけのことを」
「都合なんてコロコロ変わるわよ。あんた達人間と同じ」


何を今さらという風に、マージョリーが鼻を鳴らす。


「まぁ、なんて無駄骨でしょう。ご挨拶と思ったら人違いだったなんて……」


ティリエルは肩を落とした。


「今ので本命にも気付かれたでしょうし、最悪、威力圏内から逃げられてしまうわね……シュドナイ、この方達を足止めしておいて。『オルゴール』が起動したら、改めて指示を出すわ」
「わかった」


シュドナイの同意を聞き、ティリエルは自分とソラトの回りに、山吹色の木の葉を嵐の如く纏い、その姿を消した。


「あんなのが今回の依頼人とは苦労するわね、“千変”。そろそろ仕事から解放されてみる?」
「君こそ、不調を押して励むほどの仕事でもなかろう。永の休暇でも取ったらどうだ? そこの白騎士も、人間なら尚更厳しい仕事だろう」
「フン、生憎と苦労に見合うだけの報酬は貰っている。休暇ならこれが終わった後、家族とじっくり取らせてもらうさ。イクサの力を――人間の力をなめるなよ。“紅世の王”」
「――ックク、面白い男だな。いいだろう、人間の力とやら、拝見させてもらおうか」


三人は虎の腕、群青の炎、イクサカリバーをそれぞれ構える。混じり合う闘志が臨界点に達した時、沈黙した大通りを轟音が支配した。


『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー&『仮面ライダーイクサ』名護啓介vs“千変”シュドナイ。


スタート。


◆◆◆

「っ!」


一方その頃、ブラッディローズの音色に導かれるままにマシンキバーを走らせていた奏夜。
突如彼の視界を、紫色の光が覆った。


(攻撃か!)


マシンキバーを横向きに急停車させ、光弾の余波を最低限に抑える。

「ようやくお出ましか。キバ」


煙が霞んでいき、奏夜は襲撃者の姿を捉えた。


「……!」


しかし、そこにいたのは奏夜にとって、意外な人物だった。


「久しいな、貴様に滅せられて以来か」
「お前……、確か兄さんの会社にいた」


スーツに身を包んだ初老の男性――黒沢は皺の刻まれた顔を歪める。
黒沢――ファンガイアの中でも地位は高く、かつては奏夜の兄、太牙の世話役を勤め、彼が成長してからは、彼の会社『D&P』で側近も兼任していた人物だ。


「何故、お前が? お前は俺が確かに倒したはずだ。それも再生体でもなく、意思を持った個体として復活するとは――一体、何のトリックを使いやがった」


「ふん、出来損ないの貴様に、逐一説明してやる謂れはない。話は聞いているぞ。人間とファンガイアの共存を果たしたとな。――貴様といい、キングの息子といい、ファンガイアの面汚しめが」


黒沢は吐き捨てるように言う。



奏夜はその言い草に、不快感を露にした。


「おい頑固頭。俺の前で兄さんを馬鹿にすることは許さないぜ。――兄さんは、誰よりも強く、優しさを持った真のキングだ」
「キングに優しさなど必要ない! 必要のは他者を圧倒的なまでに屈伏させる力だ!」
「……ああ、そうかい」


奏夜はマシンキバーから降り、黒沢と対峙する。


「なら試してみるか? お前の力とやらで、ファンガイアの面汚しに勝てるかどうか」
「以前のようにはいかんぞ。この私の手で貴様に引導を渡してくれる」


言って、黒沢の姿はヘラジカをモチーフにした異形――ムースファンガイアへと変貌していった。


「キバット、来い! こいつをブチのめして、規制ギリギリの辱しめを受けさせてやる!」
「おおともよ! 水車に磔にして大回転も追加しとけ! ――ガブッ!」


キバットが奏夜の左手に噛み付き、アクティブフォースを注入。彼の顔には、ステンドグラスの模様が浮かび上がる。


「変身!」


巻かれたキバットベルトに、キバットを逆さまに装着。
光の鎖が弾け飛び、コウモリを模した仮面、キバ・ペルソナが輝く。
奏夜の姿は仮面ライダーキバへと変身を遂げた。


「断罪の牙の下、転生の輪廻に沈め!」


挑発するかのように指を突き出し、反逆者への宣告を下す。


「切り刻んでくれる……!」


ムースファンガイアが召喚した剣を手先で研ぐ。


「先に俺が蹴り飛ばしてやるよ!」
「そのとーり!」


キバが手を大きく広げる独特の構えを取った。
刹那、両者の目に火花が散る。


『はぁッ!』


次の瞬間には、キバの拳とムースファンガイアの剣が交錯していた。


『仮面ライダーキバ』紅奏夜vsムースファンガイア。


スタート。



◆◆◆

現在のところ、御崎市で行われている三つ目の戦い。
シュドナイを残して戦線を離脱したソラトとティリエルは、存在の力を追ってきた、自分達の真の標的――大太刀『贄殿遮那』を持つフレイムヘイズ、シャナと対峙していた。


ソラトの斬撃、ティリエルの操る蔓を、上手く路面を蹴ることで回避し、信号機の上に着地する。


「戦力を見誤ったか」
「やるわね」
「ふふ、なにをしても無駄ですわよ。この『揺りかごの園(クレイドル・ガーデン)』の中での私達は無敵」
ティリエルが指を一撫ですると、何百もの山吹色の蔓が、通りを津波のように飲み込んでいく。


「さあ、私は手出しいたしませんわよ。せいぜいの奮闘をなさって」
「ちっ!」
「『にえとののしゃな』!」


蔓に乗り、跳躍してきたソラトが大剣『吸血鬼』を振り下ろす。
があん! という重厚な音と共に、『贄殿遮那』と『吸血鬼』がぶつかった。


「っつ!」


僅かに力負けし、シャナが怯む。
無論、ソラトはそれを見逃さない。


「――は!」


ソラトが存在の力を注ぎ込むと、『吸血鬼』の刀身で揺らめく波紋が、その速さを増した。


「ぐっ!?」


突如、全くノーマークだった方向から来た斬撃が、シャナの右首筋を浅く切り裂いた。


「すごいだろ、ボクの『ぶるーとざおがー』!! “そんざいのちから”をこめれば、けんにさわってるあいてが、きずをおうんだ。――こんなふうに!」


それこそ子供のような無邪気さで、ソラトは狂気を振り翳す。


「あうっ!」


ソラトの絶妙な技巧から刀を離すことも出来ず、シャナの肌に更なる傷がつけられていく。
ぎりっ、と歯噛みすることで痛みに耐え、シャナはソラトへ鮮血が滲む足を突き出そうとした――時だった。




「――ふんっ!」




大きな拳が、ソラトの身体目掛けて強烈な一撃を叩き込んだ。


「っぐぅ!?」


奇声を漏らし、ソラトは後方へ仰け反る。


「!! ――っだぁ!」


機を逃さず、シャナはソラト目掛けて鋭い蹴りを炸裂させた。バランスを崩していたソラトは、数メートル先まで路面を滑る。


息を切らして、シャナは自分を助けた拳の持ち主を見る。


「だい、じょぶ、か?」
「お前……!」


そこにいたのは、タキシードに身を包み、髪をオールバックにした大柄な青年――力だった。


(どうして? 封絶は張られてるのに)


シャナの疑問が口に出かけた矢先、新たに二人の影が彼女の隣に立つ。


「この姿で会うのは初めてだな、『炎髪灼眼の討ち手』。中々、面白い見せ物だった」
「お姉ちゃん、久しぶり~♪」


タキシードを着崩した鋭い風貌の青年――次狼が、シャナに乾いた拍手を送る。
セーラー服に身を包む幼さの残る少年――ラモンは、この場に似つかわしくない明るさを振る舞った。



「ふん、何やら激しく盛り上がってるようだな。どれ、俺達も混ぜさせて貰おうか」
「お兄ちゃんに頼まれちゃったしね。焼き芋のおつり分は働くよ♪」
「おお、あばれ」
「……お前ら、何? フレイムヘイズなの?」


シャナは未だに理解が追い付かない様子だった。
彼女はラモン、力との面識はあるが、彼らの素性は焼き芋屋としか知らない。
いきなり現れて、手を貸すと言われても、反応に困るだけだ。


「――貴様ら、もしやキバの従者か?」


アラストールの問いに、次狼、ラモン、力は頷く。


「アラストール、こいつら何なの?」
「シャナ、此奴らはキバの使役していた武器だ」
「えっ?」


理解出来ず、シャナは首を傾げる。


「なんのこと」


これには次狼も、不満そうに眉を寄せる。


「おい、俺を真南川に道連れにしておいてそれはないだろう」
「真南川? ――あっ!」


思い出した。
フリアグネとの戦いの時、キバが貸し与えてくれた剣――ガルルセイバー。
シャナはそれを持ったままフリアグネに撃たれ、真南川に落下したことがあった。


「あの時の剣!」
「やっと思い出したか。まったく、あの後俺は大変だったってのに」
「次狼ったら油断して風邪ひいちゃったもんねー♪」
「うるさいぞラモン。――とにかく、キバの命は『炎髪灼眼の討ち手を可能な限り助けろ』だったんでな。悪いが、勝手に助けさせて貰う」
「いや、助力感謝しよう」
「でも、アラストール」


信用……出来るのだろうか。それ以前に、こいつらは自分達にとって、足枷にならないのだろうか。


「キバの助力なら是非はない。武器化してあの力なら、我等にとっても不利益はなかろう」


シャナは不安を覚えながらも、信頼する契約主の言葉に従う。


「わかった。けど私は、足を引っ張る奴は助けないわよ」
「ふん、そういう減らず口は俺の十分の一でも生きてから言うんだな」


シャナの突っぱねた物言いを軽くあしらって、次狼、ラモン、力が並び立つ。


「ティリエル、またへんなやつがきたよ! きっちゃってもいいかな?」
「ええ、勿論ですわお兄様。……けど、本当に余計な連中が多いわね。この街は」


新たなイレギュラーに、ティリエルは歯噛みする。


「ファンガイア風情が……! 私達の、お兄様の邪魔をしないで下さる?」


ティリエルの言葉に、今度は次狼のみならず、ラモンと力も表情を曇らせる。


「ファンガイア? 検討違いも甚だしいな。“愛染兄妹”」
「そーそー。僕達をファンガイアと一緒にしないでよね」
「おれたちは、ほこりたかき――」



――王の従者は、自らのプライドを乗せ、雄叫びを挙げる。


「ウルフェンだ!」
「マーマンだ!」
「フランケンだ!」


獣の咆哮と共に、次狼を蒼、ラモンを緑、力を紫のオーラが包んでいく。
異形の幻影が浮かび上がり、三人の姿がオーラと重なる。


光が消えると、そこに“人間”としての彼らはいなかった。


ウルフェン族の末裔――俊足を誇る蒼き狼、ガルル。
マーマン族の末裔――水を支配する半魚人、バッシャー。
フランケン族の末裔――剛腕の人造人間、ドッガ。


キバの臣下たる彼ら、その真の姿だった。


「ウルフェン、マーマン、フランケン……まさか、13魔族の生き残り!?」


ティリエルは語り聞いた記憶を掘り起こし、驚愕する。
ウルフェン、マーマン、フランケン。
どれも全て、かつて栄えた滅ぼされた希少種族。
ファンガイアの手勢に屈し、滅亡こそしたものの、元来はファンガイアに勝るとも劣らぬ怪物達だ。


「……本ッ当に、どうなっているのかしらね。この街は」


計算外にも程がある。一体何人、人外の存在を抱え込んでいるのか。
――だが、


(『揺りかごの園』がある以上、まだ戦うには十分だわ)


ティリエルは優位を崩さず、ソラトに寄り添った。


「よーし、久々に暴れるぞぉ!」


バッシャーがはしゃぐように腕をあげ、


「ぶっ、つぶ、す」


ドッガが拳を打ち鳴らし、


「行くぞ、『炎髪灼眼』……!」


ガルルが爪を構え、鋭い歯を光らせる。


「――ええ!」


彼らの変化への余韻もそこそこに、シャナの瞳にも再び力が灯った。
――六人は標的を目に捉え、戦意の赴くままに飛び掛かっていく。


『炎髪灼眼の討ち手』シャナ&アームズモンスターズvs“愛染自”ソラト&“愛染他”ティリエル。

スタート。




――闘いのトライアングルから燃え上がる戦火は、優しき日常を全て呑み込む。
  1. 2012/03/26(月) 10:34:48|
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第十話・トライアングル/つがいの愛染兄妹.前篇

「くわぁぁ~~」


早朝、奏夜は気だるそうに大欠伸をして、御崎高校へと足を進めていた。


「ねむねむ」
「何がねむねむだ。名護の早朝トレーニングも意味なしかよ」


鞄に入ったキバットが、やれやれといった風に溜め息をつく。


「しゃーねーだろ。昨日はドッジボール漬けだったし、おまけに名護さんは新しいファンガイアに会ったって言うしさ」
「ふむ。やっぱあの竜の仲間なのかね。例の蝿のファンガイア」
「さあな。分かってるのは一つだけ。あいつらは俺達を試してるってことだ」
「試すねぇ。どっちかと言えば戦力を計ってるって感じだよな。……やば。悪い予感しかしねぇや」
「今までファンガイア絡みで、一度でもいい予感があったか?」


戦うなら迎え撃つだけさ。


大した感慨もなく言い放ち、奏夜は大通りを外れて袋小路に入っていく。
この裏道は人気こそ無いが、学校への近道でもある。
物騒な世の中、カツアゲの恐れもあるが、奏夜ほどの力があれば、その心配は皆無に等しい。


「む」


ふと、奏夜は立ち止まり、自分が向かう方向とは違う道に目をやった。


「ったく、日本語喋れねえのかよ、こいつ!」
「日本語できねえなら、日本に来んじゃねえっての!」


ガラの悪い五人ほどのグループが、十代半ばの少年を蹴り飛ばしていた。


「むう」


奏夜は教職に就く人間である。
この状況下で取るべき行動は、もはや決定していた。


「――いや、そういう義務や責務じゃないか」


何というか。
ああいう光景は見ていて実に、


……不愉快だ。


奏夜は頭をがりがりと掻きながら、不条理な暴力の嵐へと足を進めていく。


「おい、そこのパッとしないモブキャラ共」


初対面の人間に対し、間違いなく最悪の部類に入る態度だった。


「あぁ?」


水を差されたことに苛ついた様子で、青年グループ達が奏夜を見る。


「よってたかってよくもまぁ……恥ずかしくねーのかよ。お前らあれですか? 触れるもの皆傷つけ、盗んだバイクで走り出し、暗い夜道の中を行く思春期ですか?」


気だるそうに言い放つ奏夜を、青年達は「なに言ってんだコイツ」みたいな目で見ていた。


「大体、今からそんな遊んでたら苦労するぜ? 髪を染めるのもマイナスだな。後々ハゲるぞ」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ! なんだてめブッ!?」


青年の言葉は最後まで続かなかった。
奏夜の鮮やかなシャイニングウィザードが、青年の顔面を撃ち抜いたからである。


青アザと共に、青年は地に崩れ落ちた。


「なっ!? てめえ!」
「世の中に、嫌いなものが二つある。糸こんにゃくと、間違ったことを平気でやるバカ野郎共だ」


いきり立ち、奏夜を取り囲む青年に対し、奏夜はいっそ清々しいまでにマイペースな口調で告げる。


「さぁ、お前らの罪を数えろ! ってか?」


余裕綽々の奏夜を、青年達の拳が襲った。
難なくそれを避け、一人の腕を掴み、見事な一本背負いをキメる。


「ほいっと」


唖然とするグループの隙をつき、奏夜は見事なアッパーカットを繰り出す。
ものの数分で、五人の内の四人が殲滅されてしまった。


「う、うあぁぁ!!」


危機感を覚えたらしいリーダー格の青年は、ポケットからバタフライナイフを取り出す。


「おっと」


それを見越していたのか、奏夜は右足で青年のバタフライナイフを蹴り上げる。


「なっ……!」


状況が飲み込めぬ青年をよそに、奏夜は落ちてきたバタフライナイフを器用にキャッチする。


「世間の荒波を知らん坊っちゃんには、過ぎたオモチャだ。俺を相手にするなら青竜刀でも持ってこい」


笑顔の奏夜から右ストレートを貰い、リーダー格の青年もまた、地面に沈んだ。


「やれやれ、未成年でもこんなもんを持つ時代か。世知辛ぇな」


奏夜はナイフを投げ捨てた後、暴行を受けていた少年に近付く。
びくり、と少年は肩を震わせたが、奏夜は少年を安心させるように手を差し伸べる。


「大丈夫か? 少年」


おずおずと、躊躇うように、少年は奏夜の手を取ろうとした。
――時だった。


「お兄様に――」


つかつかつか。
間隔の狭い足音が聞こえてくる。
その細い声の方を見た奏夜の顔面に――、





「気安く触れるなこのゴミ虫がぁ――っ!!」


「あばぁっ!!」





……少女の見事な飛び蹴りが炸裂した。


◆◆◆


「申し訳ありません。お兄様を助けて戴いたのに、とんだ非礼を……」
「痛てて……。ああいや、状況が状況だったし、気にすんなよ」


素直に頭を下げる金髪に高貴なドレス姿の少女に対し、奏夜は額をさすりながら答える。
少女――ティリエルのダークネスムーンブレイク顔負けのキックを喰らい、奏夜が気を失っている間に、助けた少年(こちらはソラトと言うらしい)が事情を説明してくれたらしく、どうにか誤解は解けていた。


その流れで、三人はに路地を抜けて、大通りを一緒に歩いていた。


「見たとこ日本人じゃないよな。観光か何かか?」
「ええ、そんなようなものです。少々、探しものがありまして。――もう、駄目でしょう、お兄様。私が待っていてと言ったら、ちゃんと待っていないと」


ティリエルの後ろで、ソラトが弱々しく縮こまる。
ただ、ティリエルもさして怒っているわけではなさそうで、奏夜にはむしろ微笑ましい光景に見えた。


「仲良いんだな。兄妹二人で」
「あら」


奏夜の素直な感想に、ティリエルは顔を綻ばせた。


「そう思われますか?」
「ああ、俺にも一人兄さんがいるんでな。小さい頃には色々事情があって、一緒に遊ぶ機会が少なかったからさ。だからティリエルとソラトが羨ましいよ」
「ふふ、ありがとうございます」


年相応の少女らしく、ティリエルは笑い、ソラトに肩を寄せた。
周りの何人が奇異の眼差しを向けるが、奏夜はなんら変わらず、二人を見ている。


「奏夜さんは、あまり体裁を気になさらないのですね。日本人は陰に籠ってせせこましい印象があったのですけれど」
「外面なんて飾りだろ。そりゃあ整ってるに越したことはないけどさ」


ティリエルの手厳しい評価に苦笑して、奏夜は答える。


「それが二人の趣味嗜好なら、俺が口出しできるものじゃないだろ」
「――本当に卓越した見解をお持ちですね。そういう考えの方が増えれば良いのでしょうけど」
「まったくだ」


さすがに『毎日もっと奇抜なものを見てるからさー』とまでは言えない奏夜だった。


「そうだ。ここで会ったのも何かの縁だし、この辺りを案内しようか。確か、探しものがあるんだろ?」
「いえ、そこまでお世話になるわけには。――それに」


私たちの探し物は、そう簡単には見つからないものなので。


今までとは違う、含みを持たせた言い回し。
奏夜はその違和感に首を傾げる。


「おい。ソラト、ティリエル」


だが、奏夜がその感情を処理する間もないまま、三人を呼び止める声があった。


振り替えると、一人の男が立っている。
ダークスーツをすらりとした長身に纏い、オールバックの髪に、目線を隠すサングラスという出で立ち。
あだ名を付けるならTー800だな。と、奏夜はいらない判断を下した。


「シュドナイ! あなた、いったい何処にいたの!」


ティリエルがさっきまでの和やかさを消して、男に食って掛かった。
シュドナイと呼ばれた男は、ゆったりとした口調で彼女に対応する。


「そうピーピー喚きなさんな。勝手に何処かへ行ったのはお前さん方だろう。それに、ソラトが一人になったところで、どうなるわけでもあるまい」
「何を言ってるの! あなたが目を放したせいで、あんなゴミ虫共がお兄様に触れることになったのよ! 奏夜さんがいなかったら、どうなっていたか考えるのもおぞましいわ!」
「奏夜さん? ああ、そちらの青年か」


あくまでもマイペースに、シュドナイは奏夜を見る。


「珍しいなティリエル。キミが見ず知らずの人間と話すとは」
「話を逸らさないで! このような怠慢、今度は許しませんことよ!」


ティリエルはフン、と鼻を鳴らして、ソラトに抱き着きつつ、シュドナイに険悪な眼差しを向け続ける。


「すまんな。連れが世話になったようだ」
「いや、別に構わないよ。アンタ、ボディーガードか何かか?」


二人の高貴な雰囲気から判断した奏夜に、「ああ、そんなようなものだ」とシュドナイは答えた。


「なら、俺はお役御免か。じゃあ、あとはお任せでいいのかな?」
「お任せ、ね。――人間に関して言えば、こいつらに俺の護衛など意味が無いと思うがな」
「えっ?」
「いや、何でもない。だが、一応礼は言わせて貰おう。青年」


シュドナイはシニカルに煙草のケムリを吐いた。
不信感だけが募るが、ティリエルとソラトの手前、表情には出さない。


「じゃあな。ティリエル、ソラト。縁があったらまた会おうぜ」
「ええ、また」


花のように笑うティリエルの後ろで、ソラトもおずおずと手を振った。
軽く手を振り返して、奏夜は三人組に背を向ける。
ティリエル、ソラト、シュドナイの姿が見えなくなったころに、奏夜は嬉しそうに口を開く。


「いやいや、人間関係のもつれが嘆かれる世の中だけどさ、まだまだ捨てたもんじゃないよなー。あんな仲良し兄妹がいるんだからさ」
「………」


バックの中にいる相棒は、何のリアクションも取らない。


「キバット?」
「奏夜、さっきの奴ら……」
「? ティリエル達がどうかしたか?」
「……いや、何でもねぇ」


――まさかな。


あり得ない。キバットは頭を振った。


――だが、キバットの懸念は、最悪な形で的中することになる。




もっとも、それは奏夜にとって、だが。


◆◆◆


「~~~♪」
「上機嫌だな、ティリエル」


シュドナイは、意外と本気で驚いていた。
ティリエルは兄のこと以外で、ほとんど朗らかな笑顔を見せないからである。


「さっきの男か? 見たところ、君の目を惹くような特徴は無かったが」
「外見だけを見るのは浅はかね、シュドナイ。着飾る者ほど、中身が空虚なものよ」
「ふむ」


ならまず、自分達の派手な服装を止めろ。
そう思いつつ、シュドナイは口には出さなかった。


このあたり、分を弁えている。


「本当、“人間”にしておくには勿体無いわ。それに加えて、私とお兄様を仲良しだなんて! ね、お兄様!」
「うん!」


――もしこの場に奏夜がいたのなら、確実にソラトの言葉へ違和感をもっただろう。


なぜなら、ソラトの発した言葉は、もはや音として形容出来ないような、不気味極まりないものだったのだから。


「――まぁ、キミでも人間に興味を持つことがある、というのは実に救われる話だがな。それはそうと、本筋の方はどうなっているんだ?」
「磐石とまではいきませんが、フレイムヘイズ一匹への罠としてはもう十分。あとは、こちらから仕掛ければ直ぐにでも。――ではお兄様、参りましょうか」
「うん、ティリエル。はやくみつけようね。『にえとののしゃな』!」


互いに笑みを交換し合って、紅世の徒“愛染自”ソラトと“愛染他”ティリエルは、深く唇を重ね合う。
その傍らで、紅世の王“千変”シュドナイは、やれやれと溜め息をついて、煙草に火をつけた。


◆◆◆


早朝の御崎高校。
教師からすれば普通のタイムテーブルだが、生徒の登校時間にはやや早い。
奏夜は人気の少ない廊下を鼻歌混じりに進み、教室へと足を運ぶ。
今朝の連絡を黒板に書き込むためだ。


引き戸を開け、一年二組の教室に入る。
と、そこには先客がいた。


「よう、早いな吉田」
「あ……。おはよう、ございます」


誰もいない教室にただ一人。吉田一美は机に俯いてぼつんと座っていた。


「ちぇっ。今日は一番乗りだと思ったんだがなぁ。早起きってのも難しいもんだよ」
「そう……ですね」


歯切れ悪く、吉田は曖昧に相槌を打つ。
力無く肩を落としている様子からは、悲しみ以外の感情が読み取れない。


(――ああ、こりゃなんかあったな)


溜め息混じりに、奏夜は教室正面の黒板に向かう。


「何か悩みがあるなら聞いてやるぞー。連絡書くついででいいならな」


言って、奏夜はチョークを片手に、黒板へ連絡事項を書き連ね始めた。


カッ、カッ、カッ。チョーク特有の乾いた音がしばらく続く。
やがて、奏夜の背中にか細い声がかけられた。


「……今朝、早くのこと、なんですけど」
「ふむ」


奏夜もそれに軽く言葉を返す。


「その……忘れ物を、届けようと思って」
「所有格が抜けてるぞ吉田。忘れ物って、坂井の持ち物か?」


しばし沈黙。ややあって「……はい」という声が聞こえた。


「そこまでは普通の学園モノだな。あまりに出来すぎな展開なのが腑に落ちんが……っと悪い、脱線したな。続けてくれ」


奏夜が促し、吉田はより一層元気のない様子で、声を絞り出した。


「それで……その、途中、真南川の方から……来るのを、見て」
「今度は主語が抜けてるぞ。俺が現国教師と知っての挑戦かコラ」


お前、頭は良い設定だろ。
しかし、奏夜なりの気遣い(もとい、渾身の笑い)にさえも、吉田は反応らしい反応を見せなかった。


奏夜は黒板にチョークを走らせながら、軽く頭を掻いて、


「……纏めると、平井(多分)と坂井が一緒にいるのを見た。そういうわけか?」


言葉に出して言われると尚つらくなるらしく、吉田は更に顔を俯かせた。


――見た、というのは、文脈やら人間関係から察するに、シャナと悠二が一緒にいる光景か何かだろう。
鍛練とやらは続けているようだから、その最中を吉田は偶然見てしまった、こんなところか。


軽くはない衝撃だったはずだ。吉田が悠二に好意を抱いているのは、奏夜も知っている。
シャナは精神面を除いて、才色兼備で魅力的だろうから、敵わないと思って、吉田が落ち込むのもわかる。


「……」


うん。
いや、わかるよ? すっごくわかる。


わかるんだけど……。


「……………………………………」


バキッ。
手元のチョークが折れた。
奏夜は苛々と呆れを半々に込めて、言った。




「――バカだなお前」




振り向き様に放たれた鋭い一言に、吉田は驚いて顔を上げた。


「それのどこが悩みだ。身構えちゃったじゃねぇか」


呆ける吉田の前に、奏夜は早歩きで移動して、ビシッ! と人差し指を突き出す。


「それに何の関係がある」
「えっ……?」
「平井と坂井の仲が良いことと、お前が坂井を好きなことが、一体全体何の関係があるんだよ」


――自分がそうだったからか、人の成長や心の機微に対し、奏夜は出来る限り、解決策を用意するよう心掛けている。
だが今回ばかりは、解決策など用意できるはずもない。


これは悩みですらないのだ。


「前にお前が、俺の音楽を聞いた時のこと、覚えてるよな? そん時にも言ったはずだぜ。『誰かを好きになったなら、悔いは残すな。ただその相手を好きでいろ』ってな。お前、開始2ヶ月ちょいでそれを破る気か」
「で、でも……」
「でももデモナータもねぇ」


奏夜は、吉田の頬をぐにっと引っ張った。


「ふぇ、ふぇんふぇい、いひゃいれふ!!(せ、先生、痛いです!!)」
「黙って聞け。お前は平井には無いものを持ってる。お前はあいつを強いと思ってるかも知れないが、どっこい、そういうわけでもない」


シャナは、自分が悠二に抱く感情を知らない。
しかし吉田は、“その感情”が何なのかを知っている。


シャナは、そのイレギュラーな感情を恐れている。
吉田は、それを恐れてはいない。


この差は、とても大きい。


奏夜はゆっくり、吉田の頬を放す。


「それが何なのか、よく考えてみろ。――お前はいろんなことから逃げ過ぎだ。ちゃんと向き合え」
「……?」


ひりひりする頬を押さえ、吉田は疑問符を浮かべ続けている。……まだよくわかってなさそうだが、これは自分で気付かなければ意味がない。


奏夜に出来るのはここまでだ。
少し後ろ髪を引かれる思いで教室を出ると、ちょうどそこには、登校したばかりの池がいた。


「あ、先生。おはようございます」
「おう池、バットモーニング」
「……朝の爽やかさが一気に消し飛ぶ挨拶ですね。先生が珍しく早朝登校したと思ったら」


ほっとけ。


「――ああ、そうだ。池、お前ちょっと教室にいるヤツの相談乗ってやってくれや」
「はい?」


池は首を傾げ、だがすぐに何か気付いたような表情を浮かべる。


「もしかして、吉田さんですか?」
「察しがいいな。俺がいくらか言っといたけど、まだ落ち込んでるっぽいから。お前からもどうにか慰めといて」
「……わかりました」
「うん。頼んだぜい、メガネマン」


吉田を池に任せ、奏夜は教室をあとにした。
池は頼りになるヤツだし、少なからず、吉田に好意を抱いているはずだから、まぁ悪いようにはなるまい。


そう判断してのことだった。


――しかし、この判断は、後に思いもよらぬ事態を巻き起こすことになる。



◆◆◆


『あ』


さて、場所は移って御崎市内の商店街。


道の真ん中で、四人と一人のフレイムヘイズが間の抜けた声を上げた。


片や、由利を嶋に預け、日用品の買い出しに来ていた名護夫妻。
片や、暇を持て余し買い物に出た『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーと、そのお供、佐藤啓作と田中栄太である。


『恵さん!』
「あら、栄太くんに啓作くんじゃない!」
「? 恵、知り合いか?」


一瞬だけ、マージョリーと火花を交錯させた名護が、恵に問う。


「ええ、佐藤啓作くんに、田中栄太くん。二人とも奏夜くんの教え子よ」
「――ああ、成る程。そういうつながりか」


名護は二人に手を差し出す。


「名護啓介だ。よろしく」


その手を、佐藤と田中はおずおずと握り返す。


(この人が恵さんの旦那さんか。ちょっと厳しそうだけど……)
(でも、先生の言う通りカッコいいなぁ)


奏夜の弁で言うなら「俺よりずっとカッコいい旦那さん」だったが、容姿に関して言うなら、奏夜がそういう気持ちもわかる。


無論、奏夜がカッコよくないというわけではないが。


「それで」


佐藤、田中と握手を交わした名護が、一転して低い声を唸らせる。
その対象は、二人の隣――マージョリーに向けられる。


「何故キミがここにいる。『弔詞の詠み手』」
「っ!!」


佐藤と田中の肩が跳ね上がった。


何故。


『弔詞の詠み手』。自分たちの憧れである女性――マージョリーの決して知り得るはずのない二つ名を、この男性は知っているのだ。


「……はん。私が何処にいようが勝手でしょ」
「私が言っているのはそういうことではない。キミがどういう目的でその少年たちと一緒にいるかだ」


名護の警戒心は更に強まったようだった。


「何か力任せな協力を強いているなら……」
「しないわよ。そんなめんどくさいことするくらいなら、最初から一人でどうにかしてるわ。こいつらは――」


言いかけて、ふと唇の動きが止まった。


こいつらは――なんだろう?
最初はただの道案内のつもりで、次は寝床を間借りして、あの戦いで負けた後も、何故か一緒にいて――


ちらりと目線を泳がせると、佐藤も田中も少し不安そうに、マージョリーを見ていた。
二人もまた、自分がマージョリーにとって何なのか、気になったらしい。


(……私にどう答えろってのよ)


マージョリー自身にすらわからないのに。


心の中で愚痴るマージョリーに、意外なところから助け船が出た。


「何なに? このキレーな女の人、名護くんの知り合い?」


一人蚊帳の外だった恵が、二人の間に割って入る。
何処か焦っているようにも見えた。


「あーいや、知り合い……というか何というか」
「いいから名護くん、はっきりしなさい!!」


今度は名護が言い澱む番だった。
はっきりしなさいも何も、奏夜こそすれ、名護とマージョリーにはほとんど接点は無い。


せいぜい“刃を交わしあった仲”とでも言うべきか。


「何!? 私に言えないような仲なワケ!?」
「め、恵、首が絞まる首が絞まる! 何をそんなに怒る必要が……!」
「お、怒ってなんかないわよ! いいからさっさとあらいざらい吐いちゃいなさい!」


……ある意味、典型的とも言える夫婦のすれ違いに、


「……なぁ、あれどうすりゃいいかな」


と佐藤が、


「さぁ……? ここはやっぱ止めたほうがいいのか」


と田中が、それぞれコメントして、


「ッヒヒ、やめとけやめとけ。痴話喧嘩にゃあ首突っ込まねぇ方がいい」


声を潜めたマルコシアスが、ニヤついたような笑い声で答えた。


◆◆◆


「さあて、昼飯昼飯っと」


午前の授業を滞り無く終えて、奏夜は弁当片手に屋上へ向かっていた。
弁当喰う時に、夏の青空ってなんかオツだよね。という思いつきの結果である。


「そう言えば、坂井達も今日屋上って言ってたっけか」


正確には、シャナ、悠二、池、吉田の四人だったが。


「ふむ。たまには生徒と交流を深めるのも悪くないかもな」


言いながら、奏夜は屋上まで辿り着き、鉄扉に手をかける――。




「やめて!!」




開けた瞬間、飛び込んできたのは鋭い一声。


「うおっと?」


目をぱちくりさせて、奏夜は事態の理解を急ぐ。


えっと……吉田が泣きながら弁当放り捨てて、坂井と池がそれを見て絶句して、平井はきょとんとしてて……。
……すみません。理解が追い付きませんでした。


「た、頼んでないよ、池君! こんなこと!!」
「よ、吉――」
「私、そんなのじゃないの! 違うの!」


吉田は駆け去り、奏夜に目もくれず、階段を駆け降りていった。
一連の光景に、その場にいた全員がフリーズしている。


「ちょっと、席外してくれないか?」
「? ……うん」


悠二の言葉に素直に従い、シャナは屋上から出ていく。
その時、奏夜と目が合った。


「あいつ、どうしちゃったの?」
「……さあな」


シャナの問いをはぐらかし、奏夜は彼女と入れ違いに屋上へと入る。


「先生」
「あー、お邪魔だったか?」
「……いいえ、むしろいてくれるとありがたいです」


悠二が反応の無い池に代わり、苦々しく笑う。


「何処から聞いてました?」
「吉田がシャウトしたあたりから」


奏夜は、俯く池に目線を移す。
さっきは軽く動揺してしまったが、今なら状況は大体わかる。


簡単に言って、池は悠二に怒っていたのだ。
今朝のことで落ち込んだ、吉田の代わりに。


――自分が少なからず好意を抱く少女の代わりに。


(シャナと吉田の間をフラフラしてる坂井に苛立って、けどそれは吉田が望んでいたわけじゃなくて……)


だからこその『頼んでないよ!!』か。


(他人の厚意におんぶだっこな吉田にも問題はあるけどな……)


それはまた、後で問い質すとしよう。
今はこの悩める少年だ。


「池、こんなこと言われなくても分かると思うが、お前――いや、お前らのために言っておく。俺は吉田を慰めろとは言ったが、坂井を糾弾しろとは言ってない」
「っ! 何も池はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「いいよ、坂井。悪いのは僕だ」


悠二の弁明を、池は遮った。
奏夜は、悠二と池を交互に見て、溜め息をつく。


――ったく、本当にガキってやつは。


「……まぁ、俺にも責任が無いわけじゃないからこれ以上は言わん。ただ、謝るべき人間には謝っとけ」


わかってます、と頷いて、池は坂井に向き直る。


「……すまん、坂井。さっきも、いきなりカッとなっちゃって」
「いいよ。おまえの言った『半端な気持ちが相手を傷つける』っていうのは……ホント、情けないけど……全然間違ってないしさ」


お互いに覇気のない声で謝る。
奏夜は取り敢えずフェンスに寄りかかり、お握りを頬張る。


「……おまえでも失敗するんだな、池」
「する、みたいだな。するとは思わなかった……。なんていうか、お節介が過ぎたっていうのかな」
「後悔先に立たずだ。次に生かせ次に」


さらりとした口調だったが、隣にいた悠二にも奏夜が「池を慰めてるんだろうな」というのは感じ取れた。


それからしばらく、悠二、池、奏夜は手持ち無沙汰に青空を眺めていた。無言のまま、陰鬱になりかける気持ちを叱咤して、悠二は池に聞く。


「なあ」
「ん――」
「……吉田さんのこと……好きなのか?」


◆◆◆


「腹減った~」
「お腹すいた~」


校庭裏庭の木。
枝に止まる二匹のコウモリがいた。
キバットバット三世とキバーラである。


「奏夜のヤツ、昼飯食べ終わったら差し入れ持ってくるって言ってたのによぉ~」


「しかもそれまで隠れとけだなんてぇ……。お兄ちゃん、もしかして奏夜、私たちもう忘れちゃってるんじゃない?」
「大いに有り得るな」


キバットとキバーラの予想、大正解。
すっかり屋上で黄昏ている主を待ちながら、キバットとキバーラは枝の上でお腹を鳴らす。


「……むむ?」


ふとキバットが、木の下の景色に目を向けた。


「どしたのお兄ちゃん」
「キバーラ、下、下」


お笑い芸人のようなフレーズに誘われ、キバーラも同じように裏庭を見る。そこには、二つの人影。


「あれって、シャナちゃんと吉田さんかしら?」


そこにいたのは、目許に涙の跡を残す吉田と、彼女を追いかけてきたシャナ。
ただ――二人の間には、かなり近寄りがたい雰囲気があった。


やがて――吉田が、意を決したように口を開く。


「ゆかりちゃんは、ずるいよ」
「……何が」


シャナは何故か、この問いかけに恐怖心を覚えていた。
謂われのない侮辱ともとれる。
だが、例えそうだとしても、シャナは言い返せなかった。


――ただ、怯える。


吉田は、決意を込めたまま、シャナにその感情を突き付ける。





「坂井君のこと、好きなんでしょう」
「――っ!!」





心臓が脈打ち、衝撃が身体を、心を駆け抜ける。


(……好き? 私が、悠二を……?)


押し潰されそうな圧迫感が、胸を締め付ける。


なんだろう。吉田の言葉は、自分の中の何かが、覆されてしまうような、凄まじい力だった。


(きゃ~~♪ ナニナニ? この急転直下なラブコメパート!)
(おいキバーラ、身を乗り出すなって! 見つかっちまうだろうが!)
(お兄ちゃん何言ってるのよ! こんな美味しい展開だからこそ、身を乗り出して見る価値があるんじゃない!)
(だからって今見つかってみろ! 逆に俺様達KY路線まっしぐらだぞ!)
(大丈夫よ、その時は私、お兄ちゃん置いて逃げるから)
(怪しい笑みを浮かべるな、我が妹よ! 本当にやりそうで怖いわ!)


キバーラがブラックな一面を覗かせる間にも、二人の会話は続いていく。


「なのに、素っ気なくして、知らない振りして、なのに、私よりもずっと、ずっと近くにいて……ずるいよ」
「……ぅ……」


シャナは、まるで言い返せなかった。


吉田の気迫に気圧されていたのだ。
――あの後、シャナがここに来るまで、吉田はずっと考えていた。


(私って……なんていやらしい子なんだろう)


いつも優しく、自分を助けてくれた池に甘え、自分が聞けなかったことをあっさり聞ける彼に嫉妬して、あんな酷いことを言ってしまった。


『お前は色んなことから逃げ過ぎだ。ちゃんと向き合え』


先生も、教えてくれていたのに。
結局自分で動けなかった。


(誰のせいでもない。全部、私の覚悟が足りなかったから)


私の覚悟――それは。


(誰かを好きになったなら、悔いは残しちゃいけない。ただ、最後まで好きでいる)


ちゃんと向き合って、逃げ出さずに。
凄く怖いけど――すべてに向き合うのは本当に怖いけど。


それでも、やるしかない。





彼を――好きでいたいから。





「……な、なんでお前にそんなこと言われなきゃならないのよ」
「言う資格、あるもの」


シャナの威圧感は、もはや吉田にとって何の意味も為さなかった。


「私も、坂井君が好きだから」
「!!」


彼女の突き放すような言い方は、吉田にとって薄っぺらな精神武装でしかない。


『お前は平井には無いものを持ってる』


今なら、わかる。
奏夜の言っていたことが何なのか。


(ゆかりちゃんは、怖がりだ)


“その感情”がなんなのかわかっているはずなのに、肯定も享受もせず、否定し、拒絶する。
なのに、自分以外の誰かが、その感情を見せようとすれば、ただ怯えるだけ。


(それが先生が言ってた、私が持ってて、ゆかりちゃんが持っていないものだ)


私は、この思いを受け入れられる。
ゆかりちゃんは、この思いを拒絶する。
それが、二人のあまりに大きすぎる違いだった。


――だから、


(負けない)


ゆかりちゃんには、負けない。


「私……私、決めたの。もう、あやふやなままにはしない。って。他の人にしてもらうことを期待したり、頼ったりしない……自分で、頑張って、やってみようって」
「……あ」


シャナの胸の痛みは止まらず、吉田の決意も衰えない。
――自分が立っている場所がぐらりと揺れる。


「私、坂井君にもう一度、今度こそはっきり自分の口で、好きです、って言う」
「っだめ!!」


シャナは叫び、理解した、理解してしまった。
曖昧だった気持ちが、はっきり形を持って具現する。


(私が、悠二を――私は、悠二を――)


嫌だった。
誰か違う人間が、悠二と話したり、一緒にいることが。


それは誰でもない、自分の本当の気持ち。奏夜が見抜いていた“好き”という感情。


「だめよ、そんなの!! 言っちゃだめ!!」
「ううん、言う。決めるのは坂井君。好きだ、って言ってもいないゆかりちゃんには、負けない……!」


お互い、一歩も譲らなかった。
シャナは崩れそうになる脚を叱咤し、涙をこらえ、あらん限りの力で、宣言する。




「私、私だって――!!」




その時――再び世界が閉じた。


◆◆◆


山吹色の霧が漂い、目の前の吉田が、全ての動きを停止した。


(えっ、何なの、この変な霧!?)
(自在法だ!!)


固唾を呑んで、シャナと吉田のやり取りを見ていたキバットとキバーラも、突然の事態に動揺を隠せない。


「―――っ」


片や、シャナの心に浮かぶのは動揺ではなかった。


「っな、に、すん、のよ!!」


怒号に呼応し、灼眼、炎髪、黒衣、大太刀『贄殿遮那』。
それらが全て、自分の使命に加え、やり場のない怒りと共に顕現した。


「すぐに聞かせてやる! 私の気持ちを、おまえなんか、全然、悠二は、私と、ずっと、もっと、たくさんあるんだから!!」


時を止めた吉田に、シャナは烈火の如く、咆哮した。


「おまえなんかに、絶対に負けない!!」


『炎髪灼眼の討ち手』、その魂の叫びを、二匹のコウモリだけが聞いていた。
  1. 2012/03/26(月) 10:33:48|
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第九話・レッスンマイウェイ/先導遊戯.後編


試合決着より数分後。


「いやいや、実にいい青空だと思わないかね、お二人さん」
「……」
「……」


悠二と池が溜め息をつく中、奏夜はまるで気にした様子もなく、青空観賞を続ける。


――雨天ということで、体育の授業を早めに切り上げたクラスは、クラブハウスのシャワー室を借りていた。
観念的な話から、男子が先に入り、後に女子という順番。
三人は無論、既にシャワーを浴び終えている。
ならばなぜ、まだクラブハウスの前で駄弁っているのかと言えば、端的に言って見張り番である。


(……僕は、このクラブハウスを、カギが外側からしか掛けられないような構造にした人間を恨む)


彼にしては珍しい、負の感情を込めながら、悠二はまた顔を俯かせる。
口には出さないが、池も似たような心境らしい。


「へえ、一美って着痩せするタイプなんだ?」
「えー、うそー?」
「あ、あんまり見ないで」
「いいじゃん、吉田ちゃん。触っちゃおーかなー」


……こんな会話が扉越しに聞こえてくれば気も滅入る。
二人はわざとらしく咳払いをした。


「ていうか池はまだクラス委員って理由もあるけど、なんで僕まで……」
「僕のシンユーだからということ。それに、スケベなことをしたらひっぱたく人、泣いちゃう人、両方揃ってるからだってさ」
「平井と吉田はこういう時に、お前の若さゆえの過ちを防ぐリミッターになるわけだ」
「誤解を招く言い方は止めて下さいよ……」


けらけら笑いながら、この状況に全く動じない奏夜に、悠二はある意味の尊敬を覚えた。


「先生はこういう役割は平気なんですね」


場をもたせるためか、池がなんとなく聞いた。


「ま、担当教師としては仕方ない役割だしな」
「大人の余裕ってやつですか?」
「つーかさ、ここでお前らみたいに一喜一憂してるようじゃ、教員って務まらないと思うけど」
「……成る程、ごもっとも」


さすがにこのくらいの常識はあるらしい。
よくよく考えれば、聞くまでもない質問だった。


「まあ、平井さんだって、ソレはソレで綺麗だと思うけどねー」


三人の(実質二人だが)居心地の悪さなど省みず、女性陣達の会話は続く。


「うんうん、すんごい綺麗、お世辞じゃなくってさ」
「……よく分かんない」
「ありゃりゃ、坂井君も罪な男だこと」
「守備範囲の広いモテモテ君よねー」
「――だとさ」


話し声を拾い、奏夜は悠二を見る。


「要するに、女子のジャッジからすれば、お前はギャルゲの主人公というわけだな」
「皆まで言わないで下さい」
「おや、否定しないのか」
「否定しないんじゃありません。否定させてくれないんです」


悠二はやはり、この状況に困っているらしい。
優柔不断というわけではなく、あまりの目まぐるしさに思考が追い付かない、というのが妥当か。


はっきりしない調子な悠二に、池が問う。


「なあ、坂井」
「ん~?」
「平井さんが好きなのか?」
「っ!!」


悠二が壁に頭を打ち付けかけた。
驚いたのは、奏夜も同じだ。


(おお、まさか池から色恋話を振るとは)


池は、こういう話を間接的にしろしないタイプかと思っていたのだが。


「お、おまえ、こんなときに……」
「どうなんだ」


池はいたって真面目な口調で繰り返す。


「俺も興味あるな。実際どうなのよ、坂井」


奏夜からも追い討ちがかかる。
上辺だけの言葉は意味がない。そう判断したのか、悠二は考えるだけ考えて、今の自分の返答を言葉にした。


「そ、それってはっきりと、そうだ、って分かるようなもんじゃないだろ?」
「ふうん……」


池は納得したような、していないような様子だった。


「なるほど、正しいかどうかはともかく、面白い意見ではあるが」
「……さっき、吉田さんが休んでる僕の所に来たの、お前の差し金だろ」


質問の仕返しのつもりか、拗ねたように、悠二は聞き返した。


「ん~? 何でそう思う?」
「吉田さんが自分から、あんなことしにくるわけないじゃないか、っおぐ!?」


池が裏拳で悠二の胸板をドスン、と叩き、奏夜がまたあの連射式輪ゴム銃を、悠二のこめかみ辺りに発射した。


「そりゃ、吉田さんを舐めすぎだな」
「あいつはな、坂井。お前が思ってる以上に頑張り屋さんだぞ」
「えっ?」


思わぬカウンターを喰らい、戸惑う悠二をよそに、池はぼやいた。


「はっきりと、そうだ、って分かるようなもんじゃない、か……なるほどね」
「……」


奏夜は池の様子に違和感を覚える。
それは――覚えのある違和感だった。


「“お前は”どうなんだ? 池」


敢えて重要な部分を省略して、奏夜は聞く。
池は驚いたようだったが、すぐに自嘲めいた表情を浮かべる。


「どうなんでしょうね」
「……そうか」


言って、奏夜は面倒くさそうに頭を掻く。


「坂井、池」


投げやりな調子で、奏夜は二人に告げる。


「一つのことに悩むのはいい。だが、なるべく早くに決断しろよ」
「えっ?」
「……」


悠二が首を傾げ、池が少しだけ顔をしかめた。


「時間は有限だ。――モタつくと、すぐ手遅れになっちまうからな」


様々なニュアンスを込めた警告をし、奏夜はふと空を見上げる。
いつの間にか、曇り空から日が差し込み始めていた。


◆◆◆


「田中、顎大丈夫か? 平井ちゃんのボール、かなりキレーにキマってたが」
「ああ、大したことねーよ。明日にゃもう治ってるさ」


授業後。


佐藤と田中は、本日の白熱した体育の授業について語り合いながら、帰路についていた。天候はあの大雨が嘘のように晴れ渡り、輝く夕暮れが、空によく映えていた。


「しかし、平井ちゃんはもちろんだけど、先生も凄かったよな」
「ああ、アレはもうプロの領域だろ。現国の教師であの運動神経はさすがにねーわ」


ちなみに、後で佐藤が、どうやってそんな卓越した運動能力を得たのか、と聞いてみたところ、


『愚問だな、それは俺が稀代の天才、紅奏夜だからだ!』


だそうである。
身も蓋もねぇ。


「負けた俺が言えることじゃねーけど、平井ちゃんはやっぱ強い。半分反則気味とはいえ、その平井ちゃんに勝っちまう紅先生も」
「ああ。けど、褒めてばっかりもいられねーぜ?」
「だな」


そうだ。他人のことだけでなく、自分のこともちゃんと考えなければ。
目標――というより、憧れ。
『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーに追い付いていくために、ここでモタつく気は二人には無かった。


「さて、さっさと帰るか。今頃姐さん、確実に酔い潰れてるだろうし」
「っはは、想像出来ちまうな」


ちなみにその時、佐藤家内のバーにて、くしゃみをするマージョリーの姿があったとか無かったとか。


「……?」


突然立ち止まった佐藤を、田中が振り返って言う。


「どした? 佐藤」
「いや、今そこの公園で……」


はっきりしない佐藤の態度をいぶかしむ田中、しかしふと、聞き覚えのない音が耳を捕らえる。
鼓膜を震わせる旋律は、


「バイオリンだよな、多分」
「いや、この際バイオリンは問題じゃないんだけど……」


佐藤が公園の奥を指を指す。
数歩下がって、田中は佐藤の指先を目で追う。


次の瞬間、田中は自分の目を疑った。


「――先生?」


人の心を奪うバイオリンの音色。
煌々と輝く夕暮れさえも、背景にしかならない。
そして、ブラッディローズを手に、刹那の芸術を生み出し続ける人物。


それは間違いなく、紅奏夜その人だった。
佐藤と田中は気付かれないよう、入り口の表札近くに身を屈める。


「おい、何で隠れるんだ?」
「いや、何となく」


田中の手を引いた佐藤自身も、いまいち理由がわからなかった。
あまりに普段と違う雰囲気を纏う奏夜に、話し掛けづらいというのが一番の理由かも知れない。
幸いというかなんというか、奏夜は二人には気付いていないようだ。
ただ一心不乱に、バイオリンを操っている。


『ポロン♪』


最後に弦を一本指で弾き、演奏は終わる。
――ぱちぱちぱち。
称賛の拍手に、奏夜は軽く礼をする。


「う~ん、やっぱり奏夜くんのバイオリンは流石ね。何度聞いても飽きないわ。ねー、由利?」
「うん! 奏夜おにいちゃんのばいおりん、やっぱり大好き!」
「ありがとう、恵さん、由利ちゃん」


すぐに視認は出来なかったが、奏夜は誰かにバイオリンを聞かせていたらしかった。
少し佐藤と田中が身を乗り出してみると、ベンチには親子と思わしき、整った顔立ちの女性と、幼稚園服を着た少女が座っている。


「……まさか、奥さんとかかな?」
「だとしたら不釣り合いだろ……」


田中がさらりと酷い事を言う。
まぁ、奏夜は容姿こそ整ってはいるものの、破天荒極まりない人物であり、あのベンチに座る女性は、誰がどう見ても美人の部類に入る。
ある意味、妥当な判断ではあった。


「おかあさん、わたしもばいおりん弾いてみたい!」
「あら、由利もバイオリンに興味を持つようになったのねぇ。
どうかしら、奏夜くん。由利がやってみたいなら、私としては習わせてあげたいんだけど」
「構いませんよ。俺に余裕がある時でいいなら、喜んで」
「やったー!」


由利は両手を上げて喜びを表現する。
その可愛らしい仕草を見ながら、奏夜と恵が顔を見合せ、笑みを交わし合った。


「うーん、奥さんとかじゃないみたいだな」
「でも、ただの知り合いってわけでもないだろ。あんな親しげだし」


佐藤はそう予想して、奏夜をよく見ようと、更に身を乗り出す。


「あっ、おい佐藤っ!!」
「へっ? うわっ!!」


田中はそもそも、表札脇から斜めに身体を仰け反らすという、ギリギリのバランスを保っていた。
そこへ、佐藤が急に体勢を変えたため、彼を下敷きにする形で、ぐらりと地面に倒れ込んでしまった。
派手な音が、公園に響く。


さすがに、奏夜たちも気が付いた。


「……佐藤、田中?」


奏夜は目をぱちくりさせ、乱入者二人を視界に収める。


「あ、あはは」
「こ、こんにちは」


もはや佐藤と田中は、ばつが悪そうに笑うしかなかった。


◆◆◆

「へぇ~、奏夜くんの生徒さんなんだ」


佐藤と田中が粗方の事情説明を終えて、恵が二人に手を差し出した。


「初めまして。名護恵よ、よろしく!」
「なごゆりです! はじめまして!」


『よ、よろしくお願いします』


快活な笑顔と共に差し出された二本の手を、佐藤と田中はかなりドキマギしながら握り返す。
由利はともかくとして、恵の容姿は多感な高校生を動揺させるのには十分なものだった。


「ったくよー、何でお前らわざわざ隠れるんだ。まだるっこしい」
「んなこと言われても、入っていける雰囲気じゃなかったし…」
「第一びっくりしてたんスよ。先生、バイオリンなんか弾けたんですね」


佐藤と田中の弁明を聞き、恵が首を傾げた。


「奏夜くん、バイオリンのこと、生徒さんとかに話してなかったの?」
「何人かには話したことありましたけど、それも成り行きみたいなもんですし、言ったって何にもならないでしょう?」
「やれやれ、そーいう自分の領域を作っちゃうとこは四年前と変わんないのね」


「手厳しい」と、恵の言い種に、奏夜が苦笑いを浮かべる。
二人の間には、立ち入れなさにも似た親密さが伺えた。居心地の悪さを感じ、佐藤は無理矢理にでもと話に入っていく。


「あの、先生と恵さんは、もしかしてご夫婦だったりするんですか?」


そうでないことは何となくわかっていたが、場を保たせるため、敢えて佐藤は聞く。
突如、奏夜と恵の目が点になると、次の瞬間には、奏夜と恵は吹き出していた。


「あはは、違う違う。奏夜くんと私はそういう仲じゃないわ」
「恵さんにゃあ、俺よりもっとカッコいい旦那さんがいるんだなコレが」


抱腹絶倒状態で、二人は否定した。


「じゃあ、どういうご関係なんですか?」


二人の笑い具合に面食らいながらも、今度は田中が質問した。
奏夜と恵は目配せした後、悪戯っ子のような口調で言う。




『死地を共に戦い抜いた親友』




「………」


ぽかーん、と佐藤と田中が呆ける。


「あの、それってどういう……」
「そのまんまの意味だが?」
「いや、陸軍にでも入ってなきゃ出てこない友人関係ですよ……」
「さぁ? あとはご想像にお任せするわ」


恵はそう言い置いて、足にへばりついていた由利を見る。


「じゃあ由利、そろそろ帰ろっか」
「えー!? まだお兄ちゃんとあそびたいよう」
「うん。けど、奏夜お兄ちゃんも疲れちゃうでしょ? またいつでも遊べるから」


「むー」と唇を尖らせるも、由利はこくりと頷く。


「わかった」
「よしよし、いい子♪ ああ、付き合わせちゃってごめんなさいね、奏夜くん」
「いいですって。幼稚園のお迎えくらい、それこそいつでも付き合えますから」


気の良い返事+敬語。
佐藤と田中はもう呆気に取られっぱなしだった。普段の傍若無人な奏夜はどこにいったのだろう。


「それじゃあね、奏夜くん。啓作くんに栄太くんも、いつかまた」
「ばいばーい!」


恵と由利は手を振りながら、公園から姿を消した。
二人が見えなくなるまで、奏夜、佐藤、田中は手を振り続けていた。


「いい人だろ、恵さんも由利ちゃんも」


奏夜がそう言うのに合わせ、佐藤と田中も頷く。


「さて、と。お前らまだ少しは時間あるよな?」
『えっ?』


二人の返事もそこそこに、奏夜はバイオリンをケースに入れて、近くにあった、恐らくは子供が忘れていったのであろう、柔らかい素材のボールを手に取る。
奏夜の真意を計りかねる二人を見て、彼はニンマリと笑う。


「佐藤、田中。俺とゲームをしようか」


◆◆◆


足で地面にラインを引き、即席のコートを作り、「さて」と奏夜は言う。


「ルールは、体育でやったドッジボールと同じだ。俺に当てればお前らの勝ち。
どっちが外野か内野かは、お前らが決めてよし」
「……まだ俺らやるとは言ってないのに、先生やる気満々ですね」


佐藤がもうツッコむのも面倒臭そうに呟く。田中も同じような雰囲気である。
いまいち気乗りしない二人に、奏夜は魔法の言葉を唱える。


「お前らが勝ったら、次の時間の漢字テスト免除」
『やります』


計画通り。
奏夜は死神ノートでも保有しているような勢いで、邪悪に笑う。


「あ、先生。一つ質問が」
「はい、田中栄太くん」
「やるぶんには構わないんですけど、先生はどうするんスか?」
「どうするって?」


奏夜が首を傾げ、佐藤も質問に加わる。


「先生の勝利条件ですよ。内野の一人をアウトにすれば勝ちってことですか?」


「いや、お前らが先にバテたら俺の勝ち」


さらりと言ってのける。
つまり、佐藤と田中の体力が尽きるまで攻撃を避け続けるということだろうか。
そんな無茶な。


「そんな無茶な」


口から出ていた。


「無茶かどうかは、試合すればわかるぜ。それとも何か? 授業での威勢は見かけだけかい、お二さん」


むかっ。
今時小学生でも乗らないような安い挑発に、二人はあっさり乗ってしまう。


「分かりました。受けますよそのゲーム!」
「試合後で泣かないで下さいよ、先生!」
「ああ、存分にかかってこい! 世界の広さと、お前らのセリフが完全なる敗北フラグだということを教えてやろう!」


そんなこんなで、ドッジボール延長戦開始。


◆◆◆


その頃、真南川の河川敷。


「今月で既に八人目か。悪は埃のようなものだな」


少し見過ごすだけで、またすぐに蔓延ってくる。
名護啓介はボタンを指先をしばらく弄ぶと、今まで集めたボタンが連なるホルダーにそれを通し、ポケットにしまう。


――名護は四年前と比べ、自分が随分変わったと自覚している。
そんな中で唯一変わらないのが、犯罪者を捕らえた時の記念である、このボタン集めだ。
恵には「由利の教育上良くないわ」と言われているため、どうにか止めたいものだが、昔に染み付いた癖は中々消えない。
一応由利に見られたことはないが、それにしたっていつまでのことやら。


(ふぅ、煙草より質が悪い癖だ)


自嘲気味めいた考えを消し、名護は夕暮れを目に収めながら、恵と由利が待つ我が家へと急ぐ。




「よぉ。あんたかい? イクサの資格者ってのは」




と、土手から軽い声がかかった。
声の主は土手から立ち上がり、名護の行く道を塞ぐ。


奇妙な出で立ちだった。
暖かいこの時期に、黒いロングコート。
顔は仮面舞踏会でしか使わないような、シンプルな黒い仮面で覆われている。


「……貴様、何者だ。何故イクサを知っている」


名護は警戒心を強めつつ、仮面の男を睨む。


「っとぉ、怖いなぁ。別に誰でもいいだろ。それに、質問に質問で返すのはマナー違反だぜ? もう一度聞くぞ、あんたがイクサの資格者なのか?」
「だったらどうする」
「いや? 別に“俺”はどうもしねーけどな。……ただ、“こいつ”があんたに怒りをぶつけたいみたいでね」


自分を指差しながら、仮面の男はわけのわからない事を言って、ニヤリと笑う。


「あんたに恨みはねぇが、ちぃっとストレス発散に付き合ってくれや」


仮面の男の肌が、ステンドグラスの模様に覆われていく。
やがて、黒ずんだ羽根に、ストローのような口という蝿を彷彿とさせる姿、ベルゼブブファンガイアへと姿を変える。


「やはりファンガイアか。いいだろう、相手になってやる。――変身!」


『レ・デ・ィ・ー』
『フ・ィ・ス・ト・オ・ン』


イクサナックルを手に押し当て、ベルトにセット。
電子音と共に現れたオレンジ色の映像が重なり、名護の姿をイクサへと変える。


「その命、神に返しなさい!!」


クロスシールドを展開し、セーブモードからバーストモードへ移行。
直ぐ様、イクサカリバーの弾幕を、ベルゼブブファンガイアに浴びせる。


「うぉっとぉ!? 危ない危ない!」


回避のため、ベルゼブブファンガイアは地面を転がる。


「今度はこっちからいくぜぇ!?」


ベルゼブブファンガイアの翼から、金色のりん粉が飛び出し、イクサを襲う。
りん粉がイクサに触れた途端、空中で幾重もの爆発が起こる。


「くっ!!」


りん粉を振り払い、イクサはイクサカリバーをソードモードに変える。
狙うは接近戦。


「はっ! いい度胸だ!!」


ベルゼブブファンガイアもステンドグラスの剣を召喚し、イクサを迎え撃つ。


「ハァッ!!」
「うおりゃっ!!」


剣がぶつかり合い、火花を散らす。


(強い。一介のファンガイアではないな)


自分のパワー、スピードに難なくついてくる。
長引けば不利か。


(ならば、一撃で叩き潰すまで!!)


イクサカリバーとベルゼブブファンガイアの剣が交錯した瞬間、イクサはベルト脇のホルダーに入ったフエッスルをベルトに差し込んだ。


『イ・ク・サ・カ・リ・バー・ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』


胸部のソルミラーにエネルギーが集まり、イクサカリバーに伝導していく。


「うおっ!?」


イクサの必殺技『イクサ・ジャッジメント』の力に、ベルゼブブファンガイアの剣が押され始める。
バチバチとスパークが弾け、とうとう剣にヒビが入った。


「わわっ、シャレになんねぇっての! ――カァッ!!」
「何っ!?」


ベルゼブブファンガイアは、イクサに向かって、0距離でりん粉を吐き出した。


――バァンッ!


「ぐあっ!?」


爆炎が光り、衝撃にイクサが吹き飛ばされる。
イクサカリバーに集まったエネルギーも霧散してしまった。


「いや~、マジ終わるかと思ったぜ。さすがに強ぇな。イクサ」
「ふざけるのもそこまでにしなさい!! イクサの力は、まだまだこんなものではない!」


言って、イクサは仮面の口元に手を伸ばそうとするが――


「あー、いやいや、今日はもういいや」


ベルゼブブファンガイアはおどけるような仕草で、変身を解除してしまった。


「!? 何の真似だ!」
「悪い悪い。ホント言うとさ、ストレス発散ってのは建前で、あんたの実力を確かめに来たんだよ」
「何?」
「そっ、オレの仲間は人使いが荒くてよー。まいっちまうぜ。あははは、上司と使いっぱの関係ってこんなもんなのかもな」


パチンと指を鳴らすと、ベルゼブブファンガイアの姿は輝くりん粉に変わり、風に乗って霞に溶けていく。


「なっ! 待ちなさい!」


――イクサの真の力ってヤツは、また会った時に見せてくれや!
キバもサガも纏めて相手してやっからよ!
高笑いを残して、それきりベルゼブブファンガイアの声は消え、周囲には静寂が戻る。


「……」


イクサは無言のまま、変身を解除する。


(私の力を確かめに来ただと? まさか……)


――最近、俺達のことを嗅ぎ回ってるファンガイアがいるんです。これが結構強くて、名護さんも、ちょっと注意してて下さいね。


奏夜から聞いた情報を、名護は反芻する。


「竜のファンガイアと聞いていたが、あのファンガイアがその仲間だと言うのは考えられる、か」


名護は険しい表情のまま、沈む夕日を見つめた。
――どうやら自分も、徐々に巻き込まれつつあるようだ。


四年前と同じ、闘争の渦に。


◆◆◆


(終わった、か)


頭に鳴っていたブラッディローズの音色が鳴り止んだのを感じ、奏夜は一先ず安心する。
本当なら、直ぐ様ファンガイアを倒しに行くべきだったのだが、近くには名護の音楽も感じていたため、一先ずは成り行きを見守るつもりだった(名護の実力を信頼している、というのもある)。


結果、イクサの音楽が残り、ファンガイアの音楽が消えている。
ライフエナジーが放出された気配は無いから、多分逃げただけだろう。


(結構強い力だったし、あの竜のファンガイアと関係してるのかもな……。ま、それは後で名護さんに聞けばいいか)


今はこっちに集中。とはいえ、


「さぁ、どうした! もうおしまいかぁ?」
「……、ハァッ、だ、誰が!」
「はぁ、くそッ、せいっ!!」


田中がスローしたボールが、奏夜目掛けて投球される。
申し分ない威力。まさしく豪速球だ。


「なので避ける」


それさえも難なくかわしてしまう奏夜。
ボールは威力を落としながら、今度は佐藤サイドへ。


「ま、また避けられた……」
「はぁ、あ、アンタどういう体力してんですか!」
「鍛えてますから」


――ゲーム開始から早30分。
その間、奏夜は息一つ切らさず、佐藤&田中チームのラリーを回避し続けている。


(俺と田中で、ほとんどインターバル無しで投げてるってのに……、本当に現国教師かよ)
(普通のコートよりも狭い条件下で、両方向からの攻撃にも、直ぐ様反応してくる……)


滅茶苦茶だ。
はっきり言って、プロのスポーツ選手とタメが張れそうなレベル。
自信の高さも納得だ。




「さあさ、頑張りたまえ。体力が残ってても、日が暮れちまったら流石に俺も帰るよん♪」


佐藤と田中が、西の空を見ると、もう日が沈みかけ、夜の帳が空を覆い始めている。


(もう、疲れたとか言ってられねぇな……)


佐藤はボールに力を込め、田中もまた表情を険しくした。
もはや二人とも、意地の勝負である。
奏夜を凄いと認めても、それは負けた時のる言い訳にはならない。


(“こんなところ”で)
(負けられるか!!)


憧れの存在に追い付くために、意地でも勝つ。


「っらぁ!!」


体力を総動員して、佐藤はボールを放った。


「おっと」


ボールは奏夜の右足近くを通り抜ける。


――パシッ。
向かいの田中が直ぐ様ボールをキャッチし、ボールは戻ってくる。


「ほいっと」


今度は左足付近。奏夜は二人の全力のボールさえも、難なくかわしていく。
そんな全力投球のラリーが続く中、


(これは――)


奏夜は違和感に気が付いた。
さっきから段々と、自身の動きが鈍くなってきていた。
おかしい、まだ余力は残していたはずだ。


(いや、むしろ“動くこと”が少なくなって……)


そして、気付いた。


(成る程、足元か)


動くことが少なくなってきた。
それはつまり“避けるために必要な動き”が減ってきているということ。


――そして、先ほどから佐藤と田中の投球は、一貫して奏夜の足元狙い。


(バランスを崩す気だな)


攻撃対象が足のみ。避けるには激しい足さばきが必要。
しかも地面は、昼の雨で多少ぬかるんでいる。ますます分が悪い。


(バランスを崩してよろけさえすれば!)
(俺達の勝ちだ!)


投球の嵐が奏夜を襲い続ける。
やがて、


「おっと?」


間の抜けた声を上げて、奏夜はボールに気を取られたせいか、ぬかるみで足を滑らせ、身体をのけ反らせた。
今の状態ならば、いくら奏夜でも回避は不可能だろう。
待っていた好機に、佐藤はボールの狙いを定める。


「――っだぁ!」


身体を蝕む疲労をものともせず、ボールは奏夜目掛けて吸い込まれていく。


(決まっ――!)


勝利を確信し、佐藤と田中の口元に笑みが浮かぶ。




「ほいさっと」




奏夜は足の力だけで、バック転を決めた。


「っな!?」
「うそぉ!?」


二人の驚きを他所に、滞空する奏夜に当たることのないまま、ボールは情けなく地を転がった。


「うん。努力賞ってとこかね」


着地し、奏夜は意地悪く微笑む。
その余裕は、二人の戦意と体力を削ぐには十分なものだった。
疲労に足が震え出し、佐藤と田中はふらふらと膝を折った。


「わーい、奏夜くん勝ちましたー♪」


奏夜のおどけた態度に反応する余裕さえ無かった。
息を切らし、佐藤と田中は悔しさに唇を噛む。


「佐藤、田中、そう気落ちするな。最後の作戰、あれは中々よかったぞ」
「ぜぇっ、はぁっ……、そ、そんな反則ギリギリのことやっても、勝てなかったってことじゃ、ないですか」
「反則ギリギリって言っても、十分効果的なやり方だったと思うけどなぁ。――第一、元々この勝負、普通にやったらお前達に勝機は全くないよ」
『えっ!?』


衝撃発言に、二人の声が裏返った。


「考えてもみろ。いくらコートが狭いからって、入る人間が一人なら普通のものと変わらない。これだけのスペースがあるなら、例え二対一でも、ボールの動きをしっかり目で追えば大抵の投球は避けられる。
ましてや、大人と子供の体力差を考慮すれば、先にバテるのは確実にお前らだ」


淡々とした説明に、佐藤と田中は、唖然とする。
奏夜は敢えて、自分に有利なゲームを仕掛けた、ということか?
一体何故?


物知らずな生徒に、物知り顔の奏夜は、このゲームの意図を明かす。


「つーまーり、お前らが勝つには、必然的に正攻法以外のやり方をしなきゃならんわけだ。さっきの足元狙いの戦い方がそうだな。それまではお前ら、ばか正直に投げてただけだったろ?」


確かに、最初の方は、これといった作品もなく、一心不乱に全力投球するのみだった。
体力が尽きかけ、思考がクリアになったことで、あの戦法を思い付いたのである。


「そのひらめきこそ、お前らに必要なものだ。最近、お前ら妙に頑張っているようだが――がむしゃらに努力したところで、それは実を結ばない」


びくり、と佐藤と田中は肩を震わせる。
それはまさに、マージョリーに追い付くため、自分たちのしている行動そのものだったからだ。
二人の仕草を見てみぬふりをして、奏夜は続ける。


「大切なのは、自分に何が出来て、何が出来ないのか。出来ないのなら、いかにして出来るように頭を使うのか、だ。音楽が、発想とひらめきの産物であるようにな」


その何気ない一言は、佐藤と田中の心に染み渡る。


――と同時に、奏夜の底知れなさを否応なしに理解させられた。
この教師に、マージョリーのことは話していない。にも関わらず、ここまでおあつらえ向きのアドバイス。こんな回りくどい真似までして、奏夜は教えようとしていたのだ。


いつの間にか、佐藤と田中から悔しさが消え、代わりに苦笑いが刻まれる。


「あはは……本っ当に、何者なんですか先生は」
「いつものはっちゃけっぷりは何処いっちゃったんです?」
「失礼な。これこそが地の俺ですよ?」


二人の皮肉った言い回しに、奏夜は普段のちゃらけた口調を返す。
一人の教師と二人の生徒を――夕暮れの僅かな木漏れ日が照らしていた。

  1. 2012/03/21(水) 20:58:27|
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第九話・レッスンマイウェイ/先導遊戯.前篇


御崎市内某公園。早朝6時。


「イクササーイズ♪ 俺は正しい! 着いて、来なさーい!」
「な……、名護さん」
「叩きなさい、叩きなさい、悪い奴らを叩きなさい!」
「あの、名護さん……、す、少し休みませんか?」
「どうした奏夜君! この程度で膝を折るようでは、いざという時に体力がもたないぞ!」


だから、ハーフファンガイア以上に高い貴方の体力が異常なんです。
そう言いたいのを必死に押さえ、奏夜は身体を動かす。


朝の公園、何もラジオ体操は珍しくはない。
しかし、二人しかいないラジオ体操というのは、さすがに浮く。しかも流れているのは名護自作の鍛練体操『イクササイズ』、加えて、名護本人はまたしても自作の青いTシャツを着ていた。ロゴには753(=名護さん)の文字。


羞恥もさることながら、とにかく疲れるのだ。


(それもこれも、静香とキバットが余計なことを言わなけりゃ……)


原因が自分だとわかっていても、何処か納得がいかない。


――事の次第は、最近、名護が帰って来たのを知った静香が、キバットと共に、名護に上訴したことだ。
『名護さん、奏夜の寝坊癖を何とかして下さい!』と。
名護も『奏夜君、戦士に怠慢は敵だ! 私の早朝トレーニングに付き合いなさい!』と超ノリノリで、それを承諾した。


ハッキリ言おう。完全にいい迷惑だ。
しかし、多分名護は善意100%でやっている。だから滅茶苦茶断りづらい。ますます奏夜に逃げ場はなかった。


(まさかその辺も静香は織り込み済みか? くっ、静香。恐ろしい娘)


未だに、あの少女には逆らえそうになかった。


「奏夜君、ペースが遅れているぞ! しっかり着いて来るんだ! 蹴りなさい、蹴りなさい! 悪い奴らを蹴りなさい!」
「……」


とにかく今は、名護に付き合うしかないようだ。
結局その後、奏夜は丸々30分、名護と共にいい汗をかく羽目になった。



◆◆◆


「ああでも、身体は活性化されるから、あながち間違いとも言えないんだよな……」


複雑な気分で、名護から解放された奏夜は、ようやく帰路につく。


(けど、名護さんのあの様子じゃ、しばらく続くだろうな……。あー、ダルいダルい)


死んだ魚のような目で、頑なに自堕落な生活をキープしようとする奏夜の姿は、完全にダメな大人である。
かような人間が教師になれるのだから、世の中わからない。


「まずは何かしらもっともらしい理由を考えねぇと……ん?」


ふと、奏夜の足が、とある邸宅の前で止まった。
紅家よりも敷地は広く、十分豪邸の範疇に入る家。


「佐藤の家、だよな……」


職務上、何度か訪れたことのあるクラスメート、佐藤啓作の家に、奏夜は決定的な違和感を嗅ぎ取っていた。


「――なんで“あいつ”の気配がここからする?」


早朝。まだ活動を開始した人間は少ない。


「……」


奏夜は一瞬迷い、結局好奇心に負けた。


――パチンッ!
指を一鳴らしすると、次の瞬間にはもう、奏夜の姿は消え失せていた。


◆◆◆


「で、これは一体どういう状況なんだ?」


奏夜はうんざりしたように額を押さえる。


「ん? こりゃ珍しい客だな、ヒッヒ」


カウンターの椅子に置かれた本『グリモア』が、意思表現を示す炎を灯す。


「よう、“蹂躙の爪牙”。アンタの酒盃はお取り込み中か」
「ヒッヒヒ、見りゃわかるだろい。それと、あんま仰々しい名前で呼んでくれなんなよ、キバの兄ちゃん」
「ん。そいつぁ悪かったな、マルコシアス。――しっかし、酒臭いなここ」
「勘弁してやってくれや。我が麗しの酒盃は、景気が悪くていらっしゃブッ!!」
「バカマルコ……いらないこと、言うんじゃない、わ、よ、うぇっぷ」


佐藤家室内バーのカウンターテーブル。
奏夜が見たのは、青ざめた顔で、二日酔いの脅威と戦う『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーと、その相手をする“紅世の王”、“蹂躙の爪牙”マルコシアス。


いやもう、なんというか、マージョリーの様子が形容し難いレベルに達している。
容姿が整っている分余計に。親が見たら泣く姿だ。


「あー、水とか出すか」
「……カウンターの奥」


答える代わりに、マージョリーは水の場所を提供してきた。
もうそれは答えに近かったので、奏夜はそそくさとカウンターに入り、水の入ったポットを見つけた。


「……アンタ、なんでここにいるわけ?」
「いや、何のへんてつも無い民家でお前の気配を見つけたもんだから。なんとなく」


コップに水を入れながら、奏夜は答える。


「人間の法律ってあんま詳しくないんだけどさ……、アンタのそれ立派な家宅侵入ってヤツじゃないの?」
「はっはっは、魔術で入りましたので法律は適応されませんな」


完全犯罪。否、ドラマ的に言えばSPEC犯罪だ。
奏夜の入れたコップを一気に煽り、マージョリーはまた机に突っ伏した。


「まったく、二日酔いがツラいなら飲まなきゃいいのに」
「俺様もまったくの同意見だな」
「それ、以外、やることないで、しょう、うう、うううう」
「はぁ、ったく、こんなもんの何がいいんだか」


空の酒瓶を拾い上げる奏夜。本気で理解出来ないという顔だった。


「ヒッヒ、何だい兄ちゃん。意外に下戸ってわけか」
「いや、飲めなくはないんだけどな。ずっと前に、知り合いの結婚式の二次会で、一度だけ酒飲んだことがあったんだよ」
「ああ、それで二日酔いの気分がトラウマになったってか?」
「いや、それもあるんだけどさ。――酒を飲んだ後の数分間くらい記憶が飛んで、気が付いた途端に、同席してた全員から『お前は二度と酒を飲むな』って言われたんだ。アレはトラウマだったな……」
「……」


マルコシアスは閉口した。
酒を飲んだ後、何があったのだろう。


――マルコシアスは知るよしもないが、その時奏夜へ『禁酒勧告』を出したメンバー内に、名護、太牙、アームズモンスター三人という歴戦の戦士がいたことからも、その凄まじさが伺えた。


「ただまぁ……どっちにせよ、教師っていう立場上、酒飲好きはあまり歓迎されないんだよな」
「あん? お前さん、センセーなんてやってたのか」
「ああ。この家に住んでる坊っちゃんも受け持っていたり」
「……ケーサクの、教師?」


マージョリーが僅かに反応を示した。


「ふーん……世間って狭いわ。ケーサクの教師ってことは、エータの教師でもあるわけよね」
「……やっぱりあの二人、アンタを手伝ってたんだな」
「手伝い……っていうか、子分みたいなもんよ。……巻き込んだこと怒ってんの?」
「いや全然、選んだのはあいつらだろ」
「ふーん、そう……うぷっ」


マージョリーはまたうめき出した。
その姿からは、この前のような苛烈さも、燃え上がる殺意も感じられなかった。


「なんかお前、本当に調子悪そうだな。酒とか関係無しに」
「……半分は、アンタとあのチビジャリのせいだと思うんだけどね」
「あん?」


首を傾げる奏夜に、マージョリーは愚痴るような口調で告げる。


「あの戦いの後……、何か思い出せなくなっちゃったのよ」
「何を」
「私が、今まで何を理由にブチ殺してきたのかってこと。アンタらに、負けたから」


あの戦いで、シャナ、悠二、アラストール、キバ、イクサと対峙し、彼女は破れた。
持てる力、戦う理由、自信ら全てを打ち砕かれて。


「――要するに、なーんか、やる気が出ないのよ。どう動いたらいいか、何のために動いたらいいのか、全然思い付かないのよ」
「“銀”とかいうヤツはどうすんだよ。ラミーが言うには、いつか必ず現れるみたいな話だったが」
「……いつか勝手に会えんなら、私から動くことなんかないじゃない」
『……』


奏夜とマルコシアスの二人分の沈黙が、薄暗いバーを支配する。
やがて、奏夜が無言でカウンター席に座り、


「大体わかった」


面倒くさそうに口を開いて、


「お前は贅沢だよ」


そう続けた。マージョリーが怪訝そうに顔を上げる。


「やることがわかってるなら、それをやればいいだけの話だろうが。復讐? 大いに結構。お前が選んだことなら、一つの目的地には違いない」


奏夜にしては珍しく、かなり真剣な言い方だったろう。
止まることなく、口はしっかり動き続ける。


「なのに一度負けたくらいで意気消沈すんのかよ。やることがわかってて悩むなんざ、怠慢以外の何物でもないぜ」
「……負かしたアンタがそれを言う?」
「ふん。そんなの言い訳だろ」


奏夜はマージョリーの反抗をピシャリとはね除ける。
そこには有無を言わさぬ雰囲気があった。


「敗北は勝利よりもよっぽど価値がある。得るものが多いからな。今回のことは、お前にとって無意味じゃないだろ」
「知った風な口を聞くわね……。アンタの――最強を謳われる、ファンガイアのキングの人生に、一体幾つの敗北があったっていうのよ」
「そりゃあもう。負けっ放しの人生ですよ?」


意地悪めいた質問の答えは、逆にマージョリーを驚かせた。
あっさりと自分を敗北続きの存在と認めた青年は、シニカルな笑みを浮かべる。


「だからこそ、今の俺がある。敗北はプラスだ。プラスファクターに一喜一憂して、自分の全てを棒に振ってるようじゃ、お前はまだまだ贅沢の領域を出ないさ」
「……そんなもん?」
「そんなもん」


言いながら、奏夜は空瓶を弄んでいる。


「……復讐を、否定はしないのね」


話の勢いが消えたせいか、投げやりな口調でマージョリーは言った。


「アンタの最初の印象って……頭ごなしに復讐を否定するような、偽善者っぽく見えてたんだけど」
「失敬な。他人の意思決定を無下にするようなことはしないよ。――本当、お前は恵まれてるよ」





復讐ヲ果タスベキ相手ガ――殺意ヲブツケラレル相手ガイルンダカラ。





「―――っ!!」


酔いが一気に消し飛んだ。
頭痛も忘れ、マージョリーは反射的に奏夜の方を見た。


――しかし、そこにはもう奏夜の姿はない。
代わりに、ひやりとした刃の如き殺意の残痕が、マージョリーを襲う。


「っはぁ、っはぁ……。マ、マルコシアス」
「……ああ」


マージョリーの言わんとすることを察し、マルコシアスはただ同意する。


「とんでもねぇな、あの兄ちゃん。俺達と戦った時にゃあ、まるで本気じゃなかったってワケだ」


ほんの一瞬、吹き出した奏夜が持つ力の片鱗は、マージョリーの価値観をひっくり返すには十分だった。


――あれで、まだ本気じゃない。
キバに変身して尚、封印の鎖『カテナ』を施して尚、奏夜はまだ力を押さえ付けている。


「……この力で、この殺意で負け続け? よくそんなことが言えるわね」


苦笑いを刻み、マージョリーはカウンター席に沈み、再び顔を俯かせる。





――奏夜の辿った道を、“紅世”に属す者達はまだ誰も知らない。
奏夜の人生が負け続きであったということが、決して嘘ではないことも、今なお、闇の中だ。


◆◆◆


場所と時間は移って、御崎高校。


時刻はあと少しで1時。
御崎高校では昼放課で、昼食を買う生徒やら、場所取りやらで、廊下がごった返す時間だ。
そんな中、ここにも廊下を歩く人間が二人。


「『風都騒然! 蘇る死者と謎の骸骨戦士!』か。平井、お前幽霊とかって信じる?」
「はむっ、状況や、証拠次第。けど、物事には必ず確固たる理由があるから、はむっ、信じてないと言えば信じてない」
「なるほどね。ごもっともだ。――風都か。翔太郎とフィリップ大丈夫かな」
「? どうかした?」
「ああいや、何でもないよ」


言って、奏夜は新聞を畳む。
隣を歩くシャナは少し首を傾げたが、すぐにまた幸せそうにメロンパンをかじる。


――昨今、シャナと話す機会が増えたように思う。
今にしろ、下の購買で会っただけで、こうして一緒に歩いている。


(最初の頃から考えれば、あり得ないよな)


マージョリーとのいざこざの時、相談にのって以来、名前で呼ばれることから始まって、今では普通に話したりもしている。


(坂井ほどで無いにせよ、気を許してくれてんのかね)


それはそれで、普通に喜ばしいことなのだけれど。
結果的に、坂井や吉田、他の生徒と話す機会も増えているのだから、決してマイナスではない。
今から坂井達に誘われ、一緒に昼食を取る予定もあったりと、フレンドリーさは更に上がっている。


(その原因が、一番協調性の無かった平井だってんだから、面白い話だよな)


心の機微に疎かったこのフレイムヘイズの少女も、しっかり成長しているということだろう。


うん。善きかな善きかな。
階段を上がる奏夜に、シャナが「あ」と思い付いたように、メロンパンをかじる手を止めた。


「ねぇ、奏夜」
「? 何だよ」
「一つ、訊きたいことがあるの。ずっと調べてみたけど、やっぱりわからなかった」
「へぇ、お前にもわからないことがあるなんて、珍しいな。いいぜ、俺が答えられることなら答えてやる」


奏夜の許可を確認して、シャナは簡潔に、しかし奏夜にとって、とんでもない質問をした。




「キスって、どんな意味があるの?」




――ばさり。
持っていた新聞紙が滑り落ち、乾いた音を立てる。


((―――っな!?))


奏夜、そしてシャナの胸に下げられた神器“コキュートス”に蔵されたアラストールが、ほぼ同時に、心中で叫び声を上げる。


((なななななななななななな))


もはや言葉が見つからないほどに、二人とも動揺していた。


何だ、こいつは今何を聞きやがった!?
フリーズ状態の奏夜を不思議そうに眺めて、首を傾げる。


「奏夜もわからないの?」
「いや、わからないというか何というか……」


頬を軽く掻きながら、周囲に誰もいないことを確認する。


「何でそんなこと聞くんだ?」
「少し前、不安になったら私にキスしろ、って悠二に言った奴がいたの。『それで、なにもかもが、すぐに分かる』って」
(ラミーぃぃぃ! てめぇが元凶かぁァァァァァ!!)


確かに言ってたけど!
去り際にいらんアドバイスしてたけど!


恐らくは今も何処かでトーチを集めている老紳士に、呪詛の言葉を呟く奏夜。


そこで奏夜は、自分にも負の波動が向けられていることに気が付く。
出所は“コキュートス”、というかアラストール。
もはや言わずともわかる、この保護者魔神が何を言いたいのか。


『余計なことを吹き込めば、明日の朝日は拝めぬと思え』


決して冗談ではないだろう。
一つでもアラストールの琴線に触れたが最後、顕現してでも、奏夜を叩き潰すに違いない。
冷や汗を一筋滴らせ、奏夜は「あー、うー」と悩んだ挙げ句、


「平井、そういうのはな。あんまり男に聞くもんじゃないよ」
「? そうなの?」
「ああ。別に悪いわけじゃないんだけどな……。ただこれは、凄く繊細で曖昧な問題だ。俺の答えが必ずしも、お前にとっての答えになるとは限らないんだよ」
「……よくわからない」
「うん、正直な話、俺も上手く説明が出来ないんだ。もし聞くんなら……そうだな。千草さんあたりに聞いてみろ」
「千草に?」
「知り合いなんだろ? 今度聞いてみろよ。俺が答えるよかよっぽどいい」


シャナは少し納得いかなそうだったが、千草に相談することに対しては頷けるらしく「わかった」と言う。


取り敢えず、危機は脱したか。
アラストールからも、負の波動は感じられなくなった(と思いたい)。


「ほら、早く教室行こうぜ。昼休みが終わっちまう」
「ん」


二人はようやく止まっていた足を再び進ませる。
しかしその途中、またシャナは口を開いた。


「奏夜は――」
「ん?」
「キスしたことあるの?」
「…………………」


奏夜はたっぷり十秒間沈黙して、やや低い声で呟く。


「いや、無いよ」


と答えたあと、





「これから先もな」





と続けた。


「……?」


声のトーンの違いを感じ、シャナは奏夜の顔をのぞきこんだ。


いつもと変わらぬ様子で刻まれている表情。――しかし、その表情は何処か、憂いを帯びていた。


◆◆◆


「えー、んじゃあ授業始めんぞー」


ボードを肩に担ぐようにして、奏夜は指示を出す。


一年二組六時間目、科目は体育。
今回、奏夜は体育担当の教師から、臨時の監督者を頼まれ、こうして生徒達の前に立っている。


「本日は体力測定の予定だったが、臨時監督者の俺がやってもグダグダになるだろうから、今日は自由競技とする」
「でも先生、測定するだけなら、誰がやっても変わらないと思いますけど」


池が至極もっともな意見を出す。


「うん、まぁぶっちゃけ俺が面倒なだけなんだけど」
「だろうと思いました」


さらりと言ってのける奏夜に、池が苦笑いすると共に、クラス全員も似たような表情になる。


「このコートで出来るやつ限定だ。お前らで何かアイディア出せ。ちなみに俺のオススメは50分間耐久泥玉投擲戦線だが」
「……あの先生、ちなみにそのゲームのルールは?」


先頭にいた悠二が聞かなくてもいいことを聞く。


「タイムリミットは文字通り50分。参加者は二チームに別れ、コート内に仕掛けられた様々な罠を掻い潜り、泥玉をぶつけ合う。相手チームが一人も動かなくなったら勝ちだ」
「もはやゲームじゃなくてサバイバルですよねそれ!?」
「しかも一瞬聞き逃しそうでしたけど“罠”っていう単語が聞こえましたよ!?」
「相手チームが動かなくなったらってどんだけ過酷なんですか! 戦時の国民学校じゃあるまいし!」


悠二、そして佐藤と田中までもツッコミに回る。
しかし奏夜は止まらない。


「ちなみに罠のレパートリーとしては、大型地雷に召喚のワナ、大洪水のワナを考えている」
「不思議のダンジョン!?」
「無論、エンカウント率は意図的に上げてある」
「モンスター出現するんですか!?」
「つるはしを使えば、地面の下には黄金の間に続く隠し階段が」
「隠し要素まで!!」


奏夜は話をどんどん脱線させていく。
付き合いの良い悠二、佐藤、田中にも責任が無いわけでもないが。


――結局、その後の良識的な話し合いの結果、ドッジボールという結論に落ち着く。
少なくとも、泥玉投擲戦線よりは数倍マシな結論だ。
奏夜は最後まで不服そうだったが(つまりあの提案は本気だった)、最終的にその案を容認した。


で、ゲームスタート。


アバウトな組分けとしては、池のいるAチーム。佐藤&悠二のいるBチーム。田中のいるCチーム。シャナのいるDチーム。吉田のいるEチーム。


「やれやれ、こんな寒空の中子供は元気だねぇ」


なんて、年寄りくさい感想をぼやきつつ、奏夜は試合状況を見学。
最初はAチームvsBチーム。試合開始からしばらくして、ふと奏夜は悠二の視線が、コート外に逸れていることに気が付いた。
悠二の視線の先を追うと、


「……ああ」


納得した。
Dチームの生徒たちが、シャナに親しげに話しかけている風景が、そこにはあった。


(平井がクラスのみんなと打ち解けてるのは嬉しいが、自分以外の奴と話しているのもまた面白くない、か)


若いねぇ。ただ、ドッジボールで余所見は禁物。


「あ、バカ!」
「へ、ブッ!?」


佐藤の警鐘と同時に、ボールが悠二の頭へとクリティカルヒット。
当然の結果として、悠二は衝撃でひっくり返る。


「うわっ! さ、坂井、大丈夫か?」


ボールを投げた池が心配する中、コートに奏夜が入り、悠二の容体を見る。


「足元がふらついてるし、軽い脳震盪だろうな。取り敢えず座って休んでろ」
「だ、大丈夫です……」


何とか立ち上がろうとするも、そう言ったそばから、また足がふらつき、地面に倒れる悠二。


「そんなナリでどうボールを回避するつもりだ? さっさと座って休め」


奏夜の呆れ調の指示に、悠二は覇気のない声で返事をし、生徒達の待機場へ。


試合結果。佐藤が最後まで健闘したものの、押しきられる形で、Aチームに軍配が上がった。
CチームとDチームがコートに入るのをぼんやり見ていると、コートから出た佐藤が奏夜の隣に座った。


「お疲れさん」
「は、はい……」


流石に疲れたのか、
息を切らしながら、佐藤が答える。


「あー、悔しいなぁ。勝てない勝負じゃなかったのに」
「けど、お前中々頑張ってたじゃないか。いつもより気合いが入ってたな」
「あ、わかっちゃいますか?」
「わかっちゃいますねぇ」


冗談めかした奏夜の言い方に、佐藤は疲れを忘れて笑う。
一方コートでは、田中とシャナが火花を散らす。


「ふっふっふ、ソフトでの凡退の借りを、今日この場で返すぜ。泣いてくれるなよ、平井ちゃん。俺が悪者になるからな」
「ふん、どうせ負けは決まってるんだから、無駄に疲れる前に降参したら? 優しく当てたげるわよ」


いつになく闘志に満ち溢れた試合である。
というか普通、授業の一環でここまでドラマチックにはならない。


「田中も何だか妙に気合い入ってるねぇ。――そう言えば、この前休んだ頃からだったっけな。お前らが変に頑張り出したのって」


びくっ!
佐藤の肩がはね上がった。


「何か素敵な出会いでもしたか?」
(す、鋭い!)
「具体的には、女性?」
(エスパー!?)


以前の電話の時も思ったが、この教師のポテンシャルは計り知れない。


「まぁ、お前にせよ田中にせよ、頑張るのはいいことだ。若い内は特にな。どいつもこいつも簡単に境界線を越えていく」
「……先生だって若いでしょう。そんな爺くさい」
「俺なんか。これからの世の中を面白くするのは、お前みたいなヤツだよ」


奏夜はけらけらと笑う。
そうこうしてる内に、舞台が整ったようで、クラスが緊張と興奮に包まれた。


「頑張れよ田中ぁ!」
「いよーっ、待ってました御大将!」
「平井さーん、頑張って!」
「体力バカに負けないでよー!」


エールの嵐に佐藤も加わる。


「田中ぁ! “こんなとこ”で負けてんなよ!?」
「………」


佐藤の言葉に、奏夜は違和感、というか確信を覚える。


(マージョリーに感化されたかね、これは)


悠二がシャナに憧れたように、マージョリーの強さに佐藤と田中が魅せられたのならば、あの頑張りの理由にも説明がつく。


(大方、マージョリーとマルコシアスに着いていきたいとか考えてんだろうな)


世間は狭い。知らないところでまた二人、非日常に巻き込まれていく。
他人が選んだ道に、いちいち干渉する気は無いのだが……。


それにしたって、である。


(どうしてこう、俺の周りの人間ばっかり……)


これじゃ、冗談じゃなく四年前と同じような状況になるかも知れない。
――ただ、成長する人間が変わるだけで。


「……面倒くさくなってきやがったな」
「えっ? 先生、何か言いましたか?」
「あ、いや、何でも」


思考がつい口から出ていたのに気付き、奏夜は慌てて佐藤にそう言う。
尚も首を傾げる佐藤の視線を振り切るように、試合の様子に目線を戻した。


試合はほぼイーブン。
ムード的には、シャナと田中の一騎討ち。また一人アウトになり、田中サイドにボールが移る。


「――っ!?」


シャナの目線が驚愕に染まり、コート外に集中する。
奏夜はなんとなーく、その目線の先にある光景を予想していたが、半ば仕方なしに、そっちにシャナの見る方向を確認する。


「……あー、やっぱり」


そこには予想通りというかなんというか、吉田が悠二を介抱していた。少し血が滲んだ坂井の指に、吉田がハンカチを当てている。


(平井、お前は悠二を見て何を学んだんだ?)


敢えてもう一度言おう。
ドッジボールに余所見は禁物。


「っせい!」


田中の放ったボールが、シャナの小さな体躯へと吸い込まれていく。


「――っ」


やや遅れてシャナが反応する。
踏ん張りが効かず、シャナが吹っ飛ぶ。


「っ、と!」


尻餅を付きながらも、シャナはしっかりボールをキャッチ。


「……これは、セーフなのよね?」
「かーっ! なんてしぶとい奴だ、ったく!」


田中、お前は何処の下っぱ戦闘員だ。
「平井さん凄ーい!」と女子の喝采が上がる。


「平井ちゃん凄いっすね……。田中だって、運動神経悪いわけじゃないのに」
「田中のポテンシャルが低いんじゃないよ。田中の力が上の中で、平井の力が上の上なのです」
「先生、それは某大手企業社長の台詞です」


律儀にツッコむ佐藤。ボケ役には欠かせない存在だ。


「ふーーっ」


シャナが気合いを入れて、ボールを構える。
洗練された空気に、田中のみならず、全員が気を張り積めた。
そして、鋭い瞳と共に、シャナが体重を片足に乗せる。


「っだぁ!!」
「来い!!」


田中が受け止める姿勢を取る。


だがそこで、シャナが体勢を崩した。
転んだ? いや違う。シャナは足でグラウンドの砂埃を巻き上げた。


アンダースローのようなフォームで、砂塵の壁の中へとボールを叩き込む。


(フェ、イント!?)


――アッパーカットの如きボールが、田中の顎に直撃した。


判定など取るまでもない。シャナの勝ちだ。


女子を中心に、クラスの皆が拍手喝采を上げる中、唖然とする佐藤の隣で奏夜がぽつりと、


「砂塵を巻き上げてボールの姿を隠すか……、あんな技あったな。フルスイングな野球漫画で」


メタな発言を呟いていた。


◆◆◆


その後の経過としては、田中という要を失ったCチームはDチームに敗退。


「痛って……」
「惜しかったな、田中」


顎を押さえる田中を、奏夜は肩を叩くことで労う。


「良い試合だった」
「あはは、お恥ずかしいっす、男として」


そんなことはない、と奏夜は思う。
事実大健闘だったし、シャナが相手なら当然の結果だ。


「授業終わったら保健室には行っておけよ。――後は俺に任せるがいい」
「えっ?」


田中の反応を見るより早く、奏夜はコートに入っていく。
腕時計が指す時刻によると――まだ授業終了までには余裕はある。


「平井」


女子陣の歓声に包まれるシャナに、奏夜がボールを拾いつつ、声をかける。


「勝負しねぇか? 俺と」


きょとんとした表情になるシャナ。
周りの生徒たちも同様だ。


「どうして?」
「いや、まだ時間が余ってるし、俺も少し身体を動かしたくなったんでな。お前が疲れてるなら、無理強いはしないが」


奏夜の挑戦的な眼に、シャナの瞳にも、戦いの時を彷彿とさせる光が宿った。


「いいわよ」
「よし」


笑い返し、生徒たちがコートから上がり、奏夜とシャナの二人のみとなる。
勝負の波乱を示唆するかの如く、日光を遮る曇天が空を覆っていく。


「教師でも容赦しないわよ、奏夜」
「やってみろ。田中の弔い合戦だ」


先生、俺死んでません。
コート外から田中の訂正が入る。


「音楽は凄かったけど、こっちではどうかしらね。勝つ気満々みたいだけど」
「当然だろ」


奏夜は、人差し指を天に掲げる。
すると厚い曇り空から、一筋の陽光が。


「一番強いのは俺だからな」


何処かで聞いたような台詞と共に、試合スタート。

◆◆◆


「基本ルールは同じ。ただし、ボールは必ずキャッチしなければならない。取り落としや、外野ボールが出た時点で負けだ」
「わかった」
「先行はくれてやろう」


余裕の雰囲気を漂わせる奏夜に、シャナは少しむっとくる。
だが、冷静さは失わない。


(あの余裕は、驕りからじゃない)


自分の力に、絶対の自信を持つが故の態度だ。


(なら)


様子見は無用。
奏夜を眼前に、シャナはボールを構え、


「っやぁ!!」


無駄なモーションを省いたシャナの投球が、奏夜へと放たれる。


――バシッ!
防御の構えすらそこそこに、なんと奏夜はその豪速球を片手で受け止めた。


「!!」


さすがのシャナも、目を見開く。


観戦する生徒たちも同じだ。
大人の身体能力があっても、あの豪速球は、両手こそすれ片手で受け止められるものではない。


「いい投球だ。だが、直線的過ぎるな」


ボールを弄びつつ、奏夜が笑う。


「確かに、普通に受け止めることはほぼ不可能だろう。それなら答えは簡単だ、インパクトの前にその威力を落としてやればいい」


両手をひらひらと見せる奏夜。
片手で受け止めたにも関わらず、両の手が赤くなっている。


それを見て、シャナがハッとした。


「あっ!」


「その通り。まず、投球の側面を右手で押さえる。摩擦力と回転でスピードの落ちたボールを、左手で受け止めりゃあいい。あはは、種明かしをすると大したことないね☆」


いや、もはや超人の領域だ。
☆マークなどでは誤魔化されない。


「――やるわね」
「音楽だけの優男だとでも思ったか?」


意地悪い表情の奏夜に対し、シャナも好戦的に口角を釣り上げる。
それからしばらく、この世のものとは思えないラリーが続いた。
クラス全員が、そのプロ顔負けの試合に釘付けとなる。


と、そこで一旦は差し込んだ光も影を潜め、暗い雲から生み出された大粒の雨が、グラウンドに降り注ぐ。


「わーっ、雨!?」
「ちょっ、強っ!」


観戦席から悲鳴が上がる。


「ふむ、酷くなってきたな。おーい、濡れたヤツや汚れちまったヤツは、クラブハウスのシャワー室を使うよーに。緒方、みんなに場所と使い方教えてやれ」
「えっ、いいんですか?」


いきなり話をふられた緒方は当惑する。
無論バレー部員として、あの施設の使い方は知っているが。


「ああ。カギは自分で取りに行けよ、俺から許可が出ましたって言えばいい。それで大体通る」
「はぁ……」


その傲岸不遜な言い方はどうかと思うけど。


「さて、平井。雨天途中中断なんざ、味気ないよなぁ?」
「当然!」


雨に打たれながら、奏夜とシャナは互いに同意し、試合続行。


「いいぞーやれやれー!」
「せんせーい、シャワーはこの試合終わってからにしまーす!」


抜け出す人間は一人も出なかった。
シャナvs奏夜の対戦カードは、シャナvs田中と同じくらいに白熱していたのである。


(さてと、このまま行ってもジリ貧だしな……)


あの手で行くか。
奏夜は軽く助走をつけ、足を大きく前に踏み出す。


バシャッという水音がし、水溜まりから泥水が跳ね上がる。
シャナが使った、ボールを隠したフェイント技だ。


(どうして、二番煎じが意味を為さないのはわかってるはずなのに)


自分が使った手なのだから、タイミングをずらすことも予想は出来ている。
泥水の壁の何処かからボールが飛び出してくるのは間違いないのだから、自分はそれを待てばいい。


――だが、シャナの目論見に対し、ボールは一向に投球されてこなかった。


「……?」


跳ね上がった泥水が、重力法則に従って落ち、泥水のベールが剥がされる。
そこに立っていたのは、無論奏夜。だがその手に、ボールはない。


「何処に……」
「さて、どこでしょーか♪」


軽く両手を広げた奏夜。


「!!」


シャナは気付いた。


(しまっ――)


だが、気が付いたとしても僅かに遅い。




ポーーン。




“上空に打ち上げられていた”ボールが、シャナの背中に当たり、気の抜けた音を立てた。


(……泥水の壁は、そこに私の気を剃らして、その隙に上空へ投げたボールを悟らせないため)


自分の肩から地面に落ちたボールに目をやりながら、シャナは本当に悔しそうに拳を握り締める。
ギャラリーの生徒たちは勝負が決したと理解するのに、数秒を要した。


決着。奏夜の勝ちだ。
勝利の余韻に浸るでもなく、奏夜はシャナの側まで雨水に濡れながら歩いていく。


「いやー、強いな平井。ギリギリだった」


嫌みも何もない、純粋な労いがかけられる。


「最後のも不確定要素が結構あったし、次は負けるかもしれねぇな」


嫌な気分にはならない。
悔しさはあるが、むしろ清々しい気分の方が大きい。
だがそれでも、シャナの負けず嫌いな部分が、せめてもの強がりを言う。


「……かもじゃない。絶対勝つ」
「っはは、おっかないおっかない」


シャナは笑いながら、奏夜の手を自分の手で打ち鳴らす。
パシッ、という乾いた音が、雨中の決闘の終結を告げた。


  1. 2012/03/21(水) 20:57:16|
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第八話・不協和音/紅蓮の翼とデュアルドラゴン.後篇

「つまり、あの怪物はファンガイアの死体が集まって出来たモノってことね?」
「ああ。上位ファンガイアが使える魔術で、ファンガイアのライフエナジーを束ね、オーラ集合体に変えるんだ」
「あれが、ファンガイア……」


呆然と呟く悠二に、キバは、彼がファンガイアを見るのは、自分を除けばこれが初めてだというのを思い出す。


「もっとも、アレは複数のライフエナジーを使う特殊なタイプだ。作り手の実力はかなりのものだな」
『ふむ。今も何処かで、サバトを操っているファンガイアがいるということか。だが何のために?』
「さあな。俺が聞きたいくらいだ」


アラストールの質問には投げやりに答えつつも、キバには何となく目星がついていた。サバトの創造主は、さっきの再生体を作り出したヤツと同じ。
目的は分からないが、これだけの実力者で、自分と敵対する相手となれば、容疑者もおのずと限られる。


(あの竜め……、何を考えてやがる)


キバが心中悪態をついたところで、ようやくラミーがこちらのビルに降りてきた。
イクサも一緒にいる。


「無事で何より」
「お陰様でな。しかし――いかんな。深手を負ったフレイムヘイズが暴走している。このままでは封絶が解けるぞ」
「何?」


注意を払ってみれば、確かに封絶の構成が緩んで来ている。


「も、も、もし解けたら?」
「因果が外と繋がって流れ出してしまったら、もう修復は不可能だ。奴の火勢に当てられた中の人間は皆、死ぬだろう」


悠二の質問に淡々と答えるラミー。
シャナ、悠二、キバ、イクサは、事態が急転直下の勢いで進んでいることを再認識した。


「話して分からない相手には、とりあえずぶん殴って言うこときかす。さっきもそうだったし、今もそう。やる事は同じ」


シャナの迷いの無さに悠二は、余裕さえも含みながら言う。


「フレイムヘイズとして?」
「そう、フレイムヘイズとして」


シャナが強く笑う。
キバもまた、その様子に仮面の下で微笑んで、隣に立つイクサを見る。


「じゃ、俺達はサバトの方をどうにかしましょうか」
「ああ。あっちは我々の専門だ」


イクサの同意の声。
ずっと他に気が散っていた悠二は、ようやく見覚えのある姿を視認し、目を丸くした。


「あっ、な、名護さん!?」


シャナが不思議そうに悠二を見て、キバは首を傾げる。
イクサもまた、闘いの中では認識出来なかった悠二を見て、驚きを隠せないらしかった。


「……そうか。噂に聞いた“ミステス”というのは、君だったのか。成る程、君も私と同じ側の人間だったわけだ」
「名護さんこそ、キバの言ってた仲間って、名護さんのことだったんですね」
「知り合いだったんですか、名護さん?」
「ああ、少し縁が合ってね。――まぁ。積もる話は、この後でじっくりしよう。今は『弔詞の詠み手』とサバトだ」


二人はシャナと悠二を下がらせ、ビルの端に立つ。
目標は、暴れ回るサバト。


「あの、どうするつもりなんですか?」


悠二は疑問を感じずにはいられなかった。


「いくらなんでも、あんな大きいのを倒すなんて……」


口には出さなかったが、シャナも同じことを考えていた。
しかし、キバとイクサは、


「まぁ、見ていろ」
「大丈夫だ、見ていなさい」


――シャナと悠二の疑問は直ぐに吹き飛ぶことになる。


◆◆◆


「名護さん、“アレ”は今でも使えますよね?」
「だが、ここは“封絶”の中だぞ? カードの効果はあくまで私のみで、“アレ”には適応されないだろう」
「大丈夫です。“封絶”の構成が緩くなってますから、“アレ”も呼べるし、この中でも動きます」


話が纏まったのか、キバとイクサはそれぞれ、オレンジ色と白色のフエッスルを取り出した。


「よっしゃあ、奥の手だな! キバッちゃうぜぇ~~!!」


シャナ達が見守る中、キバットが笛を吹き鳴らし、イクサベルトが無機質なコールを発する。


『キャッスルドラン!!』
『パ・ワ・ー・ド・イ・ク・サー』


何度か見た、あの笛のような宝具。
また狼の剣のような武器を呼び出す気なのだろうか。
しかし、待てども彫像が飛んでくる気配はなく、イクサの方もそれは同じだった。




――ギャオォォォォ!!




「うわっ!!」


静寂を破ったのは、何か生き物の鳴き声。
あの黄金の鳥か、と思いきや、キバはそのままだ。
その間も、声は鳴り止むことなく響き続ける。


やがて、ようやくシャナと悠二は景色の変化に気が付く。


御崎市には珍しい、高層ビル。
――その外壁がまるでカーテンのようにクルクル巻かれていくのを。


「―――っ!?」
「えっ、えぇぇぇぇぇーーっ!?」


悠二は声を上げ、シャナも悠二程の反応はないものの、目を見開いて、常識外れな光景を懸命に処理していた。


――中から現れたのは、紫色の巨大生物。
胴体部分はビルのままで、そこから頭部、足、翼が飛び出している奇妙なドラゴン。
キバの居城にして、ファンガイアの城塞たるドラン族――『キャッスルドラン』だった。


――ギャオォォォォ!!


達磨落としの如く、ドランの上層部分は下に落ち、キャッスルドランはこちらに向かってくる。


――それに呼応するかの如く、今度は機械独特のエンジン音が空気を震わせた。
キバ達のいるビルの下、“封絶”の影響で止まった車を掻き分け、真っ白なマシンが走ってくる。
マシンは壁を垂直に登り、あっという間に悠二達のいる屋上の空きスペースに、砂塵を巻き上げつつ到着した。


イメージとしては、ショベルカーが一番近いかもしれない。
メカニカルなデザインに、アームの先にある頭部と、青いポットを搭載した尻尾部分は何処か恐竜を彷彿とさせる。
対巨大ファンガイア用に開発された、イクサ専用ドラゴン型巨大重機『パワードイクサー』だ。


目を疑う情景に、シャナと悠二は言葉を無くし、アラストールとラミーは感嘆の声を上げる。


『見事なものだ。人間の技術の結晶もさることながら、稀少種グレートワイバーンも保有しているとは』
「御目が高い。天壌の劫火”」


キバはそう言って、キャッスルドランの背に飛び乗り、イクサはパワードイクサーのコックピットに乗り込み、起動キーとなるイクサナックルをセットした。


「こっちはいつでもいけるぞ、お二人さん」


キバの呼び掛けで、二人は我に変える。
悠二が敢えて、シャナに訊いた。


「足手まといはいらない?」
「いる」


シャナも始めから答えは決まっていたようだった。
後はシャナの飛翔を待つだけ……なのだが、彼女は中々動かない。
キバ、イクサ、悠二の三人分の怪訝そうな視線が、シャナに突き刺さる。


「? ……どうしたんだ?」
「『贄殿遮那』だ」
「へ? ……ああ」


悠二がそう言うのと同じく、キバも納得した。


(翼があるから背中には掴まれないし、片手を使うと太刀が振れないからなぁ)


ただ、そのためには、シャナの身体に、悠二が真っ正面から密着しなくてはならないわけで。
仮面の下でニヤニヤ笑いを噛み殺し、キバは成り行きを見守る。


「えっと、つかまるけど、いいかな?」
「……」


シャナは不承不承といった態度で、しかし赤い顔のまま、悠二の腕を引っ張った。


『あ』


キバとイクサが間の抜けた様子で、声を重ねた。


状況説明。


良識的に考えて、この場合悠二がつかまるべきは、シャナの腹部辺り。
だが、腕を引っ張った勢いのせいで、悠二のつかまった場所は、腹部よりもやや上になった。――つまり。


「ひゃわっ!? ちょっ、どこに顔押し付けてんのよ! も、もっと下、お腹に」
「じ…自分で引っ張ったんじゃないか! それにさっきは何も言わなかっただろ!?」


顔を押すシャナに対し、更に地雷を踏む悠二。


「さっき!? さっきもこんな事してたって言うの!?」
「痛い、痛い! そんなの覚えてないって!! それどころじゃなかったし!」
「いっ…、言い訳しないッ!!」
『懲罰は後だ、シャナ』


アラストールの仲裁で、シャナはむっとしながらも、黙って太刀を握る。


『ふっ……くくっ』
「やれやれ…君達の歳で、あまり不純な交友をするのは止めなさい」


キバとラミーが肩を震わせて笑いを堪え、イクサが呆れ気味に真面目な意見を言う。


『そ、そんなことしてない(ません)!』


シャナと悠二が抗議して、一先ず場は締まった。


「……覚えてなさいよ」
「忘れて欲しいんじゃっわっ!?」


悠二が言い終わるか言い終わらない内に、シャナは急発進した。


「大丈夫なのか? あれで」
「やる時にはやるタイプの奴らですんで」


イクサに軽く答え、キバはキャッスルドランに飛び乗る。


――ギャオォォォ!


キャッスルドランが一鳴きし、パワードイクサーのアーム部分を噛む。
そのまま、天守閣たるマスターハウスの接合部、ドランマウントにジョイントする。


「じゃ、行きますよ!」
「ああ!!」


キャッスルドランが羽を羽ばたかせ、サバトに飛翔していった。


◆◆◆


「来た!」


こちらに気が付いた群青の狼とサバトが、炎の豪雨と、魔皇力の光線が飛び出してくる。


「出来る限り援護するが、期待はするな。予定通り、お前らは狼。俺達はサバトだ」
「わかってる!」


それを最後に、シャナ、キャッスルドランは豪雨と光線の空域に飛び込んでいく。


――ギャォオオオ!


キャッスルドランのサイドに備え付けられたマジックミサイルが、迎え撃つ。
だが、直ぐに弾幕を通り抜けた数撃が現れる。


「任せなさい!」


イクサがコックピットのレバーを操作し、連動してパワードイクサーのアームが、後ろに稼働。
尾にあたる部分に積まれていた青い爆弾、イクサポッドを挟み、アームの反動を利用して投擲する。


爆炎と共に、残りの炎弾と光線は相殺された。


「行け!」
「うん!」


キバ達の作り出した機を逃さず、シャナは紅蓮の軌跡を描いて群青の狼へ向かっていく。
それを見届けて、キバ達はサバトへ方向転換した。


――ガァァァァ!


サバトはシャナと悠二を標的から外し、キャッスルドランへと光弾を発射していく。
片や狼は、シャナと悠二にホーミング式の炎弾を繰り出す。


援護をしたいところだが、今はサバトが先だ。


「狼のが無くなった分、弾幕が薄くなってるぜ!」


キバの指示に従い、マジックミサイルを発射していくドラン。
イクサもイクサポッドを次々と投擲し、サバトの身体は爆炎へと包まれていく。
二体分の火力には敵わず、相殺仕切れなかった攻撃はサバトにヒットし、ステンドグラスが覆う身体にはヒビが入っていく。


――グ、ゥガァッ!


巨体をよろめかせ、サバトが特攻をかけてきた。
大きな腕が、キャッスルドランに向かって打ち出される。


「フン、接近戦ならどうにかなると思ったか!」


いち早くその攻撃を見切っていたイクサは、パワードイクサーのアームを左右に動かし、パンチの軌道を反らす。
力のベクトルがいなされ、サバトはバランスを崩す。


「接近戦の手本を見せてやれ! キャッスルドラン!!」


キバットの煽りに、キャッスルドランはカウンター気味の体当たりを仕掛ける。


――グゴッ!!


ドランの突進に、サバトの悲鳴が上がる。


「まだまだ行くぞ!」


イクサが更に追い撃ちをかける。
パワードイクサーのアームが、至近距離からサバトを左右に殴打した。
ガァン! と小気味のいい音が連なり、とうとうサバトは下へと落下していく。


「名護さん、決めますよ!」
「わかっている! これで終わりだ!」
「フィニッシュ行くぜぇ~!」


キバはキバットにウェイクアップフエッスルを、片やイクサはアームの先端、パワードイクサーの頭部に飛び乗る。


『WAKE.UP!』


夜の帳が、群青の封絶を呑み込む。
それは当然、狼の懐に飛び込む機を伺うシャナと悠二の眼にも入る。


「向こうも決めるみたいだ」
「こっちも終わらせる!」


高揚をみなぎらせ、シャナはまた狼の腕が迫るのに合わせ、叫んだ。


「悠二!!」
「っ!!」


火除けの指輪、『アズュール』の結界が展開され、追撃となる狼の前足がかき消された。


勢いを保ったまま、二人は巨大な狼の内部へと飛び込む。
“グリモア”を抱き、眠るように動かないマージョリーを見つけ、シャナは大太刀を構えた。


「ハァ~~ッ!!」


キバはヘルズゲートを解放して飛び上がり、落ちつつあるサバトに向かって右足をつき出す。


――ギャオォォ!!


キャッスルドランの口から射出された光球『ドランポッド』がキバを包み、キバの必殺技『ダークネスムーンブレイク』を更に強化する。


「はっ!!」


イクサもまた、後方に大きく引かれたアームに乗り込み、押し出される加速を利用し、サバトに向かってのキックを繰り出す。






『ハアァーーッ!!』


「だぁーーーっ!!」






Wライダーキックが、サバトの巨体を貫き、大太刀『贄殿遮那』の一撃が『弔詞の詠み手』に叩き込まれた。


◆◆◆


サバトが砕け散り、残骸であるステンドグラスがパラパラと散る。


更には、雄叫びを最後に霞んでいく狼。
それを構成していた群青の炎の灯りが反射し、ステンドグラスを輝かせている。


まるで、星の雨だ。


「おお……」


屋上にて戦いの終止を傍観していたラミーは、芸術とも言える光景に感嘆の声を上げた。
キャッスルドランが近付き、ビルに着地する。


そこからキバとイクサが。
ややふらふらした足取りのシャナが、悠二と気絶したマージョリーを抱えて降りてきた。


「紅蓮の翼が出せなくなるまで力を使うな。俺が拾わなかったら、そのまま下にまっ逆さまだったぞ」
「体力の配分は、戦士にとって重要だ。精進しなさい。『炎髪灼眼の討ち手』」
「うるさい、わね……。仕方ないでしょ。力加減が、まだ、掴めないんだから」
「目、目が回りそうだったぁ……」


まだまだ元気なキバとイクサの煽りに、シャナと悠二が息を整えながら答える。


「……っふふ」


ラミーは何処か朗らかな様子に、固い表情を綻ばせ、懐へ手を伸ばす。
出てきたのは、眼球程の大きさの毛糸玉。
糸の端が緩やかにほどけていき、やがて深い緑色の火の粉が沸き上がる。


「おいラミー、それは……」
「構わんさ。恩義には行動をもって応えなければな」


やはり、あれは今まで集めた存在の力か。
キバはしばらく考えて、


「――ドラン」


屋上に座り込むキャッスルドランに呼び掛ける。


――シュン。
キバが何を言いたいのかわかったらしく、キャッスルドランはやや不服そうに頭を垂れる。


「そんな小動物みたいな目をするな。今日は5個も食べただろう」


キャッスルドランは尚も不満がありそうだったが、渋々頷いて、口から3個のライフエナジーを吐き出し、ラミーが出した分に加える。


「焼け石に水かも知れないが、無いよりはマシだろ。使ってくれ」
「――何から何まで、君には借りを作りっ放しだな」
「気にするな。若者の人生相談に対する礼だとでも思っといてくれりゃあいい」


キバの施しに感謝しつつ、ラミーはその力を自分の物に溶かしていく。
それらは封絶内に降り注ぎ、戦いの傷痕を修復した。


◆◆◆


「……生きてんのね」
「お互いにな」


ややあって、マージョリーが目覚めた。
力を限界まで出しきったその姿は頼り無く、饒舌なマルコシアスでさえ、言葉にいまいち覇気が無かった。


マージョリーは、自分に勝った少女を見る。


「……よく殺さなかったもんね。あれだけ酷い目に遭わされて」
「お前達なら、そうしたかもね。でも、私たちは違う」
「それは、フレイムヘイズの……」
「そう、フレイムヘイズの使命」
「……」


その言葉に反抗さえ無く、マージョリーはキバに目線を移した。


「俺は酷い目に遭わされちゃいないからな。仮に遭わされたとしても、それくらいで相手をどうこうしようとは思わない。しばらくラミーを追えないようにすれば、それで俺の役目は終わりだよ」


「……何よそれ」


可笑しな連中だ。
可笑しくて……嫌な奴等だ。


『炎髪灼眼の討ち手』と『ファンガイアの王』。
自分を否定するくせに、何か羨ましく思ってしまう。
これが、世に恐れられた存在なのか。


「第一、そこの本にもう釘を刺されてるんでな。『俺の酒盃に手を出したら、顕現しててめえらを噛み殺してやる』だとさ。ふっ、面白いパートナーだな」
「うるせえ、今も変わらねぇぞ。世界のバランスなんぞ知ったことか。周りの“存在の力”を全部飲み込んで、てめえらを殺して殺して殺して殺し尽くしてやる」


グリモアから炎が弱々しく噴き出す。
キバは、この相棒の声にマージョリーが泣きかけているように思えたが、それに関してはコメントを控える。
代わりにラミーが、杖の先に群青の炎を灯し、口を開いた。


「済まんが、キミの始まりを見させて貰った。――だが、“銀”は追うな」
「!!」


マージョリーが、その単語に異常な反応を示した。


「あれは、追うだけ無駄なものなのだ。追えど付けず、探せど出でず、ただ現れる、そういうものなのだ」
「っ、そんな、そんな言葉だけで! 私の全てを諦めきれるもんか!!」


負傷した身体にも構わず、マージョリーは自分の存在理由を込めて叫ぶ。


「誰にも駄目なんて言わせない!! この復讐は私のもの、この憎しみは私のものよ!!」
(……“銀”、か)


――キングの日記によれば、フレイムヘイズが生まれる理由には、復讐が多いらしい。察するに、その銀とやらが、マージョリーの“人間としての”自分を破壊した存在なのだろう。


「では、言い方を変えよう。あれは、来るべき時節が来れば必ず会える、そういうものだ」
「……なんですって……?」
「私はそのことを伝えたかっただけだ。それをどう受け取り、行動するかはおまえの勝手だ」


用向きはそれだけ、と言わんばかりにマージョリーから目線を外す。


「世話になったな、ファンガイアの王。白き騎士。『炎髪灼眼』……いや、シャナ、か」
「別に。このくらいのトラブル、いつものことだ」
「私は彼に付き添ったに過ぎないからな。気にすることはない」
「使命に従ったまでのことよ」
「――なるほど、さすがは“天壌の劫火”の契約者。よいフレイムヘイズだ。
ファンガイアも、君たちのような者がいれば、昔とは違う未来を歩めるだろうな」


ラミーは笑い、最後に悠二を見た。
悠二は立ち上がり、何を言うべきか迷って、結局出てきたのは素直な謝罪だった。


「悪かったね。せっかく集めた“存在の力”を修復に使わせて」
「なに、望みへ至る時を得た礼……そう思えば安いものだ」


そんなわけがない。
と、キバのみならず、悠二も思った。


キャッスルドランのエネルギーがあったとはいえ、あれだけ広範囲の破壊を修復したのだ。ロストした分は、1年や2年の旅路で集めたレベルではないはず。
誤魔化すようにラミーは苦笑のようなものを浮かべ、代わりにこう言った。


「最後に、利害抜きで助言を一つ、サービスしてやろう」
「?」


――なんとなく、キバはラミーの助言とやらが、悠二には不釣り合いなものだと想像し、そしてそれは予想通りだった。


「これからは、不安になったら、黙って抱き寄せてキスの一つでもしろ。それで、何もかもが、すぐに分かる」
「っな! ななな――!?」
「きす?」
「……若者に何を吹き込んでるんだ。ラミー」
「ははは」


ラミーは軽く笑って、赤面する悠二、不思議そうに首を傾げるシャナ、呆れたように頭に手を当てるキバとイクサに背を向けた。


「では、さらばだ“天壌の劫火”。我が古き友よ。因果の交叉路で、また会おう」


最後に向けられた別れの言葉は、一人の紅世の王へのものだった。
アラストールも、静かに別れに応じる。


『……いつか望みの花吹く日があるように、“螺旋の風琴”』


――ほんの一瞬だけ、老紳士の姿は、儚い風貌の少女に変わった。


少女は悠然とした笑みを浮かべ、夕暮れの赤に溶けていった。


◆◆◆


「螺旋の風琴?」


悠二の問いに、シャナ、キバットが、柄にもなく驚愕した風に言う。


「……封絶を始めとする、数多くの自在法を編み出した“紅世”最高の自在師よ」
「ファンガイアの使う魔術の発展にも、多大な貢献をしたヤツだぜ。正体は謎ってのが通説だったが……なるほど、“紅世の徒”だったわけか」
「そんなに凄い自在師が“屍拾い”なんて名前を名乗って、何百年も他の“徒”の作ったトーチを拾い続けて……たった一つの品物を、元に戻すためだけに……?」


気の遠くなるような時間。
ただ一つの願いに生きる狂気にも近い信念。
だが、キバとアラストールはそれを狂っているとはしない。


「坂井悠二。人間もファンガイアもフレイムヘイズも“徒”も、叶えたい望みってのは、他人から見れば意外とちっぽけなものなんだよ」
『何を大切に思うかは、各々で違う。貴様らと同じだ』


悠二をたしなめ、キバは軽く伸びをして、気楽な口調で言う。


「さて、と。用は片付けたし、帰りましょうか。名護さん」
「そうだな。いい頃合いだ」


キバに同意して、名護はイクサの変身を解除する。


「じゃあ、俺達はこれで」
「うむ、また世話になってしまったな。キバ」
「困った時はお互い様だろ。また何かあったら助けてやろうか? 『炎髪灼眼の討ち手』」
「私が苦戦するようなことになるなら、ね」


キバの皮肉にも、シャナは余裕を持った笑みで答える。
これも成長か。
悠二はそんな調子のシャナを微笑ましく思いながら、こちらを見る名護に向き合う。


「元気が出たようで何よりだ。あの時は、随分と沈んでいたようだったからな、坂井悠二君」
「はい、ありがとうございました。名護さん。――あの、また会えますよね?」
「ああ、何かあれば、いつでも『マル・ダムール』に来なさい。及ばずながら、力になろう」


――夕暮れと夜の狭間。
非日常は一先ず、日常へ至る。


◆◆◆


「ふわぁぁ~~、眠い」


ゴールデンウィークを挟み、御崎高校。
間の抜けた欠伸を噛み殺しつつ、奏夜は教室に向かう。


(少しダルいけど……ま、フリアグネの時程じゃないか)


楽勝ムード……と言うとマージョリーに悪いが、ファンガイアのキング(代行)がそう何度も追い詰められてはしまらない。


だが、特に変わらなかった。
追い詰められようが追い詰められまいが、さして日常は変わらない。


シャナは幸せ顔でメロンパンを食べていた。
悠二は疲れを感じさせない顔で挨拶をしてきた。
吉田は顔を赤らめながら、坂井に弁当を渡していた。
佐藤と田中は、休んだツケもあってか、やや不服そうな池に勉強を教わっていた。
緒方はばつの悪そうにする二人を見て笑っていた。
今頃だと、名護と恵は由利を幼稚園へ迎えに行っている頃だ。


何のことはない。
何も変わらず、これは日常で、紅奏夜の人生だった。


「戦うことも俺の人生、ね」


ファンガイアのことが一区切りついても、次は“紅世”。
けど、それもいい。


俺はキバなのだから。
キバで――紅奏夜だ。


もうとっくに受け入れたこと。
戦うことに逃げていた、もうあの頃とは違う。


だからこそ、平井と坂井を放って置けなかったのかも知れない。


理由は違えど、戦いから逃げた二人を。


(――全く、あいつらは)


どうしてこうも、自分と重なる面倒を抱えるのだろうか。


「見てる俺の身にもなれってんだ」


自分を見ているようで、落ち着けやしない。
――落ち着かないから、もう少し面倒を見てやるとしよう。
そんな風に理由付けつつ、一年二組の扉を開ける。


「おーし、授業始め」


――スコーン!


『あ』


教室中の目線がドアに注がれた。
奏夜の顔面に激突したのは、菓子の箱。
投げたのはシャナ。


放物線上に、吉田と悠二がいるところを見ると、吉田と話す悠二が気に入らず、八つ当たり気味に箱を投げたのだろう。


しかしすんでのところで悠二はそれをかわし、結果、延長線上にいた奏夜にヒット。


……教室を沈黙が支配する。
シャナ以外はみんな青ざめた顔をし、扉の前で微動だにしない奏夜の審判を待っていた。


「ふ、ふ、ふふ、ふふふ」


引きつった顔のまま、奏夜はポケットに手を突っ込む。


「平井、坂井」
「は……、はい」
「何よ」


そして取り出したのは、もはやネット通販でしか売っていないような、連射式の輪ゴム鉄砲。




「お前らの罪を数えやがれぇぇーー!!」




輪ゴムを撃ちまくる奏夜。
反射的に奏夜を迎え撃つシャナ。
悲鳴を上げて逃げ惑う悠二。
もはやどうしたらいいのかわからず、呆然と成り行きを見守る吉田、佐藤、田中、池、緒方らクラスメート達。


それは無茶苦茶で、しかし楽しさもある、ただそこに在り続けるだけの、日常だった。
  1. 2012/03/20(火) 18:25:16|
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第八話・不協和音/紅蓮の翼とデュアルドラゴン.前篇

「そらっ!!」


キバの甲冑が備えられた右足が、ホースファンガイアを蹴り飛ばす。


「グ、ウッ!」


ホースファンガイアは苦し気に数歩下がり、しかしまた直ぐにキバ目掛けてステンドグラスの装飾が施された剣を走らせる。


「ちっ」


キバは身を捻らせてそれを回避し、また打撃攻撃を加えていく。
だが相手もそれを見越して攻撃しているのか、上手く防御している。
戦いは平行線を辿っていた。


「散りなさい」


と、そこへイクサが、イクサカリバー・ガンモードの銃撃をホースファンガイアに浴びせる。


「グ、ギャッ!」
「今だ、奏夜くん!」
「はい!」


イクサの援護射撃で生まれた隙を突き、キバが拳のラッシュを浴びせていく。


「グルォォオーーッ!!」
「むっ!」


片やイクサには、ライノセラスファンガイアが、固い身体にスピードを上乗せした突進をかけてきた。


「ハァッ!」


イクサカリバーのトリガーを引くも、発射された弾丸は、装甲のような皮膚に弾かれてしまう。


(迎撃は不可能か)


イクサは冷静な判断でライノセラスファンガイアの突撃を、横に飛び退きギリギリで回避。
直ぐ様イクサカリバーをカリバーモードにチェンジ。
刀身が煌めき、ライノセラスファンガイアの身体に火花が散るが、


「ぐっ!?」


ライノセラスファンガイアのボディブローの衝撃が、イクサを貫く。


――ライノセラスファンガイアの真骨頂は、サイのような見た目に由来するパワー、そして固い皮膚による防御力にある。
かつてキバが戦った際にも、バッシャーフォームの弾丸を難なく防御するほどの代物。


(イクサカリバーでは歯が立たないか……。イクサジャッジメントならばあるいはいけるかも知れないが、決定打とまではいかない可能性もある)


戦況を冷静に分析し、対応策を練るイクサ。
そこへ、


「名護さん!!」


ホースファンガイアを抑えるキバの声がかかった。
彼の指には、紫色の宝具――ドッガフエッスル。


「! わかった、来い!!」


イクサは一瞬で、キバの意図を理解した。
それを確認し、キバは一旦ホースファンガイアから距離を取り、フエッスルをキバットに吹かせる。


『ドッガハンマー!!』


フエッスルの呼び掛けに答え、ドッガの彫像がキャッスルドランから射出され、戦場へと飛んでくる。
すかさずイクサは、ベルト脇のサイドケースから、ドッガフエッスルと同じ紫色のフエッスルを取り出し、ベルトのフエッスルリーダーにセット、イクサナックルを押し込む。


『ド・ッ・ガ・フェ・イ・ク』


無機質な電子音と共に、キバへと渡るはずのドッガハンマーは、持ち主には向かわず、身の丈はある巨大な魔鉄槌は、イクサの両手に収まった。


――フェイクフエッスル。
キバの従者たるアームズモンスターを呼び出すフエッスルの、周波数を科学的に解析。その解析データを元に嶋が作り上げた、特殊な波長で、キバの武器を奪い取るフエッスルだ。
魔皇力を必要とするフォームチェンジは出来ないが、この状況では問題ない。


ドッガハンマーを引き摺りながら迫るイクサに、ライノセラスファンガイアは、身体の隙間から蒸気機関の如く煙を放出し、イクサに襲いかかる。
重量のある突撃を、イクサはドッガハンマーの柄で防ぎ、


「ッハァ!」


そのまま勢いをつけ、ドッガハンマーをスイングする。
元々、アームズモンスターの中で最も攻撃力のあるドッガハンマー。
勢いを乗せたこの一撃には、さしもの分厚い装甲も役に立たない。


イクサは畳み掛けるように、ドッガハンマーの連撃を加える。


「グ、ッガァ……」


装甲にヒビが入る。
すかさずイクサは、ライノセラスファンガイアをドッガハンマーに引っ掛け、キバが戦うホースファンガイア目掛けて投げた。


ホースファンガイアとライノセラスファンガイアは正面衝突。互いのダメージもあってか、直ぐに体勢を立て直せない。


「よし。一気に決めるぞ!」
「了解です!」


キバとイクサは、再びフエッスルを取り出した。


『WAKE.UP!』
『イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』


キバットとイクサベルトのコールを合図に、キバの背後に夜の帳が、イクサの背後に煌々と燃える太陽が顕現。
対極に位置する風景が共存するそれは、戦いの中で絶妙のコントラストを作り出していた。
キバは右足のヘルズゲートを解放して飛び上がり、イクサは臨界点に達した胸部のソルミラーから光子力エネルギーを生成、イクサカリバーへと集中させる。




『ハァーーーッ!!』




キバの『ダークネスムーンブレイク』が決まり、ホースファンガイアはキバの紋章のクレーターを残して砕け散る。
イクサの『イクサ・ジャッジメント』が、ヒビの入った装甲部分を袈裟に斬り捨て、ライノセラスファンガイアを両断。

放出されたライフエナジーが舞い上がるのを見上げ、キバとイクサは手を打ち合わせた。


「さすがです」
「キミも腕は鈍っていないな」



その勝利の余韻に浸る間も無く、上層で起きたらしい大きな爆発音が、ビル全体を軋ませる。


「ふう、いつも戦いは待ってくれないな」
「こいつらの事も気になりますが、今は上が先ですね」


キバとイクサは頷き合って、障害の無くなった階段を駆け上がっていく。
ファンガイアの骸たるステンドグラスを残して。


◆◆◆


「ふん、所詮は、烏合の、衆か」


キバとイクサの後ろ姿を見送ったドラゴンファンガイアは、ステンドグラスの欠片を忌々しげに踏みつける。


「しかし、あれが、スワローテイル、ビショップを葬った、素晴らしき青空の会の戦士、イクサか。成る程、キバも、さることながら、奴の力にも、警戒、しなければ、なるまい」


キバ、イクサ、そして今、ここにはいないキングの持つ、サガの鎧と『闇のキバ』の鎧。
いずれは相対する存在ならば、その力をなるべく正確な形で測るのは有意義な試みだろう。


「ふむ。それを思えば、この、ゴミ共には、まだ、使い道が、あるか」


一片の温かみも無く、ドラゴンファンガイアは手を大きく広げ、叫んだ。


「地の底で眠る我が同胞達よ、今こそ蘇りて一つになるのだ!」


ホースファンガイア、ライノセラスファンガイア、そして彼の手から放たれた一昨日キバが葬ったラットファンガイアのライフエナジーが、宙に舞い上がり、溶け合っていった。


◆◆◆


「っとぉ!?」
「床が!!」


キバとイクサが、最上階の庭園まで辿り着いたのを見計らったかの如く、フロアの床が派手な音と共に崩れた。
どうにか安定したゾーンを見つけるが、ふとそこでフロアの中央。


吹き抜けとなった穴に、悠二とラミーが落ちていくのを確認した。


「っわぁ!?」
「むっ!?」


ラミーが手を伸ばしたが間に合わない。
のまま悠二は宙に放り出され、下まで急降下。


「悠二!!」


戦況を優位に進めていたらしきシャナは、瞬時に天井の強化ガラスを蹴り、落下する悠二に手を伸ばした。勿論相手も隙は逃さない。トーガの獣がすかさず炎弾を発射するが、悠二を中心に展開された結界のようなものがそれを弾く。


(そーいや坂井、フリアグネの宝具拾ってたっけな)


簡単な理解を済ませるが、炎弾は防げても落下は防げない。
二人はそのまま、重力法則に従い、落ちていく。


シャナがいるなら心配はいらない――が、ここまで戻ってくるまでの時間は絶望的だ。
どんなに早くとも、その間にラミーが始末される。
事実、トーガの獣は標的を替え、ラミーへ手を振り上げていた。


「今度こそ」
『終わりだぁ!!』


今まさにラミーに襲い掛かろうとするマージョリーとマルコシアス。


「待ちなさい!!」


イクサカリバーが火を吹き、トーガの腕を貫いた。


「っぐ!?」


撃ち抜かれた腕を押さえるマージョリー。
その隙にキバとイクサは、ラミーの盾となるよう、マージョリーの前に立ち塞る。


「悪い。遅くなった」
「いや、いい頃合いだった。助力感謝する。キバ」


ふと、ラミーはもう一人の乱入者、イクサを見る。


「その鎧……。君は?」
「全て後にしなさい。“屍拾い”。まだ相手は膝をついていない」


イクサの言う通り、マージョリーは直ぐにトーガの腕を修復し、体躯をのしり、と上げる。


「……っ、このクソ忙しい時に!」
「いくら俺でも、再三同じことを言うのは好きじゃないが、敢えて言ってやるよ、『弔詞の詠み手』。――俺は、お前の邪魔をする」


飄々とした態度のキバに、苛ついたのか、バチバチとトーガから炎が上がる。


「……ラミーといい、あのチビジャリといい、アンタも助けを借りる気? 他人にベタベタくっついてるようなヤツが、私の邪魔をすんじゃないわよ!!」


「はっ、上等。――なぁ、助けを借りないヤツってのはさ、お前みたいに独りよがりで、勝手気ままに“徒”を殺すようなヤツのことかよ?」


挑発的に、キバは仮面の下でほくそ笑む。


「だったら、そんなもん願い下げだ。一人でいられる強さなんざ、俺はいらないんだよ。俺は確かに、誰かに助けられなきゃならないダメなヤツさ」


悠二にも言ったことだった。
だが、この言葉には続きがある。


「けど、俺はそれでいいと思ってる。――それはみんなが、仲間がいてくれるってことだ」


視線を合わせてきたキバに、イクサは強く頷く。


――そうだ、君は一人ではない。
声に出さずとも、イクサが――名護が思ってくれているのがわかる。
そう言ってくれる仲間がいてくれれば、仲間が自分を助けてくれるなら、




――俺は、その仲間を守るために、いくらでも強くなれる。




「……だから、てめえらみたいなのには絶対負けねー。他人を理解しようとせず、馬鹿みたいに力を振り翳すだけのヤツにはな!!」
「……いいわね。アンタも最高にブチ殺し甲斐があるわ!!」


片や決意、片や激昂を込めて吠え、キバとマージョリーの拳がぶつかる。


勢いは互角。
つばぜり合いになったところで、イクサが動く。


「私を忘れて貰っては困るな」


イクサカリバーの斬撃が、今はキバへと伸びたトーガの腕に振り下ろされる。


『ハッ、同じ手は喰わねーぜぇ!?』
「むっ!?」


途端、群青の炎が吐き出され、イクサを吹き飛ばす。


「名護さん!」
「余所見してんじゃないわよ!」
『下へ参りまぁすってか!? ッヒヒ!!』


一瞬イクサに気を取られたキバ。
マージョリーはその隙に、先程の崩落で脆くなった足場を、巨腕をスイングすることで奪った。


「げっ!」


咄嗟の回避も間に合わず、キバは悠二と同じく、吹き抜けとなったビルの下へと飲み込まれていった。


「奏夜くん! くっ、おのれ!!」


キバの戦線離脱に、炎から逃れたイクサはイクサカリバーを構え、ラミーを庇うようにして立つ。


「下がっていなさい。私から離れるな」
『ヒッヒッヒ! 一対一になっちまったが、お前さんは強いのかい? 白騎士さんよ』
「フッ、舐められたものだな。イクサの力を甘く見るのは、止めた方がいい」


言いつつイクサは、ラミーを攻撃の範囲に入れないよう気を配る。


(さて……。荷物を抱えたままでの戦いとなると、ややこちらが不利か)


だがそれでも、やるしかあるまい。


別にこの老人には、好意も敵意もなく、イクサにとっては関わり無き存在。
――だがキバが、奏夜が、守ってくれと言った。
彼が言うのなら、この老人は守るに値する存在なのだろう。


守る理由は、それだけで十分。


(昔の私なら、敵側の存在というだけで斬りかかっていただろうにな)


全く、難儀な性格になったものだ。
仮面の下で苦笑し、イクサは、イクサカリバーを握り直す。


イクサの闘志を表すように、トーガの獣との間で、鮮やかな火花が散った。


◆◆◆


「うーん、こりゃ結構ヤバイかなー」
「余裕かましてるバヤイかーーッ!」


朗らかな口調に、流石のキバットも絶叫する。
キバは現在、胡座をかくような体勢のまま、景色が上へ上と流れていくのを眺めながら、壮絶なスピードで落下していた。


「お前あの攻撃絶対避けられただろ! なのに何で俺達絶賛落下中なんだよ!!」
「そう言うなキバット。吹き抜けのビルを落下するなんて体験、そうそう出来るもんじゃないぜ?」
「そりゃそうだろうよ! 経験したら確実に死んでるもん!」


こんな時でも、二人のやり取りは変わらなかった。


「ま、確かに。そろそろ準備はしない、と……?」


ふとキバの耳を、何かを捉えた。
外面的なものではない。
もっと内面的な――心の音楽を聞き取るための感性。


音源は、自分よりも更に下。
もはや点のように見える、シャナと悠二。


(これは、平井か?)


状況も忘れ、奏夜は耳をそばだてた。


(なんでもできる)


シャナの奏でる音楽が、キバの心に広がる。


(大切な誰かのためになら)


それは、奏夜がシャナに言ったこと。
『持たざる者』の強さには限界がある。
しかし『持つ者』には、


(無限の可能性がある!)


シャナは奏夜の教えを、まるで自分を奮い立たせるかの如く、心の中で奏でていた。
シャナの眩く輝いた音楽は、彼女が思うがまま、その有り様を変えた。




(なんでも、できる!!)




かつて見た、“天壌の劫火”の顕現。
あの時感じた、絶大なる存在のイメージが、再びシャナと重なる。




顕現するは――紅蓮の翼。




彼女が生み出した音楽の結晶は、シャナの背で煌々と輝いていた。




「――Bravo!」




胸に染み渡る素晴らしい演奏に、キバはただ称賛の意を示す。


シャナはしばらく不慣れな様子で、だが直ぐにコツを掴んだらしい。悠二の手を取りながら、シャナは紅蓮の光跡を描いて舞い上がり、あっという間に落下しているキバを追い抜いた。


「っはは、すっげぇ!! あんなことも出来んだなぁ! あいつは!」
「お、おい奏夜、ハイなとこ悪いんだが、早いとこ俺達も落下を止めようぜ! シャレになんねーってコレ!」
「ああ、了解了解!! あんなもん見せられちゃあ、こっちも黙ってらんねー!」


言って、キバは自分の中に眠り、普段は抑制されているファンガイアの力を高めていく。キバの意図に気付き、キバットはやや慌てて、


「奏夜、アレになるつもりかよ? ウェイクアップでも良くないか?」
「言ったろ! あんなスゲー音楽聞かされて、こっちが何もしないなんて我慢出来るかよ!」


キバは興奮冷め遣らぬまま、さらにファンガイアの力を上げた。


(……ダメだコリャ。スイッチ入っちまってら)


奏夜がもう止められないと悟ったキバットは、苦笑いをしながらも、意気揚々と言う。


「わかった! けどタッちゃん無しじゃ、精々制御は50秒が限界だ、その間にウェイクアップに切り替えろよ!」
「わかってるさ!」


キバットの警告を聞き入れ、キバは力を一点に集める。
キバの意思に従い、ファンガイアとしての自分を抑える最後の鎖が、最終覚醒(ファイナルウェイクアップ)。




「うぉぉぉッ!!」




魂の咆哮に共鳴し、キバの鎧から、金色の翼が飛び出した。


◆◆◆


「シャナ、上!」
「!」


悠二の声を聞くまでもない。
頭上、シャナの飛翔方向から、瓦礫の雨が降り注ぐ。


イクサとマージョリーの闘いによる余波が、よりによってまだ紅蓮の翼の微細なコントロールが出来ない時に、シャナ達へ襲い掛かった。


「悠二! 体にしがみついて!」
「えっ!?」
「『贄殿遮那』が振れないでしょ!!」
「あ、ああっ!!」


悠二が自分の身体にしがみついたのを確認する暇もなく、シャナは瓦礫の雨を迎え撃つ。
崩落してくる遮蔽物を時に避け、時に切り裂きながら、上へ上へと舞い上がり続ける。


しかし、


「なっ!」


太刀を振り抜いた先に、一際巨大な瓦礫。


まずい。
回避する暇も無い。
これを切り捨てるに足る存在の力を練る時間も無い。
自分だけぶつかるならまだいいが、今は悠二もいるのだ。


「くっ!」


急停止し、夜傘をせめてもの防御に回す。




しかし、衝撃はこなかった。




「……?」


夜傘を視界から退けると、巨大な瓦礫は粉々に“切り裂かれ”、細かいパーツへと別れて落下していった。


「シャナ、今何が……?」
「わ、わからない」


予測不可能な状況に、二人の呆然としていると、




――ギィィィィィ!!




甲高い鳴き声を、シャナと悠二は捉えた。
しかし、その音源は掴めない。


敵か? もう一度、辺りを注意深く見回すと、自分の頭上を、大きな影が飛び回っていた。


(金色の、鳥?)


シャナの最初のイメージがそれだった。


自分のものよりもずっと大きな翼。
影はその翼で、自分達へ落下していたであろう瓦礫を、瞬く間に切り裂いていた。
悠二はもちろんのこと、シャナの動体視力をもってしても、正確な姿は見えない。
動く度に輝く、金色の軌跡が唯一の目印だった。




瓦礫雨が止むまで、ものの七秒もかからなかっただろう。
ターゲットを始末した影は急降下し、自分達のすぐ脇を通り過ぎる。


「っ!!」
「わっ!!」


ビュウッ、という風切り音を残し、影はシャナ達の真下で小さくなっていく。
それが二人とほぼ同じサイズにまで縮んだところで、影は再びシャナ達の視界へと昇ってきた。


「無事のようだな、二人とも」


『キバ!?』


影の正体をハッキリ捉えたシャナと悠二は、驚きを乗せた声で、その名を呼んだ。
キバは二人の驚愕にも何処吹く風で、右足にあるヘルズゲートの翼で浮き上がっている。


「な、なんで!? いきなり影が瓦礫を切り裂いて、その影がキバで……えぇ?」
「ふっ、期待通りの驚愕をありがとう、坂井悠二。だが、それについてはまた後だ」


混乱する悠二を制して、キバは上を指差す。
シャナと悠二がその先に目をやると、『弔詞の詠み手』の闘いを示す群青の炎が弾けた。


「誰かと、戦ってるのか?」
「ああ、俺の仲間が足止めをしてくれている。――同時攻撃をかけるが、いけるな?」


キバが同意を求める。
シャナはそれに、好戦的な笑みを持って答える。


「誰に言ってるのよ」
「上等」


頷き合って、シャナは翼に再び存在の力を込め、キバも勢いをつけるように膝を折る。


「行くぞ!!」
「うん!」


叫び、二人の戦士はそれぞれの翼で舞い上がる。
猛烈な勢いで風を切り、シャナは太刀を構え、キバはキックの体勢を取る。


『WAKE.UP!』


「――!」


庭園でラミーを守りつつ、マージョリーと交戦していたイクサは、聞き覚えのあるコールを知覚する。
本当に微かだが、キバが落ちた、吹き抜けの大穴から聞こえてきた。


(穴……そうか! 狙いは死角からの攻撃!)


幸いにも、マージョリーはさっきのキバットの声に気付いていない。
ならば、


『縦横無尽に咲き狂え!』
『掃除は嵐にお任せだぁ!』


鋭く槍のような炎が襲い掛かる。
イクサは防御を捨て、その中に飛び込む。


最低限、致命傷を避けられればいい。
この行動を予測はしてなかったのか、攻撃はイクサの肩を僅かに焦がしただけだった。


『んなっ!?』


トーガが目を剥くのにも構わず、イクサはその懐に飛び込み、ベルトにフエッスルを装填する。


『イ・ク・サ・ナ・ッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』
「喰らえッ!!」


イクサナックルを瞬時に拳にはめ、イクサは右ストレートをトーガに叩き込む。
ナックル装備時の必殺技『ブロウクンファング』が、0距離で炸裂した。


「っぎ!!」


よろめいたマージョリーは衝撃からバランスを崩し、背後にあった穴へ身を踊らせる。


――体勢を整えようとした時には、もう遅かった。




『っだぁ――ッ!!』




キバの『ダークネスムーンブレイク』とシャナの炎剣が、その身体に炸裂した。


「――――ッ!?」
『なんだとぉ!?』


痛みに、意識が飛んでいく。


見上げた先には、紅蓮の翼を広げる『炎髪灼眼の討ち手』と、血のように鮮やかな鎧を纏う『ファンガイアの王』。
頼りなく燃えた群青の炎を最後に、トーガの獣は真っ逆さまに落ちていった。


◆◆◆


異変に気が付いたのは、シャナ、悠二、キバとも、ほぼ同時だった。


互いの健闘を称える時間すら貰えぬまま、アトリウム・アーチとは違うビルに着地する。宙に浮くラミーに連れられ、イクサもこちらに合流。


しかし、キバの注目はそちらに行かなかった。


(『弔詞の詠み手』の曲調が、変わった)


元々、粗野な傾向はあったが、ここまで暴走すればもはやノイズに等しい。
膨れ上がり、溢れた存在の力は、アトリウム・アーチの屋上を喰い破り、その姿を表した。




「群青の…狼…!?」




悠二の呟きの通り、それは群青の炎で出来た巨大な狼。
フリアグネの時のアラストールと同じ。


――“蹂躙の爪牙”マルコシアスの顕現である。


が、驚きはそれで終わらなかった。
三人がその姿に見魅る中もう一つ、巨大な影がビルの一角を粉砕し、キバ達の視界に現れる。


「うわっ! な、なんだ!?」


有り体に言えば、様々な獣のパーツが組み合わさった怪物。
表面はステンドグラスのような皮膚に覆われ、マルコシアスよりやや小柄だが、それでもかなりの大きさだ。


「あれって、燐子?」
「違う」


シャナの疑問を、キバは即座に否定する。
四年前に数度戦ったきりだが、あの容姿は忘れようもない。


「やれやれ、本当に空気を読まないな。この世界は」


ファンガイアのオーラ集合体『サバト』を目に収め、キバはシニカルな口調でそう呟いた。

  1. 2012/03/20(火) 18:24:08|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第七話・スラー/絆の鎖.後編



時刻は八時を回った頃。
キャッスルドラン内部の回廊。
奏夜はキャンドルの灯がゆらゆら揺れる中に、見知った人影を見つける。


「うっす、次狼」
「ん? 何だ奏夜か。どうした、こんな夜更けに」
「いや、今日は結構身体動かしたからさ。気分転換にお前らとゲームでもと思ってな。ちなみにこれは土産」


途中コンビニで買ってきた菓子類や飲料水の入ったビニール袋を次狼に手渡す。
モンスターの栄養は基本的にライフエナジーだが、別に普通の食べ物が喰えないわけではない。


次狼曰く、別腹。


「なぁ、もう少しジャンクフードから脱却出来ないか? さすがにチキンラーメンはないだろう」
「土産にケチつけんな。大体コンビニにあるもののほとんどはジャンクフードだぞ。おでんとかだとここに来るまでに冷めちまうし」
「……まぁいいか、たまには懐かしい物を喰うのも悪くない。しかし、26年前から進歩が無いな、これも」
「最近は玉子ポケットが付いたりしたんだけどねぇ。玉子かけずに食べる人にとっちゃ無用の長物だからな」


恐らくは本編とまるで関係ない雑談をした後、次狼は「ああ、そうだ」と思い出したように指を立てる。


「奏夜、お前に客が来ているぞ」
「客?」


誰だ。
キャッスルドランを認知こそすれ、入れる人間となれば、おのずと限られてくるが。


「奥の部屋で二世と話しているから、一応顔は見せておけ」
「ん、了解」


次狼と別れ、奏夜は奥にある客間へと足を運ぶ。
と、入り口から話し声が聞こえてくる。


「ふん。お前も相変わらず、残り滓を集めるのに余念がないというわけだ」
「貴公の側も、ここ数年で随分な変革があったようではないか。長年に渡り実現し得なかったファンガイアと人間の共存、その実現には感銘を受ける。現代のキングは、余程の大器を持つ者なのだろうな」
「いや、キングの所業とは言い難いな。事の発端は……」


赤いコウモリ、キバットバット二世は、入り口に立つ奏夜を示す。


「こいつだ」
「……ほう、君がそうか」


椅子から立ち上がった男は、ダークスーツに身を包んだ老紳士。
杖を付きながら、老紳士は恭しく礼をする。


「御初にお目にかかる。キバの継承者よ」
「……アンタが“屍拾い”ラミーか」
「ふむ、よくわかるものだ」


「『弔詩の詠み手』から話は聞いている。無害な“徒”で通っているとな。――で」
奏夜は宙を飛ぶ二世に目をやる。


「こいつをここに呼んだのはお前か? 二世」
「ああ、こいつとは少しばかり因縁があってな。お前としても“屍拾い”に会っておくことは不利益にはなるまい?」


では、俺は帰るぞ。と飛び去る二世の姿を目で追って、奏夜はふん、と鼻を鳴らし、椅子に腰かける。


「まぁいいさ、それで用件は何だ? ただ駄弁るために来たわけじゃないだろう。それとも、キャッスルドランに貯蔵されてるライフエナジーが狙いかな?」
「ふっ、君は歳の割に、随分と駆け引き慣れしているようだな」


喰えない奏夜の態度に、ラミーはシニカルな笑みを浮かべた。


「魅力的な誘いだが、それは止めておこう。ここは仮にもファンガイアの居城だ。相応の礼儀は弁えねばならぬだろう。私がここに来たのは、あくまでも君に、私が無害だと信じてもらいたいからだ。第一、私が本当にそれをやれば、君も黙ってはいまい」
「ご明察」


奏夜は向かいの椅子を指し示し、ラミーもそれに応じて、奏夜と向かい合わせに座る。


「ま、世界のバランスを気にして、トーチしか喰わないってのは信じよう。だが、まだ疑問点が残るな。アンタはそれだけ遠回りなやり方をして、何が得たいんだ?
それが俺に不都合のない条件なら、俺はアンタを無害だと認めよう。なんなら、『弔詩の詠み手』から守ってやってもいい」


最大限、譲歩の意を示して、奏夜はラミーの返答を待つ。


「昔」
「?」
「一人の人間が私のために、たった一つの物を作ってくれた。しかしそれは、私が見る前に壊れ、永遠に失われてしまった」


何処と無く、寂寥や悔恨といった切ない感情を乗せたラミーの言葉に、奏夜は押し黙る。


「私は、彼が贈ろうとしてくれた物を、この目で見たい。この手で触れたい。確かめたいのだ」
「……んなこと、本当に出来るのかよ」


再生術というものがある。
上位ファンガイアのみが行える、死した同胞のライフエナジーを操作し、ファンガイアの個体を復活させたり、ライフエナジーの集合体、サバトを作り出すことも出来る。


しかし、それは原型が存在する場合のみの話だ。
ラミーの言い方から察するに、彼が復元させたいものは、彼にとって如何なる存在なのかすら不明瞭なもの。


復活は神業の領域だ。


「ああ、可能だ」


しかし、奏夜の指摘に対して、ラミーの反応は意外なものだった。


「年月を経て、そのための自在式も編み上げた」
「けど、その自在式の消費コストも半端じゃないんだろう? 何せ遺失物の再生だ。
ましてトーチで集めるとなれば、いつまでかかるか分かったもんじゃねぇぞ」
「ああ。だがそれでも」


ラミーの声に、望みへの強い渇望が籠る。


「私が成すことは変わらない。その程度の労苦は、私にとって障害にはならないのだ。――我が未練を、晴らすためならば」


奏夜は神妙な面持ちのまま、しばらくラミーの顔を凝視する。
そして、


「分かった。信用しよう」


余りに軽く放たれた了解に、逆にラミーは目を見開く。


「警戒は、無いのだな」
「大それた嘘をつきに、わざわざファンガイアの居城に来る意味が無いだろ。騙されたなら――そん時はそん時だ。俺がバカを見るだけさ。その上で、騙したアンタを叩き潰す。これでミッションコンプリートだ」

あっけらかんと奏夜は言い捨て、「それに」と続ける。


「俺にも少しだけわかるからな」
「?」




永遠に失った物を取り返したい気持ちが、さ。




深い感情が刻まれた奏夜の表情に対し、ラミーはコメントを控えた。


「――ま、そんなわけだからさ。アンタは安心してこの街にいていいぜ。トーチに関しても、灯の強いヤツを貰わないなら、自由にしてくれていい。悲しいが、喰われた連中に関してはどうしようもないからな」
「配慮痛み入る。それにしても、君は随分と“徒”に理解があるようだな。ファンガイアは極力、“徒”に干渉しないと聞いていたが」
「別に大した理由じゃないさ。最近、この街にも“フレイムヘイズ”や“紅世の徒”が現れたのは、知ってるよな?」
「ああ。『炎髪灼眼の討ち手』が来ているのだろう。その庇護下にある“ミステス”の少年から、大体の話は聞いている」


どうやら、悠二にも会っているらしい。
――シャナとの和解の際、妙に吹っ切れた顔をしていたのが気になっていたが、どうやらラミーに何か原因の一端があるようだ。


「んで、そいつらと少し話して……まぁ、“徒”もフレイムヘイズあんまり、人間やファンガイアと変わらないなって知っただけさ」
(……ほう)


奏夜のおおらかな見識に、ラミーは心の中で感嘆の声を上げる。


(飄々としているように見えて、その実理解力も、許容力もあるようだ)


ファンガイアの未来は明るい。
そう予感させる何かが、確かにこの青年にはあった。


「それよか、ウチの生徒が世話になったみたいだな」
「? 何の話だ?」
「いや、アンタが会った“ミステス”――坂井悠二は俺の教え子なんだよ」
「おや、仮の姿は教育者かね?」
「まぁそんなとこだ、んで坂井のヤツ、最近つまんねーことでいじけててな。
大方、あいつに何かアドバイスしてくれたの、アンタだろ」


そこでラミーはようやく合点がいったらしい。


「ああ、あの少年のことか」


何処か貫禄のある風貌に、初めて疲れのようなものが混じった。


「別に感謝されるようなことはしていない。私はただ自分に利益となるよう、動いたに過ぎぬからな。それに、利益云々を抜きにしたところで、やはり感謝は必要ない」


ラミーは表情に、憂いと皮肉を入り混ぜる。


「――まだ青い、若者特有の悩みの相談相手などで、いちいち頭を下げられては敵わん」
「ははっ、同情するぜ。坂井は教えんのが面倒だからな。良くも悪くも、世の中を知る年配者はツラいね」
「君が彼の師であるなら、それはお互い様、というヤツだろう?」


ラミーの言い種に、双方苦笑いらしきものを浮かべる。


――長らく“世の中”を渡る二人の語らいは、しばらく続いた。
時たま、とある少年の名が出る度に、坂井家からくしゃみの音が聞こえたという。


◆◆◆


「っ痛!」


シャナの振り下ろした枝が、悠二の頭上に叩きつけられる。


朝の鍛練。
昨日のぶつかり合いもあってか、枷が外れたように張り切るシャナと悠二だったが、結果はあまり変わらなかった。


いつも通り、シャナが悠二を叩きのめしただけ。
だが、ただそれだけのことのはずなのに、二人も奇妙な達成感があった。


「……今日、いきなり進歩すれば、かなり格好良かったんだけど」
「そう簡単にできたら、誰も苦労しないわよ」


地面に倒れた悠二に向かい、シャナが至極ごもっともな返答をする。


「ふっふ~ん、まだまだ鍛え足りないねぇ、少年」
「まして、相手がこんなに張り切ってるシャナちゃんだもんね♪」


キバットとキバーラが追い討ちをかける。
その言い種に少しだけへこみはするものの、今までのように気落ちはしなかった。


キバーラと入れ替わりで、縁側に座った悠二に、キバットがタオルを渡しながら聞く。


「立ち直ったみたいで何よりだ。……で、少しは反省出来たか?」
「……うん。昨日、キバットが言ってたことの意味も、分かった気がする」


シャナの気持ちになれ。全くその通りだ。


キバットの言葉のみならず、シャナの様子からも判断することも出来た。


(それに、先生もきっと分かってたんだ。シャナが、やる気を無くした僕を見て、どう思ったのか)


気付くチャンスはいくらでもあった筈なのに。
なのに、結局悠二は自分のことしか考えられなかった。


勝手に自分を見限って、それがどれだけシャナを裏切る行為かもわからず――ただ自分勝手な思い込みをするだけ。


「……本当に、どうしようもなくちっぽけだ」
「――いいんじゃね? 別にちっぽけでも」


悠二の嘆息に対し、キバットの反応は意外なものだった。


「ちっぽけだと思うから、自分が弱いと思うから、人間はそんな自分を変えようと頑張れるんだ。悠二が自分を『ちっぽけ』だと思ったなら、それは変われるチャンスなんだよ」


キバットは、かつての自分の親友の姿を、悠二に重ね合わせる。
仲間に裏切られ、信じていたものを否定され、自分の隠された生い立ちに苦しめられて尚立ち上がってきた、一人の気弱“だった”青年。


それと同じ、自分を変えられるだけの強さが、悠二にはある。


――シャナ程ではないかも知れないが、キバットも悠二を高く買っているのだ。


「だからよ、焦ることはねーさ。少しずつでもいいから、前に進んで行きゃいいんだよ」


キバットの軽い口調に、悠二は自分の心が軽くなる。
ふと、今はキバーラと談笑するシャナを見た。


彼女にいつ追い付けるかはわからない。
――けど、もう辿り着くのを諦めようとは思わなかった。


「あの子のために、強くなるんだろ」
「――うん、頑張るよ。中々進歩しないけどね」
「ははっ、結構結構。目標は達成困難じゃねぇとつまんねぇだろ?」


そんな冷やかしに苦笑いして、悠二はこの気のいいコウモリに、ただ感謝の意を述べる。


「ありがとう、キバット」
「よせやい。大したことしちゃいねぇよ」


◆◆◆


――場所は移って、御崎高校渡り廊下。


『本ッ当にすいませんでした!』
「いや、俺は別にいいんだがよー」


携帯電話片手に、奏夜は昨日無断欠席した佐藤啓作に連絡を取っていた。
同じく休んだ田中栄太宅に連絡したところ、佐藤家の方に泊まっているとのことだったので、こちらの方が手っ取り早いのである。


「全く、お前らが休むのは勝手だが、連絡くらいはしろよな。出席日数の整理は意外に大変なんだよ」
『……あの、無断欠席した身で言えたことじゃないんですけど、先生が電話掛けてきた理由って、俺や田中への配慮とかじゃなくて、ただ先生が面倒なだけでしょ』
「…………………チッ、バレたか」
『先生今舌打ちしましたよね!? ボソッと聞こえないように言ってたみたいですけど舌打ちしましたよね!?』
「何を言うか。俺がそんな配慮に欠けた言葉を口にするはずなかろう。やれやれ、自意識過剰な坊っちゃんだ」


電話越しの佐藤のツッコミを軽く聞き流し、奏夜は続ける。


「どうやら親御さんにも詳しい連絡してないみたいだが、何か理由があるのか?」
『……えっと』


佐藤が言い澱む。
言いたいが言えない、そんな沈黙だ。


「……それと、さっきから雑音に混じって『死ぬ~、いっそ殺して~』って声が聞こえてくるんだが」
『ッ!!』


奏夜は音楽に携わっているからか、耳がいいのである。


佐藤は電話越しからでもわかるくらいに動揺した。


『き、気のせいです気のせいです!! 嫌だな先生、何を言ってるんですか!』
「ちなみに正確な分析をするなら、声質からして女性。悲鳴のトーンからして二日酔いか何かが原因と思われる」
『特殊捜査班か何かですか先生は!!』
『おーい佐藤、さっきからツッコミの声しか聞こえねーけど、どうしたー?』


佐藤の声の後ろで、田中の呼び掛けが聞こえる。
佐藤は業を煮やしたのか、半ばヤケクソ気味に、


『とっ、とにかく、昨日は俺も田中も外せない用事がありまして、その関係で今日もお休みさせて戴きます! ご迷惑を掛けてすいませんでしたっ!!』
「あっ! おいコラ逃げん……ったく」


一方的に電話は強制的に切られ、奏夜は溜め息をつきながら、それをポケットにしまう。


「外せない用事ねぇ……」


佐藤と田中は何も不良というわけではないから、不純な動機ではないだろうが……。


「しかし、さっき電話越しに聞こえてきた女の声、どっかで聞いた気がすんだが……おっと」


思考を遮断し、向こうの廊下から歩いてきた生徒に軽く挨拶する。


「よう、坂井に平井」
「あっ、先生。おはようございます」


悠二も奏夜に気付き、頭を下げた。


「おはよ」
「………」


“にこやかな笑顔”で挨拶してきた平井ゆかりことシャナに、不覚にも、奏夜は顔をひきつらせた。


「あ、ああ。おはよう」


奏夜がフリーズしかけた頭をフル稼働させて挨拶を返すと、シャナはご機嫌なまま、教室へと入っていく。


「……な、仲直りは出来たみたいだな、坂井」
「はい。多分、ですけど」
「ただ少し、リバウンドが大きいみたいだが」


そう言う奏夜の心境が痛い程分かる悠二は、苦笑いを返す。


「ま、仲直り出来たなら良かったよ。昨日のレッスンも無意味じゃなかったわけだ」
「……あの、先生、昨日はすみませんでした。いきなり怒鳴ったりして」
「あーあー、気にすんな気にすんな。若い内にはよくあることさ」


そう言って奏夜は、謝罪する悠二の肩を軽く叩く。


「それよりも、宿題の答えは見つかりそうか?」
「――はい」


何故強くなりたいのか。
それをまだ、はっきり口にすることは出来ない。
恥ずかしいというのもあるけれど、口にすればするだけ、それは曖昧になってしまいそうな気がするから。


奏夜は悠二の何処か晴れやかな様子を確認して、


「そっか。じゃあ“口に出来る”ようになったら、また教えてくれよ」


いつもの快活な笑みを浮かべ、奏夜の脇をすり抜けていった。


「敵わないよなぁ、先生には」


あの奇妙な先生は、人の内面を理解することに長けている。
今回のことで、ほとほとそれを実感した。


奏夜があの時くれた助言は、どれもこれもあの時の悠二にピッタリな言葉だった。
いつも飄々としている破格教師と皆は言うが、本気でそう言う人間は、この学校にはいないと、悠二は思う。


世の常識から外れようが、ただ自由。
そんな生き方をしながら、誰かを助けられる。
端的に言って――




物凄くカッコいいのだ。




シャナとは違う意味で、憧れる。


(どうしたら、あんな風になれるんだろう)


それとも、こう思うこと事態が、昨日ラミーが言っていた“青さ”なのだろうか。
己の弱さを自覚し、悠二は呟く。


「――頑張ろう」


今口に出せる、精一杯の覚悟を。


◆◆◆


そんなこんなで、四時間目の現国。


(来た)
(動いたか、『弔詩の詠み手』)


授業を続ける奏夜とシャナは、自在法の気配を感じ取る。
シャナが立ち上がり、悠二もそれに習う。


奏夜と、クラス全員の注目を集めつつ、シャナは言い放った。


「お腹が痛いから早退するわ。坂井悠二に送ってもらうから」


……ここまでわかりやすい嘘だと、いっそ清々しい。
だが、奏夜もシャナと悠二が早退する理由はわかっていたので、


「そうか。一応医務室には寄っておけよ」


いいのかそれで。


昨今、奏夜へのツッコミに関して、息が合ってきた一年二組である。
撤収準備を整えた悠二が、軽い調子で言う。


「それじゃ先生、そういうことで」
「あぁ、気ぃつけてな」


二重の意味を込めた奏夜の言葉に対し、シャナも答えを返す。


「ありがと、奏夜」
「……」


……名前呼ばれたっ!


もはやフリーズどころの話では無かった。
昨日の件での、彼女なりの感謝なのかもしれないが……。


(……すまん平井。普通に怖いぞ)


シャナと悠二が去っていったドアを呆然と見つめながら、奏夜は思う。
そんなびっくりイベントのせいもあってか、授業が終わってしばらく経ってからも、奏夜の体感温度は下がりっ放しだった。


だがそれでも、やることは変わらない。
携帯電話を取り出し、ある人へ連絡をかける。


「――あ、名護さん? 奏夜です。少し手伝って貰いたいことがあるんですけれど」


◆◆◆


学校から抜け出した奏夜が向かった先は、昨日悠二達のいた御崎アトリウム・アーチ。


「名護さんは……まだ来てないか」


マシンキバーを近場に停め、存在の力を感じ取る。


今、この建物全域には群青色の巨大な“封絶”が張られていた。
明らかに『弔詩の詠み手』――マージョリーの製作物。中からは、ラミーとマージョリーの気配。


そして、建物から少し離れた位置に、シャナと悠二の力を感じた。


「これなら、平井達の方が早く、ラミーと合流出来そうだな」


そう算段をつけ、奏夜はアトリウム・アーチの中へ。
ビルを一気にかけ上がり、五階まで来た辺りで、上層の外構庭園に大爆発が起きる。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! “紅世の、っ徒”ぁー!!」


『ヒャーッハーッハーッハー! 殺すぜ、壊すぜ、食いちぎるぜぇ!!』


マージョリー、マルコシアスの狂笑まで聞こえてきた。


「わっかりやすいなぁおい!!」


舌打ち三寸、奏夜は更に足を早める。


どうにか、庭園の一階層下まで辿り着く。
しかし、そこから見える景色は、マージョリーの入るトーガの獣が、ラミーに向けて太く長い腕を振り被るところだった。


「終わぁ」
『りだ!!』


ここからでは間に合わない。打つ手も無い。
――だが、奏夜は焦っていなかった。




刹那、獣の長い腕が真っ二つに裂けた。




『――!』




トーガの獣の驚愕は、派手に割れたガラスから飛び込んできた何者かを、凝視する。




ここからでもわかる、
“紅蓮”の炎を携えた少女の姿を。




「こんにちは、“蹂躙の爪牙”マルコシアス、それに『弔詩の詠み手』」


威圧的に、少女は大太刀の切っ先を向ける。




「改めて名乗るわ。私は、“天壌の劫火”アラストールのフレイムヘイズ。


『炎髪灼眼の討ち手』……名前は、シャナ」




誇らしげに、堂々とシャナは名乗った。
その姿に、昨日までの憂いは微塵もない。
煌々と燃え上がる強さだけが、そこにはあった。


「奏夜くん!」


自信を取り戻したシャナの姿に安心していると、後ろから名護が追い付いてきた。


「すみませんでした。急に呼び出したりして」
「いや、私の方こそ遅くなってすまない。――あれが、君の言っていたフレイムヘイズ、『炎髪灼眼の討ち手』か」


名護が庭園を見ながら言う。


「名護さん、“封絶”の中で、何か違和感はありますか?」
「取り敢えずは大丈夫だ。これのお陰でね」


ポケットから出したゼロノスカードを見せ、名護は問う。


「それで、私は何をすればいい? “屍拾い”という“徒”を、守って貰いたいとのことだったが」
「はい。“屍拾い”は老紳士みたいな格好で、あの青い獣っぽいヤツが、今回ブチのめさないといけないヤツです。だから早く上に上がって――」


そこで奏夜は言葉を切る。
名護もまた、自分の後ろを振り返り、嘆息した。


「――どうやら、先に黙らせなければならない相手が来たようだな」


二人の背後には、二体の異形――ホースファンガイアとライノセラスファンガイアが、唸り声を上げて立っていた。
奏夜と名護は並び立ち、神経を張り積める。


「見たところ、再生体のファンガイアですね。一体誰が……」
「わからない。だが、私達のやることは、一つだ」
「ははっ、それもそうですね。――キバット!」
「っしゃあ、出番だな! キバるぜキバるぜぇ!」


奏夜は飛来したキバットを掴み、左手を噛ませる。
名護も、懐からイクサナックルを取り出し、手のひらに押し付けた。


「ガブッ!!」
『レ・デ・ィー』


噛み付きと待機音が鳴り、奏夜はキバットを掲げ、名護はイクサナックルを右横に構えて叫ぶ。




『変身!!』




『フィ・ス・ト・オ・ン』


キバットをキバットベルトに、イクサナックルをイクサベルトに装着。
奏夜の身体に巻き付いた光の鎖が弾け、ベルトから放出される圧縮されたアーマーの映像が、名護に重なる。


仮面ライダーキバ。
仮面ライダーイクサ。


二人の仮面ライダーが、ここに降臨した。


「断罪の牙の下、転生の輪廻に沈め!」


「その命、神に返しなさい!!」




フレイムヘイズと仮面ライダー。
それぞれの戦いの火蓋が、切って落とされた。


  1. 2012/03/19(月) 13:04:05|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第七話・スラー/絆の鎖.前篇

破格教師。
天上天下唯我独尊。
荒波を防ぐ防波堤の様に役立つ男。


様々な呼称こそあれど、紅奏夜という人間は、基本的に誰にも止められない。
浮き雲のようにつかみ所が無く、どこまでも気まぐれで、どこまでも自由。


それが紅奏夜のパーソナリティー。


しかし、奏夜は自分の身を弁えている。
半分人間でないとはいえ、自分が他の人間やファンガイアとなんら変わらないことも、重々理解していた。


つまり――彼にも、歴然とした『苦手な人種』というものが存在する。




「………」


椅子に腰掛け、居心地の悪い思いをしながら、奏夜はただ沈黙していた。


嗚呼、ここが我が家ならどれだけいいだろう。
そんな空しい期待を抱いていると、台所からパタパタとスリッパ越しの足音が聞こえてきたかと思うと、目の前のテーブルに茶菓子が置かれる。


お盆を運んで来たのは、栗色の髪を後ろで一纏めにした、奏夜よりやや年上に見える女性。


「さ。どうぞ、紅先生」
「……どうも」


屈託がまるで見られない笑顔に気後れしながら、奏夜は茶碗を手に取り、軽く会釈する。


――坂井悠二の母。坂井千草に。


◆◆◆


事の次第は、一時間前まで遡る。


夕暮れが差し込み、優雅な雰囲気を覗かせる【カフェ・マル・ダムール】。
鼻歌を歌いながら、紅奏夜はカウンター奥の流し台で皿洗いをしていた。
マージョリーとの戦いを終えた彼が向かったのは、もはや仲間内で溜まり場と化したマル・ダムール。


「ごめんねぇ、奏夜くん。今日は恵ちゃんも名護くんもいないからさ」
「あはは、構いませんよ。家族同士の時間を邪魔しちゃ悪いですから」


愛犬ブルマンの毛繕いをするマスターに、奏夜は疲労をまるで感じさせない笑みで応じる。


奏夜は普段お世話になっている、という理由から、たまにこうして店の用事を手伝うことがあり、昨今は臨時のバイトさんという扱いだ。
――『時たま現れる謎の男性』として、ルックスの高さもあってか、訪れる女性客に人気があったりもする(無論本人は自覚していない)。


洗い物を終え、一息ついたところで、入り口の扉が開く音がする。


「ごめん奏夜くん、出てあげてくれる?」
「あ、はい」


ブルマンから目を離せないマスターに代わり、奏夜がカウンターへと向かう。
ややあって、栗色の髪をした女性客が入って来た。


買い物帰りなのか、スーパーの袋を下げている。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」


営業スマイルもなく、奏夜はナチュラルな笑顔で対応する。


「えっと、頼んでおいたコーヒー豆を……あら?」
「あれ?」


奏夜と女性は同時に首を傾げ、互いの顔をじっと見つめる。


「紅先生?」
「坂井のお母さん?」


同時に気付き、二人は声を上げた。


そう、入って来た女性客は、奏夜が現在、色んな意味で注目している生徒、坂井悠二の母、坂井千草だったのだ。
保護者と教師という立場、しかも一学期が始まったばかりということもあってか、会う機会はあまり無いが、最初の保護者会で顔は見知っていた。


戸惑う奏夜の横から、マスターが顔を出す。


「おやおや、二人とも顔見知り?」
「あ、こんにちはマスター。紅先生には、高校で息子がお世話になってまして」
「あらら、それは巡り合わせだ。奏夜くんはね、たまにここで働いてくれてるんだけど、千草ちゃんは会う機会が無かったね」


マスターが簡単に奏夜の紹介をし、奏夜はやや気後れしながら口を開く。


「えっと、坂井さんは……」
「まぁ、紅先生ったら。よそよそしいですよ。千草で構いませんわ」
「はぁ……、じゃあ千草さんは、ここの常連さんだったんですか?」
「はい、来る頻度は少ないんですけれどね。先生こそ、マスターと親しいようですけれど」
「あはは……、まぁ、色々と縁がありまして」


マスターと共に苦笑いを浮かべる。
ファンガイア絡みでの付き合いなのだから、説明しようにも出来ない。
その後、適当に談笑して、千草に注文の品であるコーヒー豆を差し出す。


――ここまでなら、思わぬ遭遇で片付けられたのだが、


「じゃあ奏夜くん、今日はもう上がって大丈夫だよ」
「あ、はい。分かりました」


マスターに会釈して、カウンターから出ようとした時、話は動いた。


「紅先生。この後、何かご予定はありますか?」
「? いえ、特にはありませんが」


でしたら。と次に出た千草の一言は、奏夜を混乱させるには十分なものだった。


「これから家で、お茶でもご一緒しません?」


◆◆◆


そして、現在に至るというわけだ。


断ってもよかった。
少なくとも現在の奏夜なら、キャッスルドランの時の扉を使ってでも、過去の自分をで止めにいくだろう。


アームズモンスター三人組の妨害が入るだろうが、なんならそれを振り切ってもいいくらい本気だった。
どれくらい本気かというと、力が力任せに自分を止めようが、ラモンが泣き落とししようが、次狼が音撃真弦・烈斬を振り回そうが、止まるつもりはなかった。


しかし、あの時点の奏夜は、断るに断れなかったのだ。


――千草の持つ、断ったらとてつもない罪悪感に襲われるレベルの、超・朗らかな雰囲気によって。
そんな複雑な葛藤の末、奏夜は坂井家に招かれ、こうして緑茶を啜っているというわけだ。


(一体何をビクついてんだか、俺は……)


さっきから緊張しっ放しだ。
まるで四年前に戻ったみたいに――


「紅先生?」
「えっ?」
「お口に合いませんでしたか?」


一口目で飲む手が止まっていたことに気が付く。


「ああ、いえ。別にそういうわけでは……げほっ」


慌てて飲み干そうとして噎せた。


「す、すみません……」
「ふふっ、いいえ」


みっともない奏夜の様子にも、千草はおっとりな対応だ。
何だか、逆に気恥ずかしくなる。


(……ああ、そうか)


朧気に、この違和感が何なのか気が付く。


――奏夜の交友関係は、その大体が“少し変わった事情を持つ人々”だ。
シャナや、ミステスである悠二のみならず、四年前に知り合った人間はほぼ、このカテゴリーに入る。
名護や恵等、今では多少毒抜けした人々も、変わる前だったその頃を知るからこそ、奏夜は普通に接していられる。


だが、千草は違う。


さして交友があるわけでも無し。それでいて、裏表がない。


総合的に言えば――


(俺苦手なんだ、こういう普通に“いい人”ってのが)


慣れていない、と言うべきなのかも知れない。
毒も何もない、健全ないい人との会話に。


(何なんだこの倒錯した人間性は……)


自分の持つ嫌な特異性に軽く沈みながら、取り敢えず奏夜は、話の矛先を逸らすことにした。


「坂井――お子さんはまだ帰っていらっしゃらないんですね」
「ええ。多分、クラスの誰かと寄り道してるんだと思います」
「クラスでも、それなりに交友関係は広いですからね。坂井のヤツは。当たり障りはあまりないでしょう。――まぁ、最近は微妙みたいですけど」
「……紅先生、失礼を承知でお聞きしたいのですが、それはシャナちゃん――ゆかりちゃんとの事でしょうか?」


千草から聞いた思わぬ固有名詞に、奏夜は一瞬首を傾げるが、すぐ納得する。


(キバットが言ってた鍛錬が坂井家で行われてんなら、平井について知っててもおかしくはないな)


しかしシャナちゃん、と来たか。


このおおらかな性格だ。
人間というものを知らないシャナがなついても、なんら不思議ではない。
千草本人も、シャナを娘のようなものだと思っているのだろう。
本気で、シャナと悠二の仲を心配していることが伺える。


奏夜は、苦手だなんだと言ってはいられないな、と気を引き締め直し、口を開く。


「ええ。少しお子さんから話を聞かせて貰いましたが、今回は、お子さんの方に問題があったようですね。平井の方にも、非がないわけではありませんが」
「そうですか……。申し訳御座いません紅先生、息子がご迷惑をお掛けしたようで」
「いえいえ、これが俺の仕事ですから」


頭を下げかけた千草を、慌てて奏夜は止める。


や、やりづらい……!
普段と違って、語るに一筋縄ではいかないようだ。
奏夜は、狼狽えた様子を直ぐ様抑え、話を続ける。


「けど、本当に可愛がっていらっしゃるんですね。お子さんもそうですけど、平井も」
「ええ。うちには、男の人しか居ませんでしたから、何だか娘が出来たみたいな気持ちなんです。ですから、余計に……」
「心配、ですか」


よく見ているなぁ、と奏夜は声に出さず感心する。


今朝の様子からして、悠二はシャナとのことを、千草には話していまい。
まして、シャナに関しては“紅世”のことさえも、千草はわからないはずだ。


曖昧ながらも、それに気付くというのは、千草の持つ聡明さに他ならなかった。


「――大丈夫ですよ」


敬服も含んだ微笑みを浮かべながら、奏夜は言う。


「お子さんにも、平井にも言えることですけれど、あいつらは大人びているようで、まだまだ未熟です。どちらも違う意味で、心の機微に疎い」


シャナは人の心を知らないから戸惑う。
悠二は人の心を知るからこそ迷う。
形こそ違えど、それらは全て、心の深さを知らない、幼稚な子どもの問題。


「要するに、鈍いんです。二人とも。こう言っては失礼になりますが、お子さんは多分、平井は当然として、自分のことさえもよくわかっていません。恐らく、今回のこともそれが原因だとお見受けしますが」
「はい。悪気があるわけではないのでしょうけど」


――もし悪気があったのなら、ぶん殴っている。
心の内に秘めた物騒な考えを引っ込め、奏夜は続けた。


「そういう隔てりがあったからこそ、平井とは“不完全”な形で喧嘩をしてしまったんでしょう。喧嘩をするなら、もっと真っ向からぶつからなければならない。
互いが互いを恐れる余り、何処か遠慮がちになるようでは、相手の本当の気持ちは伝わりませんからね」


喧嘩は決して悪いことではない。


一歩間違えれば、関係性の崩れる瀬戸際。
だが同時に、相手の本心を理解する、最大のチャンスだからだ。
それは、大人になればなるほど難しくなる。


だが、悠二とシャナは、


「あいつらは、まだまだひよっこです。だからこそ、いくらでも成長できるし、いくらでもやり直すチャンスも与えられている」


自らの過ちを正すことは、老若関係なく難しい。
だがシャナと悠二には、それに足る才気も、それに足る心も持っているはずなのだ。


だから奏夜は、きっかけを与えた。
時に紅奏夜として、時にキバとして。


二人の成長のため。
――二人の心の音楽を、更に輝かさせるため。


「俺から見ても、お子さんも平井も、見込みのある生徒だと思います。
坂井も今でこそ迷ってますが、普段は自分に出来ることを全力で頑張れる、いい息子さんです。ただ今回みたいに、それと同じくらい不安たっぷりでもあるんですけどね。
本当――教え甲斐がありますよ」


少し格好付けだったかな。と最後は冗談めかしく纏めた奏夜。
しかし、千草の反応は、


「――本当に凄い方なんですね。紅先生は」
「は?」


虚を突かれた奏夜に、千草が笑いかける。


「少し前、悠ちゃんと先生の話をしたことがあったんです。
あの子ったら、しきりに紅先生のことを『凄い人だ』って言うんですよ? 私はまだ、紅先生と形式的に話したことしかありませんでしたから、どういう意味合いなのかよく分からなかったんですけれど……」


千草の顔に浮かぶ裏表の無い笑みが、また奏夜をたじろかせる。


「悠ちゃんの言う通りでしたね。意味合いも何もなく、紅先生は本当に立派な方です」
「いえいえ、俺なんて。ただの若輩者に過ぎません」
「ご謙遜なさらないで下さい。悠ちゃんのことも、ゆかりちゃんのことも、本当に理解していらっしゃったじゃないですか。まだお若いのに、そうそう出来ることじゃありませんわ」


そんなわけがない。


こんなことが出来る人なんて、いくらでもいる。
ただ、自分が“そういう”人間だったから。
“他人の心を理解出来ず、迷ってばかり”の人間だったから。


その手の話に慣れているだけなのだ。


「“凄い”なんて言葉、俺には似合いませんよ。そういうのは近い将来、坂井みたいに可能性のある奴にこそ、似合ってくるもんです」
「いえいえ。家の悠二なんかまだまだです。少なくとも、女の子を泣かせてるような体たらくでは」
「……む。それには、恐れながら同意します」


お互いの言い種にしばらく沈黙し、奏夜と千草はどちらからともなく吹き出した。


奏夜は思う。
この人は、何となく苦手だ。
しかし、




とにかく“いい人”だ。




(坂井のお母さんとは思えないよな)


母の聡明さに感服する一方で、さらりと息子の不甲斐なさに呆れる奏夜だった。



◆◆◆


奏夜はそれから約一時間後、坂井家からおいとました。
まぁ、それなりに長い時間話していれば、千草の朗らかさにも慣れてくるし、事実、彼女と話しているのは楽しかった。


しかしこのまま行くと、夕飯までご馳走になりそうな雰囲気になったため、その善意100%の誘いを丁重にお断りし、奏夜はお茶会を切り上げたのである。


「いつの時代でも、母は強しってか」


真夜然り、過去で出会った恵の母、ゆり然り。


親子の絆というのは、及びがつかないくらいに強いものだ。
千草は悠二を愛しているだろうし、シャナのことも同じくらい可愛がっている。


――それだけに、つらい。


“零時迷子”という稀有な宝具を宿していようとも、本当の坂井悠二は死んでいる。
いずれはその矛盾が、別れをもたらすだろう。
そしてその時、シャナもまたここを去る。


――だがそれでも。


「残せるものはあるはずだ」


音也がブラッディローズに込めた祈りが、22年の時を越え、奏夜を導いたように。
人の絆は、時間などに負けはしない。


『紅先生。これからも、悠二をよろしくお願いします』


別れ際、千草が奏夜に言ったことを思い出す。


「――ええ。出来うる限りのことはさせて戴きますよ」


その際の返答を反芻する奏夜。
生徒を導く。それが自分の仕事だのだから。


「さてと、キャッスルドランに寄って帰……?」


そうして、坂井家の敷居から立ち去ろうとした時だった。




「うるさい!」




庭から鋭い声がする。


(……平井、か?)


見つかる危険もあったが、好奇心に負けた奏夜は庭に回り込み、物陰からこっそりとその様子を窺う。


(……あ)


一瞬で後悔した。


塀際の茂みの中に、シャナはいた。
キバとなった奏夜と別れた時のまま、ボロボロの格好で。
そしてその前には、悠二が開口一番怒鳴られた衝撃からか、戸惑った顔で立ち尽くしていた。


「……シャナ?」
「うるさいうるさいうるさい! なにが、どうした、よ!」


シャナは立ち上がり、激情にまかせた言葉を、燃えるような眼光と共に悠二へぶつける。


(うーん、これは退散した方がよさそうな雰囲気だよなぁ……)


だが居心地が悪そうにしながらも、奏夜はそこを離れられなかった。


――魅せられていたから、かもしれない。
美しいまでに輝く、心の音楽のぶつかり合いに。


「おまえのせいなのよ! おまえのせいで、もう、私、全部、無茶苦茶なんだから!!」
「――――!!」
「戦ってるときも! 戦ってるのに! おまえのせいで!! わざわざ、“あいつ”に、助けられなくても良かったのに!」


要点がまるで繋がらない言葉。


それを聞く悠二の心の音楽は、また乱れていた。
しかし今までとは違う、乱れ方だ。




――シャナが、自分のせいで負けた。




自分のことなど、必要でないはずの彼女が。


悠二の価値観を破壊するには、十分だった。


「全部おまえが悪いんだから! おまえがあんな、あんなことするから!」


――次の瞬間、悠二は、何かに駆られたように、シャナを抱き締めていた。


「………」


奏夜は無言のまま、顔を背けた。
代わりに目を閉じ、二人の声と、心の音楽だけを聞き取る。


「ねえ! これ、悔しいんじゃない! 怒ってるんでもない! これが、悲しい、なのよ! なんで私、みんな、悠二、おまえが悪いのよ!」
「……うん。ごめん」


意地を張っていた自分を恥じる言葉。
砕けた関係性を繋ぎとめる、絆の鎖。


「いじわるして、ごめん」


耳を突く二つの音楽には、確かな心が籠っていた。


今までの空虚なものではない。
ただ、剥き出しの感情をぶつけ合う。
真っ向からぶつかり、相手の魂を感じ合うこと。


(――そうだよ。坂井、平井。それでいいんだ)


自分を偽っても、何も始まらない。
やりたくもないことを、やらなくていいんだ。


ただ、心の声に従えばいい。


「こんな! こんな気持ちになるのは嫌!!」
「……うん。ごめん、ごめん」
「――っ、もっと強く! もっと強く!」


詰襟の縫い目が破れるくらいに、シャナは悠二を引っ張る。


悠二はただ、シャナを抱き締め続けた。
彼女の存在を感じるかの如く。


「うん」
「もっと強く!!」
「うん」


そして少女は、少年に望む。
自分の心の声が、少年に求める願いを。




「……もっと、強くなってよ……!」




「――うん、なるよ」




だから、泣かないで。


少女の願いに、少年は応える。
自らの弱さと、確固たる意志を噛み締めながら。




奏夜はゆっくりと、物陰から立ち去り、坂井家を出た。
その表情には、満足そうな笑みが浮かんでいる。


「強くなれ、か」


――ふと、あの黄金の魔剣を引き抜いたことを思い出す。


かつては自分も願ったこと。
大切な人を守るために、奏夜は力を欲した。
人の心に流れる音楽を守るために、奏夜は強くなりたかった。


キバとしての力が、人間とファンガイアの架け橋となる力が、きっと、自分とあの人を繋ぎ合わせてくれる。
きっと、想いを通じ合わせることが出来る。




そう――信じていた。




「強くなれよ、坂井、平井」


儚さを帯びた口調で、奏夜は願う。






「俺のようにだけは、絶対になるな」
  1. 2012/03/19(月) 12:59:45|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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【感想】特命戦隊ゴーバスターズ Mission4.特命と決意

・ヒロムとヨーコ、こればっかりは長官が正しいよ……生死確認すべきか否かはさておいて。
やっぱり長官のキャラは、大局を見れる厳格な人って感じなのね。
………うん、こんな検証しながらも、EDの長官のノリノリダンスでまたキャラがわからなくなるんだが(笑)

・リュウさんマジお父さん。この人ホント癒やしだわ。

・不覚にも言葉を失ったwwwエンター道の途中で何やってんだwww
わざわざ机用意したのかwww

・メタロイド「人も物も、この世の全てを切る!」
エンター「私のノーパソ切ろうとするなよ……」
すみません。あの時のエンターの顔がこう語っていたように見えたもので……w

・「うざい!」
「馬鹿?」
ヒロム君マジストレート。

・「こんなのどうでも……」
なんかヒロム君、最初の頃の映司と似た危うさを感じるなぁ……。
ここで「こんなの大丈夫」じゃなく「どうでもいい」って言ってるあたりが。
このあとの「無茶はします」とか、結構後半でマズいことになりそうな気が……

・ゴーバスターエースの格好良さがホント反則。使い回しとわかっていても、あのブースターで飛ぶ映像には痺れます。

・相変わらずの紙装甲たなエネトロンタンク……。

・なんというごり押しのバリア攻略法w
・お、コックピットの裂け目とか細かいな。

・「例えお前達でも囮に使う!」
長官厳しいなぁ……けどこれで、ゴーバスターズが『組織』だって強調できたわけだし、いい演出だな。

次回……え、熱暴走ってそういう意味なのか!?
  1. 2012/03/18(日) 19:57:01|
  2. 【感想】特命戦隊ゴーバスターズ
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【感想】仮面ライダーフォーゼ 第27話.変・身・却・下

蟹さんが輝いてますね今回。

・ナゲットのフードロイド。あったな昔にこれと似たような武器が……ほとんど捨て設定に近いゼクトマイ(ry

・流星なぜカメラ目線だwwそしてフラグ立てんなww

・前サブライダーのバースはパワーアップがなかったから、結構期待してます。
そして相変わらずのてれびくんバレェ……

・理事長のギアスぱねぇ……。

・「私の扱いが非常に軽い……」
安心しろ校長。昔のアンタもピーコックとギラファ戦以外はそんな感じ(ry

・一人プラネタリウムww落語口調といいこの蟹ホント素敵すぎww

・弦太郎の爺ちゃん、何やら黒十字総統らしいですね。ホントフォーゼは特撮OBが多いなぁ……。

・「難しいことを仕事にしてた」らしい弦ちゃんの両親。
両親が他界してるのは主役ライダーにはよくありますけど……伏線ですかね。

・「上手く行き過ぎちゃって、あたしがびっくりだわ」
激しく同意ww
流星ポカミス過ぎんだろ……

・相変わらず(ギャグ的な意味で)イカレてるユウキと友子の感性……そして賢吾、「この鍋、深いな」って(笑)

・流星の異変にすぐ気付く友子がもうさぁ……流星の去り際本気で心配しそうなことがわかる友子がもう可愛い過ぎて可愛い過ぎて……。
キグナスの時から色々フラグ立ってましたけど、本当この二人の絡みは楽しみです。

・変身BGMの大切さがとても良くわかりました本当に(ry
タチバナさん、失敗に対するジャッジ厳しいな。

・「や~ら~れ~た~ってのは嘘なわけで~」
だから蟹お前www

・キャンサーの超新星はなかなか良い……理事長の言葉からして、蟹は園ちゃんよか才能あるってことか?


次回は新フォーム。槍とか竿とかを除くと、純粋な棒術ライダーってレンゲル以来か?
  1. 2012/03/18(日) 19:24:17|
  2. 【感想】仮面ライダーフォーゼ
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第六話・カルテット/心の声を聞け!.後篇


「やれやれ、自在法の震源を突き止めたと思えば、よりによってここかよ……」


愚痴りながら、奏夜はヘルメットを外す。
紅邸を飛び出したシャナを追うべく、マシンキバーを走らす奏夜が辿り着いたのは、フリアグネとの決戦の舞台となった、あの廃デパートだった。


あの戦いは『爆発事故』で片付けられているが、それでも未だにブルーシートがあちこちに張られ、バリケードとなるカラーコーンも置いてある。


「屋上に封絶が張られてるな」


頭上を見上げながら、キバットが言う。


「多分平井と『弔詩の詠み手』がドンパチやってんだろ。……平井もツラいだろうな。『なんてところにいるのよ』か。全くその通りだな」


この場所は否応なしに、悠二のことを思い出させるはず。
ただでさえ落ち着きや冷静さが欠如している今のシャナへ、更に追い討ちをかけるファクターだ。


「んじゃま、課外授業の監督に行きますか。――キバット!!」
「よっしゃあ、キバッて行くぜぇ!!」


奏夜が翳した手に、キバットが勢いよく噛み付く。


「ガブッ!!」


ステンドグラスの紋様が奏夜の顔に浮かび上がり、鎖となって腰に巻かれたキバットベルトにキバットが止まった。


「変身!!」


奏夜を覆う光の鎖が弾け飛び、その姿をキバへと変えた。


「はっ!!」


常人離れした跳躍力で、近くにある建物から建物へと飛び移りながら、キバは屋上へと文字通り駆け上がった。


マシンキバーは決して遅いバイクではないが、フレイムヘイズたるシャナと比較すれば、後者が圧倒的に速い。


間に合っているといいのだが。


段々と、屋上の景色が見えてくる。
紅蓮と群青の炎の中に、炎髪を靡かせるシャナと『トーガ』を纏うマージョリーの姿も視認出来た。


「とうちゃ~くっと」


上手く着地地点を調節し、二人の目を盗んでキバは屋上に降り立つ。
そこは丁度乗降口で死角になっており、影から戦いの様子を知ることが出来た。


「むっ、シャナちゃん劣勢?」
「みたいだな」


そう言っている内にも、シャナは獣が振り上げた右腕の一撃を喰らい、コンクリートの床に叩きつけられた。


「ぐ、う……」


瓦礫の山からふらふらと、贄殿遮那を杖代わりにしてどうにか立ち上がる。


「……本当にガキみたいな戦い方だな。ほとんど本能で攻撃してる上に、反撃とか防御とか、攻撃の繋げ方もすっ飛んじまってる」


悠二とのいさかいで心乱れているのは解るが、不甲斐ない。
敗北したとはいえ、キバの鎧と互角の戦い方をした存在とは思えなかった。


キバの抱くそれは、マージョリー側も同じらしく、


「あんた、本当にあの『炎髪灼眼の討ち手』? 本当にあの“狩人”をブチ殺したの?」
『ちいっと弱すぎんぜ。これだったら昨日の兄ちゃんの方がよっぽど歯応えがあったなァ。それとも、“狩人”が噂ほどでもなかったのか、ヒャッハ!』


獣の口元から顔を覗かせたマージョリーとマルコシアスが言う。
さすがのキバでも、フォローの言葉が見つからなかった。


「も、あんたいいわ。これ以上邪魔しないってんなら、あと一撃で見逃したげる」
『そだな。あんま楽しめねえし、でけえの一発でシメにすっか』


マージョリーが再び顔を引っ込めた途端、周囲を浮かぶ火の玉が勢いよく燃え上がる。


『月火水木金土日、誕婚病葬、生き急ぎ』


――破壊の旋律が紡がれる中、キバはシャナの唇が僅かに動くのを見た。


「……どうして」


悔しさに顔を滲ませながらも、シャナはまだわからないようだった。


何故、悠二がいないことが不満なのか。
何故、自分の中の『なんにもならない』気持ちが消えてくれないのか。


『ソロモン・グランディ♪』


火の玉が七本の炎剣に変わり、シャナの周りに突き刺さった。
と同時に、獣の中で膨大な存在の力が圧縮される。


「お、おい奏夜! アレやべーんじゃねぇか!?」
「……」


逸るキバットに対し、キバは無言でシャナを見るだけだ。


「奏夜、何ボサッとしてんだよ!! あんなもんマトモに喰らったらいくらシャナちゃんでもただじゃ済まねぇぞ!」


キバは動かない。
まるで何かを待っているかのように。




『はい、それまで、よッ!!』




マージョリーが最後の詞を詠み終え、獣の口から群青の業火が吐き出される。




炎が小さなその姿を飲み込む直前、キバはシャナの心の音楽を聞いた。




「……悠二」





奏でられたのは、一人の少年の名前。


「――遅いんだよ」


キバの呟きと共に、シャナは屋上から放り出された。 ――奇しくも、フリアグネから落とされた場所から。


ただ――あの時と違うのは、シャナの表情が苦悶に満ちていたこと。


彼女が落ちた川の波紋が、燃え上がらなかったことだ。


◆◆◆


「………」


探査の場を荒らしたシャナを排除したマージョリーは、トーガの中で僅かに顔をしかめた。


「……マルコシアス」
『あぁ、気のせいじゃあなさそうだな。俺にも見えた』


勝利に酔いしれる間もなく生じた、一抹の違和感。そう、二人には見えたのだ。


――シャナが突き落とされる瞬間、彼女の前に現れた、コウモリを模した紋章を。


紅の魔皇力によって生み出されたシャナを庇い、群青の業火から彼女を守った。
タイミングこそ外れ、シャナは下に落ちてしまったが、それでもダメージはかなり緩和されただろう。


『ヒャーッ、ハァ!! 今日は客が多いなぁ!! そのくせ“屍拾い”には現れねぇってか、因果な話だぜオイ!!』
「お黙りバカマルコ。――出てきなさい」


つり上がった目付きのまま、乗降口付近に目をやる。




金属が擦れるような甲冑の音を鳴らして、異形の王が現れた。




「やっぱりアンタか」
「ご挨拶だな、『弔詩の詠み手』マージョリー・ドー。わざわざ俺が訪ねて来てやったのによ」
「思ってもないこと口にするもんじゃないわよ。何? アンタって意外と軟派なワケ?」
「おいおい、言葉に気を付けた方が良いぜ。俺は『軟派』という言葉にいい思い出がないんだよ」


唯一尊敬する人間の、唯一尊敬したくない部分を重ねられ、キバは仮面の下で眉をひそめた。


「それで? お前達は相も変わらず“屍拾い”とやらを探しているわけか。俺が処理すると言ったはずなんだがな」
「アンタに指図される謂れは無いわ。ファンガイアが“紅世”の事情に首突っ込むもんじゃないわよ」
「そうもいかねぇな。俺様達にとっても、この街は意味がある。退けと言われてハイそうですかと納得はできねぇさ」
『そいつぁ、俺達にも言えることじゃねぇのかい、コウモリくん? ヒッヒヒ!』


キバットとマルコシアスにも、険悪な雰囲気が否めない。


「わからないわね。アンタ何しに来たのよ。昨日はケンカ売ってきたと思ったら、尻尾巻いてとんずらしちゃうし」
「言ったろ。俺はお前の邪魔をすると。――まぁ、今はちょっと喧嘩してる暇は無いんだけどな。下に落っこちたヤツを早めにピックアップしたいんだよ」
「……ああ、アンタあのチビジャリと知り合いだったんだ。
まったく、とことん軟弱なもんね。仮にも“天壌の劫火”のフレイムヘイズが他人と、しかもファンガイアの王と仲良しごっこなんて。弱いならいざ知らず、手を組む相手も選べないのかしら?」
「ふむ、確かに『今』のあいつが弱いのには同意しよう。だが、仲間とか手を組むとかいうのとはちょっと違うな」
「……?」


首を傾げる獣に、キバは宣告する。


「俺は教師で、あいつは生徒だ。可愛げの無いヤツだが、俺にはあいつを監督する義務があるんだよ」


キバとシャナの事情を知らないマージョリーの頭には、疑問符しか浮かばない。
だが、逐一説明してやる義理も義務も無かった。


「ま、それに関してはいいさ。俺はさっさと『炎髪灼眼の討ち手』を回収したいんだ。勝負ならまたしてやるから、そこどいてくんねぇかな」
「はッ! 冗談でしょ、正面切って邪魔をするなんて言ってきたヤツを、このまま逃がすもんですか」
『ヒーッハッハー!! 兄ちゃん、前回は消化不良のまま終わっちまったんだ、少しは付き合ってくれてもバチは当たんねーだろぉ!?』


沈静化していた群青の炎が再び弾ける。
シャナの違う色の存在の力が、キバの眼前に展開された。


「やれやれ、どうしてこう俺の周りには、面倒事しか集まらないのかね」
「お前が面倒事に首突っ込んでるからだろ。お前さんはもっと楽に生きるべきだと、俺様は常々思ってんだがな」
「っはは、違いない」


キバットの淡々とした意見に苦笑し、キバも腕を広げ、構える。


「第二ラウンドってとこかしら?」
「ファイナルラウンドかも知れないぜ?」


実力者の余裕。
敵と相対する高揚。
群青の炎がパチリと跳ねたと同時に、それは全て闘争本能に還元された。


『ハァッ!!』


第二ラウンドか、はたまたファイナルラウンドか。
経過と結果はどうあれ、キバと『弔詩の詠み手』の第二戦目が、こうして幕を開けた。

◆◆◆


――キバ、そしてマージョリーの激突から遡ること一時間。
坂井悠二は、吉田一美と共に、彼女の弟への誕生日プレゼント探しに付き合っていた。


本来なら、二人の友人であるところの池速人も一緒だったのだが、彼本人の粋な計らい(空気を読んだ、とも言う)により、現在は二人きり。
吉田がその間、ずっと顔を紅潮させっぱなしだったのは言うに及ばずだが、沈んだ気分にプラスして、その姿を微笑しく思ってしまう悠二に、その真意は伝わらない。


奏夜が指摘した通り、彼は元来鈍いのだ。


「ずいぶん歩いたし、少し休もうか」
「は、はい」


御崎アトリウム・アーチと呼ばれる高層ビルの広場にて、悠二は吉田にそう提案した。


「何か飲みたい物ある?」
「えっと、それじゃあオレンジジュースを…」
「うん、わかった。買ってくるから、そこのベンチで待っててよ」
「はっ、はい!」


悠二と吉田の朗らかな会話。


――その和やかに続く会話を引き裂いたのは、すぐ近くで上がった悲鳴だった。


『!!』


驚いた二人が悲鳴の上がった方に目線を向ける。


「ごちゃごちゃ騒ぐな、どきやがれ!」


見ると、ボサボサの髪に眼鏡をかけた中年男性が、女性の首筋に先端の尖った傘を突き付けながら、周囲の人々を威嚇していた。


余りにも衝撃的な光景に、吉田はびくりと肩を震わせ、身体を強張らせる。
片や悠二は、驚愕に支配されながらも、冷静に思考を巡らせていた。


あの男、見たことがある。
数日前に都内の収容所を脱獄して、指名手配になっている殺人犯だ。
ニュースでも取り上げられて、悠二もそれを目にしている。
慌てぶりから察するに、警察に見つかりでもして、人質を取りながら逃走中、というところだろう。


(それなら警察の人も直ぐ来るだろうけど、でもその間、人質の人が無事でいる保証は……)


沈み込んでいたとは思えないほどの頭の回転の速さだったが、状況が把握出来ても、今の悠二では何も出来ない。
何かを成すだけの強さを持つ少女も――今はいないのだ。


(くそっ! これで一体何度目だ? 悔しい……なんてちっぽけなんだ!)


お前は何もわかっちゃいない。
奏夜から受けた言葉の刃が、再び悠二を斬りつける。


何だ、何がわかってないんだ?
何がわかれば、このちっぽけな存在を変えられるんだ?


重く、苦々しい、自分の弱さを噛み締める悠二。
その間、状況にも動きがあった。


犯人の前に、スーツを着込んだ男性が躍り出たのだ。
顔は良く見えないが、警察の人間だろうか。


「杉村隆! もう逃げ場は無いぞ、大人しく捕まり、罪を償いなさい!」
「うるせぇ!! こんなところで捕まってたまるかよぉ!」


杉村と呼ばれた犯人は、人質だった女性を男性に向かって突き飛ばす。
男性が慌てて人質の女性を受け止めた隙に、杉村は再び逃走を始めた。


「待て!」


人質の女性を近くにいた群衆の一人に預け、男性は杉村を追いかける。
だが、スタートダッシュにタイムラグがあった分、杉村にアドバンテージがあった。


――そこまでいって、悠二は気が付く。


杉村の走る延長線上には、何がある?


杉村の逃走ルート。
悠二のいる方向に向かっているものの、この辺りは広場であるからして、道幅が広い。悠二からはやや逸れた道を杉村は走ってきている。




そう――悠二から少し離れた場所にいる、吉田一美に向かって。




「吉田さん!!」
「っ!」


悠二が呼び掛けるが、吉田は動けない。
日常有り得ない恐怖は、人の精神、肉体を簡単に縛ってしまう。


「どけぇ!!」
「ひっ」


元々引っ込み思案な性格の吉田だ。
杉村の怒号は完全に追い討ちとなる。


吉田が退かないと判断した杉村は、もはや凶器となった傘を振り上げる。


「危ない!!」


もはや理屈も何もなく、悠二は吉田の前に躍り出ていた。


「坂井くん!?」
「どけって言ってんだろーがぁ!!」


対象が変わっただけで、杉村の手が止まる筈はない。
振り上げた傘は、容赦なく悠二へと降り下ろされる――




はずだった。




「っ!?」


杉村の手が止まった。


その場にいた全員が驚く。
しかし、一番驚いたのは杉村だった。


なぜだ? 手を止めるような理由は何もなかった。
だが傘を振り下ろす刹那、悠二の眼を見たと途端、何かに縛られるかのように凶器を持つ手が動かなくなったのだ。


――土壇場で、感情の統制が効かなくなった悠二が見せた表情。
それは吉田を傷付けようとした、杉村に対する敵意。
杉村を止まらせたのは、その敵意だった。




零時の狭間をさ迷う迷子。
その奥に眠る深い深い“銀色”の怒りに。




「杉村!」
「っ!」


傘を止めていた手を別の掴む。
先ほど杉村を捕らえようとした青年だ。


「悔い改めなさい」


強烈な右ストレートが、杉村の顔面を打ち抜く。
完全に不意を打たれた杉村は、その一撃で地に沈んだ。


激痛に悶えながらも暴れる杉村の右腕を後ろで押さえ、青年は杉村の服から器用にボタンを一つ千切る。


「記念に戴いておく。更正し、罪を購え」


青年は着ていた背広を使って杉村を縛り上げた。


「驚かせてすまない。怪我はないか?」
「は、はい。大丈夫、です……」


涙声でしきりに頷く吉田。
次に青年は悠二に目線を移す。
そこで悠二は、始めて青年の姿をはっきりを視認する。


「あっ」
「君は……」


青年――少し前、白い騎士となって悠二を助けた名護啓介もまた、彼の姿を見て声を上げた。


◆◆◆


杉村を警察に引き渡した後、名護は後ろにいた悠二と吉田を振り返る。


「こんなところで出逢うとは、奇妙な縁だな、少年」
「……? あの、坂井くん、お知り合いなんですか?」
「……うん、まぁ」


悠二は曖昧に言葉を濁す。
まさかあんな非日常的な場面で出逢ったなどと、口外出来たものではない。


「警察の方だったんですか?」
「いや。だが似たようなものだ」


名護もまた、自分の素性をぼかした。
『素晴らしき青空の会』は、一般人には知られてはならない存在だ。


「――しかし、さっきは見事だったな。君のおかげで杉村を捕まえることが出来たよ、ありがとう」
「いえ、そんな。大したことは何もしてないです」


偶然杉村が止まったから良かったようなものの、あのままなら自分も無事では済まなかった。


自分の身を省みず他人を守っても、それは意味がない。
自分が傷ついた分だけ、他人を傷つけるだけなのだ。


それに、


(――シャナの凄さには、全然及ばない)


名護は、悠二の顔に浮かんだ憂いの表情を見逃さなかった。




――ふっと、ある少年の顔が彼と被る。
落ち込んでばかりだが、何度挫折しても、立ち上がってきた少年の姿が。




「……いや、君の取った行動は正しいものだった」
「えっ?」


落ち込んだ悠二を名護は労いつつ、悠二に諭す。


「確かに無謀な部分は否めない。しかし、人間は何かを守りたいと思う時、理屈ではない行動を取ることもある。それに良し悪しはないんだ。
君は正しいと思ったからそうしたんだろう?なら、自分を卑下してそれを後悔してはいけない。――現に、君は彼女を助けているんだ。もっと自分を誇りなさい」


肩を叩き、悠二と吉田の間を通り、名護は立ち去っていく。
悠二は叩かれた肩を見て、慌てて名護の後ろ姿を追う。


「あ、あの!」


再び振り返る名護に、悠二は聞く。


「名前……、教えてくれませんか?」

「名護だ、名護啓介。まぁ、他に何か相談事があるなら、この先にあるマル・ダムールという喫茶店に来なさい。大抵はそこにいる。『君の身に振りかかったこと』については話せないが、それ以外なら何でも聞こう」


さりげなく、イクサや燐子の言及を封じて、今度こそ名護は広場の階段の向こうへと姿を消した。


「凄い、人でしたね……」
「……うん」


吉田の感嘆に、悠二も同意した。
しかし心の内では、ずっとさっきの名護の言葉が引っ掛かっていた。


『人間は何かを守りたいと思う時、理屈ではない行動を取ることもある』


それは――フリアグネの時にも思った。


シャナを助けたい。
それは自分に何が出来るかではなくて、ただ悠二自身がやらなければならないと、心に決めたことだった。


けど、


(……ならなぜ、あんな言葉を吐いたりしたんだ……あんな言葉を吐かせた僕の胸の奥は、どうなってるんだ、あの時の力は、いったいどこに行ってしまったんだ……)


さっきは、そう思えたのに。
ただ、助けたいと。


吉田を助けようとした時にはそう思えたのに、またすぐ、その気持ちは霧散してしまった。


(……先生、僕に、何がわかるっていうんですか。自分のこともわからないのに、その上シャナの気持ち、なんて)


シャナが抱いたものと同じ疑念。
その答えを、悠二はもうすぐ得ることになる。




とある“徒”によって。


◆◆◆


舞台は変わり、御崎市廃デパート、フリアグネの忘れ形見、宝具『破璃壇』の安置場所。


「あれ? 戦う相手が変わった?」
「ああ、みたいだな」


奏夜受け持ち一年二組のクラスメート、佐藤啓作と田中栄太らは、自分たちを『非日常』へと誘った存在、マージョリーとマルコシアスの戦いを、彼女の残した盤によって見ていた。


不鮮明な映像には、不可思議に蠢く影がある。
さっきまでマージョリーと戦っていたフレイムヘイズとは違う姿だ。


「さっきのフレイムヘイズは、姐さんが倒したよな。じゃあ、今姐さんは、誰と戦ってるんだ?」
「さぁな、ただ……」


佐藤の質問に、田中は自分の疑問を告げる。


「なんか、戦い方がさっきとは全然違う」
「? そりゃあ、相手が違うんだから当たり前だろ」
「そうじゃなくてさ。ほら、炎を全然使ってないってことだよ」
「あ……」


佐藤も気付く。
先ほどからマージョリーは、自分達に幾度か見せた『ジザイホー』という力で戦っていたが、それらは全て炎を使う物。
マージョリーと戦っていたフレイムヘイズも、僅かながらに炎は使っていた。


しかし、今戦っている影にはそれが見られない。
ほとんど肉弾戦で戦っているらしかった。


「……フレイムヘイズじゃない、“徒”って奴らでもないってことか?」
「んなもん俺に分かるかよ。何となくそうなんじゃないかって、思っただけだ」


二人は、再び盤へと視線を戻した。


と、マージョリーと戦う影が、何かを取り出す。
映像が鮮明でないから分かりづらいが、影はそれを、自分の腰あたりに持っていく。


「なっ!?」
「うわっ!!」


佐藤と田中が声を挙げる。
影は一瞬で、生物的なデザインに、手には銃を携える姿へと変わっていたのだ。


◆◆◆


「お前には、これが丁度いい」
『バッシャーマグナム!』


キバットが緑色のフエッスルを吹き鳴らすと、キャッスルドランから射出されたバッシャーの彫像が、キバの手に収まった。
彫像はバッシャーマグナムに変形し、腕と胸部が緑色の装甲、スケイルアームとスケイルラングに覆われ、キバの仮面にバッシャーの幻影が重なり、その色を緑に染め上げる。


キバットの瞳も同色に変わり、『キバ・バッシャーフォーム』への変身が完了した。


「フン!」


トリガーを引き、獣へと水の弾丸を発射する。
寸分違わず、弾丸はヒットするが、その中身は空。


「あっははは! ハズレー!」
『つ~ぎは当たるかな? ッヒャッヒャ!』


周囲からは、エコーのかかった声が重なって聞こえてくる。


炎弾を利用して作られた、トーガの獣の分身体。
優に四十はいる獣へ、キバは手当たり次第にバッシャーマグナムを撃ちまくる。
だが、また空。
そして分身は増えていき、炎弾を浴びせてくる。


「ちっ!」


地面を転がってそれを回避し、バッシャーマグナムを構えながら、本物のマージョリーを探す。


『ヒャハハハ! んな豆鉄砲じゃあ、百万発撃っても俺達にはブチ当たんねーぜぇ!?』


マルコシアスの挑発に、キバットはニヤリと笑う。


「ふっふ~ん、本当にそうかなぁ?」


キバがバッシャーマグナムの後部を、ベルトに止まるキバットにくわえさせる。


『バッシャー・バイト!』


キバットのコールと共に、キバは円を描くように腕を動かす。
すると、赤い霧が、夜の帳が、昼の空を包み込む。


「なっ!」
『夜とォ!?』


マージョリーとマルコシアスの驚愕をバックコーラスに、夜は更に深みを増し、気が付けばキバと獣の立つ地面には、バッシャーフォームのテリトリーたる、大気中の水分で作り出した『アクアフィールド』が生成されていた。
そして唯一の光源たる半月は、バッシャーフォームの力を最大限引き出すためのもの。


「ハァ~~~ッ!」


キバは祈りを捧げるかの如く、半月に向けて手を広げ、バッシャーマグナムを翳す。
マグナムに付帯したヒレ、トルネードフィンが回転し、アクアフィールドの水を巻き上げる。
さながら竜巻のようにキバを取り囲む水流は、バッシャーマグナムの発射口に凝縮され、一つの大きな水球を作り出した。


「俺からのプレゼントだ。――ハァッ!」


獣の大群に銃身を向け、トリガーを引く。
バッシャーフォームの必殺技『バッシャーアクアトルネード』が、獣目掛けて射出された。


水の弾丸は、まるで意思を持つかのように弾道を変えながら、トーガの獣を蹴散らしていく。
あっという間に分身は排除され、残る獣はただ一匹。


「っと!?」
『危ねッ!!』


獣はどうにか身体を反らし、水球をかわすが、


『無駄無駄。僕の弾丸は標的に当たるまで止まらないよ♪』


バッシャーマグナムから聞こえるラモンの声が言うように、『バッシャーアクアトルネード』にはキバの魔皇力が籠められており、その弾丸は狙いを定めた敵をホーミングし続ける恐ろしい技だ。
しばらく弾丸をかわし続けていた獣も、やがて水球を捉えきれなくなり、


「っぐ、うあっ!!」


トーガの獣に水球が着弾し、その身体にバッシャーの文様が浮かんだかと思うと、微動だにしなくなった。
『バッシャーアクアトルネード』により、物質としての結合が緩くなった獣にキバは近付き、


「フン♪」


キバが人差し指でちょんと触れただけで、トーガの獣は簡単に砕け散った。
中にいたマージョリーにも、ダメージが加算される。


「っ、はぁ、はぁっ……!!」


髪から水を滴らせながら、マージョリーはつり上がった眼差しで、周囲を見渡す。


しかし、キバの姿はもう何処にもなかった。
マージョリーに止めを刺す気は無かったようで、キバは本来の目的であるシャナの救出に向かったようだ。


『よ、よぉ。無事か? 我が麗しの酒盃、マージョリー・ドー?』
「……えぇ、何とかね」


清めの炎で滴る水を消し、マージョリーはグリモアを抱えて立ち上がる。


『ったく、とんでもねぇ野郎だぜ。異種族の力を完璧に使いこなすたぁな。しかも前の狼とは違ぇ奴を使ってやがった』


フレイムヘイズで言うなら、複数の王を従えているようなものだ。


『どーするよ? あの嬢ちゃんに比べて、キバは面倒だぜ。俺からすりゃあ、ブチ殺し甲斐があるってもんだが、“屍拾い”を先に見つけられると面倒だな。ヒッヒ』
「……ふん。向こうは探査の自在法も無いんだから、トーチに寄生して姿を隠してるラミーの野郎を見つけんのは無理よ。乱入してくんなら、次こそブチ殺してやるわ」
『ヒャーッハッハ!! 勝利の余韻が消されてご機嫌ナナメってかブッ!』
「お黙り」


マージョリーは沸き立つ敗北の苛々を、本をブッ叩くことで解消した。


◆◆◆


その頃、ビルの真下を流れる真名川の水面に、気泡が浮かんだ。


気泡は次々と生まれ、やがて水飛沫を立てながら、キバが飛び出し、岸の堤防に着地する。
その左手には、川に落ちたシャナが、ずぶ濡れになりながらも掴まっていた。


「ご無沙汰だな、“天壌の劫火”」
『キバ……! 何故ここに?』
「なに、ただの成り行きだ。気にしなくていい」
『……いや、礼を言わせて貰おう。手を煩わせたな』


コキュートスから聞こえるアラストールの普段と同じ声音に反し、シャナは先ほどから一言も喋らない。


目が完全に沈み込んでいる。


「――酷い顔だな」


シニカルな口調のまま、ついでにと思い、シャナへバッシャーマグナムの銃口を向け、ぼろぼろになった彼女の制服から水を吸い出した。


『ちょっと! 僕の力を脱水機代わりにしないでよね!』
「あー、悪い悪い」


ラモンの抗議をやんわりと流し、キバはシャナへと語りかける。


「『弔詞の詠み手』との戦い、見させてもらった。――実に無様だったな」


口から出たのは容赦ない叱責。
しかし、シャナにはもう言い返す気力すら無かった。


「なんだアレは? 考えも何もなく、突っ込んでいくバカが何処にいる。――事情は知らないが、大方あの“ミステス”とつまらない言い争いでもしたんだろう」


ピタリと言い当てられ(当たり前ではあるのだが)、シャナは肩を震わせ、膝を抱えて顔を伏せてしまう。


(こりゃ、ちょっと灸が効きすぎたかな)


キバは溜め息をついて、シャナの隣に座る。


「……詳しい内容には、知らないし興味もない。だが『炎髪灼眼の討ち手』。お前がやらなきゃならないことは、『弔詞の詠み手』と戦うことだったのか?」
「……?」


急な問いかけだった。


世界のバランスを守る。それを乱す者を止める。
それが、自分の使命だ。
間違ってなど、いない。


「世界のバランス? ふん、だからバカだと言うんだ」


キバはシャナを見ながら、ぴしゃりと言い放つ。


「フリアグネの時も言ったはずだ。自分の心を偽るなと。雑念があるまま戦って、果たせる使命などあるわけがないだろう。
ましてや世界のバランスを守るだと? 自惚れるなよ、未熟者が」


もはや侮辱ともとれる言い草に、しかしシャナは反論する気になれなかった。
極度の虚脱と悔しさからか、今の自分は、吃驚するほど冷静だったのだ。


(……私は)


戦って、何が得られた?


悔しさと敗北感だけだ。


違う。そんなモノを得たくて、あの場所に行ったんじゃない。


(私の、偽り……)


真実の扉を開きかけている少女を、キバは後押しする。


「俺の唯一尊敬する人の言葉をやろう」


――信頼している人、大切な人は多けれど、自分が尊敬する人物は、後にも先にもただ一人。
その人が未来に残し、自分を後押ししてくれた魔法の言葉を、今度がキバが伝える。




「これからは本当にやりたいことをやるんだ。心の声に、耳を澄ませろ」




「……心の、声に」


澄み切った言葉は、それこそ音楽の如く、シャナの心に響く。


「そうだ。心の声を聞き、どうするかはお前次第。――まぁ、頑張ることだ」


最後の言葉は、とても優しい口調で紡がれた。
キバはそのまま、呼び出したマシンキバーで去っていったが、キバの残した教えは、シャナの中に灯り続けている。


「私の、心の声」


眼を閉じ、自分を見つめ直す。


使命への渇望は、消えていない。
だがそれは酷く薄っぺら。


脆弱な感情の奥の奥。自分が、戸惑いと拒絶から、しまい込んでいた願い。


私が今、本当にやりたいこと。


それは――


「戦いじゃ、ない」
『………』


アラストールは否定しなかった。


使命を忘れたのか、と叱りつけても良い言葉にも関わらず、彼はただ黙って、自らの契約者の、零れ落ちるような声を聞いていた。


「嫌だ……、一緒にいてくれないのは、嫌だよ……」


涙声が混じる。
僅かなプライドから涙は流さない。
代わりに、拳をきつく握りしめ、それに耐える。


戦いじゃない。


本当に望んだのは、傍らにいてくれる少年の姿。
自分に笑いかけてくれた、あの不思議な“ミステス”。




「私は、悠二に……」


感情の渦を塞き止めかけるが、もう遅い。


彼女の願いは、ついに心の奥から吐き出された。
本当にやりたいことは。
本当に望むことは。





                                                            
「悠二に、いて欲しかった……っ!」





――ずっと目の前にあって、けれど気付けなかった鎖。
それらを解き放つ想い――目に見えぬ繋がりは、確かな信頼と共に、再び動き出す。

  1. 2012/03/18(日) 17:06:29|
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第六話・カルテット/心の声を聞け!.前篇

(おいしくない)


学校を出て、シャナはただ歩く。
目に映る全てをうざったく思いながら、片手に持つメロンパンを頬張る。
普段なら、それは至福の時間のはずだった。


なのに、


(おいしくない)


厳選した銘柄にも関わらず、まるで砂をかじるような思いだった。


(おかしい)


原因不明の苛々は募るばかりだ。


いや、原因はわかっている。
至極単純な話――のはずだ。


(悠二が、やる気を無くした)


そう、ただそれだけのこと。
いつもと変わらない。
この街に来る前と、なんら違わない。




――悠二と出逢う前と、何も変わらない。




(それなら、どうして)


こんなにも、平静をかき乱される。


悠二が自分を拒んだだけだ。
悠二が一緒に来なかっただけだ。




悠二が――いないだけだ。




大したことはない。
……そのはず、なのに。


「全ッ然、おいしくない!!」


一際力を込めて、メロンパンを噛み千切る。
ピリピリした雰囲気は一向に消えることなく、ふと気が付けば、いつの間にか河川敷を歩いていた。
奏夜と悠二が話した河川敷でもあるが、それはシャナの預かり知らぬことである。


遮蔽物のない広々とした景色は、中々心の和むものだったが、今のシャナにとっては焼け石に水だ。


「焼き芋~、おいしい焼き芋だよ~」
「おひとつ~、いらんかね~」


メガホンで拡張された宣伝文句と共に、堤防沿いの道、シャナの進行方向から、一件の屋台が近付いてきた。
やや古めかしいデザインの服を着た少年と、屋台を引っぱる筋肉質な青年――ラモンと力の二人組。


シャナと屋台が近付き、双方目が合う。


『あ』


ラモンと力はシャナの姿を視認し、声を上げる。


「……なに?」


やや喧嘩腰でシャナが顔をしかめる。
――ラモンと力はシャナの正体を知っているが、シャナの方は彼らの姿を『バッシャーマグナム』と『ドッガハンマー』でしか知らない。
キバと彼らを結び付けられようはずがなかった。


「ううん、なんでもない。お姉ちゃん、焼き芋いらない?」
「おすすめ」


ラモンが慌てて誤魔化し、力が屋台の中から取り出した焼き芋をシャナに差し出す。
シャナはしばらく無言だったが、やがて力の手から焼き芋を引ったくるように受け取り、代わりに千円札を押し付けた。


「まいどあり」
「あ、お姉ちゃん、おつり……」


ラモンが言うより早く、シャナは河川敷に座り込み、焼き芋を頬張りにかかる。
その隙に二人はシャナに見られないよう、屋台の影に隠れた。


「ねぇねぇ。これってまずいんじゃないかな? お兄ちゃんが正体を隠してるんだから、僕らの正体も、お姉ちゃんに感付かれちゃうとまずいだろうし」
「いまの、うちに」


ラモンと力が逃げる算段をつけていた時だった。


「な~にやってんだお前ら」


いきなり割り込んできた声に、ラモンと力は飛び上がり、シャナはぼんやりと一瞥をくれる。


「お前……」
「お、お兄ちゃん?」


そこには、怪訝そうに首を傾ける紅奏夜の姿があった。


「お兄ちゃん、今日は平日でしょ。学校は?」
「振替の授業が重なって、午後は暇だったんでな。お前らこそ何やってんだよ」
「何って、見てわからない?」
「ばいと」
「いや、それはわかるんだけど」


わかるんだけど。


「そうじゃなくて、金とかならキャッスル……ゴホン、家にたくさんあるだろうが。今さら働かなくても」
「浅はかだねー、お兄ちゃん。汗水流して働いた結果得たものにこそ、本当に価値があるのさ」
「きんろう、たいせつ」
「……前にも言ったが、お前ら何で最近、目に見えて世俗的なんだよ」


下手な人間より人間らしい。
最近、彼らがモンスターであることを忘れつつある奏夜だった。


「……正体、バラしてないよな」
「も、もちろんだよ」
「のー、ぷろぶれむ」


やや冷や汗をかきながら、ラモンと力は答える。
二人は早足のまま、屋台ごと去っていった。
後には、奏夜とシャナがぽつんと残された。


『……』


奏夜とシャナは、互いに無言のまま、同じ方向に歩き出した。


「……ついて来ないでくれる?」
「俺の家はこっちだ」
「じゃあ道を変えなさい」
「めんどくさい。お前が変えろ」
「嫌よ」
「じゃあ俺も嫌だ」
「……っ」


シャナの顔に明らかな苛立ちが生まれる。


それからしばらくの間、二人は言い合いながら(正確にはシャナが一方的にがなり立て、奏夜がそれをのらりくらりとあしらっていただけだったが)、河川敷を抜け、住宅地にさしかかったところで、奏夜は立ち止まった。


見事な邸宅だった。
二階建ての洋風な外装に、広い庭園までついている。
門には、『紅』の表札。


一瞬、呆けたように紅家を見上げていたシャナを見て、奏夜は悪戯っぽく言う。


「入ってみるか? 俺の家」


◆◆◆


奏夜に連れられたシャナは、居間に案内された。


「適当に座ってろよ。今、何か出すから」


そう言い残して、奏夜は奥の台所に姿を消してしまう。
手持ちぶさたなのにまかせて、シャナは居間のあちこちを見て回った。


「……なにやってるんだろ」


ぽつりと、口から愚痴るような声が零れる。


――考え方が、虚無的になっている気がしてきた。
普通なら、理由なく誰かの家に上がりこんだりしないのに。
今日のことがあってから、何を思うにしても、悠二の顔が頭から離れない。


「……関係ない」


儘ならない苛々が、正常な思考をかき乱しているのだろうと、シャナは自分を無理やり納得させる。
部屋をうろうろするのに飽きたのか、シャナは次に、目についた二階への階段を上がった。


「……?」


二階に上がると、部屋の雰囲気がガラリと変わった。
職人の工房――そう表現してなんら遜色がない。
作りかけの型、ニスやその他の機材が、無造作に置かれていた。


(バイオリンだ)


音楽はあまりたしなまないが、一般的な知識としてなら心得ている。
その証拠に、試作品と思わしきバイオリンがあちこちに飾られていた。


素人目からしても、熟達した技術で作られているのがわかる芸術品の数々が、シャナを見下ろす。


――その中でふと、一器のバイオリンに目がいった。
ショーウィンドウに飾られた作品であり、それだけでも、他とは一線を画することが予想出来るが、シャナが注目したのは、バイオリンが放つ、強い力だった。


もはや異様――と言ってもいいだろう。


「何、これ……? 宝具じゃないけど、何か不思議な感じがする」


妙に気になるそのバイオリン。シャナは立て掛けられている作品の名を読む。




「BLOODY.ROSE。血塗られた薔薇……」




「っ!?」


今まで沈黙を守っていたアラストールが、息を飲んだ。


「アラストール?」
「……すまぬシャナ、バイオリンの横にある写真を、我によく見せてくれ」


アラストールが珍しく、焦燥を含んだ声で言う。
確かにアラストールの言う通り、ショーウィンドウの隣には、写真立てが飾ってあった。
ショーウィンドウに鍵はかけられておらず、それは難なく、シャナの手に渡り、コキュートスの前に示される。


写真に映っているのは、セミロングの髪の毛に、80年代の服装を着た二十代前半の男。快活な笑みを浮かべながら、バイオリンを構えている姿が収められていた。


(OTOYA.KURENAI、紅音也……?)


写真立てに走り書きされた名を読むシャナ。
確かあの男――奏夜の姓も『紅』だった。
ならば、この紅音也という男は、奏夜の縁者なのだろうか。


しかし、アラストールの受けた衝撃は、シャナのそれを遥かに越えるものだった。




『聞きたくば、教えてやろう!! 俺の名は、紅音也。えら~い人だ! いずれ、全世界の教科書に俺の名が載ることになるだろう!』




フラッシュバックする思い出。
傲岸不遜なあの男の態度が、脳裏を過る。


「なんだ、ここにいたのか平井」


振り替えると、奏夜が階段を上がってくるところだった。


「バイオリン、作ってるの?」
「ん? ああ。まあな」


ついと尋ねるシャナに、奏夜は特に気兼ねもなく肯定する。


「けど、まだ目標には到達していなくてな。必死に切磋琢磨してるトコだよ」


奏夜はそこで、シャナが写真立てを持っているのに気が付いた。


「――おっと、ケースの鍵閉め忘れてたか。ほら、その写真に入ってる人と、そこにあるバイオリン――ブラッディローズが俺の目標だよ」
「目標?」


奏夜は頷いて、ケースの中からブラッディローズを取り出し、シャナに掲げて見せる。




「俺の父さん。紅音也の作った最高傑作、ブラッディローズ。こいつを越えるバイオリンを作るのが、俺の目標なんだよ」




今度こそ、驚愕を隠すことは出来なかった。


(父親、だと!? 馬鹿な、紅音也は『あの時』に……)


混線していく情報を処理するアラストール。
奏夜はそのまま、バイオリンの弓を構えた。


「よし、いい機会だ。お前にも、俺の十億の演奏を聞かせてやろう。苛々した心に、音楽は良薬になるぞ」
「わ、私は別に苛々してなんか……!」
「はっはっは、遠慮することはない。音楽とは、いかなる人間にも与えられる」


シャナの意向をやんわりと無視し、奏夜の弓と弦が動き出した。


――音楽が、空間を支配した。


部屋のいたるところに反響する音色は、世界の総てを掌握し、その場にいる者を魅了していく。
それは、人外の存在も例外ではない。


(………綺麗)


最初は癪な気分で聞いていたシャナも、音楽が心に染み渡っていくにつれ、涼やかな音色に聞き惚れていく。
片やアラストールは、それを複雑な心境のまま鑑賞していた。


(紅の姓、風貌、言動、バイオリン……。確かに見逃せない共通項はある。だが、紅音也――あやつは確かに人間だった。これだけの歳月を、人間が生き抜くなど考えられぬ)


そう、有り得てはならない可能性、のはずだ。
だが、


『――ポロン♪』


弦を弾き、演奏を終えた奏夜は、柔らかく笑う。




「『どうだ? 俺の演奏は』」




笑顔に、あの男のそれが重なる。
あのプラス思考の塊のような表情は、誰にでも出せるものではない。


(他人の空似というには、あまりに――似すぎている)


そこまで考えて、アラストールはある情景を思い出す。


――今の契約者と同じく、この上なく誇りに思う存在。
最後の戦いを前に、あの男は現れた。
数多の戦いを共に駆け抜けた契約者“炎髪灼眼の討ち手”。
その生き様を愚弄する“太古の王”を葬り去るために。




眼も眩むような――




『蝙蝠もどき、力を貸せぇ!!』
『ガブリ!!』




真紅の鎧を携えて。




(まさか、キバを受け継ぐ者は……)


生まれた真実の欠片。
矛先が向かうのは、この紅奏夜という存在。
アラストールの疑念に対する答えを持つ彼は、先ほどの真剣な様子を引っ込めて、演奏を終えた後、一言も喋らないシャナを見る。


音楽の感想を求められているのだとわかり、シャナは眼を反らしながらぶっきらぼうに告げた。


「……良かった」
「さいですか」


満足そうに頷いて、奏夜はブラッディローズを棚に戻す。


「さて、と。コーヒーでも飲むか?」


――炎髪の仔獅子と、牙の皇子の奇妙な対談は続く。


物語を、加速させながら。


◆◆◆


「あれ、お前飲まないのか?」


机を挟んで、奏夜とシャナは向かい合う。
淹れたコーヒーを奏夜は何の問題もなく啜るが、シャナは黒い湖面を睨んだまま微動だにしない。


何か気に食わないテイストなのかと勘繰ったが、やがてシャナは、


「砂糖」
「は?」
「砂糖。あとミルク」
「……ああ、お前甘党だもんな」


普段の生活を見る限り、シャナの食生活はほとんどが甘味料で占められている。
フレイムヘイズに栄養バランスは関係ないのだろうが、さすがに駄目だろうというレベルで。
そんな超甘党さんに、コーヒーは大人の味なのかもしれない。


取り敢えずはリクエストに応じ、戸棚からミルクとスティックシュガーを袋ごと取り出し、スプーンを添えてシャナに手渡す。


――途端、シャナはスティックシュガーを軽く六本は開け、コーヒーの中にブチ込んだ。
コーヒーの中身が、『かつてコーヒーと呼ばれていたゾル状の何か』に変わる。


「………」


さすがの奏夜も引いた。
お前は何処かの猫背甘党探偵か。


「平井……、自分で淹れておいてアレだが、それ飲むの止めた方がいいと思うぞ」
「? 何でよ」
「いや、だってそれ、もはやコーヒーじゃないもん。液体じゃなくて固体だもん」
「私が何をどう飲もうと勝手」


忠告を聞き入れることなく、シャナはそれを口に運ぶ。
見ているだけで胸焼けがしてきた。


「……苦すぎて飲めないなら飲めないで、別の飲み物くらい出すぞ」
「別に構わない。わざわざ変えるのも面倒」
「だからってそんな飲み方するなよ。お前いつか成長バランス崩すぞ。せめて牛乳を飲め牛乳を。そうすりゃその小学生で通用しそうな背丈も、ぺったんこな胸も多少は大きなガッ!!」


気功砲ばりの速度で発射されたコーヒーカップが、油断していた奏夜の額にクリティカルヒットする。
痛みに悶える奏夜の前では、顔を真っ赤にしたシャナが息を切らしていた。


気にしてたのか。


とまぁ、そんな馬鹿馬鹿しい会話も交えながら、二人は静かに時を過ごす。
しかし、このまま何も話さなければ埒があかない。
奏夜は取り敢えず、自分からボールを投げることにする。


「今日、お前が癇癪起こして飛び出した後の話だがな」
「?」
「坂井と話したよ」
「っ!!」


――ピシッ。
コーヒーカップにヒビが入った。


悠二の名を出した途端これだ。実に分かりやすい動揺である。


「大変だったなぁ、平井。彼処まで検討外れなこと言われたら、イラつきもするわな」
「言いたいことはそれだけ?変な説教ならいらない」


どうやらこのことは、シャナの中で早くに抹消したい出来事のようだ。
その気持ちは十分わかるが、そうさせてはならない。


――拗れた関係から目を背けたところで、何も好転しないのだから。


「勘違いするなよ平井。別にお前を叱ろうってわけじゃない。今回のことは、どっからどうみても坂井が悪いしな。ただ、お前の対応次第で、この問題は早期解決も可能だった、という話さ」


努めて仏頂面をキープするシャナに対し、奏夜は反応を求めないまま続ける。


「お前が坂井に怒鳴っったのは聞いていたよ。訳の分からん単語が飛び交っていたが、それらを総合するに、お前はあいつに、何処かへ着いてきて貰いたかったんだろう?」


シャナは表情を曇らせ、顔を背ける。


――うるさい、嫌なことを聞いてくるな。


言外に、そう叫びながら。


「だったらあの喧嘩腰な態度はマイナスポイントだったな。着いて来て貰いたいのなら、そう頼めばいいことだ。それこそ、小学生でも知ってることだよ」


うるさい。


「もちろん、一番問題だったのは坂井の対応だ。けど、そこで一歩お前が譲歩すれば、ここまで面倒な状況にはならなかっただろうな」


うるさい。


「一時の感情に流されて、自分が真に望むことから、お前は目を背けた。いや、違うな。お前の場合は――」




「うるさいうるさいうるさい!!」




シャナの何もかもを拒絶する激昂に、奏夜が閉口した。


気に食わない。
この男のする質問全てが、自分の神経を逆撫でする。
自分の内側を観察されるような、嫌な気分。
形容し難い不快な感情に、シャナは襲われた。


しかし奏夜は、シャナの激情などまるで意に返さない。
ただ冷ややかな眼差しを向けるだけだ。


「楽だろうな、平井」
「……?」
「そうやって、自分の中に無かったイレギュラーな感情を隠し、拒み、戸惑う。それらが自分に跳ね返るのも厭わず、本当の自分から逃げ惑うだけ」


本当に楽な生き方だよ。
言い放つ奏夜の眼力に怒るでもなく、シャナはただ気圧されていた。


(どう、して)


フレイムヘイズである自分が、どうしてこんな只の人間に、威圧されているのだ。


「よく聞け平井、『うるさい』ってのは免罪符じゃない。酷く脆弱な、一時しのぎの防波堤だ。他人との間に生まれる関わりや感情から逃げ続けるのなら、お前の成長はそこで打ち止めだ」
「……関わりなんていらない。私に必要が時に、あるだけでいい」
「ほざきやがれ。ロクに人生積み重ねてねぇ癖に、生意気言うな」


シャナのせめてもの反撃さえも、奏夜は軽々と撥ね飛ばす。


「お前が言うのは、『持たざる者』の強さだ。成る程、確かに煩わしいものが存在しないのなら、そりゃあ強いだろうさ。だが、そいつの強さは『そこまで』だ。底の見える、見せかけだけの強さに過ぎない。
――お前、およそ人に関わらないような生き方をしてきただろ」


当たり前だ。


完全なフレイムヘイズは誰にもすがらない。
その一念は、『炎髪灼眼の討ち手』という存在を形成する過程の一つだった。


「それじゃあ駄目なんだよ」


シャナの根底を、根こそぎ否定する宣告。
奏夜は一瞬、人との関わりを削る要因の一端を握るであろう、“紅世の王”が蔵されるペンダントを非難がましく見て、直ぐに視線を戻す。


「自分を真に強くするのは、『他人から得られるモノ』なんだよ。『持つ者』には、弱点や面倒なことが沢山ある。けれど『持たざる者』と違って、『持つ者』には無限の可能性があるんだ」
「無限の、可能性?」
「人は誰かのためになら、何でもできる。誰かのためになら、いくらでも強くなれる。そういう意味だよ」


シャナに勢いよく指先を突き付けて、奏夜は言った。


「本当の自分から逃げるな。お前の本心は、他者を拒絶したくなんかないはずだ。――平井、お前が何故、坂井を連れて行きたかったのか、よく考えてみろ。答えは全てそこにある」


俺が言いたいのはそれだけだ。


奏夜はテーブルから立ち上がり、コーヒーの御代わりを淹れに部屋から出ていった。
後には、呆然としたシャナだけが残される。


「シャナ」
「……大丈夫」


アラストールの呼び掛けに対する返事にも、覇気が見られない。


――奏夜は、あの男は自分の内面を見透かした。
シャナ自身が理解出来ないことを、悩んでいることを的確に突いていた。
それは決して、シャナを傷付ける目的ではない。


自分と向き合え。
そうさせたかったが故の行動だった。


だが、今のシャナがその真意に気付くのは、いささか以上に難題だろう。
彼女は奏夜の言う通り、心の機微に疎く、何処までも未熟なのだから。


(私が、悠二を連れて行きたかった?)


そう、なのだろうか。


――まただ。また、自分のことが分からなくなる。
訳の分からない感情に、自分の存在が掻き乱される。




あの不思議な“ミステス”のことを、考える時に限って。




「っ、何で、わからない!!」


全てを覆い尽くさんとする思いの奔流を感じるシャナ。
己を理解出来ない自分自身に苛立つ。




――心の監獄に囚われるシャナを解放したのは、自らの使命だった。




「!!」


感じる。世の全てを成す“存在の力”。
それらを駆使する自在法の波が、全身を通り過ぎた感触を。


「アラストール」
「広範囲を探る自在法か。自在師だな、用心しろ」
「うん、行くわ」
「うむ」


自在法の流れを探り、使用された震源地を割り出す。
向かうべき場所、シャナが望む戦いを得られる場所は――


「……平井?」


コーヒーを淹れて戻ってきた奏夜が、部屋の中心で立ち尽くすシャナを見つける。
――いや、立ち尽くすのとは、何か違う。
まるで、あまりにもの衝撃に身を凍り付かせているような印象だった。


静観していると、やがてその凍り付いた表情が、燃えるような凄まじい怒りに塗り替えられる。




「なんて、ところに、いるのよっ!!」




ギリッ、と歯を噛みしめて、シャナは奏夜の脇を俊足のスピードで駆け抜け、紅邸の玄関から飛び出していった。


「……ったく、せっかちなヤツめ」


シャナの姿を見送って、奏夜はコーヒーを一気に煽る。
すると二階から羽音を鳴らして、キバットが飛んできた。


「おい、奏夜!!  今の感じ……」
「ああ、感じてたよ。恐らくは、昨日の『弔詩の詠み手』ってフレイムヘイズが使ったんだろうな」
「って、なに呑気にコーヒー飲んでんだよ! 早く俺様達も、シャナちゃん追いかけねぇと!」
「慌てるコウモリは貰いが少ないぜ、キバット。第一、あいつが行きたいなら、放っておけばいいさ」
「なっ!」


投げやりな奏夜の態度に、キバットは目を剥く。


「あいつは恐らく、戦いが自分の悩みを吹き飛ばしてくれると思っている。それが更に自分を追い詰めるのに気付いてない。なら、一度痛い目を見るのも人生勉強だろうさ。
今の平井じゃ恐らく『弔詩の詠み手』には遠く及ばない。歯向かう相手がただの雑魚と分かれば、『弔詩の詠み手』も見逃すだろうよ」
「けどよぉ。『弔詩の詠み手』がシャナちゃんを見逃す保障は何処にも無いだろ?
昨日の感じからして、あいつらまさに戦闘狂ってイメージだぜ」
「だから行かないとは言ってないだろ。俺達は今回、裏方に回る。平井が苛められ過ぎないようにする、言わば歯止め役さ」
「……薄々気付いてたことなんだがよ。お前って、誰かを強くするためなら、どんなものでも使うよな」
「それには語弊があるな、キバット」


奏夜はコーヒーカップを置き、玄関に足を向けながら言う。




「俺はあくまできっかけをくれてやるだけ――成長するしないは、そいつの自由だよ」
  1. 2012/03/18(日) 16:26:17|
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クロウォ

歴代主人公が出るということで、早起きして見てみた。

・随分と変わったなぁ……進化の仕方。不評と聞いていたが、なかなかかっこよいじゃないかデジクロス。

・初代を知るものとしては、ヴァンデモンの物理押しとか地獄絵図でしかねぇ……かと思ったらクロスハートの皆さんお強いですねw

・ここでベリアルヴァンデモンとヴェノムヴァンデモン、だと……?

・主人公組キターーーーー!

・アニキがいつも通りで安心したww
しかもちゃんとツッコミが入ったww

・「俺だけデジモンいないけどよろしくな」ww

・デジモン勢しゃべんないのか……。

・簡易版だけどバンク再現ktkr!

・まさかの賢ちゃんだとお!?
しかも、しかもグラニまで……テイマーズのことを考えるとかなり嬉しいわ。

いやいや、もう全部懐かしい!
この回だけ視聴率凄いんじゃなかろうか……
  1. 2012/03/18(日) 06:59:15|
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聞くところによると、色々と混乱が起きているらしいね

初めての雑記。


私もその一人ですが、現在なろうユーザーの方が様々なサイトに流れています。

しかし、移動先のサイトでのルール把握に四苦八苦している方も多いとの事。

かく言う私も、pixivは基本的に見る側だったんで、他のクリエーター様の迷惑にならないよう、おっかなびっくり状態です。

こう思うと、なろうサイトは本当に創作の場としては良いものだったんだなと、思わなくもありませんね……。

というか、小説家になろうはマジで今後大丈夫なのか?
一次創作だけで盛り上がるなら、それはそれでいいんだけど……。

まぁとにかく、まずはブレブラ完結を目指して頑張ります。
  1. 2012/03/18(日) 00:01:00|
  2. 雑記
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第五話・暗転/弔詞の詠み手.後篇

――バシッ!
閑静な庭園に、鈍い音が鳴る。


「っ…てて」
「三十二回目」


片膝をつく悠二を、シャナが不機嫌そうに見下ろす。


「今朝だけで三十と二回。昨日は二十八回。一昨日は三十回。……どういうつもり?」
「……ごめん」
『このところ、打たれる数が初日よりも増えているではないか。たるむにも程がある』


アラストールの重々しい声が追い討ちをかける。


『この鍛練を提案したのは貴様なのだぞ』
「そりゃそう、だけど……」


煮え切らない態度の悠二に、シャナは眉をつり上げて、木の枝を構え直す。


「もう一度! 今度こそ目をそらさないでちゃんと見て……」
「ごめん」


謝って、悠二はシャナに背を向けた。


「今日は……もう」
「え!?」


それをシャナが慌てて止めようとする。


「まっ…待ちなさいよ! 悠二!!」
「……ごめん」


しかし覚束ない足取りのまま、悠二は玄関まで歩き去ってしまった。
一度も振り向かぬまま。
呆然と立ち尽くすシャナに、その様子を静観していたキバーラが飛んでくる。


「シャナちゃん。あの様子じゃ何言っても聞く耳持たずよ」
「……う」
『本人に意欲が無いのであれば、付き合ってやる必要もあるまい。これ以上鍛練を続ける義理もなかろう』
「で……でも!」


二人の正論、しかしシャナは自分でも驚くくらいの勢いで反論する。


「“徒”がまた現れた時のために、備えておく必要があるの!」


言ったあと、必要以上に怒鳴り口調になっていたことに気付いた。


「……ごめん。アラストール、キバーラ」
『構わん』
「気にしてないわ」


アラストールはいつもの声音で、キバーラはやや素っ気なく答える。
シャナは、自分の中にある重くて嫌な何かを感じていた。
行き場を失った感情が渦巻き、思わず拳を握り締める。


(最初は、ちゃんとやってたのに)


少なくとも最初の頃の悠二は、がむしゃらで、結果に結び付かなくとも、意気込みと熱意に満ちていた。
けれど、今はあの体たらくだ。


力を抜いているくせに、毎朝の特訓自体はサボらない。
ただ、覇気が消え失せていた。


(どうして……?)


シャナの思いに明確な答えを出してくれる者は、誰もいなかった。


◆◆◆


「悠二。お前どうしちまったんだ?」


家に上がり、部屋のベッドへ倒れ込むように身を預けた悠二は、寝転がりながら、キバットの小言を聞いていた。


「そりゃあ、進歩が微妙だったのは確かだ。けど手を抜くにはまだ早すぎんだろ」
「わかってるよ、そんなこと」
「わかってんなら……」
「けど」


悠二は体制を仰向けにかえ、虚ろに天上を見上げながら、ぽつぽつと語り出す。
おかしくなったのは多分、数日前の“燐子”との戦いから。
いや、戦いと呼ぶにも烏滸がましい。あの騒動で、結局自分は何も出来なかったのだから。


無様に逃げ惑って。
追い詰められて。
あの白い騎士と会って、シャナが来てくれて――。


あの後からずっと、心の中に澱んだ気持ちが沈殿し続けていた。
あれから何もかも、後ろ向きに考えがちになる。


キバットが言うまでもなく、自分がおかしいのは、悠二自身が一番よくわかっていた。――わかっていて、鍛練でもあの態度を取っていた。


悠二の話を聞き終わったキバットはしばらく沈黙していたが、


「アホウ」


完全に呆れた声でそう言って、キバットは目を細めた。


「悠二、お前本ッ当に鈍感だな」
「……は?」
「少しは嬢ちゃん側の身にもなってみろってんだ」
「シャナの身って、別に何も変わらないだろ」
「……はぁ」


本気でそう返してきた悠二に、キバットの瞳には呆れを通り越して憐れみが浮かんでいた。


(まったく、同情するぜ嬢ちゃん)


こんな鈍いヤツを好きになっちまうなんてよ。

◆◆◆


「ってなことが今朝あったわけよ」
「……やれやれ、鍛練してるって聞いた時からなんか不安だったけど、やっぱりそうなったか」


坂井家から紅家に戻ったキバットは、今朝あったことを包み隠さず奏夜に報告していた。
奏夜側もキバットとほぼ同意見で、シャナと悠二に、それぞれ違う意味の憐れみの意を捧げていた。


「悠二も鈍過ぎだぜ。嬢ちゃんがどれだけ自分に期待してるのかわかっちゃいねぇ」
「恋愛感情においてもな。――吉田もそういう意味じゃ大変だ」
「ん? 何か言ったか」
「いや、何も」


そこまで言って、奏夜が頬杖をつくテーブルに、皿に盛り付けられたオムライスが置かれる。


「ほら、出来たわよ。奏夜もキバットも、早く食べちゃいましょう」


制服にエプロン姿の静香が、フライ返しを片手に言う。


「ん、ゴメンゴメン」
「はぁー、奏夜の抜けてるとこはいつまで経っても変わらないわね」
「手厳しい」


苦笑する奏夜の隣の席に自分の分を置き、静香は手を合わせ、奏夜とキバットもそれに倣う(キバットの場合は羽を合わせる形だが)。


『いただきます』


三人一緒にオムライスを口に運ぶ。


「ん~、グレイト! 静香、また腕を上げたな」
「もう、キバットったら。褒めても何も出ないわよ」
「でも、本当に美味いよ。いつもありがとな、静香。お前も高校で忙しいのに」
「!! べ、別に、そんなのは、いいけど……」


いつも浮かべる皮肉めいた笑みとは違う、優雅な微笑を浮かべた奏夜を見て、静香はもの凄い勢いで顔を反らした。
後ろ姿から見ると、耳のあたりがやや赤い。


「……お前も大概鈍感だ」
「?」


首を傾げる相棒に、キバットは軽い疲労を覚えた。


「あ、そうだ。静香、ちょっと聞きたいんだけど」
「な、何?」


ぎこちない動きで顔をこちらに戻し、だが奏夜の顔は見ないままの静香に、奏夜は尋ねる。


「自信とか、情熱を無くしたヤツを立ち直らせるには、どうすれば一番いいと思う?」


突飛な質問に虚を突かれ、静香はようやく奏夜に目線を戻した。


「えっと、それって自信を取り戻させたいってことよね。生徒さんからの相談?」
「似たようなもんだ」
「うーん、自信を無くした人を立ち直らせる方法か……。でも奏夜って、その手の相談得意そうじゃない。あの頃なんて何回しょげかえってたことか」
「少なくとも、一ヶ月に二回のペースで自信無くしてたもんなぁ」
「昔のことを……」


だがそれは揺るぎない事実なので否定は出来なかった。


「ま、まぁ、そりゃあね。その手の話において、俺はかなりピッタリ当てはまっちゃうヤツだったわけだし? しかもそれをかなりの回数サイクルしてたわけだし? 周りの方々にもかなり迷惑をかけて、た、わけだし……」


認めていくにつれて、奏夜のテンションが下がっていく。
普段の姿からすれば予想も出来ないコンディションだが、こればかりは彼の中で完全なる黒歴史であって、同時に、永遠に残り続ける傷なのだ。


「静香の言う通り、だいたいの相談方針は決まってる。そのための意見の一つとして、立ち直る側じゃなくて、立ち上がらせる側だった方の意見を聞きたいわけなのですよ」


我ながら勝手な話だなと思いながらも、様々な意見を集めておくに越したことはない。教師として、彼は意外なところで実力を発揮出来る。こういう心の問題においては特に。


……逆に言うと、一般的な教師の仕事においては、常識を完全に逸脱している問題教師なのだが。


「うーん、そうだなぁ。私だったら、その人が今持てる力で出来ることをやらせてみるかな」


静香は口元に指先を当て、考える仕草をする。


「あとは、やっぱり話を聞くことだよ」
「だよなぁ……。それはわかるんだけどさ」


キバットの話を聞く限り、今回は一筋縄でいかなそうな雰囲気だ。


「まぁ、自信とか熱意とかって、乱暴な言い方になるけど本人の気の持ち方次第だからね。だから今回の場合、それとなくアドバイスをして、あとは放っておくっていうのがいいんじゃないかな――と私は思います」
「……そっか、そうだよな。大変参考になりました」
「いえいえ、恭悦至極」


茶目っ気を混ぜた言い方をする静香。


……なんやかんやで、この少女には頼りっきりだ。今も昔も。


その事実にどこか可笑しさを覚えながら、奏夜はオムライスを平らげた。


◆◆◆


そんなこんなで、その日の御崎高校。
普段通り、奏夜は三時間目の授業に向かうため一年二組、つまりは自分の受け持つクラスへ向かっていた。


しかし軽やかな足取りとは裏腹に、奏夜の心境は気だるさに満ちていた。


(本当にあいつらは期待を裏切らないよなぁ)


と言うのも、奏夜は一時間目、二時間目の終了後、職員室で再び同僚の泣き言を聞かされていたのだ。


平井ゆかりをなんとかしてくれ、と。


大体のあらましはこうだ。
今朝方から、平井と悠二の雰囲気があまりにも険悪であり、授業をするこちらが一触即発の空気に耐えられない、とのこと。


(俺が知ったこっちゃねぇよそんな覚悟で教師が勤まるかヘタレ共が)


奏夜の心の中での反応はざっとこんなものだったが、確かに放っておけない事態になったのは事実だろう。


教師が気詰まりするほどの険悪ムードなのだから、クラスメート達は更に狭苦しい思いをしているはずだ。


(ま、一番辛いのは二人なんだろうけどな)


やれやれ、仕方がない。
いずれにせよ、今朝のキバットの話を聞いてから、シャナか悠二のどちらかとは話をしようと思っていたのだから、いい機会が出来たと思おう。


10分間の休み時間でありながら、移動教室やらで廊下はそれなりの賑わいを見せている。
道行く生徒に軽く挨拶を振り撒きながら、奏夜は階段を上がり、教室の扉が延々と連なる渡り廊下を曲がりかけて、




「なに気の抜けたこと言ってんのよ!」




「おおっと?」


聞き知った声が通路に反響したため、奏夜はちょうど曲がり角の死角に隠れた。


見れば、廊下のど真ん中でシャナが悠二を怒鳴り散らしていた。
奇異の眼差しを向ける周囲などそっちのけで、シャナは怒りと困惑が入り混じった表情で、悠二を睨みつける。


「……そんなに怒鳴るなよ」


あまりの感情の入りように、息切れさえ起こしているシャナに対し、それでも悠二は何処か力無い態度を崩さない。


当然、シャナの苛立ちは加速する。


「っ…!! “徒”が来てるのよ!? どこかで人を喰ってるかも知れないのよ!?」


紅世の用語までも口走っている。
感情の爆発に、自分が何を叫んでいるのかも理解が追い付かないようだ。


(これに関しては軽い電波系って理由で誤魔化せるだろうが……)


それにしたって、だ。
判断力を見失うくらい、悠二に怒りを覚えいるということか。


「何で、何でそんなにだらけていられるのよ!!」


シャナの剣幕に悠二はしばらく押し黙り、そして口にする。


――不安定だった絆を完全に破壊する、禁断の言葉を。





「僕なんかいなくても、別に困らないだろ」





「――――!!」


ぴしり。と、シャナが凍りついたように動かなくなる。


表情がかき消え、いつも鋭気を研ぎ澄ましている彼女に似合わない、虚脱感に満ちた様子でその場に立ち尽くしていた。


「あっちゃー……」


思わず奏夜は、頭痛を抑えるかの如く、額に手を当てる。
いかんぜ坂井。それは禁句だ。
しばらくしてシャナは、悠二の脇を早足で通り過ぎ、奏夜のすぐ隣を神がかかったスピードで走り去り、階段の踊り場を曲がって姿を消した。


――今にも泣き出しそうな顔をしながら。


「……ったく」


物の道理が全般的にわからないシャナにも、問題が無いわけではない。
だがこの場合――


(完全に坂井が悪い)


深々と溜め息をついた奏夜は物陰から出る。


「知ってるか坂井。男にはやってはならないことが二つある。女の子を泣かせることと、食べ物を粗末にすることだ」
「――先生」


覚束無い足取りで教室に戻ろうとする悠二。
そんな彼に、奏夜は規則正しい足音を鳴らしながら、ゆっくり近づいていく。


「今の態度は、感心しないな」
「――感心しないもなにもないですよ」


悠二はいつもと違う、何処か投げやりな雰囲気で答える。
――奏夜はこの問題の深刻さを再認識し、呟く。


「坂井。昼放課の一時十分に、音楽準備室まで来い」
「えっ?」


突然の提案に、悠二は戸惑う。


「言っとくがお前に拒否権はない。もしも来なかった場合、現国のお前の評定を1にする」
「職権乱用です」
「フッ、愚かだな坂井。俺が停職や免職を省みる人間だと思うのか?」
「………」


思わない。
というか思えない。


「僕に、何のご用ですか」
「なぁに。大した話じゃないさ、すぐ終わる」


含みのある笑顔をして、奏夜は教室に入っていき、悠二もそれに続いて席についた。


「ありゃ? 池、田中と佐藤来てないのか」


教壇に立つ奏夜は主無き場所、田中栄太と佐藤啓作の机を見つけ、目の前に座っていた池速人に尋ねる。


「はい。先生の方に連絡来てないんですか?」
「うんにゃ、佐藤は家の都合もあるから仕方ないとして、田中の方からも連絡が無いのはおかしいな……。まぁ、いいか。授業始めんぞー」


いいのかそれで。


クラス全員の意見が一致する中で、悠二だけが、奏夜の呼び出しのことを考えていた。


(――やっぱりシャナ絡みのこと、だよな)


心の中で、苦々しいものが染み渡っていくのがわかった。
今朝から何度もされた質問。
平井――シャナと何かあったのか、と。


……いい加減うんざりだ。


(僕とシャナが喧嘩? ――っはは、ありえないよ。シャナと僕は、そもそもステージが違うんだ)


喧嘩とか、そういう次元の話じゃない。


(そうだよ。僕とシャナは――違うんだ)


自分に言い聞かせるように、悠二は拳を握り締める。




――それが、自らを縛る運命(さだめ)の鎖だと気付かぬまま。




◆◆◆


「失礼します」
「よぉ、来たな。坂井」


約束通りの時間に、悠二は音楽準備室を訪ねた。
様々な楽器が所狭しと保管され、楽譜が積まれたテーブルに奏夜は腰掛けていた。


「コーヒーでいいよな。ミルクはいるか?」
「はい。けど先生、いいんですか? 一応オーケストラ部の機材でしょう?」


奏夜は、部屋に何故かあったコーヒーサーバーを我が物顔で使っていた。


「機材っていうか、これはオケ部顧問の私物だよ。あの人と俺は高校時代の同期なんでな。知ってるだろ? 机なつき先生」


知っている。


確か母が高名なバイオリニストだったとかで、校内でも話題になっている人だ。
先生もバイオリン奏者だから、その繋がりもあるのかな。と悠二は何となく予想を立てる。


「ほれ、冷めないうちに」
「いただきます」


そう言いながらも悠二はコーヒーに口をつけず、奏夜を見つめた。


「それで、僕に何を……」
「まぁ慌てるなよ、坂井。コーヒーを飲む時間は、この世で最も神聖な時間だ。――いや、これは知り合いの受け売りだけどな」


あくまで自分のペースで、奏夜はコーヒーを啜った。
その優雅な佇まいからは、儚さにも似た美しさがあり、一つの美術品のような印象を受ける。


「今朝から随分と険悪だったみたいだな。平井と」


案の定、奏夜の用件というのはシャナのことのようだ。


「……他の先生から頼まれたんですか。平井さんをなんとかしてくれって。だったら僕に頼むのは筋違いです。僕は彼女のお守りじゃありません」
「つっかかるねぇ。お前、そういう態度だと案外威圧感あるのな」


心底楽しそうな調子で、奏夜はカップをテーブルの上に置いた。


「ヘタレな同僚の頼みなんざ聞く気はないよ。第一、これはお前と平井の問題なわけだからな。お前らが何とかするべきだ。
――ただまぁ、ちょっとくらいなら手助けしてやろうかなと思うくらいでな」


背もたれに身を預け、身体を反り返らせながら天井を見上げる奏夜。
……言葉のキャッチボールをする上で、間違いなく最悪の部類に入る仕草だ。


「先生が関わるほど、重要な問題じゃありませんよ……」
「どーだかな。――そういや坂井。話は変わるが、数日前、お前が河川敷で言ってた『特訓』。あれって捗ってるか?」


自分の表情が強張るのがわかる。
そのことに気が付き、悠二は慌てて表情を消そうとするも、時既に遅しだ。


奏夜に目線を戻すと、彼は後ろを向いていたが、肩が震えていた。
確実に笑っている。


――先生、絶対にわかってて聞いたな。


そう悠二は確信した。


「わかりやすい反応をどうもありがとう。
――大方、あの時言ってた『誰かに守られっぱなしはいやだから』ってヤツ。あれ平井のことだろ? 何か平井に助けられるようなことがあって、平井の足手纏いになりたくないと思い出したから、特訓を始めた。
だがしかし、最近それが上手くいかず、お前の進歩の無さに苛々し始めた平井とも不仲気味……っていうのが妥当かね」
「……なん、で」
「はっ、お前らのガキっぽい悩みなんざいくらでも予想できるわ」


自分を取り巻く状況を、次々と言い当てる奏夜に、悠二は驚きを露にする。


「お前さぁ、自分に見切りつけんの速すぎ。そりゃ目標点が高いのは認めよう。なにせあの平井だからな。学業においてもアレは天才って言って良いし、運動能力に至ってはそれ以上だ。この前30分の持久走で息一つ切らさなかったしな」


高校レベルの話じゃねぇよ。
そう冗談めかしく語る奏夜に、何故か悠二は僅かな蟠りを覚える。


違う。
シャナの凄いところはそんなことじゃない。


「けどさ。何も追い付けないってステージじゃないだろ。人間頑張れば大抵のことは出来る。追い付けないにしても、足手纏いにならないくらいなら――」


違う。
この人は知らないだけだ。
あの少女がどれだけ圧倒的で、絶対的な存在なのかを。


彼女――シャナのフレイムヘイズとしての姿を、悠二は思い浮かべる。
煌々と燃え上がる炎髪を靡かせ、大太刀『贄殿遮那』を振るう姿を。
あのシャナを見れば、この人も『追い付ける』などと言うようなことはしないだろう。


そう。本人の自覚していないところで、悠二は苛ついていたのだ。
何も知らないまま、仮の姿としてのシャナを見て――ちっぽけな存在に過ぎない自分が、彼女に追い付けるなどと語る――紅奏夜に。


「だいたいな、根本的なことを言わせてもらうけど、平井はそこまで……」
「―――ですか」
「ん?」




「先生に、何がわかるんですか」




自分でも驚くほどに、口から低い声が溢れ出していた。
けれど、歯止めを無くした気持ちの奔流は、もう止まらなかった。
頭では、八つ当たりに過ぎないとわかっているのに。


「先生は、何にも知らないからそんなことが言えるんです。
先生が、シャナの何を知ってるんですか? 僕の何を知ってるんですか? 先生の物差しで、勝手なこと言わないで下さい」


醜い怒りが声に投影され、思考を支配する。
平井ゆかりではなく、『シャナ』という呼び方をしてしまっていることにも気が付かないくらいに、悠二は余裕が無くなっていた。向かいで話を聞いている奏夜の顔は、見えない。


「シャナは、どんな意味でも凄く強いんです。多分、先生が想像もつかないくらいに」


だから、自分がいなくても、全然困らない。
一人で、何でも出来るから。


「さっき、僕でもシャナに追い付けるって言いましたよね。確かに先生なら、そう思うのはわかります」


紅奏夜とは、そういう男だ。


自分の指先一つで運命さえも変えられる。
そんなことが出来るわけがないのに、不思議と納得させられてしまうような、底知れない器を持つこの人ならば。


「っ、でも、僕は違うんです! 僕は結局、ただの高校生で……強いわけでも、何が特別なわけでもありません!」


自分の心を自分で斬りつけることさえも躊躇せずに、悠二は心に溜まった疲れ、諦め、悲しさ、怒り、苦しさを全て吐き出す。


「……それでも、あの子の役に立てるって思ってました。けど、違う。
僕なんかがシャナの側にいたって、シャナに余計な負担をかけるだけなんです!
みんながみんな――」




先生みたいに強くなれるわけじゃないんです!!




息を切らすまでに、声を張り上げたところで、真っ白になった頭に思考能力が戻ってくる。
最初に感じたのは、やってしまった、という後悔。


(何をやってるんだ僕は!!)


こんなこと、奏夜に言って何になるというのだろうか。


彼は『非日常』の世界にいない。
奏夜が少し『日常』から外れた場所にいるがために、悠二はそれを失念していた。
……いや、それさえも言い訳だろう。


(最悪だ、僕……。こんなの、ただ怒鳴り散らしてるだけじゃないか)


奏夜に何と罵られても、文句は言えなかった。ずしりと重くなった頭を持ち上げて、悠二は恐る恐る奏夜の顔を見ようとした――




「…………っくく」




聞こえたのは、何かを圧し殺すような音。
罵声ではないそれを奇妙に思った悠二が、奏夜と眼を合わせた瞬間、




「――っ、あはははははははははははははははは!!」




怒るでもなく、悲しむでもなく、奏夜は高らかに笑い出した。
悠二が呆然とする中、奏夜は腹まで抱えて、大爆笑を続けている。
防音完備の部屋でなければ、学校中に聞こえるのではないかと思うくらいのボリュームで。


「っくく、『強い』? この俺が?」


奏夜の笑い声は一応止まったものの、皮肉めいた笑みだけは崩さない。


「そいつぁ、人類史上例を見ない壮大なギャグだな。坂井、今度どっかの大会に出てみたらどうだ? 観客みーんな抱腹絶倒だぜ。っはは、俺が『強い』か」


本当に笑える冗談だ。
まさか紅奏夜という存在を、『強い』などというカテゴリーに分類しようとは。


「坂井、随分と素敵な勘違いをしてくれたところすまないが――俺は強くなんかないよ」


収まりかけていた動揺が蘇る。


強くない?
いつも絶対の自信に満ち溢れている奏夜が、こんなことを口走るなど、誰が予想出来るだろうか。


「で、でも先生は……」
「同じことを何度も言わせるな。俺は強くなんかない。いつだって誰かの足手纏いになって、誰かに助けられ、支えられ、どうにか一人前になれる情けないヤツさ。
ちょうど今のお前みたいにな」


投げやりで自虐的な口調のまま、奏夜は言葉を繋げていく。


「でもだからと言って、お前の気持ちがわかるわけじゃない。『僕の何がわかるんですか』か、なるほど、そりゃ確かにそうだ。
自分のことを一番わかってるのは、どんな講釈を並べても、結局は自分だからな」


「けど」と、奏夜は言葉を切って、


「平井に関しては別だ。平井の気持ちを100%知るのは平井だけだが、99%知る人間ならいる。
――ハッキリ言っておくか。今の平井の気持ちなら、俺はお前よりも知ってる」


何の躊躇もなく、奏夜は言い放つ。
挑発ともとれる発言に、悠二は何故か気圧された。


「――な、何を」
「言ってるのかって? じゃあお前、さっき平井が何で怒ったのかわかるのか?」


悠二は、鋭い刃が自分を斬りつけてくるのを感じていた。
奏夜は的確に、悠二の傷をついていく。


「わからねぇだろ? いい加減自覚しろよ、坂井悠二。
つまりお前と平井の関係性は現在、教師と生徒というドライな関係性にすら負けるほど、弱くなってるってことだよ。
お前はなーんにもわかっちゃいない。せいぜいのアドバンテージは、シャナっていう渾名くらいかね」


くっくっく、と奏夜はシニカルな笑顔を作る。
いつもならただ安心するだけの笑顔が、今日は何故かとても怖かった。


「下らないことで落ち込み過ぎなんだよ。お前がウジウジしたら、周りにどれだけ影響が出るのかわかっちゃいない」




――いやだ。ファンガイアはイクサが倒す。俺が行っても、また痛い思いをするだけだ。




(本当――お前見てると思い出すよ)


昔何処かにいた、屋敷に引きこもってばっかりの臆病者を。


「『僕なんかがシャナの側にいたって、シャナに余計な負担をかけるだけなんです』。……こんな風に考えてるなら、平井が怒って当然だな」
「……でも、実際そうなんですよ」
「卑屈だなぁ。お前、ひょっとして平井を『天下無敵のヒーロー』だとか思ってんじゃねぇの?」


手持ちぶさたなのに任せ、奏夜は空になったコーヒーカップを玩ぶ。


――思っているも何も、そうだろう。


ただ無敵で、美しいまでの強さで“徒”を倒すフレイムヘイズ。
それが、シャナだ。


「この世に完全無欠の存在なんていやしねぇよ。そんなものがあるとすれば、本物の化け物だ」


しかし奏夜は、悠二の幻想を粉々に打ち砕く。


「あいつは、確かに強いと思うぜ。けど、あれは『最強』と呼ぶにしてはあまりにも不安定過ぎる。平井は、あれだけの才能を持ちながら、それを使いこなせるだけの心が、まだ育っていない」
「心……」
「そう、心。あいつの強さって、その一点でかなり左右されるんだよな。アップダウンの幅が激し過ぎるんだ」


――そのアップダウンを生み出したのは、お前なんだけどさ。
奏夜は敢えて、重要な事実を伏せた。


「例えて言うなら、レベル1にして大魔王って感じだよ。
あいつがどんな生き方をしてきたのか知らないが、あの力は決して最強じゃない。使い方を間違ってる以上は、な」


使い方を誤った強大な力は――悲劇しか生まない。


「でも、恥じる必要はないんだよ。『最強』なんてつまらないもの、目指さない方が正解なのさ」
「えっ?」
「『最強』ってのはさ、文字通り『最も強い』。言いかえるなら『それより先はない』ってことだろ?
どんだけつまんねぇんだろうなぁ、それ。人間は越えられる壁があるからこそ、それを越えようと切磋琢磨するからこそ、オモシロイのによ」


だからこそ『最強』はつまらない。
『先がないもの』はつまらない。
奏夜の一言一句全てが、悠二の中で反芻される。


「『最強』はありえないし、あってはならない。『強さ』を得たいなら、『最強』を目標点にはしないことだ。
――『何故強くなりたいのか』。それさえあればいい」
「強くなる、理由?」
「お前、足手まといになるのは嫌だ、とか言ってたよな。なら質問しよう。お前は何故、それだけの強さが欲しいんだ?」
「………」


強くなりたい理由。
それは――シャナの足手まといになりたくないから。


いや、本当にそうなのだろうか?
鍛練を始めた時に抱いていた熱意は、こんなまだるっこしいものから生まれていたのか?


(違う。これは“僕”の都合だ。理由はこんなのじゃない。もっと、簡単だった)


心に絡み付く感情を処理出来ず、悠二は黙り込む。


「わからないなら、それもいいさ。提出期限ナシの宿題だ。
放課後、池と吉田と出掛けるんだろ? リフレッシュしながらゆっくり考えてみな。俺が言えるのは、ここまでだ」


あとは、悠二とシャナ次第。


『理由』に気が付けさえすれば、他のことも理解出来るだろう。
シャナが怒る理由も。
自らの熱意が何故消えてしまったのかも。




(お前と平井が――人間とフレイムヘイズが、何も変わらないってことにもな)




その後は長らく沈黙が続き、奏夜も暇をもてあましだしたのか、机にあった楽譜をぼんやりと見つめていた。
予鈴が鳴り、悠二も教室に戻っていく。


「また、話しにきてもいいですか?」
「勿論。それが俺の仕事だ」


そんなやり取りを交わして部屋から出た二人は、反対方向に歩き去る。


――悠二に出されたコーヒーは、結局飲まれることなく冷めていた。
  1. 2012/03/17(土) 17:53:56|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第五話・暗転/弔詞の詠み手.前篇

【2年前】


「ゾ○レンジャー、ゾ○レンジャー! お前も、ふーまじめーにーなれー!」


変な歌を上手に歌いながら、奏夜は夜の商店街を歩く。


店は既にシャッターが降り、どこか物寂しい風景だ。
歌がサビに入ったあたりで、奏夜は足を止める。
自分の向かう先。商店街のアーチの前あたりに、二つの人影が立っていた。


一人は、自分よりもやや年下の青年。
奏夜と同じく茶が入った髪をして、目は不機嫌そうにつり上がっている。


もう一人は上から下まで黒いローブのような服を着て、顔にはカラスを模した金色の仮面に鉄の額当て。
青年の方はともかく、こっちはかーなーり怪しい。
あだ名をつけるなら、通せんぼをしてるあたり、武蔵坊弁慶。


話しかけてどいてもらうべきか。
奏夜が決めあぐねていると、青年の方が話しかけてきた。


「あんたか。この世界の“仮面ライダー”ってのは」
「……仮面ライダー?」


聞き慣れない単語だ。


「何だよそれ」
「……ああそっか。この世界じゃ仮面ライダーって呼び方はしないのか。ったく面倒くせぇな。……まぁ、いいや。ホラよ」


青年は頭を軽く掻き、奏夜に向かって無造作に何かを放った。
反射的に、奏夜はそれを受け止める。


「何だこれ? カード……じゃないな。電車の定期券か?」


奏夜の受け止ったそれは、黒い面に黄色と緑のラインが書かれたカードだった。数は二枚。


「そいつはゼロノスカード」
「ゼロノスカード?」
「所有している者を、時間の影響から守るカードだ。俺の記憶から作ったカードなんだから、無駄にすんじゃねぇぞ」
「……いや、こんなん貰われても」


色々と説明をすっ飛ばす青年に、さすがの奏夜も困惑気味だ。


「大体お前誰だよ。何で俺のことを知ってる?」
「お前が知る必要はねぇ。いいから黙ってカード持ってろ。――この世界の時間を守るために、いずれ使う時が来る」


それを最後に、青年は質問に答えることなく、奏夜に背を向ける。
と、傍らで黙りきりだった仮面の男が、奏夜の近くに小走りでやってきた。


「あの、すいません。侑斗は本当は凄くいい子なんです…。あ、これお詫びの印にどうぞ」


男はまるで主婦のような言い回しをすると、奏夜の手に袋付きキャンディを渡す。
イラストには、デフォルメされた男の顔が描かれていた。


「おいデネブ! 早く行くぞ!」
「あ、待ってよ侑斗~!」


青年の怒鳴り声が聞こえると、男は慌てて「侑斗をよろしく!」とだけ言って、青年の後を追いかけていく。



呆然とする奏夜の手には、二枚のカードとキャンディが残された。


「……」


奏夜は無言のまま、キャンディの包み紙を開けて、中のキャンディを口に放り込む。


「……美味ッ!」


――その後バイオリン作りの傍ら、奏夜は半年かけてその味を再現したそうな。


◆◆◆

【2年後】


「あ。奏夜くん、いらっしゃい」
「こんにちは、マスター」


授業を終えた足で、奏夜はカフェ・マル・ダムールに来ていた。
犬ブルマンの世話をするマスターにコーヒーを頼み、奏夜は待ち合わせている人物を見つけた。


「やぁ、奏夜くん。久しぶりだね」
「はい。お久しぶりです、名護さん」


カウンターに腰掛け、コーヒーを口に運ぶ青年に軽く礼をして、奏夜も相席する。


――彼の名は名護啓介。
『素晴らしき青空の会』のエリート戦士にして、対ファンガイア用のライダーシステム『イクサ』の資格者。
奏夜とは四年前からの付き合いであり、共にファンガイアと戦った仲間だ。


当時、奏夜は名護の独善的な性格から、様々ないさかいがあったが、現在は和解し、共に良き友人として接している。
今でもたまに、高圧的な態度になる時もあるが、当時に比べれば随分と心に余裕を持つようになった。
恵と由利という妻子を持ったのも、理由の一つだろう。


交友面においても、戦闘面においても、奏夜が頼りにする人物だ。


「キミのスーツ姿も新鮮だな」
「俺からすれば堅苦しくて仕方ありませんよ。それにどっちかっていえば、スーツは名護さんのトレードマークでしょう」


苦笑混じりに奏夜は出されたコーヒーを啜る。


確かに奏夜がネクタイさえも絞めず、ワイシャツに背鰭を羽織った服装なのに対し、名護はボタンもしっかりとめ、ネクタイのズレすらない完璧な着こなしを見せている。
奏夜のスタイルに合っているのは間違いないが、どちらが似合っているかと言われれば、過半数の人間は名護と答えるだろう。


「教師という職業も大変だな」
「いえ、案外楽しくやらせてもらってますよ。最近はファンガイアが活発になってますから、嶋さんのお世話になりっぱなしですけどね」


「ああ、こちらも似たようなものだった。御崎市ほどではないが、諸外国でもファンガイアの活動が目立つ。
青空の会は、ファンガイアの管理者側だけでなく、3WAにも協力を要請しているところだ」
「そうですか……。この前健吾さんからも連絡があって、名護さんと同じような状況みたいです」
「その上、キミの言う“紅の徒”か……」


名護は腕を組んで唸る。


「私も数日前、一匹だが“燐子”を倒した。封絶とやらがなかったから助かったが、もしあれば、イクサに変身していても私は動けないだろう。――キミの話では、何か対策があるとのことだったが」
「もちろん。天才に不可能はありません」


奏夜はポケットから、二枚のカードを取り出す。


「じゃあ名護さん、これを渡しておきます」
「これが対策? ただの定期券にしか見えないが……」


その一枚を手に取り、しげしげと眺める名護に、奏夜が説明を加える。


「ゼロノスカードという代物です。それを持つ人間は時間の歪みの影響から守られる。もちろん、時間や因果から世界を切り離す封絶にも有効ですよ。ちょっと調べてみましたが、効果は本物です」
「……相変わらずファンガイアの技術には舌を巻くばかりだな」
「ええ。そう、ですね」


奏夜は少し答えを濁した。
まさか二年前、通りすがりの二人組に貰ったなど、説明できたものではない。


(必要になるってのはこのことだったんだな)


二年経った今でも、彼らの正体はわからないが、今は素直に感謝しよう。
誰かを守るためになるものなら、何だって構わない。


「ではありがたく使わせて貰うよ。もう一枚は健吾に渡しなさい」
「ですね」


今の健吾なら、十分戦力になってくれる。
健吾も仕事が終わり次第帰国すると言っていたから、次に会った時にでも渡せばいいだろう。


「しかし、ファンガイアが活発化しているタイミングで、“紅の徒”が御崎市に現れたことは、何か関係性があるのかも知れないな」
「俺もそう見てます。それに、今回戦った“フリアグネ”ってやつは、チェックメイトフォークラスの力を持っていました」
「それだけの力を持つ存在が集まれば、また四年前のようになる可能性がある、か」


名護はやや憂いを帯びた表情になる。


名護は外国を飛び回っている分、ことによったら奏夜よりも遥かに多く、掟破りのファンガイアを倒してきた。


心労が増えるのはあまり好ましくないのだろう。
四年前こそすれ――大切な人がいる今なら、なおのこと。


「すみません名護さん。僕らがしっかりしてれば、恵さんや由利ちゃんとも……」
「? 何を言ってるんだ。キミが謝る必要はない」


名護は柄にもなくしょげる奏夜の肩を軽く叩いた。


「キミがこの街で戦ってくれているから、私は安心して戦える。キミが恵と由利を守ってくれているから、私は二人から離れていられるんだ。むしろ感謝したいくらいだよ。もっと自覚を持ちなさい」


名護の言葉に、奏夜は驚いたように目を見開き、


「――はい」


――かつて奏夜は名護に言われた。キミは本当に変わったと。
でもそれは、自分に限ったことではない。


みんなみんな、変わった。


名護にしろ、かつてからこんな柔軟な見方が出来たわけではない。
むしろ昔は、張り摘めた弦のように刺々しい音楽を奏で、自尊心の強い性格だった。


この四年でそれが改善されたのはひとえに――


「うふふー、名護くんも言ってくれるようになったわねー♪」
『!!』


シリアスな雰囲気を破壊する軽い声に肩をはね上げ、口に含んだコーヒーを吹き出しかける。
軽くむせかえりながら、奏夜と名護は後ろを振りかえった。


途端、名護さんに飛び付く小さな身体。


「お父さん、おかえりなさい!」
「おかえりなさい、名護くん」
「ゆ、由利? 恵?」


名護のみならず、奏夜も驚きである。


「い、いつの間に……」
「ん? 『キミのスーツ姿も新鮮だね』のあたりから」
「ほとんど最初からですか!」


多分、後ろのテーブル席にいたのだろうが、話に夢中で気が付かなかった。


「名護くんのいい感じなセリフも聞かせてもらったわよん。
『キミが恵と由利を守ってくれているから、私は二人から離れていられるんだ』
……つまり裏を返せば、本当なら片ッ時も離れたくないってことよねー♪」


恵、超ご機嫌。片や名護、超動揺。


「ま、待ちなさい! 違う、さっきのは言葉のあやで……」
「じゃあ私達は大切じゃないのかしら? 悲しいわねー、結婚してもう四年になるのに」
「い、いやいや。別に大切じゃないとは……」
「あら、ならいいじゃないの。さ、せっかく帰ってきたんだし、久しぶりに家族で過ごすましょう!
さぁ由利! パパに全力で抱き着くわよ!」
「だきつくー!」


恵は名護の背中に腕を回して抱き着き、そして恵の命を受けた由利は、腹部あたりにしがみつく。


名護の動揺、更にヒートアップ。
顔を真っ赤にして二人をどうにか振りほどこうとするが敵わない。


「めめめ恵! ゆゆ由利! 今すぐ離れなさい!」
『やー♪』


恵と由利は声を揃えて名護の要求を却下する。
そんな三人を見る奏夜と、コーヒーを煎れるマスターは、口の端が歪みながらも、懸命に笑いを堪えていた。


(名護さん(くん)が面白すぎる)


二人の思考がシンクロし、そしてこれまたほぼ同時に言った。


「超ラブラブですね(だね)、名護さん(くん)」
「茶化すのは止めなさぁーい!!」


――カフェ・マル・ダムールの店内に響く笑い声は、嶋が名護を訪ねてくるまで続いたという。


◆◆◆


「見上げる星、それぞれの歴史が、輝いて~♪」


カフェ・マル・ダムールの帰り道。
夕日が煌めき、帰宅する人達がちらほら見える道路沿いを、奏夜は歩いていた。
ゼロノスカードを貰った時のことを思い出したせいか、あの時と同じように鼻唄を歌っている。


(案外、また面白いヤツに出会ったりするかもな)


そんな朧気な期待をしつつ、奏夜は信号前で立ち止まる。四方と十字型に横断歩道がある、小さなスクランブル交差点。
車が行き交い、たくさんの人が信号が変わるのを待っている。


(――あの中にも、トーチがいるんだろう)


我ながら嫌な創造をする、と思いながらも、奏夜は顔を曇らす。


(……名護さん、俺は貴方に安心してもらえる程、誰かを守れちゃいませんよ)


フリアグネの存在に気が付く頃には、もう相当数の人間が喰われていただろう。


例えば、坂井悠二。
例えば、本当の平井ゆかり。


結局、犠牲者は出てしまう。
奏夜がどれだけ変わろうとも。
奏夜がどれだけ強くなろうとも。


それに日常か非日常かは関係ない。
それ以前の問題。この世のリアル。


(――父さんなら、守れたのかな)


全てに愛された男。
真の天才、紅音也。
もし父がここにいたのなら、今の自分をどう評価するのだろうか。
立派になったと言うのだろうか。それともまだまだだなと言うのだろうか。


……いや、こんな考えをすることこそ、まだまだ未熟ということなのだろう。


(ったく、煮え切らないヤツだな。俺も)


ネガティブ思考な自分の頭をゴンと叩いたところで、信号が青に変わった。
奏夜は群衆に混じって、横断歩道を渡る。




――世界が閉じたのに気が付いたのは、スクランブル交差点の真ん中まで来た時だった。




「……」


立ち止まって至近の様子を伺う。
自分以外の人間は皆動きを止め、静寂だけが支配する空間。


「封絶か」


世界を切り取るドーム状の炎。
幾度か見たことのある光景だが、炎はまるで覚えがない、群青色だった。


「――予感的中」


ぽつりと奏夜が呟く。
封絶の発生。それが意味するものは、


「封絶の雰囲気はあまり好きじゃないんだ。
俺の庭であるこの街を、無意味に引っ掻き回す真似は止めろ」

「ふん、私はアンタの存在がこの街の不協和音に聞こえるけどね」


互いに好意的でないことがわかる口調のまま、二人は互いの姿を視認した。
奏夜の真正面、交差点を渡った先の歩道に、いつの間にか一人の女性が立っていた。


外見は二十歳過ぎ。
欧州系の風貌に、栗色のストレートポニー。
縁無し眼鏡の向こうにある目は鋭く、表情もやや不機嫌気味。
奏夜は女性をそういった目で見ることがないが(奏夜が唯一、音也から受け継がなくて良かったと思うものである)、万人に聞けば確実に美人と答えるだろう。
持ち物らしき、肩にかけた下げ紐のに先に吊られている異様に分厚い本が、妙に目立っていた。


女性は奏夜を見るなり、深く溜め息をつく。


「デカい気配がすると思って来てみれば、ワケわかんないヤツ見つけちゃったわね」
「そらこっちのセリフだ。いきなり封絶使って話し合いのフィールド作りやがって。
何なんだお前。パッと見、フレイムヘイズみたいだか」
「……へぇ。大体のことは知ってるみたいね。手間が省けるわ」
『ヒャーッハハ! お前の場合、知ってようが知ってまいが説明面倒くさがブッ!』


女性の持つ『本』がいきなりハイテンションな声で喋り出した。
ちなみに最後の声は、女性が本をブッ叩いた音だ。


「一応は自己紹介しとこうかしらね。“弔詞の詠み手”マージョリー・ドー。んで、こっちが“蹂躙の爪牙”マルコシアス」
『よろしくなぁ! 茶髪の兄ちゃん、ッヒヒ!』
「さて、それでアンタは一体何? 同業者でも“徒”でもミステスでもないみたいだけど」
「紅奏夜。ハーフファンガイアだ」


ファンガイア、という単語に、マージョリーとマルコシアスが反応する。


「ふーん。あんたファンガイアなんだ」
「ああ、しかしアンタら、よく気が付いたな。知り合いに一人フレイムヘイズがいるが、そいつでも俺がファンガイアとは気付いてないのによ」
「誰のことか知らないけど、そのフレイムヘイズかなりお粗末なヤツね。確かに一目じゃ気付かないでしょうけど、気配探知の自在法使えばすぐにわかるわよ」


(ほう、そんなことも出来るんだな。自在法ってのは)


そういえばフリアグネも、シャナを『炎も満足に出せないフレイムヘイズ』と称していた。
ならば、マージョリーの言う気配探知の自在法が使えないのも頷ける。


「ま、そいつは与太話か。それで……マージョリーとマルコシアスだっけか。アンタらはこの街に何をしに来て、俺になんのようなんだい?」
「フレイムヘイズの目的なんて知れてるでしょう。“徒”をブチ殺しに来たのよ」


何やら穏やかでない空気が、マージョリーから流れ出ていた。


「私達が今追ってるのは“屍拾い”ラミーっていうクソ野郎よ。アンタに声をかけたのは、そいつの居場所を突き止めるのに使えそうだったから。それだけよ」
「なるほど、要はこの街の案内役ってとこか」
『ヒッヒッヒ、頭の回りが早ぇな兄ちゃんよ!』


マルコシアスの笑い声を聞きながら、奏夜は思考を巡らせる。
街に“徒”がいる以上、放ってはおけない。
だがシャナと違い、こいつらが自分にとって味方であるとは限らないだろう。


(――何にせよ、話を聞かないことには始まらんか)


そう結論付けて、奏夜は口を開く。


「そのラミーってヤツは、どんな“徒”なんだ?」
『あっちこっちでトーチを喰って、チマチマ存在の力を集めてるせせこましい野郎さ。ヒッヒ!』
「トーチを喰う?」


つまりトーチから存在の力を奪っているということだろうか。
だが、何故そんな面倒なことをするのだ。
トーチの持つ存在の力は、所詮仮初めに過ぎない。
普通に喰った方が、より効率良く存在の力は集まるだろうに。


奏夜の疑問を察したのか、マージョリーは補足を入れる。


「わざと消えかけのトーチを喰って、世界のバランスを崩さないようにしてんのよ」
「は? そんなの“徒”にとっちゃどうでも……」


言いかけて、気が付く。


そうか。トーチ、しかも消えかけのものだけを喰う。
その程度ならば、存在の消滅による世界のバランス崩壊は生まれない。
無害であるならば、フレイムヘイズがわざわざ討滅する理由はない。


上手いことを考えたものだ。


「ちょっと待てよ。それならほかっとけばいいじゃねぇか。そのラミーって奴」


奏夜は淡々と指摘する。


「世界のバランスを崩さず、普通に生きてる人間を喰わないなら、余計な戦いをしなくて済むだろ」
「……ハッ、同じように人の存在の力を喰う身でよく言えたもんね」


マージョリーの表情に苛立ちが混じる。
奏夜もまた、仲間への侮辱に対し、僅かに目を細めた。



「“紅世”についての経験が浅いようだから教えといてあげるわ。“紅世の徒”に例外なんてない。今はたまたま奴の都合で、他の気に障らないように動いてるだけよ。いつ溜め込んだ“存在の力”を使って災厄を起こすか、わかったもんじゃないわ」
「そいつが災厄を起こすって証拠はあるのかよ」
「“紅世の徒”は人喰いの化物なのよ、証拠なんてそれで十分! 同じことを何度も言わせないでくれる!?」


奏夜の耳を、彼女の奏でる心の音楽が揺らす。
激情に吼えるマージョリーの音楽は、まさに燃えたぎるビート。
調和など欠片もなく、ただ全てを巻き込む、暴音。
それらのバックミュージックには、鮮烈に刻まれた深い深い憎悪が鳴り響いている。


――荒れ狂うマージョリーの音楽を聞き終え、奏夜は表情を変えぬまま、


「なるほど、大体わかった」


奏夜は額に手を当てて溜め息をつき、答える。


「悪ぃな。俺、アンタらの邪魔することにするわ」
「は?」
『あ?』


マージョリーとマルコシアス。二人分の疑問符が浮かぶ。


「いやいや、最初は協力してもいいかなーって思ったんだけどな。ただ前回の件で、“紅世の徒”にも色々事情があるって知っちゃったからさ。何の話し合いも無しに、すぐ殺すのはやや憚られる気分でしてね」


それに。と奏夜は『笑った』まま告げる。


「俺さぁ、他人と解り合う気がないヤツって、あんまり好きじゃないんだよ」


奏夜は言い終わると同時に、下げていたバックを地面に放る。


「要するにだ。ラミーってヤツに関しては俺が処理する。アンタらの出番はありませんので、さっさとお帰り下さいな」
「――へぇ、言うじゃない」
『ヒャハハハハーッ! いーじゃねーか、いーじゃねーか! 滅茶苦茶面白ぇヤツだな兄ちゃんよぉ!』


マージョリーの好戦的な笑みと、マルコシアスの大爆笑に呼応するかのように、群青の炎が勢いよく弾け出した。


「交渉決裂ね。私たちの邪魔すんなら、さっさとブチ殺させてもらおうかしら?」
「やれるもんならな。――キバット!」
「あいあい! キバ~ッと!」


奏夜の呼び掛けに答え、何処からともなくキバットが飛来する。


「ガブッ!」


キバットが奏夜の左手に噛み付き、アクティブフォースを注入。
奏夜の顔にステンドグラスの模様が浮かび上がる。


「変身」


奏夜が静かに唱え、キバットがキバットベルトに止まる。
光の鎖が弾け飛び、奏夜の身体をキバへと変えた。


「断罪の牙の下、転生の輪廻に沈め!」


突然の変貌に驚く二人を、キバは人差し指で挑発する。


「赤い鎧に、蝙蝠の仮面……! っふふ、なるほど、最近よく聞いちゃいたけど、アンタが『キバ』!! ファンガイアの王!!」
『ヒャッ、ハハハハァ!! なんだってこんなちっちぇ街にこんな大物がいんだぁ!? 物好きな王様だなオイ。ッヒャ、ハハーッ!』


戦意をみなぎらせ、マージョリーとマルコシアスはキバを睨む。
戦うに足ると認めた相手を。


「ま~た面倒くさそうなヤツだな。フレイムヘイズってみんなこうなのかぁ?」
「さあな。ただ、平井とは違う面倒くささだとは思うぜ」


キバットのやや呆れ調の質問に、キバはあくまでもマイペースに答える。
マージョリーは肩から下げた本、神器グリモアを片手に持つ。
留め具は独りでに外れ、古めかしい字の書かれたページが捲れていく。


「準備万端ってか?」
「さぁ、どうかしらね」


はぐらかすような調子で二人は会話を交わす。
グリモアは半分ほどまでめくられ続け、付箋の挟まれたページで止まった。
それを合図に、キバは動く。


「ハッ!!」


両手を大きく広げるような独特の構えを取り、キバはマージョリーに突進していく。
キバの拳が彼女を捉える。


だが拳を突き出すキバの目の前で、吹き荒れていた群青の火の粉が、マージョリーを中心点に集まり出した。


「なんだぁ!?」


キバットが言い終わらないうちに、彼女を包み込む炎の塊は、奇妙な獣の形を型どった。
耳はピンと立ち、大柄な体格。両腕は熊のように太く、ギザギザの牙に瞳の無い丸い目が、まるでどこぞのマスコットキャラのような印象を与えていた。


『こっちも変身! ってかぁ? ッヒヒ!』


キバの拳が届くタイミングに合わせ、奇妙な獣は息を吸い込むような仕草を取る。
何かを吐き出すかのように。


「! キバ、よけろ!」
「チィ!!」


舌打ち三寸、キバットの警告に従い回避。


「ッバハァッ!」


群青の炎が獣の口から溢れ出す。
紅蓮の本流による津波を、キバはギリギリでかわす。


「ふうん、あの位置から回避したのを見ると……」


笑いの表情を取る獣の中からマージョリーの声が聞こえ、


『ま、合格点だぁな。ヒッヒ』


マルコシアスが言葉を継いだ。
息を整えて、キバとキバットは冷静に相手の戦闘スタイルを分析する。


「嬢ちゃんと全く戦い方が違うな」
「ふむ。自在法ってやつをメインに戦うフレイムヘイズ……ってとこだな」
「ならあの炎に加えて、攻撃方法も多彩にあるってことか……、こいつぁいくらキバッても、素手でやるには骨が折れるぜ」
「フン、なら狼には狼だ!」


キバが取り出した青色のフエッスルを、キバットが吹き鳴らす。


『ガルルセイバー!』


◆◆◆


「う~ん、負けちゃったか」
「ハッハッハ、手先が物を言うスピードなら、まだお前には負けんぞ」


「ちぇ~」と口を尖らせるラモンに対し、次狼は得意気に鼻を鳴らす。力はケーキを食べながら、二人のやり取りを見物していた。


――と、賑やかなドランプリズンに軽快なリズムが響き渡る。


「あ、お呼びだね」
「このけはい……またフレイムヘイズ」
「……ったくあいつは。トラブルメーカーなとこまで音也と似やがって」


次狼は溜め息混じりに呟き、ラモン、力が見守る中、彫像形態となって、キャッスルドランから飛び出していった。


◆◆◆


飛んできたガルルセイバーの柄を握り締めると、キバの腕が青き装甲『ガルルシールド』に覆われ、胸部もまた『ウルフェンラング』に変化。


キバの仮面とキバットの瞳が青く染まり、『ガルルフォーム』へのフォームチェンジが完了した。


『ヒッヒッヒ!! 青い狼と来やがったか! なんでぇなんでぇ、俺様のお株を奪うつもりかぁ!?』
「ふん、色が変われば強さが変わるのかしら」
「さぁ、どうかな!」


キバが吠え、再び獣に向かって駆け出す。


『ヒャーッハハ、お次はこいつだぁ!!』


獣が腕を一振りすると、無数の炎弾がキバ目掛けて射出された。


早く、数も多いが、ガルルフォームは身体能力に特化した形態。
防御と回避はキバフォーム時よりも格段に洗練されたものになる。
ガルルセイバーを使って炎を切り裂きながら、キバはガルルセイバー、次狼に問いかける。


「困った時の次狼さん。あのデフォルメ狼は何だ?」
『腹の立つキャッチコピーをつけるな』


律儀にツッコミを入れてから、次狼は答える。


『俺も実際に見たことはないが、恐らくアレは“蹂躙の爪牙”顕現の証、炎の衣『トーガ』だ』
「衣、ね。ならあの怖~いお姉さんを中から引きずり出さないと駄目なわけか」
『あいつらは自在法に長けている。炎髪のガキと違って、直線的な攻撃は無いぞ』
「はっ、上等!!」


炎の雨を持ち前のフットワークで回避し、キバは地を思い切り蹴る。
ジャンプした勢いで、近くにあった信号機の上に着地。


「逃がすかよぉ!!」


炎弾が飛ばされる瞬間、キバは信号機を足場に再び跳躍。
信号機が燃えないゴミに変わったのを横目に収め、キバは落下の勢いに任せるまま、ガルルセイバーを獣目掛けて振り降ろす。


「なっ!!」
『やべっ!!』


炎の嵐を一旦止め、獣は両腕を交差し、防御体勢を取る。


「甘い!」


キバは空中でくるりと身体を捻り、ガルルセイバーを振り降ろすことなく着地。
上段に腕が置かれ、獣の正面はがら空きだった。


「ハァッ!」


ガルルセイバーの剣閃が煌めき、獣の身体を切り裂く。
二撃、三撃と刀身が振り抜かれる度に、獣の身体を作る焔が散った。


「ぐっ!!」
『っの野郎がぁ!!』


獣は僅かによろめくが、アンバランスな体勢のまま、炎弾をキバに吐き出した。


「がっ!!」


火球がキバの真ん中にヒットし、その身体を打ち上げる。
ざりざりざり、と地面との摩擦で火花が散るも、キバは直ぐ様身を起こしてリカバリングした。


「……やるな」


僅かに焦げた自らの鎧を見て、キバは呟く。


「ハッ、お互い様でしょうが」


苦々しげなマージョリーの声が聞こえ、獣が起き上がる。


『いやいやおでれーた。さすがはキバってとこかぁ? ヒッヒ』
「この程度と思ってもらっちゃ困るぜぇ?」


マルコシアスのシニカルな言い回しにキバットが答え、両者は再び睨み合う。
戦いが仕切り直され、一触即発の雰囲気が漂う。
互いが剣と爪を構え、隙の伺い合いが続いていた。




『――~~~♪』




彼にしか聞こえない音色――ブラッディローズの旋律が、キバの思考を揺らした。


「なっ!?」
「おいおい、このクソ忙しい時にファンガイアかよ!!」


狼狽えるキバに、獣は不審そうに首を傾げる。
一方でキバは大慌てだ。
このまま『弔詞の詠み手』を放っておけば、後々面倒になるのは確か。
しかし現段階で、優先させるべきは掟破りのファンガイアだ。


「……あ~、畜生!!」


苛立ちを含んだ語長のまま、キバは指をパチンと鳴らす。


すると、何処からともなく、キバ専用のバイク――マシンキバーが爆音と共に走ってきた。
マシンキバーは馬型モンスターの脳を移植されているため、キバの指示一つで自走が可能なのである。


やってきたバイクに跨がり、キバはガルルセイバーの柄をマージョリー達に向けた。


「お前らの相手はまたしてやる!」
「は? あんたら逃げられるとでも……」


――アォォォォン!
マージョリーが言い終わるか言い終わらない内に、ガルルセイバーから放たれた衝撃波が、道路を砕いて上がった砂煙を巻き上げ、マージョリーの視界を覆った。


「くっ!?」


マージョリーは直ぐ様目を開けたが、既にキバの姿はそこにはなく、バイクのホイール跡だけが虚しく残されていた。


しばらく獣は、呆けたようにその場に立ち尽くし、群青の炎が霧散すると、再びマージョリーの姿を現す。


『ヒャーッハハハハ!! 言ったそばから逃げられちまったなぁ! 我が鈍重なる追跡者、マージョリー・ドブッ!』
「お黙りバカマルコ」


普段よりもやや強めな一撃がグリモアへと飛んだ。


◆◆◆


交差点からやや離れた路地裏。


『ガルル・バイト!』
「ヴルァァァ!」


満月をバックに、キバは『ガルルハウリングスラッシュ』を決め、三体のラットファンガイアを撃破する。
ステンドグラスの欠片となったファンガイアの肉体から、虹色に輝くライフエナジーが放出された。


「ふうっ……」とキバは息を吐いて、ガルルセイバーを手放す。
彫像となったガルルセイバーを見送って、キバットが言う。


「奏夜。こいつら、量産体のファンガイアだぜ」
「誰かが使役する、意思のない操り人形だ。でも、一体誰が……っ!!」


そこでキバは言葉を切る。
突如、浮遊していたライフエナジーが、キャッスルドランに向かうことなく、飛び去っていったのだ。
行き先を目で追いかけると、それはすぐ近く、路地裏の入り口で止まる。


いつの間にかそこには、黒い人影があった。
ライフエナジーはその人影の手のひらで踊り、影の体内に吸収される。


「また、会ったな。キバの、継承者よ」


フードの下から漏れる独特な口調には、聞き覚えがあった。


「お前は、あの時のファンガイア…!!」


フリアグネの一件で自分を襲ってきた謎の存在、ドラゴンファンガイアだ。


「あのファンガイアは、お前の差し金か」
「フッ、だったら、どうする?」
「掟を破ったファンガイアとして、許すわけにはいかない」


拳を向けるキバに、ドラゴンファンガイアの口元が怪しく歪む。


「戦う、か。それも、悪くない。しかし、今は、まだ、その時では、ない」
「何だと?」
「私は、まだ、自分の身を、危険に晒す、わけには、いかないのだ。前の戦いは、お前の力を測るためのものに、過ぎない。いずれ、来たるべき時に、貴様との戦いも、喜んで受けよう。フレイムヘイズの連中も、一緒にな」
「フレイムヘイズのことまで……。お前、何者だ!!」




――お前達の、過去を作りし者。




そう言い捨て、ドラゴンファンガイアは指を鳴らすと、霞となって消えた。


「俺達の、過去……?」


変身を解除し、奏夜はドラゴンファンガイアの言動を反芻する。
混迷するばかりの疑念を示すかの如く、夜の帳はただ深みを増すだけだった。


『弔詞の詠み手』と“蹂躙の爪牙”。
“屍拾い”ラミー。
そして、ドラゴンファンガイア。


誰に言うでもない奏夜の愚痴が、虚空に虚しく反響する。




「さあて、面倒くさくなってきやがったな」
  1. 2012/03/17(土) 17:52:11|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第四話・調律/帰還のパーフェクトハンター

「青い空、白い雲、小鳥の囀ずり!」


ああ、素晴らしき日常!
早朝5時30分。河川敷で盛大にシャウトする紅奏夜。
久々にキバットの叩き起こしを喰らわず早起きした奏夜は、早朝の散歩に出掛け、この河川敷へとやってきていた。


理屈を抜きにして、早起きとは快楽を伴う行為である。
正確には、普段とは違う行動を取っているがゆえの新鮮さなのだろうが、今の奏夜がそんなことを気にしないくらいにハイなのは、先ほどの変人丸出しのセリフで一目瞭然だ。


「はっはっはー!! ではここらで……」


土手に置いてあるケースを開き、バイオリンを取り出す。


「ご近所の皆さん、今日は十億ドルの演奏をモーニングコールでお届けしよう!!」


ハイテンションを通り越してただの近所迷惑になりつつあるが、止める人間も、止められる人間もいない。
そして唯我独尊状態の奏夜が、バイオリンの弓を弦に当てかけた時、




「先生、近所迷惑になりますよー」




止められるかどうかはさておき、何やら絶賛暴走中の奏夜を止めようと、坂井悠二は土手沿いの道から声を挙げた。


◆◆◆


「……で、ゼェ、お前は何で、ハァ、こんな早朝に、ここにいんだよ……」
「はっ、はぁ……あ、朝の運動ですよ……」


数分後、息を切らした奏夜と悠二が土手に寝転がっていた。


――結局、奏夜は悠二に注意されてもバイオリンを手放さず、割とマジなバトルが展開される運びとなった。
キバになっていない状態での奏夜の身体能力は、一般的な成人男性から見れば、上の中というところ。
しかも暴走状態であったがゆえに、手加減の枷がやや外れ気味だったので、そんな奏夜を悠二が止められたのは、“零時迷子”の超感覚があるとはいえ、奇跡に近かった。


ちなみに数分前のバトルでの音声を拾ってみると、


「ええい離せ坂井! 今日は滅茶苦茶調子が良いんだ、お前は歴史に名を刻むかも知れん名演奏を潰す気か!」
「なら家でやって下さい! 騒音は立派な公害ですし、歴史に名を刻むより早く、警察署のブラックリストに名を刻むことになります!」


こんな調子。
悠二かいかに常識的で 奏夜がいかにアブノーマルかが伺い知れる会話である。


「それにしても先生、バイオリンなんて弾けたんですね」
「ああ。とは言っても、俺の専門は弾くことじゃなくて、作ることだけどな」
「作るって……要するに職人さんってことですか?」
「それ以外にどんな意味があるってんだよ。一応俺の本業はバイオリン職人で……って坂井。何だその滅茶苦茶意外ですみたいな顔は」
「いや、事実意外なんですけど……」
「――そんなに意外か? 公務員の傍らの兼業って」


吉田の時も思ったが、別に驚くようなことではないと思う。
今時、手に職スタイルは珍しくないと思うのだが。


「いえ、バイオリン職人っていう職業もそうなんですけど、何だかいつもの先生のイメージに、音楽が結びつかなくて」
「引っ掛かる物言いだなオイ」


奏夜は顔をしかめるが、普段の彼の傍若無人な態度を見ていれば、紅奏夜=バイオリン職人などという図式は浮かびようがない。
職人業に求められる『繊細さ』という言葉と、奏夜の人格はあまりにミスマッチなのだ。


要するに、原因は『日頃の行い』である。
だが、当人はその事実にまるで気付かない。


「俺のイメージに合わない、ね……。成る程。じゃあ、少し聞いてみるか、坂井? 十憶ドルの演奏を。」


不敵な笑みを浮かべ、バイオリンを再び構える。


「だから先生、音が……」
「安心しろ。なるべく静かな曲調のヤツを弾いてやる。お前は黙って、俺のイメージ払拭を懸けた演奏を聞くがいい」


やや強引に奏夜は立ち上がり、演奏を始める。
と同時に、奏夜の雰囲気がガラリと変わった。



(えっ……?)


悠二は思わず目を剥く。


そこに、普段学校で見る奏夜の姿は無かった。
目を閉じ、右手の弓と左手の弦を、淀みない動作で操っていく。
優美に生み出されていく涼やかな音色。
まるで、音が支配するこの空間だけが切り取られたかのようだった。


心に染み渡る音楽と、それを生み出す紅奏夜。
これら全てが、一つの芸術。


「………」


もはや形容できない領域にある奏夜の演奏を、悠二は奏夜と同じように、目を閉じながら鑑賞する。
やがて音を長く伸ばし、奏夜は演奏を終えた。


「さて、ご感想は?」
「……えっと」


にかりと笑う奏夜に対し、悠二は言い淀む。
もはやどう形容していいかわからないくらいに、奏夜の演奏は一線を画していたのだ。


「――凄かったです。僕、バイオリンとかには詳しくないんですけど、技術とかそういうもの以前に、音楽が心に響いてきたみたいでした」
「ありがとう。俺にとっちゃ最高の称賛だ」


満足して、再び楽器を閉まった奏夜に悠二は尋ねる。


「でも先生。それだけ弾けるのに、どうして教師になろうと思ったんですか?」


音楽専攻なら分からなくもないが、奏夜の専門教科は現国だ。
ますます接点はない。
奏夜は「んー」と考えるような仕草をして、


「別に名を残したいとは思ってないからな。名声なんて、自分がやったことのオマケに過ぎないし。
バイオリン作りだって、ただ越えたい目標があるから始めただけさ。――俺はさ、ただ音楽が好きなんだよ」


そう言う奏夜の目には、いつもの気だるそうな様子は無く、夢を追いかける少年のような、輝かしさがあった。


(……やっぱり底が知れないよなぁ、奏夜先生って)


名を残すことに興味はない。
それらはただの付属品。
ただ自由に、自分のやりたいようにやる。


それが紅奏夜という人間なのだ。


――自分とは真逆だ、と思う。
自由に生きるどころか、ただ目の前の問題を片付けるだけで精一杯で、あの少女に頼るしかない自分とは。


「それに兼業扱いとはいえ、教師って仕事にも俺は満足してるんでな。お前みたいなのを相手に、楽しくやらせてもらってるよ」
「……それはよく分かります」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」


奏夜は怪訝そうな顔をしたが、取り敢えず気になったことを聞いた。


「そういや坂井。お前朝の運動とか言ってたが、いつもこんな早起きなのかよ。運動部でもあるまいに」
「いえ、運動を始めたのはつい最近です。ちょっと、体力つけなきゃなーって思うことがあって」
「ふーん、何だよその体力つけたいと思うようなことって」


大体の予測はついていたが、奏夜はそれでも聞く。




「……誰かに守られっぱなしなのは、自分の身を自分で守れないのは、いやだから」




はっきりとした口調で、悠二はそう言った。
奏夜のように、万事を思い通りにするほどでなくてもいい。


(ただ、シャナに迷惑をかけないくらいには)


せめて、自分の身を自分で守れるくらいには、強くなりたいのだ。


(……ふむ)


悠二の望むことを察したのか、奏夜は心中で唸る。
つまりは、平井の足手まといになりたくないというわけか。


その選択自体は悪くない。
ただ奏夜は、悠二は別にシャナの足手まといとなっているわけではないと思っていた。
フリアグネの時も彼は十分役に立っていたし、結果的には自分も助けられた一人である。


――要するに、悠二が少し背伸びをしているように見えたのだ。


(まったく……、率直過ぎる向上心だ)


それが悠二の良いところでもあるのだが。


「自分の身を守るねぇ……通り魔にでも襲われたのか?」
「そんなとこです」


実際はもっとタチの悪い話だろう。
何せ、自分が一度喰われているのだから。


「ま、いいんじゃねぇの? 最近は物騒な世の中だしな。最近だと廃ビルが爆発したりもしたしさ」
「……ですね」


その犯人は僕の身近にいますとは、さすがに言わない。


「そうでなくても、自分の身を守れるようにして、損はないだろうさ。誰かを頼るってのも、同じくらい大切だけどな」


キバであることを明かしていないため、奏夜は月並みな一般論を唱え、土手から立ち上がる。


「んじゃ、俺もそろそろ行くわ。鍛えるのもいいが、張り切り過ぎて授業でバテんなよ」
「わかってます。じゃあまた後、学校で」


悠二も立ち上がり、二人は反対方向に歩き去った。


◆◆◆


奏夜と別れて十分後。
坂井家庭園にて。


「はッ!」


そこには、刀に見立てた木の枝を振り回すシャナと、それを懸命にかわす悠二の姿があった。


「……ッ!」


反射神経を総動員して、縦斬りの軌道をどうにか回避する。
しかしシャナはそれを予想し、勢いをつけた足払いをかけた。


「わ、わわ!?」


バランスを崩した悠二は後ろによろめき、地面に落下する。
そこに再び、シャナの斬撃だ。


「っ……わ…」


思わず目を瞑り、


(しまった、目を……!)


自分の失敗に気が付く。


――パシンッ!


「イッぎっ!?」


シャナの容赦なく振り降ろされた木の枝がクリティカルヒット。
情けない声と共に、悠二はぐらぐら揺れる頭を押さえて悶える。
そんな悠二に、上から声がかかった。


「良かったのは二撃までね。一番攻め込まれ易い体勢が崩れた時こそ、しっかり目を開いてなきゃダメ」
「うん。そう……だよな」


シャナの評価を素直に受け入れ、悠二は立ち上がる。


「次はちゃんと見るよ」
「よろしい」


シャナはにこやかに笑い、今日の鍛練終了を伝える。


「おつかれさ~ん」


縁側に座っていたキバットが、悠二にタオルを渡す。


「ありがとキバット」
「シャナちゃんもお疲れ様~」
「ん」


同じく縁側にいたキバーラのねぎらいに、シャナも軽く答える。
――あれ以来、“紅世の徒”絡みの事件は起きていないが、何もキバサイドとの交友が途絶えたわけではなかった。


その証拠が、キバットとキバーラだ。
この二人(二匹)はどこで聞き付けたのか、最近始まったシャナと悠二の鍛練風景を、しばしば見にくるのである(ちなみに奏夜も了承済みなため、何の問題もない)。


おかげで、シャナと悠二にとって、キバットとキバーラはもはや馴染みの顔なのだ。


「しかし、悠二も毎日頑張るねぇ」


縁側に座る悠二の隣にキバットは座る。


「うん。少しずつでもいいから、足手纏いから抜け出したいからさ」
「うんうん。その向上心は大事だぜ。……まったく、あいつにも見習わせてやりたいな」


キバットのいう『あいつ』がキバのことだというのは、さすがにわかった。


「キバって、戦う訓練とかしてなかったの?」
「あ~。あいつの戦い方は、技術じゃなくて本能みたいなもんだからな」
「本能って……自分の意思で戦ってないってこと?」
「キバに成り立ての頃の話だけどな。今じゃ自分の経験で戦ってる部分が多いぜ」
「力があっても、それを上手く操れなかったってコトよ。実際最初は負けてばっかりだったしね」


キバーラが言葉を次いだ。


「だから悠二くんも、いつか強くなれるわよ。ね、シャナちゃん?」
「……ちゃんと努力すれば、ね」


突然話をふられ、シャナは悠二から顔を反らして答える。
その様子に、悠二は少し笑って頷いた。


「――うん、頑張るよ」


その時の笑顔を見て、真っ赤になったシャナに、戸惑う悠二を見て、キバットはぽつりと呟いた。


「やれやれ、焦り過ぎなきゃいいんだけどな」


図らずもそれは、奏夜がした心配と同じだった。


――懸念とは、的中するものである。


悪いものなら、なおのこと。


◆◆◆


「!?」


――事は、放課後に起こった。


滞りなく授業を終えたシャナと悠二は、あれ以来執拗に二人の仲を調べたがるクラスメイト(主に佐藤、田中、緒方という悠二の友達だったが)を撒くために一旦別れ、後に合流するという下校方法をとっていた。


そんな折、屋根を飛び移るシャナが、異変を感じ取った。


「アラストール、何かいる!」
『気配はごく小さい……“燐子”か』


アラストールもシャナに同意する。


「“狩人”は討滅したのに」
『はぐれ燐子だ。自身で“存在の力”を取り込めぬとはいえ、主を亡くしても数日なら保つ』
「何で今頃になって活性化を……」


ふと、シャナの脳裏に“ミステス”の少年の顔が浮かぶ。


「まさか悠二!?」


悠二は今、フリアグネが残した火除けの指輪“アズュール”を持っている。
主の力にあてられて、“燐子”が活性化してもおかしくはない。


『いかん。急ぐぞシャナ!』
「うん!」


アラストールが言い終わらない内に、シャナは地を蹴っていた。


◆◆◆


スイングされた腕が、悠二の身体をかすった。


「ぐ……!!」


衝撃で悠二は、アスファルトの上を転がる。
目の前にある、巨大なぬいぐるみのネコの形をした“燐子”は、デフォルメされた身体に似合わぬツメと牙を覗かせている。


「ご主人様の…宝具…。“ミステス”を捕らえて、誉めてもらう……」


悠二は歯噛みしたい気持ちでいっぱいだった。


(くそっ…ここは封絶の中じゃないんだ。シャナが来るまで時間稼ぎをしないと……)


そう思っていても、不意討ちまがいのダメージを負った身体は動かない。
“燐子”の唸り声が、着実に近づいてくる。


――一番攻め込まれ易い体勢が崩れた時こそ、しっかりと目を開いてなきゃダメ。



動悸を押さえながら、シャナの言葉を反芻する。


(体勢が崩れた時……しっかりと)


スピードが上乗せされた三本のツメが、悠二の身体をとらえた。


(目を瞑らずに…)


視界が真っ暗になった。


――ガンッ!


「がっ……」


目を閉じたと認識する間も無かった。
そのまま悠二は背中から塀に激突し、壁に打ち付けられた。
肺から空気が根こそぎ吐き出され、意識が朦朧としてきている。


満身創痍の悠二の様子などお構い無しに、“燐子”はトドメを刺すため、再び右腕を振り被る。


(消えるのか……僕)


虚ろな意識の中で、悠二は無力感を噛み締める。
浮かぶのは、あのフレイムヘイズの少女。


(あの子に、何も、出来ないまま……)


心を支配する深い後悔。


それら全てを塗り潰すかのように“燐子”の巨腕が、痛烈な一撃を悠二に叩き込もうとし――。





白い影が、悠二の視界を覆った。





「……えっ?」


否、その影が、燐子の攻撃を弾いたのだ。
激痛を訴え続ける身体を起こし、壁に全身を預ける形で、悠二はようやく、その影の正体が、白と金、蒼のカラーリングが施されたバイクだということに気が付いた。


バイクの乗り手は、燐子を威嚇するように、エンジンを軽く鳴らして、機体から降りる。
乗り手は二十半ばに見える青年だった。
やや猫っ気のある髪に、その下にある表情は引き締まり、黒いスーツを着こなす様には、年齢よりも大人びて貫禄がある。


「……成る程。これが“燐子”か」
「!!」


鋭い声の中に含まれた単語を、悠二は見逃さなかった。


――誰なんだ、この人は。フレイムヘイズなのか?
弱々しく壁に身体を預ける悠二に、青年は険しい顔のまま振り向く。


「少年、そこでじっとしていなさい。努力はするが、キミを巻き込まないという保証はない」


威圧的な言い方には、出会ったばかりの頃のシャナを彷彿させるものがある。
だが同時に、遠回しな気遣いのような様子も伺えた。


「帰ってきたと思えばこれか……。世の中儘ならないものだな」


言って、青年はメカニカルなデザインのベルト――イクサベルトを腰に装着。
懐から、手甲のような機械――トランスジェネレーター『イクサナックル』を取り出し、左手に押し付けた。


『レ・ディ・ー』


無機質な電子音と共に、イクサナックルを右横に構える。





「変身!」





『フィ・ス・ト・オ・ン』


掛け声と共に、青年はベルトにイクサナックルをジョイント。
エネルギー体に圧縮された鎧の映像が足元から出現し、青年の身体と重なった。


(白い……騎士?)


悠二の的を射た表現の通り、そこには太陽光も手伝ってか、白銀に輝く騎士がいた。
白を基調とし、ダイヤモンドに匹敵する硬度を誇る超合金『イクサプラチナ』が使用された鎧、『イクサアーマー』。
その中央に位置する、次世代型電力エンジンにより、人智を越えたパワーを生み出す動力ユニット『ソルミラー』。
表情は、魔を絶つ十字架を模したパワー抑制装置たる防護装甲『クロスシールド』に覆われている。


――Intercept.X.Attacker(未知なる驚異に対する迎撃戦士)。




『仮面ライダーイクサ』。




素晴らしき青空の会が誇る、対ファンガイア用のライダーシステムだ。


「その命、神に返しなさい!」


己の力に、絶対の自信を持つがゆえの宣言。
底知れぬ力強さをみなぎらせたイクサの出現と共に、戦いの火蓋は切られた。


「邪魔は、させない……」


突然の乱入者に驚きはしたものの、“燐子”は自らの障害になるイクサを排除しにかかる。


「フンッ!!」


振り被られた巨腕をイクサは難なくかわし、何処からともなく、イクサ専用武器たる退魔剣・イクサカリバーを手に取る。
刀身部分を押し込み、イクサカリバーをソードモードからガンモードに移行。


「跪きなさい」


柄についたトリガーを引き絞り、鍔の部分から弾丸が発射される。


「グッ、ギィ!」


正確な狙いの元、足を撃ち抜き、イクサは敵の機動力を削ぐ。


「“燐子”…人の存在を喰らう者。許すわけにはいかない」


静かな呟きと共に、イクサの仮面、クロスシールドが展開した。


「うわっ!」


側にいた悠二は、イクサから放出された熱量に仰け反った。
視覚化された太陽のごとき熱気を発するその姿は『イクサ・バーストモード』。
システムへの負担から、三十分以上の使用が制限されるまでに強力なイクサのフルパワー状態だ。


淀み無い動作で、イクサはイクサカリバーをソードモードに戻す。


「ッハァ!」


赤い刀身、ブラッディエッジが揺らめく度に、“燐子”の身体が切り裂かれていく。


「ぎっ、ぁあぁ!!」


悲鳴を上げる“燐子”に、一切手を抜かないイクサの攻撃が怒濤のように浴びせられていく。


「断罪の光を受けなさい」


よろめく“燐子”に反撃不可と判断したイクサは、ベルトのケースからキバが使っていたものとは別型のフエッスル――カリバーフエッスルを取り出す。
ベルトのフエッスルリーダーにそれを差し込み、イクサナックルを押し込む。


『イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー、ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ』


無機質な音声が流れ、ソルミラー内のエネルギーが臨界点に達した証、太陽の紋章がイクサの胸部に浮かび上がる。
供給されるスパークがイクサの身体を駆け巡り、バックにはキバと対を成す、光子力によって作られた太陽が煌々と燃えていた。




「ハアァーーッ!!」




光子力エネルギーを上乗せしたイクサカリバーから放つ、一撃必殺の斬撃『イクサ・ジャッジメント』が、燐子を袈裟に斬り捨てる。
断末魔を上げる暇さえもなく、“燐子”は二つのパーツに別れ、消滅した。


(す、凄い……)


悠二が感嘆する中、イクサはベルトからイクサナックルを外し、元の青年の姿に戻る。


「怪我はないか。少年」


燐子の残骸たる火の粉に一瞥をくれ、壁に寄りかかる悠二の安否を確かめた。


「骨折箇所は無いな。打ち身程度だろうが、一応は病院に行った方がいい」


脇腹などに触れ、一通りの怪我具合を確かめる姿からは、手馴れている様子が伺えた。


「よければ、最寄りの病院まで送っていこう」
「あ、いえ。多分……大丈夫、です」
「そうか? まぁ、本人が言うのなら構わないが」


青年は悠二から離れ、乗ってきたバイク『イクサリオン』に跨がる。


「今見たこと――あの化け物や、私のことは忘れなさい。それがキミのためだ」


青年は最後にそう言い捨て、バイクのアクセル音を唸らせ、颯爽と去っていった。
悠二は壁を支えに、ふらつく身体を無理矢理立ち上がらせる。
助かった。という事実からは、何も生まれなかった。
それとはまるで違う、暗く重い気持ちがのし掛かってくる。


助かった? そんなもの、運が良かっただけだ。
自分が何をした? 何も出来ていない。


――曲がりなりにも、努力してきたにも関わらず、だ。


「悠二!」


俯き加減だった顔を上げると、シャナが全速力で屋根を飛び移り、こちらに走ってきていた。


「悠二、大丈夫!? 怪我はない!?」


彼女にしては珍しく、焦燥が口から零れている。


「……うん。ちょっと、身体打ったくらい」


弱々しく答え、悠二はまた顔を伏せた。


「……悠二?」


少し怪訝そうに、シャナは悠二の顔を覗き込む。
そんなシャナを見て、悠二は思う。


シャナ。
『炎髪灼眼の討ち手』。
“天壌の劫火”アラストールのフレイムヘイズ。
――どんな時でも、ただ強くある少女。


(僕は何も、してない)


あの白い騎士が現れなければ。
シャナが来る前に、あの燐子を倒していなかったら。
……また、この子の足を引っ張っていた。


(僕みたいに、ちっぽけな存在が)





――白き狩人の来訪は、今のもつれを告げた。
そして現れるもう一人の訪問者により、歪みはさらに加速する。
  1. 2012/03/16(金) 15:28:02|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第三話・無限/天壌無窮の空.後編



(来た!!)


御崎市のとある廃ビルの屋上。
フリアグネと傍らに並ぶマネキン型の燐子の真正面。
夜景に煌めく月を背に、二つの影が戦場に着地する。


眼も覚めるような真紅。炎髪と血霞の鎧。


ファンガイアの王、キバ。
片や、アラストールのフレイムヘイズ。


「シャナ!!」


悠二は、一声だけ。


「銃に当たるな!!」


叫びが、マネキンの蹴りで途切れる。
見ると、フリアグネの右手にはまた新たな宝具。リボルバータイプの拳銃のようだ。


『む、『フレイムヘイズ殺し』の宝具か』


アラストールが状況を理解する中、


「……」


悠二の声を聞いたシャナが笑ったのを、キバは見た。
悠二の決意と覚悟の音楽。
それはシャナの心を奮わせ、嬉しさという形で満たしていく。


「はは、いいのかい? 大事な…刃を止めるほどに大事なミステスなんだろう?」


フリアグネの揺さぶりにも、もはや動じなかった。
悠二の音楽を、決意と覚悟を感じたからこそ、助けにいかない。


(ただ、戦う!!)


灼眼に力が戻る。
大太刀を構える姿に、憂いや陰りは無かった。


「そうだ。それでいい」


呟いて、キバもまた拳を構える。


「行くわよ!」
「ああ!」


その言葉を皮切りに、戦いの火蓋は落とされた。


「やはり道具は道具か。――なら、死ね」


フレイムヘイズ殺しの宝具『トリガーハッピー』の弾丸を横っ飛びでかわし、フリアグネに向かって、キバとシャナは地を踏み出す。


その軌道を、燐子達が阻む。


『邪魔!』


二人の刀と拳が、燐子を一撃で粉砕する。
その隙に距離を取ったフリアグネが、ハンドベルを振った。


「弾けろ!」


二人に迫っていた燐子が凝縮し、爆発した。
シャナはそれを前に跳躍して回避する。
――と同時に、爆風がシャナの背中を押した。


(爆風を利用して加速だと!?)


燐子の影に跳躍して隠れ、難を逃れるが、ふと気が付く。


(キバは何処だ?)


刹那、フリアグネは何処かで存在の力が増長するのを感じた。
出所は、夜空。


『WAKE.UP!』


「っく!?」


天空から、キバのキックが迫っていた。
キバは爆風を隠れ蓑にし、キバットのフエッスルで右足の翼、ヘルズゲートを解放していたのである。
全くノーマークだったタイミングでの『ダークネスムーンブレイク』が、三日月をバックにフリアグネへと叩き込まれた。


「ちぃ、嘗めるな!」


傍らにいる燐子を下がらせ、フリアグネはダークネスムーンブレイクを真っ向から受け止める。
フリアグネ自身の存在の力と、キバの魔皇力がぶつかった。


「ご主人様!」


ウエディングドレスを纏うマネキン――“燐子”であるマリアンヌが叫ぶ。
キックの重圧から、フリアグネの足元にキバの紋章が浮かび上がるものの、決定打には至らない。


(さすがは“王”、宝具を使うトリッキーな戦法ばかりじゃないか)


キックの体勢を止め、キバはフリアグネから距離を取る。
フリアグネは追撃に備えるが、


(……?)


キバは動かなかった。
動く代わりに、キバはマリアンヌを指差す。


「……その燐子が、お前の大切な存在か?」


予想外の質問に、フリアグネのみならず、マリアンヌも驚きの色を隠せないようだった。


「『都喰らい』で得た存在の力――使い道は、その燐子を一つの存在にすることか」


淡々と、だが妙に真摯な音程で紡ぎ出されていく言葉に、フリアグネは、いつもの余裕を含んだ笑みを消して答える。


「ああ、そうだ」
「そうか」


短く言って、キバは再び拳を振るう。


フリアグネがそれを受け止め、会話は更に続く。


「俺に、お前の願いを否定する資格はない。――だが俺にも、お前がその燐子を大切にするように、大切にしたい人達が、守りたい人達が大勢いる。お前の願いがその人達を傷つけるなら――俺はお前を倒す」
「……それは、王の代行者としての責務だからかい?」
「責務も何も関係ない。大切だから――守りたいから守る」


戦う理由など、それで十分だ。
フリアグネはしばらくキバを見て、僅かに残念そうな表情を浮かべる。


「――キミとは、もう少しばかり話がしてみたかったね」
「無理だろ。俺達の行動理由は、合致しているように見えて、笑えるくらいに背反なんだ」


互いにこれが最後と言わんばかりに、閉口する。
キバがもう一度、ウェイクアップフエッスルを取り出しかけた時、二体の燐子が、キバに飛び掛かっていた。


『やばっ!』


キバとキバットが叫ぶのと、フリアグネがハンドベルを鳴らしたのが同時だった。
耳をつんざく爆音と共に、キバは舞台から転げ落ちる。


「くっ、痛ってーな、畜生……」


直撃は避けたが、ダメージは大きい。
立ち上がれはするが、やはりアレを完全に防ぐにはドッガフォームしかなさそうだ。
そこでふと、こちらに向かってくる人影に気が付く。


(坂井!?)


何処か急いでいるように見える。


(また、『零時迷子』の力で何かに気が付いたのか?)


だが、その直ぐ近く、シャナと戦う燐子の一つが爆発しかけていた。あのままでは、悠二が巻き添えをくってしまう。
だが、こちらから悠二を守るには、距離が有りすぎる。


「チッ、来いブロン!」
『ブロンブースター!』


黄色いフエッスルを取り出し、キバットが軽快な音色を吹き鳴らす。
と同時に、燐子が凝縮し、爆発した。


「う、わっ!」


悠二が迫り来る爆風と爆炎に目を瞑った。
だが、いつまで経っても衝撃は来ない。
爆発音はしたはずなのに、衝撃のベクトルが何かに妨げられたかのようだった。


「……?」


恐る恐る目を開けると、悠二の眼前には、金色の巨大な彫像が鎮座していた。
この彫像が、自分の盾になってくれたらしい。


キバが呼び寄せたゴーレムと呼ばれる人造モンスター『ブロン』だ。
本来の用途とは違う使い方ではあるが、アームズモンスター達によるフォームチェンジを封じられている今、悠二を守れるモンスターはこのブロンくらいだったのだ。


呆ける悠二に、キバが駆け寄る。


「あ、ありがとう……」
「礼はいい。それより、何か俺とあいつに知らせたいことがあるんじゃないのか」


単刀直入に聞くキバに、悠二は初めて聞くキバの声に気を払うこともなく、焦りを混ぜた口調のまま答える。


「あのハンドベルを壊さないと! 『都喰らい』はもう始まってる!」
「! どういうことだ!?」


悠二によると、あのハンドベル『ダンスパーティ』が鳴らす音色には二つの種類があるらしい。
一つは燐子の爆破に使う音色。
もう一つは自分の鼓動――つまり、トーチの鼓動を加速させる音色。


燐子を爆破させる能力はあくまでフェイク。
フリアグネの意図は、『トーチの鼓動を加速させ、御崎市にあるトーチ全てを一斉爆破させること』。


――二世の話が克明に蘇る。
棺の織り手は、潜んだ都の人口の一割を喰らい、トーチを一斉に分解し、そこから出来た歪みを利用して、街全体を莫大かつ高純度な“存在の力”に変えたと。


「チッ……、そういうことか。完全に裏をかかれたな。だが、ハンドベルの音色がキーになるなら」
「そうだよ。シャナの封絶があれば、音色を遮断出来るはずなんだ! 事実、フリアグネは封絶を使ってない。いや、音を遮断してしまうから、使えなかったんだ!」


なるほど。確かに筋は通る。


「坂井悠二、お前はそのことをあいつ――『炎髪灼眼の討ち手』に伝えてもらいたい。
燐子は俺が極力抑えといてやるが、行けるか?」
「うん、大丈夫!」


悠二の真摯な返答に、キバはふと問いかける。


「一つ聞かせてくれ。お前は何故、そこまで頑張るんだ? お前はいずれ消える。お前の行動は、これからの世界には関係のないものだろう?」
「それがなんだ!」


キバの言葉を、真っ向からはね除ける。


「僕が動かなきゃ、シャナが死ぬかもしれない!
僕が動けば、シャナを助けられるかもしれない!
僕が本当に生きているかどうかも、僕がいずれ消えることも関係ないんだ!
動ける今があればいい!
今、僕がやらなきゃいけないことは――」




シャナを生かす、それだけだ!




ついこの前、CDショップで会った時とは比べものにならない、強く素晴らしい音楽が、キバの心を揺らす。


(ああそうか、そうだったよな)


キバとして戦ってきた中で、幾度も教えられたこと。
身を持って、体験したこと。
人は――いくらでも変われるのだ。


「――ああ、気に入ったぞ。お前の答え!」


キバは仮面の下で口端を吊り上げる。


「邪魔なヤツは俺が倒す。お前の覚悟、見せてみろ」
「ああ!」


キバと悠二は頷き合って、ほぼ同時に駆け出す。
もちろん、燐子達が襲いかかってくるものの、それらは纏めてキバが引き受けた。
悠二は思惑通り、その脇を走り抜けていく。
悠二とシャナの間に、もう燐子はいなかった。


(燐子の数も残り少なくなってきたな……。この分なら、都喰らいが始まる前に、フリアグネ当人を叩けるかも知れない)


そうでなくとも、悠二がシャナに今のことを伝えられれば、こっちの勝ちだ。
あの『フレイムヘイズ殺し』の銃があったとしても、こちらは二対一。


大丈夫、もう負けはない。
群がる燐子の一体を砕きながら、キバがそう確信した時だった。




「駄目だ、マリアンヌ!!」




フリアグネの悲痛な叫びが轟く。
見れば、悠二の進行方向。つまりシャナに向かって、爆発の渦中から、マリアンヌが特攻をかけていた。


(何故だ?)


キバは燐子達を相手にしながら疑念を募らせる。


確かに燐子は残り少ない。
『都喰らい』が追い付かず、このままフリアグネが討滅される可能性も出てきているが……。


(もしフリアグネのためならば、特攻はあまり意味がない。爆破しようにも、それより早くシャナがヤツを叩き斬る。足止めは最低でも数分は持たせなければ無意味。確実に相手を封じられなくては――)


浮かんでは消えていく思考の中で、キバは一つの答えに辿り着いた。


ある。
今まで見た情報から、シャナを足止め出来る方法が一つだけ。
そして、フリアグネが狼狽えたのもわかる。


もし、この方法を使えば。


(くそっ、認めてやるよ!)


お前らの『愛』は本物だ!
大切な人のために、命をも賭けられる覚悟があるんだからな!


「坂井悠二、そこから下がれ! 『炎髪灼眼の討ち手』、その燐子を斬るな!」


キバがありったけの声で叫ぶ。


『っ!』


シャナ、悠二がそれに気が付くがもう遅い。
シャナの大太刀は、マネキンのマリアンヌの身体を二つに裂いていた。


「ご主人様のために……“それ”が欲しかったのよ!!」


分かれたマネキンの体の中から伸びた金色の鎖が大太刀に巻き付き、そのままシャナの身体を絡め取った。


「う!?」


マネキンの中から、最初に見た時と同じ、粗末な人形の“燐子”マリアンヌが現れる。
その手には、武器殺しの宝具『バブルルート』の鎖が握られている。


『しまった、本体か!』


アラストールの叫びも虚しく、鎖はほどけない。


(間に合うか!?)


キバがシャナ達の元へ足を踏み出す。
しかし、


「なにっ!?」


残った二体のマネキンが、キバを羽交い締めにしていた。
このまま巻き添えにする気か。


力を込めるが、逃れられない。
先の爆発で、予想以上にダメージを負っていたようだ。
――なら、せめて。


「ブロン!」


キバが命じると、静止していたブロンの目が輝き、空を滑るように飛び立つ。


「坂井悠二、そいつの影に隠れろ!」
「っ! でもそれじゃ、シャナもあんたも!」
「俺達に爆発を防ぐ手段は無い! 坂井悠二! “お前がやるべきこと”は何だ!」


その言葉を聞き、悠二は躊躇いを拳を握り締めることで耐え、飛来するブロンとの距離を詰める。
時間的にギリギリ。間に合うかは運次第。


「さあ、今ですご主人様!」


マリアンヌが促す。
だが、フリアグネは恐怖で跳ね上がる鼓動を聞きながら、ハンドベルを鳴らすことを躊躇している。


この一振りで消える。大切な、人が。


「“フリアグネ”様!」


マリアンヌの一際大きな叫びが、フリアグネを動かした。
それは燐子という仮初めの存在でありながら、自分達となんら変わりない。
マリアンヌがフリアグネに捧げる、心の音楽だった。


「マリアンヌ!」


ハンドベルが、鳴った。
マリアンヌ、そしてキバに纏わる燐子が凝縮。
シャナ、キバを至近からの爆発で吹き飛ばした。


◆◆◆


破裂の余韻を残す夜気の中、キバは瓦礫の中でうめいた。


「う、ぐ……」


力を振り絞り、瓦礫から這い出るが、被害は甚大だ。
身体中あちこちにガタがきている。


「キバット、無事か……?」
「あ、ああ……なんとか、な」


相棒の安否を確かめ、キバは現状を把握する。


燦々たる有り様だった。金網も昇降口も、全て消し飛んだ屋上の景色が広がる。


「……ううう、うう……私のマリアンヌ……私の、マリアンヌ!!」
(……フリアグネ?)


キバは、悲痛な嗚咽と叫びを聞き取る。
見れば、ここから瓦礫の山一つを挟んだ位置。


フリアグネが涙を流しながら、ぼろぼろになって膝をつくシャナに、リボルバーの銃口を向けていた。


「できるとも、するとも、マリアンヌ! ここで得られる力、全てを使ってでも、君を蘇らせてみせる……そして」


右手に銃『トリガーハッピー』。左手にハンドベル『ダンスパーティ』。
フレイムヘイズ殺しと、『都喰らい』の二つの悲願を握り締め、フリアグネは叫ぶ。


「この世で一個の存在にしてみせる! ……そして、いつまでも二人で生きよう、二人で……」


身を擲ったマリアンヌへの答え。
フリアグネの心の音楽は、悲しみに裏打ちされた決意に満ちていた。


「……だから、まず、死ね」


トリガーにかけられた指に、力が籠る。


「フレイムヘイズ……この、討滅の道具が!!」


シャナが歯噛みしたのがわかった。
大太刀は手元に無く、目の前には必殺武器。
何も、出来ないのだ。


(ちく、しょう……動け、動きやがれ!!)


キバが気力を奮い立たせる。だがそれでも、間に合わない。
その時。


「封絶だ!!」


瓦礫に埋もれたブロンの影から、躍り出た悠二の叫びが上がった。

「っな!?」


フリアグネの驚愕。


「……!!」


シャナは一瞬で、悠二が言いたいことを全て理解した。


「止め……!!」
「封、絶!!」


紅蓮色の炎が視界を埋め、因果から空間を遮断する。
これで、『ダンスパーティ』の音は、もう外には届かない。


「私の計画を、見破ったというのか……?」


その傍ら、シャナが最後の力で立ち上がる。


「っ!!」


フリアグネは即座に、トリガーハッピーの銃口を向け直す。


「さ、せるかぁ!!」


シャナに触発されるかのように立ち上がったキバは、両手を大きく広げるような構えを取る。
すると、キバの足元に、赤いキバの紋章が浮かび上がった。


「っはぁ!!」


キバの意思で、紋章は瓦礫の大地を伝い、瞬時にフリアグネの背後に張り付き、拘束。


「ぐ、あぁぁぁ!! くっ、魔術か!」


赤いスパークと共に、キバの紋章はフリアグネを磔にし、自由を奪う。


「キバット!」
「おうよ!」


今なら、シールフエッスルは使えない。


『ガルルセイバー!』


青いフエッスルの音色が響き、ガルルの彫像を呼び寄せる。
だが、それを手にしたのはキバではなかった。


「行け次狼!」
『わかっている!』


次狼の声を発しながら、彫像はガルルセイバーに変型。


封絶内、丸腰であるシャナの手に収まった。


「貸してやる、使え!」
「……!!」


キバの声に頷き、シャナは未だ磔にされているフリアグネに、ガルルセイバーを構える。


「そう、私はフレイムヘイズよ」


シャナは自身を誇り、ガルルセイバーを振り抜いた。
左手。
ハンドベルが、フリアグネの指ごと両断され、宙を舞った。


「………ぁ」


その光景の意味を、フリアグネは深い虚無感と共に理解する。
ハンドベルが無い。
『都喰らい』は果たせない。




大切な人は――もう戻らない。




「っあああああああ!!」


聞くに絶えない、様々な感情が渦巻く絶叫。
キバの紋章が消え、自由になったフリアグネはトリガーを引き絞り、乾いた銃声が轟く。




――シャナが撃たれた時、キバは見た。
シャナと悠二、お互いがお互いを見て、笑い合っていたのを。
全てを理解し、笑い合っていたのを。


(……全く)


世話のかかる教え子だ。
シニカルに笑い、キバの意識は身体中を襲う激痛を感じながら、闇に沈んだ。


◆◆◆


「おい奏夜、起きろよ! なんかヤベーぞ、早く逃げねーと!」


ベルトから外れたキバットが、倒れたままピクリとも動かないキバを揺する。
――シャナが撃たれ、ビルから真南川に落下した時。


“それ”は起きた。


シャナの落ちた水面から、赤い火の粉からなる波紋ができたのだ。
生み出された赤い波紋が広がり、急速なスピードで御崎市全体を覆っていったのである。


「何が……!?」


この現像は悠二やキバットのみならず、フリアグネさえも理解不能らしい。
キバットが危機感を覚えるのも、当然だった。
そこでキバットはふと、ビルの瓦礫の隙間から、赤い影がこちらの様子を伺っているのを見た。


「あっ、シューちゃん!」


キバットにシューちゃんと呼ばれた生き物は、有り体に言うなら赤いドラゴンだった。


正式名シュードラン。
キャッスルドランと同じ、ドラン族の幼生体であり、その未発達な力から、キバの使役モンスターの中で唯一、フエッスルを使い呼び出すことが出来ないモンスターだ。


「ナイスタイミングだぜシューちゃん、早く来てくれ! 奏夜を運び出すから!」


キバットの頼みに頷き、シュードランはキバの近くまで寄ってきて、その身体を口にくわえて、自身の背中に乗せて羽ばたく。
ビルの屋上から脱出し、ほっと一息つくキバットの耳に、馴染みのある咆哮が届く。


――ギャォォォォ!


「おお、キャッスルドラン!」


迎えに来てくれたキャッスルドランの背中へとシュードランは着地する。


「よぅ、ご苦労さん」
「うわ、お兄ちゃんボロボロだね」
「ぐっ、たり」


その背中の展望台には、次狼、ラモン、力の姿があった。
――最も、次狼は一度シャナと一緒に川へ落ちたらしく、タキシードがずぶ濡れになり、力は未だにシールフエッスルの傷が生々しく残り、無傷なのはラモンだけ、という有り様だったが。


「お前ら、なんで」


キバットの問いかけを、次狼は手で制した。


「いいから黙って見てろ。……これから面白いものが見られるぞ」


ニヤリと笑う次狼。
ふとキバットは、キャッスルドランからやや離れた場所に位置するビルに目線を戻した。
そして見た。


“それ”を。


「な、なんだありゃ……!?」


◆◆◆


「ほら、お兄ちゃん起きて」
「うぇいく、あっぷ」


ラモンと力が身体を揺すり、キバの意識は覚醒した。


「あ、あれ? ラモン、力。なんでお前ら……」


上半身を起こそうとするが、直ぐ様針のような痛みが走り、身体を捩る。
どうやらキャッスルドランの屋上らしい。倒れている間に運ばれたのか。


「僕らのライフエナジーを分けてあげたから、傷は直ぐ治ると思うよ」
「あ、ああ。ありがとう……」


未だに現状が理解出来ないまま、キバは自分を乗せていたシュードランから降りる。


「お目覚めのようだな、我が王よ」


次狼が薄笑いを浮かべながらキバを見る。


「次狼……あっ、そうだ! あいつらは無事なのか!? 平井は、坂井は!?」
「そういきり立つな。……今に分かるさ」


不適な態度を取る次狼に、首を傾げるキバ。
とそこへ、キバット、そしてキバーラが飛んでくる。


「おい奏夜、寝てる場合じゃねぇぞ!」
「奏夜奏夜! 見て見て、さっきまで奏夜のいたあのビル!」


二人に促され、キバは廃ビルへと目線を移した。
この距離からなら、屋上にいるはずのフリアグネ、そして坂井が小さく見えるだけ……。


のはずだった。


「……は?」


思わず我が目を疑った。
改めてキャッスルドランから見える夜景を見渡す。
いや、それはもはや夜景と呼べるのかも疑問視される。




空が紅蓮色に燃えていた。




御崎市の全域を巻き込み、煌々と燃え上がる美しい炎。
これが封絶だと気付くのに、時間はかからなかった。
――だが、それは些細な異常だった。


この天壌無窮の空でさえも、





キバの目の前に鎮座する、巨大な影には敵わない。





「まさか“天壌の劫火”の顕現を拝める日が来ようとはな……」


次狼の感嘆を聞き、キバは眼前に広がる“異常”を朧気に受け入れる。
形容することさえ、烏滸がましい。
灼熱に包まれた漆黒の塊。炎で型どられた紅蓮の翼。
キバがかろうじて言えるのはその程度。


後は、圧倒的な存在感だけ。


「なん、てものを……」


なんてものを、あの小さな少女はその身に宿していたのだろう。


――そう。これこそが、シャナが契約する紅世の魔神アラストール。


またの名を――、






「あれが、“天壌の劫火”……」




キバは呆然と、その名を呟いた。




『……“狩人”フリアグネ……己が持てる宝具を弄んだがゆえに、墓穴を掘った愚かな王よ……』


低い、遠雷のように重い声が轟く。
遠くからその声を聞くキバ達も、威厳あるその声に威圧感を受けた。


『その宝具……我が身を目覚めさせることで、契約者の器を破壊するものだったとは……恐れ、かわしていたことも、今となっては笑うべきか……いや……』


僅かに苦笑らしい轟きを残し、ゆらりと炎に包まれた巨大な腕を、フリアグネに向けた。


『……貴様には、我が身の顕現が、何を意味するのか分かるか……? 我が身が目覚めて尚、ここに顕現し続けていられる理由が分かるか……? その宝具による小細工は、他のフレイムヘイズには通じても、この子には効かぬ……』


アラストールは、自らの契約者を誇り、唸る。


「効かないって……どういうことだ?」


傍らに立つ次狼に、キバは問う。
あの銃『トリガーハッピー』の仕組みはわかった。
契約者の中に眠る王の休眠を破り、その王の存在を受け入れ切れなくなった器――フレイムヘイズの破壊を可能とする宝具。
契約者が死に、休眠を破って顕現した王もまた、消費する存在の力故に、“紅世”へと帰還することが通例だと――先代キングの日誌にも書かれていた筈だ。


キバの質問に対し、次狼はつまらなそうに告げる。


「簡単な話だ。あの炎髪のガキが“天壌の劫火”を容れるに足る器を持っていた――それだけのことだろう」
「なっ……」


あんな圧倒的な存在を包括できる『器』。
そんなものが、この世に存在し得るのだろうか。
あの少女は、それほどまでに“強大”な存在のだろうか。


『炎髪灼眼の討ち手』。
人智を越える“王”をもその身に宿す、『偉大なる者』。
畏敬と畏怖を入り混ぜながら、キバ達はこの戦いの結末を見届ける。


身動きすら許されないフリアグネを、“魔神”は見据える。


『受けよ……報いの、炎を』


――アラストールからすれば、吐息の一撫で。
ただそれだけの動作で、屋上全域が纏めて吹き飛ばされた。
裁きの焔が、“狩人”を焼き付くした。




――マリ、アンヌ。




弦を一本弾いただけのような、儚い音色。
心の音楽を聞き取るキバだけが、彼の零れ落ちるような断末魔を聞いた。


◆◆◆


いつの間にか封絶は解かれていた。
キバはシュードランに乗り、焼き払われたデパートの屋上に来ていた。


その一角に、仰向けに横たわる悠二と、その手を取るシャナがいる。
――アラストールの炎の巻き添えを喰うことになった悠二だが、どうにか無事だったらしい。
恐らくは、掌の中にあるフリアグネがつけていた指輪のおこぼれなのだろうが、キバにはよくわからなかった。


――しかし、それも意味のない話だ。
それに関わらず、もう悠二の存在の力は消えかけている。


時間切れ、だ。


「シャナ」
「なに」
「ずっと考えてたことの答えが……やっと出たよ……消えてしまういつか、なんて、どうでもよかったんだ……今いる僕がなにをするか、だったんだ」


キバは敢えて近付かず、一歩離れた場所から、二人の交わす会話を聞いていた。


「……自分が何者でも、どうなろうと、ただやる、それだけだったんだ……」


シャナはくすりと笑う。


「バカな悩み」
「そうだな……やったことも、あんまり格好よくなかったし」
「うん、格好悪かった。でも……」




笑ってくれたね、最後に。




穏やかな顔で、シャナは告げる。


「ありがと」


――キバはなんとなく、この時点でシャナの考えていることに気が付いていた。
気が付いて、笑った。


「シャナ」
「なに」
「お願いが……あるんだ、けど」
「なに」
「シャナって、名前。ずっと、使って……くれないかな」


シャナは返事をせず、ただ笑って頷いた。
それだけで全てを察し、満足そうに悠二は目を閉じた。




最後の時――零時を迎える。




◆◆◆


「……っあははははは!!」
「っく、はははは!」
「…………え?」


シャナとキバ、二人分の笑い声で、悠二が目を開く。呆然と、自分の身体を見る。


消えかけて、いない。
トーチの灯も、元の明るさ。


「驚いた? なぜ私たちが襲撃を待ってたと思う?」
『ふ、ふ、万が一のときを考えての措置だったが、こうも場面と時間が重なると、安堵よりも笑いが出るというものだ……ふ、ふ、ふ』
「ほら、元通りだ。坂井悠二」


キバに軽く背中を叩かれた悠二は、わけがわからないという風に慌てる。


「な、なな、何がどうなって……?」
「おまえ、一つ忘れていたでしょう? 大事なこと」
「?」
『貴様の“ミステス”としての中身のことだ』
「それ」


キバがトーチの灯を指差す。


「それの名は『零時迷子』」
「零時……迷子?」
「かつて、一人の“王”が生み出した宝具だ。これを宿したトーチは毎夜零時を迎える度に、その日の内に消耗した“存在の力”を取り戻すことが出来る」
『うむ。封絶の中で動けるのも、鼓動を感じるのも当然……時の事象全てに干渉する“紅世の徒”秘宝中の秘宝だからな』


真夜がキバに、警鐘を促していたのも、このためだった。
もし紅世の徒がこれを得れば、“存在の力”の消耗を気にせず、力を振るえるという代物だからだ。


「つまり、おまえにはまだまだ、私たちに見届けてもらえるだけの未来があるってことなのよ、“悠二”」


初めて、シャナは悠二の名を呼ぶ。
悠二がそれに気付き、シャナは悪戯っぽく笑う。


「……あ、それじゃあ……」
『うむ、しばらく貴様という危険物を、この街で見張ることにする』
「そういうこと。なによ、文句があるっての?」


悠二は首を振る。


「ない」
「よろしい」


返事に満足したシャナが差し出した手を、悠二はしっかりと取り、立ち上がった。


(……一件落着か)


キバはそれを見届け、仮面の下で笑いながら、近くに待たせていたシュードランの背中に乗った。


「あっ、キバ!」


羽ばたきかけるシュードランに乗るキバに向かって、悠二が叫んだ。


「ありがとう!」


キバが驚いたように、シャナと悠二を見る。


「剣、助かった」
『うむ、世話をかけたな。ファンガイアの王よ』


シャナとアラストールも礼の言葉を述べる。


「………」


キバは無言のまま、手を軽く挙げてそれに答える。


(嬉しいなら嬉しいって言えばいいのによ)
(うるせぇ)


キバットの小声を突っぱね、シャナと悠二が見守る中、キバを乗せたシュードランはビルの影に消え、見えなくなった。


◆◆◆


翌日のカフェ・マル・ダムール。


「なるほど。では“紅世の王”とやらはもう倒れたということか」
「そういうことになりますね。
……う~、やっぱ身体のあちこちが軋むなぁ」


身体のあちこちを揉み解しながら、奏夜は嶋への報告を続ける。
――ライフエナジーで回復力の底上げはしたものの、さすがにあの傷は一日で治るほど浅いものではなかった。


しかも、授業は容赦なくやってくる。
結局奏夜は身体を襲う痛みに耐えながら、授業をする羽目になった。公務員も甘くない。
……ただ、命張って街を守った結果がこの激痛、というのは、いささか理不尽と思わないでもなかった。


「だが、キミの話では、これから新たな戦いが始まるということだったが」
「だから、あくまでも予想ですってば。起こるかも知れないし、起こらないかもしれない。俺としちゃ、後者の方がありがたいんですがね」
「ふむ。そう言えば、フレイムヘイズの少女についてはどうする気なんだ? やはり、キバの正体を明かして、これからも共に戦うのか」
「さぁ、一緒に戦うかどうかについては何とも。向こうの事情もありますし」


今日も昨日となんら変わらず、シャナと悠二は学校に来ていた。
――その際、吉田がシャナに対して「負けないから」発言をしたり。
――吉田に少し心動かされた悠二に対し、シャナが不機嫌(という名のヤキモチ)になったり。
様々なラブコメ展開があったりしたのだが、それはまた別の話だ。


「ただ、正体は隠して置こうかと思ってますよ。その方が面白そうですしね♪」
「……真面目な話をしてるんだが」
「真面目な話ですよ。それに、もしあいつらが敵に回った時、俺の正体がバレてない方が都合がいいでしょう」


敵に回るなんてことは万に一つもないとは思うけれど。
それは今回の戦いでよくわかった。


「まぁ取り敢えず、気を抜き過ぎず、張り詰め過ぎずってことで」
「ああ、わかった。今回は役に立てなかったが、引き続き『素晴らしき青空の会』もキミに尽力しよう」


今後の方針を纏め終えて、奏夜と嶋は頷き合う。


「さて、と。一先ずは厄介な仕事も片付いたことだし、これから食事でもどうかね。恵くんと由利ちゃんも誘ってあるんだが」


嶋の申し出に、奏夜はばつの悪そうに「あー、すみません」と頬を掻く。


「これから野暮用があるんですよ」
「野暮用?」
「ええ」


奏夜は片手に下げたバイオリンケースを見せる。


「ちょっとそこまで、演奏をしにね」


◆◆◆


ひしゃげたドアを蹴り破ると、未だに瓦礫で埋まった屋上の景色。
嶋と別れ、フリアグネと戦ったビルの屋上に、奏夜は再び足を運んでいた。


「……なーんで俺はここに来ちゃうかなぁ」


誰に言うでもなく呟き、奏夜はケースを開け、中身を取り出す。
父の遺作にして、最高傑作――ブラッディローズ。
弓を弦に当て、奏夜の演奏が始まった。


美しい調べを奏でながら、奏夜は思う。


(やり方が違うだけで、俺とあいつは同じだったのかも知れない)


フリアグネや棺の織手と同じく、奏夜もかつて願った。
過程は違えど、その願いで得たかったものはただ一つ。


『大切な人の存在』。


一人は大切な存在との子を授かりたかった。
一人は大切な人に、確かな存在の力を与えたかった。
――そして、一人は大切な人を取り戻したかった。


時間を歪めてでも。


(……だからこそ)


奏夜はフリアグネの願いを止めようとしても、否定はしなかった。
ほんの少しだけわかっていたからだ。
大切な人を思う“どうしようもない気持ち”が。
――フリアグネがマリアンヌを想い、マリアンヌがフリアグネを想う“愛情”が。


いずれは、あのフレイムヘイズの少女も知るだろう。彼女が“ミステス”の少年に向ける感情が何なのか。
それが果たして、奏夜やフリアグネのような結末を迎えるのかどうかはわからない。


(俺に出来るのは、ただあいつらを選択の岐路に導くこと)


それが今の奏夜の仕事であり責務。
かつて誰かを愛した自分が、違う誰かの幸せを願うことは、なんら不自然なことではない。


――できるなら、あの“紅世の王”と“燐子”にも、幸せになってもらいたかったけれど。
その幸せを踏みにじった自分がそれを言うのは、図々しいだけだ。


『――ポロン♪』


弦を一本弾き、演奏を終えた奏夜は、夕暮れの空を見上げる。
捧げた調べは鎮魂歌。
もしかしたら、分かり合えたかも知れない二人に向けた、せめてもの贖罪。


「“狩人”フリアグネ、“燐子”マリアンヌ」


――ただ、せめて。





「輪廻転生の果てに、貴殿方の幸せがありますよう」
  1. 2012/03/16(金) 10:17:47|
  2. 仮面ライダーキバ/BLAZING.BLOOD
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第三話・無限/天壌無窮の空.前篇

『お前、何を戸惑ってる?』


あの奇妙な男は、そう問いかけた。
あまりにも、今の自分にとって時を得た質問。まるで全てを見透かされたかのようだった。
考えたくなかったことを、的確な言葉を持って突き付けられることに耐えられず、ただシャナは逃げた。


(気持ち悪い)


自分の中に、自分でどうにもならないことがある。
それが例えようもなく不愉快で、早くこの不確かな感情を飲み下してしまいたかった。


――だが、そうしたくないという気持ちも、同じくらいあった。
自分を掻き乱すこの感情が、何なのか自覚してした時、何が起きるのか。
自分にとって何を意味するのか。


完全な形で、それを理解してしまうのが、怖かった。
自分の存在を根底から覆されそうな、強く、しかし名前の無い感情。


(……戦いが、欲しい)


シャナは願った。


戦う間なら、何も考えなくてもいいから。
余計なものを、全て吹き払ってくれるから。




――それが勘違いだと知るのに、時間はかからなかった。




◆◆◆


「あちこちで封絶が張られてやがるな。キバット、どう思う?」
「多分ああやって、トーチを消してるんだろうな。消えかけのトーチ使ってるみたいだから、世界の歪みも少しで済んでるみてぇだ」
「フリアグネをおびきだすだけじゃなく、世界の歪みが起これば、仲間のフレイムヘイズも集まる。一石二鳥か。中々やるな、平井も坂井も」


奏夜がマシンキバーのアクセルを踏み込み、その傍らをキバットが追い掛けていく。
現在二人は、次々と張られていく封絶を頼りに、シャナと悠二の足跡を辿っている。


「動くかね、フリアグネは。もしあいつの狙いが『都喰らい』じゃなく、トーチもただのフェイクって可能性もあるんだしよ」
「そりゃないだろうな。なにせ情報源は父ちゃんなんだぜ?父ちゃんは『闇のキバ』を操るほど、力の扱い方や知識に長けてるんだ」


間違いないさ。
キバットは殊更自身に満ちた顔を作る。


「ま、お前の二世への尊敬度はさておいて、信用に足る情報ソースだってのには同意するけどよ」


シニカルっぽく言い放ったところで、封絶の生成が突如止まった。
それと同時に、覚えのある強大な存在の力を、二人は察知する。


「出やがったぜ、フリアグネの野郎だ!」
「この距離ならもう直ぐだな。いくぜキバット!」
「おっしゃあ、キバッて、GO!」


マシンキバーに乗りながら、奏夜は器用に片手を掲げる。


「ガブッ!」


左手に噛み付くキバットから奏夜の身体全身へ、アクティブフォースが流れ込んでいく。


「変身!」


腰に巻かれたベルトにキバットが止まり、奏夜の身体を覆った鎖が弾け飛び、キバへの変身が完了する。
と同時に、ここからそう遠くない場所で、二つの存在の力同士が激突した。


「向こうじゃもうドンパチやってるみたいだな。奏夜、このままぶっちぎろうぜ!」
「っしゃあ!」


覇気勇々としたコンディションに比例させるかのように、キバはマシンキバーのスピードを更に上げる。


避けられぬ戦いを制するために。





◆◆◆


『っ!』


燐子を蹴散らしていくシャナ、戦いを見守る悠二、不適な笑みを浮かべたフリアグネ。三人が全く同時に、こちらへと近づいてくるそれに気が付いた。


市外の一角。人通りの少ない路地裏。
エンジンの爆音を唸らせながら、猛スピードで迫ってくる真紅のバイク。
乗り手であるキバは、ウイリー走行で、進行方向にある金網を飛び越えて戦場に乱入してくる。
群がる燐子の何体かを撥ね飛ばすのも忘れない。


予想の斜め上をいく登場の仕方に、三人はしばらく呆けたように動かなかった。
原因たるキバは特に悪びれた様子もなく、口を開かぬままマシンキバーから降り、そのままシャナの隣へと立つ。


「随分と遅い登場ね」
「悪い悪い、追っかけるのに手間取ったんだよ」


平静を取り戻したシャナの棘を含んだ出迎えに、同じく悪びれないキバットが軽く答えた。


「キバ……うふふ。なるほどね」


宙を優雅に浮遊するフリアグネは、乱入者であるキバに目線を向ける。


「私を追うために、フレイムヘイズと手を組んでいたか。やれやれ、他人のことを言えた義理じゃないが、君達も大概手段を選ばないね」
「けっ、手段を選んでて誰かを救えなかったら世話ねぇぜ」
「ははは、それは正論だね。が」


キバットが敵意剥き出しで返すと同時に、フリアグネは両手を広げた。


「手段を選ばなかったとしても、何かを成し遂げられるとは限らないよ」


薄白い炎が、路地裏に所狭しと並べられ、中からさっき撥ね飛ばしたものと同タイプの人形――燐子が現れる。
同タイプ、というのは、それらの人形の分類が、カジュアルだったりメイドだったりメガネだったりと、製作者の意図的な趣味が滲み出ているものだったからである。


「ふん、いい趣味してるぜ」
「うふふ、誉め言葉として受けとるよ」


キバットの皮肉を軽く受け流し、フリアグネが指を鳴らした。
それを合図に、人形達がシャナとキバへ襲い掛かってくる。


「雑魚に構うな。狙いは“狩人”のみだ、邪魔な燐子だけ斬り捨てて走れ」
「うん、わかってる。アンタもそれでいいわね?」


キバに同意を求めると、キバは一瞬、一歩退いた場所で戦いを見守る悠二を見る。


――守らなくてもいいのか?
キバの意図を正確に読み取り、悠二はシャナに言ったのと同じように、自分の意思を示す。


「僕のことはいいから。キバ、もしあんたが僕を利用できるというなら、そうするのがいい」
「……」


悠二の固い意思に、キバも力強く頷き、シャナと背中合わせに、周りを包囲する燐子へと拳を構える。


『援護に期待はするな、己の取り分は己で始末しろ』
「そりゃこっちのセリフだ魔神。そっちの仕事が無くなっても知らないぜ」


アラストールとキバットのやり取りを最後に、シャナとキバは大太刀と拳を携えて、


『はっ!』


襲い掛かる燐子の大群を迎え撃った。
シャナの大太刀が燐子を胴と足、二つのパーツに分け、キバの拳が燐子の身体を見事に貫通する。


何処にでもある路地裏で繰り広げられる、人知を越えた戦い。


「せいっ!」
「ハッ!」


シャナの剣技が、キバの拳が振るわれる度に、燐子が消失していく。
そう、一体一体は全く問題がない。


しかし数が多い。
あのフリアグネの余裕な態度から推察するに、まだまだ燐子には余裕がありそうだ。
何体来ようが倒せる自信はあるが(ましてシャナもいるのだ)、それではいかんせん燃費が悪い戦いになる。


(それなら、パワーで一気にぶっ潰す)


群がる燐子から距離を取り、ベルトから紫の拳を型取ったフエッスルを引き抜く。


「殴ってダメなら叩くまで!」


キバットがくわえたフエッスルが、空気を震わす重低音を奏でる。


「ドッガハンマー!」


◆◆◆


「あ、呼び出しだ」
「今回は力か」


キャッスルドラン内、ドランプリズン。


奏夜の指示から、再びキャッスルドランで待機を命じられた次狼、ラモン、力が主からのコールを聞き取る。


「あの“紅世の王”と戦ってるのかな」
「さあな。だがなんであれ俺達のやることは――」
「おん、なじ」


力は立ち上がると、今までいじっていたチェスの駒を、手で粉々に握り潰した。


「ぬぁァァァ!」


前髪をかき上げると、力の周囲に紫電が弾け、彼の正体たるフランケン族の戦士、ドッガの姿が移り込む。
彫像へと姿を変えた力は、キャッスルドランのドランポットから射出され、キバの元へと飛び去っていく。


◆◆◆


彫像が形態変化した魔鉄槌『ドッガハンマー』をキバの両手が掴み取る。
即座に両腕を介して封印の鎖、カテナがキバの胸部にまで巻き付いていく。ガルル、バッシャーのそれよりも更に厳重かつ、桁違いの量の鎖だった。
ドッガのポテンシャルに適応出来るよう、両腕と胸部がそれぞれが紫の装甲、ライトニングシールドとアイアンラングに覆われる。
キバットの目がパープルに染まり、ドッガの幻影が憑依したキバの仮面も同色に染まった。


『キバ・ドッガフォーム』。


単純な力だけならば、キバの基本4フォームを遥かに凌駕するパワー強化形態だ。


「フンッ!」


気合い一発。
片手に持つドッガハンマーを引き摺りながら、何処か気だるそうな足取りで、燐子達に向かっていく。
当然、その緩慢な動きは的になる。
燐子の人形たちが、四方八方から作り物の腕を、キバに叩き込んだ。


――バキッ。


不快な音。音源は燐子の腕。
なんと、キバの装甲を殴った燐子の腕が逆にひしゃげたのだ。


その光景を見ていたのは、戦いに専念するシャナとアラストールを除く、フリアグネと悠二の二人だったが、フリアグネは感嘆の口笛を吹き、悠二は唖然としていた。


――ドッガフォームは、ガルルフォームやバッシャーとは異なり、機動力が致命的なまでに欠落している。それを補うべく、ドッガフォームの装甲は、戦車でも傷一つ付かないという驚異的な防御力を誇る。
かわさず、受け流さず、ただ捨て身で防御する。
これがドッガフォームの戦闘スタイルだ。


――だが、ドッガフォームの真骨頂は防御力にあらず、攻撃力にある。
徒手空拳は無意味と見たのか、人形の一人が右手を掲げる。
いつの間にかその右手には、ドッガハンマーの三倍はあろうかという巨大な鉄槌が握られていた。


人形はそれを振りかぶり、キバにスイングする。
人外の存在たる燐子、ハンマーも何かの宝具と考えれば、その威力は戦車の弾丸以上のパワーがあるだろう。
だがまたしても、キバはかわさなかった。


――ガンッ!


(嘘っ!?)


悠二はもはや完全に絶句し、その光景に見入っていた。
キバは片手で軽々と、真正面からハンマーを受け止めていた。


「グゥ……ガァッ!」


とん、と軽く張り手をしただけ――に悠二は見えた。
しかしそれだけで、ハンマーは押し返され、燐子は彼方まで吹っ飛ばされ、封絶の壁に叩き付けられた。
封絶が無ければ、更なる飛距離を叩き出していたことだろう。


『こいつら、どうする?』


ドッガハンマーから聞こえる力の声が、残りの燐子達を指しているのだと気付き、キバはドッガにしか聞こえないくらいの小声で答える。


(存分にぶっ潰しゃあいい。ちょいと手助けしてくれ)
『わかった』


間髪入れずに、キバは片手に握ったドッガハンマーを両手持ちに切り替え、自分を軸の中心点に、全方位にスイングする。


「ウガァ!」


紫電の鉄槌。
遠心力が付加されたその一撃だけで、優に十体もの燐子が紙屑のように消し飛んでいった。


「フンッ!」


これくらいは何でもないこと、そう誇示するかのように、自らの仕事を片付ける。


「やるじゃない」


やや不服そうに、同じく燐子を片付けたシャナが、キバと並び立つ。
二人の目線は再び、真の標的であるフリアグネへ。


「っふふ、中々だ。炎も自在法も無しにここまでやれるとは大したものだね、すばらしいよ」


下僕の呆気ない敗走にも崩れないフリアグネの余裕。
キバと後ろに控える悠二はそれに引っ掛かりを覚えたが、疑念を吟味する暇は無かった。


「だが、その刃と鎚も、私に届かなければ意味が無い」


純白の長衣を揺らめかせると、再び四・五体の人形が現れる。


(人形の配置はほぼ一列)
(このままフリアグネまで押し切れるか)


図らずもシャナとキバの思考が一致する。


「おいお嬢ちゃん、俺様達は援護に回っちゃる。隙を見てあいつを叩き斬れ」
「ふーん? えらく殊勝ね」
「つかこの形態だと援護しか出来ねーんだよ」
(……ゴメンナサイ)
(いや、お前はお前で誇れる分野があるから気にすんな)


キバットとシャナが話す傍ら、さりげなく落ち込んだ力をキバが慰める。
前述の通り、ドッガフォームは機動力に乏しい。高い防御力の代わり、装甲にかかる重量はケタ外れ。
よって、宙に浮くフリアグネに、直接ドッガハンマーを叩き込めるほどのジャンプは不可能なのである。


「まぁ、いいわ。私に当てたら承知しないわ、よッ!」


軸足に力を込め、シャナはフリアグネ目掛けて跳躍した。


キバはそれを見計らい、手近にあった瓦礫の欠片を拾い上げる。
軽く手元でそれを弄んでいると、瓦礫の輪郭を紫色のスパークが覆った。
手首のスナップでそれを放り投げ、キバはドッガハンマーを振り被る。


所謂、野球のノックと同じ。
ドッガの力で強化された瓦礫は、ドッガハンマーの衝撃に砕けること無く、帯電したまま燐子へと投擲され、目標を粉砕する。
――キバによって開けた視界の中に、シャナが飛び込んだ。


「はぁっ!」


大太刀の切っ先を右後方に振り、フリアグネを一刀両断しようと構える。


「っふふ……!」


フリアグネは一枚の金貨を親指で弾く。
重力法則に従いながら、残像が連なっていき、一本のチェーンへと姿を変えた。


(あれは!)


以前、マリアンヌとかいう燐子が使用していた宝具『バブルルート』だ。
あのチェーンでガルルセイバーを封殺したことは記憶に新しい。


「!?」


案の定、ガルルセイバーと同じく、バブルルートを斬ろうとしたシャナの贄殿遮那の刀身は、金色の鎖に絡めとられる。


「ちっ!」
「うふふ、どうだい、私の『バブルルート』は。その剣がどれほどの業物でも、こいつを斬ることは出来ないよ」


舌打ち三寸。
シャナは鎖を斬るのを諦めて距離を詰め、持ち主たるフリアグネ目掛けて刃を走らせる。
キバが援護のために、瓦礫をスイングしかけた時だった。


「シャナ、下がれ!」


後ろの悠二が叫んだ。


「な!?」
「!!」


フリアグネの驚きと共に、いつの間にか彼の手元にあったハンドベルが鳴らされる。
突如、周りからシャナににじり寄っていた人形が凝縮され、大爆発した。


「ぐ、あう!!」
「くっ!」


シャナは地に叩き付けられ、キバも爆風と炎の余波を受ける。


即座に立ち上がり、キバは悠二を見る。


(またか)


ガルルセイバーの攻撃に気付いたのと同じ、あのハンドベルの特性にも気が付いた。
あのままシャナが突っ込んでいたら、勝負は決していた。


だが、事態はまるで好転していなかった。


「は、は、ははは!!」


驚愕から立ち直ったフリアグネは、興奮を混ぜた笑い声を上げる。


「その中にあるのは、相当に珍しい宝具らしい……」
「っ!」


不気味な雰囲気にあてられ、悠二は思わず一歩下がる。
彼を庇うように、キバが前に躍り出た。


「余裕かましてらんねぇぞこりゃ……、一気に決めようぜ!」


キバットの合図と共に、キバはドッガハンマーの柄をキバットに噛ませようとする。


『ドッガ・バイ……』
「甘いね」


フリアグネの声が、それを遮る。


「私が、君に何の対策も考慮していなかったと思っているのかい?」


バブルルートのコインを持つ手で、フリアグネは器用に、長衣の袖口から取り出した黄色い『笛』を吹き鳴らす。


「ウ、グアァッ……!?」


キバが突然、地に膝を付いた。


「キバ!?」


悠二が慌てて駆け寄る。
だが、キバは悠二の声に耳を傾ける余裕は無かった。


(身体中が、痛ぇッ……)


キバの身体にぶれが生じ、キバフォームとドッガフォームの中間を行き来しているように見えた。


『ば、かな……! これは……』
「シール、フエッスルだと!? ありゃあ『闇のキバ』しか持ってねぇハズ……」


シールフエッスル。
『闇のキバ』が使用する多種族を封印するためのフエッスル。
かつて先代キングの操る『闇のキバ』はこのフエッスルで、次狼、ラモン、力の三人を封じたことがあった。


キバ、キバット、力が激痛にうめく。
フリアグネは得意気に、吹き終えたフエッスルをひけらかした。


「そう、コウモリくんの言う通り、こいつはレプリカさ。『闇のキバ』の持つオリジナルには及ぶべくもないが……」


苦しむキバを見ながら、フリアグネは言う。


「多種族の力を借り、その存在の力を溶け合わせている以上は、当然キバ本人にも影響が現れる。しばらくは動けないよ。
……やれやれ、こいつには、ただの芸術品としての価値しかないと思っていたのだがね。まさか実際に使う日が来るとは思わなかったよ。っふふ、これだから因果の糸は面白い」


再びフリアグネはハンドベル――燐子を弾けさせ、爆弾にする宝具『ダンスパーティ』を鳴らす。
キバのすぐ側で、燐子が爆発する。


「っうぐ!」


地面を転がるキバを、更なる痛みが襲う。


隣にいた悠二も、爆風に引き摺られたようだが、気にしていられるだけの気力がない。
だんだんとシールフエッスルの影響は消えてきてはいるが、まだ戦えるほどとは言い難い。


(くそっ! キバット、一旦ドッガフォームを解除出来ないのか!?)
(無理だ! 魔皇力が乱れ過ぎてて、下手すりゃキバの鎧がぶっ壊れちまう!)


キバットのNGと同じくして、キバは新しい爆発を聞き取る。
爆発した場所は――


「しまった!」
「狙いは、兄ちゃんか!」


キバットとアラストールが声を上げた。


『!!』


突っ伏すキバとシャナはその意味を理解する。
その時既に、フリアグネは悠二の目の前で、歪んだ愉悦と好奇心に瞳を輝かせていた。


「……中に、なにが、あるのかな?」
『っく!』


うめき声を上げながらも、未だに動けぬキバ。
片やシャナは、ダメージを押し殺し、炎髪を爆風に靡かせて、フリアグネに迫る。


(殺った!)


傍目から見るキバは確信した。
だが、フリアグネは、大太刀の軌道へ、あるものを配置する。




首を鷲掴みにし、無造作に悠二を突き出したのだ。




ぴたり。


そんな擬音が聞こえそうなくらい静かに、シャナは大太刀を止めていた。
悠二の手前で、目標を失った刃は静止し続ける。


まるで――




彼の身を案じるかのように。
フレイムヘイズであるはずの、彼女が。




「っ!?」


それに一番驚いたのは、シャナ自身だった。
キバは仮面の下でギリッ、と歯噛みする。


学校でした予感が的中してしまった! よりによって、この大事な局面で!


「は……はは、はははははは!!」


フリアグネは堰を切ったように、狂笑する。


「何だ今のは? ミステスを斬らせて中身を頂こうとしただけなのに、まさか…」




まさかフレイムヘイズが刃を止めるとは!




「そうか! このミステスには、どうやら利用価値がありそうだ!」


悠二を連れて飛び上がりながら、フリアグネは叫ぶ。


「ははは! アラストールのフレイムヘイズ! そしてキバ! この“ミステス”が惜しければ、街の一番高い場所まで来るがいい……最高の舞台を用意して待っているよ!!」


――刹那。キバは立ち尽くすシャナと連れ去られる悠二、二人の表情を見た。


激しい後悔。
それが二人に共通した感情だった。


少年と出会い、変わってしまった自分への後悔。
少女と出会い、彼女を変えてしまった自分への後悔。


(……ったく、つまらねぇことでウジウジ悩みやがって)




――そんなもの、本当はどうでもいい悩みだってのによ。




激痛渦巻く意識の中、キバは、フリアグネが置き土産に鳴らした『ダンスパーティ』の音色を聞き取っていた。



◆◆◆


全てを炎で埋め尽くす大爆発に、シャナとキバの影は呑まれていく。
爆発で崩れたビル(だったもの)により、路地裏は瓦礫の山と化していた。爆弾となった燐子に使われていた存在の炎が、か細く燃えている。


封絶が解かれていないのが救いか。
と、瓦礫の一つが不自然に動めく。


「っだぁ!」


周囲の瓦礫を吹っ飛ばし、キバが現れる。
多少煤けてはいるが、ドッガフォームの恩恵で、ダメージは少ない。
しかし、


「あ、危なかった! マジ危なかった!」


今回は本当に危なかったのである。
シールフエッスルの影響により、ドッガフォームの制御が不随になっていた中で、あの爆発を喰らったのであれば、どうなっていたかわからない。
ギリギリでキバットの制御が落ち着いたから良かったものの、危機的状況だったのは間違いないだろう。


「ひゃあ~、ヤバかったなぁ……! フリアグネの野郎、まさかシールフエッスルのレプリカなんざ持ってやがるとは」
『“かりうど”……伊達じゃない……』


ドッガハンマーから聞こえる力の声が、僅かに疲弊しているのに気が付いた。


「力、大丈夫か?」
『だいじょうぶ。ちょっと、つかれた、だけ……』
「全然大丈夫に聞こえねーよ。一旦キャッスルドランに戻ってろ」
『……“おとこば”に、あまえる』


手に持つドッガハンマーが彫像に戻り、キャッスルドランへ飛び去っていく。
ドッガフォームからキバフォームへと戻ったキバは、ベルトから外れたキバットに話し掛ける。


「で、どうするよ? シールフエッスルがある限り、バカ狼達は呼べないぜ」
「ああ、基本的にキバフォームでなんとかするしかないな」
「けど、あの爆発はかなりの威力だから、少しリスクの高くなりそうだぜ」


キバフォームでは、確実にダメージを負ってしまう、ということだ。
当たらなければいい話ではあるが、恐らくフリアグネはまだ燐子を控えさせている。
大群で囲まれるとなると、一人での対応は難しい。


「――あ、そういや、灼眼の姉ちゃんは無事かね」


キバットが思い出し、周囲をキョロキョロと見渡す。


「多分無事だろ。爆発を直接喰らったわけじゃなさそうだし。……まぁ、無事かどうか気にすべき点は、そこじゃないんだがな」
「えっ?」
「いや、何でもねぇよ。んじゃ取り敢えず、平井を探そうか」


キバットの浮かべた疑問符を解消すること無く、キバは瓦礫の山を掻き分けて、シャナを探す。


「生き埋めになってたら、掘り出すの面倒くさいな」と、教師にあるまじき暴言を吐いたりもしたが、程なくしてシャナは見つかった。服はあちこちボロボロだが、命に別状は無いだろう。


(……けど)


肉体面の心配はいらない。


問題は精神面だ。


瓦礫に膝を抱えて踞るその姿は、あまりに痛々しく、今にも立ち消えてしまいそうなくらい儚かった。
甲冑が擦れる音を響かせながらキバが近づいてきても、何の反応も無い。
――目の前にいるのは、見た目通り、年端もいかないただの少女だった。


『無事だったか』


口を開こうとしないシャナに代わり、アラストールが口火を切る。


「どうにかな。で、これからどうすんでぇ? 連れの兄ちゃん拐われちまったけど」
『行くしかあるまい。あ奴――坂井悠二の中に眠る宝具は、“徒”に渡れば、実に厄介なことになる』

「『零時迷子』だな」
『……本当に貴公達の情報網は計り知れぬな』


苦笑のような声を残して、アラストールは続ける。


『“狩人”は去り際、坂井悠二の存在の力を使い、封絶を施していた。万が一を考え、零時より少し前あたりを突入の目処としたい。
人質として使ったくらいだ。我々が行くまで、坂井悠二の無事は保障されよう』
「ああ、俺様達なら構わないぜ」


キバとキバットが首肯する。


『すまない。……この子にも少々、自分を落ち着かせる時間を与えたいのだ』


こうして三人が話している間にも、シャナは黙りっ放しだった。
キバは小さく溜め息をついて、手近にあった瓦礫を椅子代わりにする。
この場合だと、シャナと真正面から向かい合う形だ。


「何故だ」


キバが口を開くと、シャナが僅かに反応する。
出会って以来、キバは言葉らしい言葉を発していなかったし、会話はキバットに任せきりだった。違和感があって当然である。


だが、すぐにシャナは興味を外す。
それ以上に混沌とした感情が、自分の中に渦巻いていたからだ。
――キバの仮面の下から聞こえるその声が、何処かで聞いたような声であるとも気付かないくらいに。


答えないシャナに、キバがもう一度言う。


「何故、刀を止めた」


シャナの肩がビクリと震えるのがキバには見えた。


「フレイムヘイズは人を守っているわけじゃないんだろう? 世界のバランスを保つ存在の筈だ。そのフレイムヘイズが何故、刀を止める。――坂井悠二は、お前にとっては“なんでもないモノ”だろう?」


キバの言い草に、シャナの中で激しい怒りが込み上げ、一瞬で消える。
キバの言うことは正しい。
自分だってそんなの、言われるまでもなく理解している。


なのに、どうして私は刀を止めたんだろう?


――いや、違う。


(私は、わかってる)



刀を止めた理由を、わかっている。
ただ、認めたくないんだ。


「消えて欲しくなかったのか? 坂井悠二に」


シャナの心情を読み取ったかのように。キバは言う。


「無くしたく、なかったのか」
「……わからない」


シャナがようやく返答する。
キバはそれを聞き、やや投げやりな口調で言う。


「戦うのが怖いなら、戦うことで、坂井悠二を失うのが怖いなら、それもいい。戦わないのは――別に悪いことじゃない」


足手まといになるなら来るな。
言外に、そう言いたいのがわかった。
シャナは、自分の存在意義をかけて、キバに言い返した。


「戦う」


伏せていた顔を上げて、精一杯気丈に振る舞う。


「私は、アラストールのフレイムヘイズ。私が、そうあるように望んだ、だからある存在。それが、全て。それが、私」
「それが全て、か」


しかしキバは、シャナの宣言を「馬鹿馬鹿しい」と一蹴する。


「心は、そんなに簡単なものじゃない。一つの目的や存在で全てを満たすなんてことは、絶対に有り得ない。……そんな状態で戦っても、お前はまた同じことを繰り返すだけだ」


キバは、シャナが心に纏う仮面を正確に読み取り、それを剥がしていく。


「自分の気持ちを偽るな。気丈に振る舞うフリをするな。――口に出してみろ、少しは楽になる」


最後の言葉は、とても優しい口調で紡がれた。
シャナの中で、再び感情の奔流が暴れ出す。


きりきりとした痛み、戦いの時とは違う痛みが、自分の中の何かを傷つけていく。
やがてシャナは、虚ろな表情で、酷く掠れた声で、呟く。


「……わからない」


さっきと同じ答え。
だがキバには、それが全く違う感情から生み出された答えだということがわかった。


「全然……わからない。なんで…私は、こんなはずじゃ、ないのに。ねぇ……“これ”って何なの? 何で私のことなのに、わからないの?それさえも……わからない。……ただ」
「ただ?」




「苦しい」




それは、いままでシャナが発したどんな言葉よりも感情の起伏に満ち、同時に、いままでのどんな言葉よりも、悲壮に溢れていた。


「……そうか」


キバが答え、それきり二人は長い間、互いに沈黙したままだった。
シャナは俯き加減のまま、キバは瓦礫に腰かけたまま、キバットとアラストールさえ喋らないまま、時は流れていく。


「……世の中に、正しい選択は無い」


突然のキバの言葉に、シャナは再び顔を上げる。


「誰が見るかによって、その選択は正解も間違いにも成り得るからな。
だが人は、例え他人から何を言われようが、自分の選んだ答えを貫き通さなきゃならない。
それは選んだ者への責任だ」
「……お前は」


シャナが絞り出すように言う。


「私は、間違えたと思う?」
「お前はどう思うんだ?」


少し意地悪な口調で、キバは問い返す。


「“ミステス”、坂井悠二を助けたことは、『炎髪灼眼の討ち手』にとって間違いか、正解か」
「……」


答えは見つからなかった。
いつもなら、間違いで切って捨てられるはず。
でも、今は。


「人は前を向くもの。答えが欲しいなら、進むしかない」


答えを躊躇うシャナに対し、キバはひょいと瓦礫から降りる。


「――本当はな、他人の眼なんかどうでもいいんだよ。大切なのは、その選択をしたことを、自分がどう思い、どう変えていくかだ。選択は正誤が存在しないがゆえに、いくらでも変えられる。
坂井悠二を助けたことを正解にするか、間違いにするかは――」




お前次第だ、『炎髪灼眼の討ち手』。




ついとシャナをキバは指差す。


「私、次第」


復唱するシャナにキバは頷き、仮面の下で眼を閉じる。
遠くから聞こえてくる、悠二の心の音楽。
シャナと同じように、迷いが聞き取れるかと思いきや、それとは違う、一貫した強い意思が聞き取れた。


――これは、シャナを呼んでいるように思える。


『僕は、大丈夫だから』と。
『だから、君は全力で戦えばいい』と。
そんな、ただ強い覚悟。


(面白い音楽だな、坂井)


僅かに笑い、キバはシャナに向き直る。


「……さて、そろそろ行くぞ」


シャナは顔を強張らせる。
また同じことをしないだろうか。戦うことへの緊張から来る表情だ。


「そう緊張するな。――答えを、探しに行くんだろう?」


キバの覚悟を促す声。
シャナはほんの少し、緊張が和らいだ気がした。


「……うん、行く」


弱々しく、しかし誤魔化しもなにもない声音で、シャナは頷いた。
選択の責任を、取るために。
フリアグネを倒すために。


――悠二の元へ、行くために。
  1. 2012/03/16(金) 09:55:14|
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第二話・ビート/炎髪灼眼の討ち手.後篇

「……や、奏夜! 起きなさい!」


うるさいなぁ……俺はまだ寝たいんだよ……。


……ってあれ? 前にも似たようなことなかったか?
うっすらと奏夜が目を開けると、そこには見知った女の子。


「……静香? なにしてるんだよ。今日は平日だから、大学も」


あるだろ、と続けようとして、黒光りするフライパンが、奏夜の頭に振り下ろされる。デジャヴを感じながらも、奏夜の意識は覚醒した。


「痛ってぇ!」
「まだ目が覚めない? 私が大学に行く日は、奏夜も出勤でしょ!」


少女――野村静香は頬を膨らませて、奏夜を睨む。


「い、いや、俺は今日……」
「言い訳は後! 早く着替えて! そこに朝御飯も作ってあるから、私が出た後にちゃんと食べなさい、わかったわね!」


言い捨てて、静香はばたばたと寝室から出ていった。
朝から呆然とする奏夜に、近くを飛ぶキバットがニヤニヤした笑みを向けてくる。


「何年経っても、お前は静香に頭が上がらねぇなぁ」
「……お前の差し金かよ、キバット」
「最近お前、俺様が起こすのにも慣れてきちまったみたいだからな。ここらで一発、刺激を与えとかねーと」
「……ああ、十分刺激になりましたよ」


――野村静香は、奏夜の家にバイオリンを習いに来ている近所の大学生だ。


そのつながりで四年前は、生活能力が著しく欠如していた奏夜の面倒をよく見てくれていた(今の奏夜に生活能力があるかと問われれば、微妙な話だが)。
現在でも来る頻度こそ減ったものの、未だに縁の切れぬ仲であり、四年前の名残からか、奏夜もいまいち静香には大きな態度に出れない傾向があるのだ。


「知る人ぞ知る、奏夜の数少ない弱点である」
「勝手なモノローグを入れんじゃねぇ」


きっちりとキバットに突っ込みを入れ、奏夜は着替え始める。


「キバット、お前は念のため、学校に張り込んどいてくれ。何かあれば、フエッスルで次狼達も呼べるしな」
「わかった。昨日言ってた、平井ゆかりと坂井悠二って二人を見張るんだな。
で、お前はどうすんだよ?」
「静香には悪いけど、今日の授業は休むことになるな。もう学校にも伝えてある」
「……ああ、なるほど」


即座にその意味を察し、キバットは言う。


「真夜に会いにいくんだな」
「ご名答」


◆◆◆


御崎市郊外。
住宅地から離れると、繁雑に並び立つ森林や、川のせせらぎも聞こえてくる。


「もっと、住みやすい場所もあるだろうにな」


ここまでの足であるオートバイ『マシンキバー』を近くに止め、奏夜が向かった先は、森林地帯の奥深くにある洞穴。
傍目では見逃してしまいそうな規模の場所だが、人を寄せ付けぬ異様な空気が漂う。
奏夜がそこへ一歩足を踏み入れると、


「いらっしゃい、奏夜。来る頃だと思っていたわ」


か細い女性の声が洞穴を反響しながら聞こえてきた。
奏夜が洞穴の奥を見つめると、黒いローブに身を包んだ女性。
右目には痛々しい眼帯つけ、何処と無く儚げな雰囲気を漂わせているが、その姿はむしろ神秘的でさえある。


ファンガイアの元クイーン、真夜。
奏夜の母親だ。


「……久しぶり、母さん」


奏夜は真夜の隣に腰かける。


「少し背が伸びたかしら?」
「そうかな、自分じゃよくわからないけど」
「ええ、それに雰囲気も。段々音也に似てきたわ」
「……それって、誉め言葉なのかどうか、微妙だと思う」
「ふふ、そうね」


父、紅音也の顔を思い浮かべた二人は柔らかい笑みを浮かべる。


「それで、母さん。本題なんだけどさ」
「わかってるわ。今御崎市に来ている“紅世の王”についてでしょう?」
「え? 母さん、何で知って……」


真夜は先代キングにより、ファンガイアの力を抜き取られ、人間に限り無く近い存在となっている。
紅世の徒の力を感じとれはしないはずだ。


しかし、その疑問は直ぐに氷解した。


「俺様が真夜に教えたのさ」


二人の前に、一匹のコウモリが降り立った。
キバットと瓜二つだが、こちらは身体が赤く、目付きも若干鋭い。
キバットの父親――キバットバット二世だ。


「久しいな、奏夜。我が息子と娘は息災か?」
「ああ、キバットとキバーラなら元気だぞ。
て言うか二世、兄さんに着いてったのかと思ってたけど」
「あいつにはサガークがついている。何より、あいつからの頼みで日本に残っているんだ。真夜を守ってくれとな」
「ああ、そういうこと」


二世の事情に納得する一方で、何故真夜がフリアグネの存在を認知していたのかもわかった。
キバット以上に、ライフエナジーや魔皇力に通ずる二世ならば、確かにフリアグネや燐子のことも看破できるだろう。


「知ってるなら話は早い。
母さん、何を知ってるんだ?」
「……キバットを通じての情報だから、私の推測も入るけれど、それでもいいかしら?」
「構わない。今は少しでも多く、状況を把握したいんだ」


奏夜の返答に、真夜は一呼吸置き、口を開いた。




「その王の狙いは、『都喰らい』」




◆◆◆


「当時……と言っても、500年近く前の話なのだけれどね。神聖ローマ帝国が栄えていた頃の話よ」
「……のっけから途方もない話なんだけど」


まぁ、ファンガイアは元来長命であるし、ストラディバリの弟子だったこともある母だから、それくらいのスケールは当然と言えば当然だが。


「“棺の織り手”と呼ばれる“紅世の王”が、喰らったトーチにある仕掛けをして、とんでもない世界の歪みを生んだの」
「トーチに仕掛け?」
「トーチが、喰われた人間の存在を代替し、その人間が消えた分の歪みを和らげる存在だということは知っているな」


奏夜が頷き、二世が続ける。


「“棺の織り手”は“鍵の糸”なる仕掛けをトーチに編み込んでいた。簡単に言えば、“棺の織り手”の指示で、トーチを即座に分解し、消失させる自在法だな。
そして、奴は都市の人口の一割を喰らったと同時に、仕掛けを発動させた」


結果、偽装されていた繋がりを突然失ったその街には、人はおろか物質さえも飲み込む膨大な歪みが発生した。
それに連鎖し、分解された都市に存在する全ての人や物質からは、莫大な存在の力が生成される。


「それが『都喰らい』か……。
その棺の織り手ってヤツは、討滅されたんだよな?」
「ええ。あの頃私は欧州にいたから、成り行きでその戦いに巻き込まれてね。だから大体の事情は知ってるわ。――今、御崎市にフレイムヘイズがいるでしょう?」
「うん、“炎髪灼眼の討ち手”だろ」
「その一世代前の“炎髪灼眼の討ち手”が、“棺の織り手”を討滅したのよ。
まぁ、正確には“天壌の劫火”が討滅したと言えなくもないけれど」
「母さんは、“炎髪灼眼の討ち手”と知り合いなのか」
「現代の“炎髪灼眼の討ち手”には会ったことはないわ。“天壌の劫火”との面識はあるけどね。
そもそもフレイムヘイズの知り合いは少ないのよ。あとは“万条の仕手”くらい」


昔を懐かしむように、目を伏せる真夜。
自分の知らない母の旅路を知るのは新鮮だったが、話の主旨を思いだした奏夜は、二世に問いかける。


「えっとつまり……、“棺の織り手”が仕掛けた“鍵の糸”って自在法と同じものが、この街のトーチには編み込まれているってわけか」
「うむ。俺様の見立てでの話だがな」


真夜と二世の予測に、奏夜は戦慄する。


都喰らい。
まだ確証があるわけではないが、もしそれが真実なら――


絶対に、止めなければ。
奏夜は両拳を固く握り締める。


「……わかった。ありがとう母さん、二世。助かったよ」
「気にしないで。私が役に立てることなんて、これくらいしかないんだもの」
「また何かわかれば、俺様が伝えに行こう」


奏夜は二人の厚意に感謝し、腰を上げた。


「じゃあ俺、そろそろ行くよ」
「ふふ、先生は大変ね。ちゃんと頑張りなさい」
「うん。……あ、そうだ母さん。もう一つだけ」


洞穴から出かけた奏夜は、思い出したように言う。


「封絶の中でも動けるトーチって、いる?」
「封絶の中でも動けるトーチ……いえ、基本的にトーチも封絶の効果からは逃れられないはずよ。……そんなトーチがいたの?」
「あー、うん」


自分の生徒、坂井悠二とは言わない。
真夜は記憶を掘り起こすように、唇に手を当てる。


「確かに、“戒禁”の力次第で動けるトーチはいる。でもそれなら確実にミステスね……あっ!」


何か思い付いたらしく、真夜は奏夜はに聞く。


「奏夜。そのトーチが作られたのはいつ?」
「えっと、一昨日の夕方かな。多分だけど」


奏夜の答えを聞いた真夜と二世は、互いに顔を見合わせる。


「二世、あなたから聞いた“壊刃”が『約束の二人』の片割れを仕留めたのも……」
「ああ。転移したとすれば、時期は一致するな」


話が纏まり、真夜は完全に置いてきぼりだった奏夜に向き直る。


「奏夜。都喰らいのこともそうだけど、そのトーチ、いえ、ミステスを渡してはダメよ」
「ミステス?」


ミステス――紅世の宝具をその身に内包したトーチの総称。
ならば、悠二が封絶内で動けるのも、それが原因なのか。


「その通り。しかも数多ある宝具の中でもまた異質――“紅世の徒”秘宝中の秘宝」


真夜はいつものフラットな口調で、しかし些かの緊張を混ぜて、その名を紡ぐ。




「『零時迷子』」



◆◆◆


「都喰らいねぇ……随分と大事になってきたな」
「ああ。そっちはどうだった? キバット」
「なんも。襲撃は無かったし、あの二人も、お前に報告するような行動は取らなかったぜ」
「そうか。向こうもフリアグネについて、わかってないことも多いみたいだな」
「だな。ところで奏夜、俺様はいつまでここにいればいいんだ?」


奏夜とキバットが小声で会話する場所は、市内某所のスーパー。
真夜の隠れ家から往復する頃には(時間帯的に帰り道が混むのだ)、もう空はうっすら赤みがかかっていた。
キバットと合流したあと、奏夜はそのまま夕食の買い出しに来ていた。


ちなみにキバットは、奏夜の持参した買い物袋に、様々な食材と一緒に放り込まれている。


「無論、買い物が終わるまで、更に言えば家に帰るまで」
「じゃあせめてこの食品を、スーパー備え付けのカゴに移してくれよ。ぎゅうぎゅうづめだ」
「やだよ面倒くさい。お前は黙ってぬいぐるみのふりしてろ。成人男性がぬいぐるみを買い物に持ってきてるという設定の時点で、かなり恥ずかしいんだぞ」


身も蓋も無い、しかし間違ってもいない奏夜の反論に、キバットは閉口した。
買い物を進め、レジ近くのパン製品のコーナーにさしかかった。


「おっ」
「あ」


そこにいた人物――坂井悠二と、必然的に目が合う。
傍らには、何故かパンの袋を取り、それを真剣な顔で吟味する平井ゆかりの姿もあった。


「よう坂井。最近は学校外でよく会うな」
「先生。今日はお休みじゃなかったんですか?」
「あーいや、別に病気ってわけじゃねぇからな。一身上の都合ってヤツだよ。
お前らこそ、二人してどうした。デートって雰囲気でもないが」


――真夜との会話から、フレイムヘイズたる少女が何故、悠二を連れ回しているのかはわかっていたが、それでも奏夜は、からかいを混ぜて問いただす。


「ただ平井さんの買い物に付き合わされてるだけですよ、さして深い意味は無いです」


デートという単語に関して、悠二は照れるでもなく、苦笑いを持って返す。


(確かに、あの小娘の性格からして、カモフラージュでもデートとかはしないだろうな)


それよりもまず、多分こいつは『デート』という単語すら知らない気がする、と奏夜はさりげに失礼な分析をする。
まぁそれも、あながち間違ってはいないのだが。


「んで、その平井さんはなんでパンコーナーから微動だにしないんだ。デコキャラシールのサーチでもしてるのか?」
「まだ生産されてるんですか? あのオマケシール。平井さんなら、メロンパンを選んでるそうですけど」
「メロンパン?」


また随分と世俗的な……。
キバとも渡り合う力を奮うあの姿と、網目のついた甘い菓子パンがまるで結び付かない。
長時間の吟味に焦れたのか、坂井が袋の一つを指差した。


「これは? 本物のメロン果汁入りとか書いてるぞ」
「駄目よ」
「なんでさ。ちょっと高めだし、美味いかもしれないだろ」
「全然わかってないわね……」


その時、少女の瞳に鋭い光が走った……気がした。


「メロンパンは網目の焼型が付いてるからメロンなの! メロン味なんてナンセンスである以上に邪道だわ!」


威風堂々と、しかしメロンパンかなりのこだわりが伺い知れる宣言だった。


さすがの奏夜も、坂井と一緒に
「……はぁ」と同意するしかなかった。


――どうやら今しばらく、この少女のキャラはつかめなさそうである。



◆◆◆


買い物を終えて、向かう方向が同じこともあってか、三人は人々でごった返す道を並んで歩いていた。


「俺がいない間、何かあったか?」
「……えっと」


悠二は少女をちらりと見てから、


「いえ何も。“いつも通り”でした」


含みを持った口調から、奏夜は悠二の心情を的確に読み取る。


(また教師と何かやらかしたな)


学校側との衝突は止む気配を見せるどころか、激化の一途を辿っているらしい。
そしてその渦中にいる少女は、悠二の隣で買った菓子を食べている。


「やれやれ、今日も大変だったみたいだな。お前達」
「あ、でも、今日はそんなに悪い話でも無かったんですよ」
「? どういう意味だ?」


悠二の話によると、それは四限目の体育。
本来の基準を外れた無茶苦茶な授業を行う教師を、彼女が文字通り蹴り飛ばしたのだという。
クラスでの彼女の立場も、多少なり良い方向に改善されたそうだ。


「ほう、そりゃ良いことしたな。平井」
「別に。私の邪魔になったから片付けた。ただそれだけよ」


彼女はようやく反応を見せたが、言葉には剣呑さがある。


(……ふむ)


心中で奏夜は唸る。


(この態度が原因で、いつか余計な敵を作りそうだよなぁ、こいつ)


人間ならまだいいが、それが味方のフレイムヘイズだったりするなら、それは問題だろう。
――破格教師だなんだと言われようが、奏夜は間違いなく教育者なのである。


「………」


奏夜は無言のまま、買い物袋から(キバットは食品の上で寝息を立てていた)、衝動買いし、後で由利にでもあげようかと思っていた“それ”を取り出し、


「平井」


と声をかける。
特に警戒もせず、少女は奏夜に目線を向けた。


――パァンッ!


「ひゃあっ!」


警戒心ゼロの状態での暴音には、さすがのフレイムヘイズも驚いたらしく、肩を震わせて飛び上がる。
髪に絡まったカラフルな紐を払うと、目の前にはにやにや笑いながら、クラッカーを片手に構える奏夜の姿が。


「な、何すんのよ!」
「はは。お前も吃驚するんだな」


まさに滑稽と言わんばかりに、奏夜は抱腹絶倒している。
悠二は悠二で、奏夜の悪戯に(正確には、奏夜に振りかかるであろう彼女の制裁に)冷や汗を流していた。


「ま、悪戯の方はともかくとして、人が褒めてるんだ。そこでつっけんどんになると、いらん敵を作るぜ。人は厚意を無下にされると、腹を立てるもんだからな」
「そんなこと、私の知ったことじゃない。敵だったら、片付けるだけよ」
「敵だったらな。でもお前のやり方だと、味方になってくれる人まで敵になる」
「……味方なんて、そんなの」
「いらないってか? ま、お前の性格ならそうだろうけどな」


だがそれは、性格のせいで処理してはいけない話だ。


「けど平井、人間は一人じゃ生きていけないんだぜ?」


自分はかつて、それを身を持って知った。
この世の全てを拒絶して、誰かと関わることに臆病だった自分。
――もし自分があのままだとして、名護、恵、健吾、太牙、今まで出会ってきた全ての人に出会えなかったらと思うと……。


本当にぞっとする。
昔の自分を彼女に重ね合わせたわけではないが、それでも奏夜は放って置けなかった。
存在が置き換えられていても、彼女が自分の教え子であることは事実なのである。


「一人でいられる強さも確かに大切だ。だが、それじゃあどうしたって限界がある。人間は本来、集団で生きるもの。この真理からは、何人たりとも逃れることは出来ない。それが例え――」




人間で無かったとしても。




意味ありげに表情を消す奏夜。
少女は眼に警戒の色を宿らせ、悠二は顔を強張らせる。


「……なーんて、な」


しかし二人の緊張状態は、冗談めかしく舌を出す奏夜の態度により砕かれた。


「偉そうなこと言っちまったけど、要するに、ロンリーウルフ姿勢を貫いてても、あまり良いことねーって意味だよ」


奏夜は気さくな笑みを浮かべ、彼女の髪をやや滅茶苦茶気味に撫でる。


「わ、わ」


突然のことに慌て、反射的にその手を振り払おうとするが、それよりも早く、奏夜は手を引っ込めた。


「お前はもっと、誰かと触れ合うべきだよ。そうすれば、お前の『心の音楽』は更に輝く」
「心の、音楽?」
「そう。人はみんな、心の音楽を奏でている。
これらは人の数だけあり、一つ一つ違う旋律を生み出している。そして、旋律は時として重なり、また新たな音楽を作り出していく。それが、人と触れ合うということだよ。――ただ、お前の場合」


ここで奏夜は、悠二を指差した。


「変わるきっかけは、もう得てるかも知れないがな」


少女はよくわからなそうに、隣を歩く悠二を見る。


「だから先生、僕と平井さんはそんなに仲が良いわけじゃなくて……」
「否定する割には、ここのところ随分とべったりだった気がするけどなぁ?」
「……今日池達にも似たようなこと言われましたけど、完全に誤解です」
「青春とは、誤解と和解の繰り返しだよ、少年」


軽く頭を抱える悠二に、意地の悪い冷やかしをし、奏夜は大通りの別れ道で立ち止まる。


「んじゃ、平井も坂井も、また明日学校でな」


そう言い残し、奏夜は悠二達とは反対の道に消えていった。


◆◆◆


「全く……なんなのよあいつ」


荒々しく撫でられたせいで滅茶苦茶になった髪を整えながら、シャナは不機嫌そうにぼやく。
シャナはフレイムヘイズの性質上、人間との付き合いは基本的に短い。
だがその短い付き合いの中でも、様々な人間を見てきた。


大抵が理解出来ない(理解する意味がない)行動ばかりする者ばかりだったが、その中でもあの男、紅奏夜は、


「あいつ、お前と同じくらい変」


自分の隣に立つ奇妙なミステスと同じくらいに、あの男は異質だった。


「……僕はあそこまで自由に生きてるつもりはないんだけど」


悠二は取り敢えず自己弁護を試みる。
彼は決して奏夜が嫌いなわけではない。
むしろあの快活な振舞いには好感を覚えていた。


だが『紅奏夜と似ている』と言われるのには、さすがに抵抗がある。
彼に似ているというのは、もはや皮肉や悪口ではなく、『凄い』の領域なのだ。
あそこまで極まった人間に似ていると思うほど、悠二は自分を過大評価していない。


「奏夜先生は僕なんかとは違って、なんていうか、特別な人なんだよ」
「特別?」
「うん。他の人とは違う次元で生きてるっていうのかな。
物事の考え方が、根本的に違うんだ」
「……よくわからない」
「うーん、悪い人じゃ絶対にないんだけど……。でも奏夜先生は、あの性格を自覚してるみたいだから、シャナの言う通り、変わり者ってことなんだと思うよ」
「じゃあやっぱり、お前と同じじゃない」
「結局そこに立ち戻るんだ……」


この数分間の弁論はいったい何だったのか。
悠二が苦笑したところで、シャナはこの話題を打ち切る。
そこでふと、二人の会話に入るでもなく、ひたすら沈黙する“紅世の魔神”に気が付く。


「……アラストール?」

『……』




『人間はみんなそれぞれ音楽を奏でているんだ。知らず知らずの内に、心の中でな。
堅物魔神。俺はお前が気に食わない、が、お前とお前の契約者が互いに奏でる音楽は気に入った――俺様がお前達に手を貸す理由は、それで十分だ』





過去の、しかし鮮明に刻まれた思い出。
その中の一欠片を、アラストールは回顧していた。


「ねぇアラストール、どうかしたの?」


少し心配そうに話しかける自らの契約者の声で、アラストールは記憶の海から引き戻された。


『……いや、気にするな。取るに足らんことだ』


直ぐ様思考を振り払い、彼はそう答えた。


◆◆◆


「心の音楽、ね。お前も言うようになったじゃねーか」


人だかりの少ない道に入ったところで、ようやく買い物袋から解放されたキバットが、奏夜の頭に止まりながら言う。


「こういう時に、お前が導かれる側じゃなくて、導く側になったってことを実感するぜ」
「おいおい、今日はどうしたんだキバット。おだてても何も出ないぜ」


軽口を叩き合いながら、二人は帰路を歩く。


そして二人は、更に人の少ない裏道へ。


「ん?」


奏夜が立ち止まる。
彼の目線の先には、暗がりに道を塞ぐ人影があった。


「……キバを、受け継ぐ、者、だな」


淡々と、恐らくは男性と思わしき言葉を生み出す口元。
それ以外の表情は、黒いフードに隠れていた。


「誰だ、お前」


その質問には答えず、黒フードの男は、奏夜との距離を一気に縮め、鋭い拳を叩き込む。それを受け止め、奏夜は黒フードを睨む。


「いきなり何しやがんだ」
「キバの、力、見せてみろ」


黒フードは一旦奏夜から離れ、その身を一瞬震わせたかと思うと、龍を想起させる異形の姿――ドラゴンファンガイアへと変身した。


「やっぱりファンガイアか。ったく、最近は客が多いな!」


買い物袋を下に置き、奏夜は「キバット!」と叫ぶ。


「待ってましたぁ! キバッちゃうぜ〜!」


奏夜が差し出す左手を勢いよく噛むキバット。


「ガブッ!」


奏夜の顔にステンドグラスの模様が浮かび、そのままキバットは、奏夜の腰に巻かれたキバットベルトに止まる。


「変身!」


光の鎖が弾け飛び、奏夜の姿はキバへと変わる。


「断罪の牙の下、転生の輪廻に沈め!」


キバの鎧の召喚を終え、キバはドラゴンファンガイアへと拳を突き出す。


「ハァッ!」


負けじとドラゴンファンガイアも、手に生えた鋭い爪で迎え撃つ。
拳をフェイントに、キバは甲冑の重みが追加された右足の蹴りを、ドラゴンファンガイアに叩き込む。


「甘、いな」
「何ッ!?」


ドラゴンファンガイアは伸びた尻尾で、キバの足を絡めとり、動きを封じたのだ。
抜け出そうともがくキバに、ドラゴンファンガイアはすかさず口を開き、キバの右腕に噛みついた。


「ぐあっ!」
「な! 噛み付きは反則だぞ!」


この場合、キバットが言えた義理ではないのだが、そこに突っ込む余裕はキバには無かった。
噛む顎の力がかなり強い。
キバの鎧に火花が散り始めている。


「こんのっ……放しやがれっ!」


キバは右腕を振り上げ、その勢いのまま、ドラゴンファンガイアを地面に叩き付けた。


「グッ!」


顎の力が弱まるのを見逃さずに右腕を解放。
繋げてキバは、倒れたドラゴンファンガイアを蹴り飛ばす。
その巨体が空中を滑る。最中、ドラゴンファンガイアは、再び異形の口をキバに向ける。


「カッ!」


煌々と燃える火球が発射され、寸分違わずそれはキバへと襲いかかる。


「危ねっ!」


身体を思い切り反らし、どうにか回避。
肩が少し焦げたが、それくらいで済んで御の字だろう。
その隙に、ドラゴンファンガイアはキックの衝撃から立ち上がり、キバに刃のような目線を向ける。


「なる、ほど、これ、が、キバ、の、力か。予想、以上、だな」
「ふん、舌っ足らずな野郎だな。――なぁお前、何故俺と戦う?」



キングである兄に挑むなら解る。
未だに、彼からキングの座を奪おうと画策するファンガイアは多い。


だが、何故自分なのだ。
戦ったところで何のメリットもないはずなのに。


「貴様の、力を、確かめ、たかった、だけだ。現代の、キバの、な」
「現代?」


その単語に引っ掛かりを覚えるも、更なる質問をすることは敵わなかった。


「!」


ドラゴンファンガイアが何かに気付いたように、あらぬ方向を見て歯噛みした。


「ちっ、邪魔、が、入ったか。まぁ、いい。また、会おう。キバの、継承者よ」
「あっ、待……熱ッ!」


逃亡を図るドラゴンファンガイアを追うキバに、四連弾の火球が放たれた。
狙い澄ましたものではなかったらしく、地面を破壊しただけに終わったが、逃げるには十分だったらしい。


キバが思わず伏せた目を開けると、そこにドラゴンファンガイアの姿はもう無かった。


「何だったんだ、あのファンガイア」
「キバの力を確かめに来たって言ってたな。一体全体どういうこった?」


キバとキバットが首を傾げるのと、裏道のあちらこちらに、自在式が刻まれるのがほぼ同時だった。
だが、驚くのも一瞬で、二人は冷静に状況を理解する。


「封絶か」


色が紅蓮、ということは――


「キバ!」


背後からした呼び声。
聞き覚えがある。


(邪魔が入ったってのは、こいつらのことか)


面倒くさそうにキバが振り向くと、そこには炎髪灼眼に刀を構えるフレイムヘイズの少女に、全速力で彼女を追い掛けたのか、完全に息を切らす少年の姿があった。


◆◆◆


「邪魔はしないようにって、忠告はしたはずよ」


紅蓮の瞳が、キバを射抜く。


(別に邪魔してるつもりはねーんだがな)


向こうには向こうのやり方や理念があるわけだから、意見の衝突は必然なのだろうが。


「お前が何を考えて動いているのかは知らないし、興味もない。けどこれは“紅世”の問題で、私達フレイムヘイズの使命よ。ファンガイアに手を出される謂れはないわ」
「かーッ! ムカつく言い回しだな、嬢ちゃんよぉ!」


我慢仕切れなくなったキバットがベルトから外れる。


「喋る、コウモリ?」


少女の後ろに隠れる悠二が目をしばたいた。


「シャナ、あれは……」
「説明してる余裕はない」


仁辺もなく説明を拒否され、悠二はやや不服そうに口を閉じる。


(ふーん。シャナ、ね)


悠二が口にした一人称を、キバは聞き取る。
それがあの長ったらしい称号や、平井ゆかりではない、彼女の名前らしい。
キバが妙な納得をする一方で、キバットはまだ額の青筋を消さない。


「何でいきなり地上げみたいな立ち退き勧告されなきゃならねぇんだ! こっちはなぁ、お前達がくるず〜っと前からモガッ!」


いい加減うるさくなってきたキバは、キバットの口を塞ぎ、そのまま再びベルトに止まらせた。


(な、なにすんだよ奏夜!)
(怒らせるような真似してどうする。フリアグネを追うには、こいつら専門家の力がどうしても必要なんだ。お前もわかってるだろ)


向こうに聞こえぬくらいの小声で、キバットと会話する。


(……でもよぉ、あの姉ちゃん、素直に『協力して下さい』なんて言われても協力しそうにないぜ)
(ふむ、それにゃあ同意だな)


この場合、敵か味方かということを示すよりも、自分がいかに有益な存在かを理解してもらうべきだ。


そのためには――


(……キバット、俺が指示するまで、余計なことするなよ)


そう釘を刺して、キバはキバットに、ベルトのケースから取り出した青色のフエッスルを吹かせた。


『ガルル・セイバー!』


昨日と同じように、飛来した狼の彫像がキバの手に収まり、魔獣剣・ガルルセイバーに変化。
キバにガルルの力が憑依し、その姿を青く染め上げ、キバ・ガルルフォームへの変身を完了させる。


「姿が変わった?」
『ふむ、自在法の類――またはファンガイアの魔術か』


無言のまま剣を構えるキバに対して、少女――シャナは険しい表情で大太刀を握り直し、悠二を見る。


「巻き込まれたくないなら下がって。斬られたいなら別に止めないけど」
「わ、わかった」


悠二がシャナから一歩下がったのを見て、シャナはキバに灼熱の瞳を向ける。
その緊張が臨界点に達した瞬間、


「はっ!」
「グルァ!」


二人は弾かれたように走り出し、互いの剣を交える。


――ガキィィン!
火花が散り、金属が擦れる独特な音が鳴り響く。
かくも鋭きその音が幾重にも連なる様は、キバとシャナの剣が乱舞し、何度も何度もぶつかり合っていることを示していた。


剣閃が煌めく中、シャナは冷静にキバの力を推し測る。


(こいつ、前戦った時には徒手空拳で戦ってたのに……)


剣と剣との勝負で、自分と互角以上に渡り合っている。
荒削りなように見えて、その野獣のような猛攻には全く隙が無い。
戦いが平行線を辿るのも無理からぬこと。


加えて言うなら、あの狼を模した剣も相当な業物だ。
彼女の持つ大太刀『贄殿遮那』とのぶつかり合いで破損しない頑強さを持っている時点で、それは恐るべき精度を誇っている。
――条件は互角、あとは二人のどちらが上手く攻撃を加えられるか。


「ガァッ!」


キバがガルルセイバーへ更に力を込める。
彼のガルルシールドに覆われた左腕は、ガルルセイバーを使うに足る筋力を備えている。
いかに人知を越えた存在であるシャナであっても、歴然とした筋力の差は存在するのだ。


「くっ!」


じりじりと、少しずつ贄殿遮那から伝わる力がシャナを押し始める。
このまま行けば、体勢が崩れた瞬間に斬りつけられて終わりだ。


「こっの!」


シャナが僅かに、大太刀の起動を傾ける。


「なめるなぁっ!」
「っ!」


刀のつばぜり合いを終えた、否、わざと終わらせたシャナは、力の行き場を無くしたガルルガルルセイバーの刀身を伝うように、贄殿遮那の刃を滑らせる。
狙うはキバの手元。
しかし、端で戦いを見守る悠二を妙な感覚が襲う。


(あの剣、動いてる?)


ほぼ一瞬だったが、確かに見えた。キバの意思とは関係なく、自らが自立した動きをしている。
狼の頭の形をした装飾が、シャナの方に向けられ、その瞳が青く輝いた時、悠二は直感的に叫んでいた。


「シャナ、左に避けろ!」
『!!』


突然の悠二の声に、その場にいた全員が驚愕する――キバとキバットもだ。
半ば反射的に刀を引き、悠二の言う通りに回避するシャナ。


――アォォォン!


そのすぐ左を、ガルルセイバーから発せられた青い円環状のハウリングが突き抜けて行き、その先にあったコンテナを破壊する。
もしあのまま刀を走らせていたら、確実にあの衝撃波の餌食になっていた。


戦慄するシャナに対し、彼女から距離を取るキバもまた、驚きを隠せなかった。


(読まれていた? いや、ガルルの力をこいつらの前で使ったことはない。しかもこの攻撃を読んだのは)


フレイムヘイズではない。
つい最近まで、非日常の世界のことなど、何一つ知らなかった高校生、坂井悠二だ。


(――これも『零時迷子』の力ってヤツか。軽くカルチャーショックを受けるね。“紅世”の文化ってヤツは)


心中でそうぼやいて、キバは新たに、緑色のフエッスル――バッシャーフエッスルを取り出す。


「おっ! 次はアイツだな!」


意気揚々と、キバットは高調な音色のフエッスルを吹き鳴らす。


『バッシャーマグナム!』



◆◆◆


「あっ!」
「および、かかった」


声を上げるラモンに、力が同意する。


御崎市のとある河川敷。そこに一件の焼き芋屋が止まっていた。
春とはいえ、まだまだ冷える日もある。
焼き芋の需要はまだあると踏んで、ラモンと力は奏夜からの命令の傍ら、焼き芋屋のバイトに勤しんでいた。そんな中でのラモンに対するコールだ。


「次狼じゃ相性が悪い相手なのかな? ――まぁいっか。力、屋台お願いね」
「いって、らっしゃ〜い!」


何故か宣伝用のメガホンで見送りをする力。
騒音に耳を塞ぎながらも、一応彼の激励を受け、ラモンはその場でくるりとターンした。


すると、グリーンのオーラがラモンの正体――半魚人『マーマン族』の戦士・バッシャーを型取る。
ガルルと同じように、彫像となった彼は、河川敷から主の元へと飛び去っていった。


◆◆◆


飛来した彫像をキバがキャッチすると、それは魔海銃『バッシャーマグナム』に変型。


キャッチした右手を起点に、キバの右腕がヒレのついた魚類のようなスケイルアームに、胸部が鮮やかなグリーンの装甲、スケイルラングにそれぞれ変化する。
キバットの眼とキバの仮面もまた、緑色に染まり、最後にキバへとバッシャーの幻影が憑依した。


バッシャーの力を取り込んだ『キバ・バッシャーフォーム』。
感覚面の能力に優れる形態である。


「また色が変わった」
「なんか、魚みたいだな」
『今度は銃器か。遠方よりの攻撃は、太刀での対応が難しくなる。用心しろ』


アラストールの言葉に頷き、シャナは再び鋭い眼光を宿す。


武器が変わろうと関係ない。
ただ勝つのみだ。


(へぇ〜、あの子がフレイムヘイズなんだ。見たとこ、僕とほとんど変わんない歳に見えるね)
(よく言うぜ、実年齢131歳が)


ラモンの食えない発言に、キバは半ば呆れ調だ。


(で? あの子を大人しくさせればいいの?)
(ま、ほどほどにな)
(うん、了解了解♪)


バッシャーマグナムから聞こえる気合い十分なラモンの声を後ろ風に、キバはマグナムの銃口をシャナに向け、


「フン!」


二、三発、続けざまにトリガーを引く。
銃身に取り付けられた安定翼・トルネードフィンが回転し、銃口からは大気中の水分から生成された水の弾丸・アクアバレットが射出される。


「はっ!」


瞬時に反応し、その弾丸を斬り落とすシャナ。
弾丸に圧縮されていた水が弾け、地を濡らす。


「水の弾丸、しかも早い」


斬った水を滴らせる刀を見て、シャナは呟く。
その間にも、キバはただバッシャーマグナムのトリガーを引き続ける。


――バァン! バァン!


銃声が連なり、弾数無限のアクアバレットがシャナ目掛けて飛んでいく。
片や、動きに一点の淀みもなく、弾丸を大太刀で防いでいく。


『やるね、あのお姉ちゃん。さすがはフレイムヘイズってとこか』


何処か余裕を含んだ様子で、ラモンはシャナを評価する。
確かに、弾幕がある限り、シャナは防戦を強いられるため、今のところはキバが有利だ。


(で、どうするの? このままあのお姉ちゃんがバテるまで、弾丸を撃ちまくればいいのかな)
(それはちっと面倒だ。一気に決めるぞ)


連射を一旦止め、キバの仮面が輝く。
すると、何もなかったはずの地面が急に水で満たされた。


バッシャーフォームの能力。
アクアバレットと同じように、大気中の水分を凝縮して作り出したバッシャーフォームのテリトリー、『アクアフィールド』だ。


キバがバッシャーマグナムを掲げると、トルネードフィンが高速回転。周囲の水を巻き上げていく。
その姿はまるで、海面に発生した竜巻だ。


「こ、今度は竜巻?」
「ファンガイアの王は伊達じゃないってことね」


フレイムヘイズから見ても、常識を越えた光景を目の当たりにする中、キバはその水流の中に身を隠す。


「成る程、死角からの攻撃が狙いか」


アラストールの言葉通り、周囲を渦巻く竜巻の中に、影が揺らめいているのがわかる。
バッシャーフォームのホームグラウンドである以上、その動きは早い。


(でも、捉えきれる)


驕りも何もなく、自身の力を理解した上で導き出した結論。
神経を研ぎ澄ませ、相手の戦意の残滓を探る。
水音に感覚を阻害される中、シャナは眼を閉じる。




――バシャン!





「そこっ!」


微かに聞こえた水の弾かれる音。
刃が走る先には、バッシャーマグナムを構えるキバの姿。


(とった!)


シャナの大太刀が、キバを一刀両断する。




『残念、ハズレ!』
「後ろだ! シャナ!」




「っ!?」


ラモンの軽い口調と、悠二の戦慄を孕んだ警告がほぼ同時に聞こえた。


贄殿遮那が斬り裂いた『渦巻く水流に映り込んだキバ』が揺らめき消えた。
そしてシャナの背後には、バッシャーマグナムを構える本物のキバが。


シャナが慌てて反応するがもう遅い。
二発放たれた弾丸のうち、一発はシャナの手から贄殿遮那を撃ち落とし、二発目は、シャナの小柄な体躯に真正面からヒットした。


「――く、あっ!」


アクアバレットの勢いはシャナを軽々と吹っ飛ばし、その先の壁に叩きつける。


「くっ!」


ダメージに軋んだ身体を瞬時に立ち上がらせるシャナに、ひやりとした鋭気と、グリーンの銃口が向けられる。
キバが、シャナの取り落とした贄殿遮那とバッシャーマグナムを、突き付けていた。



「チェックメイト」



キバットの声が、虚空に反響した。



◆◆◆


張り詰めた空気。


シャナはこんな状況下においても、焔のような戦意を絶やさずにキバを睨み、悠二もいつの間にやら、キバとシャナの近くにまで走ってきている。
贄殿遮那かバッシャーマグナム。


どちらを動かしたとしても、悠二は自分の身を盾にしてでも、シャナへの攻撃を庇うだろう。


(そのシチュエーションも面白そうだが、それはまた今度だな)


と、サディスティックな考えを浮かべながら、キバはバッシャーマグナムを下ろし、贄殿遮那をシャナの首筋から引くと、そのまま床に放り投げる。


「……?」


怪訝そうな視線をキバに送るシャナと悠二。


『何の真似だ』


二人の心情を代弁するように、アラストールが言う。


(キバット)
(ほい来た!)


キバが小声で合図すると、キバットがベルトから外れた。


「これでわかってもらえたかい? 俺様達が十分戦力になることがさ」


羽音をはためかせ、キバットが言った。


『……今の戦いは、自らの力を示していたということか』
「ああ。こうでもしなきゃ、協力することのメリットが分かって貰えないだろう?」
『協力だと?』


アラストールが唸り、更に悠二が聞き返す。


「えっと、それってあんた達も、フリアグネを倒そうとしてるってことか?」
「ああ、その通りだ兄ちゃん。あと灼眼の姉ちゃんよ。今回のことは俺達ファンガイアに関係がないって言ってたが、実際のところそうでもないんだぜ。
あいつ――フリアグネの狙いは知ってるか?」
「……都喰らい」


シャナの返答にキバットは頷く。


「その通り。それがもし実現して、この街が消えちまうとなれば、ファンガイアにとっても都合が悪いんだよ」
「どういう意味?」
「ここはな。ファンガイアにとっての中枢都市なのさ」


これにはさすがにシャナとアラストールも驚く。
『ファンガイア』の単語を知らない悠二は、首を傾げるだけだったが。


「ここは四年前、ファンガイアと人間の戦う舞台となった場所なんだ。そして、ファンガイアと人間の共存が始まったのもこの御崎市。故に、ここにはファンガイアに関わる様々な重要施設がある。
もしここが消えたとなれば、ファンガイア達は恐慌状態。あわよくば、人間との共存も撤廃されかねない。――だからこそ、俺様達はここを守らなくちゃならないんだ」

『成る程、それがお前達ファンガイアが戦う理由か。ならば、お前達が我らに協力を求めるのは、相手が“紅世の王”であるが故か』
「そういうことさ。俺様達の専門はあくまでファンガイア。いくら知識があっても、経験が無いんじゃ、いくらキバッたって意味がないんだ」


説明を終え、再度キバットは促す。


「戦いで俺様達が邪魔だと思うなら、切り捨てて貰ってもいい。ただ、フリアグネを倒すまで協力して欲しいだけなんだよ。だから頼む」


力を貸して貰いたい。『炎髪灼眼の討ち手』。


◆◆◆


翌日。御崎高校音楽室。
涼やかな音色が、閑静な空間に伝わっていく。


「で、大丈夫なのかよ」
「んー、なにが?」


キバットの質問に、バイオリンを奏でる奏夜が気の抜けた返事を返す。


「何がって……フレイムヘイズの姉ちゃんだよ。本当に協力してくれんのかよ」
「んー、五分五分ってとこ。協力内容は『互いの情報を教え合う』と『共同戦闘』だからな。ま、なるようになるさ」
「考えナシだな」
「なんとでも」


あの後、シャナと悠二には、キバーラをつけさせたため、二人が動く時にはキバーラが知らせてくれる手筈になっている。
あとはシャナと悠二か、フリアグネのアクション次第。


奏夜が呑気にバイオリンを弾いていられるのも、そのためである。


『――ポロン♪』


最後に弦を一本弾いて、奏夜は演奏を終える。


「むぅ。オケ部の奴ら、バイオリンのチューニングサボったな。全く……、やらなきゃいけないことはちゃんとやれっての」
「……お前、自分の教師としての生活振り返ってみろ。そんなこと言えなくなるから」


嘆息したキバットが、ふとトビラの前を見る。


「おっと、誰か来たな。じゃあ奏夜、何かあったら呼べよ」


そう言い残して、キバットは開け放たれた窓から飛び去っていく。
ややあって、スライド式のドアが開けられた。
いたのは、一人の女生徒。


「よう、吉田。おはようさん」
「お、おはようございます」


ややオドオドとした挨拶。


吉田一美。
奏夜の受け持つ一年二組の生徒だ。 性格は大人しく、内気で引っ込み思案。
奏夜の彼女に対する見識はそんなものだが、先の挨拶からしても、それは実に的確なものだろう。


――以前、封絶が張られた教室での戦いで負傷していたが、それはシャナによってちゃんと治されているようで、気になっていた奏夜は内心ほっとする。


「昨日、先生がいない時に出てた課題です。早い内に……渡しておこうと思って」
「おっ、ご苦労さん」


礼を言って、吉田から課題プリントの束を受け取る。


「そう言えば先生。さっき聞こえたバイオリンって……先生が弾いてたんですか?」


吉田が机に置かれたバイオリンを指差しながら言う。


「……あー」


どう答えようか。
学校の人間には全く話していないことだから、今さら話すのも少々憚られる。
だが、よくよく考えてみれば、隠して何か不利益があるものでもなかった。


「まぁ、な」
「えっと……さっきの曲、凄く綺麗な音色でした」


決して大きな声とは言えないが、吉田はストレートな称賛を奏夜に送る。


「あはは、そりゃ光栄だ。でも俺の本業は弾くことじゃなくて、作る方なんだよ。弾くことも大好きだけどな」
「作るって……」
「バイオリン作り。ちなみに修理も請け負ってる」


箍が外れたのか、次々と自分のプライベートを明かしていく奏夜。
片や、吉田は本気でびっくりしたようだった。


「……初めて、知りました」
「初めて話したからな。ちなみに学校の人間でお前以外に話してなかったりする」
「えぇ!? な、なんでですか?」
「何でって……、お前が知った第一号になったからだけど?」


別に隠していたつもりもなかったし。


「そこまでオーバーリアクションとるほどでもないだろうよ。たかだか教師の副業くらいで」
「す、すみません……」
「いや、謝ることでもないんですが」


動揺のあまり敬語。
消え入るような声で意味のない謝罪をする吉田の姿は、何もしていなくとも、奏夜の内に言い知れぬ罪悪感を生み出している。


お前は小動物か。と心でツッコミを入れて、奏夜は思い出したように聞く。


「そう言えば吉田。お前昨日の体育の時間、貧血でぶっ倒れたらしいが、大丈夫だったか?」
「あ、はい。そんなに酷いものじゃありませんでしたから。それに、ゆかりちゃんと坂井君も助けてくれて……